提督(笑)、頑張ります。 外伝   作:ピロシキィ

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ayasaki さんから寄稿頂きました。
ありがとうございます。
徳田くんのお爺ちゃんのお話。


貫いた意志の先には 

貫いた意志の先には

 

『坊の岬沖海戦にて大日本帝国海軍勝利! 天皇陛下より公式称賛』

『ソ連、不可侵条約を破り侵攻してくるも、オホーツク海にて長門・陸奥率いる海軍が迎え撃ち快勝』

『鈴木貫太郎内閣発足!』

『本土空襲が激化! 陸軍による本土決戦か?』

『戦争継続か? 講和か?』

 雪崩のように押し寄せる出来事が私、山咲岩男の時間を奪っていく。

対処する間に次々と問題は山積みとなっていき、もはや対処するだけの余裕も時間も無くなっている。

だからこそ、水面下で進めている講和への道を紡がなければ、本当にこの国は終わってしまう。

だからこそ、発足されたばかりの閣僚会議においても、講和に賛同する人間は過半数を超えている。

しかし、講和の条件として加えられた、ある一文が波紋を起こす。

【大日本帝国海軍少将長野壱業を戦犯とする】

 瞬間、ここがどこであるかも忘れそうになるほどの、怒号が発せられる。

「ふざけるでないわ! この大東亜戦争において、大日本帝国においても! 最大の功労者を戦犯にせよと!? このような条件は断じて認めん!」

 それは同じ海軍の人間である海軍大臣米内光政ではなく、海軍と不仲とされる陸軍大臣阿南惟人が放った激情だった。

 そして、それを発端として、私を含め長野と親交があった者達も次々と腹の中をぶちまける。

「そもそも戦犯の理由がふざけておる! 長野が病院船を沈めた? 日米開戦の切っ掛けを作ったからだと!?

 そのようなことなど聞いたことが無い。事実無根であることは明白である。

 このような事を罷り通すなど、この大日本帝国の恥でしかない!」

「待たんか! 言い分は理解できるが講和への機会をみすみす溝に捨てる気か」

「この国の未来を憂慮し、前線で戦い抜いた将兵達の顔を忘れたか!? 例えどんな条件であろうとも、交渉の席に座らせられたのだぞ」

「であろうとも、この条件は看過できん。このような条件を国民や将兵が見れば、どう思うかは明白であろう?

 戦神として将兵達からは拝まれ、国民からは国の誉れとして崇められるほどの勲功を残してきたのだ。

 そんな人間を戦犯とするなどと、誰が納得するというのだ!?」

 冷静に現実を見て話すものもいれば、感情論ともいえる言葉も出る。

 しかし、過半数の人間は理解している。最早大日本帝国に戦争継続できるだけの国力など存在していないということに。

 特に大蔵大臣である高橋さんはここにいる誰よりも、大日本帝国の経済状況をわかっている。同時に最年長者としての責任も有り、誰もが口に出せなかった言葉を発する。

「ならば、全国民が意味もなく死ななければならない戦争を続けるというのかね? 油も鉄も兵力も何もかもが足りない、困窮どころか維持する事すら出来ない現状だ。

 本土決戦? そのようなことで更なる譲歩を引き出せると思っておるのか? 満足な補給どころか兵站さえも維持できなくなっている現状で、どうやって打開できるというのだ」

「大蔵大臣! 今の言葉は見逃せませぬ。大日本帝国は負けておりません」

「現実を見てからものをいえ。沖縄の制海権は再び奪われた。海軍の船は動かせるだけの油が無い。今も外地で戦う陸軍に援軍を送るどころか支援さえもできない。

 本土空襲は激しさを増しており、民間人の被害はうなぎ上りである。

ここからどうやって講和条件の見直しを迫れるというのだね?

意地と面子の為だけに国民を巻き込むのもいい加減にせよ! あれほどまでに長野少将が諫言をしても放置し、虐げ、己の空論の間違いを認める事も出来なかった軍に威厳があると思っておるのか。

それでも抗戦を望むというのであれば、とっととこの老骨の心臓を止めるがいい」

「貴方は長野の名誉など、どうでも良いというのですか。これほどまでに大日本帝国に尽くしてくれた彼を」

「アメリカとソ連が名指しにしてまで、講和条件に加えた理由を考えよ。大日本帝国にとって長野壱業は誇りだ。

 しかし敵国にとっては、大日本帝国海軍少将長野壱業こそ徹底的に踏みにじらなければ自国民が納得できぬし、収まらんと言う事だ」

 高橋さんの言葉に、誰も言い返すことが出来ない。アメリカ・ソ連は長野以外は眼中に無いというのを自覚させたのだ。

結果、その日の閣僚会議において結論がまとまることはなかった。

だが、……高橋さんの言葉を聞けたことで私の腹は決まり、その為の行動を起こす。

 

 

 

「……それが貴様の答えか」

 顔見知りでもあり、長野派閥の中枢である彼と会い、私は先日の閣僚会議の経緯。そして長野壱業を生贄とする講和条件に賛同するという事を告げる。

その内容を最後まで黙って聞き続けた彼は、悪鬼のような表情で私を睨み殺そうとする。

 だが、立場が違えば、私こそがその表情をしていた。

「そうだ、米ソは講和の条件に対して、長野壱業海軍少将を戦犯とすることを講和条件の一つに加えた」

 しかし、私は政治家として、そして彼の意志を無駄にするわけにはいかない。

 彼は犠牲を望んでなどいない、彼は最後までこの国を守ろうとした。

 ならば、この国を守るために私は、真に護国の鬼として戦って散っていった彼を踏みにじることを選択しなければならないのだ。

「まさに鬼畜米英の性根が証明されたな。腐った性根からの誇りを慰めるために、事実無根の罪を押し付け、歴史を捻じ曲げようとする。

 っは! 海軍上層部の連中といい勝負だ」

 本心から吐き出される罵倒、だが言っている自分さえも罵っているのだ。

 共に戦場を駆け抜け、苦難を乗り越えてきたのは事実。しかし、あくまでも共に戦えたというだけ。彼が背負っていた荷を代わりに背負うことはできなかった。

「……陛下の称賛により、海軍上層部の言葉など枯葉よりも軽い。しかし、これ以上の戦争継続で更なる無駄な犠牲を出せば、国の存続さえ危ういのも分かっているだろう?

 今しかないのだ! 坊の岬における勝利でアメリカからの譲歩による講和を引き出せるのは! 最早この国にこれ以上の戦争を続ける国力が無いことはわかっていよう!?」

 認めたくない。自分が吐き出す言葉に自分で腹を立ててしまう。

 それでも現実を見て、この国を守るために必要な行動を起こさねば、彼が全てを捧げてまで残してくれた講和への道標が途切れてしまうのだ。

「そんなことは開戦前からあいつはわかっていた! 開戦さえも避けようとあいつがどれだけ各所を駆け回り、平和を願っていたか知っている!

 そんな苦労を無にしたのがお前達や新聞社で、その情報を鵜呑みにした民衆達が戦争を望んでしまった。

 だのに、そんな国さえもあいつは守ろうとした! そんなあいつに上層部は何をした!

それでもあいつはどんな状況になっても腐ることなく先頭に立って戦ったんだ!

 同期の俺達がここにいるのも長野がいたからこそだ! 長野がいたからこそ兵士達は希望を見出して戦ってくれた!

 あいつが指揮官でなければ、誰もついてこなかった!

 ひたすらに日本という故郷を護りたいと、命を差し出してまで今を作ってくれた。だというのに、そんな長野が受けるべき称賛を奪うことなど許せるわけがないんだよ!」

 声を荒げ、途中から泣きながら語る彼とて、これが手順の1つだと理解しているのだ。

 長野壱業という男は、日本を守る為なら名誉などいらないという心があるということを。自分の犠牲だけで済むなら、あっさりと取捨選択するであろうとも。

 だからこそ説得できる。

 海軍の大きな派閥となっている長野一派の一角である彼を。

 そして彼を説得すれば、その派閥が海軍の一部を抑え込むことが出来て、長野が望んでいた講和への道がまた一歩開ける。

「許してもらう気は無い。だが譲るつもりもない。彼を戦犯にすることで講和となるというなら私は推し進めよう。

 既に閣僚の大半は納得している。陸軍の一部は講和に納得していないが、それでも調整予定内で済むのだ」

 嘘も交えていた。閣僚の人間も長野を慕っている。だから講和には賛成でも、長野を生贄とするなど納得してもいないし紛糾もしているが、無理矢理意思統一させようとしている。

 同時に、講和派の陸軍将校と内密に連携して、抗戦派将校達の粛清もしなければならない。発足されたばかりの閣僚達とも内密で早急に講和の交渉を進める。

 だが、その為にも長野派閥の力が必要なのだ。未だ現実を見ない海軍の一部を抑え込み、尚且つ講和に向けての意思統一を図るために。

 そして、私の目の前にいる彼とて、私が本当の意味で長野が願っていた平和の為に悪役になろうとしていることを分かっている。

 それは私の役目だ。

 彼は軍人であり、政治家ではない。

 そしてこれは茶番だ。だが必要な茶番劇なのだ。

 私という裏切り者のせいで彼らは意見を封じられ、長野の戦犯指定を止めることが出来なかった。それでも、長野の最後の願いである講和を得るために協力する悲劇の戦友達、という状況にするために。

 そうして私は彼との対話を終えた。

 長野が命を懸けてまで作ってくれた講和への道を閉ざさないための一歩が進められた。

 だが、その代償として、今後私は長野と親しかった人達と袂を分かつ。

 数えきれないほどの恩を長野から受けたというのに、長野を生贄とすることに賛同した私が、どの面を下げて会えるというのか。

 それでも今は立ち止まってはいられない。

 海軍大臣である米内と長野派閥の力があれば、海軍の反発は抑え込める。

 だが、本土にいる陸軍・民衆は、講和が成らなければ本当の国家存亡の危機であることを理解していないのだ。

 坊の岬・オホーツクの勝利によって、まだ日本は戦えると勘違いしている。

 今の日本には最早船を動かす重油も船を作るための鉄も碌に無いというのに。同時に、制海権・制空権を奪われ輸送も満足に出来ない状況。

 遂にはアメリカによる本土空襲さえ行われ、民間人への被害が跳ね上がっているのが現実だというのに。

 考えれば考えるほど、長野の様に自分は抗っていただろうかと自問自答してしまう。

 確かに長野という人物は、この大日本帝国どころか世界中を見回しても、比肩しうる者がいると思えないほどの傑物だった。

 だが、それは長野がどこまでも抗い続けてきた証でもある。

 この国を想い、この国で暮らす人達を幸せにするために、この国の未来を少しでも良くするために、笑って過ごせるように行動してきただけなのだ。

 生まれてからの年月を重ねれば重ねるほどに、人は現実を知って打ち砕かれて、儘ならない社会の中で事なかれ主義となってしまうというのに。

 それでも純粋な青い感情をもった青年の意志を貫き通して、長野は戦った。

 だからこそ、開戦から最後の坊の岬まで大戦果を挙げ続けて、命を捨ててまで繋いでくれた講和への道が開けたのだ。

 だからこそ、この講和は絶対に果たさなければならない。長野の最後の願いをかなえるために。

 その為にも、陸軍大臣である阿南。建前なのか、本音なのか見極める。

 他の閣僚とてどこまで本気なのか。

 大蔵大臣の高橋さんとは既に協力体制であるが、軍権の強さを実感する。

 それでもやらなければならない。あの爆弾だけは落とされてはならないのだ。

 

 

「……貴様はここに来るという意味を理解しているのか」

 深夜。闇夜に紛れて阿南の自宅へ忍び込み、私は阿南に会う。

「こうでもしなければ、貴方が本音で話すことはできません」

 進展のない閣僚会議と御前会議を繰り返す中で、私は阿南が自宅に帰る日を狙っていた。自分の仮の予定も入れることで、怪しまれないように工作もした。

そして信頼できる部下に協力して貰い、ここに来ることが出来たのだ。

「陸軍大臣としての意志は変わらん。

 そして陸軍将校達も長野と接したことのある者達が許すわけもない。硫黄島の件・陸軍武器開発の件・まるゆ・陸軍戦闘機。

 このどれもが陸軍から見れば、長野壱業がいなければどうにもならなかった。

 その恩義に報いるどころか、礼さえもまともに言えず、更には生贄になれだと?

 理屈だけなら言えるだろう。立場としてなら言えるだろう。状況が状況だから仕方が無いと言えるだろう。

 だが! 貴様は誇れるのか!? 死んでいった兵達に! 輸送任務中に沈められた船に乗っていた船員達に! 遺骨さえも戻ってこなかった家族たちに! 何よりこの国の人間としてだ。

 戦犯になってしまえば、長野の名誉はどこへいくかわかっていよう。

 それでも貴様はあの条件を認めると心から言うのだな」

 私にだけ聞こえるほどの声量でも込められた感情は重い。

「認めます。それが長野の最期の願いですから。そして、一人でも多くの国民を救うために、私は鈴木内閣の閣僚になったのです。

 もし私が長野に出会わなかったら、こんな気持ちにはならなかったでしょう。政治家に青臭い感情や理屈など不要。必要なのは国家の利益・保守・栄華と自らの名誉と考えるだけだった。

 どこまでも、どこまでも国民を想う気持ちで歩き続けていた長野を見たからこそ、私はここにいるんです」

 苦虫を嚙み潰したような表情になる阿南。

「まるで現実を知らずに、理想だけで世の中を渡ろうとする童だな」

「だとしても、人の生きる道としては間違ってはおらぬでしょう」

「国家を動かすものがそれでいいわけがない。一より百を、百より万を。その考え方こそが国を動かすものの選択だ。同時に国民感情を納得させることも必要であり、不要と断ずることも必要。

 権力を手に入れようとも、所詮持て余す人間のほうが大多数よ」

 そんな呟きが出ている時点で、阿南も長野に感化された一人であるのは間違いないだろう。

 海軍・陸軍として見るのでなく、同じ国に生まれた同郷のものであり、共に戦う軍人だと行動で表してきた長野を見たからこそ。

「……これから言う言葉は、私の独り言でしかない」

 先程までは、私の顔を見て話していたのに、ゆっくりと顔を背けて呟きだす。

「講和そのものに反対する将校達を集めている。……精神論だけを掲げ、戦う方法も考えず、玉砕論・竹槍で戦えると思っているような連中もいる。

 そんな輩でも集まれば、それなりの数にはなる。

 しかし、そんな輩を一掃できれば、講和に横やりを入れられることも無く、国民に対しても頑強な姿勢を見せることが出来る。

 だが、そんな輩には、わかりやすい旗印が必要だ」

 その言葉で阿南が何をしようとしているかは明白だった。

 陸軍大臣としての権威を使って、自分なりに講和への準備を進めている。それが長野の献身に報いる手段だと。

「陸軍大臣という身分でありながら、一軍人の名誉さえ守ることが出来ん。外地にいる陸軍兵士達を犠牲にしてまでなど……彼は望んでおらんだろう。

 そして陸軍大臣だからこそ、本来は今も戦い続けている将兵達の命を優先するのが正しいのであろうな」

「阿南さん……」

「独り言だ、相槌も言葉も必要無い」

 そう、進まない閣僚会議の間に、アメリカは外地に残る兵士達をちらつかせた。数十万の兵士達の命を札にして、長野を戦犯にする条件に賛同させようとしている。

 これ以上、講和条件の話し合いを長引かせることが出来ないという意志表示でもあった。

「いけ。これ以上は不要。貴様は自宅で寝ているのだ」

 そう言って、布団に入って背を向ける阿南。

 その背中に一礼して、山崎は闇夜に紛れて帰宅した。

 これで講和はできる。

 この国を守ることができる。

 これ以上、国民の犠牲を増やす必要はなくなる。

 戦争による家族の死を見る人を見なくて済む。

 それを心から望んだ人を犠牲にして……。

 

 

 

 十二月二四日

『今年で講和締結より〇〇年となりました。あの戦争を振り返り、二度と戦争をしないと……』

 ラジオから聞こえるアナウンサーの声を聴く。

 黙祷を行い、火をつけた線香の匂いと煙を浴びながら、想いを馳せる。

 どれだけの時が流れようとも、昨日の事の様に思い出す講和前の出来事の数々。

真実を無かった事にする為に被せられた虚構に歯がゆさを感じた。

 どこまでも思い通りにならない現実を投げ捨てたかった。

 自分の所為じゃないと言いたかった。

 流れていく時間が辛かった。

 人目も憚らずに泣きたいときもあった。

 いっそ死にたいと思ったことも何度もあった。

「父さん、そろそろ横にならないと」

 私の体調を心配する息子の声。だが、これだけはさせてほしい。

「……彼には悪い事をした」

 そして、最期には長野壱業を思い出す。

「父さん?」

 無愛想で普段は寡黙でありながら、この国の安寧の為になることを熱心に有言実行を以てして語る彼を。

「長野、もう少しで謝りにいける」

 怒ってないかもしれない。殺そうとするほど怒っているかもしれない。

 だとしても、会いたい。

 長野壱業に出会えたことは、私の人生で胸を張って誇れることだから。

 




ピロシキィからの補足

終戦時の内閣

総理大臣 鈴木貫太郎
外務大臣 東郷茂徳 重光葵
内務大臣 山咲岩男(徳田くんのお爺ちゃん)
大蔵大臣 高橋是清 (大事に酷使されました)
陸軍大臣 阿南惟幾(過激派は任せろー)
海軍大臣 米内光政
司法大臣 親松文治
国務大臣 左近司政三 井上成美

親松文治 ←オリキャラ
新潟県のひと。世間に嫌気がさして隠居生活送ってたとこに長野がカチコミかけて政治舞台に。
設定だけはあったけど本編に入れる隙はないってのが結構あったりするのでこの場を借りて入れさせてもらいます。

あと前提としてソ連南下後の話だし、事前にヤルタ会談の内容を一字一句完璧に把握していたのでソ連に仲介頼もうとかなかったのです。

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