訓練後、自室に戻ると、ダイスケは大きく息をついた。
「……ふぅ」
傍目にも披露に満ちているのが分かる。実際、機動六課の訓練は生半可なものではなかった。軍隊の訓練ほど殺伐かつ厳格めいた雰囲気はないが、内容はかなりハード極まりない。同じ練習を積んだ他のフォワードのメンバーは皆一様に、訓練後には肩で息をして汗水を垂らして文句の一つでも言えない有様だった。あれだけ修練を重ねていれば嫌でも実力は高まるだろう。
ダイスケとて、初日から身体の節々が痛くなる程度には、疲労が身体を蝕んでいる。
「けれど……」
眉根を伏せ、拳を作る。
身体が鈍りまくっている。
これではいつ命を削る思いをするか分からない。明日実戦となった場合、本気で身の危険を考える必要も出てきそうだ。
もっとも、全力を出せたとして、それで何かが変わるとも思えないが。
部屋を見渡す。ダイスケに割り当てられた部屋は、個人で使用するには広く感じる。公務員ともなればそれなりに高給取りなのだろう。給料が貰えるかどうかは知らないが、少なくともこの環境を満喫しても罰は当たるまい。それに、一つの部屋を一人に割り当てられるのは、他の面子と隔離することや監視することも含まれているはずだ。
どちらにせよ、お互い都合がいい状況だ。
今のうちに、十分楽しんでおこう。
ベッドに身体を横たえる。思えばベッドを使うのは久しぶりだ。柔らかな弾力も、全身を優しく包み込む温かみも、じわりと身体を侵食する心地良い疲労感も。全てが懐かしく、久しく感じえなかった感覚に身を委ねる。ベッドというものが、如何に人間に安らぎを与えてくれるか、今更のように思った。
やがて夜の帳が降りるように、意識が暗く沈んでいく。部屋の施錠はしていないが、問題ないだろうと思い、静かに寝息を立て始める。
一体何年ぶりだろう。
こんなにも、安心して寝られるのは。
何かに怯えず、怖れずにいられるのは。
第2話 今から、これから。
「どういうことなの!?」
困惑交じりの怒声が、隊長室に響き渡る。荒げる声の主は、珍しいことに、温厚で人の良い笑みを絶やさない女性、フェイト・T・ハラオウンである。眉目秀麗な彼女の表情はいつになく強張り、眉根は逆立ち、今にも歯を剥き出して飛びかからんばかりの勢いで、相対する人物へ言及する。
対し、机を挟んで反対側にて顔色一つ変えずに嘆息するのは、六課の総隊長たる八神はやてである。この二人、言わずと知れた十年来の親友同士であるが、性分の差と言うべきか、時折衝突することがある。もう一人の親友・高町なのはも含め、互いに強い絆を育んだ三人である。しかし、仲良こよしのままでいられたのは、世界の有り様を知るまでだった。いち早く現実の過酷さと人間の愚かさを目の当たりにしたはやては、誰よりも早く精神的に熟し、世の中の理を掴んだ。達観した物言いが多少増えたのはそのせいだとフェイトも知っている。そのフェイトは、出生の問題や育った境遇も関係してか、誰よりも優しく、ともすれば甘いと切り捨てられがちな性分だった。長年孤独に苛まされてきた彼女だからこそ、誰かに優しくする心を大事にし、今日まで温厚な自分を形成してきた。
そしてそんな彼女だからこそ、今、眼前で吐いた親友の言葉が信じられず、怒りを抱くには十分だった。
「はっきり言わなアカンか? ……ダイスケのしたことがバレたら、((あいつ|・・・))を切り捨てるって」
「正気なの!? まだ子供なんだよ!」
「たとえ子供だろうと、罪は罪。それは、フェイトちゃんだってよく知っとるはずや」
言葉に詰まる。はやては鉄面皮を保っているが、内心、謝罪の念で満ちている。互いに、深い罪悪感と罪の意識と長年戦ってきた者同士、思うところがある。
それでも言わねばならない。特に、まだ内面の甘さが抜けきらない、彼女には。
「あの子をまだ完全に信じたわけやない。確かに戦闘能力や分析能力は目を見張るもんがある……犯罪者という点を差っぴいて考えても、な」
「確かにそうだけど、それなら私たちだって!」
「フェイトちゃんは母のため、ウチらと守護騎士は闇の書による呪いのせいで、という言い訳がつく。けどあの子は自分の意志で犯罪行為を働いた。本人の承諾も得とる」
「そんなの本当に言い訳じゃない! 引きこんでおいて、結局保身のために切り捨てるなんて……」
「分かっとる。分かってるんよ、フェイトちゃん」
落ち着かせるようにはやては言う。怒り心頭のフェイトとは対照的に、はやてはどこまでいっても冷静だった。その態度が余計フェイトを刺激したのか、踵を返し、失礼します、と叩きつけるように出ていってしまう。
残されたのは、大きな息を吐いたはやてと、
「やれやれ。上司ってのは面倒事とのお付き合いばっかでしょうがないなぁグリフィス君」
「割と自業自得な気がしますが」
無言で佇んでいた、グリフィスだった。
八神はやての副官を担う眼鏡の青年の名は、グリフィス・ロウラン。指揮官補佐の地位を任されており、高い指揮能力を買われ六課ロングアーチ所属と相成った。かつてはやてが世話になったレティ・ロウラン提督の子息でもあり、母親に似て落ち着き払った雰囲気と割と生真面目な風貌である。手腕を期待され副官の役職を授けたのははやてだろうが、実際はこうしてはやての正真正銘、補佐をするのが主な仕事となっている。色々な意味で。
額を押さえるはやてが口を開きかける前に、抱いた懸念を断定するような口調でグリフィスは言う。
「恐らく、レジアス中将は既に掴んでいるでしょうね。言及してこないのは、設立して間もない頃に潰すより後々、事件発生時に失態を犯した際、まとめて公開することで追い詰めるためか」
「或いは犯罪者の溜まり場と化した六課を一網打尽にする策略を練ってる真っ最中だから、とか」
グリフィスは答えない。その可能性も無い、とは断言できない。妄想も過ぎると看過もできない。何故ならそれだけ、彼我の間にある溝は大きく深い。少なくとも両者のトップが和解して握手すれば終わり、という簡単な話ではない。人間は難解なようで単純な生物だ。僅かな差が妬みや憎しみを駆りたてる。容姿の差や才能の有無、意見のすれ違い、ただそれだけのことで争いを生む。だから上下関係にこだわる。かつて地球で生じた種族差別問題、それが最終的に大虐殺やテロの多発に連鎖したのも、全ては人が人と分かり合う努力を怠ったから、というより、分かり合うのが到底不可能に近いからだ。どれだけ美辞麗句で塗り固めようと、偽善の心を抱き綺麗事を並べようと、誰もが心の底では理解しているのだ。全ての人と平等にいられる世界は、互いに手を取り合って平和に生きられる世界は、理想のままでしか存在できないと。
ゆえに、平行線を辿る人々は、やがて妥協を図る。互いの主張が重なる場所、境界線上を探して。
本局と地上とが表面上は何事も問題を起こさず平和に過ごしているように見えるのもそのためだ。上手く線引きができているからこそ、仮初でも平穏な毎日が続いている。しかし、それも長くは続かないのは誰が見ても明らかだ。
六課は必要以上に問題視される存在を抱えている。
かつて次元震を引き起こしかけ、重罪を言い渡されたプレシアの娘、フェイト。
闇の書の主たるはやて、過去蒐集行為を重ねてきた守護騎士たち。
管理局員として貢献することで恩赦を得ている彼女らは、確かな実力も手伝って若くして高い地位を得ている。一部では尊敬の念を一手に引き受ける彼女らも、当然だが全ての者から好意的な目で見られているわけではない。事情を知る者ははやてやフェイトに侮蔑の視線を送ることもある。覚悟の上でも、実際直面すれば辛いだろう。
フェイトも知っているはずだ。執務官試験に二度も落ちた。何故、と顧みる機会は十分にあった。生真面目で努力を怠らない少女が立ち続けに失敗した理由。立ち会った者の私情が含まれているか否か、それははやてに知る由は無い。疑え始めればきりがないものの、多かれ少なかれ、管理局内でも敵は多いと判断できよう。
ダイスケを抱え込むのは、わざわざ敵を増やすようなものだ。
口には出さないものの、グリフィスは視線ではやてに語る。当然、はやては承知の上であったが。
「しかし、実際会ったことがないので理解しかねますが、本当にあの少年は危険分子たり得るのですか? 精神面は大人と同程度とも窺ってますが、流石にそれは……」
「魔法を知り、高度な科学を誇る世界と思しき場所からやって来た。赤子でも容易に振り回せるおもちゃみたいな武器を所持し、十歳では通常有り得ない頭脳と精神を持っている。……これだけ要素揃ってると実は『見た目は子供、頭脳は大人』とか言い出したくなるなぁ」
「その続きは永遠に控えて下さい」
はやての顔は険しい。真偽の程は明確だ。半信半疑ではあるが、その目で確かめた彼女が断言するならば、最早グリフィスに疑問も反論も挟む余地は無い。
「しかし、自分の撒いた種とはいえ、これほどとは」
デバイス強奪事件の知名度は低いものの、幾らかの情報は地上本部や設立間近だった六課にまで届いていた。
突然消息を絶ち、同時期に腕の立つ新戦力が加入したとなれば、六課の存在を面白く思わない地上は疑問を抱くかもしれない。考えすぎだ、と一蹴するのは楽だ。しかしはやては目の敵にされているレジアス中将の辣腕と慧眼を過小評価したことはない。快くは思っておらずとも、因縁の相手には私情抜きに敬意を抱いている。隙あらばPT事件の中心にいたフェイトや、闇の書事件に深く関係するはやてや守護騎士らを言及してくる可能性は決して低くは無い。そこに加え、新たに犯罪者を迎え入れたことが露見すれば、六課の立場は瞬く間に瓦解する。その危険を、フェイトとて予想すらしていなかったというわけでもあるまい。考えたくなかった、という可能性はあるだろうが。
だからはやては、秘密裏に決断をした。
もし仮に、あの少年が再び犯罪行為にはしったならば、或いは過去の所業が公になった場合、『執行猶予期間』を剥奪し、即座に緊急逮捕する。
逆に、あの少年が己の行いを悔い改め、今後身を粉にして人々の安全のために尽力し、尚且つ事件が迷宮入りしたならば、六課は全力で彼を守る。
分の悪い賭けだ、少年にとっては。六課がダイスケの安全を確保してくれるかどうかなど彼に知る由はないし、いつ露呈するかなどはやてにも分からない。あくまで部外者として、民間協力者として六課を支援するならば、少しは話も変わってくるだろう。だが、そうしなかった。ダイスケに提案し、首を横に振られたというわけではなく、これははやての独断によるものだ。
はやては、あの少年に力を貸してあげたかった。
個人的な感情。人々の上に立つ者としてあるまじき行い。けれど、独りなのだ。誰も味方がおらず、一人きりで生き抜いてきた。それは確かな話だろう。あの幼い身体でどれだけの無理をしてきたことか。腕前は高くないとはいえ、魔導師からデバイスを奪う危険度を知らないわけではあるまい。知りつつ断行するだけの理由が、彼にはあったのだろう。
生きるために。
死なないために。
世界にはどれだけ悲しみが溢れているのか、どれだけ不幸が満ちているのか。いちいち足元に転がる小さな不幸一つ一つに目をかけてやれるほどはやてはお人好しではない。時には非情な判断もしよう。時には他者に不幸を押し付けよう。しかし、今ここにいられるのは、二本の足で立っていられるのは、誰かの小さな親切による賜物であることを、決して忘れてはいない。不幸もあった、悲しみもあった。けどそれすら抱き留め、誰かによって支えられ、後押しされ、引っ張られて、今の自分はここにある。
忘れてはいけない。
人は一人で生きていけるけど、独りでは何もできない。
車椅子から眺めた世界よりも、立ち上がった世界の方が、ずっと広くて、美しい。
あの子も、立ち上がったくれるといい。そうすれば、きっと見えてくるものがある。ほんのちょっとの期待と、僅かなおせっかい。気紛れな行いは、けどそれが、いつか誰かを少しだけ、幸せにしてくれるならいい。こんな腐敗しきった世の中を変えてくれるなら、いいと思う。
口には出せない想い。お世話焼きな親友や、頑固で一途な親友よりも、ずっと不器用で、けれども心優しい少女は、頑張ろうな、と心の中で呟くのだった。
後日。ダイスケは本局へと足を運んでいた。
本局へ単身乗り込むのは、民間協力者の立場といえど不可能だが、『新人の案内』という名目があるなら少しばかり話が異なる。管理局……正確には機動六課だが、ダイスケを勧誘し、エリオやキャロなど幼い子供を打ちに抱えることから解る通り、有能であれば年齢性別を問わない。あの勇名轟く高町なのはも、十歳の時には管理局に所属する者として数々の武勲を立てたという。
そのなのはに頼み、本局の案内を頼んだ。
なので、ダイスケがウロチョロしても怪しい目で見られはするが、見咎める者はいない。どころか、割と同情的な目で見る者も少なくなく、女性局員は親しげに声をかけてくる。認められてはいるが、子供の局員は珍しいのだろう。正確には違うのだが、いちいち否定して話をややこしくするのも面倒なので言わないでおいた。
同行と案内役を買って出てくれたなのははというと、少々外せない用事が入っているらしく、案内はその後でと謝られた。
こちらとしても有り難い話なので、中央センターを集合場所にし、ダイスケの行きたい場所を告げ、いったん別行動することに。
真っ先にダイスケが行き先として選んだのは、本局内にある超をつけても良いほどの巨大なデータベース。
無限書庫だ。
管理局に入るにあたって利点となったのは、無限書庫の利用が可能になったことだ。この世の全てを網羅したとさえ言わしめる情報の海。
ある程度の知識を得たとはいえ、まだこの世界についての情報が不足しているのが現状だ。なので、次元世界最高峰とも言えるこの場所で、知識の蒐集をしようというのである。
正しい知識は、正しい歴史から生まれる。つまりはそういうことだ。
……が、あまりに膨大すぎて、ダイスケは一時間かけても目的の物を探し出せず四苦八苦していた。こんなところで働く者はどういう神経しているんだと辟易していると、その職場の人間と思しき青年が、奥の方から漂ってきた。
眼鏡をかけた、知的な雰囲気のする、どこか幼さを残した風貌。見るからにデスクワーク派な彼は、ダイスケに気づくと、意外そうに小首を傾げた。
「おや、こんなところに子供とは珍しいね。探し物かい?」
高めの声を聞き、ようやくその人物が、ダイスケですら知る管理局の有名人だと気づいた。
ユーノ・スクライア司書長。
この莫大な量の情報を僅か一代で掌握し、己の物とした偉才の持ち主。
同年代のなのはやフェイトほどではないにしろ、弱冠十代半ば程度の子供が乱雑としていた書庫の整理を完了させたというのだから、その非才極まる達眼は本物だろう。
「一応、ある程度は少し前に片付いたとはいえ、ここで調べ物をするのは時間がかかるよ。探査魔法を教えてあげるから、使ってみて」
「どうも。助かります」
親切な人なのだろう。あまり魔法を得意としないダイスケにも丁寧に教えてくれた。
礼を言い、目的のモノを探しに移動しようとした……したのだが、どうしたことか、ユーノは仕事に戻らず、興味深げにダイスケを見ている。微妙に居心地が悪い。
「あの……何か御用ですか?」
「あ、ごめんね。子供なのに、熱心だなって思って。それに、ここは無重力状態だから移動に手間取る人もいるんだけど……」
平気そうだね、とユーノは苦笑する。
ダイスケは空中で胡坐をかいて、膝の上に本を載せて頬づえをつきながら本を読んでいる。慣れているというより、無重力下での行動が常習化しているような人間の行いである。
「僕の世界だと、宇宙空間での生活も行われていましたので。無重力下での行動も割と簡単ですよ」
「へぇ……。違う次元世界から来たの?」
「ええ、まぁ」
言いすぎたか、と内心舌打ちし、話をズラす。
「司書長は、機動六課をご存知ですか?」
「うん? 古代遺物管理部の、機動六課? 勿論知ってるよ。僕の知り合いもそこにいるからね」
「知り合い……ですか? もしかして、高町教導官とか?」
「あれ? よく分かったね」
驚いたようにユーノは言うが、ダイスケもかなり驚かされた。
世間とは狭いものだと言うが、狭すぎる気もする。
「僕は一応、そこに所属しています。今、高町教官もここに来ていますので、宜しければお会いしてはどうです?」
「なのはが……」
その横顔は、幼くも世間の酸いも甘いも噛み分けた大人のそれだ。一瞬で切り替わる表情の変化は、まだ子供と大人の境に立つ者特有のもの。
予想よりかは親しい関係らしい。なのはの浮いた話の一つも聞かないとなると、友人以上恋人未満といったところか。
「うーん、そうしたいのは山々だけれど、色々仕事が山積みだからね。この後奥の方の整理もしないといけないし」
まだやり足りないのか、と驚異的な物を見る眼を向けるダイスケに、ユーノは気づかない。
「大変ですね、司書長ともなれば」
「しょうがないね。お互い立場ってものができちゃったから。大人ってのは面倒なものだよ」
乾いた笑みが、どこか彼の薄幸さ加減を強調しているように見えた。世間からすれば若輩者と称されてもおかしくない年頃だというのに、この疲れっぷりは普通ではなかった。まだ若いのに、司書長という立場を与えられ日々ハードワークに追いやられる彼の心中や如何に。
あまり無理を言わせるのもどうかと思い、二、三言葉を交わし、再び元の場所へ戻っていく。
「ん……?」
ダイスケがそれを発見したのは、十分後のことだった。
「……第97管理外世界調査書。太陽系と呼ばれる9つの惑星・準惑星が存在し、太陽の周囲を公転する。魔法が存在しない世界で、極稀に希少な能力を持つ者が現れたり、才能豊かな人材が出現することもある。過去にPT事件や闇の書事件が発生したことから、近年では魔法と密接な関係にあると噂され、魔導師が存在する可能性もあるという説も浮上している。
また、千年に一度、各惑星と太陽が一直線に並ぶ『惑星直列』と呼ばれる現象が起き、その際に各惑星から膨大な力が放出される現象が確認されている」
地球、と口の中で言葉を転がす。
ダイスケにとって、訪れたことのない世界。だが、聞き覚えのある言葉がある。
かつて友人が、地球出身だと言っていた。そこでは科学の発展に伴い環境が悪化し、崩壊寸前にまで追い込まれるも、自分たちの世界を失い世界の垣根を越えて移転してきた異世界人によって半ば支配され、後に再度発生した消滅の危機を逃れ、今も存在し続けているという。
その話と照らし合わせて見るに、どうにも同じ世界の話とは思い難い。何事もなく平穏そのもの。
「並行世界、か……」
一種のパラレルワールドというやつだ。
あまり例を見ないが、時折同じ世界なのに二つの次元に分断され、それぞれ異なる現象が起こり、異なる歴史が刻まれるという。
実際は、地球と言う星を持つ、同じ名前の世界が存在しているだけなのかもしれないが、こうも歴史が違うと別物としか思えない。
「……こっちの地球は、まだ健在なのか。それならきっと、同じ道を辿ることはないかな」
そう、信じたかった。
● ● ●
翌日。
訓練場を一つ借り、ダイスケとエリオが模擬戦を行っていた。
実際は、模擬戦というより組み手に近い。互いに手にするのは持ち前のデバイスだが、エリオはカートリッジどころか魔法をほとんど行使しておらず、ダイスケは遠距離攻撃用の銃器型デバイスを持っておらず、一般的なアームドデバイスを振り回している。
同性で、同い年の子供が入ったのが純粋に嬉しいのだろう、暇を持て余していたダイスケに話しかけてきたのがきっかけだ。
フォワード陣もなのはとの模擬戦を目にしていたせいか、幼いながらも比較的戦える部類に入る少年に興味を持ったのだろう。他三名も遠巻きに矛を交えるその様子を窺っている。
二度三度と矛を交え、激しい火花を散らす。純粋な技術と力量を測るために魔法をあまり使用していないが、主にブーストを得て急加速することにより驚異的なスピードで肉薄、突撃を行うのがエリオの戦い方だ。槍という、刺突より斬り払いに適した武器を持つ彼は、リーチの長さを生かした戦闘を行わず、ヒットアンドアウェイを念頭にした動きを見せる。
確かに動きの鋭さは過酷な訓練の賜物で、魔法無しでも彼の機動性は高い。しかしどこか今一つ物足りない感が漂うのは、単に武器の特徴を最大限生かした戦法をとっていないのと、普段得意とする戦術をとれていないからだ。斬り払いによる広範囲攻撃もできず、得意の高速戦闘もできない。それでも懸命に連撃を叩き込むエリオは、端から見れば年相応以上の力を持ち、尚且つライトニング隊の一員として恥じない振舞いを見せつける。
それと相対する少年は、先日入隊したばかりの新人であり、素性も戦闘力も一切が不明の少年だ。
ヴィータとなのはが相対したことから、力量の程は多少割れている。
ヴィータは彼を『未完成な点を完成に近い技量と知識で「ギリギリ」補っている』と評し、なのはは『あの年であれだけの動きができるのは天才の領域』と素直に称賛した。
お世辞にも彼の魔力量は高くは無いし、歴戦の強者たるなのはやヴィータからすれば荒削りな点も多く見受けられる。しかしそれを補うだけの長所が少年にはあった。
まず第一に、非常に冷静であること。
今もエリオのスピードを生かした連撃に防戦一方で、防御に徹するダイスケだが、焦りは微塵も無く、開始から十分ほど火花を散らす攻防を繰り広げているにも関わらず、汗一つかいていない。これは、相手が速度重視の戦闘を行うことをいち早く見抜き、魔法を行使しないならば体力勝負になると踏み、ペース配分を徹底しているからだ。
彼は決して速くない。動きもエリオほど鋭くない。訓練も差ほど積んではいない。
けれど、慣れた動きで回避を行い、自由な動きで迎撃するその姿は、他者を驚嘆させるだけの底力を感じさせる。
エリオが息を吐き、身体の力が僅かに抜けた瞬間、その手の刀剣が煌き、一閃。
慌ててエリオが一歩引き、そこへすかさず追撃を放つも、エリオが更に大きく後退すると、追撃の手を緩めた。
第二に、今の動きから分かる通り、非常に慣れていること。
相手を翻弄する、というべきか。とにかく相手の土俵で踊らず、ひたすら好機を窺い、数少ない隙を的確に突いている。そして必要以上の結果を求めない。あまり貪欲に勝利を求めると確実に身を滅ぼす。あれ以上踏み込んでいたら冷静を取り戻したエリオがカウンターを放っていたはずだ。
素質や才能で言えば、恐らくエリオの方があると言える。
けれど、その差を覆すだけの力を……経験とでも言うべきものを、ダイスケは確かに持っていた。
「すごいなぁ……」
素直に感心した様子で、ふぅ、と息をつくのはフェイト。
彼女とて、若干十歳程度で管理局入りを果たし、若き執務官として名を馳せ、将来を有望視される若者の一人である。幼い頃から戦いのノウハウを一身に叩き込まれたフェイトさえも、かつての自分があれほど機敏な動きを再現できるだろうか、と思ってしまう。
魔導師は通常、魔力量で力量を判定される。多ければ良いとは言わないが、例え力量が劣っていても、魔力量が多い方が有利な点は多い。圧倒的な力による蹂躙は、経験則や細かい知略をまとめて粉砕する。かつて魔法に関して初心者だったなのはが、数年にわたり修業を積んだフェイトに勝利を収めたのは、奇跡でも偶然でもない。
世の中、ルールは複雑なようでいて実にシンプルだ。
強ければ勝ち、弱ければ負ける。
何千年経とうと、それだけは変わらない。絶対不動のシステム。
もしそれを覆せる何かがあるとすれば、それは恐らく、奇跡や執念の賜物と言えるのではなかろうか。
「とはいえ……」
まだ、幼く小さい。どちらも。
だから、いつか砕け消え行く命を捨て置くのは、勿体ないし可哀そうだ。
一区切りついたのか、二人は動きを止め、何かを話し合っている。同性でもあることもそうだが、(少なくとも外見上は)同年代なせいか、エリオは割とダイスケに気さくに接している。出生の問題で他者へ容易に心を開けないエリオが、ああも積極的に話しかけている光景を見ると、助けてあげられて良かったと心底思えるフェイトだった。
親馬鹿と言われても仕方ない話だが、心優しいフェイトは、自分の子と断言しても差し支えない少年と、行き場所も無くどこか寂しげな印象が漂う少年が仲睦まじく競い合う姿に、笑みがこぼれた。
「……よしっ!」
小さく拳を作り、フェイトは何事かを決意した表情を浮かべる。
後に、それが面倒くさい出来事を引き起こすとは、当人にも余人にも想像もつかなかった。
訓練後。
ひとしきり汗を流し、午後の訓練に精を出すまで時間を持て余したため、適当にその辺をふらついていた時のこと。
「ん……?」
視線を感じる。耳を澄ませると、小さな足音が聞こえてきた。
横手から歩いてきた青年は、「ああ、こんなところにいたのかい」と言い、ダイスケの元へゆっくりと歩み寄って来た。眼鏡をかけた知的な青年は、見覚えが無い。訝しげに見つめるダイスケの前で、青年は背筋を伸ばし、直立する。
「初めまして、になるかな。グリフィス・ロウラン。君の上司・八神はやて総隊長の副官だよ。覚えておいてくれ」
「どうも、ご丁寧に」
手を差し伸べそうになったが、ここは管理局の一端。対等な関係でもない相手に友好を示すより、態度で示すべきだろう。伸ばしかけた手を額に添え、敬礼。
警戒されてるのだろうな。実直な人間なのだろう、或いは組織内に不協和音を生みたくないのか。どちらもかもしれないが、必要以上の警戒を買いたくはない。
「君のアドバイザー、とでも言うのかな。色々勝手が分からないだろうから、今後君に協力してくれと総隊長から窺っているよ」
「え、協力してくれるんですか? 俺の代わりに2倍働いてくれるとか?」
「それはもう協力の範疇を大いに逸脱してるね」
はぁ、と大きく嘆息する。そんなに溜息をつくと幸せが消し飛びますよと忠告しようとしたが、止めておいた。どうせあの上司の側近ならば苦労は何もせずとも倍増しだろう。
「事情は聞いてる。ミッドチルダに来てそれなりに経つらしいけど、まだ知らないことも多いだろう? 僕で良ければ力になるさ」
「助かります」
再度、敬礼。シャワーでも浴びようと思いながら立ち去ろうとしたが、グリフィスは「ああ、それと」と思いだしたかのように続ける。
「君の所持((兵器|・・))は没収したはいいけれど、君の武器はほとんど無いだろう?」
「俺の武器なら、ブレードとビームマグナムが……」
「それについてだけど」くい、と眼鏡を指先で持ち上げる。「高町隊長から改造指示が出てね。暫くは使用を控えろとのことだ」
「何故ですか?」
「あのね……模擬戦の後で指摘されていただろう? あんな使い手に過負荷を与える危険な代物を部下に扱わせる上司がどこにいるんだい?」
ここにいるんですが、と思わず減らず口を叩きそうになった。
「詳しい説明はシャリオ・フィニーノという女性から聞くといい。もう知っているとは思うが、デバイス担当の者だ」
「了解しました。わざわざご丁寧にどうもありがとうございます」
いいよ、と短い返答を聞き届けてから、今度こそダイスケは立ち去る。
「……ああしてみると、普通の子供にしか見えないが」
最後にそんな呟きがこぼれたが、聞こえはしなかったのだろう。ダイスケは一度も振り向かなかった。
● ● ●
水の流れる音がする。
訓練後を汗を流すため、スバルとティアナはシャワールームを訪れていた。訓練後、時間に余裕がない隊員や職務に追われ軽く汗を流したい職員が主に使用する場所で、鎖骨の辺りから太腿下までを隠すよう仕切り板が設けられ、横に十ほど個室が並んでいる。午前の訓練後ということでスバルたちが足を運んでいるが、他の者の姿はない。流石に陽が昇りきる前から使う職員は多くないのだろう。
ノズルから噴き出す程良い温度の水を浴びながら、ティアナは息をつく。普段頭の両側でまとめている髪は解かれ、後ろへ流している。彼女の身体的特徴は年齢以上のものだが、今は整った体躯も相まってぐっと大人びた印象を見る者に植え付けるだろう。髪型一つでこうも漂う雰囲気が変わるのは、妙齢の女性特有と言える。肩から滑り落ちる雫を手で拭い、強張る身体をよくほぐす。近頃肩がよく凝るようになったと思う。その原因は見下ろす先にある物体のせいだろう。そう考えると自分の相方は更にひどいのではなかろうか、と隣へ目を向ける。
機嫌が良いのだろう、小さく鼻歌を奏でながら、わざわざ持ってきた愛用のシャンプーで髪を丁寧に洗うスバルがいる。両手が頭を擦る間、無防備にさらけ出された肢体をなんとはなしに眺める。特別化粧を施していないのに張りのある肌、怪我をすることが多い職務だというのに艶のある長く細い手。大きく張り出た乳房もくびれのある腹部も安定感がある臀部も太めではあるが決して無駄な脂肪がない脚部も、恐らく同年代の中ではかなり上位レベルなのではと疑いようのない結論を抱く。それとは反比例するように子供っぽい性分なので、人から好かれやすいが異性としてそこまで人気があったかどうか微妙である。
ざっと水を引っ被り、猫のように身震いする。
もう少し丁寧にやれと思わなくもないが、結構大雑把なのだ、この女は。
左側を見る。いつの間にか、キャロはシャワーを終えて姿を消していた。あの年頃だと見た目に気を使わないので、簡単な洗髪で済んだのだろう。
「あれ? キャロはどうしたの?」
「もう上がったみたいよ。あんたも早くなさい」
シャワールームを使うということは、次の予定が立て込んでいるということだ。 悠長にしていられる時間は無いので、話しながらもティアナの手は止まらない。
ふと、思い出したかのように、スバルが顔を上げる。
「あ、そうだ。ねぇ、ティア」
「何よ。言っとくけどこの後ミーティングあるんだからゆっくりしてらんないのよ」
壁に引っかけておいたタオルで頭を拭く。撫でるように、或いは軽く挟んで揉むようにして水分をとっていく。
いやね、とスバルは言い置き、
「大人っぽい子供って、どう思う?」
手の動きが止まった。
問いに、ティアナは少しの間逡巡して、ややあってから、答えた。
「……その問いに対する私の返答はこうよ。―――重症ね」
「ティア。最近過程スッ飛ばして答えだけ言うようになったね」
そうかしら、ととぼけるようにティアナは言う。
「まぁあんたが何言いたいかなんとなく分かるわよ。ダイスケのことでしょ?」
「え、なんで分かったの?」
「分かりやすいのよあんたは。さっきの訓練中もチラチラあいつのこと見てたじゃない」
う、と息を詰まらせるスバル。
エリオとダイスケが刃を交わらせるのを遠目に見ていたのは、共にコンビネーションの完成を目指し特訓していたティアナも知っている。当然ながら、余所見をしていたのでなのはに撃ち抜かれそうになっていたが。
ティアナはあまり認めたがらないが、深く長い付き合いなので、お互いの事はよく知っている。色々事情がある、と前置きを貰って入隊してきたダイスケを単純に気にかけているのだとは思うが、それにしては少々言動がおかしい。目線が合えば逸らすということはないので、ティアナの悪い懸念は外れているようだが、しかし何かが気になっているようで、時折考え込む仕草を目にする機会が、ここ数日急に増えた。
なんだというのだろう。窺うようなティアナに気づいたのか、スバルは慌てた様子で言った。
「そ、そういえばティアはよく、((彼|・))と話すよね?」
「今明らかに無理のある話の逸らし方したわね……。まぁ、割と合理的な考え方できるしね。理解もある方だし」
16歳の少女が10歳程度の少年と生真面目な顔で語らう姿はどこかシュールだが、本人たちにとって割と気兼ねなく語らえる貴重な機会だとのことで、意見を交わす光景は珍しくない。
「射撃系の武器使ってたって言うし。それに、精神的に落ち着いてるせいか、同年代と話してる感じがするのよね」
「そ、そうなんだ?」
「あとどっかの誰かさんと違って一回の説明でちゃんと理解を示してくれるし」
「その言い方はひどいんじゃないかな!?」
……もっとも、スバルも訓練校を首席で卒業した秀才なので、頭の出来自体はそう悪くはないのだが、いかんせん天然気質なので、普段から少々抜けた言動が見られてしまう。書面上は優秀でも、日々の言動を顧みると、相棒たるティアナは無言で首を振るしかない。
何事も外見が所見では優先される。覆しようの無い事実であった。
ふと、ティアナは顔を上げる。訝しげな目線がスバルを射抜いている。
「な、何? どうしたのティア」
「……ん。ちょっとね」
ティアナとスバルは、片や腐れ縁と称し、片や最高の相棒と称する、六課でもそれなりに有名な新人コンビであり、六課に所属する以前、訓練校時代からの親交がある。約三年にもわたる賑やかなタッグを続けてきただけあって、ティアナは表面上認めたがらないが、他者よりも相方の異変には敏感だ。
スバルは通常、人を呼ぶ時には姓名のうち名で呼ぶ。二人称を行使する場合、年下ならば、あの子、と年下らしい扱いをする。だからエリオを呼ぶ時は名が分からぬうちは『あの子』と呼び、互いに背を預け合う関係となった今では『エリオ』ときちんと名で呼んでいる。
が、ダイスケはどうだろう。今、確かにスバルはダイスケを『彼』と呼んだ。ほぼ同年代に対し使う二人称、何故それをあの少年に使う? ほんの小さな些細な疑問ではあるが、前述の疑問もあって妙に気になったティアナは「スバル。あんた何か隠してない?」とストレートにぶつけた。
案の定、スバルは大きく肩を震わせ、あからさまに眼を泳がせた。
「ななな何のこと? ティアは変なこと聞くねぇアハハハハ」
「キャラが崩れかかってるじゃないの」
これはいよいよ怪しくなってきた。別段、自分に隠し事をするのは、まぁ、致し方ないことではあるが、こうも露骨にやられると気になって仕方ない。普段隠し事など滅多にしないだけに余計疑心に拍車をかける。半目で見つめているせいか、スバルはだらだらと汗を流し始めた。あれはシャワーの水などではないだろう。しまいには口笛を吹き始めそうなスバルを見、ティアナは沈黙を保っていたが、やがて結論を出した。
実力行使。
「ま、待ってティア落ち着いて! 私はダイスケのことなんて何も知らないよっ!」
「へぇ。ダイスケのことで何か知ってるのね」
墓穴を掘ったスバルは『やってもうた』と言わんばかりの顔で引け腰になった。
すり足で後退し始めるスバル。ティアナは妙に優しい顔になり、諭すように言った。
「話せば分かる」
何事も挑戦だ。後悔など知らん。
うむ、と大きく首肯したティアナは、タオルを後方へブン投げ、仕切りの下から突撃を仕掛けた。普段なら冷静なティアナがこのような愚行にはしることはまずないのだが、心身共に温まっていたこと、相方が珍しく隠し事をしていたことが災いした。
わぁ、と悲鳴を上げて逃避し始めたスバルは、背中を見せて走り出そうとする。
逃がすか。ティアナはタイルの上に置いてあった石鹸を取り出し、手中に収めると、思いっきり握り締めた。すると手のひらを滑った石鹸は勢いよく射出され、スバルの後頭部に激突した。
一瞬よろめくスバルを見逃さない。
「さぁ、全てを白日の下へ晒すのよ……!」
「うわぁティアの眼が輝いてる……!?」
飛びかからんばかりの勢いで肉薄してきたティアナをどうすべきか、スバルは思考した。
だが、賑やかな空気を断ち切るように鳴り響くアラートが、全てを吹き飛ばした。
「こ、これって……!?」
「一級警戒態勢?」
慌てていたところに更なる事態が飛び込み驚愕するスバルに対し、ティアナは驚きつつも素早く踵を返し、タオルを拾い上げる。歩きながら身体を拭い、脱衣所へと出る。訓練校時代に早着替えのコツは掴んでいる。下着をつけ、丁寧に折りたたんでおいた制服を無駄な動作一つなく着込む。
一分とかからず着替えを終え、同時、急いで出てきたスバルが隣へ立った。
「どうしたんだろ!? 今までこんなことなかったよね?」
「だから警報が鳴ったんでしょうが。……とにかく、急いで行くわよ」
うん、と頷きながら、ティアナと共に外へ出ようとする。
そこで唐突にティアナが足を止めた。
「スバル」
「な、何!?」
「とりあえず、服を着なさい」
―――遡ること十分。
一方で、デバイス管理庫。
デバイス関連の一切を任されているというシャリオ・フィニーノから、武器に関する手ほどきを受けていた。
「ダイスケ君、一応分かってると思うけど、念のためもう一回、説明しておくね。短時間で君の要望通りにするには、ちょっと時間が足りなかったから、今回渡す武装は二つ。一つは君の持ち物……というか、持ってたやつね。亀裂が入ってたから修復はしておいたよ。あと一つは、君のご希望の品だね」
テーブルに置かれたデバイスは二つ。元々彼が持ち歩いていた片刃の長い刀剣型アームドデバイスと、ハンドガンタイプの中距離射撃を主体とするストレージデバイス。金銭的、及び時間的な問題もあって、後に彼に支給されるであろうインテリジェントデバイスは、大まかな概要と彼の戦術スタイルに合うタイプを説明、或いは確定するに留まった。これは、ダイスケ自身が望んだことだ。高度なAIを搭載したインテリジェントデバイスは魔導師の意志とは別の人格を保有するがゆえに、優秀すぎるデバイスに力量の劣る魔導師が振り回されることも多い。現に、ダイスケの周囲にいる使い手は皆高い魔力資質を持ち兼ね、生まれつき特殊な能力を持つ者がほとんどだ。その場その場において自ら判断し、危機的状況には率先して防御を代行してくれるなど、利点は多いものの、他者より資質の低いダイスケには到底扱える代物とは思えなかった。
そのため、目先のことを考えれば、扱いやすく耐久性に富んだデバイスを使うのが好ましい。前述のアームドデバイスはそれなりに利便性ある代物なので変更するつもりはなかったが、しかしここで一つ問題が浮上した。ヴィータの指摘した、危険極まりないビームマグナムである。質量兵器を除けば唯一の遠距離攻撃が可能な武装は、しかし前日の模擬戦で欠陥が白日の下に晒され、部下の身を案じたなのはが強く訴え、改造のため、シャリオに提出してしまった。このため、現在彼には近距離戦しか行えない。スターズ隊・ライトニング隊共に接近戦を得意とする魔導師と、それをサポートする魔導師とバランス良く成り立っている状態のそこに捻じ込むと、上手いこと戦力バランスがとれなくなる……というダイスケの少々我がままな意見を押し通したところ、見覚えのないストレージデバイスが用意された。
かつてティアナ・ランスターが愛用していた拳銃型ストレージデバイス……とまったく同じ外見である。
かつてティアナはインテリジェントデバイスが支給されるまで酷使し、動作不良を起こすようになったという。その予備品は、手に取らずとも、銃身もグリップも、そして傍に鎮座するカートリッジ一つさえも、新品同様の輝きを放っている。
「元々、完成が間に合わなかった場合を想定した急ごしらえの武器よ。銃身の下にアンカー射出機構も付属してるから。ヴィータ副隊長から聞いたんだけど、ワイヤーを使った移動術も使うのよね? なら丁度いいかなって」
成程、と無言で頷く。ロングワイヤースティングは人を傷つける可能性があるが、このアンカーガンならばそれも無いだろう。まぁ、殺傷力が消えたというだけで物理攻撃性能が皆無とは言わないが、それは御愛嬌の一言で済まそう。
ビームマグナムを下げていたホルスターを調整し、新たに配給されたハンドガン用のポケットに突っ込む。左利きのダイスケは、迷う事無く右の腿へ取り付ける。刀剣は背中に斜め掛けしている。腰元に下げていると移動の際に邪魔になるから……というより、基本デバイスを持っている時は座ることなどないものの、六課は移動手段をヘリや車に頼っている。そのため、腰の裏側に下げているとどうしようもなく邪魔だから、という身も蓋も無い意見が出たため、背部へ回した。刀剣を振り回すのは両腕だが、引き抜くのは左手だ。牽制を撃つことも考えると、右腕で射撃を行った方がいいだろう。
魔法とは質量兵器による攻撃とまったく考え方が異なる。このハンドガンタイプのデバイスにはトリガーも撃鉄も用意されているが、指で引いて射撃、その都度撃鉄を引く必要がある、というわけではない。あくまでカートリッジの装填に必要なもので、クリティカルな意見を言うと、照準を相手に合わせる必要すらない。そのため、近距離用のデバイスでない限り、利き腕で持つ理由はないのだ。
……という点を元々の持ち主に指摘したところ、頬を染めて「……当てればいいのよ当てれば」となんだかトンチンカンな答えが返って来たので、本人がやり易ければそれが吉なのだろう。
「最後に一つ」
ダイスケと目線を合わせ、シャリオは眉を落として言う。
「まだあなたは魔法に慣れていないんだよね? 魔法は確かに便利な力だけど……それと同じだけ、危険なんだよ。あなただけに言えることじゃないけど、無理はしないでね」
戦いに慣れてはいるようだと皆は言う。だが、((お互い|・・・))が魔法で凌ぎ合う戦場に身を投じるのは、ほぼ初めて。訓練とは大いに異なる、ピリピリと張りつめたあの独特の空気。まだ幼い子供が肌で感じるには早すぎると案じているのだろう。逆にこちらが不安になってしまいそうで、小さく苦笑した。
「了解」
半ばぶっきらぼうに答えると、もう、とでも言いたげにため息をついて、けれども肩にあった重しが軽くなったのか、彼女も同じように苦笑を零していた。
直後、警報が鳴り響いた。
そして、最初の戦いが始まろうとしていた。