食べ終わった缶詰は皆で洗って分別ゴミ箱に入れ(スチール缶とアルミ缶なので鋼材とボーキの足しになる)、それぞれスプーンやマグカップも洗うと俺はパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「さて、メシも終わったし、ヒュウガを探しに行くぞ」
「どうする? 手分けして探すっか?」
摩耶の提案に首を横へ振る。
「たぶん地下3階の工作室だか出撃室だかあたりだろ。全員で行けばいい」
ナノマテリアルで何を作っているのか知らないが、たぶん外に出てはいない筈だ。
『その必要は無いわ』
廊下からちょっと篭ったヒュウガの声がした。
「お、やっと来t……」
摩耶の声を遮るように食堂に入ってきたのは、浮遊する高さ2メートルほどの灰色をした卵型の何かだった。それはスーっと低空を滑るように移動し、開いていたテーブルの前で停止する。
艦娘たちが全員フリーズした。全員が変な汗を浮かべてギギギ、と油の切れたような動きで俺を見るので、俺は少し首を傾げて見せる。
「――よし、ヒュウガを探しに行くか」
『待って。別に見えてはダメなものが見えた訳では無いわ』
艦娘たちを代表してちょっと震える声を出す摩耶を静止する灰色卵。卵は蕾が花開くように六分割でパカリと開き、中からは呆れ顔のヒュウガが現れた。
「なんや、それ……」
「作業補佐ユニットよ」
卵の内側にはモニター類が大量に埋め込まれており、ヒュウガが指先から光を放ちコントロールを開始すると大量の空間投影ディスプレイと共にモニター群にも情報がスクロールされ出した。
ディスプレイの中には出撃システムや建造システムらしき絵も表示されており、施設に電力を供給しているタナトリウム発電炉の出力だの浄水装置の稼働率だの、施設のデータが全て数値化されているようだった。
「とりあえず、この施設は丸々把握したわ」
「ああ、無線コントロールシステムを構築したのか」
おそらくナノマテリアルや鋼材等を使って、量子通信で設備を自在に稼動させるシステムを構築したのだろう。いわゆるスマートハウスだ。
そして基地の機能がヒュウガに丸々掌握されたということは、ヒュウガに逆らえなくなったという事でもある。あるのだが……。
「……慌てないのね?」
「今更慌ててどうなる」
最初からヒュウガ無しには出撃システムが使えない状況だったので、何をされようが今更でしか無い。
「むしろ今以上に便利に使ってしまうことを申し訳無く思ってるくらいだ」
「……やっぱりあなた、頭おかしいわ」
溜息をつくヒュウガと笑う俺。状況と真逆の二人に、艦娘たちは困惑していた。
「指令はん、いくらなんでも落ち着きすぎやない?」
「そうですね……。これって施設を丸々占拠されたようなものですよね?」
黒潮と白雪が懸念を告げるが、本当に今更な話である。メンタルモデルの力、霧の艦隊の脅威を漫画越しとはいえ知っている俺と全く知らない艦娘の意識のズレか。
「いいからいいから。エラい事になったように見えるのは字面だけで、実質的には元と何も変わって無いから」
「指令さ~ん。その~、本当に大丈夫なんですね~?」
「大丈夫。あんまり言うとヒュウガに失礼だから……な?」
俺が宥めると、全員しぶしぶ、といった様子で引き下がった。
んー……。これは、彼女たち的には俺がピラミッドの頂点なのに、その上にヒュウガがいるから、認識が混乱しているのか? だとすると放置しとくといずれボヤになりかねないし、何か手を打ったほうがいいのか……とは言っても彼女たちがヒュウガを信用するようになる、以外に現実的な解決策無い気がする。俺ができる事は、ヒュウガが信用を取れるようにお膳立てするくらいしか無さそうだ。
「で、ヒュウガ。早速だが相談があるのだが」
「はいはい、聞きましょう」
「艦娘たちを演習させたいんだが、演習場所についてリクエストがあってな。俺だと心当たりが無いから、ヒュウガの意見を聞きたい。皆も意見があったら、遠慮なく言ってくれ」
「演習場所ですか? 波の低い近海で……あっ」
首をかしげた白雪だが、超特殊な現状を思い出して声を上げた。
「この島は深海棲艦の制海権内だから近海は危険。そして俺はどの勢力にも所属していないから、人間の制海権内もできれば入りたくない。つまり人間にも深海棲艦にも見付からない場所というのが最低条件という演習場所を探している」
わざわざ声に出して言うまでも無いが、彼女たちが海上で動く姿を一度も見る事すらなく、即、実戦……とか意味不明なことをやるつもりは無い。まがいなりにも指示を出す身の俺が、彼女たちが何をできるか、何ができないのか、を把握すらせず実戦させるとか悪い冗談である。
「加えると波風が穏やかで霧の出てない所がいいんだが、心当たりのある人はいるか?」
結構な無茶振りである。全員が考え込んだ。
「えーと……ほとんどの離島は人の避難が終わっているんですよね?」
「妖精曰く、そうらしいわよ。ただしそういう島には深海棲艦が基地を作ってる事が多いらしいわ」
「となると、東南アジアや太平洋の主要な島は全滅に近いな」
「東南アジアどころか、世界中ほとんどが全滅やない?」
前提条件が厳しすぎる。
「だけどな。下手に人目につくと、所属不明の艦娘がいるって噂になってしまう。それは非常にマズい」
「どうマズいんですか?」
阿武隈が頭に?を浮かべた。丁度いいんで、全員に俺の考えを話しておく。
「少し長くなるが……帝国海軍として登録されていない、どころか戸籍すら無い人間が日本の艦娘を指揮していると、日本としては困る筈だ。日本という総体に所属しない個人が日本の艦娘を指揮しているとなると、軍としても国家としても都合が悪い。何故かと言うと、俺が何かしでかした場合に真っ先に疑われるのが日本であり、軍であるからだ。
例えば今は何とか制海権を取り戻しつつある東南アジアで俺たちが石油とかの資材を盗りまくったら、日本はその悪評によって現地からの協力を受けられなくなるかも知れない。
他には……そうだな。俺たちが何気なく襲撃して警戒体制になった敵基地が、実は帝国海軍が無防備なタイミングを見計らって奇襲する予定の基地だったかも知れない。
この場合『俺たちがどうするのか』は問題では無く、『俺たちが何をする可能性があるのか』が問題なんだ。以上を踏まえた上で、日本が俺を発見した場合……摩耶、日本はどうすると思う?」
「そりゃ当然、提督を捕まえるなり何なりして、軍に組み込もうとするだろうなあ」
軍としては戦力増強以外にも、不確定要素を管理下に組み込む事もできる訳だ。
「だけど俺……と言うか俺をここに送り込んだ『主』と妖精たちの話から考えるに、組み込まれるのは非常にマズい。妖精から聞かされた状況からの判断だが、軍はほぼ確実に派閥争いで国力を無駄遣いしているからだ」
艦娘たちが揃って「ああ……」という顔をした。陸軍と海軍のメンツの張り合いで同じ用途に使う航空機をわざわざ別々に発注した、とか、そういう話は枚挙に暇無い。そういうのが今も起こっているんだろうな、と確信した顔だった。
「俺としては当然、そんな心底下らない争いに巻き込まれたくは無い。時間の無駄だ。が、もし皆が人目につく近海で演習等をして付近の住民に目撃された場合、どうなると思う?」
「当然話が軍の方に行って、そのうちどこかの艦隊に接触されるわなあ。それが平和的な接触ならええんやけど……下手すると戦闘やなぁ……」
「よって、日本に接触するのはこちらの体制が整ってからにしようと考えている。そのための第一歩として、人間にも深海棲艦にも見付からない安全な演習場所を探している、というわけだ」
はー、と全員がため息混じりの声をあげた。
「提督は、その、凄く慎重なんですね」
「臆病とか悲観的とか言ってもいいぞ、自覚してるし」
言葉を選んでしどろもどろになる白雪の頭をなでていると、いつのまにやら投影ディスプレイと睨みっこしていたヒュウガが俺の前に新しいディスプレイを表示した。そんなことできるんだ……。
「臆病な提督向けの演習場所、見繕ったわよ」
ディスプレイに表示されている名前はサウスジョージア島。三日月……と言うよりはキュウリみたいな、少しだけ弧を描いた形をしている。長さは180kmらしいのだが、島の地形が……何というか、この複雑な海岸線は……氷河が大地を削って出来たフィヨルド? 寒い所?
「どこ、ここ?」
「南緯54度15分、西経36度45分ね」
「狂う50度じゃねーか! 本当に大丈夫なのかよ!?」
ちょっと説明すると、南緯40度以南は陸がほとんど無いという地形上の影響で、偏西風が力をほとんど落とさない。そのため頻繁に低気圧が発生し猛烈な風が吹いていて、吠える40度、狂う50度、絶叫する60度と呼ばれ船の関係者に恐れられている。確か大型低気圧発生中は瞬間最大風速200km/h、最高波高35mとか聞いた事があったような……。
もうちょっと広域の地図を表示してもらうと、大まかな位置が分かった。南アメリカ大陸のフォークランド諸島から東に1000kmほど行った所にある、周りに海しかない諸島だ。
「出撃システムの観測機能のみを使って偵察してみたけど、町は完全に放棄されているわね。ま、元々定住者はほぼいない観光のためだけの町だったから、当然ね。戦略的に大した価値も無いから深海棲艦も基地を作っていないし、風も波も町跡の前に広がっている湾の中なら大した事無いみたいだし、うってつけじゃないかしら?」
付け加えると、狂う50度を航路にする船は例え軍船でも基本的に有り得ない。大型船でも危険な規模の嵐が頻繁に発生する海域を、作戦でも無いのに誰が好き好んで通るというのか。リメンバー第四艦隊事件である。よって、たまたま通りかかった船に見付かる、というのもまず有り得ない。
「寒い地域だし突然霧が出るのだけは気をつける必要があるけど……そこは阿武隈や若葉がいるから大丈夫でしょう?」
「オホーツクはあたしの海です!」
「奇跡の作戦! キスカ!」
阿武隈と若葉がビシッ! とポーズを取った。力の一号、技の二号? 全員が一瞥し、何事も無かったかのように話を続行する。
「お互いに電波を出し合って位置確認できるビーコン付きインカム渡しておくから、仮に視界ゼロになっても大丈夫でしょう」
「……雪崩ビーコンか?」
「アイディアの元はそれね」
ちょっと得意げに言うヒュウガ。
「指令はん、雪崩ビーコンで何でっか?」
首を捻るが黒潮だが、彼女たち艦娘が分からないのは当然だと思う。
「雪崩に埋まると犠牲者は25分で死ぬ。よって早期発見のために、犠牲者が埋まってる位置を電波の発信で知らせる装備が作られた。それが雪崩ビーコンだ」
雪山登山ではプロープ(2~3mある継ぎ手式アルミパイプ。雪に深く突き刺して手応えで埋まった犠牲者を探す)、シャベルと並んで三種の神器と呼ばれているとか。
普及したのは……いつなんだ? 海外では結構前からあるらしいけど、日本だと1990年代くらいからか? 少なくとも太平洋戦争時代には存在はしていない。
「普段は発信モードだけど、ここのスイッチを入れると送受信モードになるわ」
ヒュウガは使い方を実演しながら、耳に引っ掛けるインカム型の機械を全員に配った。
すげーな、スイッチ入れたらメガネくらいの位置に空間投影ディスプレイが表示されて、他のビーコンの距離と方向を表示してる。
「ビーコン以外にもこの基地との通話、装着者の生体データのモニター、レーダー波を感知すればロックオンアラートも鳴るようにしているわ」
「……あれ? ヒュウガさん、これを一晩で作ったんですか!?」
白雪が上ずった声をあげた。
「ま、ね? 私なら、ざっとこんなものよ」
ドヤァ…! という擬音が聞こえてきそうな渾身のドヤ顔。
「ちなみに妖精は何してたんだ?」
ナノマテリアルの在庫があると聞いた時、俺たちそっちのけにして妖精たちの首根っこを引っ掴んで行ったと思うんだが。
「電子部品やプログラミングを見て頭から煙吹いてるわ」
過去形じゃなくて現在進行形か。真空管から一足飛びにVLSIを知ったら、そうもなろうけど。
ともあれ、場所の選定が終わり装備に不安が無いならば、演習をやらないという選択肢は無い。
「それじゃあ妖精は放っておいて演習に行くぞ。チーム分けは……と言うか、まずは演習よりは艦隊運動の訓練からか?」
「基礎の基礎やね。ホンマ司令官はん、慎重やなぁ」
ちょっと呆れた声で黒潮が言う。
「ウチらにとっての艦隊運動は、歩くんと同じようなもんやけど……」
そこまで基本的な事なのか。
「うーむ……。俺だと分からない事が多いな。摩耶、演習内容の仔細を任せていいか?」
「アタシか。と言っても駆逐が多いしな……大型艦が増えるまでは阿武隈に任せたほうがいいと思うぜ?」
肩を竦める摩耶。……阿武隈か。
「提督ぅ。今、あたしで大丈夫かな? って思ったでしょう!」
両手を上に突き出してプリプリ怒る阿武隈。
「そこまでは思ってない。が、阿武隈を選んだ理由は疑問に思った」
「現状、ウチは駆逐が多いからな。駆逐を指揮するのは基本的に軽巡の仕事だから、アタシより阿武隈にやらせたほうが効率が上がると思ったのさ。
ついでに言うと阿武隈は一水戦旗艦だ。駆逐隊の指揮も演習も慣れてるだろ」
「把握」
昔取った杵柄というヤツか。適任だと適切な理由で推薦された以上、俺に否やは無い。
「それじゃ阿武隈を演習での旗艦にするから、彼女に従ってくれ。駆逐の皆もそれでいいな?」
「「「「はーい!」」」」
四人の返事が元気に唱和した。反対する意見は無いようだ。阿武隈は頼りなさ気ないじられキャラだと認識していたが、駆逐たちの反応を見る限りやる時はやるって事なんだろう。
彼女は一つ強く頷くと、
「阿武隈、拝命しました! 任せてください!」
ビシッ! と敬礼した。