どこの国にも建国の話はあります。

もちろん日本にもあります。
ただそれを歴史の授業でやらないだけです。

そんな日本の建国の物語を描く短編小説です‼︎

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どうも‼︎初の短編です‼︎

どうぞお楽しみください‼︎


神武東征〜日本建国の物語〜

 昔、昔、日向(今の宮崎県)の高千穂というところに神倭伊波礼毘古《かむやまといわれびこ》という神様がいました。

 

  彼は鵜葺草葺不合命《うかやふきあえずのみこと》と玉依姫《たまよりびめ》の子で、

 

  鵜葺草葺不合命は火遠理命《ほおりのみこと》(山幸彦)と豊玉毘売命《とよたまびめ》の子で、

 

  火遠理命は邇邇芸命《ににぎのみこと》と木花之佐久夜毘売《このはなのさくやびめ》の子で、

 

  邇邇芸命は天之忍穂耳命《あまのおしほみみのみこと》と万幡豊秋津姫命《よろずばたとよあきつひめのみこと》の子で、

 

  天之忍穂耳命は天照大御神《あまてらすおおみかみ》の子でした。

 

  長々と書きましたが、つまり彼は天照大御神の孫の孫の子です。

  (ちなみに山幸彦の孫)

 

  彼には四人の兄弟がいました。

  長男五瀬命《いつせのみこと》、次男稲氷命《いなひのみこと》、三男御毛沼命《みけぬのみこと》、そして四男が神倭伊波礼毘古命。

 

  稲氷命は母、玉依姫の故郷を訪ねて海へ旅立ち、御毛沼命は常世の国へ旅立ち、そして神倭伊波礼毘古は兄五瀬命と共に日向の高千穂で天下を治めていました。

 

 

 

 

 

 

  それからしばらくして………

 

  「兄上。」

 

  兄の五瀬命に弟が話しかけました。

 

  「どうした?神倭伊波礼毘古よ。」

 

  「昔、天照大御神と高皇産霊尊《たかひむすひのみこと》がこの豊葦原瑞穂国《とよあしはらのみずほのくに》(日本)を我が祖先邇邇芸命に授けられました。しかし………」

 

  「しかし………?」

 

  「天孫(邇邇芸命)がこの高千穂に降臨されてより百七十九万二千四百七十余年になりますが未だ遠い地方では村々にそれぞれの長がいて相争っています。そこで高千穂よりもっと東の方に行き、天下を治めようと思うのですが………」

 

  「それは良い考えだ。。速やかに実行しよう。」

 

  こうして兄弟は天下を治めるにふさわしい土地を求めて、日向を出て、全国を統一しながら東に進むことになりました。

 

  まず筑紫(九州北部)に着くと、宇佐都比古《うさつひこ》、宇佐都比売《うさつひめ》の二人が服属し、兄弟をもてなしました。

 

  そして安芸(今の広島県)、吉備(岡山県と広島県東部)と進み、速吸門(明石海峡)で出会った国つ神、槁根津日子《さおねつひこ》を道案内にして、順調に東征を進めました。

 

  「神倭伊波礼毘古、ここまで順調にこれたな。やはり我々は日の神(天照大御神)の子孫だけあって護られているんだなぁ。」

 

  五瀬命は上機嫌でした。

 

  これから彼を悲劇が襲うなど夢にも思わなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  彼らは大阪湾沿岸に御船を泊めましたが、そこには長髄彦《ながすねひこ》という大変すねの長い者が待ち構えていて、兄弟と一戦交えました。

 

  長髄彦は天つ神の子孫がやってくるのはきっと自分の国を奪おうとしているからだと思ったのです。

 

  「天つ神の子孫とは片腹痛い‼︎蹴散らしてくれる‼︎」

 

  「ぬうううう‼︎応戦だ‼︎」

 

  神倭伊波礼毘古たちは御船に備えてあった楯を取って戦いました。

 

  ワアアア‼︎

 

  神倭伊波礼毘古軍は今までの順調さとは打って変わって苦戦しました。

 

  「手強い相手だ。」

 

  神倭伊波礼毘古がそう思ったその時、一矢の矢が飛んできたのです。

 

  ヒューッ

 

  「グワァー‼︎」

 

「兄上‼︎」

 

  神倭伊波礼毘古は何が起こったか分かりませんでした。

 

  しかしすぐ何が起こったか理解できました。

 

  五瀬命に敵の矢が当たったのです。

 

  「ううう………我々は日の神の御子なのに日に向かって(東に向かって)戦ったのが良くなかった。」

 

  五瀬命は最後の力を振り絞って言いました。そして

 

  「………これからは回り込んで日を背負う(南に回り込んで)ように敵を討とう。」

 

  そう言いました。兄弟は南の方に回り込むように軍を進め、五瀬命は海で傷を洗いました。すると海は真っ赤に染まりました。

 

  五瀬命の傷は日に日に悪くなっていきました。

 

  そしてついに五瀬命は雄叫びを上げて死んでしまいました。

 

  「兄上………」

 

  神倭伊波礼毘古はとても悲しく思いましたが、兄との志を遂げようと奮起し、さらに軍を進めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

  一行が熊野村という場所に着いた時、荒ぶる神の化身である大熊が現れました。

 

  すると神倭伊波礼毘古や、彼に従う兵たち皆が具合を悪くして寝込んでしまい、進軍できなくなってしまいました。

 

  「………これでは兄上との志を遂げる前に死んでしまう………」

 

  希望を失いかけていた神倭伊波礼毘古の前に高倉下《たかくらじ》という国つ神が現れました。

 

  高倉下は一振りの剣を差し出す為にやってきたというのです。

 

  するとどうでしょう。原因の大熊は自然に倒され、たちまち神倭伊波礼毘古やその他の兵士は起き上がったではありませんか。

 

  「この太刀をどこで得たのか。」

 

  神倭伊波礼毘古は高倉下に問いました。

 

  「私は不思議な夢を見たのです。天照大御神と高皇産霊尊が建御雷神《たけみかづちのかみ》に

 

  『葦原の中つ国はとても騒がしい。私の子孫たちが苦しんでいる。葦原の中つ国はあなたが平定(建御雷神は、邇邇芸命が降臨する際、葦原の中つ国を治めていた大国主命を説得し、葦原の中つ国を平定した)した国だからあなたが降っていきなさい』

 

  と仰せになり、建御雷神が

 

  『私が地上に降らずとも平定の時使った太刀を渡せば国は安らぐでしょう。高倉下の倉の屋根に穴を開け、そこから太刀を落とし入れましょう』

 

  と答えました。そして私に

 

  『朝目覚めたらあなたが太刀を献上しなさい。』

 

  と仰せになったのです。

 

  私はその夢の通りに倉を見ると本当に太刀があったので、太刀を献上することにしたのです。」

 

  と高倉下は答えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情を理解し、元気になった神倭伊波礼毘古はさらに山奥に行こうとしましたが、その時、高皇産霊尊がこう神倭伊波礼毘古に告げました。

 

  「これより奥地に行ってはいけない。荒々しい邪神がはびこっている。今、八咫烏《やたからす》という先導役をそちらに送るからそれに従って進みなさい。」

 

  こうして神倭伊波礼毘古は足の三本ある烏、八咫烏の先導で進軍し、数々の国つ神を平定していきました。

 

  その途中で兄宇迦斯《えうかし》、弟宇迦斯《おとうかし》いう兄弟がいました。

 

  八咫烏が彼らに

 

  「天つ神の御子がおいでになる。あなたたちも協力しないか。」

 

  と説得しましたが兄宇迦斯が八咫烏を追い払ってしまいました。

 

  兄宇迦斯は神倭伊波礼毘古を迎え撃とうと兵を集めましたが、十分に集まらず、「天つ神の御子に仕えます」と偽り、神倭伊波礼毘古を迎える為につくったという御殿に罠をしかけ、神倭伊波礼毘古を討とうとしました。

 

  すると弟宇迦斯が神倭伊波礼毘古のところに来て、兄の策略を告げ、神倭伊波礼毘古に協力してしまいました。

 

  そこで神倭伊波礼毘古は家臣を送り、兄宇迦斯に対して、

 

  「おまえのつくった御殿に入ってどのように仕えるか明らかにせよ。」

 

  と脅しました。

 

  兄宇迦斯はどうすることもできず、自分のつくった罠で死んでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  神倭伊波礼毘古はさらに国つ神や土着の豪族たちを従えながら進みました。

 

  途中、八十建《やそたける》(多くの勇猛な人々)が神倭伊波礼毘古を待ち構えていました。皆、要害に籠っており、簡単には突破できそうにありませんでした。

 

  そんな時、神倭伊波礼毘古が神に祈ると、夢に天つ神が出てきて、

 

  「天香山《あまのかぐやま》の土で土器をつくり、天神地祇を祀りなさい。そうすれば敵は自然と降伏するだろう。」

 

  といわれました。

 

  さらに弟宇迦斯が

 

  「天神地祇をお祀りしてから敵と戦うのが良いと思います。」

 

  と申し上げました。

 

  これを聞いた神倭伊波礼毘古はこれは何かの吉兆だと思って、家臣に老人の格好をさせ、

 

  「おまえたちは天神地祇を祀るための土器の材料の土を取ってきなさい。敵も老人なら通してくれるだろう。」

 

  といわれました。

 

  案の定敵は道を開け、家臣は難なく土を取ってきました。

 

  神倭伊波礼毘古は大変喜び、早速土器をつくって諸々の神をお祀りしました。

 

  そして八十建を討ち、その残党はすきを突いて討ち取りました。

 

  さらに進むと兄磯城《えしき》と弟磯城《おとしき》という兄弟がいたので八咫烏を遣わし、協力を呼びかけました。

 

  弟磯城は協力し、八咫烏に食べ物まで差し出しましたが、兄磯城は協力せず、八咫烏を矢で射ってしまいました。

 

  八咫烏は弟磯城だけを神倭伊波礼毘古の前に連れて行き、兄磯城は兵を集めて決戦しようとしていると告げました。

 

  とりあえず神倭伊波礼毘古は弟磯城を兄磯城のもとへ派遣し、説得させることにしました。

 

  しかし兄磯城は協力しないと言って、神倭伊波礼毘古を受け入れようとしませんでした。

 

  神倭伊波礼毘古は仕方なく兄磯城を挟み撃ちして討ち滅ぼしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

  またしばらく進むと、兄、五瀬命の仇、長髄彦を撃つことになりました。

  しかしやはり長髄彦は強く、なかなか勝つことができません。

 

  「さすがは兄の仇。なかなか倒せん。」

 

  そう思っていた時、空が急に暗くなり、雹が降ってきました。

 

  「一体何が起ころうとしているのか。」

 

 

 

 

 

 

 

  すると金色の不思議な鵄《とび》が飛んできて、神倭伊波礼毘古の弓の先に止まりました。その鵄は雷光のように光り輝き、長髄彦の軍勢を惑わせたのです。

  神倭伊波礼毘古はこの機に乗じ、長髄彦の軍勢をことごとく平定しました。

 

  長髄彦は使いを神倭伊波礼毘古に送り、言いました。

 

  「昔、天つ神の御子がこの地に天降られました。その天つ神の名を饒速日命《にぎはやひのみこと》と言います。私の妹が饒速日命に嫁いで、私も饒速日命に仕えています。あなたも天つ神の御子と言いますが、果たして天つ神の御子は複数いるのですか。

  おそらくあなたは偽物でしょう。」

 

  すると神倭伊波礼毘古は

 

  「天つ神の御子は複数いる。おまえの仕える人が本当に天つ神の御子ならばそのあかしがあるはずだ。それを示しなさい。」

 

  と言われました。

 

  すると長髄彦は天の羽羽矢《あまのははや》と歩靫《かちゆき》という武具を示しました。

  神倭伊波礼毘古は

 

  「これは本物だ。」

 

  と言われ、そして自身の持っていた天つ神の御子のしるしを示されました。

 

  すると長髄彦は畏れかしこまりましたが、兵を収めようとはしませんでした。

 

  しかし当の饒速日命は天神が神倭伊波礼毘古を心配している、と知っていたので神倭伊波礼毘古に協力しました。

 

  しかし長髄彦はかたくなに拒んだので長髄彦は殺されてしまいました。

 

  その後、周辺の豪族を平定し、ついに橿原宮(奈良県橿原市畝傍町)にて即位あそばれました。(ちなみにこの年は西暦でいう紀元前660年)ここに約二千年の歴史を持つ「日本」という国は産声を上げたのです。

 

  神倭伊波礼毘古は後に「神武天皇」と呼ばれるようになり、初代天皇として歴史に名を刻むこととなるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《余談》

日本建国の話(というより古事記、日本書紀の神話)は古代史の研究にはなくてはならないものです。

邪馬台国の研究も日本神話を知らなければ話になりません。

年代については諸説ありますが(というより紀元前660年即位というのは考古学的に怪しい)日本に初代天皇がいたのは事実。

ぜひ皆さんも古事記、日本書紀の通読をおすすめします。
(ちなみに「因幡の白うさぎ」や「山幸彦と海幸彦」などの話も日本神話)

《さらにさらに余談》

さらに言うとこの神武天皇から今上天皇陛下まで続く天皇家は世界最古の王朝で、我が国は世界最古の国家なんだそうですよ。(日本建国が紀元前660年でも、定説である4世紀頃でも世界最古の国家だそうです)

我が国の誇りですね‼︎


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