こちらパガン島鎮守府、本日は晴天なり   作:荒城乃月

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OVERTURE
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 新しい朝が来た 希望の朝……かどうかは人による。俺は絶望ではない朝というだけで希望はあるのかどうか分からない。

 いつもの調子で目が覚める。殺風景な室内がいきなり目に入って一瞬混乱しかけるが、そういえば変な状況になってるんだっけなー、と人事のように考えながら伸びを一つ。

 腕時計を確認すると時刻は5:55分。6時にセットしていたアラームを切って、昨日のうちに確保しておいた白い海軍の制服に着替える。正直服に着られてる状態だが、摩耶たち曰く、そのうち着慣れる、とのこと。

 ……裾の長け直しする必要が無い。あつらえたかのようにサイズがピッタリだ。『主』とやらからの官給品? 正直キモい。他に服が無いし、仕方ないから着るけどさあ……。

 

「提督! 朝だぞ!」

 

 着替え終わったのを見計らったようなタイミングで、摩耶がノックも無く部屋に入ってきた。

 

「ノックくらいしてくれ」

「おっ、悪ぃ悪ぃ」

 

 ちっとも反省して無いだろお前。

 

「次にノックせず入って来たら、内心俺の着替えシーンを見たいからノックしないって噂を蔓延させる」

「最悪だなお前!?」

 

 ノーノック摩耶に言われたくない。

 

「ところでノーノック摩耶ってイーノック馬場っぽいよな」

「イーノック馬場って誰だよ!?」

「イーノック馬場……一体何者なんだ……?」

「アタシが知るか!!」

 

 朝から摩耶のツッコミが唸る。

 

「さて、場も温まったことだし朝飯に行くか」

「何で場を温める必要があるんだよ、と言うか何で朝からそんなに飛ばしてんだよ……」

 

 力なく言う摩耶。だって思った以上に摩耶がノリノリでツッコみ入れて来るから……とは言わない。こういうのは引き際が肝心なんだ。

 

「で、他の皆は起きてるのか?」

「いや、皆食堂に集まっているんだけど、ヒュウガだけ部屋に姿が見えなくてな。この広い基地のどこに居るのか分からないから、とりあえず提督を呼んでこようって話になって……」

 

 ふむん?

 

「今6時10分なんだが……全員起床時間の6時には食堂に行く用意が出来てたのか? 何時に起きたんだよ」

「なんか若葉とか白雪とか4時くらいからガサゴソしてた」

 

 日曜日の子供か。

 

「風呂に入ったのが嬉しかったみたいでな。朝風呂に入ってたぞ」

 

 人事のように言う摩耶だが、彼女も髪がちょっと湿ってたりする。

 

「皆風呂が気に入ったようだし、露天風呂作るのもアリかな」

「おっ、いいね」

「露天風呂に浸かって水平線から昇る朝日を見るのは、なかなか気分がいいものなんだ。地下の風呂じゃ朝日は見れなかったろ?」

「そりゃあ、なぁ…………あ?」

「髪、乾いていませんヨ?」

 

 摩耶は顔を赤くして目を逸らした。かわいい。

 

「で、ヒュウガの部屋に書置きとかも無かったのか?」

「……いや、何も無かったぞ」

「使った痕跡も?」

「そういえば……」

 

 つーことは、ナノマテリアル貯蔵してる所に行ってから部屋に戻って来てないって事か。

 

「メンタルモデルは飲食睡眠不要だし、ずっと作業してるんじゃないかなぁ……」

「アタシたち艦娘が言うのも何だけどタフなんだなメンタルモデルって」

 

 確かにメンタルモデルに比べれば艦娘のほうが人間に近いな。俺にとってはどちらもトンデモではあるんだが……。

 グダグダと話しているうちに食堂に到着。扉を開けて中に入ると、入り口近くのテーブルに艦娘たちが座っていた。ただっ広い食堂の隅のテーブル一つが埋まってるだけってのは殺風景さを加速させるなーと思う。

 

「あ、提督ー。おはようございまーす!」

「おはようさんー」

 

 丁度こっちを向いていた阿武隈と黒潮が挨拶し、残り三人も振り返って挨拶。俺も「ああ。おはよう」と返しながら席に着いた。

 朝食は缶パンとフルーツの缶詰とコーヒー。乾パンではなく缶パン。缶に入ったパンである。中越地震でピックアップされて一時話題になったアレだ。当然戦前には存在せず、艦娘たちが揃って驚愕していた。

 

 阿武隈と山雲と白雪がドボドボとコーヒーに砂糖を投入しているのを横目に見つつ、ブラックのコーヒーを飲む。酸味が弱く苦味とコクが強い。コロンビアの深煎り? 少なくとも駆逐艦が砂糖無しで飲むのは……。

 

「ん? 提督、どうかしたのか?」

 

 平気な顔をして若葉がブラックを飲んでいた。すげーぞ若葉。摩耶でもスキムミルク入れていたのに。

 

「えらい凄いわぁ、このパン。缶入りなのにフワフワしとる」

 

 一方、普通に砂糖とスキムミルクを入れるコーヒーを用意した黒潮は、缶パンを食べて驚きの声をあげていた。

 

「ホントかぁ? ……お、ホントだ。すげぇな。乾パンなんかとは比べ物にならねえ」

 

 もぐもぐとパンを頬張ってる摩耶に、災害備蓄でお馴染みの乾パンを差し出す。

 

「お前は全然乾パンの凄さを分かっていない」

 

 摩耶どころか艦娘たちにドブ底を見るような目で見られた。何もそんな目で見なくても……と言いたいが、事実を知っていると分からんでも無い。

 と言うのも、俺たちの知っている乾パン(スコットランド人がバグパイプを鳴らしてるイラストが目印のアレ)は戦後に味を大幅に改良したものであって、昔の乾パンはちょっと味のある小麦の塊に近い代物だったらしいのだ。爺さんが「支給された乾パンはマズかった」って何度も言ってたから間違い無い。元は保存のみを考えた非常食である堅パン(思い切り噛んだら歯が折れる。かみ締めた瞬間に「あ、これ、歯が負ける」と直感できるレベルに硬い。小口径の銃弾くらいなら弾くかも)なのだから仕方ない部分はあるのだが。

 

 対して現在の乾パンは窒素充填やらアルミ蒸着パッケージ等で保存技術が大幅に上がったのもあり、味は保存食の域を超えて嗜好品になっている。ほとんどプレーンのビスケットみたいなものだ。

 

「何だこれウマいぞ!?」

 

 恐る恐る食べてみた摩耶が咆える。半信半疑で食べてみた他の艦娘も咆える。昔のレーション事情が窺い知れる一幕だ。泣ける。

 

「……あ、でも、果物のシロップ漬けの味は変わらないですね」

「それの技術的なブレイクスルーは流石に……」

 

 枯れた技術過ぎて、発展の余地が何も無い。シロップなんて洒落た言い方しても、結局は砂糖汁だ。保存技術が上がって賞味期限は大幅に伸びたが、味についてはそうそう変えようが無い。

 

「美味しい保存食にびっくりしてたけど~、変わらない味もあるのね~」

「戦時中は桃缶とか高級品だったよね」

 

 山雲と阿武隈が顔を見合わせて、ニコニコしながら桃缶を食べている。そういや戦中は牛缶がごちそうだったって話も聞いたことあるな。

 

「あの缶詰の山の中には、みつ豆の缶詰もあるんじゃないか?」

「エッ」

 

 阿武隈の目がギラリと光る。

 

「……みつ豆、好きなのか?」

「ンンッ、女の子は甘いものが大好きなんです!」

 

 お前のその身に纏うオーラはただ事じゃないんだが?

 

「ええなあ、今晩はみつ豆の缶詰探して食べよか?」

「指令もご一緒しません?」

「それはアレか。晩飯の後に夜食として食うということか」

 

 保存食はできれば節約したいんだが……という俺の思いは、

 

「ていとく?」

 

 阿武隈のハイライトの消えた目の前には無力だった。

 そんなに甘いものが食べたいのか。女の子の燃料はスイーツとはよく聞いたフレーズだが……戦時を経験しているからこそ、甘いものが恋しいのかねぇ?

 

「分かった、分かった。そんな病んだ目で俺を見るな」

 

 両手を上げて降参。いえーい、とハイタッチする艦娘たち……除く摩耶。

 

「摩耶は甘いものは?」

「アタシはあんまり好きじゃないんだよな……」

 

 そういえばコーヒーもブラックだな。

 

「そんな摩耶から皆に一言」

 

 言葉ついでに視線を向けると、彼女と目が合った。あれは自分の役割を把握してる目だ。

 

「……あー。補給の目処が付いていない以上、食料は貴重だ。週1か週2くらいで贅沢するのはいいけど、当面は節約して行こうぜ」

 

 五人がはーい、と返事する。

 名ばかり提督で実績が無い以上、俺が注意しても効果が薄い。それを見越して俺は摩耶に話を振り、摩耶はこちらの意図を見事に察して応えて見せた。

 頼りになる。

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