私だけのお星様。   作:神凪響姫

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オリ主の物語でもありますので、主人公視点が多くなりがちですね。

原作に存在しないキャラクターですので、どうしても中心になってしまうのは仕方ないことなのでしょうか。

ともあれ、そういうものだと考え、皆様にご了承頂きつつ、本編を再開したいと思います。




第3話 ファースト・ラン

 

 

 

 

『聖王教会より機動六課出撃要請が下されました! 総員、戦闘態勢をとれ!』

 

『ガジェット反応多数確認! 航空型、及び新型、現地観測体を補足! 進路確定……目標、リニアレールです!』

 

 ヘリにて輸送中、数多くの声がモニター越しに飛び交う。慌ただしい雰囲気が漂う向こう側に対し、ヘリ内部は緊張感一色に染まっている。ヘリを操作するヴァイス・グランセニックと、歴戦の魔導師たる高町なのはは差ほど緊迫した面持ちではないが、新人であるフォワード陣営は事情が異なる。初の実戦に、各々が緊張を隠せない。普段は冷静沈着なティアナでさえ、どこか落ち着きなく外の様子を眺めたりデバイスの不備が無いがチェックしたりしている。張りつめた空気を肌で感じ、得難い感覚だ、とどこか遠い世界の出来事でも眺めるようにダイスケは思う。否、実際遠くまで来たように思えた。つい一週間ほど前まで明日をも知れぬ生活をしていた。それが一転してこの状況。世の中何が起こるか分からないという格言は、成程、道理である。居心地が悪くとも今の環境をそこまで悪くはないと考えているのは、いよいよ本格的に六課の空気に毒されてきているのかもしれない。

 身を包む制服の感触も慣れてきた。新しい場所に赴くと落ち着かないと言うが、もう適応しているのだから、人間の環境適応能力は馬鹿にならない。

 

 ほどほどの緊張感を維持しつつ、自分の装備を確認する。

 

 手に馴染む感覚がどこか懐かしい刀剣型デバイスと、不慣れな感覚にとにかく慣れるべく手中で持て余すハンドガン型デバイス。

 

 ダイスケは他のフォワード陣営と長い時間共に研鑽を積んだわけではない。連携も不完全、共同作業といった協調性を必要とする任務は不得意。ぶっつけ本番で出陣させるには些か不安要素が多いだろうが、実戦に慣れなれけばいつまで経っても戦力にカンウトされない。そもそも、半ば即戦力という形で勧誘を受けたのだ、役立たずの烙印を押されてはたまったものではない。

 入念に装備をチェックする。これは訓練ではない、実戦だ。僅かな失敗も許されない。他の隊長が傍にいるとは言っても、基本、自力で解決しなければならない。

 

 無論、必要以上に気張ることはないが。

 

「あれ? それってもしかして……」

 

 最初に気がついたのは、元々の持ち主ではなく、長年そのデバイスを傍で見続けたスバルであった。ダイスケの右腿に装着したホルスターに収まっている銀色の銃身と茶色いグリップが、彼女の視界に映ったようだ。

 

「あ、これ? ティアナのアンカーガンの予備品。クロスミラージュ……だっけ? それが支給される前に故障した場合に備えて用意されていたんだけど、完成が間に合ったからお蔵入りしていたのをもらったんだよ」

「へぇ……」

 

 感嘆する声を上げたのはスバルだが、そこにもう一つ小さな吐息が混ざったのを聞き逃さなかった。軽く眼を向けると、ティアナがこちらを凝視している。風穴が空きそうな勢いだった。自分の相棒が他人に扱われる彼女の心中や如何に。

 ぶっつけ本番というのは些か心許ないが、長年ティアナが愛用していただけのことはある。最大装填数が2発と少ないものの、様々な用途に応じた活躍が見込めるのは間違いなかった。

 

「んで、そっちのそれは……」

「あ、分かる? 新しいデバイスなんだ! マッハキャリバーって言うの!」

『Hello.』

 

 青いクリスタルが輝く。今まで彼女が肌身離さず使い込んでいたローラーブーツは過度な訓練に耐えかね、破損したらしく、両足に新品の輝きを放つインテリジェントデバイスが装着されている。

 

 ティアナの方はどうだろう。小首を傾げながら、振り向く。ティアナのホルスターに収まっている、銀色の拳銃。「クロスミラージュよ」と短い答えの後、『……』と沈黙する気配が続いた。寡黙なのだろうか、持ち主同様、多くを語らず態度で物語る。そういうタイプなのだろうか。インテリジェントデバイスにもそれぞれ個性と言うものがあるのだな、と当たり前の話を思い出した。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、やがて輸送ヘリは、作戦ポイントへ接近する。

 目標到達点は、リニアレールだ。

 

 その周囲を取り巻くガジェットの群れを、空戦能力を持つ隊長二人が担当する。まだ実戦経験のないフォワード陣営は、肝心のリニアレールの停止を担当する運びとなった。それでも既に到着しているガジェットを排除する役目も与えられた。油断はできない。

 

「さて。それじゃあ、私は先に降りるね」

 

 任務前の緊張などなんのその、といった具合になのはが悠々と立ち上がり、準備を整える。

 輸送ヘリの後部ハッチが開かれる。途端、荒々しい風が内部を席巻する。強風に煽られ、緊張気味な部下の顔が一層引き締まる。新たな武器を支給されたとはいえ、初の実戦だ、身も堅くなるだろうし心から余裕も消え失せよう。とりわけスバルとエリオは肩に力が入りすぎているようで、動きもどこかぎこちない。最初はこんなものかな、と内心苦笑するなのはは、次にティアナを見る。最年長で一番落ち着きのあるティアナは現場でのリーダーを任されている。目を向けると、僅かに緊張を孕み、しかしそれを覆い隠すだけの自信と冷静を保った視線が返って来る。頷かれ、頷きを返し、最後に残る二人を見た。

 

 その二人……キャロとダイスケは、少し離れたところに座っている。

 

「いやぁ、実戦って初めてだから緊張するね。ところで顔色悪いけど平気? 乗り物酔いしやすいとか」

「だ、大丈夫、です……」

「まぁエリオと一緒だし、フリードもついてるから問題ないかな」

「キュー」

 

 片や緊張のあまり顔色を悪くし、片や緊張など何のその、といった具合で談笑している。こうまでされると緊張感を持てと言いたくなるが、下手に肩肘に力を込めていると失態を犯す可能性も出てくる。半分近くの隊員の動きが堅いのが気になるが、そこは今後慣れていってもらうしかない。

 それに、

 皆一様に、やる気をみなぎらせ、気合は十分だという空気が流れている。

 これ以上言葉を投げる必要はないだろう。

 

「手筈通り、ティアナとスバルは内部制圧、エリオとキャロは外部の、特に後方の敵を一掃。ダイスケは低空飛行するガジェットの掃討と増援の迎撃だけど、まぁ、今回は援護に徹して欲しいかな」

 

 了解、と、五つ分の返答を聞き届け、満足げになのはは首肯する。

 振り返らず、なのはは大空へと身を投げ出す。最早心配する必要はなくなったと言わんばかりに。

 

 さぁ、行こう。新たな仲間と共に戦場を駆ける喜びに満ち、どこか今までと違う風を全身で感じながら、空へ身を投げ出す。虚空を突き抜ける感触を、確かめながら。

 

 それが正しい感覚なのか、分からないけれど。

 今、私は空を行ける翼を持って、皆の先へと行く。

 

「レイジングハート!」

『OK.Stand by.Ready.』

 

 光が溢れる。

 

 いつか見上げた空を、自由に駆ける翼を解き放って。

 高町なのはは、飛翔する。

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 スバルとティアナの投下から僅かに間を置き、リニアレールの中間近くにまで到達した。

 

「んじゃ、お仕事といきますかね」

 

 ダイスケの役目は単純。リニアレール周辺にいるガジェットの排除、及び上空からやって来る増援の撃退だ。エリオとキャロでも十分戦果は挙げられるだろうが、上司命令が下っている。赤毛の少女から、いざとなったら手助けしてやれ、というお言葉を頂戴した。そういう心配なら直接言えばいいし、そも話しかける相手自身への配慮というか励みの言葉一つないのかと素直に言ったらうるせぇバカヤローと一蹴されてしまった。物理的にも。話しやすい分話をしてくれない上司である。

 しかし数日の間とはいえ、同じ訓練を乗り越えた仲だ。怪我を負うことなど想定内の出来事だし、危険が伴うのは本人だって理解している。全てを前提にした上で、彼はフェイトの役に立ちたいと己を鼓舞して毎日修練を積み、傍目にも健気な事にフェイトの心配げな問いに胸を張って大丈夫と答えている。そんな彼に手を差し伸べるのは容易いが、代価に彼の面子やプライドを潰すこととなり得る。気持ちばかりが先行していては怪我の元だろうが、そこまで心配する義理はないだろう。

 

 余程のことが無い限り、自分に集中して問題ないはずだ。キャロの様子が気がかりではあるが、ダイスケとて自分のことで手いっぱいになる可能性だってある。何せ、魔法だけしか使えない実戦は、初めてなのだから。

 

「あの、ダイスケ」

「ん?」

 

 ハッチに手をかけたところで、振り向く。

 エリオが心配げに眉を伏せている。先に降りるダイスケを気遣っているのだろう。しかし自分よりも他人を心配するとは、なかなか良い子だな、と呑気な感想を抱く。

 

「気をつけてね」

「……エリオもね」

 

 ふっと笑みをこぼす。たった一言、それだけで、こうも気分が高揚するとは。自分も大概、単純なのかもしれない。思いつつ、縁へ足を踏み出す。

 

 心が軽い。

 浮き立つ足を、空へと突きだす。空へ落ちていく感覚を受け止めながら、

 

「ミドル1、ダイスケ・ヒズミ!」

 

 力を込める。

 

「―――出ます!」

 

 飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

      第三話 ファースト・ラン

 

 

 

 

 

 

 

 

「好調みたいやな」

 

 モニターに映る光景を目にし、はやては若干満足げに頷く。

 

 映る画像は4つ。上空で連鎖して生じる爆発の中、余裕の窺える表情でガジェットを一掃するなのは。列車上部に固まっていた敵機と相対するエリオとキャロ。少々離れた位置で増援の気配を探るダイスケ。内部に侵入を果たし敵戦力を削るティアナとスバル。いずれも順調な動きで各々の役目を果たし、懸念していた新人たちの堅さも良い具合にほぐれている。与えられたばかりの新型デバイスを既に使いこなしている。元々彼女ら専用として開発が進められ、度重なる調整と精査を繰り返した代物だ。初物とはいえ、手に馴染む感覚はなかなかのものだろう。

 今のところ、任務は順調だ。安堵を抱きつつも、はやては視線を鋭くし、表情を変えない。危険から遠い場所とはいえ、上に立つ者として微塵も油断は許されない。

 

 もっとも、キャロとエリオが列車から飛び降りた時は、理由が分かっているとはいえ、鉄面皮を保ちつつも冷や汗をかいたものだが。

 

 スバルとティアナの動きも良い。普段から連携と数多くの訓練をこなした功績だった。直球一本槍でパワー型のスバルを、視野が広く冷静を保って対処できるティアナがサポートする。一種の理想と言えるコンビネーションを遺憾無く発揮し、二人はガジェットの防御陣を突破して行く。少々スバルが飛び出しすぎな嫌いもあるが、それをカバーするのが後衛のティアナの役目だ。

 

 頷き一つ。と、ここで最後の新人に目を向ける。

 

「グリフィス君、ミドル1の動き見て、率直な感想を述べてくれんか」

 

 敢えて自分の口から言わず、すぐ隣に直立するグリフィスに問うた。彼も同様の念を抱いていたらしく、若干眉根を寄せ気味に答える。

 

「動きは悪くはありません。ガジェットと戦っていただけのことはありますが……」

「なんだか戸惑っとるようやな」

 

 モニター越しにも動きがぎこちないのが見て取れる。彼の実戦における戦闘データはヴィータとの一戦のみだが、それと比較しても遜色の目立つ立ち回りだ。緊張が身体を不自由にしている、とは思わない。あれだけ感情を荒立たせることの少ない冷静な少年がこれしきのことで動揺するものだろうか。ある種信頼とも呼べる感情を胸に秘めつつ、肘掛けを指でノックする。計算外の出来事ではあるが、想定の範囲内ではある。どこか困惑気味の周囲と異なり、はやては別段驚きも焦りも抱いていない。

 それに、彼の動きがぎこちない理由は察している。今までと全く異なる戦い方を強いられているのだ。質量兵器とデバイスは扱いも能力も根本からして違う。

 

「魔法は自由度が高いが、しかしそれがあの子を拘束する羽目になる」

 

 されど、その程度を乗り越えられねば、生き残れまい。

 

 

 

 

 

 事実、ダイスケは未だ無傷であり余裕を保ちながらも、辛酸を舐め額に皺を寄せていた。吹きつける風の壁がにじみ出る汗を流し、だんだんと火照る身体を覚ましていく。息を乱さずペースを整え、デバイス内部に残った最後のカートリッジを炸裂させる。

 

 五体目を粉砕したところで、ようやく息をつく。

 

 疲労は大きくない。むしろ思った以上に少ないと言える。バリアジャケットの調子も良好だ。前々から愛用していたジャケットをモデルに新調したもので、刀剣型デバイスの柄を改造し、バリアジャケット構成のオプションを装着している。防御力は向上し、無駄を省いて機動性もぐっと上昇した。

 装備は万全と言ってもいい。

 だが、それでも少年の顔は晴れない。

 

 理由は本人も承知の上だ。

 だから止めないし、止まらない。

 

 再度、爆発が生じた。

 

 列車は常に稼働しており、迂闊に大きく飛翔もできやしない。屋根の上に足がついている間は慣性の運動に拘束されているため、転げ落ちない限り吹き飛ぶ可能性は無い。更に、狭い屋根の上では回避運動も限られ、前方からの攻撃は左右に身を振って避けるか、シールドを張って耐えるかの二択しかない。

 

 ……というのは、魔導師の正攻法だろう。

 

 熱線が飛び交う中、射線を軽々『跳んで』避けつつ、銀色のガジェットに肉薄する。AMFは魔導師にとって脅威だが、質量兵器を武器に戦い続けたダイスケは限られた攻撃法の中で、既に弱点を見抜いている。ティアナたちと訓練の中で行った考察に基づいた結果、それは、ガジェットのAMFは魔法効果を打ち消すが、発生した現象そのものにまでは干渉できないということ。高い収束率を誇る魔法は完全に相殺し切れないこと。

 

 そして、

 

「うらぁッ!」

 

 物理攻撃には、見た目程度の耐久力しかないこと。

 

 無茶な反撃を予想だにしていなかったであろうガジェットは錐揉み回転しながら遠のき、一瞬後、飛来した光弾で砕け散った。

 

 上司に後で怒られること請け合いな戦い方だが、有効ではある。現に訓練時、スバルのリボルバーナックルの一打でガジェットは玩具のように破壊されている。その際、彼女にかけてあった補助魔法の一切が消滅していたが、慣性の後押しを得た打撃力まではどうしようもない。シールドではなくあくまでフィールドだ、威力を持続させれば貫徹できる。足場さえ確保し、負荷を与え続ければ、突破もできよう。

 

 矢継ぎ早に繰り出される熱線を潜り、跳躍も含めて前進する。

 

 一概に跳ぶ、と言ってもただ無作為にジャンプしているわけではない。走行中の列車から墜ちてはたまらず、かと言ってAGGブーツで飛翔するほどの余裕はない。そこで空間の移動に役立つのがアンカーガンである。スイッチを水平にし、トリガーを引く。すると銃口からアンカーが射出され、飛翔するガジェットの一機に撒きついた。嫌そうに身を振る間に、巻き取られていくアンカー。瞬く間に接近したダイスケは、空いた手で構えた刀剣を一閃する。火花を散らし始めるガジェットを尻目に、次の標的へアンカーを飛ばす。

 

 後はそれの繰り返しだ。

 

 邪魔なガジェットを蹴り飛ばし、アンカーで絡め取って斬り落とし、カートリッジの残数に気を配りながら射撃する。

 

 攻防の応酬は続く。敵の攻撃は旧型は熱線とワイヤー、新型はガス散布。前者は直線的な動きのため軌道を見切るのは容易で、後者は受動的な攻撃なので対策は幾らでもとれる。

 

 それでも、顔色は一向に暗いままだった。

 

「ち……ッ!」

 

 銃身の横、丸型のボタンを押し、薬莢を排出する。銃身の先端が頭を垂れ、がら空きになった内部にカートリッジを叩き込む。すかさず熱線を撃ち込んできたガジェットに見向きもせず、半歩身を揺らすことで避け、手首のスナップ一つで銃口を跳ね上げリロードを完遂。同時、背後から迫って来た黒い新型と距離をとるべく、前へ跳ぶ。空中で身を捻り、振り向きざまに一射。

 魔法陣が浮かぶのは一瞬、光弾が飛び、黒いガジェットは煙を撒き散らしながら爆散した。

 

 AMFは銀色の旧型にのみ装備されているのか、黒いガジェットは無防備にも身を晒すだけで、虚空を漂っている。確かに空中に散在していたら障害物になり得るだろうが、正体が分かっていればどうということはない。近接武器で旧型を切り裂き、新型は離れたところからの射撃で撃ち落とす。

 

「くそ……やっぱりか」

 

 悪態をつきたくなる衝動を押さえる。前々から思いつつも、自分の扱う改造デバイスだけがそうなのかと考えていた。が、実際は管理局で正式採用されているインテリジェントデバイスの具合から察するに、凡そ間違ってはいないだろう。

 

 魔法というものは、あまりにも非効率的なのだ。

 

 魔法とは穿った言い方をすれば、才能の有無に大きく左右される。魔力量の大小如何によって発動できる魔法の回数や規模が異なる。戦闘になれば制空権の掌握に必要な飛翔のスキルも関与してくる。加え、詠唱速度の程度や絶対必須のデバイスの存在。これらを全て統括して考えてみると、質量兵器がいかに利便性に富んだ物であり、極限まで汎用性の高さと生産性、効率性を重視しているか分かってくる。才能やら魔力量やらという抽象的なモノで力量が千差万別となるのは、一歩間違えれば選民思想に達しかねない。事実、局内はそういう風潮になっている。空を制する者と、地べたを這うずる者。魔法に依存する世界だからこそ、魔法が全ての基準となってしまっている。

 魔力というエネルギーを同量用いて魔法を発動したとして、例えばダイスケとなのはがまったく同じ魔法を果たして発動できるかと問われれば、十中八九否と答えられる。ミッドチルダ、ひいては数々の次元世界で多用される『魔法』は、科学の延長上に存在する一種の擬似的な奇跡の産物だ。偶発的な事象の中に確たる理論と綿密な情報がふんだんに練り込まれている。長い歴史を経て連綿と進化を続け進歩を繰り返し、今の魔法体系が完成した。

 

 近頃ミッド式にも採用が図られているカートリッジシステムも、瞬間的な爆発力を追求した代物だからか、高威力の魔法を行使するにあたっては必須と言えるが、魅力ある話には眉に唾を塗らねばならない。収納された魔力を瞬間放出する危険度もそうだし、長時間にわたって戦闘する継戦能力を考慮すると、このカートリッジの存在は短期決戦を目的としているように思える。人間の集中力などたかが知れているので、長期戦を考えるよりも、高い魔力で圧倒した方が良いのだろうが。

 

 生まれつきの才能に、決して努力で変えられないモノに依存した、魔法。

 

 そう考えれば、高い殺傷性を誇りなおかつ子供でもいとも容易く他者を殺めることも可能な質量兵器が全面規制されるのも頷ける。

 もっとも、それですべてに納得がいくわけがないのだが。

 

 銃口を上げる。カートリッジは予備を含めると8つほど。以前の衝破銃のように連射して牽制することもできない。しかし、悪く言えば相手は雑魚、雑兵の類だ。上には頼りになる上司も控えているので、差ほど危険度は高くあるまい。とはいえ、実戦慣れしてないフォワード陣や、魔法を上手く扱いこなせないダイスケに、直接肌で触れてもらうのが今回の任務を回された意図の一つだろう。

 

 ならば、と心機一転。

 

「敵を殲滅する……!」

 

 力試しをさせて頂く。

 

 全力で撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

      ●   ●   ●

 

 

 

 

 

 最初の任務から数日が経ったある日。

 

「―――それで。近頃ご機嫌なのは、憧れのなのはさんと同じ職場に就けたのと、相方のランスターさんとまた一緒に戦えるのと、新しいデバイスが手に入ったのと、良いことが続いたから?」

「さっすがギン姉! お見通しだね!」

 

 単にアンタが分かりやすいからでしょうが、と小さく呟くティアナの突っ込みも届かず、スバルは今にも身を乗り出しそうな勢いで話す。日差しの暖かい午後の陽気の中、公園の片隅、白い円形テーブルに着席するのは、スバルとティアナ、そしてもう一人、スバルと似た色彩を持つ女性が座っている。スバルとは対照的に、長く腰元まで伸びた藍色の髪、そして彼女同様、強く印象付ける年頃の女らしい体躯。明朗快活なスバルよりも大人びた風貌と物静かな雰囲気を保ちながら、それでいて同じ柔らかな笑みを浮かべられる女性。

 彼女はギンガ・ナカジマと言い、名前の通り、スバルの姉である。二人の父、ゲンヤ・ナカジマの娘で、ギンガは父が隊長を務める陸上警備隊第108部隊に身を置いている。スバルにとっては姉ではあるが同時に母親代わりとも言える女性で、そして格闘技術の師匠である。 

 

 父の元へ赴く前に迎えに来た姉と久々の再会……であるが、一般的な家族との感動の対面とは少々趣が異なるのがナカジマ家の有り様であり、二人の少女は出会って早々、

 

「せいっ!」

「しっ!」

 

 鋭いストレートを飛ばした。それも二発。

 

 互いの渾身のパンチは空を切り裂く音を置き去りに、的確な位置を狙って突っ走る。日々の鍛錬を怠らないスバルの拳は素早く鋭いが、その上をいくのがギンガだった。ほぼ同時に着弾する一歩手前の位置で停止した拳を睨み、やがてフッと表情を和らげたギンガは、そこでようやっと肩の力を抜いた。

 

「随分鍛えているみたいね、スバル」

「まぁね! ギン姉も相変わらずスゴいなぁ!」

 

 どこがどう凄いのかは端から唖然と見つめる者にはまったく知りようもない領域の話だった。

 

 訓練校時代からの付き合いのスバルとティアナは、何度かこうして休日を利用して家族と再会するスバルに連れられ、ギンガと対話したことがある。外見から判断すると妹とは似ても似つかないほど大人の魅力溢れる女性なのだが、一度興味を抱いた事柄にはとことんまで追求する性分なのか、以前ティアナは答える暇も与えられない質問攻めにあったことがある。この妹にしてこの姉あり、と言ったところだろうか。

 

 妹の修練の積み具合を直に確かめ満足したのか、ギンガとスバル、ティアナの三人は公園の隅にあったテーブルを確保した。近くには赤いボディカラーの車が鎮座しており、側面を切り開くように展開された狭い台が顔を出している。唾液腺を刺激する甘い香りが鼻腔を撫で、設置された看板に描かれたホップアートが人々の関心を惹きつける。

 アイスクリームの移動販売を行っているらしい。

 そういえば今日は休日だったな。道行く人の数が多く家族連れが散見される公園の状況に今更になって気づいたティアナがぼんかり考えていると、アイスを買いに行っていたナカジマ姉妹が戻って来た。笑顔で差しだされる二段のアイスを礼を言ってから受け取り、口に含もうとしたところで、止まった。

 

 スバルはタワーと化したアイスを上手い具合に揺らすことで落っことし、口に放り込んでは舌鼓を打っている。ギンガは衆人環視を気にしたのか、妹のように挑戦者精神を無駄に発揮することはなかったものの、両手いっぱいに抱えたアイスのコーンを大事そうに眺めて、どれから食べようかと目を輝かせている。

 

 あんたら……と額を抱えたくなった。近くを通り過ぎる大人や子供が目を剥いているのはきっと気のせいじゃない。一緒のテーブルについたことをこの上なく後悔ティアナの苦悩は、二人が完食するまで続いた。

 

 落ち着いたところで、ギンガは口に付着した汚れを拭き取りつつ、妹とその親友に訪ねた。

 

「ところで、最近どう? 近頃物騒だけど、何か変わったことない?」

 

 瞳に真剣みを帯びたギンガが唐突に問うた。何事と思いつつ、ティアナは静かに目線をギンガに向けようとして……吹きだしそうになり慌ててそっぽを向いた。口の端にレインボーなアートが完成している。真面目な顔とのギャップが激しく笑いだしそうになるのを懸命に堪えた。

 

 ややあって、自分の惨状に気づいたギンガが急いで口元を拭い、赤面しつつ咳払い。

 なお、スバルは口の端も射程圏内だったようで綺麗に舐め取っていた。どれだけ意地汚いのだろうか。

 

「あ、そういえば六課に新しい子が入ったんだよ」

「ん? 新組織なのに、今の時期に補充要員?」

 

 怪訝そうな声。順当な疑問と言えばそうだ。ただでさえ過剰戦力と噂される六課の陣営、そこへ今更追加で参入する者がいるとは。本局の力の入れ具合も窺えようものだが、それにしては少々おかしいと思うギンガの心情も分からなくもない。ティアナとて、彼が何故突然六課に現れたのか知らない。エリオやキャロのように、フェイトに保護されていたというならば、話が変わる。しかしあの少年は突然現れ突然入隊したのだ。全てが予定調和だというかのように、出会って数日後には、自分らと肩を並べてきた。

 

 ティアナたちフォワード陣は知る由もない。ダイスケが元犯罪者で、巷を騒がせていたデバイス強奪事件の中心人物だということを。隊長陣営などの重役以外に彼の過去の経歴の一切が話されていないのは、いずれ判明するやもしれぬ事実であろうと、余計な波風を立てたくない六課隊長のはやてによる配慮だった。

 

「よっぽど腕が立つのかしら……なのはさんみたいな腕の立つ人が異動になったら有名だと思うけど」

「うーん。魔力量は大分低いけど、戦い方が上手いって感じかなぁ、ダイスケは」

「ん? ダイスケ? その子、男の子なの?」

「えっと、勿論、お、男……だけど?」

「へぇ……そうなの」

 

 にこにこと擬音がつきそうな笑みを浮かべるギンガ。

 

 余談だが、男の子、と言おうとしたところで踏みとどまったのは本人のみぞ知る話である。

 

「会ったことないけれど、どういう子なの?」

「えっと、最近入ったばかりでね。けど魔法に造詣が深いみたいで、何事にも冷静に対処できてて、なんだか頼りがいのある感じかなぁ」

「へぇ、そうなんだ」

 

 バキッ、と何かが壊れる音が聞こえた。

 

 たちまち冷や汗が吹き出したティアナは、眼だけを動かして、見た。テーブルの上にある、ギンガが握り締めるスチール缶が変形している。具体的に言うと、彼女の右手がスチール缶にめり込んでいる。というか、握ったらへこんでしまいましたみたいなオブジェと化しているが、アルミ缶と違いスチール缶は常人の握力ではそう容易くへこむまい。妹以上のパワーキャラであることを失念していたティアナは体が震え始める。

 顔を上げる。ギンガは笑っている。嬉しそうに微笑んでいる。でも何故黒々としたオーラを放っているのだろうか。

 

「あ、あの、ギンガさん。何か勘違いしてる気がするんですが、ダイスケは精神年齢は高いだけの子供でして」

「ティアナさん。ちょっと黙っててくれるかな」

 

 ひと睨みされただけでティアナは竦んで動けなくなってしまった。

 

「それでね。入ったばかりの頃は結構無口な人なのかなって思ってたんだけど、意外とそうでもなくて―――」

「へぇー……」

 

 スバルが愉しげに話せば話すほど、ギンガの温度が下がっていく。何も言えなくなったティアナは肩をすぼめて小さくなるしかない。目線を忙しなく動かし、何か救いになってくれるものは無いかと懸命に探すも、時計の針はかちこちと一分一秒を正確に刻んでいる。ちょっとダイスケ、あんた一体何したのよ。隊舎にいるであろう少年に恨み事を呟きながら、一刻も早くこの地獄じみた状況から解放されることを切に願うティアナであった。

 

 ギンガ・ナカジマ。

 妹に甘く、優しく、そして厳しく、それ以上に過保護気味な女性である。

 

 ……また話がややこしくなったのは言うまでも無いことだった。

 

 

 

 

 

     ●   ●   ●

 

 

 

 

 

 最初の任務が終わった。

 

 とは言え、だからどうというわけでもなく、今まで通り日夜訓練に励む毎日が舞い戻って来ただけのこと。フォワード陣は勝って兜の緒を締めよと言うべきか、士気が高まったようで、一層訓練に励むようになり、少なからず六課の雰囲気に変化が生じた。特にいまいち覇気に欠けていたキャロは愉しげに笑むことが多くなり、どこか以前より活発な面が顔を見せるようになった。前回の任務で思うところがあったのだろう、エリオとよく何事かを語り合っている。年頃の子どもにしては笑顔が少ないと思っていたので、良い兆候だろう。

 後に失態を犯して後悔するより、ずっといい。

 

 さて、任務が終わって訓練、と思ったところで、意外なことに休暇が数日与えられた。あくまで表面上は出張だが、実質休暇だろう。戦闘要員のほとんどが外へ出ることとなり、僅かな間ではあるが、静かな平和を満喫できそうだ。

 

「おみやげは雷○の里あたりでー」

「うっせぇとっとと失せろバカヤロー」

 

 などと気軽な挨拶を交わし、ヴィータら守護騎士は主であるはやてと共に、地球へと帰って行った。なんでも高町なのはとフェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人は地球出身らしく、ほぼ十年来の付き合いで、今でも家族ぐるみの付き合いだそうだ。家族に事情は話しているらしく、時折長めの休暇があると帰省してこちらのお土産話を語っているとのこと。今回はエリオとキャロも、保護責任者となったフェイトに連れられて、地球へ渡っている。ティアナとスバルはクラナガンにいる、陸上警備隊に所属する家族と会う約束があるらしく、早朝から出かけて行った。これも訓練の一環とか言い訳が聞こえたがどう考えても違うだろう。もっとも、ダイスケは知る由もない話だが、スバルの姉・ギンガは、スバルに戦い方のノウハウを伝授した師匠のような存在であり、その彼女との再会が何を意味するかは、知る者からすれば苦笑モノであるものの、そんなことはダイスケには天地がひっくり返っても知りようのない話だしどうでもいいことであった。

 

 そういえば、なのはら三人が故郷へ帰るということで、六課の一部男性陣が色めき立っていたが、何だったのだろうか。見目麗しい彼女らをデートにでも誘うつもりだったのだろうか。そういえばあの三人は見た目的にも内面的にも特別欠点は見受けられないのにどうして浮いた話の一つや二つ無いのだろうもしかして噂通り同性愛者なのだろうか聞けば高町教官とハラオウン執務官は八神総隊長よりも深い付き合いと聞いてるのであながち間違いと言い切れないがしかしそう考えるのは早計だろう幾ら何でも飛躍しすぎだでも家族ぐるみという話はもしかして一族納得済みという驚異的な状況でありあれもしかしてエリオとキャロを引き取ったのはある意味養子とするためと同性婚に漕ぎつける為の策略の一つなんじゃ―――

 

 憶測で物事を語るのはよくないな。ダイスケは頷きつつ、このあいだ激写したなのは&フェイトのツーショット写真を焼き増ししておこう、と誓った。ヴァイス陸曹辺りに売ってみよう。

 

「青少年。随分とお疲れのようだが、何か悩み事でも?」

 

 意識を戻し、不意に顔を上げると、グラスを磨いていたバーテンダーと目が合った。

 

 いや、と短く答え、寝ぼけた頭を動かしながら、グラスを手にした。溶けた氷が水面上に広がっているのは、それだけの間呆けていたということか。ウイスキーを炭酸飲料で割った差ほどアルコールも高くない代物だが、久方ぶりの酒が気苦労の絶えない身体に染み入ったのだろう。ぐいと強く煽れば、久しく感じなかった舌の痺れる感覚とチリチリと喉を焼く感覚。端から見れば背伸びも大概な光景ではあるが、本人からすればこの程度で俗世を忘却する刹那のひと時を満喫できる大人が羨ましく思える。

 

 カウンター席にはダイスケの他に泥酔した中年の男性が一人静かにグラスを煽っており、とても小声の囁く声が耳に入る状態ではないし、そもそも店内を流れるビートの効いた旋律が小さな雑音を押し潰している。テーブル席で騒ぐ男たちの喧騒も遠く感じるカウンターの隅で、ダイスケは浸るように座っている。見咎められてもおかしくない年頃の少年が居座っても口出しする者はいない。瓶ビールを片手にテーブルを占領する若者は明らかに成人前だし、平然と煙草をふかしている。着崩した格好の男がテーブルに突っ伏し、手の中のハンカチを握り締めている。頭上を旋回するプロペラが充満する濃い空気を撹乱してはいるが、酒とも煙草とも違う粘つくような異臭は、人を終わらせる薬のものだった。

 荒廃的ではあるが、大半の連中はミッドチルダの企業の重鎮だったり、将来を有望視される若者だったりする。常日頃から外面を良く見せようとする分、プライベートでは乱れは激しいとはどこでも聞くが、それにしては随分行きすぎている。例えここが『廃棄都市』に近いからとはいえ、管理局が目にすれば即刻摘発されかねない現状であった。

 

 子供が居ようと関係ない、自分がこの世を謳歌できればそれでいい。他者への口出しを禁ず――それがこの小ぢんまりとしたバーの掟だ。

 

 もっともその唯一の例外がこのバーテンダーたる店主で、無法地帯も等しい混沌とした店を一人で切り盛りしている。揉め事一つさえ独力で乗り越える気概は大したもので、彼が感情を動かしているのを見たことがない。ダイスケが最初に訪れた時も、十歳程度の少年を見て眉ひとつ動かさなかった。肝が据わってるとは思うが、それにしたって落ち着き払い過ぎだろう。

 

「顔を合わすのは数日ぶりだが、少々顔つきが変わったな。男子三日会わざればと言うが、言い得ている」

「そう?」

「ああ」

 

 言葉のやり取りは短い。そも和気藹々と対話するような雰囲気は無い。どこか空疎な音楽の旋律が遠く聞こえる。頭がぼぅっとしてくるのは、アルコールが頭にまで回ってきた証拠か。頬を撫でる頭上からの冷気を心地良く思いつつ、このままうたた寝してしまうかと眼を閉じかけたところで、店主が思い出したかのように口を開いた。

 

「ところで、管理局に籍を置いたそうじゃないか」

「……今日はやけに深入りしてくるな」

 

 目線が鋭くなる。言葉に棘が含まれ、僅かに怒気が滲み出た。店主はさらりと受け流し、「お友達が心配していた」と目もくれず言う。お友達? と疑問符を浮かべ、ここが一体どこに近いのかを思い起こすと、すぐに心当たりが浮かんだ。

 

「考え直すつもりはないのか、だそうだ。管理局が如何様な組織か知らないわけではないだろう? 」

「言葉に私情が紛れてないか」

「はて、何のことやら。ともあれ、言伝は以上だ。後は直接文句を言うといい」

「正義のヒーローに憧れる年頃なんだよ」

 

 苦笑も返ってこない。冗談だと思われたのか、素で受け止められたのか。

 当然の話だが、そんな俗な理由で魔導師を志したわけではない。昔、忘れかけた想いを取り戻そうと、少しだけ前を見ていようと思っただけだ。あの頃から根本は何も変わっていない。だがどうにも数日ぶりの感覚が、どこか自分を歪めている気がしてならない。今更真人間を名乗る気は微塵もないが、しかしこの感じは何だろう。数日前まで我が物顔で座っていた場所に自分が入り浸っているのに、どうしようもなく言い様のない嫌悪感がこみ上げる。当たり前だと思っていた自分の日常が大きく変わり、認識が改善されたとでも言うのか。それこそ失笑モノだ。心構えの一つ二つで人間が大きく変われるものか。確かに『あの時』の決意は未だ確固たるものだし、今後変えようと思わない。けれども自分が善人面できる人間じゃないのは重々承知していた。

 人間は待つことに慣れてしまい、やがて停滞した時の中で偽りの安寧に身を浸す感覚を忘れられなくなってしまう。刺激を忘れず進歩を求める者は少数派だ。誰も戦いなど望まない、それはもっともな話だ。だから変化を恐れて足を止めてしまう。今を満喫できればそれでいい。そういった考え方をする輩が、今ここに集っている。そうなりたくないと思ったからこそ、新しい場所で新しい生活を送っているのだ。

 

 自分を変えられる人間は簡単に分けて二種類に分類される生き物だと判断できる。善人と悪人だとか、大人と子供とか、ありがちではあるが周囲に納得させる持論を展開できず説き伏せられない者もいるが、皆一様に首肯することはない。本当は、認められるために努力し何かを成し遂げる者と、成し遂げねばならない目的があって結果的に周囲が認めざるを得ない者の二者択一。どちらにも当て嵌まらない人間はいない。生きるために誰もが努力をどこかで行っている。機動六課という組織は前者側だが、例えば中心人物たる八神はやてという女性は後者の人間だろう。こと大事な局面において重大な決断を下す判断力に欠ける前者と異なり、後者は必要とあらば何事にも冷淡に対処し私情も良心も押し殺す切り替えができる。そういった者はいつの時代も流れの最先端に立って物事を変え続けている。力ある人間は歴史を変えるが、意志ある人間は世界を変えるという。

 

 全ては意志なり。

 意志とは心なり。

 心とは感情なり。

 

 感情が人を支配する、と言った人がいる。いつだって人間は心が地べたから離れられない。だから自力で空を飛べる術を持てない。魔法という素晴らしい力を得た今でも、自由な空の向こうへ羽ばたく者さえ限られる。自由を得たい、という願望。誰だって望んでいる。けれど、本当に自由に生きられる人間は、そういない。もし誰でも自由に生きられるというなら、『彼女』は何故ここにいないのだろう。あの、氷のような瞳に、炎のような意志を灯した、黒い少女は―――

 

 ピピッ、という電子音が、酒が見せた幻想に浸っていた意識を現実に戻す。通信が入ったようだ。ここにいるのはまずいと判断したダイスケは、店主に目で謝罪してから、席を外す。外へ出ると、荒廃した建物の残骸や舗装されていない大地が広がっている。生温かく身の毛をよだつ空気が流れているのは、大気さえも汚染されかけている証拠に他ならない。

 

 店内の涼しい空気を懐かしく思いながら、廃ビルの間に身をねじ込み、通信回線を開いた。

 

「はい、こちら駅前交番。迷子ですか?」

『そうなんよー。もう歳やから帰り道もよう分からんようになってもうて……って誰が歳やねんな!』

 

 ノリがいいなぁ、と画面から顔を離す。あまり顔を離しすぎると背後側の光景が映ってしまうので、極力明るい方へと足を向けず、薄汚れた廃ビルの壁面に背中を押しつける。

 

「どうしたんですか。休暇中、もとい、出張中に突然」

『いやなぁ? 帰って挨拶回りに出とったらヴィータがいきなり出かけおってなぁ、何しよるんかなぁと思ってつけとったら、意外なことに地元の名産品とかお土産とかを眺めて唸っておったんよ。ほほうこれはこれはと思ったんやけど、どう思う?』

「答え分かってるんで素直に言いますけど……自分用では?」

 

 画面の向こうから怒鳴り声が聞こえてきたが雑音だと思って無視した。

 

『まぁ帰ったらぎょうさんお土産あげたるわ。んで、そっちは何しとったん?』

 

 顔赤いで、と指摘され、暗がりでも見えるものだな、と少々空回り気味な頭で思う。

 

「ちょっと野暮用で出かけていまして。これから帰るところだったんですよ」

『へぇ。もしかして家に帰ってたとか?』

「それ、本気で言ってるんですか」

 

 数秒あって、ごめん、と割と真剣な謝罪が返って来た。

 

「まぁいいですけど。あんまり調子に乗らないで下さいね。八神さん、ただでさえ六課内での評価低いのにこれ以上下げたら地を這うレベルになりますよ」

『総隊長である私への尊敬度ってそんなレベル!?』

「ははは、何言ってるんですか。俺は貴女を尊敬してますよ」

『さ、さよか? せやろなぁなんてったって私、六課で一番のお偉いさんやもんなぁハハハ』

「でも女性局員の人気投票では迷わずハラオウン執務官に入れましたけどね」

『うっわこの子幼いナリして金髪巨乳狙い撃ちとか……! フェイトちゃーん、子供の教育間違うたらこんなムッツリオッパイ県民が量産されてまうでー!』

 

 横合いから張り手が飛んできてはやてがフェードアウトした。

 

 ややあって、爽やかな笑みを浮かべたフェイトが現れる。

 何故か息切れしているのは突っ込むまい。

 

『あ、ああダイスケ、ごめんね。はやてったら突然お腹が痛くなったみたいでね?』

「多分腹じゃなくて頭抱えてるんじゃ……ああ、なんでもないです。だから泣くのは勘弁して下さいな。お大事にとでも言っておいて下さい」

『うん。……あ、そうだ。ダイスケ、ちょっと話したいことあるんだけど、いいかな?』

「ええ、それは勿論―――」

 

 言いかけたところで、ふと、視線を逸らす。遠く、離れたところから、声が聞こえた。

 こちらに近づいている。この音量と足音、あと十数秒でこの近くを通る。複数人だろう、何事かを楽しげに語らう声が響き渡る。

 

「すいません。ちょっと今は忙しいので、後じゃダメですか?」

『あ、そうなんだ。できれば今が良かったんだけど』

 

 すいません、と今一度謝罪。

 画面の向こうでフェイトは首を振る。

 

『いいよ。それじゃ、帰ったらまた改めて話すよ』

「はい。お願いします」

『それじゃ、また後でね』

 

 通信が切れると、再び辺りが暗くなる。同時、先ほどよりも会話する声が鮮明に聞こえる。男のものと、女が数人。日が沈んでまだ一時間と経っていないが、こんな人気のない場所で大声を出すとは、どういう神経をしているのか。

 

 路地から身を乗り出す。

 隠れる必要は、ないだろう。

 

 案の定、歩いてきたのは、一人の男と二人の女だった。まだ若く夜遊びを満喫したい年頃なのか、三人とも肌を小麦色に焦がし、着崩した格好の男は明らかに染めた金髪をなびかせ、口の端に煙草を咥えている。女二人はやけに扇情的な姿で、まだ夏も遠いのに肩まで露出したタンクトップやら切り裂いたようなデニムやら太腿が丸見えのミニスカートやらで、今時こんな若者が外を闊歩しているものかと感心してしまうくらいカジュアルな格好だ。

 

 路地から出てきたダイスケを目ざとく見つけた男が足を止め、腕を組んでいた女二人も同じく立ち止まる。品定めするような目線が肌にまとわりつく。この辺りに子供にしては身なりが整っている、その点が彼らの気を引いたのか、それとも自分たちより年下であることが決定打となったのか、質の悪い粘着質な笑みを携えながら、近づいてきた。

 

「おうガキ、こんな夜遅くに出歩いてっと危ねぇぞ」

「へぇ、こんな可愛い子がゴミ捨て場みたいなとこにいるんだぁ」

「ちょっとやだぁ、アンタこういう子がいいわけ?」

「ああ? テメェそういう趣味だったのかよ」

 

 身体から温度が抜けていくのが分かる。あの目は間違いない、檻の中の見世物を嘲笑う類のものだ。頭の悪い会話内容に耳を傾け、この連中はゴミ捨て場に群生する異生物のような存在なのだと思う。

 

 こういった連中が足を踏み入れるのは一度や二度の出来事ではない。好奇心を完全に押し殺せる人間は少ない。未知のモノへ興味を抱くのは人として当然だが、しかし好奇心は猫をも殺す、という言葉をこの連中は知らないのか、と考え、それもないのだろうな、と自問自答する。こんな平和ボケした世界の中では危機的状況に陥るのは管理局に属さぬ者には縁遠い話である。市民は守られるべき存在だが、自己意識が必要不可欠である。そうでなければ、先日の不法住民の一件、あの時の避難はもっと上手くいっていたはずだ。

 

 男の下卑た笑い声と女の気に障る黄色い声に、いよいよ酔いが冷めてきた。こんな連中に少しでも助けてやろうと思った自分が情けない。六課に入ったことで偽善者に一歩近づいたとでもいうのか。自分でも吐き気がこみ上げる。偽物でも本物でも、やはり善意は善人の善行でしか許容できない。

 やはり慣れないことはするもんじゃない。首を振り、けれど最後まで意志は一貫すべきだろう、ため息をつきつつ、言った。

 

「運がないね」

「は?」

「ここの先は廃棄都市じゃないんだよ。早く帰った方がいい」

 

 淡々と語る少年の異様さに気づかず、男たちは顔を見合わせる。何言ってんだこいつ、と言わんばかりの反応。それは正しい反応だ。だがそんな鈍い頭では、今後社会に出てから通用しないし、そもそも、恐らくやって来るであろう『新たな時代』を生き残れない。

 

 忠告はした。だが、男らは急にダイスケを見る目を変えた。興味を失ったのだろう、「ねぇもっと奥行ってみようよ~」「そうだな、ここら辺くっせぇしよー」と大声で喋りながら、立ち去った。

 奥の方へと、先へと進んでいってしまう。

 

 馬鹿な連中だ、と無機質な目を向け、周囲を探る。サーチャーを使わずとも分かった。息を潜める気配がする。常人ならば違和感に気づかず通り過ぎてしまうくらい、小動物ほどの気配も感じない。敵意はなく、関心は外からのお客様にあるようで、次第に男たちに引っ張られるように移動して行った。ご愁傷様、運が無いね。心中で呟き合掌してから、踵を返して立ち退いた。

 空を見上げる。曇り空の向こうでは、星の輝きが今も絶えることなく瞬いていることだろう。こんな日は、星の光を浴びていたい、そう願うことさえ、傲慢なのだろうか。感傷めいた思いを抱きつつ、光の見える場所を目指し、街の方角へ足を向ける。

 

「そういえば……」

 

 店の中で、何かを思い出しかけたような気がしたが、あれは酒の魔力が魅せる幻だったのだろうか。首を振り、街に着くまでに醒めるといいなと思い、姿を消した。

 

 

 

 五分後。遥か後方から悲鳴が上がったが、曇り夜空に吸い込まれ、誰にも届くこと無く、やがて途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンクヤード、と呼ばれる場所がある。

 誰もが侮蔑をこめて呼び、或いは誰もが目を逸らす、世界に見捨てられた場所。

 

 そこには人の温かみなどなく、あるのはとことんまで剥き出しにされた、人間らしいモノの有り様だけだった。

 

 

 

 

 

 

 




ファーストアラートの内容は原作とほぼ同じなのでほぼ端折りました。

ここら辺は大きく変わることがないのがオリ主存在の二次創作の常といったところでしょうか。

また、今後ちょいちょいオリ設定が加わっていくかと思われますので、その点もご了承頂きたいです。
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