私だけのお星様。   作:神凪響姫

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元々にじファンにて掲載していた作品を若干修正し、タイトルを変更して投稿させて頂いております。ご了承ください(にじファンにあったものは削除済みです

少々読みづらい作風かもしれませんが、読んで頂けたらなと思っております

では、始まります。


その前に、


     注意書き

・当小説は異世界から漂着したオリ主を中心とした物語となります。過度な期待は禁物です。
・基本的に主人公は無双しません。ハーレム形成も致しません。ご理解くださいませ
・各種設定が原作と異なる場合が御座いますので、その点予めご確認下さい
・時折キャラクターが物理法則を無視した動きをしたり、質量保存則を華麗にスルーする場合が御座いますが、その場合大きな声で「フィクション!フィクション!」と叫ぶと解決するやもしれません。尚、この行動による結果につきまして、当方一切責任を負いかねますので、ご了承ください



序章
序章1 満月の日の出来事


 

 

 

 

 

 地獄と言っても過言ではなかった。

 今まで何気なく存在していたものがことごとく燃え盛り、異常なまでに人の叫ぶ声が響き渡り、それを押し潰すかのような燃え盛る音が耳に残る。

 周りには誰もいない。否、誰かがいた。いた、と思う。

 人の姿は無い。

 煙に満ち、炎に満たされたロビーには、赤と黒の色だけがある。

 それは、人の形をしていた。

 炎は絶えず、いずれ焦土と化すまで燃え続け、人の歴史に名を残すだろう。人の記憶に絶望を刻みのだろう。人が自然に、神に逆らえぬ証と言わんばかりに。

 

 少女はさまよい続けていた。父を、姉を、誰かを探すために。

 人の声のする場所を求めて、歩いていた。

 柱が倒れて砕け、天井が崩れ落ち、やがて歩く場所すら失うだろう。

 それでも、歩き続けた。

 助かりたい一心で、決して歩みを止めなかった。

 

 だけど。

 

「あ……」

 

 横手から殴りつける熱風に晒され、熱気に意識をさらわれそうになった。

 押しとどめるも、代わりに足から力が抜けた。極度の緊張と、不意な出来事に対する恐怖と不安が、幼い少女を蝕んでいた。

 倒れ伏せる。

 立ち上がることは、できなかった。

 無力だ、と心のどこかで自分が泣いて叫んでいる。けれども、口からもれたのは、己の力の無さを嘆くものではなく、ただひとえに、

 

「お姉……ちゃん…………、おとう……さ…ん……」

 

 自分を愛し、育て、絆を育んだ家族の名前。

 どこかおぼろげに映る視界の中で、何かが動いた。基盤が崩壊した柱が悲鳴を上げ、倒れようとしている。

 少女に向かって。

 裁きを下す鉄槌が如く。

 少女に何の罪があるというのだろう。まだ年端もいかぬ少女の命が、消えようとしていた。

 それでも、少女は生きたいと思った。

 思っていた。

 もう一度会いたい、と思い、ああそれも無理なのか、とどこか達観している自分がいた。

 

 でも、

 できることなら、

 

「もっと………………」

 

 声は届かない。

 唸る炎に、軋む鉄の音が、少女から最後の願いすらも奪う。

 無慈悲な一撃が、下されようとした。

 

 しかし、

 

 

 

 奇跡は、ごく稀に起こる。

 思わぬ形で、思わぬときに。

 

 

 

「―――!」

 

 横から飛来した光が、斜に傾いた柱を全力で吹き飛ばした。

 破片が飛び散る。その一つさえ、少女に当たることは無い。

 ややあって、少女は眼球の動きだけで事態を把握する。頭すら動かない、死を直前に控えた事態を打ち砕いたのは、一体何だったのか―――

 が、それを少女が見ることは叶わなかった。視界の隅を金色に輝く何かが映ったと思うが、アレは金属が燃える光景なのだろう。霞がかった視界は半分ほど暗がり、瞼が徐々に下されつつある。

 

 やがてその破砕音を聞きつけたのか、或いは先ほどの少女の願いが叶ったのか、茶色い髪を結わえた少女が駆け付ける。破片が飛び散る辺りを見渡し、ややあってから、倒れ伏す少女の姿を確認した。

 すぐさま近寄り、抱え上げた。

 意識が朦朧としているが、息をしている。

 生きている。

 

「良かった……」

 

 抱き上げられる感触に気づいたのか、眼を閉ざしかけていた少女が顔を上げる。

 茶髪の少女は優しく微笑む。

 もう大丈夫だと、語るように。

 

 それが伝わったのか、やがて少女は安心したかのように小さく頷き、小さな手で服を掴んだ。

 茶髪の少女は杖のようなものを掲げ上げ、前方を指す。

 直後、桃色の閃光が赤の色を消し飛ばした。

 闇を切り裂く光。先ほどのそれとは異なる轟音が響き、文字通り活路を開いた。

 ようやく見えた頭上の漆黒。星々の輝きが映える、美しい空だった。

 

 ああ、と最後に少女は思う。

 曇りなき空はこんなにも、美しいのかと―――

 

「さぁ、ここから出よう。掴まっててね」

 

 その力強い笑顔を見て、また視界が歪んだ。

 頬を熱い何かが伝う。言葉にできない思いが、疲れた心から湧きあがる。

 優しい笑み。暖かい腕の感触。心を満たす喜び。

 ああ、これが本当の―――魔法なのか。

 

 少女を抱え、茶髪の少女は空へと舞い上がる。

 こんな悪夢を見せまいと、抱き抱えたまま。

 小さな命一つだって、こぼれ落とさないようにと。

 確かに『少女』はしっかりと、握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 後には赤で満たされた世界が残る。

 そこには、

 

「…………白い悪魔、か」

 

 金色が僅かに一筋、窺え、そして炎の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから四年後―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元世界ミッドチルダに、春が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ミッドチルダ北部、廃棄都市

 

 大地を覆うように張られたものがある。

 結界だ。

 通常、一般人が誰も立ち入ることのない空間。世界と隔離され、一種の異界と化したそこで、時折爆音と破砕音が生じ、それに混じって悲鳴と怒号が轟く。

 老朽化し、崩落した残骸は容易く砕き割れ、また叫ぶ声は寒々とした空に冷たく響き渡る。断続的に聞こえるのは破砕音と爆音、時折生じるのは人の声だ。

 結界が張られた理由は、人々に害を為すとある存在を抹殺するためだ。

 とは言っても、それは人間どころか生物ですらない。

 ガジェットドローンと呼ばれる、ある科学者が作り上げた兵器だ。

 

 本来、人為的に張られた結界内部には限られた者、そして敵対するモノしか存在しない。前者は武力を持った、管理局の者がそれである。

 だが現在、そこには多少なりとも多くの人の姿がある。

 廃棄都市に住んでいた、不法住民たちだ。

 

 ミッドチルダとて完全平和平等な世界ではない。貧富の差は確実に存在し、そのしわ寄せがここでも生じていた。居住権を持たぬゆえ、陸戦隊員が調査を怠ったのだ。不法者ならば、見捨てても構わないと。

 ゆえに、結界内は阿鼻叫喚の巷と化し、不法住民らは悲鳴を上げつつ、安全な場所を求めて蜘蛛の子を散らすが如く逃げ惑う。

 その結界の一角で、一際派手な衝撃を生む存在があった。

 戦場を己の衣装の赤で彩る、小柄な体躯の少女。その手には金属製のハンマーが握られ、地上・空中と敵の場所を限らず振るい、次々に敵機を破壊する。時折飛翔し、空の機械を振り回す鉄槌が鉄クズへと変える。

 

 既に破砕の音は三桁に達している。

 それでもまだなお、湯水の如く湧いては破壊を繰り返す。

 

 鉄槌を手の中で回していた少女・ヴィータは、乱れてきた息を整え、小さく息をつく。

 

「クソッ、次から次へと面倒くせぇ。おいザフィーラ、そっちはどうだ?」

『なんとかと言ったところだ。人を導くのもなかなかどうして、難しいものだ』

「オメェ盾の守護獣だろうが。いざとなったら壁になるくらいの器量見せろよ」

『これは耳が痛いな。その名に恥じぬ働きと結果を見せよう』

「ついでにさっきいた泣いてるガキのお守でもすんだな」

『鋭意努力しよう』

 

 念話を切り、再び距離を縮めてきたガジェットを粉砕する。

 

 最早数を数えるのも面倒になってきた。

 敵戦力を削り取る手ごたえはある。しかし満足するだけの歯ごたえがない。不謹慎な話ではあるが、むしろ戦う意欲が湧くのでいいか、と思わなくもない。

 

 ともあれ、延々と現れるガジェットを潰す単純労働じみた所業にも些か飽きが生じ始め、手持無沙汰に周囲を見渡す。仕事と割り切り気合いを入れるはいいが、あまりに余裕なのでヴィータとしても物足りなさを感じてしまう。油断することはないが、しかしまぁ、こうも味気ないやり取りが続くと退屈というもの。

 辺りのガジェットは一掃した。残りも僅かとなっている。

 仕方ない、とっとと終わらせて帰ろう。

 

 もうひと踏ん張りだ、と心機一転、最後のひと仕事に取り掛かろうとした。が、その時。空の向こうからガジェットの機影が飛来するのが見えた。

 

「新手か……?」

 

 カプセルの形状をしたガジェットの中、明らかに色彩が異なるモノが複数見られる。従来のガジェットは、索敵センサーと思しき黒い点を4つ持ち、青の機体正面中央部に熱線を照射する黄色いセンサーが付属しているのが特徴だ。

 だがガジェットの群れの中にて異彩を放つそれは、黒い装甲を持ち、五つの黄色い索敵センサーがあり、ケーブルを吐き出す側面には円筒系の物体が二つ付属している。熱線を吐き出さないのか、索敵のそれ以外にセンサーはなかった。

 サポート型か、と判断を下し、ともあれ全て撃墜する。気合十分、意気込んだ勢いをそのまま打撃力に変える。

 

「アイゼン!」

《You'd better stay on your guard》

 

 油断をするな、とアイゼンは警告する。無論、ヴィータの中に慢心は無く、余裕も見せない。

 ただ容赦なく、無慈悲な鉄槌を下す。それに変わりはない。

 

 振り下ろす。

 新型は大した抵抗も見せず、アイゼンの前に平伏す。

 一撃粉砕。新型と言えどもこの程度か、と拍子抜けした。

 

 だが、

 

「ぅぷ……っ!? なんだ!?」

 

 違和感を抱きつつもぶち抜いた瞬間、内部から凄まじい勢いで白いガスが放出された。瞬く間に周囲へ広がり、ヴィータの周囲を包んだ。

 嫌な予感がする。

 すぐさま後退、しかし僅かに口から肺へと侵入を許してしまう。舌打ちした直後、自分の体に異常が起きたことを知る。ほんの少しだが、小刻みに震え始めたのだ。

 

《Paralysis smoke》

「チッ……! 猪口才なヤツだ!」

 

 好機を得たと踏んだか、ガジェットが殺到し始める。事実、忌々しく思いながらアイゼンを振るうヴィータは、その四肢から徐々に力が抜けていくのを感じている。致死性の毒ではないことが幸いと言えばそうだが、しかしこの即効性は危険だ。効果時間はそこまで長くはないだろうが、その分効き目が異常に早い。

 五体砕いたところで動きが止まる。もうアイゼンを握っているか否か定かでないし、視界も微妙に揺れている。触角と視覚が異常をきたし、やがてヴィータはその場に跪いてしまう。

 まさしく罠に飛び込んだ獲物と化した少女を取り囲む。それでもなお動く腕を盾に、気丈にも鉄槌を振るおうとする。が、それも熱線の一射ではたき落され、徒労に終わった。からん、と転がる相棒に手を伸ばそうにも、ガジェットがそれを許さない。そもそも、揺らぐ視界の中では自分の手の感覚すら怪しかった。

 センサーが輝きを得る。熱線を一斉に吐き出しトドメを指す心積もりか。

 くそっ、と舌打ちもできたのか定かでない。腕で防御をとろうにも微塵も動かない。アイゼンの声がどこか遠い世界の出来事のように感じられる。終わりかよ、と歯噛みしながら、夜空を仰ぎ見る。

 

 と。

 夜空の向こう、ビルの陰から、それは現れた。

 

 

 

 

 

(なんだ、ありゃあ……?)

 

 ヴィータが視界に映るその光景を訝しむのも、無理はなかった。

 それは人の形をしていた。徐々に近づくにつれ、輪郭が明確なものになる。夜空の染み程度だった影はやがて外見に金と黒の色を持つのが分かる。長く三つ編みにした金髪をなびかせ、黒い衣装で身を覆い、そして、青空を連想させる青の双眸が強く印象に残る。

 

 女か、と思うが、身の動かし方から、男だ、と判定。

 それも、ヴィータと同じ程度の背丈の、少年である。

 

 しかしそれより気になるのは、少年の動き方だ。飛行魔法らしい直線的な動きではなく、ビルを迂回するように弧を描く軌道である。それは当然だ、何故なら少年は飛行魔法で空中を飛んでいるのではなく―――細いワイヤーで、空中を移動しているのだから。

 右腕の上腕部、そこから伸びたワイヤーを、グローブ付きの右手で巧みに操っている。アクション映画を彷彿とさせる動きだ。

 やがて少年の全貌がガジェットに視認されるに至る。同時、迎撃の構えを取る彼らを目前に控えた少年は、僅かに右腕を動かすと、長く伸びたワイヤーが瞬時に少年の元へ戻っていく。後は慣性の力任せに進むだけだ。

 

 身体が空中に浮く。着地までのその間、数えて四秒程度だが、それで十分だったのだろう。

 腰元辺りから拳銃を一つ取り出す。銀色の装飾と黒鉄の銃身を持つ、無骨な武装。

 あれは、とヴィータが眉根を寄せるのと同時、

 

「―――!」

 

 ガジェットが熱線を吐くより早く、力を解き放った。

 ヴィータの眼をもってしても視認できない、否、それは不可視の弾丸だったのだろう。強烈な衝撃と激烈な威力を孕んだ破壊の力が頭上から降り注ぎ、ガジェットの装甲を紙細工のように切り裂き打ち砕く。少年に最も近かったガジェットと、その付近にいた同類もろとも、見えない力に押し潰された。

 

 AMFなど関係なかった。

 

 放り投げられる軌道で空中を進む少年。その着地先に控えていたガジェットを一掃し、矢継ぎ早に繰り出される熱線を身の捻り一つでかわし、身体を丸め、背中から地面に激突した。

 バウンドする。しかしその勢いはほとんど横方向からのもので重力落下の衝撃は差ほどでもない。すぐさま身体を開き、武器を無い空手の方の腕を使って側転を入れる。

 勢いを殺すためだ。

 

 二回行い、そしてバック転。着地して、尚もしつこく残るスピードを地面を削りながら完全に消し去った。

 ため息をつく間もなく、ガジェットが瞬間、襲いかかる。

 

「……!」

 

 無論、少年とて戦場に自ら飛び込んだ身だ。集中砲火に晒されることは予測の範囲内だったのだろう。

 すぐさま身を伏せる。虚空を貫く熱線を尻目に、少年は走り出した。

 

 前方へ一発、やや遅れて後ろへも一発。やはり目に見えない衝撃だけの弾丸を吐き出し、群がるガジェットを破壊する。新型と思しき黒いガジェットも含まれ、噴射されたガスは衝撃によって押し退けられ、或いは辺りに拡散する頃には少年は前へと行く。

 一斉掃射。

 力を湯水が如く消費する勢いで射出される弾丸は、見事一つの例外もなくガジェットを粉砕し、急激にその数を減らす。一射が非常に的確で、一発で敵を三機は撃墜している。弾切れを起こす前にかたをつける腹積もりか。

 

 されど、ガジェットとて無能ではない。魔導師を苦しめるのはAMFだけではない。数の暴力すらも戦術のうち。すぐさま包囲網を作り、集中砲火の構えに入る。未だ満足に動けないヴィータを放置してまで。

 優先順位が高く設定されたモノを確実に排除するためか。

 見れば、少年の背後から音もなくガジェットが忍び寄っていた。熱線による遠距離攻撃は回避されると踏んだのか、ケーブルを左右から吐きだし、捕獲しようという魂胆だろう。或いは死なばもろとも、自爆するつもりか。

 

 危ねぇぞ、と叫ぼうとした。

 だがそれも杞憂に終わる。

 

 少年は、後ろに目が付いているかのような動きで即座に反応した。

 

「…………っ!」

 

 無手だった左手には、引き抜かれた警棒らしき物体があった。

 振り向きざまに叩きつける。しかし、魔法による強化を伴っておらず、細身の少年の腕では大した威力を見込めない。反応速度こそ見上げたものだが、ガジェットは反撃を予知してらしく、ケーブルは少年の五体にではなく警棒へと殺到する。

 絡め取られる。

 攻撃は封じられ、身動きが一瞬止まる。

 

 しかし、それも束の間のこと。

 カチ、と地雷を踏んだような音がした。

 

 直後、ケーブルを通じてガジェットが電撃に見舞われる。

 

「―――ッ」

 

 辺りを青白く染める発光現象は一瞬、ケーブルは焼かれ、回路を破損したガジェットは己の身をスパークさせ、やがて爆散する。

 至近距離で爆発を受けた少年はただではすまい。

 

 ……などと早計な判断に至る者は、最早この場において存在しない。

 

 爆煙が立ち込め、視界を塞ぐ。包囲網を形成していたがゆえに少年は輪の外に出れない。しかしガジェットは囲む輪を徐々に小さくしていたがため、爆風の煽りをもろに受ける。

 

 隙が生じた。

 それを誰が見過ごすだろう。

 

 風に押されて身じろぎするガジェットを、虚空から伸びた細いワイヤーが締めつける。少年が先程移動に利用していたそれは細く、しかしそれでいて頑丈で、鋼鉄の装甲が削られ、聞くに堪えない金属音を奏でる。

 熱線で断ち切る判断を下すよりも早く、ワイヤーが一気に収納される。それに伴い、ガジェットは爆煙の中へ引きずり込まれようとした。

 直後。少年の腕だけが現れる。

 その手には既に警棒が握られ、上から振り下ろす軌道に入っていた。

 避けられない。

 

 装甲を歪ませ、ガジェットは抵抗も叶わず破砕した。

 再び爆音。

 そして拳銃が放つ破壊の力によって、より大きな音が生じた。

 両手には武器。その身は無傷。熱線もケーブルは足音にすら届かず、数の暴力など何処へいったのやら、右往左往する彼らガジェットは哀しいかな、ただの動く的でしかない。

 後の展開は、語るまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 音が止んだ。

 砕かれる音が最後に響き、残るは大量に転がる機械の欠片と、ようやく再起したヴィータ。そして、相も変わらず無言で佇む少年。

 

「―――何モンだ、オメー」

 

 ヴィータは傍から見れば助太刀に入ったと思えなくもない少年を見、問うた。

 その目は剣呑としている。彼女とて、窮地を救われたとなれば恩義の一つも感じなくもない。だが、この少年、明らかにおかしい。

 それは、彼の手にする物体が、

 

(やっぱり、質量兵器か……!?)

 

 彼が手にする拳銃、腕から発射されたワイヤー、スパークを放った警棒。どれも魔力依存の武器ではなく、他者を傷つけるための兵器だった。

 加え。

 背中側、腰元にベルトで固定された、一振りの刀剣と巨大な銃。

 一度も行使されてはいないが、いずれもアームドデバイスだ。

 

(あのデバイス……どっかで見たような)

 

 それも最近、何かの事件のデータを閲覧した際に、だ。

 数秒考え、思い出した。

 

(デバイス強奪事件の……!)

 

 盗まれたものと、酷似している。近頃、巷を騒がせている事件の犯人。それがまさか、この少年なのだろうか。

 

 廃棄都市、不法住民、盗品、そして、デバイス所持にも関わらずの未使用。

 考えてみればみるほど、この少年には不審点が多い。突如乱入しておきながらこちらを一瞥もせず、彼はその場に佇んだまま、何か思考に耽っているようで、動こうとしない。或いは再びガジェットが出現するのではと警戒しているのか。

 しかし待てどもガジェットは現れない。

 

 少年は武器を収めると、その場から立ち去ろうと踵を返す。

 

 が、

 

「おい」

 

 ヴィータの声に、歩きだそうとした少年は止まる。

 

「オメェ、そのデバイス、盗んだものか……?」

「―――」

 

 少年は答えない。

 ただ、視線で応えた。

 無言で睨みつけ、構えをとる。答えることは何もないと、暗にそう応えているかのように。

 

「あ? んだよ、アタシに喧嘩売ろうってのか?」

 

 面白い。

 

「……いいぜ、かかってこいよ。力づくで聞いてやらぁ……!」

 

 直後、ヴィータは動き出した。

 

 

 

 

 

「行くぞアイゼン! まずは――」

 

 柄を握り締め、ハンマーフォルムのまま振り上げる。

 

「こいつを食らいな!」

《Schwalbefliegen》

 

 虚空から鉄球が現れる。付加する力は飛翔・誘導・貫通・炸裂の四つ。直進する相手が回避するも良し、防御するも良し。いずれにせよ確実に魔法面からぶち当たり、常人ならば卒倒する。

 初手から全力。フルスイングを解き放ち、ハンマーヘッドが激突した。

 

 鉄球のサイズは砲丸並み。複数発射も可能だが、この方が衝突の際の威力も増す。

 それこそ弾丸並みの速度をもって、鉄球は飛翔する。少年はそれを見、何を思うのか。だが直進中の今、回避行動に移ろうと避けた先に鉄球は誘導される。上に飛んだとしたらそれはなお良し、《Todlichschlag》――命中・防御を一切無視した打撃をお見舞いすればいい。

 

 前を見る。少年はこちらへと走り出している。鉄球に気づいても、前へと進むその勢いをどうにかせねば回避できない。慌てて回避か防御を行うのが関の山だ。

 どう出るか。

 

 と、そこで気づく。

 

「あ―――!?」

 

 少年は怯みもせず、むしろ加速を強めた。身体を前へ倒し、ヴィータを睨みつけたまま。

 馬鹿が、と内心驚き混じりに笑った。どれだけ防御に自信あるか知らねぇが、容易く受け止められるほどショボくねぇんだぜ、と。

 

 やがて衝突寸前というところで、防御の意思を見せない少年にヴィータは焦りを抱いた。非殺傷設定と言えど、それ相応の精神ダメージを受けるし、何より顔面に直撃だ。後々トラウマにならないとも言い切れない。そうするとはやてが慈悲の心はないのかと文句を言いそうだ。どうだっていいと言えばそうだが。

 勢いを緩めるか。一瞬思い、そこでヴィータは眼を見開く。

 

 少年は鼻先数十センチというところで、身体の軸を僅かにずらした。身体を右に傾け、それでも側頭部にぶつかるという位置に。

 被弾は免れない。故に鉄球はコースを変えず、数瞬先に待つ悲惨な光景を生むべく直進を続け、

 

「何……!?」

 

 そのまま通過した。

 ありえねぇ。ヴィータはほんの僅かに思考が驚愕で満たされる。

 

 避けられたことに、ではない。

 あの少年の避け方に、だ。

 

 少年が行ったのは簡単なことだ。眼前にまで引き付け、衝突寸前に頭を前へ振ったのだ。それも、数センチほど斜め左に。

 自分から飛びこむ勢いと、鉄球の速度。相対速度が誘導性を勝り、結果として、鉄球は目標へ軌道を変更することが叶わず、結果として、側頭部の髪の毛数本を掠める程度に終わり、回避された。

 

 正気じゃない。わざわざ敵の攻撃に飛びこむような命知らずな真似できる奴がいるとは。

 されど、

 

「うらぁああああああ!」

 

 その程度で怯むほど、騎士は生温くは無い。

 

 気合いと共に放たれる怒声。しっかと両手で握り締めたハンマーを振るい立たせ、迎撃を用意する。

 少年は直進を続ける。この野郎真正面から来る気か。ヴィータは心中で呆れ、同時に喜悦に近い感情を得た。

 

 面白い。ベルカの騎士に正々堂々勝負を挑むとは、見上げた根性だ。シグナム辺りが気に入りそうだ。

 

 敵を見る。少年は素手のまま、小さく身構える。と、その両手にはいつの間にか、警棒のような黒い棒が握られている。先程スパークを放ったアレはデバイス……ではない。ヴィータはすでに見抜いている。ただの護身具だ。

 

 しかしその程度の武装でガジェットを退けたのも、厳然たる事実である。

 例え質量兵器を使ったとしても、その力量は警戒に値する。

 

「しっ……!」

 

 少年の小さな声。円弧を描き、大きく振るった右手の一撃。上から振り下ろすそれとは遅れ、刺突の構えを取る左手。わざと大振りな攻撃で隙を見せ、油断を生じさせるつもりか。

 

 甘ぇ、とヴィータはアイゼンから片手を離し、前へ突き出す。

 

「シールド!」

《Panzerhindernis》

 

 三角形をした、幾何学的文様を描く魔法陣が展開される。

 高い防御性能を誇る盾となる魔法が遺憾なく効果を発揮する。改造を施したとはいえ、たかが護身具程度で砕けるものではない。

 光が迸り、上からの攻撃が弾かれる。次いで放たれた刺突の二撃目も、ヴィータのすぐ横を突き抜ける。結果として、少年は両手を前へ突き出すこととなる。

 

 その腕と腕の間に、小柄な体躯を捻じ込んだ。

 

 狙うは至近距離から放つ、掬い上げるような一撃。

 少年は防御できない。前へ伸ばしきった腕はすぐには戻せず、何かアクションを起こすよりも早く、アイゼンが意識を刈り取るだろう。

 

 全身全霊でブチ抜く。

 全力を込めたスイングを今まさに放たんとした。

 

 瞬間、

 

《Danger!》

「あ!? ―――ぱグッ!!」

 

 警告も間に合わず、頭頂部に凄まじい衝撃が走り、一瞬世界が明滅した。

 何が起きたのか。ヴィータは手放しかけた意識を抱きしめ、両目を大きく開く。

 

 少年が行ったのは、簡単なことだ。両手を動かせず、足を振り上げようにも、前へとかけていた体重のせいで上手くバランスを保てない。

 なら、一つしかない。

 

 文字通り、『頭』を使えばいい。

 

 だから叩きつけた。眼前にある、ヴィータの頭に。

 

 攻撃態勢をとっていたせいか、アイゼンの防御に先制をかけるよう、一度頭を引いて勢いをつけず、そのまま一気に下ろしたわけだ。

 

 結果は見ての通り。

 額を強かに打ちつけた少年もまた、鈍い痛みに目を細め、しかしヘッドバットの反動で上半身が仰け反ろうとする。前進の勢いも殺してある。後は腕を引くだけで次の攻撃へ移行できる。

 

 それをヴィータは自分の眼で捉えられない。だが、気配と行動の流れで把握する。自分は今、アイゼンの攻撃を中止せざるを得ない状況に追い込まれ、尚且つ下を向いてしまっている。少年はこの行動で再度攻撃をかける余裕を得た。予期せぬ事態と鈍痛に動きが鈍るヴィータと、想定内の痛みに耐える少年とでは、動きに差が出る。

 

 このまま下がらせるわけにはいかない。

 

 させるか。ヴィータはアイゼンから意識を別の場所へ向ける――

 

「だりゃぁーっ!!」

 

 ――己の頭に。

 

 だん、と力強く踏み込み、細い足が大地を離れる。僅かな飛翔、その先には、まだ構えをとっていない少年の顔がある。ヴィータから顔は見えないが、そこには驚愕が広がっている。

 ロケットよろしく飛びあがり、直後、鐘を鉄器で殴りつけたような音が響き渡った。

 

 二連続で脳を振動させたこと、また慣れない原始的攻撃にヴィータも涙目になっていた。これで背が永遠に伸びなくなったらこいつ絶対死なす。守護騎士だから成長することはないが。

 

 だが効果は覿面だ。向こうも予想外の反撃法に対処できず、顎を押さえてフラついていた。下手をすると脳震盪を起こしているかもしれない。ヴィータは内心笑った。ザマァ見ろ、やられたらやり返す。これは古代ベルカの常識だ。多分。

 

 隙ができた。

 好機。

 

「行くぞアイゼン!」

《Form Zwei.Raketenform》

 

 ハンマーヘッドが変形する。片方が推進噴射口に、反対側は鋭利な輝きを放つスパイクへ。爆発的な勢いで魔力が噴射され、瞬間的な加速をもって爆進。回転による遠心力を加え、更に速度を上昇、防御の一切を打ち砕かんと振るう。

 必倒を確約する一撃が放たれる。

 

「ラケーテン……ハンマぁあああぁぁぁあアアアーッ!」

 

 腹部を狙い、スパイクの先端が少年の五体に突き刺さる。

 直撃した。

 

 錐揉み状態で吹き飛んだ少年は地面を大きくバウンドし、何メートルも横転し、やがて回転が止まる。

 少年は動かなかった。

 

 

 

 

 

「……もう終わりかよ」

 

 あまりに呆気ない幕引きに、ヴィータは落胆の念を禁じ得なかった。ぐるり、と一回転したアイゼンの柄の先端が地面に突き刺さる。

 

 少年の力量は、先程までのガジェットへの猛攻で推測できた。昨今、魔導師の脅威として広く知られるガジェット、それをいとも簡単に葬ったとなれば、相応の実力も期待できた、はずだが……

 

 あてが外れたかな。頭を掻きつつヴィータは嘆息する。シグナムだったら一目で解っただろうが、自分はあそこまで突き抜けられない。

 ともあれ、任務は完了だ。あとはシャマルに連絡して皆と合流すればいい。踵を返し、一度連絡を取ろうと少年から意識を離した。

 

 ピピッ、と電子音が聞こえた。

 

「―――ッ!」

 

 ヴィータは振り向く。その視界の中で、倒れていたはずの少年が起き上がるのを確認し、自分の失態に舌打ちしたくなった。

 

 しかし何故、と疑念が湧く。確かにアイゼンは少年へ直撃した。腹部を強かに打ちつけ、バリアジャケットも無い状態では非殺傷と言えど尋常ではないダメージを相手に与えるに至った、はずだ。

 

 と、そこでヴィータは見る。少年の腹部に、何か包帯のようなものが巻かれているのを。腹部全体に巻きつくそれは、何の変哲もないただの包帯……とは思えない。薄らぼんやりと、見たことのない黒い文字がところどころに描かれ、それが淡い光を放っていた。

 原理は不明。しかし結果は明瞭。渾身の一撃は、ロクなダメージを与えるに至らず、自分は隙だらけの背中を晒している。

 

 少年は上体のみを起こし、左手をこちらへ伸ばしていた。

 無論、そこには拳銃が握られている。

 

 銃口がこちらに向いている。ガジェットのAMFを容易く貫通し、その装甲を砕いた弾丸を思い出し、ヴィータは戦慄する。

 

 トリガーが引かれる。

 

「く……ッ!?」と眼を見開いた。

 

 やはり弾丸が、見えない。

 否、それは見えない弾丸だった。銃口から発射されたものは、不可視が常であり、それこそが彼の持つ拳銃の真価である。

 弾丸自体は見えない。しかし、それが引き起こす結果は、この目で拝むことができた。

 

(空気が……!)

 

 文字通り、押し潰されていた。

 

 まるで見えない重圧に押し潰されるが如く、また強い力が地面を削り進んでいるかのように、その弾丸は、円形に空気を押し潰し、前方へと突き進んでいる。

 それは、巨大な空気の弾丸が触れた物を圧迫するべく直進しているかのようだった。

 

 正体は分からない。パンツァーヒンダネス、と叫びかけ、しかし、脳裏に自分が押し潰される光景が浮かび、防御を捨てた。戦いの場では楽観視できない。あの威力を考慮すれば安全策をとるべきだ。

 回避した方がいい。

 足のバネを使い、地面を全力で蹴りつける。大地もろとも削って直進する空気の壁は、虚空を突き抜け、やや後方まで飛ぶとその勢いを緩め、目に見えて威力を落とした。その結果から、射程距離は長くて20メートルほど、距離を伸ばせば伸ばすほど威力は落ちると考察する。ガジェットを引き裂いた

 それでも無力なコンクリの壁程度なら容易に撃ち抜ける模様。

 

 だが、とヴィータは勝機を見出す。

 しかしその心の余裕も、ピピッ、という続けて聞こえた電子音に打ち消される。

 

(連射できるのか!)

 

 あれだけ暴力的な威力を孕む攻撃をそう連発されてはたまらない。たちまち防戦一方へ追い込まれるヴィータを、見えない攻撃が執拗に追い回す。

 息が乱れる。未知の攻撃に加え、必要以上の回避行動が体力を奪っている。ヴィータは正確な攻撃範囲が解らないため、弾丸の軌道上から大きく飛び出して回避している。無駄な行動ではない、ないが、しかし余分な体力を浪費しているかと思うと苛立ちも募ろう。

 

 そんな中でも、ヴィータは好機を逃すまいと視線を少年へと向けつつ、思考をフル稼働させる。

 どんな手品かは知らないが、永久機関というわけでもあるまい。あれだけ高威力の弾丸を連射していれば、必ず弾切れを起こすはずだ。

 

 だが、それも確実な策とはいえない。本当に弾切れなど引き起こすのか? 疑心暗鬼になるかけるも、立ち込める不安の暗雲を振り払う。

 

 待つのは性に合わない。

 突撃あるのみ。

 

「……ッ!」

 

 アイゼンを握りこみ、己を鼓舞するように、気合を入れる。

 行け。ヴィータは自分の撃鉄を叩き下ろした。

 

 横へ大きく跳ぶことで回避していたのを、斜め前方へ行くことで避ける。距離を縮める反面、危険性は上がる。

 だからどうした、と言わんばかりに敢行する。急激な攻勢への転換。それは無策にも蛮勇にも見えるが、しかしそれは確かな反撃の狼煙にも窺えよう。

 ふと、聞こえてきた小さな音声が耳朶を打った。

 

「……へぇ」

 

 初めて耳にした少年の声は、僅かな感嘆と喜悦が混じり合い、こちらを値踏みするかのようなもので、ヴィータはひやりとし、途端、少年が単調なテンポで連射していた拳銃を即座に仕舞い、それこそ弾丸並みの速度で突っ込んできた。

 速い、と戦慄するのも束の間、走りながら警棒を引き抜いた少年の五体が視界いっぱいに映る。先程の前進速度を遥かに上回るスピード。こいつ手を抜いてやがったのか。驚く思考とは裏腹に、歴戦の兵と化した肉体は瞬時に反応、防御より迎撃を優先し、アイゼンの先端を振りかざされる警棒目がけて叩きつける。

 

 両者の武器が激突し、金属同士が身を削り合う音が一瞬し、接触したのを切っ掛けに激しい火花が散る。手元で操作しているのではなく、内部の信管で作動しているのか。いずれにせよ、お互いの視界を潰しかねない光量に、目を細める。目前にまで迫った幼い容貌からは、不釣り合いなほど不敵な笑みが僅かに浮かんでいた。そんな風な戦い方をする者がいるとは、と感嘆し、同時に敬意を抱いたかのように。

 力任せに鉄槌を押す。純粋な力ではヴィータが勝り、徐々に押し退けられていく少年の警棒。歯を剥いて拮抗の力を放出するヴィータとは対照的に、少年の顔はどこまでも冷ややかだ。真っ向勝負は分が悪いと冷静に判断し、力任せに腕を押し、その力で後ろへと飛んだ。

 

 距離をとられてはかなわない。

 

「させるかよ……ッ!」

 

 離れた分だけ、ヴィータは踏み込む。

 

 だが、

 少年の空いた右手が、素早く拳銃を引き抜くのを見て、絶句した。

 

 次の行動へ移る際のタイムラグがなさすぎる。まるで全てを想定していたかのようだ。

 撃たれる。追撃に出たヴィータに最早回避する術はない。今から行動を起こしても無意味。ただ為す術もなく撃ち抜かれるのか。

 

 思考は一瞬。躊躇は無かった。

 

「……!」

 

 ヴィータは少年同様、片手でアイゼンを手にし、少年へと伸ばす。ともすれば必死な足掻きに見えるその行動、しかしそれも届かない。あとほんの僅かというところで、僅差で射撃が勝る。

 誰がどう見ても明らかだった。

 

 ……ヴィータが少年を狙っていたならば。

 

 アイゼンは第二形態に移行したままだ。ハンマーヘッドはスパイクへと変形している。

 通常より、ほんの少しだけ――リーチが伸びている。

 

 だから、

 

「―――ッ!?」

 

 身体よりも前へと出した腕の先、手の中に収まる拳銃の銃口を跳ね上げるくらい、わけなかった。

 一瞬遅れて電子音。直後、頭上へと弾丸が放たれる。空気を突き抜ける音が、頭の上から降って来た。

 

 しかし、音だけだ。

 

 かち上げられた腕の下に潜り込むように、身を捻りながら飛び込む。警棒で迎撃する間も与えない。一瞬背を向け、ぐるりと大きく回転、再び目線が合わさった時、手の中には再度変形を遂げた、アイゼンがある。

 既にハンマーフォルムへ移行してある。パワーダウンともとれるその行動の意味、それは直後、判明する。

 

「デカいの一発行くぜ……!」

 

 虚空から巨大な砲丸が出現する。丁度、少年の腹部にあたる高さに浮かび、今まさに振りかぶる鉄槌の描く弧の最先端にある。

 轟音一つ。ハンマーの先端が球体表面を強かに打ち鳴らす。砲弾は猛烈な勢いで少年の腹部に激突し、五体を軽々しく撥ね飛ばした。空気を吐き出す苦悶の声を引きずり、そのまま後ろへと飛んでいく。

 まだ終わらない。片手を上げ、指の間に挟んだ小さな球体を全て前方へ投げ捨てる。先程の鉄球よりも小さいが、今度は数を増やした。全部で四つ、どれも誘導型だ、避けられまい。

 

 全てを打った。

 

 未だ体勢を整えられない無防備な少年に鉄球が殺到する。上からの一発が頭を殴り落とし、横合いから迫る二発がそれぞれ拳銃と警棒を持つ手を穿ち、下からホップした最後の一発が顎を大きくかち上げた。腹部衝撃、頭部への二連続打撃、そして武装を取り零した状態に追い込む。

 

(このまま……!)

 

 衝撃で空中へ飛び上がった少年へヴィータは猛進する。度重なるダメージで最早意識は朦朧としているはず。あと一撃、あと一撃叩き込めれば勝敗はつく。間近に見える華奢な肉体。ヴィータが攻撃の準備に取り掛かり、トドメとばかりに構える。

 

 少年の顔が僅かに動いたのは、その時だった。

 

「こいつ……!」

 

 何をするつもりだ、と内心問うと、同時、

 

 

 

 

 

 少年の右の瞳が、赤く光った。

 

 

 

 

 

 一瞬のことだから、見間違いかもしれない。

 

 だが、眼前で引き起こされる事象は、決して嘘偽りのものではない。

 

 虚空へ突き出された右腕。既に武器は失っている。だがそこに、不可視の力が収束していく気配がする。おぼろげながらも、だんだんと青白い光が集っていく。しかし、見慣れた魔法陣の影も形も無い。ただ未知なる力の集合を、ヴィータの直感が伝えている。

 

 ゾクッ、と背筋が凍る。

 この感じ、かつて体験したことがある。

 

 そう、かつて敵対していた、白い少女の砲撃魔法―――

 

 

 

 

 

 

「―――『Nova-Strike』」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、力が暴力となって吹き荒れた。

 

 眩い青の閃光が視界を埋め尽くし、一体どれほどの力を注ぎ込んだのか、紫電の瞬くような音と共に、空気を引き裂く音と共に、凄まじい勢いで青い光の砲撃が照射された。

 その収束具合、威圧感、共に脅威に値するとヴィータは判断。防御の意思を瞬時に投げ捨て、回避だけを頭に残し、全身を稼働させる。

 

 間に合え。冷や汗を流しながらも、ヴィータは横へ飛んだ。

 横の空間を、光の激流が切り裂き通過する。

 

「ぐ……ああぁあぁぁあアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 直撃は避けた。

 

 しかし、横の空間を突き抜けた衝撃は筆舌に尽くし難く、暴風のような衝撃が襲ってきた。それ相応の防御力を持つ騎士服がズタズタに引き裂かれていく。

 かすめただけでこの威力。

 防御していたら、確実に砕かれていたことだろう。激流に巻き込まれれば小さな壁など一飲みにし、十秒と持たずに決壊していたことだろう。そう思うと、鳥肌が治まらない。さしものヴィータも凄まじい威力に絶句し、得体の知れない少年の底力にいよいよ本気で恐怖を抱き始めた。

 

 少年とてダメージは大きく、前後する頭を片手で押さえながら、地面に両足を突き出している。満身創痍、しかし向こうはまだ未知の力を抱えている。こちらも全力を出しているわけではないが、分が悪いと判じた。あの砲撃は尋常ではない。あれを拳銃と同じく連射されればひとたまりもない。少なくとも、確実に仕留め得る策を持たねば勝機はひたすら遠い。

 どうする、と焦りが生まれ、この正体不明な少年に不安と僅かな恐怖を抱き始めるヴィータ。本当に、こいつは『ただの』違法住民なのか? デバイスを他者から強奪し、砲撃手としては秀逸すぎる腕前を持つ自分の知人に匹敵するであろう砲撃を放つ少年。それが魔法なら納得もいく。だが、騎士服とて無能ではない。非殺傷設定ならばある程度の防御力を持つし、殺傷設定であろうと魔法であると瞬時に見抜けた。

 

 だから、

 今のは、魔法ではなかった。

 

 正真正銘、相手を『殺す』力を持った、未知の力による純粋なる暴力だった。

 

 じわじわと恐怖心が沸く。だがもし本当にデバイス強奪犯ならば、見過ごすわけにはいかない。

 確実に仕留めねば。今、ここで。

 

 どうする、と今一度自問するヴィータ。生唾を飲み込み、構えを正し、相手が再び動き出すまで静観しようと思った。

 

 

 

 ―――頭の横から、白い兎がこぼれ落ちるまでは。

 

 

 

「……ッ! アイゼンッ!!」

 

 瞬間、頭の中が沸騰した。

 

 それでもどこか冷静な思考が、相棒の名を叫ぶに至らせる。ぶちのめす、という憤怒の感情と、叩き潰す、という破壊の意志が、顔の表面で如実に表現される。

 

 少年は何故ヴィータが怒りを露わにしたのか分からないせいか、どこか眉根を顰め疑問に思っていたようだが、尋常ならざる様子に、警戒態勢をとった。

 

 だが、そんなのはどうでも良かった。

 ただこの男に、裁きの鉄槌を下す。

 それだけだ。

 

「おぉぉおぉおおおおおおおッ! 焼き尽くせぇええぇえええっ!!」

《Flammeschlag》

 

 滾る怒りが口から怒声となって現れ、喉を潰す勢いで咆哮する。

 

 ガキン、と金属音が鳴り響く。魔力を込めたカートリッジ、それが空になって排出される。

 魔力が吹き荒れる。唸り轟くような気迫に、少年は身構える。

 

 だが、

 

「うらぁッ!!」

 

 ヴィータは振り下ろす。

 

 地面に向かって。

 

 瞬間、大地が炎獄と化した。

 

「…………!?」

 

 炎が大地を駆ける。着弾地点を中心に、四方へ広がる炎。それは少年の場所も例外ではなく、前方より壁となって襲いかかった。

 

 しかし彼とて無策ではなかった。地面に転がる拳銃をすぐに拾い上げ、正面へと一発、遅れてもう一発続けて発射する。巨大な空気の壁が前面へ押し出され、迫り来る炎と対峙。炎は放たれた見えない弾丸に空間ごと押し潰され、しかし回り込むようにやって来る炎と二発目が再度激突する。

 水を掻いても無意味なように、炎を引き裂いても一見無意味。だが、放った弾丸は確かに大気をかき乱し、炎の動きに大きな揺らぎを作った。

 役目を終えた弾丸に続くように、少年は発進する。その手には再び警棒が握られ、ヴィータが鉄槌を振るったと思しき場所へ疾走する。その疾走を炎が遮ることはなかった。あらかじめ予定された箇所を通過するかのように、炎が決して素肌に触れることはない。

 

 前方で炎が不自然に揺らぐ。そこにいると踏み、地面を蹴った。

 全力で左の警棒を振る。首をはね飛ばす勢いでいった。

 

「―――?」

 

 が、いない。

 

 大地を打撃した結果か、地面が大きく爆ぜたように荒れ、盛り上がった土が人影に見えたようだ。

 

 ヴィータはいない。

 

 付近を探る。しかし気配を感じない。辺りには障害物もある。あれだけ怒りを前面に出していた少女が撤退するとは思い難いが、しかしあの状態で姿を見せないならば、未知の武器と力に臆して引き下がったのも止むを得まい。猪突するかと思えば、なかなかどうして、冷静なところもあるものだ。

 

 逃げたか、と少年は武器を下しかけ――

 

「……行くぞアイゼン!」

「―――ッ!?」

 

 ――己の失策を知る。

 

 声は頭上から届いた。

 

 仰ぎ、見る。

 

 闇夜を切り裂き、月をバックに、果たして少女はそこにいた。

 

 見れば彼女が振り回していた鉄槌は、その形を変化させている。細く小槌に似ていたハンマーは、少女の身の丈ほどもある巨大な金属塊へと変貌を遂げていた。薄紫と金色に輝く鋼鉄の武装。これこそが鉄槌の騎士が誇る最大級の一撃。敵の防御もろとも一切合切粉砕する無慈悲なる鉄槌。

 

 少年は瞬時に理解する。先ほどの一撃、アレは自分に対する威嚇でも牽制でもなく、己の位置をくらまし、次の必殺の一撃へと繋ぐための、時間稼ぎだったのだと。

 

 そして、

 魔導師は空を飛ぶ。

 当たり前の事実を、少年は忘れていた。

 

 ガキン、と再びコッキングする音がした。

 それがどうにも、死神の死刑宣告のように聞こえた。

 

「轟天爆砕……ッ!」

 

 回避を、と思うも、巨大化する鉄槌から逃れることは、不可能だった。

 だから少年は最後の足掻きをすべく、構えを取り、直後、

 

「ギガントシュラァアァァアアアアアア―――クッ!!!」

 

 巨大な鉄槌が、地面を強かに打ち鳴らす。

 《Gigantschlag》。

 文字通り、巨人族の振りかざす打撃を彷彿とさせる、その名に恥じぬ一撃だった。

 

 

 

 

 




以上で終了とさせていただきます。ありがとうございました。



……アイゼンの発言に英語とドイツ語混じってるのはスルーして下さいまし(汗
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