私だけのお星様。   作:神凪響姫

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第一章
第1話 単純な日々は遠く


 

 ―――感情が貴方を支配する。

 

               ~とある少女の独白より~

 

 

 

     ○   ○   ○

 

 

 

 さて、六課に所属することが確定し、これからの衣食住に困らなくなったと現実的な結論に至ったダイスケであるが、その反面、幾多の面倒事を抱えることになる。

 まず組織に身を置く以上、団体行動・公務員の責務・上下関係……と、数え始めると頭が痛くなるが、これまでダイスケが行っていた、個人の意思や利益を重視した行動及び発言は極力控えなければならなくなる。元々、誰かと協力するのもやぶさかではないと考えていたダイスケにとって『頼もしい』仲間ができるのはそこまで問題ではない。

 重要なのは、管理局という、本来権利を分散させるべき権力を局所集中させた存在の一員となることだ。

 

 ダイスケは一通り、聞ける範囲で管理局という枠について理解を示している。本来、立法・司法・行政の三種は近代国家に多大な影響を与えるほど確立されたもので、それぞれがお互い出すぎた真似をせぬよう牽制し、諌める構図となっている。

 だがこの管理局、あまりに強大すぎるせいか、その行いを咎める抑止力が存在しない。他の世界にまで手を伸ばし、犯罪行為を見咎め、時には崩壊から救い、人々を助ける。成程、立派な行いだ。それはまさしく公務員のあるべき姿であり、為すべきことだろう。

 

 それだけが全て、ならば。

 

 組織の構成上、上層部の意思が末端にまで確実に浸透することは無い。かつてダイスケがいた世界にも、多大な影響力を誇り、他の世界を統べるに相応しい権力者を頂点に据えた組織や国家は確かにあった。だがどれも例外なく、内部の腐敗や分裂、或いは民の反逆によって悲惨な末路を辿っている。理由は様々だが、大概組織側に問題があるがゆえに滅びを迎える。

 

 その例の一つとして、権力集中による独裁の横行、というものがある。

 

 昔話をしよう。とある国家を統治していた王が、歴史上稀に見る稀代の天才であったがため、家臣の手を借りずとも、国の運営を行えるだけの才覚に恵まれた。民に信奉され、部下に恵まれ、新設当初は至高の王と謳われ、数十年にわたって世界最大級の帝国を築き上げたという。

 無論、それも長続きすることはなかった。一人の意思による統治とは即ち国の命運を左右する権利を持つのはその『王』だけということ。つまり、彼の臣下はただのおまけであり、いてもいなくても『関係ない』存在だったのだ。そこで彼らはようやく思い至るのだ。もし彼が敵に回れば、恐ろしい事態になると。

 

 だから、臣下は王を殺害した。

 いつしかその脅威が自分たちに及ぶと危惧したがための、最悪の結論だった。

 彼の王は決して己を驕ることのない人格者ではなかったが、民や部下を信頼せず己だけを信じ、独裁を敢行し反感を買うほどに、独裁者であった。

 

 管理局は、その話を彷彿とさせる体系を維持していた。

 確証に至ったのは、最高評議会の継続だ。

 聞けば旧暦時代から世界の平定に努め、黎明期を支えた三提督と同様、いやそれ以上の活躍で、優れた指導者であったと書物に記されている。 

 だがそんな彼らこそが、現状の管理局を生み出したとするならば、やはり人は月日の流れと共に歪みを得てしまうということだろう。

 

 というか、人の寿命を超越した人生を送っておいて、死亡報告がどこにもないのなら、どこかで生きているのだろう。不老化や長寿改造の話は聞いていない。クローン技術も欠陥が発見され未完成だと聞く。ダイスケの世界でも、とある理由で全面禁止されていた。

 

 何だか妙なところに配属されることになったもんだ。ダイスケは心の中でため息をついた。

 ともあれ。

 管理局に、正確には機動六課に所属すると決めたならば、その一員として、恥ずべき行いはせず、これから平和な世を築き上げる一員として、ただただ精進していけばいいだけの話だ。

 

 未来は人々の手によって作られる。

 それは、世界が異なろうと、変わることはない。

 

 

 

 

 

「――――――おい、現実逃避はそんくらいにしとけ」

 

 スカーン、と良い音を立ててアイゼンで頭を殴られた。

 頭が揺れる。灰色の脳みそがぐわんぐわんと揺れている。

 

「嘘つけ、脳みそ三グラムくらいしかなさそうな頭しやがって」

「なんで人の考えが分かるん……ですか」

 

 一応、上司ということになったので、立場上、ダイスケは言葉を改めた。

 が、ヴィータは口を尖らせ、

 

「敬語はいい。そんなキャラじゃねぇだろ。つーか、そっちはどうでもいいんだよ。オメェこれから何すっかちゃんと理解してんのか?」

「理解してるから現実逃避してるって分からない?」

「ちゃんと目の前の事実と向き合わねぇと成長できねぇぞ」

「向き合っても物理的に成長できてない人に言われぐあっ!」

 

 二発目が入った。

 

 ……機動六課に入隊を決意した、次の日のこと。

 

 

 

 

 

 

   第一話 単純な日々は遠く

 

 

 

 

 

 

「にゃはは……。そんな気構え無くてもいいのに」

 

 六課の制服ではなく、白いバリアジャケットを身に纏い、紅い宝石が眩しい杖を構えた少女、高町なのはは、苦笑しつつ、言う。

 

 だがその目は真剣である。真剣と書いてマジである。

 どうやらヴィータと戦った少年の実力に興味を示したのか、それとも教導官として心動かされたのか、模擬戦が提案された際、口を開こうとしたシグナムよりも早く、彼女はこう言ったのだ。

 

「じゃあ、私と模擬戦、やってみない?」

 

 殺ってみない? と聞こえたのは、恐らく精霊の囁きが原因だろう。

 視線を動かし、窺い見る。

 やる気満々である。

 やる気その気大好きなんてレベルを遥かに超越している、清々しい笑顔だった。

 

 ……まぁ、実際のところ、力量が明確化されていない少年を唐突に戦力としてカウントすると宣言しても、隊長以下部隊員全てが納得するとは到底思えないので、ここで役立つことを証明しろ、ということだ。異世界の住民であるダイスケは士官学校に通うことも出来ず、そのため正式な隊員としては数えられない。あくまで民間協力者という立場になるのだが、それが十歳前後の少年ともなれば疑わしく思うのも無理なき話だ。

 

 とまぁそんな事情もあって、模擬戦と相成ったわけである。

 

「おっちゃんトイレ」

「おっちゃん待てよ。実力を見るいい機会なんだ、ちゃんとやれ」

 

 おっちゃん泣きたい……。顔は鉄面皮、心は号泣、そんなダイスケの心境を悟ったのか、同情的視線がフェイトから送られてきた。どうでもいいから苦笑してないで親友を諌めて欲しい。そう願うのは厚かましいだろうか。そしてその隣に佇むシグナムは舌打ちでもかましそうな顔でこちらを、より正確に言うとなのはを睨んでいた。アレは新人を撃ち落とさないかという不安からくる怒りの表情ではなく、獲物を横取りされて忌々しく思う狩人のそれと近かった。味方がいねぇ。

 それでも、それでも八神さんならなんとかしてくれる……! 期待を込めて、若干離れた位置で見守っていたはやてを見ると、彼女は天使もかくやというスマイルを浮かべ、表情でこう語っていた。

 

『人生楽ありゃ苦もあるっちゅうことやな』

 

 ダメだこりゃ。

 ちなみにリインははやての頭の上でふんぞり返っていた。どうやら数時間前の会話をまだ根に持っているらしい。身内に厳しく時に激しく。これが六課の掟だそうだ。どこの軍隊だ。

 顔色の悪いダイスケに見かねたのか、なのはは安心させるように微笑む。

 

「大丈夫だよ。『能力限定』って言ってね、私やフェイトちゃん、シグナムさんやヴィータちゃんには出力リミッターが設けられていて、今の私はAAランクくらいにまで魔力が落ちてるの。接近戦が主体のダイスケには厳しいかもしれないけど、ちゃんと手加減するから。ね? レイジングハート」

《OK.I will destroy your fack'in fantasy.(はい。あなたのふざけた幻想、この私がぶち壊してみせましょう)》

「……え、何? い、今なんて!?」

《No problem,master.It's a joke.Let's battle,hurry.(問題ありませんよ、ええ。冗談です。さぁ、早くしましょう)》

「……これは、アレですね。言外で『死ね』と言ってるようなものですね」

「……なのは。一応仲間で新人なんだから、開始二秒で撃墜とか止めろよ?」

「高町は時折我々が引くくらい華麗に見事にかますからな……」

「大丈夫だよ! な、なのはだってそれくらい考え、て、る……よね?」

 

 同僚からも凄まじい意見が飛び交っていた。誰もフォローに回らない辺り、それぞれ胸に否定しがたい要素を抱えているようだった。

 さすがに不憫に思ったのか、肩を落とすなのはの後ろから、はやてがそっと歩み寄り、肩を叩いた。

 

「なのはちゃん……。世界はな? いつだって理不尽なんやで?」

「はやてちゃん、それ違う人のセリフだよ……」

 

 もういいよ、と手を振り払い、歩き始めるなのは。

 とにかく、結局やる羽目になったしまった以上、出せる実力を全て出し切り、良いところを見せるしかない。

 ……最初から勝利を目指さない辺り、彼我の力量を正確に捉えていた。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ああ、せいぜい即刻退場なんてならねーよう気をつけろよ」

 

 先行するなのはについていくダイスケ。その背中が、どこか特攻を控えた兵士のそれと見えたのは、きっと疲れているせいだと、一同は暖かい眼で見守るのだった。

 

 

 

 やがて二人が立ち止まった頃。

 

「意外だな」

「あ? 何がだよ、シグナム」

「お前が他人に、それも会って間もない人間に対し気にかけるとは。そんなにあの少年はお前の興味を引くに値するのか?」

「バッカ、ちげぇーよ。そんなんじゃねぇ。ただなんつーか……アレなんだよ」

「ほう? 何だ」

 

 問われ、ヴィータは視線を逸らし、考え始める。

 んー、と腕を組みつつ唸り、上を向き、下を見て、ややあってから、

 

「わかんねぇ」

「……お前、もう少し考えてからしゃべるようにしたらどうだ?」

 

 そーだなー、と気の抜けた返事をしつつ、視線を訓練場の中へと向ける。

 既に観戦モードに入ったらしい。会話はそこで終わった。

 

(……騎士としてではなく、一戦士として、興味を抱いた、か)

 

 見ればフェイトも、手を拳にして静かに見つめている。

 片や魔力ランクAAにまで落ちているとは言えど、十年近くにわたり戦い続け、数々の功績を残した、エースオブエースの名を頂く魔道師。

 片や貧民街にて育ち、魔法なしでもガジェットを破壊する脅威の戦闘能力を誇る、しかし常人並みの魔力しか持たぬ少年。

 結果は差ほど重要ではないとは言えども、やはりシグナムも、この模擬戦の過程と結果は大いに気になるところ。

 

「どうなることやら……」

 

 ため息をつくと同時、視界の中で二人は動いた。

 

 

 

 既にある程度、自分の上司の能力や戦闘スタイルを把握していたダイスケ。だからこそ、彼は嘆息を禁じ得ない。

 魔力値が低いダイスケは、魔法を連発することができない。無論、あまり上手くもない飛行魔法もそれに含まれる。基本的に知略を巡らし懐に突っ込み、アームドデバイスによる近距離攻撃を行う。『今の』ダイスケには、それくらいしか能がない。魔法以外の力が使えないとなれば、尚更勝機は限られる。

 一方、なのはは噂に名高い砲撃魔道師だ。ダイスケの手が届かない範囲から膨大な魔力任せの連続射撃を叩きこまれればひとたまりもない。

 無論、ダイスケとて魔法射撃や砲撃ができないわけではない。何度か自作のアームドデバイスで活路を開いた時もあった。

 

 だが、使わないに越したことは無い。

 理由は幾つかあるが、一番の理由は、不確定要素に頼りたくないというものだ。

 ダイスケのデバイスは正規のものではなく、彼自身が改良を施したものだ。安全を考慮し非殺傷設定は解除されておらず、威力や射程、消費魔力も彼に合わせたセッティングを行ってある。一度これらの武器は検査され、プロテクトを用意し精査を少々誤魔化したと言えど、どういった改造が施されているか見抜かれているはずだ。相手とて素人ではない。

 今まで連続使用した記憶もなく、ある一点を重視した特化型となっている。

 

 だからこそ、使うのを躊躇う。

 これは模擬戦だ。相手を殲滅する戦いでもないし、命と魂を賭けた決闘でもない。

 無茶な力は身を滅ぼしかねない。ダイスケとて、その事実は身をもって知っている。

 しかしまぁ、それを向こうが分かって使っても良いと言うからには、相手が相応の実力を持っているからか、それとも、

 

(単にこのデバイスの真価を見届けたいからなのか……)

 

 どちらも、というのが正解だろうか。自他共に『そこまで』傷つけるモノではないと踏んだからかもしれないが。

 デバイス自身の非殺傷設定は健在だ。全力で相手をぶっ飛ばしても死なない。素晴らしいことだ。もっとも、全力でぶっ飛ばされる可能性が大いに高いのは、間違いなく気のせいではない。 

 

「あ、言っておくけど、魔法が使えるのは知ってるから。使いたければどんどん使っていいからね?」

 

 ニコニコと嬉しげに話すなのは。

 この野郎上等じゃねぇか……。心中で何故か乱暴な口調になるダイスケ。

 まぁいい。

 

「んじゃ、諦めてやるとしますか」

 

 

「それじゃあ始めるよ? レディ…………ゴー!」

 

 

 

     ●   ●   ●

 

 

 

 開始の声と共に、ダイスケは全力で後退した。

 射撃、誘導。撃ち合いになれば確実に被弾、それこそ何もできぬまま撃墜で終わる。

 空を飛ばれても厄介だ。広い視野を維持されては更に被弾の危険が増す。

 そのため、市街戦というその土地を大いに利用し、相手のアドバンテージを極力減らす方針を立てた。

 もっとも、それは相手も承知しているはずだ。

 だから、

 

「う……っ!」

 

 悪寒が全身を襲う。背中から冷たい空気が流れ込んでくる。

 全身のバネをフルで動員。なりふり構わず、建物同士の隙間、路地の中へと飛び込んだ。

 

 直後、桃色の弾丸が足元の大地を抉り取る。

 アクセルシューター。誘導付きの射撃魔法としては初歩的なものだ。

 だが、

 

「……一発でも喰らったら即終わりだ」

 

 手加減とはよく言う。相手を確実に卒倒させる程度の威力を孕んでいた。

 速射砲並みの発動速度。全力で動いたにも関わらず追尾する誘導性能。一撃必倒を掲げるだけの威力。

 どれもこれも、現状では脅威でしかない。

 

 ……などと考えていたのも束の間、ん? と顔を顰めたダイスケは、一秒ほど硬直し、やや沈黙してから、顔を青ざめさせ、すぐに路地の奥へと走り出す。

 直後、建物の壁が悉く爆砕した。

 

「貫通力が桁違いだ……!」

 

 自分もある程度、砲撃魔法や射撃魔法を使える。過去に相対した犯罪者も同じ系統の魔法を行使していた。

 それとは比較にならない。

 アレでは人間砲台の名を頂いても見劣りすまい。

 効率など無視。壁があるならブチ抜けばいい。そんな声が聞こえた気がする。

 

「無茶苦茶やってくれる……!」

 

 走りを緩めず、ダイスケは口の端を歪めながら、反撃の糸口を掴もうとしていた。

 

 

 

 その光景を見ていたなのはは、少なからず驚嘆していた。

 

「ふぅん、これくらいは避けるんだ……」

 

 手ごたえを感じず、なのはは全く落胆した様子もなく呟いた。

 ガジェットを無傷で破壊できるほどの腕だ、この程度で落ちるとは思っていない。が、AAランクの技を手加減で数発ほどしか同時発射してないとはいえ、誘導性はそのまま、威力も差ほど低めていない。加え、魔法を行使したわけでもなく、直感で貫通攻撃を避けた。これは評価に値する。

 とはいえ、まだ始まったばかり。まだまだ戦いは続く。

 

「さーて、あの子はどう反撃するのかな?」

 

 若干の期待を込めて、なのはは歌うように呟いた。

 

 

 

 射撃魔法……威力が低く軌道が直線的だ。

 砲撃魔法……発動に時間を要するうえ限度がある。

 接近戦に持ち込む……あの鬼のような連射を掻い潜って?

 

 物陰でじっと身を潜めながら、ダイスケは思考の海に飛び込んでいた。目を閉ざし、外界の情報を一切排除、瞬きほどの間に己との質疑応答を幾度も繰り返す。

 相手は飛行魔法を行使できる。既に空の上からダイスケの行動を観察しているかもしれない。いや、既にこちらへ向かっているはずだ。魔法が飛んで来ないのは、居場所を把握している最中なのか、それともこちらを試しているのか。

 

「……戦地では己に最悪の手を施策されると仮定すべし。戦場で思考にふけるのは死を得る最善手と断定すべし」

 

 下手の考え休むに似たり。

 ダイスケは思考を一旦止め、閉ざしていた眼を開いた。黙々と考え込んでいた時間は十数秒だが、この間に初っ端の射撃からくる緊張と恐怖は消え失せていた。

 

「どうせ模擬戦なんだ、別に負けたって――」

 

 どうでもいいし、と言おうとしたところで、

 

「―――、はぁ」

 

 止めた。

 何をいきなり後ろ向き発言しているんだ。相手が格上? 空を飛べない? 攻撃が届かない?

 そんなの、『いつもの』ことだ。

 

「伊達や酔狂で、あんな劣悪な環境で育ったわけじゃないってね」

 

 フッ、と息を吐き出し、心機一転。

 勝てる見込みは薄い。空を飛ばれたら困難。己の速度、射撃力、砲撃可能回数、近接攻撃の射程範囲。敵の回避性能、デバイスの反応速度、最大砲撃可能範囲、誘導性能、魔力量、相手の心理状況。

 何もかも使い、勝利を収める。

 この世の正義はただ一つ。

 勝て。

 

「久々だ。これほど命の危険がなく、しかし緊張感ある戦いは」

 

 なら、

 

「どうせなら―――清々しく勝利したいもんだなぁ」

 

 言い終えてから、ダイスケは立ち上がった。

 

 

 

 一方。なのはは案の定、地上から十数メートルほどの場所で待機していた。

 既に相手の居場所は突き止めている。ビルとビルの間、路地で立ち止まったまま動かないのを知り、なのははその時点で停止した。

 ビルごと撃ち抜くのは容易い。それは先ほど身を以って教えたはずだ。

 考える程度の時間と猶予は与えた。

 

「どう出る……?」

 

 まだ動かないなら、問答無用でビルごと粉砕するのも手かな。さらっと恐ろしいことを考えたなのはは、レイジングハートを槍よろしく構えようとした。

 瞬間、

 

《――Protection》

 

 ビルが倒壊した。

 内側から突き崩すように発射された青い弾丸が、ビルの外壁をぶち抜き、空目がけ飛んで行った。

 しかし比較的強固なラウンドシールドを張らず、防御力の低いプロテクションをレイジングハートが展開したのは、理由がある。

 

「……誤射、かな? それともこっちの位置を把握するため、かな」

《I don't know》

 

 青い弾丸は、なのはとは別方向へと飛んで行った。それも、見当違いの方向へ。

 結果として、弾丸の勢いに乗せられ空へと舞ったビルの破片がなのはの方へ飛んできた。プロテクションが展開されたのはそのためだ。

 どういうことかな、と疑問に思うと同時、再び弾丸が発射される。粉塵のカーテンを突き破り、青い閃光が一直線に走る。

 今度の狙いは正確だった。

 

「そんな攻撃が……!」

 

 当たるわけがない。

 防御すら行わず、軽く右へ身をかわすに留める。彼我の距離は三十メートルほどか。これだけの距離があれば目視してからでも十分回避できる。

 弾速がやや遅いことも、回避を容易にする原因の一つだろう。

 次が来た。

 

「今度は……!」

 

 連続で二発。一直線に一発、やや発射元がズレたのか、斜め下からもう一発。

 避けられる。そう思い、上へ逃れようとした。

 しかしそれを読んでいたが如く、先に発射された弾丸が上へとホップした。誘導性任せの軌道ではなく、最初から読んでいたかのような動き。

 操作しているの? 疑問に思うも、行動は既に完成している。左手にミッド式特有の、円形内部に正方形が描かれた魔法陣が出現、今度はラウンドシールドを展開する。

 確実な防御を行った。

 光が弾ける。威力は低く、ぶつかった瞬間砕け散った。

 しかし、

 

「―――ん?」

 

 それさえも読んでいたのか。もう一発は誘導性に優れていたらしく、あまり鋭くなく、しかし確実に直撃する緩やかなカーブを描いて飛来する。その際速度が急激に上がり、先の一撃に遅れること僅か一秒。

 時間差攻撃だ。

 だが、

 

《Next》

「問題ないよ」

 

 片手でしか防御できないと踏んでいたのか。だとしたら、甘い。

 下へかざした右手が、ホップする弾丸を弾く。無論、シールドは完璧だ。疑る余地は無い。

 表情一つ変えず受け切ったなのはは、発射元を見る。まだ煙は晴れないが、向こうは次の攻撃を用意しているのか、次弾が飛んでくることはなかった。

 諦めたのかな、と小首を傾げ、

 何かが爆砕する音が聞こえ、同時、

 

「な……っ!」

 

 巨大な砲撃が襲ってきた。

 

 先ほどの人間の頭部程度の大きさの弾丸とは比べ物にならない、それこそなのはのディバインバスターを彷彿とさせるような一撃だ。

 人間を軽く包み消し飛ばす膨大な光量。

 驚愕は一瞬、しかしすぐさま気を取り直し、シールド。

 

 今度は若干押された。が、それも僅か、ほとんど後退させることなく、またシールドを打ち砕くこともなく、砲撃は目的を果たせず潰える。構築していた魔力が分散され、僅かな驚きを見せるなのはの顔が窺える。

 先程の二連続の射撃から、今回の次弾発射までに要した時間は、たったの五秒。

 威力こそ外見ほどではないが、威嚇と牽制には大いに役立つだろう。

 

「やるね……」

 

 しかし、それだけで終わりなのか。

 言外にそう含みを持たせ、しかしどこか楽しむような口ぶりだった。

 

 

 

 一方、ダイスケは大いに唖然としていた。

 

「……化けモンかあの人」

 

 今しがたダイスケが放った砲撃は、現状、彼自身の出せる最高の威力を誇る砲撃魔法だ。収束度、魔力量、速度、全てを三年間調整し続け、適当な具合に仕上げた。あまり魔力を持たないダイスケは、射撃による連射掃討や砲撃による制圧を不得意としている。湯水のように魔力を消費すれば、瞬く間に魔力切れを起こしてしまう。

 だから彼は無駄撃ちができない。先の攻撃、あれはいずれも相手の反射速度や防御性能を確かめるためのものだが、最後の一射は、あわよくばと思い撃ち放ったものである。

 

 それを容易く防御されたとなっては、悪態の一つでもつきたくなるというもの。

 ラウンドシールドを貫通できるとは思ってはいない。それでも後退させ、運が良ければ回避行動に走るのでは、と淡い期待を抱いていたが、甘い幻想だった。

 余裕を僅かでも見せればやられる。ダイスケは今一度、相対する者の実力を認めざるを得なかった。今の自分が全力を出せたとしても、ほぼ間違いなく勝てないと。

 

 しかしながら、まだ敗北が確定したわけじゃない。

 

 煙を上げる銃身を下げる。

 今撃ったのは、ダイスケが常々腰元から引き下げているビームライフルだ。『未完成』のカートリッジシステムを搭載し、一発に通常の砲撃魔法と同等の威力を引き出せるよう調整を施してある。端から聞くと垂涎物ではあるが、無論、これは一般市場に出回るようなデバイスではない。

 

 何せ、このアームドデバイス、ダイスケが違法改造を施したものなのだ。

 

 より効率よく破壊し、より手際よく装填し、そしてより都合よく完遂する。それを叶える武器が、これだ。

 

 それも、相手には効かない。

 犯罪者連中とはわけが違う。あの驚異の反応速度だ、例え死角から放ったとしても反射神経だけで回避しそうだし、そもライフル弾が直撃したところで撃墜に至るかも怪しい。それだけ本人の能力も高く、またデバイスも秀逸だ。無駄に金がかかるインテリジェントデバイスを伊達や酔狂で相棒としているわけではない。

 実質二対一で戦ってると考えてもよさそうだ。

 

 刀身型のアームドデバイスが一丁。

 今しがた撃ったばかりのビームマグナムが一丁。

 武器ではないが、鋼鉄の車輪のような物体が二つ。

 

(どうする……)

 

 自問自答する間も与えられず、内心歯噛みするダイスケ。

 

 

 

 

 

 

 ―――話は2時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「当然のことやけど、君の持っとった兵器はほとんどが没収されるで」

「……え?」

「『え……?』やないで。君、まさか違法武器をブラ下げて街中練り歩くつもりか?」

「衝破銃も? 伸縮警棒WPEも? RWJ腕時計とか、高密度炭素繊維防刃服とか、MLOA-ロングワイヤースティングも?」

「名称は知らんが、武器は厳禁やな。人を傷つける可能性のあるモノは基本禁止と思ってええ。ここでは魔法が基礎概念やし」

「大人はそうやって子供から全てを奪う……!」

 

 魔力を介さない装備はほぼ全て法に抵触する、ということだ。

 武器は勿論のこと、他の補助品も含まれる恐れがある。

 

「君の所持品はほとんど解析できんかったからどうとも言えんけど、多分、銃と警棒の没収は確実。腕時計は……まぁええやろ。服は新しく制服とバリアジャケット一式が用意されるから安心せえ」

「ワイヤーも?」

「腕につけとったアレか? アレはまぁ……せやな、刃をどうにかすれば使えんこともないで」

 

 うーん、とダイスケは唸る。

 武器は今後デバイスが中心となる。防護もバリアジャケットと魔法でカバーできるし、攻防の面では恐らく安泰だろう。

 問題は機動性だ。

 ダイスケは飛行魔法をほとんど使えない。飛べても地上数メートルを浮遊する程度のもので、狙い撃ちされるのが関の山だ。近距離戦闘に特化するのであれば、飛行能力を持つガジェットと交戦する際、確実に飛翔力が必須となる。

 ならば、

 

「二つだけ、所持する許可をもらいたいものがあるんですけど」

「どれや?」

 

 

 

「AGGブーツと、ロングワイヤースティングです」

 

 

 

 

 

 

 ―――ダイスケの世界は科学と異能が同時発達を遂げ、そのうち科学は絶対法則に抵触する領域まで至っていた。

 

 即ち、重力と空間だ。

 衝破銃もAGGブーツも、いずれもその恩恵を受けたものだ。

 AGGブーツとは、正式名称アンチグラビティ・ギヤブーツと言い、ダイスケの世界では既に『流行遅れ』とされる、骨董品レベルの装備だった。

 AGGドライブという、重力を自在に操作し空中を飛翔するのに必須とされる反重力場発生機関が開発されてから、大きくかさばり、反重力場を精製する反重力ジェネレーターなる重要機関が無防備に晒されるギヤブーツは自然と廃れ、またその利便性から軍事転用が検討されていた。

 

 ダイスケとて、AGGドライブを優先的に製作していたものの、彼の知識と持ちこんだ部品では到底作ることは叶わず、運良く反重力ジェネレーターを一つ所持していたため、持ち得る限りの手を尽くし、ようやく完成した。

 それがAGGブーツ―――空間を自在に飛翔するアイテムである。

 左右のブーツの外側面に鋼鉄の車輪のようなものが付着している。これが空間座標を演算する機械であり、その中心部にジェネレーターが装備されている。

 起動時には車輪がブーツから離れ、車輪間に反重力場を形成する。後は体重移動でブーツ底面に取り付けられたセンサーと車輪の機器とが連携して動き、空中を自在に動き回れる、という仕組みだ。

 

 問題は、そのジェネレーターを保護するモノが何もない、ということだ。

 

 車輪は足元の空中に浮かんでいる。それがなくなってしまうと、片方の車輪だけでは反重力場が上手く形成できなくなり、飛行が不可能になる。ホバリングか降下がやっとといった具合だ。

 これを破壊されると、抵抗もできず墜落するしかない。

 

 さらにここで問題として加わるのが空間圧縮技術だ。このギヤブーツにもその技術が活用されており、車輪が破壊されれば圧縮空間が崩壊する。その際、圧縮されていた物質や炎が一瞬にして元の状態に戻る。

 結果だけを語ると、小規模な爆発を引き起こす。

 懸念すべきはそこだ。下手をすれば自分を巻き込みかねない。

 

 だが、使わねばなるまい。

 危険は承知。そもそも多少のデメリットを覚悟せねば、勝利を掴みとれない。

 

 だから、行こう。

 大いなる空へ。

 

 

 

 

 

 

 そうして、全ての者の視線をくぎ付けにした。

 

 

 

「な……!?」

 

 突如、未だに残る煙を突きぬけてきた物体を目にしたなのはは、一瞬思考が停止した。

 少年が魔法を行使する、というのは、既にヴィータから聞き及んでいる。なのはも先の戦闘記録には目を通し、彼の戦闘パターンをある程度は把握している。

 加えて、彼が飛行魔法を使えないというのも知っていた。使えるならば、登場した時に使わない理由がない。ワイヤーでの動きに比べればデメリットなど皆無に等しい。

 だから、驚かされた。

 

 魔法も使わず、空へと舞い上がった少年の姿を目にして。

 

「飛行魔法もナシに飛べるなんて……!」

 

 なのはは見た。ダイスケの足元、両足の側面から少し離れた位置に、銀色の車輪が浮かんでいる。あれが恐らく、彼に飛行能力を付加する存在だろう。

 あれを撃ち抜けば、とレイジングハートを即座に構える。

 

 させるか。ダイスケはすかさずビームマグナムを構えた。

 

 ―――ともすれば、空中を自在に飛び回る術を得たダイスケが互角に渡り合えるようになった、と思えなくもない。

 だが、ここに至るまでダイスケが使用しなかったのは、無論、極力秘密に留めておきたかったというのもあるが、AGGブーツの機動力にもあった。 

 自在に飛び回ることを約束する飛行魔法と異なり、AGGブーツは空中を飛びまわることができない。

 

 何故なら、弱点を思いっきり晒した状態で飛翔しているからだ。

 

 ただ飛翔するだけならば問題はない。だが、今は戦闘中だ。明らかに重要機関と思しき物体が無防備に晒されていれば、誰でもそこを叩きにかかるだろう。

 現になのはは、既に虚空に浮く銀色の車輪が飛行を可能にしていると見抜き、破壊すべく動いている。

 ゆえに、ダイスケは自分と車輪を同時に守らねばならなくなった。

 そのため、一度防戦に回れば、確実に詰むと悟っている。

 

 だったら、

 先にこちらが撃ち落とすしかない。

 

「カートリッジ、装填」

 

 がぎがぎ、がぎがぎがぎ、がぎん

 と、不協和音に近い、カートリッジの装填音が連続して響く。

 

「―――!?」

 

 明らかに無理を行ったその行為に、誰かが目を剥き驚愕する気配が伝わって来る。

 これで言及される要素がまた一つ増えた。

 

 だが、構わない。

 

「Fire all the――」

 

 銃身を上げ、目標を定める。

 

「――Flare Napalm bullets!!」

 

 銃口が火を噴いた。

 

 後部リボルバーが回転し、撃鉄が叩き落とされては回転し、次弾が装填される。

 一射ごとに凄まじい衝撃が生じ、それはダイスケの身体も容赦なく揺るがすが、彼は無視した。

 

 撃ち続ける。

 

 フレアナパームは燃費の悪い砲撃魔法だ。一射のみと限定することはできず、一定以上の魔力を消費せねば行使できない。しかも、内容は単純明快で、『高威力の砲撃を連発する』だけだ。

 つまり、一度使うと、複数個のカートリッジを消耗するので、たちどころに魔力切れが生じてしまう。

 加え。

 この威力でこの衝撃。撃ちどころを考えねば、隙を晒すだけに終わる。

 

 だから、この交戦で決める。

 

「く……っ!」

 

 苦悶の声は、なのはから聞こえた。最初の一撃を受け止めたなのはだが、しかし予想を遥かに超える衝撃に耐えかね、後続の連射を受け切るには至らず、やがて回避行動に移る。降り注ぐ赤い流星の間隙を縫うように移動する姿は、まだどこか余裕を残しているように窺える。

 

 ならば、と更にカートリッジをロード。人間の頭程度のサイズだったフレアナパームだが、魔力追加を施すと威力は向上する。

 一際大きいナパーム弾が空を切り裂き、飛んだ。

 皮一枚のところで回避される。

 

 だが、それも計算のうちだ。

 

 なのはの左右から、光弾が迫る。

 

「―――!?」

 

 驚愕するなのはの気配が伝わって来る。それはそうだろう、と内心ほくそ笑んだ。

 何せ、つい先程まで『見えなかった』のだから。

 原理は単純だ。光の屈折角を少々弄り、人の可視領域から外れさせた。デバイスが察知する可能性も考慮し、直前まで意識を別の方へ逸らした。

 だから、このフレアナパームは有効なのだ。

 

 防御態勢に入る。一度守りに入られるとダイスケの通常射撃では貫通に至らない。

 続くフレアナパームが唸りあげた。

 もう残る魔力は底を尽きかけている。早く、早くと内心焦りながらも、その時を待っていた。

 

「く……!」

 

 一度体勢を整えるためか、なのはは大きく後退し、ビルの側面を大きく迂回し、こちらからは死角になる位置へと降り立った。

 地面に降りた。

 好機。

 

「……!」

 

 瞬時にビームマグナムを下したダイスケは、ビルの方向へ飛翔した。AGGブーツの出力を最大に上げ、息をつく暇すら与えんとばかりに直進する。

 ビルの角へ着くと同時、ブーツの電源を切った。

 地面へ降り立つ。

 

 予想より大いに魔力を消費したためか、僅かに立ちくらみに似た現象が襲う。

 だが、それにかかずらう暇すら惜しい。

 

「は―――!」

 

 熱を吐き出し、その手に刀剣型デバイスを持って、ダイスケは走り出す。

 

 

 

 なのははダイスケが視界の端で降り立つのを見た。

 

(これが狙いなの……!?)

 

 空戦を行える自分と違い、ダイスケは空を自在に飛べない。だから地上に下ろす方が勝率も高くなる。そう踏んだのか。

 しかし、その決断は甘いと言わざるを得ない。自分の得意分野は当然のことながら、不得意とされる近距離戦を想定していないと思ったか。そもそも、なのはは別段近距離戦闘を苦手とはしていない。ただ単純に、スタイルが砲撃系ゆえ、得意ではないだけだ。

 ゆえに、他者から弱点と思われている近距離にまで踏み込まれても、冷静に対処できる。そも教導官に就くにあたり、あらゆるケースを想定した模擬戦を数多くこなしたなのはだ。この程度の事態で心を乱すはずもない。

 

 そう、だからこそ、近づく少年を迎撃することも、容易いと考えていた

 

 だが、

 

「―――え?」

 

 なのはは自分の感覚を疑った。

 

 

 

 見えている。

 だが、解らないのだ。

 

 

 

 視界の中、ダイスケは自分に向かって直進している。前へ前へと走りこむ姿を捉えている。

 しかし、その事実が脳へ正確に伝達されても、返って来る答えはただ『解らない』の一つのみだった。

 認識できない。

 例えるなら、そう、

 

 ズレているのだ。

 

 視覚でも、聴覚でも、その他全ての感覚でも、ダイスケの存在を知覚できない。目の前にまで迫る少年という存在を、自分は全く認識できていない。

 どういうこと、と焦るなのはは、決断を迫られる。

 

 

 

 ――己の中に突如として生じた焦燥と困惑を表に出さないなのはの姿に、ダイスケは正直感嘆していた。

 人間、理解の外にある事態と直面した際、大抵の人間は目に見えて狼狽する。その点、彼女は自分の焦りを決して晒さず、冷静を保つべく身構えている。流石だ、という感服の念を抱き、ダイスケは緊張を高める。

 

 別段、ダイスケが行ったのは特殊な能力じみた行いではなく、ただ純粋な体術のよるものだ。 

 人間が無意識に放つ知覚の網、例えば五感などがそれに当たるが、そこに僅かなズレを生じさせる。一つ一つは違和感を抱く程度だが、それが数を重ねることで大きな波紋となり、波は一つの異常を引き起こす。

 認識から逃れる。

 

 それがこの、『歩法』と呼ばれる体術の正体。

 

 相手が自分を捉えようと集中すればするほど、知覚は鋭敏化し、それと同時、網は狭まり、結果として逃れやすくなる。

 無論、この技は完璧とは言い難い。使い手の熟練度如何によるが、この技はあくまで相手の認識から逃れるものだ。つまり、相手の感覚に依存した力。人それぞれ感覚の程度には個人差と言うものがあり、例え親兄弟であろうと大いに異なる。その人の感じ方や物の捉え方を、一朝一夕で把握できるほどダイスケは熟練した腕前を持つわけでも、他者への観察眼に優れているわけでもない。 

 

 だから、この歩法は未完成であり、未熟だ。

 

 自分の感覚に絶対の自信を持つ者であればあるほど、この歩法によって生じる驚愕と困惑の度合いは大きい。しかし、このカラクリに気づけば、誰であろうとすぐ看破できる。要は今の自分の感覚を掌握されたようなものなのだから、一度息を止めるなり目を閉じるなりして、自分の感覚を『変えれ』ばいい。戦闘慣れした者でも、戦いの場において隙を晒すその行為にすぐ及ぶ者はいない。

 されど、相手は魔導師、そして熟練者。自分との力量差は歴然としている。

 同じ技で作れる隙は一度きり。二度は無い。対策を練られてしまう前に倒す。

 

 走れ。行け。

 一秒でも一瞬でも疾く、あそこに辿りつけ。

 既にライフルは投げ捨て、手には刀剣型デバイスを握り締めている。AIたるレイジングハートは反応するかもしれないが、薄いプロテクション程度ならば一振りで砕いてみせよう。そして二振りで防御を切り崩し、三振り目で終わりだ。

 

 勝てる、と僅かな慢心が覗かせたのが原因だったのかもしれない。

 

 ダイスケは、その時信じられないものを見た。

 

(―――何!?)

 

 なのはが、こちらを見ていた。

 こちらの方向、ではない。間違いなくあの目の焦点は自分に合わさっている。

 

 歩法が、見破られている。

 

 どういうことだ、と焦燥する彼は、そして、答えを知った。

 リラックスすること。

 自分の感覚を一度カットし、今一度設定を改める。肩の力を抜き、大きく吐息することで、歩法から逃れたのだ。

 

(自分に、リセットかけたのか!)

 

 この土壇場においてその度胸。幾多の戦場を駆け抜けた猛者だからこそできる、その気概。

 最早先程までの知覚の網はリセットをかけたことで消え失せ、そこから逃れていたダイスケは、新たな知覚の網に見事に引っ掛かっていた。

 なのはの目には、驚きに染まるダイスケの表情一つさえ、明確に映っていた。

 

(ちくしょう……!)

 

 舌打ちを零す間もなく、速射された桃色の弾丸が五体を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

「この馬鹿野郎」

 

 模擬戦が無事終了するなり、待っていたのはジト目のヴィータによる罵倒だった。

 

「……いきなり何?」

「お前なぁ、持久戦に持ち込むのか短期決戦したいのかどっちなんだよ! 最初すぐに回避行動とったのはいい。射撃で様子見したのはまぁいい。だがそっからカリカリ回転上げやがって、ヤケにでもなったのかと思ったじゃねーか! カートリッジ全部ブチ込んでぶっ放してなのは引きずり降ろして特攻なんざ自殺願望か! どういう作戦ってか頭使ってんのかー!」

 

 むきー、とでも言い出しそうな勢いで歯を剥き額に青筋を浮かべて怒る少女。最後が支離滅裂なのはそれほど怒り心頭らしい。

 とりあえず、ここは謝るべきか。

 

「どうどう」

 

 腹に蹴りを受けた。理不尽……。

 ひとまず落ち着くまでシグナムが背後から羽交い締めにして確保。意外と常識人寄りな人のように窺えるが、いかんせん初日のインパクトが強すぎて普通に見えると驚きが生じるのであった。

 ともあれ、

 

「さて、反省会しようか」

「全面的に俺が悪いということで終わりにしません?」

 

 ダメ、と笑顔で拒否された。

 残念、魔王様からは逃れられない……!

 効果音が聞こえてきそうだったが気のせいだった。

 

「まずは順繰りに考察していこうか。まずは最初だね。牽制に何発か撃ったけど、よく避けられました。様子見ってことでそこまで威力も速度も出してなかったけど、反応速度は十分みたいだね」

「どうも」

 

 素直に称賛を受け取ることにした。

 

「その後建物の陰に隠れたけれど、……一射目になんで建物ごと撃ったの? 土煙で煙幕ってだけじゃないよね?」

「理由は幾らかありますけど、最たる理由は―――」

 

 理由は? と尋ねるなのは。

 

「―――試し撃ちですね」

 

 向こうで幼女が叫んでいたがダイスケは無視した。

 

 当然だが、冗談である。……三割ほどは。

 最初に建物を崩した理由は、なのはが語った通り土煙で居場所をある程度くらますためだ。もっとも、魔法を使えばすぐに居場所など把握される。だから続けざまに弾丸を放った。

 もう一つは、地上に引き摺り下ろした後の展開を予測したからだ。建物の破片は障害物になり得る。頭を伏せて身を低くすることで極力目視を回避する。それは一定距離まで近づくには適した環境を作るのに一役買ってくれたが、至近距離までに接近する際、自分にとっては邪魔物でしかなく、飛行可能な相手からすればただの路傍の石でしかない。

 そうさせないために、相手が飛ぼうとする瞬間に歩法を発動させた。

 結局、欲しい結果は得られなかったが。

 

「まぁ、自分の弱点を再確認できただけでも十分収穫がありましたし、格上の人と相対する貴重な体験もできたので、有益なことだったと思います」

 

 ありがとうございました、と頭を下げ、そそくさと去ろうとする。少しはしゃぎすぎただろうか。あまり自分を見せびらかす真似は控えたいと考えていた矢先にこれでは先が思いやられる。今更になって後悔していた。

 

 が、

 

「おい」

 

 自室に戻ろうとしたダイスケを、ヴィータは止めた。

 

「ん、何? ひょっとしてまだ怒ってる?」

「それもあっけど、そうじゃねぇ」

 

 まだ怒っているのか、ヴィータは眉間に皺ができていた。

 

 

 

「いいから、ちょっと服を脱げ」

 

 

 

 …………。

 いや、そんなサラっと言われても。

 凄まじい発言になのはやフェイトが口を開けて固まっている。何故かシグナムは興味深そうに「ほぅ……」とヴィータを見て声を漏らした。なんだそのしたり顔。

 しかし一方で、はやては笑っている。というか、爆笑していた。何が面白いのだろうか。まったく分からないし分かりたくもない。

 

 困惑するダイスケや周囲の空気からようやく察したヴィータは、慌てて言葉を追加する。

 

「右肩だ。そこを見せればいい」

 

 拒否すると今にも飛びかかってきそうな真剣なお顔だったので、渋々肩元をはだけることにした。

 肩幅を狭め、流し眼で見つつ、

 

「ちょっとだけよ?」

 

 アイゼンを構えたので急いで裾をまくり、右半身を露出させる。

 

 全員が息をのんだ。

 

 ダイスケの右腕の付け根辺りが、青紫色に変色していた。内出血が激しく、肩の関節に異常が出ているのか、どこか左右の肩の形が異なっている。見ただけでおかしいと、誰もが思うくらいに。

 ダイスケは平然としている。痛みなど忘れたように。

 

「それ、最後の連射のせいか?」

「……まぁ、ね」

 

 躊躇いがちに肯定すると、盛大にため息をつかれた。

 

「まるで欠陥だらけの大砲だな。ビームマグナムだっけか? アレ、一発撃つだけでも相当な負担かかるだろ。オメェのそれも最後のだけが原因じゃねぇな?」

「……よくもまぁ」

 

 ほとんど見抜かれていた。

 思わず感心してしまうくらいの観察眼だった。

 

「……もう行っていいぞ。後でまた色々聞くだろうが、とりあえず今はその肩をシャマルに治してもらえ」

「そーする」

 

 服を直し、ダイスケは何事もなかったかのように立ち去った。

 

「……なのはちゃんと似とるな」

 

 唐突に、はやては呟いた。

 なんで? と言いたげな周囲の空気を読み、キッパリ言った。

 

「痛いクセにやせ我慢してそれがモロバレなところが特に」

 

 本人から猛烈な抗議が来たが、他の者は否定できず俯いたという。

 

 

 

 

 

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