ヒュウガが選んだのは、地上施設2階にある応接間らしき部屋だった。窓からは火口内が一望でき、室内にはローテーブルを囲むようにソファーが複数並んでいる。調度品とかが一切無く殺風景だが、この施設はどの部屋も同じようなものだ。むしろ椅子とテーブルがある分、ここはかなりマシなのだろう。
俺とヒュウガは普通にソファーに座り、妖精たちはどこから持ち出したのか妖精サイズの座布団をテーブルの上に敷いてそれに座った。
……ソファーのスプリングが硬い。マジで安物だな、備え付けの備品……。
「さて、色々と聞かせてもらうわよ」
呑気な様子を見せる妖精を多少キツい目で睨みながらヒュウガが話を切り出した。
「と言っても、私から聞くのは一つだけね。後は彼に任せるわ。
どうすれば私は元の場所に戻れるのかしら? イオナ姉さまの所に、私は少しでも早く行かなければいけないのよ」
彼女の言葉に僅かな焦りが見て取れた俺は、思わず彼女に質問していた。
「なあ、ヒュウガ。気づいたらここに居たって言ってたけど、ここに居る直前はどういう状況だったんだ?」
「あなた、出会った時に私とヒエイが刺し違えたって言ってたわよね?」
「ああ、11巻最後のシーン……まさか?」
その時の状況を詳しく言うと、大戦艦コンゴウ、大戦艦ヒエイ、ミョウコウ型重巡4隻、多数の駆逐艦を相手に自軍はイ401とサポート艦1隻のみ。イ401の艦長はサポート艦に乗って単独でコンゴウを討つ機会を伺っており、イ401は中破したためヒュウガが艦のダメコン処理を肩代わりしつつ戦闘中という状況下だった。
ただでさえ無茶な戦力比であり、そこから大戦艦であり桁違いの処理能力を持つヒュウガが抜けた場合、イ401が撃沈される可能性が大幅に高まると言い切っていいだろう。
ちなみに『刺し違えた』とは言葉通りであり、ヒエイはヒュウガの操る浮遊ユニットに装着した主砲の直撃を受けて艦橋をフッ飛ばされ、ヒュウガもヒエイの主砲の直撃を受けてフッ飛ばされていた。なお、主砲の直撃程度でユニオンコアは傷もつかない模様。
そのフッ飛ばされたタイミングでこっちに飛ばされた、と言う事なんだろう。
「で、答えてくれるんでしょうね?」
硬いヒュウガの声を歯牙にもかけず、妖精たちは輪になって何か話しはじめた。
内々で相談……と言うよりは、相互で情報を確認しあって正確さを増している。そう見える仕草だったが、果たして。
『たぶんだけど』『推測なのです!』『我々は与えられた知識を元に考える』『おそらくねー』
相談が纏まった彼女らは、揃ってヒュウガの方に向いて話し出した。
『元の場所に戻ると言うか』『元の時間に戻ると言うか、なのです』『貴女はヒュウガであり、ヒュウガで無い』『つまりコピーってことだねー』
『主は此方にあっては創造者であり、彼方にあっては観測者である』『観測して見つけた適正者をマルッと複製したんだろうね!』
『だから元の世界の君がいなくなった訳ではなく』『元の世界の君を基にした君がここにいるってわけだ!』
『もしあなたを戻すなら、観測した瞬間のあなたにあなたのデータを送るくらいかなー』
あんまりと言えばあんまりな内容に、思わず絶句するヒュウガ。
そりゃメンタルモデルも機械っつーか根本的にはデータだから理屈の上ではコピー&ペーストも出来るだろうけど……。
「まるでアドミラリティ・コードだな、その『主』ってのは……」
「……私たち霧が捜し求めるアドミラリティ・コードが、そんないい加減な存在な訳は無いでしょう」
思わず呆れて呟く俺へ、ヒュウガが咎めるように言う。
「しかし、まあ……妖精の言う事が事実だとすれば、イ401の現状は悪化した訳じゃないんだから、そこだけは安心すべきだな」
『失礼な!』『嘘はつかないのです!』『推測だから違ってたらゴメンネ』
妖精が可愛らしくプリプリ怒っているが、あんなこと言われたら疑わざるを得ないだろうが。
「で、俺やヒュウガが元の世界に戻るには、何をどうしたらいいんだ?」
『深海棲艦を倒すのです!』『敵を討ち果たせばいいのさ!』『提督となって艦娘を指揮し、深海棲艦をやっつけよう!』
「その艦娘ってのについて、もうちょっと詳しく」
『見た目は女の子!』『戦闘力は艦艇!』『人間サイズに軍艦のパワー!』『深海棲艦と戦うために、主が人類へ遣わせた子たちなのです』
つまり擬人化した艦艇か。アルペジオみたいに艦そのものを艦娘が操るんじゃなく、生身のまま戦うんだな。
「深海棲艦ってのは?」
『怨念なのです』『人間を襲う、艦娘も襲う』『邪悪! 邪悪!』『あんなのが生まれて主も大激怒!』
……詳細はよく分からんが、船幽霊みたいなもんか。
「その深海棲艦に対抗できる人間が少ないだか何だかで人類側が劣勢だから、イレギュラー要素を加えて盤上を掻き混ぜようって事で、俺たちが召喚されたってところか?」
『『『『『だいたいあってる』』』』』
ハタ迷惑な話だ……。
「人間側が劣勢らしいけど、詳しくはどうなっているんだ? ヒュウガの世界みたいに海上が封鎖されて国家が崩壊しかかってるとかか?」
『流石にそこまでは行ってないのです』『今のままだと将来的にはそうなるね!』『各国の海軍は大打撃受けて中壊だよー』
『そこに出てきたのが艦娘!』『日米欧本土近辺の制海権は取り返してるのです』『それ以外は危険危険』
オイちょっと待て。
嫌な汗が背中を流れる。
「ヒュウガ、確認させてくれ。ここは北マリアナ諸島だったよな?」
「グアムに程近いわね」
「周りに海しかない孤島だよな?」
「そうね。周囲2000kmくらいは大きな島は無いわね」
「思い切り敵地のド真ん中じゃねーーーーーーか!!!」
日米欧近海以外制海権取られてるって言ってたよな? ここ離島だよな? バカなの? 死ぬの?
『ところがどっこい』『日本は東南アジアへ勢力を伸ばしているのです』『艦娘も提督も優秀なの多いよ! 無能もいるけど!』
へらっとした声だが、告げられた内容は朗報と言ってもいいものだった。
「…………つまり、ある程度待っていれば日本がグアムあたりを支配下に置くから安全になるってことか?」
『ところが東方に大規模な敵基地がありましてね』『ウェーク島っていうんだけど知ってる? 知ってる?』『すっごいつよいよ!』
「上げて落とすのはヤメロォ!!」
思わず頭をかかえる。どうしろってんだ!!!!!
『そんな君に朗報だ!』『この施設、存在を知らない人には認識できないのです』『ついでに艦娘転送装置もあるよ!』
「……どういうことだ?」
妖精の言うことを質問しまくりながら辛抱強く聞いたところ、この施設は艦娘の運用に必要な全てが揃っている上に、地上施設も地下施設……一部は海中にまで及んでいるらしい……も、どころか施設のあるこの火口内は、『そこ』に『施設がある』と確信していなければ外部からはいかなる手段を持ってしても認識できないらしい。『見えない』のではなく『認識できない』というのがミソで、肉眼でも写真でもバッチリ見えてはいるんだが、それが人為的に作られた施設だと認識できないというオカルトだとか。
この時点で俺もヒュウガも工エエェェ(´д`)ェェエエ工工だったんだが、艦娘転送装置とやらの詳細を聞いてヒュウガがFXで有り金全部溶かした人の顔みたいな顔芸を披露してくれた。
それの機能を端的に言えば、常に崩壊しており重力子を放出しているタナトニウムを使い空間に穴を開け、短時間のみ維持できる設備と目標間のワープゲートを作る装置だ。
俺はヒュウガが酷い顔をした理由を知っている。これ、霧の艦隊旗艦のみが使用可能な超級装備『旗艦装備』のうち、コンゴウが作中で使っていた転送ユニットに似通っている部分があるのだ。
件の転送ユニットとは旗下の艦のコアを他の場所から転送して呼び寄せ、船体は現地のナノマテリアルを使って建造するという装備だ。相手の戦略をブチ壊す凶悪な装備だが、戦艦数隻分の大規模なユニットを使用して転送できるのは握り拳二つ分ほどのユニオンコアを一つずつでしか無い。
比べて施設にある装置は据え置き型で建造の補佐はできないとは言え、旗艦装備より大幅に小型で大幅に省エネという、上位互換と言っても過言でもない代物だ。
こんなトンデモのある施設が何かというと、予想の通り『主』が俺たちのために用意した拠点らしい。何でこんな所に設置したのかは謎らしいが、妖精曰く人間は脆くワープゲートを潜るのには耐えられないって説明から推測はできる。俺の逃走防止……は当然だろうが、この立地と仕様は外からの干渉も弾き返す。二次大戦当時の軍上層部のグダグダ+クズっぷりも考慮に入れると、こちらの軍上層部にもロクでもないのが相当数潜んでいると思われた。
『日米欧本土近辺の制海権は取り返してる』上に『艦娘も提督も優秀なの多い』というのに、『今のままだと』『海上が封鎖されて国家が崩壊』するかもしれないと言われているのだ。『日本は東南アジアへ勢力を伸ばしている』以上は、東南アジアの原油やゴムが入手できているだろうにも関わらず、だ。
内紛だか敵の大規模反攻だかを妖精は予想しているのだろう。そして、将来的には人類はそれに耐え切るだけの体力を失うとも。
「つまり、あなたが日本を改革しなければならない、という事ね」
責任重大ね、と笑うヒュウガに恨みがましい目を向ける俺を、妖精たちはちょっと同情した目で見ていた。
同情はいらん。全面的な協力を要求する。
「戦術レベルどころじゃなく戦略レベル、政略レベルまで要求されてるんだが……」
これは胃にクる……。
しかしやることが決まったのは朗報ではある。あるのだが……
「つまり艦娘を建造して艦隊の錬度を上げて部隊を運営し、それを転送装置で各海域に派遣して、優秀で協調性のある提督や将校や政治家に繋ぎを作り、旗印に相応しい人物を中心に纏まって日本の改革をしろって事か……」
無茶苦茶である。少なくとも一介の大学生に要求するような案件では無い。
士官学校を出た野心に溢れたエリートなら引き受けるかもなー、といった具合の無謀っぷりだ。
とは言え、生き残るにはやらざるを得ない。得ないんだが……。んん……?
「……ちょっと待て。俺とヒュウガが元の世界に戻るには、艦娘を指揮して深海棲艦を倒さなければならない。それは理解したんだが、具体的にはどんな状況になればいいんだ?」
結局クリア条件を聞けてない事に気付いて妖精に質問する。
『中枢を叩けばいいのです!』『ついでに世界をいい方向に導いてくれたらモアベター』『頭を潰せば烏合の衆』
「つまり深海棲艦とやらの中枢を叩けば最低条件は達成されるんだな。で、中枢ってのはどこなんだ?」
『『『『『さあ……?』』』』』
「そこが肝心なんだろうがァ!」
どんだけ俺一人にやらせたいんだよ!? あ、いや、ひょっとして?
「艦娘っていうのは事務ができたり経理ができたり、後は諜報とかができたりするのもいるのか?」
『諜報はどうなんだ?』『潜水艦はできるんじゃないか?』『陸軍の船もイケそうなのです!』『事務経理は大丈夫じゃないかなー』
ホッと胸を撫で下ろす。最悪の場合は色々なリスクを背負って人を雇うことまで考えたが、それは免れたようだ。
「そうね……私も建設とかなら手伝ってあげましょう」
「……いいのか?」
突然のヒュウガの提案に、思わず疑問系で答えてしまう。俺としては彼女は妖精たちの話を聞いて、それでもこの島を出て行くのでは無いかと思っていたのだが。
「霧にも世界を超える技術なんてものは無いし、今のところ手の打ちようも無し。よって、今はあなたに協力したほうが徳だと判断しただけよ」
「ありがたい。君が協力してくれるか否かで、難易度は劇的に変わる」
何せイ401の拠点である硫黄島を要塞に魔改造した実績持ちだ。相手は擬人化したとはいえ艦艇、彼女の力が役立つことはあるはずだ。
後、スパコンを鼻で笑う計算能力を持っているから、計算に超強い。資材の管理とか片手間にやってくれそう。と言うかやって欲しい。
「これで私たちの方針が決まったわね? あなたは艦隊を指揮し、私がそのサポートをする」
「大目標は深海棲艦とやらの全滅。中目標は志を同じくした派閥作り。小目標は艦隊の運営ってところか。そのためには艦娘とやらを入手する必要があるけど……妖精?」
『建造ですね!』『任せるのです!』『ヒャッハー!』『地下3Fへご招待なのだ!』
声をかけてみれば待ってました! とばかりに反応して、猛ダッシュして階段へ突っ走っていく。
「地下3Fと言うと……アレか」
「アレね」
用途不明の巨大機械群の中に、艦娘製造機とやらがあるのだろう。
「艦娘転送機とやらも、あの中にあるんだろうな……。そもそも霧であるヒュウガが見て用途不明解析不能の機械だったって分かった時点でトンデモだっていう心構えするべきだったんだよな……」
「言われてみればそうね……」
楽しそうにキャイキャイ言いながら走る妖精たちと対照的に、俺たちは揃って鉛のようなため息をついた。