● ● ●
某所にて。
「―――そして偏に、私たちが一丸となって目標に向かうこと。即ち無辜の人々を守ること。それが使命だと私は思っています。数々の苦難に屈せぬよう、理不尽に立ち伏さない強固な意志を持ち、揺らぐことのない信念を胸に、今、この瞬間から、『古代遺物管理部機動六課』を始めたいと思います」
新たな組織の設立、それに伴う部隊長の挨拶が行われていた。
見慣れた顔、懐かしい顔、新しい顔。ここから全てを一望できる。これが上に立つ者が見る光景。ここにあるモノを守るのが責務。これこそが自分が望んで止まなかった夢への第一歩。それを肌で実感できる。
全てはここから。ここがようやく来れた、私たちのスタート地点だと思いながら。
「それでは、長い挨拶も嫌われるんで、ここまでとします」
拍手喝采が上がり、小さな笑みを浮かべた少女は、一つ頭を下げると、裏手へ引き下がる。若干二十歳にも満たぬ、それこそ世間ではうら若き少女と呼ばれても差し支えない年頃の女の子。彼女を中心に、この組織は立ち上がる。
それぞれが異なる夢を抱いて、けれど、同じ方向を向いて歩きだす。
こうして、機動六課と呼ばれる組織は始まった。
それから数日経って。
ところ変わり、機動六課の一室にて。
頂点に立つ少女の使う隊長室にて待機していた、茶髪をポニーテールにして束ねた女性。もう一人はテーブル越しに座り、髪を肩の辺りで切り揃えた女性。そして最後に、白金色の髪を散らした女性だ。
「……で、新設部隊・機動六課の部隊長さんは、一体どう思ってるのかな?」
その女性、高町なのはがいたずらっぽく笑いながら言うと、もう一人の女性、八神はやては口元を小さく歪め、苦笑に近い笑みを浮かべる。
「そやねぇ。正直なところなぁ教導官様、私かて話全部鵜呑みにしたわけちゃうけど……」
手元の紙を引き寄せる。
そこには一人の少年のデータが大まかに書かれてあり、大部分は推定となっている。
ただ一つだけ、目を引く確定事項がある。
「このデータ見る限り、感想は『ホンマかぁ?』の一言に尽きるなあ」
新設したばかりの六課へ早々に舞い込んだ、一つの厄介事に、はやてはため息をつきたくなる。
……ここ数カ月、ガジェットの事件と併発して起きていた出来事。あまり知名度は高くないため、また犯罪者のみに対象が絞られていたせいか、一般人にはあまり浸透しておらず、管理局も差ほど対応を急いでいるわけではなかった。
それが、デバイス強奪事件、である。
どういう情報網からは知らないが、管理局が尻尾を掴む前に勝手に犯罪者を無力化して放置していくので、事後処理がとても楽だから少々眼をつぶってもやろう、というのが実情だったりする。
恥ずべき事実だが、ともあれ、結果オーライということで流そう。
あまり深々考えても過ぎたことだ。いざとなったら上の責任だ、こっちは知らない。
その事件の犯人と思しき人物を、ヴィータが『保護』したという。
で、本人が偶然所持していた保険証らしき身分を証明する物体などを強奪……もとい、拝借したところ、色々と信じ難い事実が次々と判明した。一部が意図的な情報隠蔽か、それとも事故のためか、黒ずんでいて把握できなかったが、以下の事柄は無事表記されていた。
●ダイスケ・ヒズミ
出身:『ブルー・マリナー』(管理外世界)
生年月日:AB0000年12月25日
職業:一般学生
年齢:――(恐らく十歳程度と判定)
魔力判定(推定):B-
デバイス強奪事件の犯人と思しき人物。
犯罪者からとはいえデバイスの強奪、及び質量兵器による器物破損の嫌疑がかけられている。
追記事項1:異能文明や科学文明は相応に発達していたが、魔法の概念が存在しない国の模様
追記事項2:ミッドチルダへ辿り着いてから廃棄都市や貧民街などに滞在していた模様(推定)
「加えて身元証明品から判断するに、元々一般人で、戦闘経験はほぼ皆無ぅ? ハッ、そんな輩が犯罪者からデバイスをパクッていました? 奪われた連中全員アホちゃうか? 頭のネジグロスが単位で抜けとるんか? 子供に負けるなんて大人の面子もクソもあらへんでホンマ」
かなり毒を吐いていた。「はやてちゃん……」と嘆いている白金色の女性、シャマル。なのははもう苦笑するしかない。
しかし、彼女の言うことにも一理ある。
「魔法を知らず、質量兵器を使ったとはいえ、ヴィータちゃんと互角に戦った……」
それも、たった十歳程度の子供が。
ヴィータは新たに誕生したリィンフォース・ツヴァイを除き守護騎士で最も幼い設定で、外見から判断すると十歳前後とかなり小柄。お世辞にも大人とは言い難い性分で結構喧嘩っ早いところもある。
それでも、彼女は鉄槌の騎士である。ベルカ騎士としては珍しい遠距離近距離どちらでも戦える万能型、対物理攻撃・対魔法攻撃共に驚異的な力を発揮し、四人の守護騎士随一の防衛力を持つ。かつてなのは達と激戦を繰り広げ、今まで同じ目標に向かって共に戦ってきた仲だからこそ言える。決して子供だからと手を抜き、油断するような人じゃないと。
だからこそ、解らない。
あの少年は、一体何者なのか。
「ヴィータのラケーテン喰らっても後でぶっ倒れたとは言え平気な顔して立ち上がったとか言うとったしなぁ。使用デバイスも無し、特殊な技能も特に無し。これが一般人なら魔導師って何なん? 誰でも使える神秘を引き起こす現代の奇跡こそが魔法じゃないんですか? って子供に笑われてまうで」
「そんな子供いて欲しくないなぁ……」
とはいえ、事実は事実。なのはもはやて同様、件の少年がデバイス強奪事件の犯人と見なしている。犯人と言っても、彼は過去犯罪者を捕えている。その点を考慮すると、罪人と断定するのは些か早計な気がしないでもない。
今後どうなるかは、あの少年次第だろう。
「まだ分からんことだらけやな……ちょっとこらヴィータ、いつまでも黙っとらんで、何か言ったらどや?」
視線を若干下げる。
あえてなのはやシャマルが目を向けなかった、部屋の中央、そこにヴィータはいた。
というか、座っていた。
正座である。
しかも青々とした竹の上に。ちょうど足首と膝のところと二本ある。
トドメに膝には百枚単位で積まれた紙束。紐で縛ってある。
「はやてぇー……もう勘弁してくれよぅ……」
いつもの勝ち気な様子はどこへ行ったのか、今にも泣きそうな顔でじっと上目遣い。瞳がうるんでいる。というか、もう泣いていた。ガチ泣きだった。
はぁ、と嘆息一つ。
はやてがこのような処置を施したのは、昨日のことだ。廃棄都市にてガジェット反応を捉え、守護騎士四名に出撃を要請した。結界内部に敵を封じ込め、しかし視察不十分で人が多く残ってしまい、止むを得ずシャマルにはサポートを、ザフィーラには人々の誘導と護衛を、シグナムとヴィータは敵の撃退と、それぞれ役割を分担させた。シャマルの指示の元、事態は着実に落ち着きつつあった。
ところが突如、ヴィータが新型を発見。すぐさま交戦し、その最中ガス攻撃を受ける。そして油断した瞬間、突然少年が現れ、新型を一掃。しかしヴィータが所持品からデバイス強奪事件の犯人と推測、その時点をもって少年に嫌疑をかけ、呼びかけを行うも無視、同時に武器を構え、攻撃を仕掛けてきた。ヴィータはこれに応じ、見事倒した。
……というのは、後で話を総括したものであり、実際は、事態が終結した後に集合していた守護騎士三人の元へ、傷を負ったヴィータが見知らぬ少年の襟首を掴んで引きずりつつ現れ、開口一番『はぁースッキリしたぁ!』と爽やかな笑みを浮かべたのであった。
これをシャマルからの報告で聞いたはやては、鬼もマッハで逃げ出す凄惨な笑みを携え、ヴィータを暖かく迎えた。具体的にはジャーマンスープレックスで。俗に言う原爆固めである。
今は事情を全て把握しているので、怒りも大分治まってきているのだが、
「あのなぁヴィータ。私かて理不尽に怒ることはないし、理由をちゃんと話してくれたら労うくらいはしたで。でも何の説明も無しに傷だらけ状態で子供引っ張ってきてスッキリしたって、誰がどう考えてもガジェットに不意打ち喰らった憂さ晴らしとしか思わんやろ」
「うぅ……悪かったよー……」
足が痺れてきたのか、だーと滝のように涙を流しながら謝罪するヴィータ。
そんな彼女の全身至るところに、包帯が巻かれている。昨日の戦闘で負った負傷の治療痕だ。哀れに思ったシャマルが治癒をかけるのをはやてが制止し、そのままでええ、と慈悲無き判決を下したためである。
ヴィータの話では、少年が放った謎の攻撃によって負傷したらしい。
その映像はクラーフアイゼンから貰っている。
(にわかに信じ難い話やな)
自分の家族を心から信頼しているはやては、その力量を正確に捉えている。……そう、あくまで力量の話だ。それ以外は、まぁそれはそれこれはこれということで。
この件も後で問い正そう。はやてはひとまず置いておくことにした。
「シャマル。あの子が持ってた武器はどないしたん?」
「所持していた質量兵器は全部没収したけど……」
歯切れが悪い。ややあってから、
「どれもこれも、見たことのない技術がふんだんに使われてたの。シャーリーが眼を輝かせて興奮して解析してたんだけど、下手に分解すると危険だって解ったらしょげてたわ」
「危険……? なしてや?」
「どうも銃や警棒は、中の空間に外見以上の体積を持つ物体を無理なく押し込んでるみたいで、外装を少しでもはがすと中のモノが外へ出ようと殺到しちゃうみたい。だから特別な機器がないと分解できないだろう、って」
「……つまり圧縮空間っちゅうことか?」
脳裏に青狸が変な効果音を生みつつドラヤキを頬張っている光景が過る。
気のせいか、と頭を振り、邪念を排除。
「空間ごと超圧縮なんて、超科学を誇るミッドチルダでもできんはずなんやけどな」
それこそ、オーバーテクノロジーだ。少年の故郷は、恐らく管理外世界においてもトップクラスの科学技術を持っていただろう。
「お腹に巻いていた包帯も回収して検査してけれど、ヴィータちゃんが言ってたような文字は消えていて何も解らなかったわ」
「そっちは解らず仕舞いか……」
不明な点が多すぎる。まるでパンドラの箱だ。藪を突けば未知の事実が溢れんばかりに飛び出してくる。
「そして、トドメにヴィータへ向けて放ったという、砲撃……」
実際この目で直に見たわけではないが、ヴィータの証言とアイゼンの映像からして、魔法ではないようだ。
魔法ではない、そしてなのはの砲撃魔法に匹敵する技を持つ。
明らかに、危険だ。
野放しにするわけにはいかない。
「できれば本人の口から説明聞きたかったんやけど、二・三日は意識を取り戻さんだろうし。話聞けるんはそれからかいな」
それまで、このモヤモヤした感じと向き合い続けるのか。
やれやれ、と言いたげにため息一つ。この件については保留で起きてから続きかいな。はやてが話題に終止符を打とうとした。
そんな時だった。
「……それはねぇと思うぞ」
ぼそり、と。
沈黙を保っていたヴィータが、唐突に口を開いた。
「ん? なしてそう思うんや?」
「アイツ、最後に防御魔法使いやがった。チラッとしか見てねぇけど、多分ラウンドシールドだ。すぐに目を覚ますはずだ」
はやての眉根が寄った。
「……あの子、デバイス使えんとちゃうか?」
「知るかよ。途中まで一回も魔法使わなかったし、ギガントでぶっ潰そうとした時だから、見間違いかもしんねぇ」
けどよ、と前置きを入れてから、
「アイツ、耐えたんだよな」
忌々しげに、どこか居心地悪そうに、舌打ちをこぼした。
彼女にも騎士としても誇りがある。己の技に、磨き上げた技の数々に、長年の思い入れと培った経験と戦績からくる自信もあった。それを魔法を知らぬ子供に防がれたとなっては、やはり面白く思わないだろう。
シャマルもそれを理解しているのか、困ったようにしつつ、はやてとヴィータの間で視線を行き来させている。なのはもこの場の二人ほどではないが、真っ直ぐな性分のヴィータの心境が如何なものか。多少は推察できたので、やはり苦笑するのだった。
そんな三人の様子に、今日一番のため息をつくはやてである。
「……まぁ、ここで本人おらんのに憶測並べるのも時間の浪費やな。ともあれ、本人が眼を覚ますまで―――」
「し、失礼します!」
突然、扉を豪快に開けて入って来たのは、眼鏡をかけた少女だった。肩で息をし、今にも倒れそうなほど足元をフラつかせながらも、はやての座る机へと向かう。しかしその顔が爽やかな笑顔なので部屋の一同は全員引いた。
シャリオ・フィニーノ。通信主任兼メカニック担当の少女で、先程の少年の所持品を検査していた人物だ。なお、変質者じみた笑みを浮かべているがこれはもう生来の病気なので突っ込まないことが肝要である。
「なんやシャーリー、そないに嬉しげな顔して息切らしおってからに」
「ええ! お陰さまでテンションが今までダダ下がりでしたよ! でも一瞬で天元突破しかねないこの若さゆえの溢れるパワー! 今RPGだと数値割れ起こすくらいMPが湧きあがってる気がしますが、コレどうすればいいんですかね!? レッツマダンテ!」
「今すぐ黙れば下がると思うよ?」
「―――0.1くらいな」
「い、嫌ですねはやてさん! どうしてそんなに私のこと詳しいんですか!?」
否定しないのか、と思いつつ、はやてはあしらうように手を振る。
「で、結局なんなんや?」
そうでした、と正気を取り戻したシャーリーは、本題を告げる。
「あの子が目を覚ましたんです!」
そうして、ようやく話が進むのだった。
● ● ●
魔法が世界的に公表された異世界、ミッドチルダ。
その魔法による高度な文明社会を築き上げた、次元世界の一つ。
数多くの人間が暮らし、数多の異世界人たちがそこに集う。
時折ダイスケのように突発的な事故により流れ着いた者を、次元漂流者と呼ぶ。
魔力を介さず破壊行為に及ぶ兵器を質量兵器と呼び、全面的に禁止している。
行政を為し治安維持を努める存在は、ここでは総括され時空管理局と呼ばれている。
近年、とある犯罪者が開発した機械兵器、ガジェットドローンなるモノが巷を騒がせている。
その人間の名は―――
「―――ジェイル=スカリエッティと、そう言われているの」
あれから一日が経った。はやてらの推測よりも早く意識を回復した少年は、取調室にて異世界の事情を改めて聞いていた。
その光景を、監視カメラ越しに見ていた人物がいる。数は三つ。どれも濃い茶の色彩で目立つスーツ姿である。そのうちの一人、なのはは、落ち着いた様子で椅子に座っている少年の顔を眺めていた。既に病人用の衣装から着替え、元々着込んでいた黒いライダージャケットとカーゴパンツで整え、長い金髪は元通り三つ編みにして後ろに流している。その横顔は常に無表情、微塵も動揺した様子は無い。
(やけに落ち着いてるね)
若干十歳程度の少年とは思えぬ冷静な言動に、なのはは内心驚きを隠せない。
次元漂流者と一口に言っても、その大半が魔法とは縁遠い、むしろ架空上の存在だと認識している者が多い。その概念は世界によって異なるも、いずれも『異能』に近い位置付けだ。
つまり、ありえてはいけないモノと同義である。
ミッドチルダでも主流な魔法はなのはの世界でも言い伝えられていた神秘的なものとは異なり、高度な技術により変化が生じた科学の一種である。要は、なんでもかんでもアリ、というわけではない。
が、それでも端から見れば、摩訶不思議な現象の一つでしかないわけである。
魔法と出会った時、右も左も分からず取り乱していた自分を思うと、なんだか少し悔しい気持ちになる。
あの時の自分と同い年くらいの少年は、今までの話を脳内でまとめあげ、噛み砕いて嚥下しているようで、ふんふんと小さく頷いている。
利口そうな子だ、となんとなく思った。
しかし経歴を見るに、彼は長期間、ミッドチルダの廃棄都市や貧民街で生活していたとのことだ。その間に魔法に触れる機会は決して無いとは言い切れないし、デバイスを(強奪したとはいえ)所持していたのだ。魔法を使用した疑いもある。
ともあれ、理解が早くて助かる。本来、このプロセスに結構な時間を要するのだ。理解がある分、手順も短く、次へと移りやすい。
「高町なのは一等空尉、彼の少年についてどう思う?」
不意に、隣から真剣味を帯びた声が届いた。
「……聞く限り、彼なりの事情があったと推測されます。次元漂流者である彼は犯罪者を捕えることで町の安全を確保し、またデバイスも違法なルートで売買したわけでもなく、彼の住処に隠されているとフェイト執務官が窺っています。デバイス目的で襲撃をかけたとも言えますが、見方を変えれば、彼は犯罪者からデバイスを取り上げることで、我々に代わって誅罰を下したとも言えます」
「とはいえ、罪は罪。他者を傷つけ、所持品を奪う犯罪行為は許されざるものだとしても?」
「逆に問いますが、子供がナイフを振り回していたら取り上げて説教するのが大人の役目では?」
「なのはちゃんからすれば犯罪者も子供かいな」
「私からすれば、人を傷つけるためだけにデバイスを振るうのが一番ダメだと思うの」
若干堅い空気も、ほんの数秒程度。すぐに数年来の友人同士のやり取りになる。
上司と部下という立場になろうと、根本的なところは変わらない。
彼女らは分かっている。人を傷つける悲しみを。意志無き刃は心身共に痛めつける。それは自他を問わない。だからこそ無作為に災いをもたらす質量兵器が禁止されているのだ。
如何な魔法とて、非殺傷設定を解けば質量兵器となんら変わりない凶器である。犯罪者がデバイスを振るう恐ろしさは、ミッドチルダに住む人には若干が湧かないかもしれない。だが、命を危めるモノの危険性は、言わずとも承知できるだろう。
「そういう点じゃ、あの子を評価したいところなんやけど……」
毒をもって毒を制す、ということわざがある。悪を制するには他の悪を用いるというが、成程、確かに少年は見事悪の道をすすんでやってのけたというわけだ。
感心してる場合じゃない。はやては思考を切り替える。
「しっかし、フェイトちゃんも子供好きやなぁ。もうすっかり保母さんキャラが板についてきたみたいやで? 見てみなのはちゃん、あの説明を求められた時の嬉しそうな顔を」
「こないだもフェイトちゃん、新人の子を連れてきた時も、嬉しそうにしてたしね。六課に入るって聞いた時も心配そうにはしてたけど、やっぱり自分と近い場所にいてくれるのは有り難いことだよ」
なのはは遠くを眺めるように、懐かしむような口調だった。その視線の先に、故郷・地球にて待つ家族の姿があるのかもしれない。
距離はあれども、家族と共に在れるというのは、それだけでも幸いだ。
「……あ、ひと段落したみたいだよ」
やがて説明を終えたのか、フェイトが一瞬視線をカメラへ寄こした。
「うし。なら私らも行くで」
「どうするの?」
決まってる。
「いい子か悪い子かは、話聞いてからのお楽しみや」
その件の少年、ダイスケは、フェイト・T・ハラオウンと名乗った女性から、一通りミッドチルダの魔法文明、政治体系、歴史事情などを聞き、頭の中で整理している。途中、古代ベルカやらロストロギアやらよく知らない単語が出てきた際には尋ね、その都度フェイトは親切にも答えてあげている。
魔法に関してある程度詳しい情報を掌握していたが、あくまで技術に関してのみで、起源やそれに伴う社会の変動などをほとんど知らなかった。世間的には常識とされることくらい知っていれば、特別困るようなことはなかったためである。
三十分ほど時間をもらい、粗方ミッドチルダの情報を掌握した。
「どう? 大分理解できた?」
優しく、まるで教師のような問いに、少年は相も変わらず無表情で、
「ええ、なんとかといったところです」
さも理解するのに一苦労、といった具合で答えた。
端から見ればざわとらしいことこの上ない。その仕草も、フェイトからすれば、大人びた子だ、の一言で済んでしまうのか、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいる。婦警さん、という単語が脳内を掠める。その言葉が一番しっくりきた。
そんな少年の心中も、穏やかかと言われれば実はそうでもない。
何せ、目を覚ましたら知らない天井だったのだ。ああ、自分は逮捕されたのか。そう思いながら身を起こそうとすると、息を荒くした眼鏡の少女が顔を覗き込んできたので思わず鳥肌を立てつつブン殴ってしまった。その件について未だ言及が来ないのは謎である。そしてそれを知っているはずのこの金髪の女性が苦笑いして黙認したのもまた謎である。
起きてまず、自分の現状を把握すべく、控えていた白金の髪の女性に問うた。
返って来た答えは、予想とは少し異なるものだった。
(機動六課……新設部隊、か)
管理局と言っても部署は数多く存在し、地上と海と、大まかに分ければ二つに分類される。ここはミッドチルダの中央の湾岸区域に存在し、ダイスケが寝ていたのはその六課の医務室で、先日の戦闘で意識を失った後、ここに移送されたそうだ。
そこまで聞かされ、ふと、自分の両手、そして足元を視る。
拘束具が無い。
自分と相対した少女は、明確な敵意を持っていた。管理局の者だと解り、自分の持つデバイスを発見されたからには、こちらの正体を見抜いたはずだ。解らずとも、犯罪者の所持品の精査くらい行うはず。ならば、デバイスの多くが盗品であると見抜いたはず。ご丁寧に腰にブラ下げていたのが仇となったか。
しかし、何故逮捕しないのか。
不思議に思いつつ、後にダイスケは検査を行い、その足で取調室へ移動した。受けたダメージは非殺傷設定のお陰で肉体的な損傷はなく、加えて『対策』も万全だったので、立ち上がっても大した異常は見受けられない。ただ、一度分不相応な攻撃を行ったせいで、少々倦怠感を抱いたが、些細な問題だった。
待つこと数十分。金髪の女性が入り、この世界の詳細を知る。
そこでようやく、落ち着いて考える余裕ができた。
(少なくとも、即処刑とかそういうオチはなさそうだ)
後に本部に移送され本格的な尋問でも行うのかと暫し戦々恐々としていたものだ。本局に直接連行されなかったことは、素直に幸運だったと思う。自白剤の投与は勘弁願いたかったので、部屋に連行されてからは自分の犯行をただちに認めた。証拠品の数々は自分の武器もろとも押収されている。見苦しく言い訳を考える必要はない。
誰かの到着を待っているのか、フェイトは「もう少し待ってね」と言い、先程から世間話に花を咲かせている。なんでもダイスケと同じ年頃の子どもがおり、やれ二人のことが心配だの、やれ二人の将来はどうしようだの、最近自分を頼ってくれない反抗期だだのと、それこそどうでもいい話を延々と聞き続けていた。
そんなダイスケの心中はというと、
(俺と同じ年くらいの子供がいるって……)
この人一体何歳? 二十代半ばには到底見えないが……。
フェイトの紛らわしい言い方が招いた誤解は、暫くの間とけることはなかった。
そんな時だった。
「ちょっと失礼」
扉が開かれる。
傍らに茶髪の少女と白金の髪の女性を従えて、凛然とした表情をした少女が入って来た。
「あ、はやて……いえ、八神部隊長」
フェイトは突然入室した少女に、少々驚きの顔を作った。
彼女の上司だろうか、それにしては年に大差ない少女とも言える風貌。だがその若さで高い地位に昇りつめたとなれば、油断ならない人物だ。一切の感情を浮かべないその鉄面皮からは、先程まで感じなかった事の重さを強調し、嫌でも自覚させる。
はやてと呼ばれた少女は無言のまま、フェイトを一瞥し、つかつかとテーブルへと歩み寄り、数秒の空白を作ってから、手でテーブルの表面を叩いた。乗せてあった紙が浮かび上がり、フェイトが悲鳴を上げかける。
全員の眼が向けられる。
ややあって、叩きつけた己の手を上げて、
「おっしゃ、蚊潰したで!」
全員コケた。
「? なんやみんなして。気でも抜けたんか? もうちょっとシャキッとせなアカンで。私みたいにな!」
約三名から白い目線を送られ、居住まいを直したはやて。ゴホン、とわざとらしく咳をし、ついでにもう一回いらんほど大きなものをし、もう一つおまけに咳払い。
さっきまでの引き締まった顔は忘れたようだ。
こちらを驚異的な物を見る眼で見ていた少年に向き直る。
「初めまして。八神はやてと言います」
「……ダイスケ・ヒズミです」
先ほどの出来事で若干緊張と警戒が薄れていたが、やはりというべきか、まだこちらを窺うような気配がある。それでも不満や恐怖を言葉や態度から感じられない、落ち着き払った態度。まるで成人した男性と向き合っているかのようだ。大人しそうな顔立ちに似合わず、鋭い光を放つ、含みのない眼。
ヴィータと互角に戦ったという話に、多少なりとも信憑性が出てきた。
「とりあえず、先に謝ることがあります。今回、私どもの不手際であなた方へ多大な迷惑をおかけしたこと、この場をお借りして謝罪の意を示したいと思います」
「……別に構いませんよ。僕は自分たちの身を守るために戦ったわけですから」
「それでも、です。迷惑は迷惑、不手際は不手際。結果として、君らに甚大な被害はなかったけれども、命の危険に晒したことは事実ですし、」
視線を一度、後ろに向ける。
「仲間が勘違いを起こして、戦闘に及んでしまったのも、問題と言えば問題なので」
「僕らは市民権を認められておりません。そのため陸士部隊の到着が遅れ、誘導の時間を弄し、また不審者が現れたなら迎撃を果たすのは、別段おかしな話じゃないと思います」
「でも、町の人々を守るのが、私たちの使命だから」
「けど、僕らは町の人々に、含まれていませんよ」
それに、とはやてが反論する前に、ダイスケは言った。
「僕はこの世界の住人じゃない。だから殺されても、文句を言えないし、その人が罪に問われてる危険も低いと思います」
(賢しい子供やなぁ……)
無駄に知恵が回るというか、言葉巧みというか。こちらの痛いところを突いてくる。
確かに、廃棄都市に住む人間は、町の中に住む権利を与えられてない違法遊民や不法滞在者であり、本来なら罰せられる立場であり、守られる立場ではない。そのため、先行した陸士部隊の誘導に不備が生じ、また到着まで時間を必要としたのも、はやては重々理解していた。
元々、機動六課設立に至った理由の一つに、地上部隊の『対応力の無さ』をはやてが問題視したからだ。元々、真偽の程は定かでない防衛長官レジアス・ゲイズ中将のクーデター対策とやらのせいで、本局側が行った措置で人員を減らされている地上は、その巨大組織故に俊敏性に欠いており、以前頻発していたデバイス強奪事件も、一年以上捜索を続けているにも関わらず、今日まで捕獲どころか犯人像すら捉えられなかったのだ。これもまた、はやてが六課設立を急いだ理由の一つだと言える。人員不足により組織的な欠陥だと分かってはいても、はやての言葉で言うなら、不手際は不手際である。
彼らとて人間だ。できることとできないことくらい、区別できる。数々の功績を残したレジアス中将と言えど、組織の末端にまでその影響力が及んでいるとは言い難く、如何に彼のような傑物でも一大組織を纏め上げるには至らない。同じ地上部隊員から英雄視されされる彼を面白く思わない者も、いないと言い切れない。
気に入らぬ上司からの指示、守るべき『ではない』違法滞在者の誘導。どちらも彼らからすれば、不快なものだし、不本意なものだろう。魔法を使えるという一種の優越感からくる傲慢、それもまた拍車をかけている。
世界は不平等だ。
外見をいくら取り繕っても、蓋を開ければこの程度。管理局の信用度が昨今落ち気味なのは、致しかたない話といえよう。
「……まぁ、君が次元漂流者なんは質量兵器使うとるとこ見れば分かるし、こっちでも確認とれたからええけんどな」
手の中にあるカードの数々を見せる。全て少年の所持品だ。明らかに視線を強める少年に、はやては何か言われる前に片手で制した。
「スマンけど、色々お借りしたで。あ、こっちは後で返すから安心してな?」
「どうも」
「せやけど、返す前に少しこっちの質問に答えてもらうで」
頷きを確認し、まずはやてが問うたのは、
「家族は? おらんの?」
その問いに、ダイスケはすぐ返事をしなかった。
ややあってから、静かに、重たく口を開く。
「実は、五年くらい前に突然、こう書置きを残していなくなりました―――」
重い話になると踏んだのか、彼女らの雰囲気がやや暗くなり、
「―――金山を求めて旅に出る、と」
一瞬で瓦解した。
「冗談ですよ?」
屈託のない無表情とはまさにこのことか。しれっと嘘を吐くダイスケに、はやては、侮れん……、と少々ベクトルがズレた感想を抱いた。
「正直に言いますと、僕もよく覚えてないんです。四歳の時に突然戦争が始まるといなくなって、それきりです。唯一の肉親だった姉も三年前から消息不明ですので」
「親戚はおらんのか?」
「こういうのはあまり言いたくないんですが、僕の一族は長生きしないんです。大抵戦死や病死が原因で大人が相次いで亡くなるのが長年続いたせいか、僕と同じ血を引くのは僕の家族だけですよ」
つまり、天涯孤独も同然。
だからこそ、彼はしっかりとした自我を保っているのかもしれない。
「さよか」
口にした言葉は短くとも、それに込められた想いは如何ばかりか。守護騎士らが現れるまで一人孤独に生きていたはやてだからこそ、その境遇に何か思わずにはいられない。それは傍らのなのはやフェイトも同じ思いだろう。お互いに、誰もが平凡とも言い切れない家族や境遇で育ってきた。異なる事情を抱えて戦ってきた。
それでもここにいる、生きている。
少年も、同じ風に生き抜いてきたのか。
辛い現実と向き合いながらも。
「ほんなら次、君の持ってたモンについてなんやけど、ええか?」
努めて明るく言うはやての意志を尊重したのか、控えていたシャマルが袋のようなものを出した。透明なビニールパックのようなそれの中に、ダイスケが持っていた拳銃や警棒などが収まっている。証拠品として取り上げられたものだ。
「これについて、ちょっと聞きたいんやけどな」
テーブルに置かれた拳銃を指で示す。
「衝破銃のことですか」
衝破銃? と、聞きなれぬ単語に、はやてはその名称をオウム返しした。
「僕らの世界にあった、現存する兵器の中でも一般人が持てるものでは最高威力の武装です。グリップ内部から取り込んで超圧縮した空気を、特殊な溝を彫った銃口から放射します。溝を通り螺旋回転しながら発射された圧縮空気は、銃口から出た瞬間に空間ごと押し広げながら直進するので、大抵の物質を文字通り押し潰します。空間を押し広げる効果は僅か一瞬ほどですけど、押された空気が衝撃となって前方に押し寄せるので、射程は30メートルといったところです。至近距離で発射すれば危険度が高いのですが、遠距離攻撃としては些か物足りない物です」
「……つまり、空気の弾丸を発射する銃、ってこと?」
「簡単に言うと、そうです」
あっさりと自分の武器の詳細をつらつらと語る少年の知識もさることながら、はやてが驚かされたのは、その技術力の高さだ。はやての想像を遥かに上回っている。加えて、彼のような子供が簡単に扱えている。
銃弾が必要無い。つまり、弾切れの心配がない。それだけでも十分恐ろしいのに、この有用性。
(この子の世界は、それだけ危険な場所やったちゅうことか……)
それとも、それだけ荒廃していたとでもいうのか。
戦争で両親が行方不明になった、と彼は言う。このような兵器が平然と使用されるならば、言い方は悪いが巻き込まれるのもおかしな話ではないだろう。
成程、と平静を装いつつ、はやては視線を少年へ戻す。
「もう一つ、君の持ってた警棒にも、似たような技術が使われとるんか?」
「あれは元々女性が痴漢対策として使うために一般販売されていたものを改造しただけです」
そうは言うが、あの警棒だって相当なものだ。ここに来る前、試しにシャーリーが魔法のステッキ感覚で振り回していたら突然スパークして、部屋から出てきたら黒こげになっていた。その目が嫌に輝いていたのも記憶に新しい。
とっとと忘れよう。
「ミッドチルダに来たんはいつか分かる?」
「……半年ほど前ですかね」
ふむ、と頷き一つ。返答までに僅かな間があったが、それは思い出すのに要した分だろうか。
あまりミッドチルダに来てから時間は経っていないらしい。
「来た原因とか、分かる?」
「………………」
俯く。無言を貫く姿勢ではなく、思い起こそうと思考を海に飛びこんでいる様子。
「……分かりません。いきなり意識がなくなったかと思えば、気が付いたらここにいたので。ただ一つ―――」
これは恐らく正直な答えだ。ダイスケとて望んでここに来たわけではない。本当に、突然、唐突に、全ては起き、始まったのだと。
ただ、
「―――世界を救って、と。そういう声が聞こえた気がします」
何かを託されているかのように、はやてには見えた。
「世界を救って、かぁ……」
大層な言葉を吐いてくれる。素直に抱いた感想はそれに尽きた。
まるで神の指令を帯びたかのようではないか。
馬鹿らしい。神など存在するなら理不尽が蔓延る世が少しは改善されるというもの。
神は人じゃない。ゆえに、人の痛みと苦しみを理解できない。
(でなければ……)
何故私たちは今まで、普通で在れなかったのか。
……思考を振り払う。ここ最近、マイナス方向へ考えが偏りすぎている。六課設立における懸念事項が多く、不安と緊張で夜の安眠もままならず、どころか食事も平時より大分喉を通らなくなった。それを心配したシャマルが『はやてちゃん! ご飯をちゃんと食べないなんていけませんよ! こうなったら私が食欲を煽るようなご馳走を』とまで言ったところで無理矢理食べたらその後三日は胃痛と戦う羽目になった。
健康とはすばらしいな。大分ズレた結論が出て、はやては一息。
「そこら辺に詳しいのはどっちかと言うとカリム辺りやなぁ」
まぁ、あの少年の気のせいという線もあり得る。まだ幼い子供だ。精神面は大人に匹敵するが、それは貧民街での生活のためだろう。本来なら夢見がちなお年頃だ。
これはあまり深く考えなくていいだろう。
今のところは。
「ていうかはやてちゃん、勧誘するのもいいけど、その誘い文句が『入ったらええことあるで?』はないと思うよ」
なのはの苦笑交じりの言葉に、はやては照れたように頭を掻いた。
「いやぁ、実はようやっと新組織が完成したと思うとテンション上がってもうてなぁ。昨日からずっとこ考えとって、なのはちゃんやフェイトちゃんとかと一緒に破廉恥パーティと洒落こもうとしとったんやけど、流石に初対面の子の前で口にするんは度胸いるなぁ」
「はやてちゃん、羞恥心って言葉知ってる?」
「ははは、何を言うとるんやなのはちゃん。人間、恥を忘れたら終わりやで?」
「あはは、つまりはやてちゃんは病気なんだね?」
「……なぁシャマル。最近なのはちゃんの応答がわりとガチなんやけど、これってつまりアレかいな? ―――倦怠期?」
「全然違います」
最近自分に対する反応がハードすぎやしないだろうか。自業自得という言葉が浮かばないはやては、ううむ、とそれっぽい唸り声を上げ、とりあえず話題を変えようとする。
が、先に機先を制するかのように口を開いた者がいた。
なのはだった。
「で、はやてちゃん。どういうつもりなの?」
問い質す声には、疑念の他に鋭い怒気が混じっている。非常に冷たい空気が漂うのは、今の問いがそれだけ真剣だということだ。はやても居住まいを直し、向き直る。
「どう、とは?」
「確かにあの技術力の高さと映像から判断できる本人の戦闘力は目を見張るものがあるけど、仮定するメリットとほぼ確実なデメリットを考えると、安易な勧誘行動は慎むべきじゃなかったかな?」
「なのは……幾らなんでも言いすぎじゃ」
窘めるようなフェイトの声に、なのはは首を振る。
「フェイトちゃん、今までみたいに、自分の行動のツケは自分で払うのなら、別に私は文句を言うことはないよ。それが当たり前だからね。でも、今回は違うよ? 私もフェイトちゃんも、責任感が伴う立場だし、はやてちゃんはもっと顕著でしょ? 確かにあの子は見た感じ有能そうだし、多分望んで犯罪行為をしたわけじゃないと思うの。けど、無責任に勧誘して周りに迷惑かけてからじゃ、ダメなんだよ?」
なのはとて、本心で語っているわけではあるまい。立場上、語気を強めてでも発言しなければならないのは、それだけ自分たちの安全を思い、同時に少年のことでさえ気遣っているからだ。
はやてにはそれが解る。
だから、せやなぁ、と言ってから、清々しい顔をして、
「――ぶっちゃけそこまで考えとらんかったわ」
「……まさかはやてちゃん、何も考えず反射神経だけで言ってない?」
はやてはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。
「私には私の考えがあると思っとるんか?」
…………。
「いや、そんなどや顔で言われても」
凄まじい台詞を堂々と言ってのけるはやてに戦慄した。大丈夫なのかなぁ、と心配するなのはは、ともあれ、あとであの子と話をしてみようと思った。なかなか頭の良い子みたいだし、きっと悪い子じゃない、と根拠もなく思うのだから、なのはも甘いのだった。
● ● ●
思いだされるのは、数十分前の会話。
「君も知っての通り、機動六課は新設部隊。発足の理由はもう察しとると思うけど、管理局の対応力の無さに痺れを切らし、幾人かのお偉いさんの助力を得てこの組織を私らが立ち上げた」
「……事件への対応力の無さ加減は、僕も承知してますよ」
「だからこそ後手に回ることも多く、一部で不信に思われるんも頷ける話や」
「それを正そうとする犯罪者が増加し、管理局が粛正する……イタチごっこですね」
「今、私たちは慢性的な人手不足に困らされている。かと言って、中途半端な戦力は逆に足手まとい。士官学校を卒業した者を積極的に受け入れているとはいえ、心強い味方とは断言しかねる」
ゆえに、
「私らは、魔法への対処法を熟知し、これから来るであろう未知の敵への対応性に富んだ逸材が欲しい。例えそれが、異世界の住人であろうとも」
「……つまり?」
はやてはそこで、ニッと、力強くも明るい笑みを携え、
「仲間にならんか? なったらええことあるで?」
良いこと、とは具体的に何か問うても、それは後のお楽しみ、とはぐらかされてしまった。後でまた話し合いの場を設けるとは言ってはいたが、それまで時間が空いた。
その間、隊舎内を自由に見学してても良い。そう言い渡され、ダイスケは手持無沙汰に一人廊下を歩いている。新組織と言われるからには染み一つ無い潔白な建物を想像していたが、少々期待外れで他の部署辺りが使用していたのか、築十年は経過している雰囲気がある。それでも真新しげな気配が漂うのは、建物全体に充満する、隊員達から放たれるものだろう。
新進気鋭、期待と緊張とが混ぜこぜになったような、まるで入学式を迎えた子供のような感じ。
微笑ましい、とでも言うのだろうか。
しかし、当然だがダイスケはそこに含まれないので、一人無表情のまま、どこか明確な目的を持たないまま、依然として浮ついた空気の中を歩いていく。
歩きつつ、先程までの会話を思い出す。
最初に会った金髪の女性は、職務で対話を行っているというより、純粋にこちらを心配しているように窺えた。性分ゆえか、それとも過去の経緯ゆえかは本人のみぞ知ることだが、親身になって話してくれた。そういう人は素直に有難いと思う。法律で保護されない、身元が定かでない、犯罪行為を行ったと、まったく人聞きの宜しくない三拍子が揃った子供にああも優しく接するのは並大抵のものではない。
お陰で色々分かったこともあったし、理解が深まった。
そして、後に登場した、この六課という組織で頂点に立つという女性。
八神はやて。
第一印象は生真面目そうな女性ということだったが、それも五秒で崩れ去った。これだけある種期待はずれな人間は久しぶりだ。
まぁ、あの少女は腹に一物抱えたような人物ではあったが、少なくとも欲にまみれた俗物とは違う。何らかの明確な目的があって、それにダイスケの力が必要と踏んだから勧誘したのだろう。把羅剔抉、いつの時代でも優秀な人材は引く手数多とされる。
無論、理由はそれだけに留まらない。
恐らく、監視下に置くためだ。
ダイスケが持ち込んだ質量兵器は、どれも現行の管理局の法律下では使用できず、またこの世界の現代技術を持ってしても容易く量産できるレベルではない。空間圧縮、そして、もうひとつの技術。特に後者は、飛行魔法が希少価値を持つミッドチルダでは垂涎の品となる。圧縮技術によって、それまでガソリンや水素を主体としたエネルギー機関は蒸気圧縮を用いた環境に良いモノへと移り変わり、『あの』技術は人々がかねてより望んでいたものに直結した。政府の重鎮でも技術者でもない、一般人のダイスケに守秘義務などないが、口軽くベラベラ話して良いかと問われれば、答えは当然否である。そもそもこういった技術は軍事転用と直結している。漏洩は即ち人の世の混乱と破滅の可能性を意味すると言っても過言でない。
管理局は対応力の問題こそ槍玉に挙げられるが、一応多くの人々から支持を受け、数々の危機を救った実績もある。デメリットもあるがメリットもある、それ相応の正当性がある、はずだ。
組織とは一種の独立意志を持つ偏倚的生物だ。正義と自称してもそれはあくま所属する者、或いは上層部に居座る人間独自の考えに基づくものである。
要は、大を尊び小をおざなりにするのだ。大組織である以上必然なのだが、安易に身を預けたとしても、危機的状況に陥った際、その切り捨て対象に指名されてはたまらない。体よく使い潰されるか、危険度の高い任務を割り当てられるか、解ったものではない。だからこそ、ダイスケは異世界から来てすぐに管理局へ行かなかった。
そんなダイスケを、野放しにするのは危険と見なしたのだろう。八神と名乗った女性は、一見人のよさそうな笑みを携え、仲間にならないかと勧誘してきた。しかしその腹はどうか。自分を利用するため、或いは新組織の基盤を確かなものにするため、恩を売ろうと上層部に明け渡すつもりではないだろうか。異世界人だからと、使い捨ての駒にするつもりではなかろうか。
「……嫌だなぁ、もう」
何故こうも悪い方向へ捉えたがるのか。人を信じようにも、長年の経験とそれによる憶測が邪魔をしてしまう。純粋な好意が、邪悪な意思に感じてしまう。
相手が好意をもって接してくれているとは考えられないのか。
(周囲が外道ばかりだと俺まで精神汚染が……!)
否、そこは常識人としての力で拮抗をだな、と深々考え込んでいたのがいけなかったのか、
「あいたぁ~~~ッ!」
誰かと衝突したのか、悲鳴を上げる声がした。
だがそれにしては衝撃がほとんどなかった。というより、全く感じなかった。加えて、人の足音も聞こえなかった、気がする。
一体誰、と思いつつ、前を見る。
いた。
「いたたぁ……もう、どこ見て歩いてるんですか! 損害賠償を要求するですよ!」
変な妖精がいた。
全長は目視で30センチほどだろうか。人間年齢でおおよそ10歳、いやそれより年下か、そんな外見の少女がこちらを見て睨んでいる。睨む、と言っても気迫を全く察知できず、むしろプンスカという効果音が今にも聞こえてきそうな、端的に述べると可愛い仕草をしつつこちらを見ている。
窺っている、と言ってもいい。
というより、観察だろうか。
むしろこっちが観察したい気分。
「何コレ」
思わず言ってしまった今日この頃。
当然ながら、相手はひどく御立腹な様子。
ぶつかっておきながらコレ扱いされれば誰でも怒る。
「む、ぶつかっておきながら謝罪もせずコレ扱いした貴方こそ何ですか! 機動六課のマスk……アイドルたるリィンつまりリインフォース・ツヴァイを知らない貴方はもしや!」
ピシッ、と指先を突き付けられる。
余談だが今マスコットと自分で言おうとしてなかったか。
「不審者ですね?」
「…………見学者なんだけど」
一応口にしてみるも、見慣れぬ人物が歩いていたらそう思うかもしれない、と思った。
疑われても文句は言えない。
が、
「そうなんですか~? なら納得ですー」
信じちゃったよ。
ひょっとしてここの人はスゴくいい人ばかりなのかもしれない。
「では改めまして。リインフォース・ツヴァイと言いますー」
「ダイスケ・ヒズミです」
成程、とリインは鷹揚に頷き、
「ではダイスケさん、こう言うのはなんですけど、レディにぶつかったら潔く頭を下げるのが紳士の有り様というものですよ?」
人差し指を振りつつそんなことを言う。
れでぃー? 思いっきり語尾上がりで叫ぼうとしたのを寸でのところで踏み止まる。前方不注意だったのは確かだし、それに、あまり騒ぎを起こしたくは無い。
「……すいません」
素直に下げると、リインは満足したのか、
「素直で宜しい!」と頭に乗っかった。
何してんの? と目線で問えば、
「見学者さんを案内してあげるですよー。リインは先輩さんですからねー」
と、鼻歌でも歌いだしそうな呑気な口調で言う。
仕事しろよ。どこからかそんな声が聞こえてきた、気がする。
しかしまぁ、ガイドがつくに越したことは無い。広すぎるとも言えないが、子供が自力で隊舎内を把握するには少々骨が折れる。
「宜しくおねがいしますよ」
ため息が出る。
すると幸せが逃げるというなら、一体どれだけの幸福がこの世界に来てから失われたのか。そんな益体のないことを考えてしまう辺り、ダイスケは案外、ここでの生活に期待しているのかもしれない。
誤字など御座いましたらご一報願います