私だけのお星様。   作:神凪響姫

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正直、自分でもかなり強引な展開だと思いますが、長く書きだすとプロローグだけで一体どれだけかかるのか分からないのでこれくらいで勘弁して下さい(?


序章3 在るべき心を胸に

 賑やかな声が聞こえてきたのは、それから一時間ほど経った頃だ。その頃になるとリインが『案内するのも楽じゃないですー』と言って頭の上で丸くなって寝始めた。こいつホントに公務員なんかと職務怠慢気味な妖精に戦々恐々しつつ、広々としたロビーの椅子で寛いでいると、若手と呼ぶには若すぎる年頃の少女たちが姿を現した。見る限り、ダイスケと近い年代、十代半ばが二人と、十代になって間もない程度の子供が二人。それぞれ和気藹々とした雰囲気で、どこか楽しげだ。

「ん……?」と、一人の少女がこちらを目ざとく発見した。

 あまり好意的とは言い難い視線。というのは、まぁもっともな話。見慣れぬ少年が一人忽然と座っていればおかしいと思うのも、無理は無い。見咎めるものではなく、疑問に思うがゆえの目線が、ダイスケを射貫いている。

 

 しかし、あまり良い心地はしないので、軽く会釈をすると、その隣を歩いていた少女がこちらへと足を向け、それに続いて他の者も続く。

 

「こんにちは。どうしたの? こんなところで」

 

 快活な笑みを携え、青い髪の少女が声をかける。

 

「ちょっと隊舎の中を案内してもらってたの。今は休憩中」

 

 ふぅん、と興味深げに覗き込んでくる青髪の少女。後ろで二人の子供が同じような目でこちらを見ている。

 

「で、ええと……そっちは、」

 

 なんて呼べばいいのか迷ったのを察した少女は、真っ先に手を上げて言った。

 

「私は、スバル・ナカジマ! よろしくねっ!」

 と、青い髪の人懐っこい笑みを浮かべた少女が片手をあげ、

「ティアナ・ランスター。階級は二等陸士よ」

 と、橙色の髪をツインテールにした勝ち気そうな少女が名乗り、

「エリオ・モンディアル三等陸士です!」

 濃い赤の髪を持つダイスケと同年代と思しき少年が敬礼し、

「キ、キャロ・ル・ルシエ三等陸士、です……」

 桃色の髪をした控えめそうな少女が静かに答えた。

 

 四人とも若手の部類だろう。十代半ば、うち二人は初等部に通っている年代のはず。

 こんな子供まで働かせているのか。

 が、昨今少年兵など珍しくもないので、ダイスケは深く考えるのを止め、本人たちに詮索、或いは追求するのを控えようと決めた。どうせ想像以下の理由だろう。

 

「どうも。ダイスケ・ヒズミ、次元漂流者です」

 

 サラッと答えると、向こうは大いに驚いたのか、え、とか、嘘、という言葉が聞こえた。

 はて、そんなに珍しいものなのか。

 ともあれ、そこは本人からすればさして重要ではない。肝心なのは今後のことだ。追求を避けるべく先に口を開いた。

 

「異世界から来たんだけど、居場所がないもんでね。保護してもらうか、居場所を得るために労働をすべきか。どうするか決めあぐねているところなんだよ」

「元の世界に帰らないの?」と、スバルの問いに、

「帰れないからここにいるんだけど?」肩をすくめるダイスケ。

 

 皮肉交じりになってしまったのは、長年滞在して何の手がかりも得られなかったことからくる諦観の念ゆえだ。管理局を頼れない以上、自力で帰還するしか方法はなかった。結果は、現状がすべてだが。

 そもそも、力を取り戻せねば意味がない。

 帰ったところで、犬死がいいところだ。

 

「家族の人が心配してるんじゃ……」

 

 これは純粋な疑問か、割と常套句となる問いかけを放つエリオ。

 一瞬躊躇し、少し考えてから、ダイスケは答える。

 

「心配ないよ。『そういう問題』は平気」

 

 はぐらかすことにした。

 雰囲気を暗くしてはいけない。話題を変えよう。

 

「ところで、四人はアレなの? 機動六課に入る新人さん、ってこと?」

「うん、そうなんだよ! 私とティアは前に受けたBランク試験に落っこっちゃってうわーやばいギン姉に怒られるよどうしようってマジで悩んでたら、なのはさんにお誘い受けてね! 災い転じて何とやらだよ!」

「うふふ、スバル、アンタ自分たちの恥ずべき過去を堂々と言いふらしてんじゃないわよ」

 

 後ろから天罰が落ちた。涙目で頭を抱えて転げまわるスバルをティアナは無視した。

 

「言葉を持って生まれたんだからせめて話し合う努力をしてもいいんじゃない?」

「言葉を持って生まれても分かり合えないこともあると知っておく必要もあるわ」

「難儀な話だね」

「世知辛いわね」

 

 はぁ、と揃ってため息をついた。

 さておき。

 

「そっちも勧誘受けたクチ?」

 

 視線をエリオへと移す。外見から判断するに、今のダイスケと同い年に近い彼は、どこかあどけない表情を作っている。まだ年端もいかない少年少女を酷使する管理局の噂は確かなものとなったが、しかし彼の意志はどうか。

 

「僕は、今までお世話になった人がいて、それで、少しでも恩を返せたらなって、そう思ったから」

「傍で力添えしようって?」

 

 無言で力強くうなずく少年に、そう、とだけ返した。

 

(本当に大丈夫なのか……)

 

 無表情の下で、管理局の雇用制度のずさんさを疑る。戦いの場に赴くには、あまりに若く純粋すぎやしないか。そのうち現実の重圧に押し負けて潰されないかが不安だが、それはそれ、ダイスケが心配することではない。

 

 そっちの子はどうだろう、と視線を小柄な少女に向ける。が、肩を震わせた少女・キャロは、素早い動きでエリオの後ろへと引っ込んでしまう。目を丸くしてその光景を見ていた他三人も少なからず驚いたようだ。非常に内向的なのか、それともただ単に初対面の人間相手だから恥ずかしがっているのか。

 

 大丈夫なのか、と目線でティアナに尋ねると、首を振られた。

 もうなんかダメなのかもしれない。

 

「こんなところに入って俺大丈夫なんかな……」

 

 だからだろうか。

 不意に、そんな言葉が漏れたのは。

 

「えっ、まさかアンタも?」

 

 若干懐疑的なニュアンスを含んだティアナの声。

 どこか嫌そうな声に聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

「一応、誘いは受けたよ。そっちと大分事情が違うけど、八神とかいうアレな人に『入ったらええことあるで?』とか変な顔で聞かれた」

「ず、随分な言い方だね……」

「正直が美徳というのが信条なんで」

 

 口の端を引き攣らせるスバルに、しれっとした顔で答える。

 と、今まで頭の上で寝転がっていたリインが開口。

 

「確かにはやてちゃんは最近言動に異常というか奇態がかってきているのは事実ですけど、これから上司になるかもしれない人に対して陰口はいけないですよー」

「! リイン空曹長……」

 

 ダイスケの頭に鎮座するリインに気づいたのか、ティアナは遅ればせながらも敬礼する。スバルも慌てたように同じ構えを取る。

 

 ダイスケは聞きなれない単語に眉根を寄せ、彼女らの階位の程を察し、そしてその意味を理解した。

 

「空曹長……?」

「そうですよー。リインは空曹長、みなさんの上司なのですー。あなたよりもずっとずっと偉いんですよー」

 

 空曹長、という単語に聞き覚えはない。が、要は軍隊の階級制度と同様で、曹長と同クラスの地位なのだろう。彼ら四人をまとめる上司的存在といったところか。

 なので、ダイスケは大きく頷いてから、

 

「ふーん、そうなんだ。へぇー」

「……実は理解してませんね貴方?」

「何言ってんの、理解したと言ってるじゃないか。頭の固い上司はこれだから困る……」

「ぜ、絶対理解してないですね!?」

「サー、イエッサー」

「なんでそこだけ従順になるんですか!」

「まぁそれはおいといて」

 

 上の方で小さいのが騒いでいたが羽虫の囁きだと脳が処理した。

 

「しかし、三人の有名人、数多くの実力者、期待を背負う新人と。よくもまぁそれだけの人員を確保できたもんだ」

 

 それに、

 

「君らも、よく入る気が起きたね」

 

 聞き様によっては、嘲笑うかのように聞こえるその言葉に、四人は一様に眉を寄せる。

 

「それは、どういう意味の問い?」

「利益があるのかな、ってことだよ」

 

 過程を飛ばし、結論だけを口にした。スバルは分かってないのか首を傾げ、他の年少組二人も同様。ただしティアナだけは、ふぅん、と不敵な笑みを浮かべている。

 どうやら言いたいことが分かったらしい。

 

「……聞いたかどうかは知らないけど、フェイト・T・ハラオウンさんは執務官、いわゆるエリート職に就いてるわ。こっちのスバルの憧れ、高町なのはさんは幼少時から管理局に所属して数々の功績を残した、エースオブエースの異名を持つ才女よ」

「成程。得るものは多様、失うものは大きくは無し、と。逆に怪しいね」

「新組織だもの。それくらいビッグネームがあった方が多くの人に印象付けられるでしょ?」

「人は英雄を求めるって?」

「看板は目立ってナンボよ」

 

 僅か十歳程度の少年と十六歳の新属の少女、どちらも含みのある笑みを浮かべて、出来立てほやほやの組織に関しクリティカルな会話を行っている光景は、傍から見るとかなりシュールだった。

 というか、不気味だった。

 若干三名が引くぐらいには。

 小さな上司が額を押さえるくらいには。

 

「成程成程。機動六課に入りたくなる理由が一つ増えたよ」

「ええ。私も明日を楽しみに思える理由が一つ増えそうね」

 

 周囲を放ってけぼりで意気投合する二人であった。

 

 

 

 

 

 それから暫しの間、年相応な談笑で盛り上がっていたが、リインフォースが訓練時間が迫っている旨を告げると、四人は顔を青ざめさせる。

 なんだか申し訳ないことをした気分。

 

「じゃあ行くけど、アンタ、あんまり気軽に考えない方がいいわよ。仕事は遊びじゃないんだから」

「ティアはああ言ってるけど、私はいつでも歓迎するよ!」

 

 二人の後に続き、エリオとキャロも会釈して、先を行く二人に続いた。訓練場に向かうらしい。ここで時間を消費したからか、大分急ぎ足になっていた。

 

「随分と元気いっぱいな新人ですこと」

 

 思わず主婦口調になってしまった今日この頃。

 

「それではリィンも、ちょっと新人さんたちの面倒を見に行きますので、後はごゆっくりどうぞー」

 

 身を浮かべ、リインもそれに続くように飛んで行った。

 あんまり急ぐとまたぶつかるぞー。心中で呟きながら、ダイスケは手を振って見送った。

 まるで嵐が過ぎ去ったように静まり返る廊下。六課はそう大所帯ではないようで、こうしてベンチに座り込んでいても、とんと人影を見掛けない。少数精鋭という話を聞いてはいたが、こうも人の気配が少ないと物寂しい光景も相まって、誰もいないような錯覚さえしてくる。

 というか、ここ警戒が薄すぎではなかろうか……? つとそんなことを考え、すぐに警戒心丸出しになる自分を少し恥じる。

 

 ふと、横から近づいてくる足音が聞こえた。

 

「ん? 貴様は……」

 

 見れば、明らかに他の者とは雰囲気が異なる人がいた。

 切れ目に刃物のような雰囲気。落ち着きのある佇まい、スーツが似合う長身。

 彼女こそまさに中世の騎士を彷彿とさせる存在。現世に再び現れた一人の兵。

 果たしてその正体とは……!

 

 (こいつ……間違いなく、できる!)

 

 次回、『謎の女騎士現る! ~先生、それは巨峰じゃなくて巨砲です~』ご期待下さい。

 

 

 

「―――おい、壁に向かって何をしゃべってるんだ」

 

 背後から鋭い声。

 

「いや、やっておかないといけないような気がして」

「真面目そうな顔してふざけたことを言う……」

 

 ふと、そこで何事か思い至ったのか、目を細め、

 

「ところで見かけない顔だが、新入りか?」

「いいえ、ただの物見遊山を楽しむ若者です」

「そうか。新入りか」

 

 人の話を聞いてるようで聞いてなかった。

 

「貴様のような若者が前線に赴き、常々命の危険に晒されるなど言語道断。とはいえ、遺憾な話だが、我々管理局は人手が常に足らぬ状態、猫の手も借りたいほどだ。如何に優秀な実力を持つ逸材だろうと、死と隣り合わせ、一瞬の油断が己への、周囲への被害をもたらすことは、今のうちに見知りおけ」

「あのーちょっと、聞いてますか?」

「だが案ずるな。この烈火の将シグナム、若輩者の後塵を拝するわけにはいかぬ」

「ねぇ聞いてる? 俺と同じ世界を見てる?」

「同志諸兄の、そして我が主の命……、この魂果てるまで守り通してみせようぞ」

「おい、人の話聞けよ」

 

 一通り言い終えると、満足げな笑みを浮かべて女性は立ち去った。豪快な笑い声付きで。

 

 何だったんだアレ。ダイスケはその後ろ姿をどこか不気味に思いつつ、ふと、こちらを見る視線を感じた。振り向くと、そこには黒い毛並みが美しい、ところどころに白いフサフサの毛が生えた、大型犬がいた。

 なんでこんなところに、と思うも、番犬がいてもおかしくはないか、と適当な結論を付けた。あんな変な人が長を務め今も奇妙な女性が闊歩していたような隊舎だ、常識が通用しないのは最早当り前。妖精もいたし。

 どこか達観したような、人間味を感じる眼。寂しさと優しさを兼ね合わせた、不思議な雰囲気を漂わせている。

 

 話しかけてみよう。

 

「やぁ」

 

 基本、動物は従順で素直だ。こちらが害を与えず敵意を抱かなければ、向こうも真摯に接してくれるというもの。ダイスケは高めの声で手を上げると、向こうも警戒心を緩め、のしのしと近づいてきた。

 頭を上げ、何か言いたげな視線を送ってくる。

 

 撫でてもいいのかな? ダイスケは迷ったが、やや逡巡してから、手をそっと伸ばして、喉の辺りを撫でる。

 柔らかい。

 そして暖かい。

 これは素晴らしい毛並み。さぞ気高い血筋を引く名犬に違いない。

 

「うーん、もふもふ」

 

 眼を細めてされるがままにしている犬。

 堪能したので手を引くと、犬はその場に座り込んだ。

 

「…………」

「ここって変わった人が多いね」

 

 ウォフ、と首肯する声。

 

「俺、仮にここでやってけるのか、ちょっと今から心配」

「…………」

「まぁでも、決めるのは俺次第なんだよねー……」

「…………」

「あ、ごめん。愚痴言っても解らないよね」

「…………」

 

 ふぅ、とため息。沈黙が続く。

 

 と。

 

「少年、強く生きろ」

「うん。ありがとね」

 

 犬はウォフ、と小さく声を上げ、どこか頼りがいのある勇ましい足取りで去っていく。先程の女性よりも余程頼りがいのある後ろ姿だった。

 それを見送り、ややあってから、

 

「……ん?」

 

 犬って喋れたっけ? ダイスケは今更そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんな不思議体験をしたところで、腹が栄養を欲し始めた。そういえばここ最近まともな食事を摂っていなかった。廊下でいつまでも立ち往生しているわけにもいかず、とりあえず食堂辺りで何か口にしたいと思い、リィンフォースの案内を思い出しつつ目的地へ急ぐ。

 

 食堂と言っても一般的なもので、キッチンの窺えるカウンターや自動券売機が設置された白いフロアが展開し、局員と思しき人が思い思いにテーブルで食事を摂っている。休憩時間なのだろう。適当に予想しつつ、券売機で食券を購入し、カウンターへ。少々不安に思っていたが、案の定カウンターに背が届かず多少なりとも背伸びせざるを得なかった。カウンターから顔だけ出ている状態になったはいいが、中のおばちゃんにすこぶる驚かれた。

 

(なんだろう、この敗北感……!)

 

 まぁいい、と気にしない方向で済ませ、盆を両手に空いてるスペースへ。設置されたテレビが見える場所を陣取り、両手を合わせて軽く一礼。ミッドチルダにこういう習慣があるのか定かではないが、先日まで食事を摂ることもままならない状況だったことを思えば、やはりこういう感謝の念は大事だと再認識。

 箸を手に取り、食事を開始。箸は異文化の一つとして知られ、ここではあまり馴染みのない食器らしく、フォークやスプーンが主流だ。廃棄都市に住んでいた頃はなんでもフォークで済ませていたものだ。思いだすのは以前、知人に納豆を食わせようとした時のこと。あまりのネバネバ感に『こいつぁ淫獣の使者に違いないね!』と言って窓から捨てようとしたので背後からタックルをかまして一緒に落下させた。食べ物を粗末にしてはいけないと身を持って教えたのはいいが、戻って来た時には言葉には形容し難い姿で最誕したのでまた突き落としたものだ。他の者は静かに食事を進めていたのは印象強い光景である。

 その時、皆は確かフォークでかき混ぜていた。あまりのシュールさ加減に額を押さえたものである。懐かしい記憶が蘇り、まあどうでもいいことだと即座に投げ捨て、久々の調理された食事に舌鼓を打つ。

 

 水を飲んで一息つくと、テレビのチャンネルが変わり、司会者二人が何かについて語っている映像が流れる。聞き流すかと視線を下げようとしたが、右下に出たテロップに、ダイスケの手が止まった。

 

 違法住民、犯罪と密接した関係

 

 思わず箸を握りつぶしかねない勢いで掴み、ややあって、手の力を緩める。その気も知らず、司会者はやけに尊大な口調で話している。

 

『―――違法住民の人権にも関わる問題ですので、そうも簡単に結論が出るものではありませんが、管理局の迅速かつ的確な処断を求められております』

『近頃、地上部隊の尽力にも関わらず、事件が多発し犯罪件数は下降する気配が見られません。ガジェット然り、あまり触れられてはおりませんが、デバイス強奪事件の犯人も違法住民の可能性が高いと報じられております。高い検挙率を誇る地上の方々もこれらの件には常々手を焼かされており、違法住民たちに対する立ち退き要請が下されるのも時間の問題とされています』

『一部の住民からは、あまりに非人道的な対応や同じ人間に対し酷な仕打ちは控えるようにと、反対意見が出ておりますが』

『しかしながら、元を正せば違法な者が存在するからこそ犯罪は増加するのであり、そういった一部の者が規律を乱せば波紋を生み、社会に亀裂を作るという見方もできます。私自身、全ての者が悪と判じたわけではありませんが、』

『そうならないためにも、管理局の対応を求めたいところですね』

『無論、慈悲の心を持たぬ犯罪者と違い、管理局は自省が見られる者に対しては寛容です。近いうち、大規模な立ち退き作戦が決行されることでしょう。我々市民が静かに平穏な毎日を送れる、そんな日常が少しでも早く訪れるよう願っております』

 

 一区切りついたのか、会話を行っていた司会者二人が息をついた。

 それを見つめるダイスケは半目で、視線はどこまでも冷ややかだった。上から目線で語るわけではないが、真実の表面すら知らぬ者がえも知り顔に口をきくのは、鼻につく。操作された情報に踊らされる姿を端から眺めるのは、滑稽というよりいっそ哀れであった。

 必要以上の悪が蔓延るのは、形成された社会がそれ以上に腐敗しているからだ。

 別段、優れた指導者などおらずとも、人は生きていける。秩序を保てず平穏を維持できなくても、独力で、或いは他者の力を利用して生き長らえる。秩序も権利も捨てた人々が最後に縋りつく柱とするのは、結局自分だ。自分という確かな『個』を持ってさえいれば、生きられる。

 そう、ダイスケのような『子供』が、生きてこられたように。

 しかし、結局は矛盾だ。他の悪を否定しておきながら、自分の悪を肯定している。褒められざる行いと知りつつ、止めようとしない。本当の『正義の味方』とやらが存在するならば、ダイスケも管理局も同じ様に見えるはずだ。

 管理局もダイスケも、根本的には同じなのかもしれない。デバイスを強奪し、少なからず他者を不幸に追い遣った張本人、なんと否定しようが、その事実は永劫つきまとう。目的はどうあれ、法を乱す存在は皆一様に悪の烙印を押される。

 今、こうして一時でも平和な場所で己の時間を満喫できるのは、それこそ六課の部隊長の―――もとい、管理局の温情というものか。そういえばデバイスを強奪した件に関してノータッチだったが、何故だろう。自分らの不手際を露見するのを恐れたからか、と想像して嘲笑が浮かびそうになり、慌てて消した。

 

『さて、続いては、近頃話題に上がる、黒死の鮫と言われ―――』

 

 暗い話題が続くようで、テレビから視線を離すと、無意識に動かしていた腕の動きも止まる。今後の予定のことも考えれば、なおさらそうなった。この後どうしよう。多少考える猶予をもらったはいいが、いつまでも隊舎内をうろついていれば不審な目で見られるだろう。が、やっぱり入りますと軽々しく結論を出していいものではないし……と唸りつつ、悩み悩んで思考に没頭していたダイスケは、「隣、いいかな?」というすぐ隣から届いた声に、一瞬飛びあがりかけた。

 動揺を決して表に出さず、視線を声の方向へ向ける。人の良さそうな笑みを携えた、茶髪をポニーテールにした女性がいた。そういえば、先程会話してはいないが、八神という女性の側にいたことを思い出す。背格好と外見年齢から察するに、八神はやてと近しい位置かもしれない。

 

 その表情に悪意めいた感情は無いと判断したダイスケは、どうぞ、と応じると、軽く礼を言って正面に座る。食堂は依然として喧騒に包まれているが、この一角だけ大分ボリュームが落ちる。一瞬目を向けると、話しかけるタイミングを見計らっているようだ。ダイスケとしては特別聞くことも無いので、黙々と手と口だけを動かす。暫くは、ただ食事を進ませる音だけだった。

 何しに来たんだろう。ダイスケは目を上げる。目線は合わさないようにした。

 なので、自然と目が下へ行く。

 

(む。……意外と大きいな)

 

 背丈のことだ。やましいことなど何もない。

 

「どうしたの?」

 

 目線が合った。ああ、とダイスケは一瞬目を逸らし、

 

「こうして話すのは、初めてでしたね」

「ああ、そうだったね」

 

 ひどく今更なことに、二人は揃って苦笑する。

 もっとも、ダイスケはほぼ無表情だが。

 

「改めまして、高町なのはです。ここでは教導官として勤務してます。よろしくね」

「どうも」軽く会釈。「俺も名乗った方がよろしいですか?」

「いいよ。堅苦しいのは苦手だもの」

 

 予想とは少々異なる返答に面喰ったダイスケに、なのはは苦笑。公務員という役職柄、お堅い人間だと思っていた予想が、ここ数時間で悉く裏切られている。

 

 噂に聞く管理局は、本局と地上とでかなりの軋轢が生じ、それが長年続いているため、お互い緊張感に満ちた関係を構築しているとか。設立時にも少々面倒な手続きやら交渉やらが行われたのは想像に難くない。機動六課もその多分に漏れず、蓋を開ければ対抗意識を燃やした教官と敵愾心を抱く若者の、色彩的にはダークグレーな雰囲気なのか、などと貧民街にいた頃は想像していたが、拍子抜けするくらい平穏である。

 新組織だからか、それとも設立の理由が異なるからか。

 或いは部隊長がアレな人だからかな、と一番しっくりくる理由で結論付け、とりあえず流しておくことに。細かいことを気にするなかれ。肝心なのは落ち着きを持つことだ。つまりもっと寛容な人間になれ。そう言った人間は他者の行いに寛容になりすぎて胃痛を起こしてばかりいたが。 

 

「ね。君の世界は、どんなところだった?」

 

 話題に窮したのか、目線を泳がせてから、そんなことを聞いてきた。

 

「どんなって……別に、普通ですよ。狭い世界で生きてきたので、あまり外のことも知りませんでしたし」

「私の普通と君の普通は違うと思うなぁ」

 

 言外で、話してほしい、と物語っている。

 まるで子供が学校の話をするのを楽しげに待つ母のようだ。教導官だと名乗ったが、成程、確かに年下相手に親しげな態度と柔らかな物腰、案外彼女の天職なのかもしれない。淡白な反応しか返さないダイスケにしつこく食い下がって来る。

 しかし、そう易々と口にして良いものか。

 暫し逡巡してから、少しだけ話すことにした。

 

「魔法なんて概念は存在しませんでした。古き時代から受け継がれた神秘性を孕む超能力じみた力を主軸にした異能文明と、即物的な科学に走った人たちが生み出した機械文明。二つの勢力に分割され、いずれも主義主張が相容れることもなく、間もなく戦争が始まりました……」

 

 後は、永遠に続くと思われた戦乱の世。子供は夢を見ることを許されず明日の無事を祈り、大人は現実を生き抜くのに懸命となりただ勝利を求めていた。大地の上で、世界に縛られ続ける人類は、広大な星の外へ旅立つことも考えず、狭い檻の中で、自分たちこそが上に立つに相応しい者と主張し合い、ともすれば互いの民全てが憎悪と悲観に染まり上がるまで激戦は続くかと思われた。

 故に、ダイスケが生まれて五年後。和平交渉が行われた時、誰もが安堵の息を吐いたという。

 

 実際は、一部の者のみが敵意を抱き人々を扇動していただけのことで、多くの者は、憎しみと悲しみしか生まない戦争を嫌い、終わることを願っていた。

 人は言うほど愚かではない。

 かと言って、救い難いとも言えるが。

 

「だから、こんな風に落ち着いていられる世界というのは、なんだか新鮮です」

「君のお気に召したかな?」

「どうでしょうね。長く貧民街で生活していると、基準がよく分からなくなりますよ。魔法と言う非現実的な要素が、新鮮味を強めている気がしますが」

 

 苦笑。

 実際、あの場所での生活は、思ったほどの苦難はなかった。それ以前に滞在していた場所こそが地獄そのものだったせいか、雨露を凌ぐ屋根と最低限の心配りができる人間が多く存在するあそこは、まだ楽園のようだった。人と人が苦しみを分かち合えるだけの品位を残していた。もし他者を陥れ憎み合う環境であったならば、人を信じるという最低限のことさえできなかったに違いない。

 

「まぁ、ここの人たちは魔法が在るのが常識になってるから。初めて目にしたら、驚くよね」

「貴方だって、ここで生まれたのでは?」

 

 問いに、なのはもまた苦笑を返す。

 

「実を言うとね、私、ここの人間じゃないの」

「……異世界人、なんですか?」

 

 そうなるね。なのははそう言って首肯する。

 

「ここじゃない、地球っていう星で生まれたの。海鳴市っていう街でね、そこじゃ魔法なんてなかった。特別なことはなにもないけど、平和で暖かで、それこそどこにでもあるような世界だった」

「……過去形?」

「え?」一瞬呆けるも、慌てて否定。「ああ、違うよ? 今でも平和だから! 勘違いさせちゃったね」

「いえ」

 

 苦笑が浮かびそうになった。随分落ち着きのある大人の女性とばかり考えていたが、少女らしい一面を垣間見た。ここにいる女性は表情がコロコロと変わるな。そんな呑気な感想を抱いた。

 

「元々、魔法なんて無い世界だったけど、ある日ちょっとしたことがきっかけで、魔法と出会って、戦うことになって……今じゃ後悔してないけど、当時は迷ってばかりで、悩んでばかりで、いっつも躊躇いばかりが前に出ちゃって。空を飛ぶのにも慣れないから、すごく大変な思いをしたなぁ」

「空を飛べない者からすれば、心底羨ましい話です」

「私も魔法と出会うまで、空を飛べたらって何度も思ってた。空を舞う術を得た今ではもう遠い昔のように思える」

 

 けれど、

 

「たまに、私はこの地面につけず空を飛ぶことが、本当に正しいのかなって思う時があるの」

「正しい、ですか……?」

 

 あまり耳慣れない表現だった。

 

「空を飛ぶと人は重力を感じなくなる。地に足がついていないから、人が重力に永遠に縛られたまま生きていることを忘れてしまう。大地の上で生まれて育ったのに、まるで束縛を嫌うかのように空を飛ぶことを目指すのは、ちょっと人間、おこがましいと思わない?」

「空を飛ぶことは、人の永遠の夢だと言いますが」

「けど、夢を見たままの方が良かったかもしれない。そうしなければ、必要以上に辛い想いをしなくて済むんだから……」

「失礼を承知で言いますけど、若干メルヘン混じってませんか?」

「もう、真面目に話してるのに」

 

 頬を膨らませて怒った顔をするなのは。勿論、本気で怒っているわけではないのは、出会って数分のダイスケにも解る。大人びた容姿、どこか幼さを残した言動。ちぐはぐな要素が絡み合い、一つ二つと魅力を引き出している。

 

「――ありがとうね」

 

 突然の謝辞に、ダイスケは困惑した。

 

「あの日、君がいなければ、多くの人が怪我をしていたかもしれない。君が犯罪者を未然に捕えてくれなければ、知らず知らずのうちに多くの人が泣く羽目になったかもしれない。もしかすると、君は管理局よりも正義の味方然としているのかも」

「そんな……考えすぎですよ。礼を言われるようなことなんてしてません」

 

 人に礼を言われるほどの善行を積んだ覚えはない。自分が行ったことは、お世辞にも誉められるようなものではなかった。自分の正しいと思う行いをただひたすら押し通してきた。法に裁かれようと、人に後ろ指をさされようと、それでも貫く。結果として弱者を救う立場にいようと、所詮ここの社会通念的には、断じて模範的ではない、正しくない行いであることに違いないのだから。

 それを解っていて言っているのか。それを認めるというならば、犯罪者の凶行でさえ正義と化してしまう。

 絵に描いたお題目でも、誰もが踏み込みたがらない禁忌でも、やるしかないなら、やるだけ。人が敢えて通る道を、自分の意志で踏み込んだだけなのだ。

 

 しかし、なのはは、

 

「それでも、だよ」

 

 と言い、自分の発言を撤回することをしなかった。

 

「私にできること、君にできること。それはどっちも、同じくらい大事で、方向は違くても、どちらもなくてはならない行いなんじゃないかな」

「そう……でしょうか」

 

 一方だけが成り立つ世界など存在しない。必要悪と必要善があるからこそ、唐突な繁栄も突然の滅亡もない。いずれかに天秤が傾きかけた時、もう一方がバランスを保とうと動く。

 だから、変わろうにも変われない。

 それが、この世の理。世界を平定する、一種のシステムだ。

 

「けど、一方的に片方が悪いって決めつけられるのは、仕方ないとはいえ悲しい話だよね。どっちも、人が善く在ろうとする心から始まったのに」

「善く在ろうとする心……?」

 

 小さく頷き、なのはは静かに語りだす。

 どこか懐かしむような、思い出のページの一つを、大事そうに開くように。

 

「例えばね? 昔、ある女の子がいたの。その子は一生懸命、ある人のお手伝いをしたくて、それは自分から望んだことで、それをするのが大変だと思っても、それを正しい行いと思って続けていた。その行いこそが、誰かの幸せに繋がるなら、それでいいって。

 けれど、そこに立ち塞がる子がいた。その子にとって、求める物を手に入れることだけが望みだったの。その子にとっての正しいことは、もう一人の子にとっては迷惑極まりないことで、その子が為すことは、いずれ相対した子だけでなく多くの人を悲しませることに繋がると知った。だからそうして、話し合いでは分かり合えなくて」

 

 相容れることなく、刃を交えた。

 

「その子は、本当は母が求めたからこそ戦っていた。だから決して引けなかったの。けれどそれはもう一人の子も同じ。ただ良いことを為したい、善く在りたいと願っただけなのにね」

「……それは果たして、いずれもエゴというものではないですか? 同じ人間なら理解し合えるというのも、些か短慮では」

 

 そうかもしれない、となのはは哀しげに首を振る。

 

「けれども、理解する心を失えば、それは人で在ろうとする努力を怠ってしまったことになる。理想論だって切り捨てたら、一生拾い戻せない。努力をせず諦めてしまえば、いつか必ず後悔しちゃう。あなたがもし誰か大事な人と相対することになって、それでも分かり合いたいと願うのは、それもエゴだと思う?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。そんなの、解らない。ともすればナンセンスな、答えのない問いに、ダイスケは何も言えなかった。何と言えばいいのか、解らなかった。

 

 大事な人。

 一人の少女の姿が、脳裏に浮かんで、消えた。

 

 一体何だ、今の感覚は。刹那に垣間見た人の幻影は、間違いなく記憶に存在しない人物だった。気のせいなのか、と思っていると、なのはは申し訳な下げに眉根を伏せた。

 

「意地悪な質問だったね」

「いえ……」

 

 暗転するダイスケの表情に、なのはも言いすぎたと思ったのか。会話によって和らいでいた空気が重くなる。空気に色があるなら、今まさに灰色で漂っていることだろう。

 気まずい雰囲気。

 今度は、ダイスケから口を開いた。

 

「悲しいことですね。同じ平和を望む心があるのに、同じ方向を向いているはずなのに。手を取り合うことどころか、話し合う機会すら否定するのは」

「……そうだね」

 

 人は正しく在ろうとする。それは正しい行い。けれど、それが他者から正義と判じるに値する思いか否かは、当人に知る由はないし、誰かがそれ悪と判じて裁くこともきっとできない。ならばきっと、人を裁くことができるのは、人とは異なる領域で見守る逸脱した存在のみだろう。

 愚かでも。悪でも。

 正しく在ろうとする心に、陰りなどきっと、ない。それが例え、自分だけにしか向いていないものだとしても。

 だから正義は潰えることはなく、悪が滅びることはない。どちらも強固な意志と不屈の想いを委ねられ、育み、抱いているのだから。

 

 分かり合えるというのは、偉大な所業であり、単純なことで、しかし困難なことなのだ。人に想いをさらすことのなんと難しいことだろう。他者と共に同じ道を行くことは、さらになお遠く険しい。途方もない規模を誇る世界の中で、人の『個』は絶望的なまでに孤独だ。

 それでも、人は生きられる強さを持っている。

 心に。魂に。

 

「人を信じる心があって、人を好きになる思いがあれば、誰でも人と深く繋がれる。けれど、私たちは物事を深く捉えて考えてしまいがちになる。解ろうにも正確に相手の心を把握することなんてできない。察して解った気になってしまう傲慢な人もいるけど、それはそれで、理解しようとした結果なのかもしれない。私たちに真にできることは、話し合って、分かり合う努力を続けることと、せめて誰かが悲しい思いをしないよう教え導くのを続けることだけ。それが一番の近道だと信じているし、教える子たちの夢の第一歩を手助けできるなら、私もそれがいいと思う」

「……耳に優しい言葉ですね。教導官や政治家よりむしろ教師に向いてますよ」

「あ、それいいね。もし機会があったら、そっちも考えてみようかな」

 

 明らかな皮肉にも、なのはは笑顔で返す。逆に肩すかしを喰らった気分である。

 

「だからもし、今君が話せないことがあっても、いつか分かり合えたのなら、お話してくれるんだって、私は信じてる」

「―――何故、」

 

 続けようとした口を無理矢理閉じる。感情任せに動きかけた心を鎮め、理性が押し退けて表に顔を出す。ともすれば怒鳴り散らしかねない自分の感情を心に留め、ダイスケはいつもの表情を変えなかった。

 

「……そんなこと、できるかどうかなんて保証しかねますよ」

 

 できるよ、と。

 虚を突かれた思い出見つめるダイスケの前で、なのは優しく微笑み、

 

「こうして君と話している。私は貴方と、いつか分かり合える」

 

 そう思うから、と、彼女は静かに瞼を下した。

 その言葉が、どこか自分の深いところに染み入った。

 

 

 

 

 

     ●   ●   ●

 

 

 

 

 

 陽が傾いていた。

 隊舎は黄昏に染まり、室内を満たしていた喧騒も今では音量を落としている。

 隊舎の外、芝生の上で座り込んでいたダイスケは、黄昏に染まる空を見上げていた。もうすぐ陽も完全に沈み、群青色の空が上がり、虫たちの騒がしい声も聞こえ出す。こうして考えると、東に窺える星空の中に、一体どれだけ人が住めるだけのセカイがあるのだろうか。

 

 人など星にしがみつく生物の一つでしかない。自然の無慈悲さに何度も泣く思いをした身となれば、その言葉に納得せざるを得ない。広大な海を見た時よりも、遥かに膨大なスケールを前にして、ようやく理解できたのは、記憶に新しい。

 やがて月が上がって来る。満月を過ぎ、欠けて行く運命にある青白い月が。

 

「そんなとこで何やってるの?」

 

 ふと。

 背後から、風に乗って優しい声音が響いた。見咎めるような鋭いものではなく、どこか楽しげを含んだもの。聞き覚えのある声、振り向けば、やはりそこには、昼間出会った少女がいた。

 青い髪。健康的な肌。穏やかな双眸。確かスバル・ナカジマ、といっただろうか。外見が年下であり初対面だったダイスケにも、割りと親しげに話しかけてきた人だ。

 

「……そっちこそ。さっきまで模擬戦で随分しごかれて、足腰立たず疲労困憊といった感じだったのに」

「あはは、いやはや、お恥ずかしい……」

 

 照れたように頬を掻く。二時間ほど前、訓練施設を見学した際、ちょうど彼女らフォワード陣営が教導官と模擬戦を行っているのを目撃したのだ。今後の参考になると思い、彼女らの戦術パターンや魔法形式などを実際目の辺りにし、抱いた感想は、まだまだ世界は広い、というものだった。如何な子供とはいえ、才能豊かな逸材であることに相違ない。この目で見て、成程、将来は明るいのだな、と感慨深く頷いてしまった。

 特に目を引いたのは、この少女だろう。

 特別な何かを持っているとは見えないが、動きが実に生き生きとしている。瞳に強く明確な意志が宿り、技の一つ一つが同年代の者の動きに比べ随分冴え渡っている。あそこまで辿り着くのに生半可な覚悟と努力では至れまい。

 まだ子供であろうと、前線にて力を振るい将来を担う精鋭の一人。期待に満ちた目をし、多くの人から期待を一身に受けている。

 

 眩しいな、とダイスケは目を逸らす。

 

「……俺のいた廃棄都市が見えるかと思ってね」

 

 半分は本当だ。『長い年月』をそこで過ごしたのだ。薄汚く町の住民から軽蔑視されるそこも、長年居を構えていれば愛着の一つは湧くものだ。住めば都、というやつだ。住居・食料の確保は幾分面倒だったが、今思えばなかなかどうして、無茶をやらかしたものだ。 

 

「さすがにここからじゃ、ちょっと見えないね。あっちの方、暗いし」

「こっちは明るすぎるよ。ピカピカ光って、星がちっとも綺麗に映らない」

 

 ミッドチルダは都会だ。高層ビル群が立ち並び、白亜の建物が幾つも地面から生えている。自然の緑も少なく、活気は溢れているが、その分心安らぐ憩いの場が少ない気がした。街の発展に伴い自然が減少するのは、幾らかは仕方のない話だ。

 そうやって、納得していくしかない。

 

「……なんで貧富の差なんてできるんだろうね。あ、嫌味じゃないよ?」

「人が不平等なのは優越感を得たい本能的欲求が尽きないからだよ」

「……君、本当に子供?」

 

 さてね、と肩をすくめるダイスケ。どう見ても子供の所作ではない。

 子供でも、大人でも関係ない。結局、生きられるか否かの問題だ。親に捨てられ、大人たちと共に汚い場所で運良く生き長らえ、精神が摩耗し歪んだ心を得てもなおこの世に在り続ける子は、例外なく外見年齢とは大いにズレた思考と精神を持ち合わせている。現に、数は多くはなかったが、ダイスケの周囲にもそういう子供はいた。先程出会ったエリオやキャロのように、真っ直ぐな目をした子は、いない。皆平等に疲れ果て枯れたような目をして、『現実とはそういうものだ』と達観した目つきでこの世の行く末を見届ける。広い視野を持ち驚嘆すべき思考を持つがゆえに、彼らはもう二度と、普通で在れなくなった。

 人は平等ではない。いつしか自分の故郷である友人が、呆然自失といった表情で呟いていた。

 

「人が貧富の差を作り、よりよい生活を約束する科学というものを生み出したのなら、それに伴う人の争う心や環境を破壊する科学を作り上げたのもまた人間で、その人間がもし神の作りたもうた存在であるなら、しからば人間が生み出す負の連鎖や星の破壊も、神の望むものである、か……」

「? どういうこと?」

「自業自得ってことだよ」

 

 もし仮に人類が滅んだとしても、それは身から出た錆、自分で為した所業、自然から生まれ落ちた存在であるならば、自然の掟に従い世界から消えるのも、当然の帰結だろう。

 だから生きるために文明を築き上げ、社会を形成し、富を得、繁栄を手にするために力を欲した。その一端に、魔法という存在がある。科学の極致、利便性を追求し人が求めた理想のカタチ、その一つ。理想、と口で言えば何と軽いことか。

 文明と社会の庇護下にいない人類の脆さをあの場所で、いや、それより昔に思い知った。かような苛烈極まる自然の中で人と言う生命が誕生したことすら奇跡かと疑り、実際それは理不尽が織りなす不幸の一つかもしれなかった。水をすすり、他の生命を奪い殺して生き長らえ、死ぬその瞬間まで自分を苦しめる思いを抱えて。それでも生きるのは、立ち止まった瞬間に、その理不尽に屈し永遠の敗北が刻まれると本能が知っているからだ。

 だから歩くのだろう。立ち止まらないのだろう。膝をつけば二度と立ち上がれないと、他ならぬ自分の本能が、魂が叫んでいるから。

 

「もし」感傷的になった自分が、ふと何かを零した。「本当に神様なんてのがいれば、人が事故で死ぬことも、病気や怪我で苦しむこともなく、悲しみで涙を流すこともないだろうにね」

 

 神だなんて、そんな『一般人からすれば』抽象的な存在、口にすればどんな目で見られることやら。言ってからちょっと後悔したが、スバルは別のところに反応していた。

 

「事故? あー、うん。そうだね……」

 

 ふと、口を濁すスバル。

 疑問に思い、顔を向けると、ばつが悪そうに頬を掻くスバルがいた。いやね、と前置きを入れてから、ぽつぽつと語りだす。

 

「北の廃棄都市区画の側にある、ううん、今はもう閉鎖されちゃったけど、臨界第8空港っていうのがあったんだ」

「ああ……」

 

 その事件なら、嫌というほど知っている。

 何せ、何度もこの目で見てきたのだから。

 事件の惨状を。今も残る深い傷跡を。

 

「今はもう廃棄されてるけど、飛行場で火災に見舞われた時、お姉ちゃんやお父さんとはぐれて、会いたい一心でさまよい続けて、けれど、会えなくて。もうダメなんじゃないかなって思ったら、いきなり爆音がして、なのはさんが助けに来てくれて」

 

 一度区切り、ややあってから、

 

「私、元々そんな戦いとか、人助けとか、そんなやりたいとは思ってなかった。けど、ギン姉……あ、私の姉さんなんだけど、なのはさんに助けられてから、ちょっとでもあの人に追い付けたらって思って、陸士訓練校に入って、色々なことをギン姉から教わって。ようやく私、夢に近づくことができた。厳しいことが多くて、辛いこともいっぱいあるだろうけど、それでも、一度志した道だから、最後まで行きたい。できれば、ここまで出会った人、ティアやみんなと一緒だったら、もっといいなって」

 

 そして、

 

「君とも、仲良くなれたらいいなって思って」

 

 だから声をかけたの、と。ちょっと照れたように微笑むスバル。

 だが、ダイスケは、彼女の台詞に違和感を抱いていた。何かが引っ掛かった。しかし、何がだろうか。解らない。けど、確かに感じた。

 

(飛行場……? 『あの時』の?)

 

 ダイスケは改めて少女の顔を凝視する。その横顔、どこかで見た記憶がある。どこだっただろう、いつだっただろうか。四年前。飛行場。青い髪の少女。与えられた単語から断片的な記憶の欠片が湧いてくる。燃え盛る飛行場を彷徨う人影、倒れ伏したその上から無慈悲に落ち崩れる柱。

 視界の隅に映る、青い髪。

 倒れ伏した人影。

 夜空へと飛翔する少女に抱かれた、幼い子供。

 

 

 

「……そうか。君が」

 

 

 

 呆然とした様子のダイスケの声に気づかず、スバルは星空を仰ぎ見ている。思わず、見惚れた。息を呑んでしまった。吸い込まれるようなその瞳に。見上げる無邪気な横顔に。

 

 声をかけようかと思い、……止めることにした。彼女の横顔が、あまりに眩しく、触れてしまえば、自分の穢れが移ってしまいそうで。だから、邪魔をするのは無粋かと思い、同じ風に空を見上げる。

 こうして空を真っ直ぐな気持ちで見上げるのは、一体何年ぶりだろう。

 貧民街でも空を見たことはあった気がする。でも、こうも美しい茜色に染まる空も、星の輝きが映える空も。少なくともミッドチルダに来てから、いや、それよりも以前に見たものが色褪せて見えるくらい、まるで今ある景色がこの世のすべてであるかのように感じた。

 

 ああ、とダイスケは思う。

 曇りなき空は――こんなに、綺麗なのか。

 

 そうして、彼女の眩しい笑みを見て。剥き身の若さを一身に感じて。

 ダイスケは、かつての自分を想起するのだった。

 

「…………は」

 

 そうだ。

 もっと単純な話でいいのだ。

 何を複雑に捉えていたのだろう。

 

 悩むのなら、一度立ち止まってみればいい。忘れたなら、思い出せばいい。

 そんな当たり前のことを忘れるくらい、知らず知らずのうち、心のゆとりを失っていたようだ。

 自分に向けられる優しい笑み。この暖かい雰囲気。心を満たす歓喜。人が人で在れるこの有難み。

 

 本当に、救われる。

 

 ああ、これが本当の―――魔法なのか。

 

 それこそが、自分が本当に望んで、欲してやまないものだった。

 

 歩き出そう。止まりかけていた足を、また一歩、前へ進めよう。

 だって、俺は生きている。

 死ぬその瞬間まで、前を向いて生きていこう。

 今度は、間違えないから。

 

 

 

 もう、迷いなんて、なかった。

 

 

 

「俺、六課に入るよ」

 

 決意を新たに、自分の行く道を思い描きながら、少年は、少女と肩を並べる道を選んだ。

 もう、迷いたくないから。強くなれるのなら。君のように、いつか抱いた純粋な心を持つことは、多分もう二度とできないけれど、その美しい志と瞳の奥に秘めた想いの根源は、きっと自分も同じように、持っていると思うから。

 また、立ち上がろうと思う。ほんのちょっとだけ、勇気を持つよ。

 

「そう」

 

 短い応え。彼女は問答することはなかった。少年が何故、今ここで決意を胸に、宣言したのか。それはどうでもいいことだった。

 仲間になるというのなら、

 

「なら、これからよろしくね!」

 

 ただ笑って迎えようと、思っていたか。

 スバルは嬉しそうに、笑ってダイスケに手を差し出した。

 その手を握り返しながら、

 

「ああ」

 

 一つ言うべきことがあった。

 

「それと俺、こう見えても―――19歳だから」

 

 

 

 絶叫が響いた。

 

 

 

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