理由と致しましては、
・原稿描いてた
・友人の同人誌の表紙描いてた
・データぶっぱしてあばばばb(ry
・『魔法少女が許されるのは15歳までだと思うのだが』を改稿してた
とか色々ありますが、結局自分の手際の悪さが目立つ言い訳でしかないような気がしますので、お待ちいただいていた方々に謝罪の意を示すと同時、今後は極力早めの更新を心がけるようこの場を借りて誓いたいと思います。
しかし私、途中で投げ出すことは致しません。なんだかんだで小説を書くのが一番好きですので、未完で終えてしまったら他のことだって満足にできないかと。
……さて、関係無い話はここまでにしまして、本編に行きたいと思います。
遅れてしまった分、いつも以上に長くなってしまいましたが、どうかお付き合い下さいまし。
相変わらず独自解釈が多く見られるかと思いますが、ご了承ください。
敵影の出現に遅ればせながらも気づいたエリオとキャロは、直後の反応に差が出た。我先にと勇猛果敢に挑もうとストラーダを構えたエリオとは対照的に、それを無謀と判断したキャロは即座に留めにかかった。直接相対せずとも、刃を一度も交えずとも、明らかな敵意を持つ外敵の力量は、肌を焦がすような感覚が教えてくれる。
今すぐ飛び出そうとエリオは足を踏み出し、同時に伸びてきたキャロの細腕が、運良くエリオの服の裾を掴むことに成功する。
「む、無理だよエリオ君……! わたしたちじゃどうしようもないよっ」
「キャロ! でも、僕らだって戦わないと!」
「だったらなおさらだよ! 助けを呼びに行かないと、みんな死んじゃうよ!?」
悲痛な叫びに、エリオの思考が停止する。死、と彼女は言った。子供が軽々しく口にしていい言葉じゃない。ごくりと喉を鳴らす。口の中が次第に乾いてゆく。衝突する音が頭上で鳴り響き、視線がそちらに向く。火花を散らして交わされる刃の残光が、強く脳裏にこびりついた。
それが自分に直撃し、血反吐を撒き散らして墜落する光景を一瞬想像し、あまりにリアルな錯覚に寒気と吐き気を催した。己の弱さが見せる幻かもしれない。冷汗が背筋を中心ににじみ出し、生を実感させる鼓動が必要以上に轟きだす。実戦でしか感じ得ない不可視の感触に身体をよじった。歯が噛みあわず、かちかちと硬い音を奏でる。ぶるりと背を中心に震えが生じ、最早先程までの戦意が削がれていることに遅ればせながらも気づいた。
キャロの言う通り、助けを呼びに行く方がいいのかもしれない。
けれど。このまま皆を残して行っていいのか? 孤軍奮闘する仲間に背を向け、援軍を呼びに行くためとはいえ、見捨てるような真似をする。理屈では懸命な判断だと理解できる、だが周囲がどう言おうが、エリオは心のどこかで躊躇いを抱いている。今まで培った戦う力を発揮せず、上司を呼びに行くだけの作業じみた行為。
歯を食いしばり、振りほどいて飛び出したい衝動を必死に押さえて、息を整える。
「……、分かった。急いでフェイトさんたちを呼びに行こう」
後ろ髪引かれながらも、エリオは英断を下した。
結果的に、キャロの懸念は正しかった。彼らが選択したのは、激戦が続き疲労気味のシグナム副隊長を呼びに出るよりも、ホテル内部にいるであろう隊長らと合流を図ること。その判断は彼らにとっては正しく、運良く途中でヴィータと邂逅し、ホテルのホ-ルに現れたはやてらに正確な状況を伝えることができた。隊長らはすぐさま戦闘態勢に入り、介入するべくフェイトとなのはが先行する運びとなった。時間にして僅か数十秒ほどの誤差ではあるが、結果としてその差が味方を救うことになる。
後にホテル地下から飛び出してきたシグナム共々、森林地帯で戦闘を継続していたヴィータの元へ急行。姿の見えないスバルたちを案じながら、キャロとエリオはホテル前で皆の帰りを待ち続けた。
戦いが終わったのは、それから五分後のことだった。
第6話 恐れるものはない
現場にいた者の中でいち早く敵の接近に気づいたのは、不快な何かを察知したダイスケだった。
(何か来る……?)
それも、強大な気配を伴う何かが。得体の知れない不気味な感覚に背筋が震え、同時に自分らの状況に危機感を抱いた。ここにいると的になる。空戦が可能な人材はヴィータくらいなものだが、生憎他の場所でガジェットの一掃に励んでいる。そもそも、状況がひと段落したことで、他の面子は一様に気が緩み、腰を下しかけている。結界も消え、ガジェットの残機が少なく、増援の気配が絶たれた今、誰もが警戒心を薄れさせている。ここに来て警戒を強める要因があるとは思えない。
隊長らもすぐにホテルから飛び出してくることだろう。だがそれよりも早く、空の向こうから黒い影が現れた。誰かが空を指差し、味方か、とか、今更来たの、とざわめき立つのが窺える。誰も分からないのか。ここまで明確な悪意の波動を感じないというのか。
ならば、とバルカンを構える。傍らで驚いたように身体を震わせるスバルを無視し、空の向こうへと照準を合わせる。
だが、
「……ッ!?」
トリガーを引いても、砲身が空転するだけで弾は発射されない。からからと空しく響く光の灯らぬバルカン砲。
何故、と焦りを帯びたダイスケの表情が、原因の判明に至ると更に強張った。カートリッジ式の弾薬庫が空になっている。ガジェットの一掃に全て使い果たしてしまっていた。
「しまった……!」
予備のカートリッジはない。あるのは近接用の刀剣型デバイス一本のみ。それも長年使い込んだ手に馴染む一品だが、些か心もとなく思うのは、敵戦力が未知のものであり、なおかつ終息しつつあるこの状況下で単身乗り込む敵の気概と意気込みは、己の持つ実力と自信を微塵も疑っていない証左に他ならない。こちらは戦闘後であり、体力も随分と消耗している。
確かな力を持つのは、遠く離れたところに立つダイスケにも十分伝わって来る。間違いなく六課隊長格だ。
すぐさま上司の指示を仰ぐべく、スターズ副隊長であるヴィータに念話を飛ばす。
しかし、
「通信が……!?」
できない。
ジャミングを施されたかのように、不鮮明な声がするだけで、上手く聞き取れない。既に結界もなく、先程まで良好だったというのに。
嵌められたか、と思うのも束の間、やがて空の染み程度の大きさだった敵の影は大きくなり、飛ばされる敵意もまた、それに応じて強くなった。黒いバリアジャケットを翻し、空中で一回転したその影は、その手に何かを握り締めている。
危険だ。
すぐさまAGGブーツの電源を入れ、重力を遮断する。ブーツの側部に付属していた銀色の車輪が輝きを放ち、亀裂が入って拡張する。徐々にだが、自分にかかる星の重みが軽減していくのが分かる。地面に縛り付けられていた五体がふわりと浮き上がり、束縛から解き放たれた身体が虚空で舞う。
「ダイスケ、何を……」
気づいたティアナの声も無視し、その手に一本の刀剣だけを抱えて飛んだ。急激に飛び上がると空気の壁が強く身を叩き、それを突き抜け大気の中へ身を躍らせる。鋭角で飛び、下から急上昇をかける。黒い男は自分に近づく小さな影を視認すると、体勢を変え、何かを握り締めていた右手を動かす。手にしていたのは、小さな警棒に似た物体だった。
あれは、と思うのと同時、片端から光る刃が生じた。
光学系のデバイス――ミッドチルダにおいてお目にかかる機会の少ない武器に瞠目しつつ、全身全霊をもって、ブレードを振り下ろす。男は迎え入れるように光刃で受け止めた。
火花が飛び散った。両腕を用いた力で押すダイスケに対し、黒い男は片手の光刃で易々と受け止める。子供と大人、彼我の力量差は明確ではあったが、真正面から堂々斬りかかって来た少年の無謀ともとれる勇気に応えるよう、男は歯を剥いて笑った。
「ほう……小僧、俺に気づいたか!」
主語を飛ばし、少々喜悦を交えた声を飛ばした。低く耳に届く声音は三十代ほどのものだろうか。押し返す力の具合は最盛期を過ぎたものとは思えない。近くに来れば、筋骨整う男の体躯が見て取れる。頭を覆うテンガロンハット、その下から長く伸びる紫色の頭髪が衝撃になびいた。
「何しに来たんだよ、アンタは!」
「知れたこと……傭兵が戦うのは、決まって戦のためだ!」
力任せに腕を振る。小柄なダイスケは半ば吹き飛ばされるように後退し、舌打ちを零す間もなく肉薄して来た男にぞっとした。衝撃で五体のバランスがとれない状態に追撃をかけ、勢いづいた右の爪先が弾丸の如く突き刺さった。バリアジャケット越しとは言えど、大人の放つ全力の蹴撃は尋常ならざる威力を孕んでおり、ある程度の力を拡散させつつも、大部分は腹の中身を強かに揺らした。激しくこみ上げる嘔吐感に顔を顰めながらも、押さえ込んで上へ。下へ飛べば流れ弾が味方に当たる可能性もある。位置を考慮せねば次に男が向かうのはどこか、それは容易に想像できる。
男はすぐさま飛翔し、追い打ちの用意を整える。思った以上に動きが早いと感じるのは、空間を自在に飛行可能な空戦魔導師だからか。それともただ単純に、自分が遅いからなのか。魔法を『まともに』使い始めて日が浅いから、という理由は言い訳にも届かない。
上からの重力任せに刀剣を振るう。当然の如く避けられる。その事実に少なからず瞠目した。何故避けられる? この至近距離で外すなど通常有り得ない。どんな動体視力をしているんだ。お返しとばかりに突き出される刃を身の捻り一つでかわす。皮一枚で避けたため、頬の表面に軽度の火傷が生じる。鈍い痛みに、非殺傷設定が既に解除済みであることを知る。殺す気で刃を振るっているのか。殺意よりも悦楽と興奮を乗せ、輝く害意が襲い来る。
(こいつ……!)
慣れぬ空の戦いとは言え、訓練で見た上司以上に自在な飛行を成し遂げ、実戦に適した動きを見せる男。一体何者だ、と心中で焦りを帯びた思考を生みつつ、攻防の入れ替わる戦いを継続する。
はやてたちは解かれた結界から逃れ、一秒でも早く外へ向かうべく弾かれたように走り出していた。イベント用の衣装は既に取り替えられ、いつもの茶色いスーツを身に纏っている。窓を突き破って外へ飛び出したい衝動に駆られながら、窓越しに見える空中で飛び散る火花と衝撃波を横目に窺う。上空で時折黒い影同士が交錯しているが、片方は見知った顔だろう。しかし、もう一方は誰だ? 敵であることに間違いは無いだろうが……。
「あれ、もしかして……スリンガー? 黒死の鮫っていう……」
外で繰り広げられる戦いの音に反応し、フェイトが開口する。大人のものと思しき陰影は、彼女の記憶が確かならば、近頃世間を騒がせる次元犯罪者のものだ。その話は枚挙に遑がない。数多の犯罪行為が横行している昨今、人々の記憶に強く残るのは、やはりというべきか、魔法が強く関係する犯罪、それも、死傷沙汰にまで発展したものだ。とりわけ同一人物による連続殺人などは大きく報道されており、近年ミッドチルダにまで行動範囲を広げていることから、その独特な姿形と行動パターンは、縁の無いフェイトでさえ小耳に挟んでいる。
「何か知っとるんか? フェイトちゃん」
足を止めずとも、怪訝な顔で問うたはやてに、フェイトは神妙な顔をしたまま、語った。
「今から三年前、管理内世界にあった、次元管理局の研究所を強襲して、当時発掘されたばかりで唯一のサンプルだった特殊なデバイスを強奪したって。すぐさま追撃隊が組まれたけれど、間もなく全滅したって聞いてる」
つられるようにはやては目を向ける。外で続行する金と黒の激突を遠目に窺いながら。
「出生・素性も全て不明、ただ判明しているのは、敵と見なした者には容赦しない、古代ベルカ式の使い手……」
それが、
「
剣戟はなおも続いている。自在に飛翔するだけの力を持たないダイスケは、圧倒的に不利と判断しつつも接近戦を選ばざるを得なかった。空中を思うがままに飛翔できる相手に対し距離を取れば、近距離戦主体のスリンガーは有効打を失う。しかしそれはダイスケも同様だ。加え、下手に放されれば地上へ行かれることもあり得るし、それに追いつく術は無い。激しく交叉する刃に照らされ、苦汁を呑むダイスケと口端を釣り上げるスリンガーの表情が浮かんだ。
勝ち筋の見えない火花散る攻防も、やがて終わりが近づきかけていた。戦い慣れていると言えど、所詮子供の範疇を超えぬ体力しか持たないダイスケと、成人男性として平均以上の膂力を持つスリンガーでは、地力に大きな差が出る。仮に互角の実力だったとしても、ガジェットとの戦闘後では分が悪く、そも互角では勝利は掴めない。鍔迫り合いを繰り返し、薄皮一枚の位置を通過する光る刃をかわしながら、かすかな光明を見出さんと待ち続ける。
空中戦は地上戦と異なり、不動の足場が存在せず、広い角度を警戒する必要がある。普段ならものともしない小さな風一つさえ姿勢制御を困難なものにし、接触時の衝撃を逃がす術を持たなければ枯れ葉の如く吹き飛ばされる。頭上をとられれば重力を上乗せした手痛い一撃が襲い、下に回られれば回避しづらい刺突が叩き込まれる。今の自分より体格で勝り有利な状態の敵に対し、全てで劣るダイスケの勝算は限りなく低い。
だが、退かない。
何故なら退けば、そこで失うものがあるからだ。
例えば、敵ならば排除せねばという義務感だったり、眼下で未だ立ち尽くす味方の存在だったり、己のちっぽけなプライドであったり。
一組織の人間として、新人というカテゴリから逸脱しないならば、上司の到着を素直に待つのが最良の選択だろう。敵の実力以上に、身内の実力如何は把握している。彼女らがこの男に劣るとは思い難い。だが、スリンガーの刃は肉を裂き骨を断つ。魔力ダメージを与える生易しい代物とは大いに異なる。触れれば致命傷は間違いなく、到着した暁にバトンタッチして全てを委ねるのは気が引けた。
しかし自分ではこの男に防戦一方であり、勝利できる可能性が低いのは前述の通りである。今は自分の至らなさを嘆きつつも、増援の到来を今か今かと待つほかない。
……無論、ただ時間稼ぎの戦いに準じているわけではない。
「小僧、やる気がないならとっとと帰ったらどうだ!?」
守りに徹してばかりのダイスケに腹を立てたか、苛立たしげな声を上げる。舌打ちし、だったら、と前を気を入れてから、張り合うように叫んだ。
「そんなにやりたいなら……やってやるよ!」
意気込んだ勢いでスリンガーを押し返し、そのままやや上方へ飛ぶ。動きにぎこちなさが目立つダイスケに対し、即座に踏み込み前進するスリンガーの動きのなんと流暢なことか。つられて身体に無理強いし、小刻みのステップを踏むスリンガー目がけて刀剣を大きく払い、続けざまに縦断。軽やかな動きで避けられ、それでもとばかりに突きこむ。
しかしただでさえ劣勢のダイスケに更なる追い打ちをかけるような事態が発生した。バチバチと散る火花の音に紛れ、不協和音が足元から聞こえた。何かと思えば、足元で浮遊する銀色の車輪が赤いランプを灯らせている。過負荷に耐え切れずオーバーヒートを起こしているらしい。出力を無理に上げすぎたツケが回って来た。いずれ重力を遮断し切れず落下し始める。その前に状況を打破せねばならない。
やや顔色を変えたダイスケを見て何を思ったか、三歩分の距離を置いて停止するスリンガー。バレたか、と思うも、例えこちらに後が無いことを知られようがやるべきことは変わらない。
(時間がないなら……!)
刀剣を腰だめに構え、大きく虚空を踏み込み前進。その意気や良しとばかりに獰猛に声無く笑い、同じく前進。ダイスケ以上の踏み込みで加速し、刃を振りかざされるよりも早く左腕を伸ばしてくる。
させない。襟首を掴もうと伸ばされた左腕を絶好の獲物と断定し、決行した。
「何……!?」
不意に襲った衝撃と痛みに、スリンガーの動きが停止した。せざるを得なかった。利き腕の左だけで刀剣を構え、受け側に回っていたダイスケは、前進する直前に右手であるモノを引き抜いていた。
黒く長い、革製のベルトだ。
ジャケットの腰回りを押さえる役目の担う一つを逆手で引っこ抜き、先端の金具部分を遠心力の助力も借りて叩きつけた。いかにマルチタスクを持ち合わす強者と言えど、視界の隅での行為一つに思考を割くほど戦いは悠長ではない。鍛えていようが金属の硬度で殴打すれば痛みの一つでも生じよう。不覚にもスリンガーは鈍い痛みと予想外の攻撃に身動きを止める。
すかさずダイスケは攻勢に出る。消耗戦を続けていてはいずれ破れるのは明らかだ。ならば今のうちに多少強引にでも主導権を握らねばならない。迎撃の暇も無く、構えた状態から刺突を放つ。威力は低かろうと活路を開いてくれれば、と淡い期待を抱きつつ打ち込まんと腕を伸ばす。
だが、
「くぁ……っ!」
切っ先が届く直前、苦痛に顔が歪んだ。
左手を伸ばしきったダイスケの左脇腹、そこに黒いブーツが食い込んでいる。反射神経任せに繰り出された咄嗟の一発だったのだろうが、大人ゆえの長いリーチを誇る脚撃が見事にヒットした。上体を逸らしたことでやや彼我の距離差が生じ、そのため剣が届くよりも、腕を伸ばすことで生まれた死角を突いた蹴りが早く着弾した。不意を突かれ、肋骨がひどい軋みを訴え、これにはたまらずダイスケの動きが数秒止まる。
隙が生まれた。
直後、轟風つきの光剣が振りかざされる。
「……!」
避けられない。
頭部から真っ二つに一刀の下、両断する軌道。眉間に冷たい空気が流れ込む。。走馬灯すら過らぬ一刹那の間に、視界いっぱいに映る光の刃がゆっくりと迫り―――
その直前、割り込んで来た赤い影に弾かれた。小柄な身体を彼我の間に捻じ込み、その手に掴んだ鉄槌を大きく振るう。虚しくも空を切った鉄槌を軽く回し、剣よろしくその手で構えた。
「ったく、勝手に突っ走りやがって……」
ぶつくさ文句を言いつつも、少女は―――ヴィータは、息を吐いてダイスケの無事に安堵した。
遅ればせながらも到来した援軍の存在に息をつき、まだ敵が健在だから気を抜いてはいけないと言い聞かせる。敵の手前であり、頭を下げて礼を言うと、再び飛びかかろうと力を入れる。
挑みかかろうと前へ身体を押し出したところで、背後から襟首を掴まれた。前倒しになりかけたのを必死に留め、勢い良く振り向く。止めろ、と仏頂面でこちらを睨む少女の有無を言わさぬ眼光に、ダイスケは全身から熱を奪われ強張っていくのを感じた。
「ヴィータ副隊長、けど俺は……」
「いいから、オメェはもう下がってろ!」
怒声が飛ぶ。なおもしつこく食い下がろうとしたダイスケは、次の言葉で凍りついた。
「邪魔なんだよ!」
雷で打たれたように身動きを止めたダイスケを残し、やり取りを遠くで眺めていたスリンガーの元へヴィータは直進する。振り返ることもせず、半ば呆然としたままの少年は、やがて遥か遠くから聞こえてくる剣戟の音も届かない風に佇んでいる。
どうすることもできず、ただ、眺めたまま。
その手に力はない。
力が無い。
巷で流れる噂の信憑性など、たかが知れたものだ。だが、上空にて展開される騎士同士による攻防は、近代で流行する魔導師同士がお互いの熱意と誇りをかけて凌ぎ合うスポーツじみたものではなく、旧き時代から何一つ変わらない、敵意と生命をかけて刃を交わす死闘である。一秒の猶予もなく、一瞬の躊躇が血肉を削る。かつて争乱の絶えぬ古のベルカで戦いを繰り広げてきた守護騎士の一人、ヴィータは、記憶の底に埋没していた血の香り漂う戦場の空気を肌で感じていた。
(これが……スリンガー。『黒死の鮫』……)
敵の素性を、ヴィータは初見で看破した。D・スリンガーは、ミッドチルダにおいてはスカリエッティと並ぶ凶悪な犯罪者だ。無作為に被害をもたらすほどの狂人ではなく、何かしら信条を抱えているのか、時として重犯罪者を手にかける善人のような行動も見られるが、彼の前に立ちはだかった管理局員を皆殺しにした事例もある。犯罪行為に規則性は無く、ただ一貫しているのが、敵対したものは必ず殺害している、ということだ。無論、非殺傷設定など軽々しく無視しているのだろう。扱う魔法はヴィータ同様、ベルカ式。それも、正真正銘、純正の古代ベルカだ。
しかし古代ベルカとは、その名の通り古き時代の産物であり、最早歴史上の名しか存在しえないモノだ。守護騎士として数百年間生き長らえるヴィータたちと異なり、人間であるスリンガーが、何故古代ベルカの力を使えるのか。
ただ単純に、魔法術式が古代ベルカ式というならば、納得もいく。はやての知人にも古代ベルカ式の使い手はいる。珍しいというだけで皆無ではないのだ。
だがこの男の振るう刃は違う。尋常ではない。戦を求め、血を一身に浴び続け、古き争乱の時代を生き長らえた、猛者たる武人特有の臭い。あのデバイスは近年製造された近代ベルカのそれではなく、長い年月を経て魔剣へと変貌を遂げた、正当なるベルカの力――!
新人には任せられない相手だ。他の者より実戦慣れしているダイスケならば抗える力はあるだろう。だが見たところ、彼は全ての弾を撃ち尽くし、カートリッジも使い果たしている。残弾を持て余していたならば牽制に使わぬ道理は無い。それに加え、彼本来の実力を出し切れないのが現状だ。質量兵器を主体に戦っていたダイスケは魔法主体の戦闘に不慣れである。対し、スリンガーは魔法を刃に数々の罪状を生みだした男だ。如何に戦闘慣れしていようと実力が伴わなければ意味が無いし、力を発揮できねば経験も知恵も何も役に立たない。
だから、自分がいくしかないと悟った。辛辣でもはっきり言わねば伝わらない。短い時間の中では十分に言葉を話交わすことができないため、お互いの認識に齟齬が生じたことを理解できないまま、ヴィータはスリンガーに飛びかかる。身の丈ほどの鉄塊を振り回す少女に物怖じせず、スリンガーも刃をもって受け止めた。
「ほう……さっきの子供といいお前さんといい、近頃のガキは出来がいいな!」
「ガキじゃねぇ! あたしは鉄槌の騎士、ヴィータだ……ッ!」
余裕を浮かべる面が気に入らない、とばかりにヴィータは力任せに鉄槌を押し、振るう。スリンガーは軽く避けてみせ、「ほぉう」と感嘆の息を吐く。喜悦を含む呟きに、ヴィータは寒気の身震いが止まらなかった。他の次元犯罪者とは決定的に違う何かを、本能で感じ取った。
「俺様に名乗るか、ええ? お嬢ちゃんよぉ!」
刃が来る。大きな挙動を好機と判断、しかし相手の土俵である接近戦よりも、ヴィータは後退を選ぶ。虚空を横に切り裂いたスリンガー目がけ、銀色の鉄球を放つ。即座に放つため、速射を重視し誘導性を付加しない一発は、体勢を崩したままのスリンガー目がけて飛来し、
「おっと」
軽々しい口調と共に身体を斜に構え、額すれすれの位置を通過する鉄球を見送った。避けた、と軽く驚きつつ、息つく暇すら与えんと次なる一撃を放つ。
歯を剥き連撃を絶やさぬヴィータとは対照的に、涼しげな顔で受け流し続けるスリンガーは、「いいことを教えてやる」とひたすらなまでに余裕な態度を崩さない。
「本気で戦うなら、殺す気でかかるのが俺のモットーだ……ッ!」
途端、受け手に回っていたスリンガーの光剣が閃いた。出力を上げた光剣が、ヴィータのアイゼンを軽々撥ね飛ばす。カートリッジを使用していないとはいえ、片手で跳ね除けられたことに軽い驚きを得つつ、即座に半歩ほど身を退き、左手に鉄球を生みだした。数は四、間髪いれずに投げ捨て、急いで引き戻したアイゼンで穿つ。
一斉発射。至近にいたスリンガーは瞬時に後退、五メートルほど距離をとり、その場で鉄球を全て撃ち落とした。炸裂する鉄球の爆炎にスリンガーは呑まれるが、あの程度で果たして手傷を負うものだろうか。否、とすぐさま追撃の用意を整え、同時、煙幕を突き抜けて突進して来た黒影を捉えた。
「はやてが来る前に終わらせてやる……いくぞアイゼン!」
《Jawohl.》
応答の後、すぐさま意を察したアイゼンは形態移行を開始する。ハンマーヘッドが形状を変え、片側を鋭い錐形へ、反対側を三つの噴射口へと姿を変える。赤々と吹きだす魔力の奔流、急加速して発進するヴィータを目にし、さしものスリンガーも顔色をやや変える。溢れ出る魔力を警戒したのか、制動をかけ、背を向けず斜め上方へと身を下げる。
させじとヴィータは進路を変更、アイゼンの噴射口をほぼ真下へ向け、退路を妨げるべく回り込む。真正面から突撃してくる少女と目線を交わし、上空への退避を諦め下へ向かう。踵を返したヴィータはしめたとばかりに大きく身を振り、同時にアイゼンが更なる爆発を轟かせる。重力降下と倍増しとなった噴射力任せに垂直降下する流星と化したヴィータは、圧倒的加速をもって打撃を放った。
直撃を恐れ、初めてスリンガーが防御態勢をとる。見慣れた三角形のシールドは、魔法攻撃の防御に優れる『パンツァーシルト』だろう。ベルカと縁あるヴィータは即座に見抜き、術者よりも早く敵の失策に気づいた。
ギリギリと不協和音を奏で、次第に亀裂を生むシールド。ヴィータのラケーテンハンマーはバリア破壊能力に長けている。知る由がないとは言えど、地上へと降下しながら、スリンガーは次第に割れ砕けていく光の壁に目を細めていた。
地上が見えてくる。暗い森の中へと落ちていく。奈落の底へ叩きつけるように、ヴィータは気合いと根性任せに押し出した。
「ぶち抜けぇえぇえええええええええッ!!」
衝突寸前、シールドが粉々に砕けた。対抗馬を失ったハンマーヘッドが解き放たれ、がら空きの腹部目がけて突進する。
そして、
同時刻。
ホテル前で、ティアナとスバルは待機していた。独断で迎撃にあたったダイスケを案じ、すぐに駆けつけたヴィータに事情を話し、待機していろと仰せつかってから、律儀に二人は待ち続けている。所在なさげに左右を見渡すスバルは今にも駆けだしそうなほど落ち着きが無い。逆にティアナは腕組みして沈黙している。目を閉じ、何事か思案しているような雰囲気だった。
頭上を見る。時折黒いバリアジャケットが身を捻るのが窺える。赤い影が熾烈な猛攻を続けている。離れた場所に立つ自分の肌にも伝わる魔力の鼓動、激突の度に空を揺るがす弾けるような力。
やはりと言うべきか、隊長陣の実力は格が違う。地べたから離れられず空を見上げるしか術を持たぬ自分など、舞台に上がる資格さえ無いというのか。妬ましい。怒る筋合いのない話であると理性が懸命に声を上げても、胸の底にあるわだかまりが渦を巻き、歯噛みするティアナは理性の抑止力を振り切って感情に身を委ねた。
否、と頭を振る。力不足など百も承知、それでも何か為すべきことがあると自分に言い聞かせ、落ち着きかけていた腰を上げる。
「……スバル。まだ動ける?」
え? と驚くスバルを尻目に、答えを聞く暇も惜しんでティアナは歩き出す。上司の命令に逆らうティアナの真意が分からず、しかし有無を言わさぬ雰囲気に圧倒され、スバルは先を行くティアナについて行くほかなかった。
「助太刀に行くわよ」
未知の敵の力量如何を初見で推し量るのは難しい。それが、腕の立つ武人であらば、尚更だった。
肩で息をするヴィータ。周囲は粉塵が立ち込め、黒い視界を白く染め上げている。視界の悪し様に変化はないが、これならば空気の僅かな流れも感知できよう。もっとも、あれほど殺意迸る男の位置を見失うなど、五感を掻かない限り有り得ないが。
アイゼンが煙を吐き出す。飛び出した薬莢が地面を叩き、空気の抜ける音を解き放った。柳眉が逆立ち、耳を澄ませて前方を警戒したまま、ヴィータは身構えを解かない。
案の定と言うべきか、白いカーテンの向こうから、やがて人影が近づいてきた。
「驚いたな」割と平坦な声が聞こえてきた。「受け手に回る性分じゃねぇから、バリア張るなんざ久々だ」
やるじゃねぇか、と褒め称えるような声には、幾分余裕が舞い戻ってきているようにも窺える。
「そりゃこっちのセリフだ」
唾でも吐き捨てそうな発言だった。
ヴィータの放ったラケーテンハンマー、シールドを粉砕して必殺を確約するはずだった一撃は、スリンガーに確かに当たりはした。
手応えを感じていれば、なお良かったが。
衝突寸前、ヴィータはその目で見ていた。振り下ろされるアイゼンの矛先に、懐から取り出した銃のような物体をぶち当てる光景を。
引き抜かれた物体によって攻撃は阻まれ、背中から大地に激突しそうになる寸前、蹴りあげた足でアイゼンの柄を弾き、軌道からズレた。あれではほとんどダメージを負ってはいまい。少々息に乱れがあるのは、単純にそれなりの体力消耗と驚きによる動悸があったからだろう。
「お陰で、ウチの相棒も守るってことをすっかり忘れちまってたみてぇだな」
《Schuldigung.(申し訳ありません)》
電子音声。
白い中で瞬いた紫色の光芒。やがてその全貌を惜しげも無く晒したスリンガーは、今まで見たことの無い武器を片手に添えていた。
「改めて言おうか。俺の名前はD・スリンガー、そしてこいつは……」
光剣しか握られていなかったスリンガーの右手、その反対側、空いた左手に収まる、一丁の黒い装飾銃。今まで一度も使われることの無かったそれは、紫色の宝石を埋め込み、長く伸びる二つの銃身が特徴だった。
「B・シャーク。今となっちゃあ骨董品モノの、古代ベルカのデバイスだとよ」
《Guten tag.(ごきげんよう)》
古代ベルカ。
その言葉に、スリンガーのデバイスを目視したヴィータの中で強烈な違和感が芽生える。ベルカ、特に古代となれば、シグナムやヴィータ同様、近接戦を想定し、それに特化した武装を主体とするのが常識だった。武器や徒手空拳を好んで使い、それらに魔力を流し込んで力と為す、遠距離戦闘や複数戦闘を度外視した、対人特化の戦術。あくまで基本であるため、ヴィータの知らぬタイプの騎士が実在したとしてもおかしくは無い。無いが、近代ベルカ式が広く知れ渡った今日においても、銃型タイプの使い手は非常に珍しい。フォワードのティアナや、現在ヘリの操縦士を担うヴァイス・グランセニックなどは稀有な存在である。いずれもミッド式の使い手ではある、が。
考え込むのを止める。幾ら推測を立てても、何だと言うのだ。敵ならば倒す、考え事は後でもできる。渦巻く疑問の数々を、深く物事を追求するのは柄じゃない、と一時頭の片隅に追いやる。
「いい眼だ。久々に血が滾る。近頃骨のねぇ腰抜け連中ばかりで退屈してたんだ、愉しませてくれよ」
右手に光剣、左手に銃器。
騎士の武装としては異例の組み合わせ。一般論のベルカの騎士たる者の志とは大いにかけ離れた有り様だが、実力の程は負けずとも劣らない。
「スリンガー十ヶ条その1、名乗りあった相手とはどちらかが倒れるまで戦うべし。名乗ったなら、最後まで付き合ってもらおうか……!」
信条を明かし、
「さぁ、牙の餌食になりやがれ!」
撃った。
はやてが外へ出る頃には、既に戦場は森の中へと移っていた。
無数の残骸が広がる、物音一つ無い静かなホテル前。尚も続く剣戟と銃声の音が轟く森林地帯。両者を見、すぐさまはやては「周囲を警戒、残存するガジェットがいたら即排除」と指示を飛ばす。機影は見当たらないが、油断はできない。もう、できない。
頷き二つ。なのはとフェイトはすぐさまセットアップを行い、別々の方向へ飛び立とうとした。
しかしその直前、はたと思い至ったかのように、フェイトが言った。
「……ティアナとスバルは?」
一瞬問いかけに首を傾げ、周囲を見渡してから目を剥いた。
いない。ティアナもスバルも、どこを見ても見当たらない。
アンノウンが出現するまで健在であり、待機していたはずの二人が何故いない? エリオとキャロに目を向けるも、二人は揃えて首を振る。確かにさっきまでここにいたと、語らずとも目で教えてくれた。
ならば何故、と眉根を寄せて、そこではやては更に頭を悩ます事実を発見した。
ここにいるのはエリオとキャロの二人だけ。いないのはティアナとスバル。
だが、フォワードは五人だ。
ならば、もう一人は、
「まさか……!」
銃撃一つで木々が薙ぎ倒され、お返しとばかりに穿った鉄球が大地を抉る。
《Schwalbe fliegen.》
《Gespenst Kugel.》
銀色の弾丸が飛び出し、紫色の光弾が放たれた。前者は障害の一切をことごとく粉砕して突き進み、後者は丁寧に障害さえ盾にして円を描きつつ前進する。
鼓動するかのように不自然に瞬き、木々の隙間を縫うように旋回して飛来するそスリンガーの弾丸は、さながら墓地を彷徨う人魂のようでもあった。暗闇で薄らぼんやり瞬く光を迎えうつべく構えるが、それが複雑怪奇な軌道を辿り始めたことで誤算が生じた。速すぎる、というほどではない。だが矢継ぎ早に連射される光弾を全て撃ち落とせる自信はない。
ならば、と大振りな迎撃で撃ち落とし、敢えて自ら隙を見せることで攻撃を誘導する。
案の定、暫しの間は意図的に作られた隙を突くよう射撃が飛んできたが、ややあってからは不規則に乱れ飛ぶようになった。
(野郎……思ったよりも冷静じゃねーか)
ヴィータは驚き半分、苛立ち半分に判じた。戦場は上空から森林地帯へと移っている。辺りは障害物でしかない木々が立ち、光さえ届かない夜の帳が視界を黒く染め上げている。常人ならば一寸先さえ拝めない暗闇の中、ヴィータとスリンガーは何一つ傷害にさえならぬとばかりに火花を散らして幾度も交錯する。敵の居場所と木の立つ場所が分かるのは、偏に敵の溢れる殺意を肌で読み取り、互いの技の衝突時に生まれる閃光が刹那の間に辺りを照らしているからだ。
戦闘において、ヴィータはあらゆる距離で戦うことを想定した戦術スタイルをとっている。近年ミッドチルダ式が主流となり、射撃や砲撃を行う魔導師が爆発的に増えた昨今、近距離戦闘を主体とするベルカの使い手には逆風を受ける御時世ではある。が、それを補うだけの技量と能力を持ち揃えるからこその騎士である。第一、完全に遠距離戦を度外視しているわけでもない。刀剣を扱うシグナムとて高威力を誇る射撃魔法・シュツルムファルケンを持ち、はやては少々例外だが広域殲滅魔法を行使している。あくまで特筆すべき点の一つが接近戦と世間一般で評されているだけの話だ。
ゆえに、雨あられと降り注ぐ銃弾を前に、舌打ちしつつも動揺を抱かず、ただ黙々と飛来する光弾を撃ち返すことができる。同じ隊に才能と素質の塊である砲撃魔導師がいるのだ、それと比較すれば、滝の激流と鳩の豆鉄砲ほどの差はあろう。
とはいえ、延々と撃ちこまれる弾を弾き、或いは叩き落とし、単純作業と化したその工程を数分は続けただろうか。だんだん膠着した状況にいら立ち始めたヴィータであるが、いかんせん敵の攻撃の手が止まず、なおかつ威力は脅威と呼べるほどではないにしろ、得体の知れない敵の攻撃である。一発でも受け取るわけにはいかない。
勝負に執着している生粋の戦闘狂、だが愚直に突っ込むだけが能の馬鹿ではない。如何に戦いを有利にして進めるか逐次計算し、周囲の状況を的確に把握している。光の届かぬ深海に潜み、虎視眈々と獲物に狙いを澄まし、獰猛な牙を剥き捕食する――鮫の有り様を連想させた。
だが敵もいつまでもいたちごっこに付き合うつもりはないだろう。障害物を粉砕し続けるヴィータに対し、スリンガーは静かに移動と射撃を繰り返している。このまま森が破壊し尽くされるまで続けるつもりか。
やがて周囲数十メートルにわたり切り開かれた平野が生まれた頃、新たな動きがあった。
(……来たか!)
物陰に隠れるのを止め、機を得たとばかりに猛進してくる。何か奇策でも立てたか、一直線に突撃を仕掛けてきた。
ならば小細工ごと押し潰すまで。
「これでも喰らっとけ!」
大きく後ろへ振り上げ、スイングフォームをとる。ゴルフのワンショットを彷彿とさせる動きで、足元に転がっていた物体をバッティングした。
身の丈三倍はゆうにある、巨大な大木である。
大きく軋みを上げ、しかし横からの打撃に打ち上げられた大樹は、走り込んで来るスリンガーに向かった飛んだ。さしものヴィータも手が痺れ、スイングした勢いでくるりと半回転し―――そのまま回転を止めず、更に一回転。意図を汲んだアイゼンが《Schwalbe fliegen.》と声を上げる。すれ違うことなく意志を合致させたヴィータは、第二波をフルスイングでぶっ飛ばした。
大木を盾に、鉄球は直進する。誘導性を高めた砲弾は先程までのそれとは段違いの追尾力を持つ。大木を避けるも良し受け流すも良し、いずれにせよ球弾はスリンガーに殺到する手筈だ。一度は回避できても二度も続くまい。
案の定、スリンガーは大木を一刀の下、切り捨てた。ブォン、と大気を焼く音がし、大の男一人なら余裕で押し潰す大木が割り箸のように真っ二つになった。が、そこに後続の鉄球が飛び込んでくる。刃を戻して受け流すこともできず、装飾銃で受ければその瞬間爆発する。
勝った、とヴィータはすぐ目の前に浮かぶ勝利の余韻を抱き止めようとし、
その寸前、果たしてスリンガーは信じられない機動をした。
「何ッ!?」
思わずヴィータは大きく眼を見開く。
スリンガーは回避しなかった。
否、正確には、逃げて避けることを選ばなかった。
前進する速度を僅かたりとも落とさず、獰猛な笑みさえ浮かべながら、眼前にまで鉄球が迫ったところで、見た。右の肩をぐいと持ち上げ、身体の主軸を中心に反時計回りに一回転。俗に言うバレルロールと呼ばれる、空中で行った横の回転一つで、放った鉄球はスリンガーの衣服を荒々しく削り取るに留まり、銀の砲弾はくるりと踊るような機動をとっただけで軽々回避された。
言うは容易い。しかし破壊力、誘導性に富んだ魔法を間近に見ても決して物怖じしない胆力。恐怖を意図的に忘れ去った狂人だからこそできる芸当、というより、戦という荒事に長年身を置き続けた根っからの戦闘狂だからこそ見出せる最小限の行動パターン。実際目にしたからこそ分かる、この異常な咄嗟の判断力。
まるで全てを想定した戦いを演じているかのようだ。
そう、
さながら、あの少年のように―――。
「……っ!」
尋常ではない、人が為すには困難極まる芸当に、即座の判断が遅れた。しかし迎撃を忘れるまでには至らない。回転しながら振り下ろした光刃は、迎え撃つヴィータの鉄槌に阻まれる。光が弾け、続けざまに放たれる光の軌跡を、一つの例外も無くヴィータは撃ち返した。間断なく叩き込むスリンガーの攻撃はお世辞にも丁寧な軌道をなぞらず、荒く雑で読みやすいものだ。愚直とも感情的とも言える一直線な斬撃ではあるが、それが恐ろしく速く鋭ければ、弾け飛ぶ火花も激しくなるだろう。
攻防は続く。華奢な肉体に秘められた豪力と精神力に、たまらずスリンガーは口笛を吹く。戦いがもたらす独特の味覚に酔いしれながらも、剣戟はより鋭さを増し、うち下ろされる剣の衝撃もより重くなっていく。快楽という麻薬が彼を加速させている。人の道から外れかかった人間の歪んだ気迫に呑まれて身体が強張り、ヴィータは背筋を粟立たせた。
それがいけなかった。
光剣が絡まるようにアイゼンの柄に差し込まれ、手首を返してそのままかち上げる。しまった、と口までせり上がった言葉が吐き出されるのは、スリンガーの拳が無防備に晒される胴体に着弾するよりも遅かった。強かに撃ち込まれた打撃が肺の空気を全て吐き出させ、苦悶に歪むヴィータに拳の雨が降り注ぐ。騎士服の上からでも伝わる苛烈な衝撃が小さな体を風に煽られる柳の如く揺らし、トドメとばかりに最後の一発が放たれる。
五体が飛ぶ。それでも意識を手放さず、懸命に姿勢を制御しようと空中で回転し、身構えようとしたヴィータは―――すぐ目の前にまで来ていた紫色の光弾を避ける術を持たなかった。
《Gute reise.(良い旅を)》
Bシャークの電子音声。さながら強敵への手向けとでも謳うかのように。
直撃した。
煙の尾を引き、赤い少女は派手に飛んで行った。渾身の力を込めた大きな弾丸は直撃し、確実に意識を揺らしたはずだ。地面を盛大に転がる様子からして、仮に意識を保っていようが最早立ち上がることさえできまい。
とはいえ、敵対したならばしっかりトドメを指すのが流儀。久方ぶりの心躍る戦いに終止符を打つべく、前へ足を踏み出した。
「ん……?」
怪訝な声が漏れる。直後、飛来した光弾を、スリンガーは何の躊躇もなく叩き伏せた。橙色の光弾、それはヴィータの放ったものではない。魔力光の違いに気づいたスリンガーは、柳眉を逆立て言葉を震わせる。
「邪魔をすんじゃねぇ……!」
心底怒りに満ちたスリンガー。踵を返し、森林地帯へ再び足を踏み入れ、木々の間に人影を確認するや否や、激怒を隠そうともせず肉薄し、袈裟掛けに切り裂いた。
が、斬った相手が突然揺らいだかと思うと、姿を歪ませ消滅する。それが幻影魔法だと気づくのに一拍ほどの間を要し、剣を握る手に力がこもる。剥き出しになった歯が軋みを上げ、苛立ち交じりに横に振った光る刃が木の幹を両断する。猪口才な、とこぼし、静かに足を動かし出す。
折角良い気分だったというのに。興ざめも良いところだ。Bシャークを片手に、もう片手に光剣を握り締め、新たに出現した少女の姿へ狙いを定める。
人の気分を害したならば、それ相応の仕打ちをせねばなるまい。
至近を突き抜ける紫色の閃光が肌を焼くたび、思わず震え上がりそうになるのを、ティアナは強く握り締めた左手で引きとめ、懸命に射線から外れるコースをなぞりながら、敵の背部を狙う。
スリンガーはこちらに気づいていない。なのはでさえ初見では看破できなかった幻影魔法は、確かな効果を発揮している。自分の幻影に向かって攻撃を仕掛けるのを見、スバルの残影に気を取られるのを確かめ、ようやく発揮された己の修業の成果に手ごたえを感じる。敵は虚空を突き抜ける剣と拳の感触にいら立ちつつ、新たな幻影に殺意を飛ばす。その先端に自分がいないと分かりつつも、肌を伝う汗は止め処なく流れ続けている。
敵が非殺傷設定を切っているのは目に見えている。でなければ腹を立てたスリンガーが自分の幻影を木ごと真っ二つに切り裂いている光景など絶対にあり得ない。轟音を立てて倒れる木の有り様に鳥肌が立つ。
実戦は二度目だが、人と相対するのはこれが初めてだし、何より敵意と殺意をこうも露骨に叩きつけられるのは生まれて初めてだった。自分だけではなく、周囲を圧殺しかねない見えないプレッシャー。訓練では実感できない感覚に、内心喜びさえ感じていた。緊急事態の土壇場でなければ発揮されない力を行使できれば、着実に力をつけていると確かめられる。
照準は一寸たりともズレておらず、ピタリとスリンガーの背を捉えている。
見えもしないティアナの位置を探っているスリンガーの背中、そこに一発叩き込むだけでいい。
簡単な工程だ、問題無い。幾ら実力が上回る相手とはいえ、無防備な背後から全身全霊を込めた一撃を撃てば致命打になるだろう。
大丈夫。訓練の時間なら誰よりも費やした。内容も質を求め足りない分は自主練で補った。才能で劣っても努力でカバーできる、自分の至らなさをきちんと理解でき、認めることができるからこそ、今すべき最善を模索し、最短の道を選択できる。今走る道を振り返る。そこには間違いなく無駄などなかったし、きっとこれが最良の道だと信じている。だからいける。どんな相手でも勝てるとまではいかないまでも、上手く立ち回り翻弄するだけの腕を磨いてきた。平気だ、スバルもいるんだから、負けるなんてことはない。
はぁ、と吐息し、いざ収束した魔力弾を放たんと構えた、その時だった。
ぎら、と。猛禽類を思わせる視線を向けられた。
それだけで、ティアナは本能的に、殺される、と思ってしまった。
「……ッ!?」
冷たい汗が流れる。何故自分の居場所がバレた? 問いに答えが出ることはなく、急な方向転換を行ったスリンガーが一直線に突っ込んでくる。直に切り捨てる腹積もりか。
ガジェットと対峙した時とは比べ物にならない危機感、それを悠に上回る絶望的な波が自分に押し寄せる。未だかつて殺意というものを、特に自分だけに向けられる強い感情を体感したことのないティアナは、敵の接近に対する反撃や退避という初歩的な行動さえとれず、クロスミラージュの警告音声を聞き逃した。
かろうじて残っていた魔力を消費し、独自の判断で防衛行動をとったクラスミラージュが魔力弾を牽制に放つ。僅かな時間を稼げればと主を気遣っての行動は、スリンガーの怒りを煽るだけに終わった。身の捻り一つでかわされ、ますますもって怒気を強めたのか、歯を剥いて地面を蹴りつける。
足が動かない。恐怖で縛りあげられたティアナは棒立ちのまま、一歩たりとも動くことができない。金縛りにでもあったとでもいうかのように、手足が言うことを聞かない。肩を小刻みに揺らし、次第に迫って来る敵を怯えながら待つしかない。
と、
「ティアッ!!」
横手から飛び込んできたスバルが、拳を構えて突撃を敢行する。Ⅲ型の装甲さえ突き破る右の鉄拳、しかしそれも、かち上げた左腕に横から弾かれ、振り上げた右足に脇腹を蹴りつけられる。一切の容赦と対応への思考を省いた、幼子を戯れに翻弄する大人さながらの対応だった。
ティアナが足を動かす暇さえ与えられない。一連の行動は一呼吸の間に終わっていた。スバルは地面を削りながら派手に横転し、そちらは捨て置き再度走って来るスリンガー。空気が震える音がし、それが自分に突き立てられるであろう光の刃を発生させるものだと他人事のように思う。闇の中で一際眩しい光がスリンガーの激怒の相貌を照らしだし、余計に身を竦ませる結果となってしまった。
恐い。
歯ががちがちと噛み合わず派手な音を鳴らす。ヴィータはこんな相手と直接刃を交えたというのか。真正面から挑んだというのか。こんな身も凍る殺意の波動を受け止め、勇猛果敢に戦ったのか。
無理だ、と冷静な自分が諦観の念を示す。こんなの無理だよ、どうにもできない。抗うことさえせず、ただの一度も本当の意味で『戦う』ことができぬまま、やがて瞳の端に浮かんだ涙が落ちた。鉄面皮が壊れ、固めた感情の殻が剥がれていく。相棒のクロスミラージュは応えず、降り落ちる主の雫を無言で受け止める。
死ぬのか、こんなところで。
志半ば倒れ消える運命。
数秒先の死に屈して何もかも無駄にしてしまうのか、私は。
まだ何も、一度だって成し遂げてさえいないのに―――
「え……!?」
射線上に割り込んできた影が、自分に背を向けスリンガーと対峙する。
反射的にクロスミラージュを握る力が抜け、思考が空転した。眼前で翻る長い金色の髪が、唖然とするティアナの頬を軽く撫でた。
だが邪魔物が介入しようと、スリンガーは止まらない。邪魔立てするならば何人たりとも容赦しないとばかりに、出力を最大にまで上げた光剣が振りかざされる。二人まとめて袈裟掛けに切り捨てる軌道。
無手のまま割り込んだ影は、棒立ちのまま佇んでいる。直撃は避けられない、ならば迫る刃を避けるか受けるかするだろう、と誰もがそう踏み―――
避けなかった。
そして、受け止めなかった。
「あ……?」
呆けた声が漏れたのは、ティアナだけではなかった。起き上がり遠くから猛スピードでやって来るスバルも、ひょっとしたら自らの攻撃を自信を持って放ったスリンガーさえも。事の結末を理解できず、或いはしたいと思えず、呆けた声がどこかで聞こえた。
血飛沫が舞い上がり、肩に光剣が大きく食い込む。肉を切り裂き傷口を焼く音がし、光熱に血肉が蒸発する煙がのぼった。深々と振り下ろされた刃は肩部の切断に至らなかったが、大きく血肉を引き裂いた刃は大きな深手を与えた。
苦悶の声が聞こえた。拷問に等しい激痛が襲っているだろう。
それでも、目の前にある背中は決して倒れようとしない。文字通り、身を引き裂かれるような激痛を懸命に堪えて―――ダイスケは右手を動かし、見慣れたデバイスを素早くホルスターから引き抜いた。
「この距離なら外さない……!」
決死の覚悟を込めたダイスケの声が聞こえた。直後、カートリッジの装填音が小さく響く。瞬き一つの間に全てを把握したスリンガーは光剣を手放してまで後退を選んだが、覚悟の上で動いたダイスケの行動が上回った。右手で素早くホルスターから引き抜いた、ティアナのアンカーガン。装填されていたなけなしのカートリッジを瞬時に装填することで、刹那の滞りもなく工程は完了した。
「
解き放つ。
魔法陣は一瞬。瞬間、虚空に出現した魔力弾五発全てがスリンガーに襲いかかる。シールドを張る暇さえ与えない。ジャケット越しに炸裂する魔力弾は強かに肉体を打ち鳴らし、五度の衝撃音を轟かせ、スリンガーの身体を大きく後ろへ吹き飛ばす。木々の隙間を通り抜けて、地面を削りながら回転して行くのを見届けることもできず、血を垂れ流しながらダイスケは姿勢を崩した。
ようやっと我に返ったティアナは、小柄な身体が地面に落ちる前に後ろから支えた。自分より小さな身体、しかしそこに力がほとんど無く、紙粘土でできているかのように軽い。今も止め処なく溢れ出る血が地面に大きな水溜りを作り続けている。我に返り、血相を変えたティアナは急いでシャマルと連絡をとろうとするが、鼓膜にまで確かに届いた草の音に、中断を余儀なくされた。
ダイスケ渾身の一撃は確かに直撃した。端から見ても凄まじい衝撃だった。……だというのに、さして気に留めた様子もなく、スリンガーは音静かに立ち上がっていた。動きが僅かに鈍いことを除けば、彼は間違いなく健在の二文字を体現している。やせ我慢でも何でも無く、ただスリンガーの芯まで響く一撃では無かった。ただそれだけのことだった。
化け物……ただそれしか表現しようもない。今度こそ、ティアナは死を覚悟した。情けなくとも、血の海に沈む少年の頭を抱え、せめて守ろうと庇う姿勢をとった。
だがスリンガーは、苛々とした様子でそれを見、頭を掻いた。
「チッ、ちっとは骨があると思ったんだが、ハズレか? 俺の勘も鈍ったか」
先程まで立ち込めていた怒気や殺気は消え、ただ落胆したような雰囲気が漂っている。こちらの動向など気にも留めていない。呟いたスリンガーは、突然視線を明後日の方角へ向け、直後に額を押さえて一人ごちた。
「む、デカい力が来る……二人か? 何、帰還しろだと? フン、言われずとも分かっているさ」
鼻を鳴らし、手に握りしめていた光剣と装飾銃を仕舞う。地面を削る音がし、立ち直ったスバルがやって来ても、やはり視線さえも向けない。スバルはティアナの無事を確かめ頬を緩め、しかし深手を負ったダイスケを見るや否や、表情を一変させて拳を構えた。
「この……ッ!」
仲間を傷つけられ、激怒したスバルが飛びかかろうとする。敵意に反応したスリンガーが足を止める。が、それと同時、「止めなさいっ!」と叱責する声が響いた。ティアナが内心驚いてしまうくらい、自分の口から鋭い一声が飛んでいた。今まで怯えていただけの少女のものとは、思えないくらいに。
呼びとめられたスバルは眉根を寄せつつも、睨みを効かせるスリンガーに対して引かない姿勢を取る。しかしそれも彼のお眼鏡にかなわなかったようで、吐息を残して踵を返した。
追いすがろうとするスバルに牽制するかのよに、ため息交じりの声が。
「スリンガー十ヶ条その7、弱いヤツを殺すのは俺のプライドが許さない……もうちっとまともな強さを手に入れてから出直しな」
弱いヤツ、という言葉が突き刺さる。知らず手のうちに力が溜まる。弱ければ抗うこともできず、弱ければ敵と見なされもしない。俯き唇を噛みしめるティアナに最早目もくれず、スリンガーは木々の中へと身を隠すように立ち去った。
「敵勢力の消滅を確認。魔力反応……消失。転送した模様です」
「追跡準備。難しいとは思うけど、解析を進めといてな」
返答を得て、はやては浮かしかけた腰を沈めた。背もたれに体重を預け、大きく息をつく。額に溜まっていた汗を拭い、喧騒に包まれたままの司令室を一望する。
まだ二度目の実戦と言うことで、皆の挙動にも幾分余裕が戻っていたように思う。気を抜くのは宜しくないが、肩の力を程よく抜くのは良い。もっとも、それも新たな敵の出現が確認されるまでのことだが。
幸いホテルの客人に負傷者はおらず、残ったガジェットも隊長らが全て一掃した。事後処理は概ね順調、後は皆の帰還を待つばかりだ。
はやての顔色はお世辞にもよろしくはない。まだ二度目だというのに、不安要素がそこかしこに転がっている。
「けど……」
ティアナが独断専行をし、フォローに入ったダイスケが重傷を負った。その結果に驚かなかったのかと問われれば、嘘になる。冷静沈着なティアナが判断を誤るとは思わなかったし、身を呈してまでダイスケが助けに入るとは夢にも思わなかった。
己を必死に押し留め、ふとした拍子に窺えるティアナの暗い影。それに気づいていたはやては、以前一度だけ、なのはに問うたことがある。けれどもなのはは首を振り、「話す意志があればいつか話してくれる」と笑っていた。彼女は必要以上に直接干渉せず、相手が打ち明けてくれるのを待っている。長い教導隊での教訓から生じたスタイルではあるが、しかし親友の想いとは裏腹に、ティアナは硬い殻の中に閉じこもっていた。話していれば、このような事態に発展することはなかったかもしれない。後の祭りでこそあるが、けれどもこの件でティアナも学ぶべき点が見つかったはずだ。
犠牲はあった。だがそこから何かを学び取り今後に生かしきれるか、それが肝要なのだ。
「一度くらい、みんなで一緒に腹を割って話した方がええかもなぁ」
部下の顔色を窺い気を配る義務も、上司にはあるだろう。やたらと胃の痛む業務が山積みされる明日以降のスケジュールに捻じ込まれるであろう面倒なイベントを想像し、今から溜め息の尽きない思いでモニターを見る。木々の中からスバルに担ぎ運ばれ、駆けつけたシャマルに治癒を施される少年がいる。肩を切り裂かれ、致死量の赤い血を流し、意識を失い倒れ伏す姿。
それがティアナであったら、と身震いし、ダイスケもまた仲間なのだと遅れて思い起こし、心のどこかで彼を仲間と言う枠の外側に追いやっていた自分を恥じた。
すまん、と小さく呟く。本心はどうあれ、彼は間違いなくティアナを助けようと動いた。出生や育ちがどうあれ、ダイスケは確かに、機動六課の一員として出来得る限りのことを為した。
真っ先に損得勘定で動く自分の頭に嫌気がさす。いつからこんな穢れを帯びたのだろう。取捨選択を行い、損得勘定で動き、理想を求めて夢の実現を切望している奴こそが、現実を盾に理不尽を振りかざす。それが大人だと知り、いつしかその実態が自分の生き様と重なるようになった時、鏡に映る少女はどういう顔をしていただろう。
「私は……」
昔とは変わったのだろうか。変わってしまったのだろうか。
問いに答えはなく、ただはやては見えない運命の圧迫をひしひしと感じ、それに屈した時、自分は敗北するのだなと、虚空を眺めてぼんやりと考えた。
● ● ●
「初陣にしてこの結果……どう言い逃れするおつもりですか?」
冷ややかな声が狭い室内に響く。咎めを含んだそれに対し、まさしく余裕の態度でテーブルに足を乗せるスリンガーは、相も変わらず不敵な笑みを携えたまま、真正面に立つ女性へ目を向ける。
長身を美しく見せる紺碧のスーツ、波打つ長い濃紺の髪。細い切れ目から放たれる怜悧な目線は、静かな怒りを含んでいる。傍目からも怒り心頭であることは容易に察することはできるものだが、しかしてこのスリンガーという男は、口笛でも吹かんばかりの気分で見返している。どころか開き直った態度を決して崩さない。余裕綽々、という言葉を表している男に、女性は呆れを混ぜた怒りを露わにする。
「何が言いたいんだ。ウーノ」
「とぼけているつもりですか? 本来の作戦プランから大いに逸脱した行動、管理局に目を付けられ、敵方に対し声高々に名を上げ、非殺傷設定を無視し攻撃……今日一日だけでも目に余る行動は両の手で数え切れないほどですが、これに対し何か言い訳の一つでも?」
ともすれば身震いの一つでもしかねない怒気を隠そうともしない女性。眉間に寄った皺が、彼女の怒りの程度を如実に体現している。会った当初からそれなりに敵対心を抱かれていると思ってはいたが、今回の件で大幅な軌道修正を必要としたためか、実に虫の居所が悪い模様。しかし先程まで一方的な殺戮を興じてきた男と相対しても全く怯みもしない。さすがはナンバーズの司令塔――十二人の頂点、ウーノとでも言うべきか。
「なぁに、何事にも予想外の出来事はつきものさ。いいじゃねぇか、多少予定が早まった、それだけのことだろう」
いけしゃあしゃあと言うスリンガーに、鉄面皮のウーノも怒声を上げかける。実力で言えばスリンガーの足元にも及ばぬウーノではあるが、新参者にこうも知ったような口を効かれては鼻につく。彼が指示を無視し管理局員と交戦しているとの知らせを聞いた時には、他の姉妹も揃って不平不満をぶちまけたものだ。眼鏡をかけた妹なんぞはモニターに対し中指を突き立て罵声を吐いていた。口にしないだけで、全員が全員、今回の出来事にはそれぞれ同じ感情を抱いている。
彼のせいで不要なガジェットを消耗し、後々必要なスリンガーという鬼札が知られたのも額を押さえる要因だ。巷で騒がれる『黒死の鮫』――その正体こそがスリンガーであり、彼の者がガジェットを裏で操る存在と結託していると伝わってしまっている。これだけ言及される要素が揃いも揃っているならば、常人ならば少しは悪びれようものだが、生憎とこの男、人を手にかけても平然としている程度の神経であるため、謝罪の一つも期待できない。
ここは一度、手足に枷の一つでも設けるべきかと真剣に悩みつつあるウーノであったが、扉が静かに開くのを察知すると、表情を元に戻し、居住まいを正した。
ウーノの顔色が変わり、スリンガーの眼つきも変わる。目は細まり、三日月を描いていた口の形は水平線になり、ほんの僅かに苛立つ気配が漂う。それでも足は崩さないが。
部屋に飛び込んできたのは、白の色彩。穢れの無い純白の白衣を着こみ、スリンガーのそれより深く歪な笑みを携えた男は、やけに愉しげな眼で部屋を見渡してから、足を踏み入れる。ウーノよりも薄い紫の髪をかき上げ、舐めるような目線がスリンガーの五体を捉える。
「やぁ、スリンガー。随分と好き勝手暴れたようだね。気分はどうだい?」
「なかなか良かったぞ。貴様の顔を拝むまではな」
これには我慢の許容量を超えたのか、ウーノが僅かに身を前に乗り出すが、それを片手で制した白衣の男―――ジェイル・スカリエッティは、笑みも態度も崩さず、「それは結構」の一言で流した。
「君の言動にいちいち口出しするのは契約内容を逸脱する行為だが、こちらにもこちらの都合がある。帳尻を合わせる身にもなってみたまえ」
「それは申し訳ないが、あの程度の誤差で貴様がいちいち頭を悩ますとは思えんが」
「小さくとも不確定要素は省きたいのだよ。自分にとって気に喰わぬ類であれば尚更さ」
「それを愉快だの面白いだのと評する貴様がか」
答えは無い。ただくつくつと笑みを携えるスカリエッティの態度が答えだった。
殺人者スリンガーの心身を震撼させるような雰囲気とも異なる、彼の威圧と存在感に決して劣らぬ何かを放つスカリエッティ。いずれも人の常道から大いに逸脱した異常者であるが、どちらも全く方向性が異なる。感情が剥き出しである分、スリンガーの方が分かりやすい。しかしスカリエッティは筆舌に尽くし難い黒々とした混沌を孕んでいる。人が不快感を自然と抱き、無意識にも苦手な感情を抱く……いつの世にも現れる、いわゆる『極悪人』、それが最も相応しい言葉だろうか。
何かがズレ、何かが歪んでしまった、時代の生み出した悪意の根源。そこから零れ落ちた一つの欠片。ならば人あらざるソレを、人の常識で推し量る術などあるまい。
心底愉快な表情を作るスカリエッティは、「ああ、そうだね」と肯定し、迎え入れるかのように両手を広げ、酔いしれるかのように言った。
「決して己の都合に沿わず進まない。けれど悲しいかな、その現実こそが我々の世界なのだよ。―――それがたまらなく面白い」
くつくつと喉を鳴らし、心底愉快げに哂うスカリエッティ。さながら物を見る目を向けていたスリンガーは、何も言わずに帽子の唾を引き下げた。
以上となります。
結局ほぼオリキャラですので、初登場はまぁこんなもんかなぁと。
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