私だけのお星様。   作:神凪響姫

8 / 11
ちょっと間があいてしまいましたが、続きです。

なんだか前回の話は不評だったみたいですが、どう考えても今後ああいう雰囲気にはなれないだろうと判断しましたので、無理やりねじ込んでみました。

今後は原作的にもシリアスな話や戦闘が多くなっていくと思われます。


それと、始める前に注意書きを。



※注意

今回から『なのは』とは無関係な作品のキャラがごく少数ながらも登場します。非常にマイナーな作品のキャラですので元ネタとして追加は致しませんが、後々タグを増やす予定です。単純に作者の趣味で出す人物ですので、特に深い意味はございません。ご了承ください。



第5話 死は逃れられない

 

 

 光が瞬いている。

 

 まだ星の散らばる夜も深い頃。隊舎からそう遠くない林の中で、光が踊るように跳び回っている。小川で瞬く蛍の光を連想させる小さなそれは、誘導型の魔力弾だ。恣意的な動きで空中を漂うターゲットスフィアの間を掻い潜るように滑り、鋭角を描いて機動を為す。暫くは接触することなく飛翔を続けていたが、やがて一発、また一発と、無駄の少ない機動に明らかな疲労感が漂い始めた挙句、魔力弾とスフィアが激突する。

 それでも再び動き出すスフィア。再度虚空に生じた魔力弾は、掻い潜るような軌道を描き始める。

 

 かれこれ三時間は経った頃だろうか、不意に光が消え失せ、嘆息する気配が生じる。

 

 ふぅ、と肩で息を吐いた少女・ティアナは、額ににじんだ汗を拭う。直立不動のままとはいえ、大いに集中力を必要とする訓練には心身共に多大な負荷をかける。どっと湧いて出る疲労に一身に受けながら、背中の木に体重を預ける。

 

 今日の訓練は既に終了している。日が暮れてからも一人訓練を続けていたティアナは、どこか暗雲漂う表情を浮かべる。

 上司が用意したトレーニングメニューに不満は無い。無いが、物足りなさを感じる。成長期も終盤に差し掛かった今、鍛えて大いに伸びる時期も終わりが見えてきている。現在の訓練内容は常人からすればハードなものだが、まだ若いフォワード陣の身体を壊さぬよう最低限の配慮はされている。そのため、昼に過度な特訓を行った際は、十分な休息を与えられる。今日も昼間に体力自慢のスバルさえ音を上げる辛い時間を過ごしている。ティアナとて仏頂面を保っていはいるが、内面かなり限界が近づいている。ベッドに横たわれば三秒で意識を手放すだろう。

 

 それでも彼女は落ちかける瞼を跳ね上げ、身を委ねたくなる眠気を吹き飛ばし、肩をほぐしつつ立ち上がる。

 

 強くなりたい、という欲求が、彼女を突き動かす。

 劣等感という深く強い衝動が、ティアナ・ランスターの心を加速させる。

 

 自分の腕前は自分がよく知っている。頭脳も身体能力も魔力も、全てが秀逸というわけではない。訓練校は首席で卒業した。相方ほどではないがそれなりに体力に自信はある。だが彼女に自信をつけるには多すぎる要素が壁として立ちはだかっている。士官学校も空隊も落ちた。高い魔力資質を持つ上司。才能豊かな同僚。自分の腕が大いに劣っているとは決して認めないが、資質や才能の有無で見れば、明らかに自分にはそれが欠如していると認めざるを得ない。真っ直ぐな力を持つスバルや、今後伸びているエリオとキャロ。数か月にも満たない出会いから続けてきた訓練で、お互いの力量は知り尽くしている。だからこそ、ティアナは歯噛みする。

 加え、新たに入ってきたダイスケも、同年代どころかスバルにさえ匹敵する完成された機動力を持つ。魔力値も低く、見ていて要領が良く才能があるとはお世辞にも言えない。けれども持ち前の経験から導き出されたような最善を尽くす戦い方は、ティアナが目指す先にあるものだ。それをあの年齢で身につけるには如何様な手段を用いたのか。極めつけに、自分がかつて愛用していたデバイスを巧みに操る腕の高さ。数年使い続けた相方がいとも簡単に他者に扱われる、この言い様の無い感情。嫉妬と不満と怒りを混ぜこぜになった黒い何かがこみ上げてくる。お前の努力など小さなものだと陰で嘲笑されていると後ろ向きに考えてしまう。皆が前を向いて走り続けているのに、自分だけ追いつけず俯いてしまっている。

 

 いつからだろう。こうして皆に隠れて訓練をするようになったのは。

 

 ティアナは面に出さないだけで、感受性が強く感情の起伏が大きい。今の冷静沈着な人格が形成されたのは、偏に兄の影響だと言える。

 

 正確に言えば、兄が逝去したその結末、だろうか。

 

 両親が物心つく前に死去したため、唯一の肉親だった、ティアナの兄、ティーダ・ランスター。首都航空隊に就く彼はティアナとは違い才能に恵まれたようで、努力の甲斐あってエリートコースを着々と進んでいた。親のいない環境でも真っ直ぐに育ったのか、性格も歪まず温厚で人を惹きつける存在だった。ティ-ダもまた、唯一の肉親であるティアナを愛し、親の代わりを懸命に務めた。そんな彼をティアナも親のように慕い、誇りに思っていた。

 

 しかしそんな幸せな思い出も六年前、唐突に終わりを告げた。

 

 逃走違法魔導師の追跡任務に従事し、魔導師と交戦し殉職。まだ十歳のティアナに淡々と告げた管理局員の冷めた顔を未だに思い起こせる。兄は死して任務を全うしようと試みたものの、あえなく敗北を喫し、結果は無残なものとなった。それだけならば我慢できた。兄は立派な局員であったと胸を張って言えた。死んでしまったことは悔しいけれど、最後まで真面目で強くて、優しい人だったと言えた。

 だがそれも、遺体を埋葬した直後に耳にした一言で、瓦礫のように崩れた。

 

『無能』

 

 言葉の意味を知らぬ彼女も、侮蔑を込めた上司と思しき男の表情で全てを察した。子供は他者の感情に敏感だ。大人の言動を目にし耳にし成長する。あの日の言葉が幼いティアナの心に亀裂を入れた瞬間、彼女の行く先が決定的に変わった。

 兄は死んだ。それは決して変えようのない事実。でも私は生きている。ならば生きる私が彼にできることは何? 兄の分まで生きること? 兄の分まで幸せになること? 否、断じて否。兄の汚名を晴らすまで幸福を享受することはできない。兄の屈辱を晴らすまで歩みを止めることは許されない。苦しくても辛くても、死した兄は二度と感情を得ることはできない。死者は何も思わないし何もできない。生きているからこそできることがある。きっと自分には、何かができる。そう思い、願い、支えにして、励みにして、今まで生き続けてきた。最早理不尽に涙するだけの弱い自分はいない。例えどんな困難に苛まれようと、私は絶対に膝を屈しない。

 

 だからティアナ・ランスターは、心でどれだけ泣こうと、その顔はいつも冷静であり続ける。泣いて俯いてしまえば、手を伸ばせば届くものすら見えないのだから。

 

 もう汗は引いている。火照った身体に夜の涼しい空気が染みて心地良い。

 

「……」

 

 視線を動かす。隊舎の向こう、寝静まる寮の一室に、明かりが灯っている。前々から気づいていた。新入りの少年の部屋は、夜中だろうと朝方だろうと、陽が完全に昇りきらないうちは絶対に明かりを消さない。理由は分からないが、自分がこうして訓練に汗を流している間も、彼は室内で陰に隠れて鍛えているのではと思うと、焦りが一層強く浮き出る。

 

 まだ時間はある。もう少し続けようとティアナは再び訓練に没頭する。

 

 誰にも負けられない。もっと強くなりたいと、願いながら。

 

 

 

 

 

 ティアナは知らない。決して明かりの絶えない部屋の中で、少年が何をしているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

   第5話 死は逃れられない

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の任務が決まった。

 

 ホテル・アグスタという名の知れたホテルで行われる骨董品関係のオークション、それの警護任務だった。クラナガン南東部に位置し、周囲を森林に囲まれており、探査魔法を行使すれば、ある程度立地に恵まれていると言える。ガジェットの襲来は凡そ予想がついており、事前に戦力を配備できるのも利点だった。特に今回は、六課の全戦力をもって警備にあたる。普段共に仕事する機会のないフェイトやシグナム、後方支援が主になっていたシャマルやザフィーラも、フォワード5名と共に立つ。普段肩を並べる機会に恵まれない者も参加するこの任務は、蓋を開けてみればただの護衛と警備で、ガジェットの襲撃も予想はされるが、数は少ないだろうとのこと。ガジェット製作者・スカリエッティの目的とはほとんど接点がないイベントだからだそうだ。

 

 出展される品々を目的に遠路はるばる足を運ぶ正解のお偉いさん方は多く、。潔癖なレジアス中将率いる地上本部とはやてが対立しているのは有名だ。にも関わらず、地上本部が今回仕事を回した理由は、人手不足の煽りをもろに受けている地上には無い六課の過剰とも言える強大な戦力をあてにしたからなのか、それとも人命保護と骨董品の守衛という状況によっては二者択一になりかねない事態に陥った場合の失態を期待してのことなのか。有力な二説が浮上するも、いずれにせよ拒否する権限などなく、第一『その程度』を臆して何が為せるというのか、というのがはやての語りである。

 苦難が待ち構えているのは百も承知、それを乗り越えてみせてこその機動六課。何者かに試されているならば、鼻歌でも吹かせて易々と突破してみせよう。

 

 はやては今回、別の任務にあたらせている他の隊長・副隊長を全て呼び戻し、持て得るだけの戦力を注ぎ込んだ。やりすぎではないかと疑られかねない全力投球であるが、オークションにはロストロギアやそれに準ずる物が多数出品される。仕事の達成効率が落ちるのも止むなしということで、新人も含め全てが結集することとなる。

 ゆえに、今回の任務は気が抜けず、手を抜くなどもってのほかだ。

 

「―――だというのに、俺の新装備が完成してないというのはどういうことなんですか説明して下さい今すぐに」

 

 苛立たしげな声に、口の端を引き攣らせるシャリオ。

 

「いや、あのね? 落ち着いて聞いて欲しいんだけれど、実はなのはさんから使用禁止令が出てて……」

「だから貴女に改造するよう指示してたじゃないですかなのに渡せないって一体全体どういうことなんですか説明を要求します」

 

 次第に壁際へと追い詰めていく。ダイスケ用に開発されているインテリジェントデバイスは、部品の特異性や要望に叶う完成形が見通せず、完成が大幅に遅れることが予測され、そのため、以前提出していたアームドデバイスの改造を急いでもらった。明日に控えるホテル・アグスタ警護任務にあたって、ガジェットの襲来も懸念されたからだ。

 

 現状、装備には不服は無い。アンカーガンも有効活用できている。ただ、新しい武器よりも、長年使い続けた武器の方が扱いやすいのは当然の話である。改造されようが、大本は変わらないはずなので、改造するならば早くして欲しいと急かしに急かしたのだが、結果は芳しくなかった。

 翌日にまで迫った今日になって、開発ルームへ顔を出すと、焦燥気味のシャリオがおり、あまりに色濃い疲労感から物怖じしたものの、待ちきれなくなって問い質した。

 

 沈黙が漂う。ややあってから、嘆息したシャリオは、テーブルの上に何かを置いた。ダイスケが所持していたビームライフル……ではなく、三つの短い黒の砲身が三つ取り付けられた、三連砲塔の小型バルカンである。小型と言ってもやけに重量感溢れるフォルムで、実に重々しい空気が漂う。

 

 当たり前だが、初見の武器に違いない。

 ついでに言うと、見た目がほとんど質量兵器である。

 

「結構無茶苦茶な改造を施していたから、パーツの大半に過負荷が生じてて、術者に余分なダメージを与えるようになっていたの。こないだの内出血はそのせい。だからなのはさんと話し合って、まず術者の安全性を確保しようって結論に至ったの」

「ふむ。それで?」

「だから負担を減らすため、そしてエネルギー効率を重視したら、六連カートリッジのロードができなくなって」

「ふむ?」

「単発の発射が内部機構に損傷を与える可能性も微量に残ったから懸念事項を統括して考慮した結果、三連砲塔のバルカン式になってカートリッジは最大5発までになって軽量化が図られたから腕に取り付けられる分威力が低下したけど連射による牽制ができるようになって……」

「つまり?」

「原型留めなくなっちゃいました。ごめんね」

 

 合掌された。否、謝罪された。

 

 笑顔だったら蹴り倒していたところだが、心底済まなそうに謝られては何も言えない。加え、四の五言ったところで結果は変わらない。元を正せばダイスケが無茶な注文を発したせいでもあるし、ならばこれで我慢するしかないのか、とやや前向きに考える。考えるが、この質量兵器そのままな物体を抱えて戦うのかと思うと、大分モチベーションが低下しそうだ。以前のビームマグナムは性能全てに納得した上で行使していたから良いものの、この先行き不安な雰囲気漂う武器を頼りにしてよいものだろうか……。

 

 ダイスケの意向とはズレた武装が用意された背景には、仲間同士の連携向上や、個人の万能性よりも仲間同士の総合力を重視したいという上司の意図も絡んでいるのだろうが、それにしては本人に了解の一つでもとって頂きたいものである。

 

 そもそも、

 

「実際見てないのでどうとも言えませんけど、これ、AMF下でも使えるんですか?」

「う……」

「そもそもガジェットの装甲貫通するのに十分な収束力を捻りだす腕が今の俺にはないのでそこら辺をカバーする武器がないと接近戦しかできませんし」

「うぅ……」

「貴重なカートリッジ消耗して散弾ばら撒いたところでガジェットは止められても破壊できないと意味無いしアンカーガンの方が使い勝手よさそうだしそもそも腕に取り付けたら機動力落ちるし……」

「ごめん私が悪かったから勘弁してちょうだい」

 

 再度謝罪が入った。女性に平謝りさせる趣味もないので、「いいですよ」と肩を落として答えた。まぁ、実際使ってみないことには何も言えない。せっかくなので手にとってみようと軽く手を伸ばしてみた。ついでに装着してみた。

 

「ごつっ」

 

 思わず呟くくらい大きい。身体の横幅半分くらいの高さがある。小型化が行われてこの外見というのはどうだろう。しかし見た目に反して非情に軽い。実際の重量に換算するとおおよそ辞典一冊分程度だろうか。それでも重さを感じるが、この程度ならば長期戦にならない限り足を引っ張るまい。訓練で鍛えた甲斐があるというものだ。そもそもビームライフルと重量はさほど変わらない。

 今のところ、実用性を見出せない。しかし視界の隅で肩をすぼめて申し訳なさげに佇む同僚を見ると、このままつっ返す気も失せてくる。

 

 軽く腕を上げてみる。こんなものを年中ぶら下げていたら職務質問を受けそうだと思い、よく考えたらその管理局の一員であることを失念していたと苦笑が漏れた。

 

 ともあれ、まずは試してみよう。

 

「よろしく」

 

 答えなどない。けれども命を預ける新しい同志に、彼なりの礼儀を持って接するのだった。

 

 

 

 

 

 

      ●   ●   ●

 

 

 

 

 

 

 森林地帯の真ん中にそびえ立つ建造物。それがホテル・アグスタである。

 

 薄暗闇が広がる夜の森は暗く広い。一切明かりという概念が存在しない無音の世界。一歩踏み込めば光明の差さない深い闇がどこまでも続いている。唯一光を放つのは、高く伸びる人工のオブジェ。そびえ立つ摩天楼はライトアップが施され、寒々しい色彩を浮き上がらせている。

「しっかし、こんなところまで出張らなくてもいいと思うんだけどねぇ」

「無駄口叩いてねぇで、ちゃんと持ち場守ってろよ」

 

 今回、このホテル内で行われる骨董品関係のオークションに出品されるロストロギア、それを狙うガジェットを排除することが六課の、もとい、外部警備を任されたフォワード陣と、そのフォローに回る守護騎士たちの目的だ。隊長三人はというと、表面上はオークションに参加する形で警備にあたる手筈となった。招待されたからなぁ仕方ないなぁ、などとはやては言っていたが、どう見てもウキウキ気分であったのは間違いない。ついでに高そうなドレスを購入していたのも間違いない。

 

 何故こんな面倒な任務を、と思うダイスケであるが、六課の正式名称『古代遺物管理部機動六課』が示すように、元々この組織はロストロギアとある意味密接な関係にある。そも六課は地上に位置する組織の末端、地上本部から直接得た指令は拒否できない。そういった上下関係のしがらみを忘れ、行使混交を避け腸に煮えたぎる想いを抑えてまで怨敵と表面上は和やかな会話を交わさないといけないのは、やはり組織の面倒事というものか。そういうのが性に合わないとしか言えないのは、自分がどこまでいっても子供だからなのか。

 

「一応あたしらも外で警戒してっけど、いつ何が起きるか分からねぇ。今のうちに準備は万全にしとけ」

 

 いつになく真剣な面持ちで、ヴィータは言う。警戒し過ぎではなかろうかと思うも、結局ガジェットの襲撃する可能性は皆無と言えないのだ。確かに任務に手を抜く気質ではないが、しかしそこまで身構える必要はあるのだろうか。新人であるフォワードたちならばともかく、戦い慣れているヴィータが険しい顔をする理由があるとは思い難い。

 

「なんか嫌な予感すんだよな。何かを忘れてるっつーか、見落としてるっつーか……」

「忘れ物でもしてきたんじゃないの?」

「あーそうだそれかハンカチ忘れちまってた後ではやてに怒られ……オメェも怒られたいか?」

 

 青筋を浮かべて拳を振り上げるヴィータにすり足で後退するダイスケ。余計な口を開くから怒られるということを自覚しておきながら言わずにはいられない悲しき人間の性である。

 

「わざわざ遠くから来てこんな辺鄙な場所で古びた物品に家の一つ二つ建つ大金投げ捨てるとは、お偉いさんの考えることは小市民には理解しかねるよ」

「小市民は銃ぶっぱなさねぇし魔法使わねぇよ」

「何、まだこないだのこと根に持ってんの? 意外と執念深いね。自分をフッた男は徹底的に潰さないと気が済まないタイプとか?」

「どんだけ病んだ女だよそれ。別になんとも思ってねぇよ。つーか、オメェ余裕面してる立場じゃねぇだろ。ただでさえ武器使えなくなって戦闘力下がってんのによ」

「おっと耳が痛い発言だね。Cランクくらいしか魔力がない今の俺じゃそっちの足を引っ張るのが関の山かな。こうなると地上の人たちの助力一つさえ頼もしく思えるよ」

 

 少し前まで目の敵にしていたというのに。言外に込めた意に自嘲気味な笑みが浮かぶ。ヴィータは「まぁ、今回はアタシらだけだけどな」と断言した。

 

「何で? さんざん総隊長が批判してた地上本部にも、優秀な魔導師とやらはいるはず。スカリエッティとかいう奴の行動パターンくらい向こうも把握できてるだろうし、もし襲撃の可能性が大いに高いと判じたなら、六課に応援を寄こすことだってあるんじゃないの?」

「地上本部はそこまで臨機応変な対応とれねぇよ。警備に回せる戦力は限られるし、ガジェット襲撃を十分考えられるってのに、多少程度の魔導師を置いたところで無駄な壁にしかなんねぇ。数少ない実力のある連中は片っ端から重要任務に回されてっから、期待するだけ無意味なんだよ」

 

 それに向こうの連中には嫌われてるしな、という小さな声は、敢えて聞き流した。

 

「あー。それじゃ少数精鋭の六課は考え方によっては適任なんだね」

「風の便りじゃ、新兵器の製造に手間取っててかかりっきりだとかいう話だしな」

「新兵器……?」

 

 耳を疑う発言だった。

 戦争は技術を躍進させ国を芳醇させる術の一つだが、その先には明確な目標が存在する。兵器を生む理由は、敵対する存在の根絶しかない。ならば地上にとっての敵とはまさか……。

 

「信憑性に欠ける領域を出ねぇけどな。近々大規模な作戦に入るって噂もあるくらいだしよ」

「作戦って?」

 

 知らねぇよ、と肩を竦めてヴィータは立ち上がった。

 

「近頃はクラナガンも物騒だしな。例の『鮫』の件で地上も振り回されてんだろーさ」

「鮫? それって……」

 

 問いかけたところで、ヴィータの向こうにいる人物が目に入った。橙色の髪が映える少女。抜けきらない緊張の混じった身体を解くためか、腕を組んでぼぅっと突っ立っている。公私を分け仕事に気を抜かない彼女にしては珍しい姿だった。どこか横顔に疲れが窺え、

 

 ここ数日、ティアナはああして時折何かを考え込むようになった。決まって一人の時、誰も見てないような環境で、ああして深く熟考するかのように固まっている。訓練時に異変は見られない。集中できてないという様子でもなく、逆に集中しすぎてしまっているように見える。直属の上司であるなのはが口を出さない時点で差ほど重大な問題が起きているわけではなさそうだが、ああも頻繁に隙だらけの仕草をされると指摘してやるべきかと思う。プライドの高い彼女に真正面から言ってのけるのは少々度胸が要りそうだが。

 

 しかし。

 

「ん? どした」

「いや……」

 

 言葉を濁す。態度の異変など後で気づいただけだ。一番気になったのは別のこと。彼女の周辺を漂う雰囲気が、前よりも暗く淀んで見える。複雑怪奇で思考と感情の奔流を乱され渦を為す人間の空気。フォワードでは、他の三人に比べ感情の起伏が割と小さいティアナの表情から拾い上げられる情報は少ない。ただ、強い感情は周囲の空気に触れた他者に伝達される。正にしろ負にしろ、人の想いというやつは伝えようと思えば簡単に伝わってしまうものなのだ。

 任務前の緊張から生じる感情の重みでもない。記憶が確かならば、もっと前から生まれる感情の歪み。任務に支障をきたすから、とか、傍で辛気臭い顔をしてると気が滅入る、とか、言い訳が浮かぶも、気になった点が多すぎた。特に何故か分からない『疑問』を解消できればと思いつつ、ヴィータに一言入れてから、ティアナの元へ行く。

 

「ティアナ。大丈夫?」

 

 声をかける。ティアナはいつも通りの無表情で、けれどもどこか普段よりも鋭い目線を向けた。言い様のない不安が湧き上がり、やはり自分の疑念は正しいものだと直感する。ティアナは何故かダイスケに敵意に近い感情を抱いている。今日になって自分に対する黒い感情がより一層強まっている気がした。自意識過剰ではないことは確かだ。現に今、一瞬だけ、強い視線を送られた。理由も分からず僅かにたじろぎ、瞬き一つの間にティアナは平常を取り戻していた。

 

「平気よ。ちょっと寝不足気味なだけ」

 

 それ以上何も言うべきことはないと言わんばかりに、周辺の警戒を続けるティアナ。敢えてダイスケから背を向け離れたのは、遠まわしな拒絶か。

 ここ数日、彼女の様子がおかしいのは気づいていた。訓練内容も徐々にハードなものへ移り変わり、個人の能力別に特化した特訓も時間を増やして行われている。それだけ今後の激戦が予想されるのか、ともかく日が沈む頃には全身が悲鳴を上げるような状態が毎日続いている。健康優良児然としたスバルさえ別れる時は眠たげな顔をしていたのだから、ティアナはそれ以上の疲れを感じているはずだ。

 

 スバルに尋ねると、どうやらティアナは夜中こっそり林の中で個人練習を行っているらしい。元気があり余っているわけではなく、単純に練習量不足を感じて不満だからか、それとも実力不足を感じて躍起になっているのか。どちらにしても、褒められるべき行いではない。上司の出した特訓メニューはそれぞれの能力を考慮して決定されたものだ。過剰な運動は肉体を破壊し、心身共に余分な圧力をかける。

 未発達な身体を酷使すればどうなるか、知らぬティアナではあるまい。知っていてなお半ば無謀な挑戦を続けるティアナを、スバルは止めなかったそうだ。長年付き合い続けた相棒の熱意は、誰よりも知っているから。何もしなくて後で後悔するより、今やるべきことを全てやって後悔した方がいいと思うから、と。

 

 それを聞いて、特別ダイスケは動かない。ティアナの事情は彼女の問題だ、仲は良い方だが刎頸の交わりというほどでもないし、そもそも良き友人とも言えるほどの間柄でもない。ただ話が合う仲間くらいのものだ。訓練しようが体調を崩そうが知ったことではない。

 が、仲間としてすべき心配くらいは当然する。あの様子だと、いつか重圧に耐えかね壊れてしまいかねない。会って間もないダイスケがそう思うくらいなのだ、他の面子ならば思うことはそれ以上だろう。

 

 視線を動かす。立ち退くティアナの背中を追う人物がいる。スバルだ。こちらと視線が合い、眉根の寄った顔がホテルの明かりで浮かびあがる。心配なのが丸分かりな表情に向かって小さく頷けば、解き放たれたようにティアナの後を追った。見送り、ややあってから、ダイスケはゆっくり立ち上がった。

 反対側へ。ヴィータの元へ向かう。カートリッジを数えていた少女は、怪訝な顔を上げる。

 

「ヴィータ。ちょっといい?」

「あ? なんだよ」

「飴あげるから頼み聞いてほしがフッ! な、なんで殴るの……」

「うっせぇ子供扱いすんじゃねぇ馬鹿野郎! 用があんならさっさと言え!」

 

 プンスカ怒るヴィータに、息を整えてから、ダイスケは言う。

 

「割と簡単なことなんだけど、実は―――」

 

 

 

 

 

 

 それから二時間後。周囲の森林地帯からガジェットが出現。ホテル・アグスタへと殺到した。

 

 概ねはやての予想通り、ガジェットの襲撃に伴い、六課のフォワード及び副隊長らは迎撃行動に入る。予め想定されていたものと同様、セオリー通りの動きしかしないガジェットは、新人でも幾分余裕を持って撃墜することができた。気が抜けないのは確かだが、初任務時に比べれば、大分落ち着きを持って臨むことができた。副隊長二人も感心しつつ、素早くガジェットの一掃を努めた。

 最前線で活躍するシグナムとヴィータ、数に物を言わせ二人の攻撃範囲から逃れたガジェットを一つ残さず破壊するスバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ダイスケの五人。訓練で培った知識と経験を生かし、実戦という緊張を振り払い、理想の動きを体現する。一人も負傷することなく撃墜を続け、誰かが不安を安堵に切り替えた。

 

「まぁシグナムやヴィータもおるんやし、新人たちもどうにかできるやろ」

 

 何も心配することはないと。はやては作戦を変更することなく、オークションに専念していた。

 それが過ちだと気づくのは、五分後のことだった。

 

 

 

 

 

 はやては幾つか失態を犯していた。

 

 一つは仲間の実力を信じて疑わなかったこと。一つは味方の配置を真逆にしたことだ。

 企業の重鎮も顔を覗かせるこのイベント会場内に、六課が誇る最大戦力を三人も投入したのは、確かに本丸とも言えるホテルの最終防衛ラインとして用意するためで、そもそも彼女らの出番はほぼ無いとはやては確信の領域に至っていた。事実、未熟とはいえ潜在能力の高いフォワード陣と、並大抵の敵ならば余裕で葬り去るだけの実力と長く多くの経験を兼ね揃えた守護騎士四人が外で控えている。はやてからの信頼も厚い守護騎士ヴォルケンリッターは、周囲の認識通り、それぞれが高い能力を誇り、四人揃えば一騎当千の力となろう。疑う者など誰ひとりおらず、彼女ら自身も、心のどこかで安心していたはずだ。

 

 心に隙が生じた理由として、敵と認識する次元犯罪者スカリエッティは、過去にロストロギアを求めて数多くの事件を引き起こしている。更に言えば、レリックというロストロギア或いはそれに類する物が関わる事件の犯罪者、だ。

 今回のオークションはレリックは一切関係していない。可能性は低いが、出品された物の中にスカリエッティが求める何かがあるかもしれないと仮説を立て、全ての戦力を集結させたわけだが、結論からすれば、その認識は間違いだったと言わざるを得なかった。

 

 今までそうだったからと言って、これからもそうだとは、限らない。

 

 それでも守護騎士の力添えもあるのだ、新人たちなら乗り越えられるだろう。結界内部に閉じ込められたはやては、不安になる同僚を励ましながら待っていた。幾ら大群が押し寄せようと、皆なら平気だと、心のどこかで思っていたのだ。

 

 だから、少しも考えなかったのだ。

 

 味方が苦戦している、という可能性を。 

 

 

 

 

 

 

 最初は全てが上手くいっていたかのように見えた。

 

 異変を察知したのは、最前線で猛攻を続けるヴィータとシグナムである。両者はホテルから少々離れた森の入口に近いところで戦っていた。まだ二度目の実戦ということで不安があるフォワードを気遣ったがための位置取りではあるが、裏目に出たとは言わないまでも、事態の悪化に思わず舌打ちを零したくなったのはどちらも同じだった。

 ガジェットは基本、四種類存在する。カプセル状のⅠ型、飛行機に似た形状のⅡ型、巨大な質量を誇るⅢ型、ガス攻撃を行う黒いⅠ型の改良タイプ。ガジェットは単純な動作指示を得て行動しているのか、或いは遠隔操作で動いているのか、あまり人の意志を感じられる所作は見られず、機械的な動きばかりで、実戦慣れした副隊長二人からすれば、ガジェットの脅威は数の暴力であり、それがなければただの雑魚、という認識である。AMFは魔導師殺しとされる技術だが、対策を練ればどうということはない。アイゼンの一撃が、レヴァンティンの一閃が、ガジェットをことごとく無残な瓦礫へと変貌させていく。

 

 ところが、戦闘が始まって十分と経たないうち、劇的な変化が生じた。銀色の鉛玉を穿ったヴィータは、でかいだけが取り柄のⅢ型のアームユニットに攻撃が全て弾かれるのを見た。これにはさしものヴィータも瞠目せざるを得ない。一瞬硬直する身体を引き下げ、叩きつけられるアームの射程から逃れる。

 着地の瞬間、鳥肌が立った。第六感を頼りにアイゼンを振るえば、至近距離まで接近していたⅠ型を粉砕し、反対側の手でシールドを展開。すると吸い込まれるように飛んできた熱線が二度、三度と衝突し、光を散らして消滅した。

 

 攻撃のスピードが格段に上がった。直感は正しく、視界の隅でシグナムが斬撃を放つと大きく後退しているのが窺えた。一瞬だけ見たが、ヴィータ同様Ⅲ型に攻撃を弾かれていた。

 今までいとも容易く粉砕していた敵が突然動きを変えた。より正確に、より強靭に。その事実に、焦りを露わにしたヴィータは、それでも、と思いつつアイゼンを振るう。一打で一撃粉砕を完遂させていたというのに、今では空ぶることも増えた。まるで誰かの意志が介入しているかのように。

 

 何故、と考える暇もなく、頭の中に誰かの声が割り込んできた。

 

『ヴィータちゃん、聞こえてる?』

「あ!? なんだよこっちは取り込み中だ!」

『防衛ラインを下げるわ。ガジェットに変化が起きてる。一応警戒して……ホテル正面まで下がって頂戴』

 

 シャマルの念話は短かった。すぐに向こうから断絶され、反論する暇もなかった。向こうがそれだけ切迫した状況とは思えないが、予想外の事態が六課メンバーに混乱と焦燥をもたらしているのは確かだった。相も変わらず通信機器は動作不良をきたし、唯一会話が行える念話も余程強いラインを形成しない限り繋がらない。

 

 シグナムを見やる。長い付き合いだ、目線を一つくれてやれば、意図を察し前傾体勢を解く。後ろに控える新人たちが心配だ。ガジェットを知り尽くしたヴィータたちならまだしも、まだ数カ月程度の彼らでは些か不安になりもする。そこまでやわな育て方をした覚えはない、きっと大丈夫。自分に言い聞かせ、決して焦りの判断ミスを起こさぬよう、慎重に後退する機会を窺いながら、動き続けるのだが、

 

「ちっ……!」

 

 引き下がろうにも、させじとガジェットが一丸となって襲いかかる。半ば自爆特攻に近い襲撃に舌打ちをしつつ、振り落とす。防御を無視して突撃されると、普段なら敵とも思わぬⅠ型さえ厄介に思える。

 

 

 

 

 

 ホテル正面でも激戦は続いている。

 

 むしろ周辺から押し寄せるガジェットが局所集中しているせいか、副隊長二人のところよりも敵機の数は多く、銀と黒の機影が森から湯水の如く湧いて出る。

 

 不幸中の幸いは、ここに来てフォワード5名の連携が上手く機能していることだろう。上空のⅡ型をキャロとフリードが火球で撃墜し、迂闊に破壊できないⅠ型改をダイスケがバルカンで押し戻しながら他を削り落し、低空のⅠ型およびⅠ型改を的確な射撃でティアナが撃ち抜き、厄介なⅢ型はスバルとエリオが高い機動力をもって撹乱しつつ一撃を確実に与え、すぐさま離脱を図る。強固な壁も幾度も集中して攻撃すれば必ず倒せる――咄嗟に出したティアナの戦術プラン通りの役割分担は、明確な結果を残していた。

 彼らからすれば、ガジェット一機さえ自分を脅かす敵である。だから心に僅かな隙も無い。一度の実戦を見事成功させたがための慢心は、幸か不幸か今の彼らには無い。目の前の敵は、強いと判ずるだけのことはある。特に最近姿を露わした黒いⅠ型の改造版は、情報も少なく対策も取り辛い。迂闊に破壊すれば神経ガスが放出され、かと言って放置すれば他のガジェットの周囲を漂いこちらの行動を制限する。そのため、着実に敵を殲滅するには、Ⅰ型改を遠ざけ、残るⅠ型とⅡ型を集中攻撃し、割と鈍重なⅢ型は最後に回さねばならなかった。

 

 フリードは広範囲にわたって攻撃ができるが、Ⅰ型改のガス攻撃だけはどうしようもない。翼の羽ばたき一つで押し返せるが、風の流れは気紛れだ。地上を滑走するスバルとエリオの元へ少しでも流れれば動きを鈍くしてしまう。そのため、キャロとフリードは仮にも飛翔する力を持つダイスケと協力してⅠ型改とⅡ型を率先して迎撃することとなった。AGGブーツで重力を遮断し、飛翔とまではいかないまでも、空中を移動できる術は、実戦では『ないよりはマシ』レベルの代物であった。

 新装備のハンドバルカンは、彼の予想通り威力は低く、牽制程度の扱いしかされていないものの、現状その役割は大きい。黒い装甲を叩いて群れから押し出し、左手のアンカーガンで一射。爆散を目にする時間も惜しく、次の標的を狙い撃つ。近づいてくる敵も広範囲にばら撒く光弾でどうにか一か所に集めると、フリードの火炎が灰塵に帰す。

 

 ティアナは上手くⅠ型改が排除されたガジェットの群れを標的にし、クロスミラージュを構える。接近戦を度外視し、射撃体勢に入っている。無論、味方全ての動きが見える位置を確保し、背後にも気を使っている。流れ込むガジェットたちを視界に捉えながら、撃鉄を叩き落とす。途端、橙色の弾丸が空を切り、一つの撃ち漏らしさえなく爆発が起きた。

 

「スバル、エリオ! そっちにデカいのいったわよ!」

「了解!」

 

 一方、スバルとエリオも役目を見事果たしている。Ⅲ型は以前よりも強化が施されたのか、装甲が異様に硬くなっており、防御行動も無駄が省かれている。攻めに移行すればアームが伸び、懐に入り込めば装甲に弾かれる、という工程を最初こそ繰り返したものの、徐々に弱所を見抜いてきた二人は、それぞれが長所を生かして攻勢に転じた。速度に長けるエリオが背後から迫り、装甲を削る。断じて非力ではない彼の力をもってしても、Ⅲ型を一度や二度ではストラーダの矛先を突き入れるには至らない。すぐさま伸びてくるアームを敢えてゆっくり避けると、スバルが一直線に突っ込んでくる。その腕のリボルバーを唸らせながら、

 

「うぉおおおりゃあああああッ!」

 

 フォワード随一のパワーと魔力が襲いかかる。既に数度打撃を叩き込まれた装甲は軋みを上げ、やがて全体に亀裂を入れたⅢ型は大きく膨らんだかと思うと、スパークを散らして爆発した。その頃には二人は離脱し、次へと狙いを定める。

 

 と、不意に、視界が暗くなった。巨体を生かし、頭上から迫ったⅢ型が、丸いフォルムを地面へ叩きつけるように降下している。無論、その先にはスバルの姿がある。

 

 上から押しつぶすつもりか。

 

 が、横殴りの光弾の雨がそれを遮る。小さくとも数多の衝撃を一身に受け、遂にはガジェットの攻撃軌道をずらした。かろうじてスバルは打撃を回避し、すぐさま反転、強く拳を握りしめ、一撃でガジェットを装甲をかち割った。

 

「ごめん、助かった!」

 

 援護に入ったダイスケに礼を言い、すぐに新たな目標へと足を向け、マッハキャリバーを唸らせる。

 それとは対照的に、援護を為したダイスケの顔は晴れない。

 理由は単純かつ明確。腕のバルカンを続けざまに連射しつつ、

 

「使いづらっ!」

 

 思わず叫んでしまった。長年染み付いた戦い方はそう容易く身体は忘れない。衝破銃で掃射、或いは誘導し、混乱を突いて肉薄した後に刀剣で切り裂き、残った敵をビームマグナムで焼き払う。割と大雑把かつ大味な戦い方ではあるが、単純ゆえに奇襲からの猛攻は効果的であり、現にダイスケはガジェットの群れを撃退し、デバイス無しでも魔導師に打ち勝ってきた。以前とは全く違う戦い方。力の配分を考え、立ち位置も考慮し、そして味方の動向も窺う。誰かと協力することが、これほどまでに不自由だとは。メリットよりもデメリットが目立つ気がしてならず、残るカートリッジの数に焦りを得た。

 

 ……と、考えたところで、はたと思い至る。狙いを低空飛行するガジェットに定め、バルカンの砲身を向ける。カートリッジをロードし、銃口に光が灯った直後、ドラムを叩くような音が連続して轟いた。高速回転するバルカン砲が唸りを上げ、同時、持ち込んだAGGブーツの出力を上昇させる。黒い装甲に弾かれる弾丸を見つつ、上から接近。間近に迫ったところで、アンカーガンを仕舞い、腰元から刀剣を引っこ抜いた。

 

 一閃。

 迷いはない。直後に起こる結果など想定内と言わんばかりに、カプセル型のガジェットを真っ二つにした。

 途端、ガスが周囲にまき散らされる。当然、ダイスケは煙の中にいる。端から見れば自爆特攻にも見える光景にキャロが息を呑み、ガジェットの動きが僅かに止まった。

 

 途端、煙幕を突き破って飛び出す影があった。その影――ダイスケは、瞬く間に煙の包囲網から完全に脱し、進行方向に群がるⅠ型ガジェットを粉砕しつつ、一息つける場所まで離れた。そこでようやく大きな息を吐き出す。ガスが放出されると分かっているなら、吸い込まなければ良いだけの話だ。

 肌から侵入するタイプのものだったならば、もしかしたら全身が麻痺して動けなくなったかもしれない。それに、戦場で呼吸を我慢するのはなかなか堪えるが、しかし危険に見合うだけの結果は得られた。

 

(やっぱりか……)

 

 ガジェットの動きに意志が見られる。僅かではあるが、何者かによる指示を受けている。でなければ、唐突な行動に身動きを止めやしない。機械は一つの目的に対し最速かつ効率的な行動をとる。ならば無駄な反応を見せることはないはずだ。

 誰かが操っているのか。思うも、周囲には森林地帯が広がり、発見できたとしても、これらのガジェットをどうにかしない限り次の行動に移れない。増援のガジェットが絶たれるまで延々といたちごっこを続ける必要がある。

 

 ならばやるだけだ。

 とことんまでやってやる。

 

 再びキャロと共にガジェットを撃ち抜いていく。その顔に、他者とは異なる表情が浮かんでいる。不安も焦燥も何もなく、敵を倒していく感触を受け止め、確かな結果を残すことに少しの喜びを得た顔。自分の力に自信を持ち、決して屈することなき意志を持ったその姿を、静かに見ていた人物がいることに、ダイスケは終ぞ気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「鎮圧されたか」

 

 光の差さない森の奥、ホテル・アグスタから数キロは離れている木々の陰で、男は小さく呟いた。暗がりに溶け込む黒い長衣で身を包み、厳格な空気を漂わせる長身。痩せこけた頬は人としての最盛期の終焉を如実に表してはいるが、しかし数々の修羅場をくぐり抜けた兵の風格と立ち込める威容は、紛れも無い本物である。

 

 そこから遠くない位置で、一人の少女が佇んでいる。足元に魔法陣を浮かべ、目を閉ざしている。西洋人形を彷彿とさせる衣装は、長い紫色の髪と相まって、ますます人形らしい繊細な印象を強める。触れれば壊れてしまう幻想とさえ見紛うその雰囲気にすれ違う者は例外無く振り向くことを強要されるものだが、しかし深い森の奥にて立ち尽くす光景は実にミスマッチであった。

 やがて瞼を開いた少女は、か細い声を上げた。

 

「ガジェット、壊れちゃった」

 

 落胆したようにも聞こえる声とは裏腹に、少女の顔色は変わらない。

 

「退くぞ、ルーテシア。いずれ管理局がここまで来るかもしれん」

 

 距離をとってはいるが、森の中で魔法を行使すればいずれこちらの位置が把握される。地上の鈍重さ加減は知っての通りだが、配備されたのは新進気鋭の機動六課なる組織である。実力の伴わない地上の局員ならいざ知らず、名高い隊長陣と交戦した際、彼我の実力如何によっては思わぬ手傷を負う可能性もある。

 今回は様子見でしかない。男がわざわざ足を運んだのも、ルーテシアと呼んだ少女が珍しく作戦への参加要請に首肯したからである。業腹ではあるが、要請した男に逆らえぬ立場である限り、ただただ従順であり続けなければならない。それでも構わないと感情を押し込め、男は踵を返す。

 

 そこに、問いが一つ投げかけられた。

 

「いいの?」

「何がだ」

「まだ敵、いっぱいいる」

 

 無表情にルーテシアは指をさす。その先に、遠く離れた場所に、煙の上がるホテル・アグスタの姿がある。

 

「倒さなきゃ」

 

 きっぱりと言う。敵を倒す、その言葉を口にする少女の顔には感情が無い。発した台詞にどれだけの意味が込められているか、全くの無自覚だからだ。年頃の少女が抱く喜怒哀楽全てが欠如した表の顔。

 男には痛々しくも物悲しくも思える姿に心を痛め、それが偽善だと判じながら、少女の頭を優しく撫でる。

 

「その必要は無い」

 

 多くを語らず、男その場を後にする。少女も暫しの間小首を傾げていたが、納得しないまでも後ろに続く。親につきまとう子供のように。

 

 男は振り向かず、ただ一度だけ、遠く離れたところにある、都市の風景を捉える。

 

(奴が来る前に)

 

 細く開かれた双眸、その先にあるミッドチルダの街並み。普段と変わりなく見える景色の中で、黒々とした気配が湧き上がるのを感じ、ゼストは遅れがちなルーテシアを促しながら、やがて姿を消した。

 

 願わくば、誰も死す結末のないよう。

 

 決して善人とは言えない己のどの口がそう言えるのか。自嘲気味な彼の心中を誰も察する術はなく、事態は次の災厄をもたらす。

 

 

 

 

 

 ガジェットの急激な変化に混乱が生じ、それがようやっと沈静化したことで一段落と思っていた六課司令部にとって、突然鳴り響くアラートはまさに青天の霹靂とも言えた。切り裂く悲鳴じみた警報に真っ先に飛びついたグリフィスは、「状況確認、急げ!」と鋭い一声を放った。再び怒号が飛び交い出す室内に、一度は消え去った不安と焦燥がぶり返す。

 

「未確認飛行物体、急速接近!」

「またガジェットか!?」

 

 援軍か、という悪い予測は当たらなかった。

 

 代わりに、「いえ……」と言い淀むオペレーターの言葉が、より最悪の現実を突き付けることとなった。

 

「魔力反応有り! 上空120メートル地点を高速移動中! ……空戦魔導師です!」

 

 すぐにモニターが切り替わる。クラナガンの端、間もなくビル群が消滅し、南東の森林地帯に差しかかろうという領空に、黒い染みが一つ浮かんでいる。ビルの陰に隠れるように進んでいたそれは、やがて街並みから全身を飛びださせ、広々とした空にその全貌を晒した。

 

「あれは……!」

 

 全身が粟立つ。垣間見えた黒と青の色彩、そして、独特の白い模様。高度な文明を築き上げてもなお人類にとって獰猛で危険な生物として知られる、海を統べるモノ――死を突き詰める黒き鮫。人が『黒死の鮫』と畏怖する残影に、グリフィスは唇を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 その黒とも青とも言える色彩を持った影は、瞠目せざるを得ない速度で空中を飛翔し、瞬く間にホテル・アグスタ方面へと急いでいた。ビル群の中を敢えて通り、側面を蹴りつけて勢いを殺して方向転換、下から見上げる者が一様に絶句して凝視するその鮮やかな飛び方。それは、本人からすれば最速かつ最短のルートをとっている。無駄なエネルギーを抑えた、自分なりの最高のルートを進む。

 上空を堂々駆け抜けるのも可能、しかしそれでは管理局に五体全てひけらかすようなものだ。広く民衆に見せつけるのはまだしも、そちらは寛容し難い。そういう契約を仮にも交わした身だ。真面目に遵守するつもりはないが、必要以上に目立つのは避けるつもりだった。しかし事態が終結しつつある今、一刻も早く行かねばという焦燥に近い感情が身を駆り立てていた。ビルの間を跳ねるように飛べば、多少なりとも追尾を困難なものにできる。その人の形をした影は、何者にも妨げられない空を一人、往く。

 

 悠々と、黒紫の色を大気に晒し、鮫をモチーフにした紋様を描いたバリアジャケットをはためかせ、やがてその全貌を明らかにした目的地を視認し、影の口元が三日月を描く。笑みが浮かび、そびえ立つ建物が未だ喧騒に包まれ、鎮圧されて間もないことを知る。

 

 運がいい、と。まだ獲物はあそこにわんさかいると、男は歓喜する。

 

 ならば急げ。俺が行くまで逃げるんじゃないとでも言うかのように、黒い鮫が一際強く光を放つ。災厄を告げるように、黒死病を振りまく死神のように。ビルの間を飛び出して、相棒Bシャークを携え、男は――(デビル)・スリンガーは嗤った。

 

 

 

 




ちょっと長くなってしまいましたので、話を半分で切りました。


続きはもう少々お待ち下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。