食事が終わった後、俺は自室で備品のノートと鉛筆を使ってやらなければいけない事、気づいた事をメモしていた。
まず艦娘たちの演習場所をどうするのか。火口内部だと外部から察知されないから自由にできるらしいが、800m x 1200mほどの広さしか無いので畑を作れば後はほとんどスペースが取れないだろう。8人が食べる野菜を育てる分には広いが、いずれ人数が増える事と連作障害に備えて畑を休ませることを考えると楽観できる広さでは無い。
池も精々200㎡しか無いので彼女たちが動き回るには向いていない。とすると演習をするのに支障が無い海域を見繕って転送装置で送り込むしか無い訳だが、どこの国にも深海棲艦にも見つからず、障害物が少なく動きやすく、天候が荒れにくい海域……自分で列挙して無理な気がして来た。湾や入り江のある無人島あたりをヒュウガと相談しよう。
次に資材の補給をどうするのか。なんか海で採れるとか聞いたが、効率的な場所はどこなのか調べなければならない。後は戦力を増やして輸送船団を護衛し、資源はあっても戦力は無い国から報酬を得るのも必要だと思う。東南アジア……は日本と被る。オーストラリアやニュージーランド、中東あたりを抑えるべきか。損得で首元をガッチリ押さえ込めば、より大きな利益を提示されない限り裏切られはしないだろう。……もしくは、もっと踏み込んでみるか?
後はアドバイザーが欲しい。軍の上級将官のノウハウを学んだ人材が欲しい。ブレインが俺一人で回せるほど組織というものは軽くない。各部署に命令をブン投げて勝手にやらせるのは組織運営とは言わない。非主流派で閑職に追いやられている真面目一本な人とかを引き抜けるといいのだが。
それとキッチンスタッフもいずれ必要だ。医者は妖精に任すとしても、料理は主に妖精の大きさのために流石に任せられない。
他にも細々とした事をメモする。やる事が多くてため息が出る。ヒュウガと摩耶に相談しないと……と考えていると、扉がノックされた。
「開いてるぞ」
「失礼する」
入ってきたのは若葉だった。風呂上りらしくキャミソールに短パンと薄着で髪も湿気っている。つるんぺたんなので薄着でも何とも思わないが、摩耶やヒュウガがこんな格好して部屋に入ろうとして来たら入室をお断りするかも知れん。
「風呂はどうだった?」
「人の体になって初めて体験したが、格別だった。温水に入るのが、これほど体と心を癒してくれるとは思っても無かった」
キラキラしながら饒舌に語る若葉。そう、ここの風呂は地下の熱泉を使った天然温泉なのだ。既に泉質はヒュウガが調べていて、何と希少なアルカリ炭酸泉だ。美人の湯と呼ばれる温泉が湧いているあたり、艦娘の基地としては御あつらえ向きだろう。
「明日は提督と一緒に入りたい」
「やめてください しんでしまいます」
マジでやめてくれないかなぁ、そういうのは……。あ、いや、まだ小学生と考えたらギリギリセーフ……じゃねーよ! 普通に考えて事案だろ。
「出会った初日なのに、なんでそんなに好感度高いんですかねえ……」
「提督提督、口調が変わってるぞ」
「変わりもするわ。何で外見12歳くらいの子に逆セクハラみたいなことされてるんだよ。何なの? モテ期なの?」
「モテ期とやらはよく分からないが、私と風呂に入るのがそんなに嫌なのか?」
ちょっと傷ついた感じでショボーンとした。
「ああ、いや、そういう訳ではないと言うか嬉しい事は嬉しいんだが……」
ま て よ ?
「なあ、若葉。お前、自分が女の子だって自覚しているか?」
「ん? …………ああ! そうか。私は船ではなく艦娘なんだったな」
その異様に長い間は何だ。やっぱり自覚してなかったのか。少年的思考とかそういう次元じゃないぞ。
「性格もあるだろうけど、そこら辺の情緒はいずれ育つだろうし……育つよな? とにかく、自分が女だって忘れないようにしてくれ。マジで。男としては逆セクハラみたいなことされると非常に戸惑う。お前ら可愛いんだから」
「私は可愛いのか?」
「客観的に見て可愛いと思うぞ。中性的な美少女って感じで」
そっぽ向いて照れた。かわいい。
「で、何か用事でもあったのか?」
「あ……いや、特に用事というのは無い。もう少し提督と話したかったのだが、迷惑だったか?」
「いいや、全然。まあ座ったらどうだ」
メモを取るため座っていたデスクから、部屋の隅に用意されているソファーに移動する。ソファーは三人掛けサイズで、真ん中のガラステーブルを挟むように左右に配置されてる。安物がほとんどだったこの施設の備品では例外的に、ちゃんとした品質の物だった。
俺は狭い部屋でいいって言ったのだが、艦娘たちに「提督は立場もあるんだから、それに相応しい広さと調度品のある部屋を使いなさい」と言われてしまったので、そうすることになった。あれってひょっとして建前で、俺の部屋に遊びに来る時のことを考えてたのが本命だったりしないのか? 満足そうにソファーに腰掛ける若葉を見ていると、今思いついた推論が間違ってない気がしてくる。実害は無いからいいけど。
テーブルを挟んで向かい合わせに座る。ついでに備え付けの冷蔵庫から麦茶を取り出してグラスに注いだ。
「さて、何から話そうか。俺の事は割とどうでもいいしなあ……」
「そんなことないぞ。提督のこと、聞かせて欲しい」
聞かせて欲しいと言われても、そこまで突飛な訳でも無いからなぁ。普通に高校まで進学して、高2で両親が事故で他界。祖父に引き取られたりしつつ地元の国立大学に進学。キャンパスライフに慣れて来たあたりでこの有様。
「そうか……。ご両親が……」
「あー。あんまり仲がよくなくて同居している他人みたいになってたから、あんまり悲しくは無かったんだよな。むしろ爺さんと仲がよくて、年の大半は別居してる爺さんの家にいたし」
多少軍について知識があるのも、未知の存在である艦娘に対して俺の好感度が高いのも、それが原因だったりする。あまり自分のことは話したがらない人だったが、爺さんは戦時中は本土で哨戒艇に乗っていたらしい。上官はいい人揃いだったが上層部はクソだったとも話しており、俺が日本軍の上層部を信用していないのもそこが根っ子にある。
「爺さんと仲良かったおかげで同世代とあまり話が合わなくってな。小学校の頃から一部の変わり者同士でグループ作ってたよ」
具体的に言うとシートン動物記とかファーブル昆虫記とかを昼休みに図書館で読んでそうな面子。他に家が農家で植物に詳しい奴や家が釣具屋でよく釣り船に乗ってる奴、町工場の社長の息子で工場の機械を使って工作する奴など家業が他とちょっと違ってる奴もいた。
「休日なんか忙しかったぞ? 農家の手伝いをやってみたり、船で釣りに出てみたり、登山してみたり、テントを借りて子供だけでキャンプしてみたり」
「登山か。私たち艦娘は誰もしたことが無いな」
元が船だからなあ。
「この島の山は活火山だから上るには危険すぎるけど、本土に行く事があれば皆で上ってみるのもいいな」
「それは楽しみだな! どこがいいんだ? やはり富士山か?」
若葉がキラキラしだした。
「富士山もいいけど、登山は普段使わない足の筋肉を使うからな……。最初は剣山とか大台ケ原山とかで慣らしてからのほうがいいんじゃないか?」
「何故その二つの山なんだ?」
「上るのが楽だから」
かなり高所まで自動車道が来ているから、体力が無くても楽に山頂までアクセスできると評判の山だ。
他に御嶽山や木曽駒ケ岳を筆頭にロープウェーで山頂近くまで登れる山もあるんだが、たぶんそれらの山はまだロープウェーが完成していないと思う。
「大丈夫そうなら厳島の弥山や三瓶山、蒜山、赤城山、あたりの山に登って、後は好みでいいとは思う。伯耆大山や白山なんかは個人的にオススメだ」
「弥山か。私は登っていないが、江田島海軍学校では山に登る行事があったぞ」
「遠足みたいなのか?」
「いや。山頂まで駆け登ってタイムを競う競技だ」
……海抜0メートルから海抜530メートルまで一気に駆け上がるのか。あの山、急峻だぞ。大丈夫なのかそれ。大丈夫じゃないくらいキツいから体力付けでやるのか。
「そういや厳島だけど、俺の世界だと世界遺産に登録されていたぞ」
「世界遺産に? 他にもっと……」
「伊勢も熊野も日光も比叡山も奈良京都も世界遺産に登録されているから安心しろ」
「大山祇神社は?」
「流石にあそこは……。いや、瀬戸内海やしまなみ海道の歴史とかをパッケージングすればいけるか……?」
「日本総鎮守なのに……。山本長官も参拝しているのに……」
しょぼんとした。かわいい。
「ちなみに若葉の艦内神社は?」
神頼みの部分がある艦艇は、著名な神社や名前の由来の神社から分社を貰ってきて艦内に奉る習慣がある。店とか会社とかに神棚やお宮があるのと本質的には一緒だ。
「皇大神宮……伊勢神宮だ。駆逐艦や水雷艇は地名や神社に由来のある名前は少ないから、ほとんどが皇大神宮を祭っているぞ」
「ほとんどというと?」
「たまに大山祇神社や宗像神社や住吉大社が奉られている。私の姉妹艦の有明は有明山神社を奉っていた」
基本的には水関係か。大山祇は山海の神で宗像三女神は海路の神、住吉三神は海神だな。有明山は……確か山岳信仰系じゃなかったっけか?
「なんで有明山神社なんだ?」
「有明だから!」
それでいいのか……。
「しかし伊勢神宮か。皆でお参りに行って、ついでに那智大社と熊野速玉神社にも寄って、勝浦で温泉に入ってマグロ食べるのとか、皆で行けるといいな」
「提督は旅行が好きなんだな」
「酒もタバコも賭け事もしない分、旅行で金を使ってるんだよ」
「貯金しないのか」
「人生に潤いは必要だ。そのためにバイトしてたんだ。艦艇から艦娘になった君たちには、すぐ分かるさ」
無味乾燥とした日々は心を腐らす毒だってな。
「さて、そろそろ解散といこう。俺は今日一日色々ありすぎて疲れているんだ」
本当に色々あった。こんなに濃密な一日は人生初めてだし、今後もそうは無いんじゃなかろうか。
あくびを噛み殺し伸びをすると、背筋がボキボキと快音を立てた。疲れと緊張で知らぬ間に固まっていたんだろう。
「そうか……。提督は人間だものな。無理はさせれないな……」
名残惜しげに呟く若葉。ああもう可愛いなぁ。
「そんな顔すんなって。また来ればいいさ」
「! 本当か?」
「本当だ。でも仲間とのコミュニケーションも大事だぞ。……一人で来たって事は抜け駆けしたんだろう?」
彼女は目を逸らして頬を掻いた。図星だったらしい。
「だっ、大丈夫だ! 皆長風呂するのが悪いんだっ」
「そういう事にしておいてあげよう。ただし謝るべき時が来たら、潔く謝るようにな?」
「うっ……分かった……」
子供のかわいい抜け駆け程度で怒られないとは思うが、まあ念のため。ちょっと話しただけでも艦娘が素直ないい子揃いだって分かっているけど、まあ念のため。礼も謝罪もその場でスパッと出来ないと、尾を引くんだ。
「それじゃあ、私はこれで失礼する」
名残惜しげな様子も見せつつ、若葉は一つ敬礼する。そしてソファーから立ち上がり、扉を開けて部屋から出ようとした背中に、俺は思わず声をかけていた。
『艦娘』という存在だということを抜きにして見ると、彼女の背中はまだまだ小さで華奢だったからだ。
ああ、こんな子に明日から殺し殺されする命令を出さなきゃならないのかと思うと、胃が痛くなってくる。とは言え泣き言は言えない。彼女たちに聞かせるようなもんじゃないし、何より女子供に泣き言を漏らす俺があまりに惨めったらしい。
故に俺の口から出た言葉は
「おやすみ、若葉。また明日な」
こんな程度の短い挨拶でしか無かった。
ちょっとの間固まった彼女だが、何事もなかったかのように返事をして出て行く。
「おやすみ、提督。また明日」
素っ気無い彼女の声は、素っ気無さに反して非常に嬉しそうだったと俺には感じられた。
また明日、か。明日もまたこんな可愛い子たちに囲まれて過ごせるって事だけは、俺をこんな所にブチ込んだ神らしき何かに感謝してやってもいいな。
ヒュウガに言ったら鼻で笑われそうな事を考えながら、俺はベッドに倒れこむように眠りについた。
パガン島地図
【挿絵表示】
オリジナルについては
http://pubs.usgs.gov/of/2006/1386/of2006-1386_map.pdf
こちらを参照のこと。
・拠点に丁度いい、深海棲艦の勢力圏内にあるが地政学的に価値の無い島を探していたところ、丁度よく窪地を持つ島を発見。
詳しく調べると米国地質調査所の等高線付きの地図を発見したため拠点をパガン島にしたという経緯があります。
他にモーリシャスのロドリゲス島、フランス領ケルゲレン諸島ケルゲレン島、イギリス領ピトケアン諸島ヘンダーソン島、フラナス領ポリネシアのタヒチ島、ニアウ島なども候補地として上がっていました。
・Maar(爆裂火口)とは溶岩の噴出を伴わない噴火によって山体の一部が崩壊して出来る火口の一つで、クレーター状に抉れるが外輪に高い山を生じないのが特徴です。富士山の宝永火口も爆裂火口ですね。ちなみに噴火によって空になった地底の溶岩溜まりに山体が落ち込んで作られるカルデラとは別物です。