17,10.1
一桁計算間違えてました修正しました。
いつも当サイトをご覧いただきありがとうございます。
さて、今回スポットを当てたのは『長野壱業』という人物。
皆さんもご存じの方も多いだろう。
大日本帝国海軍の生んだ最強の戦術指揮官。
未来を知るが如くの天才的な読みと状況判断によって近代戦史においてもっとも多くの戦功を上げてきた人物。
軍事関係を齧った方であればそのような印象を持つことだろう。
詳しくは知らなくても彼の名前を映画、小説、漫画、アニメ等で聞いた方も多いのではないでしょうか?
そして彼とは切って離せない多くの謎に今回はスポットを当てていきたいと思います。
その① 消えた遺産
長野氏は若い頃に商会を立ち上げ、多くの部門で成功を収め続けます。
詳しくは割愛しますがその資産は莫大で1942年(昭和17)頃、長野氏の個人資産は3億円あったとされています。(諸説あり)
当時、10円が3万5千円相当の価値があるとされていましたからおおよそ1兆500億円です。
しかし、戦後残された彼の個人資産は妹に渡されたそうですが、おおよそ10億円相当だったそうです。
戦後復興基金(榛名銀行の前身)や戦災孤児基金の設立に1000億円使われたと記録が残っていますが、
それだと9000億円以上の資産がどこにかに消えていることになるのです。
戦中、戦後に物価の変動があったにせよ多額の資産があった事には変わりません。
それがどこに消えていったのか?
GHQの当時の資料を漁って見ても大金を接収した記録は残っていません。
接収したのをひた隠ししているのか、
それとも…。
『我、敗れ、日本必敗為りても使われぬ事願い候、六四八に託ス』
長野氏が軍人として同期であった方へあてた遺書の一文だとされています。
もしかしたら今も何処かに莫大な資金が隠されているのかもしれません。
その② 戦後日本を操った黒幕
第二次世界大戦にて日本は敗北し終戦を迎えました。
日本の被害も然る事ながら、連合国、特にアメリカの被害も甚大でした。
戦後、時が経つにつれて自由主義陣営と共産主義陣営の衝突が深刻化していきます。
そして訪れる1950年の朝鮮戦争。
日本も自由主義陣営で参戦し、共産陣営に『解き放たれた猟犬』と呼ばれ恐れられました。
一方で国内は自由主義陣営の中継地、武器弾薬の調達地として機能し、好景気に沸くことになります。
ですが日本にとっていい事ばかりでは無かったのです。
国内の不穏分子の武装蜂起やテロ、日本共産党によるクーデター未遂など起こります。
しかし、これらは瞬く間に鎮圧されました。
まるで、事前に起こる事が分かっていたかのような鮮やかさだと言われています。
この手際の良さに自由主義陣営はWW2の戦犯の追及が緩やかになったり、日米安全保障条約を締結させたり、日本の諜報機関の凄さに驚いたり、忍者が実在すると完全に信じられるようになりました。
そして1952年にアメリカは改めて長野壱業氏の追跡調査を行いました。
この手際の良さ、果たして誰が画を描いていたのでしょうか。
その③ 長野文書
あらゆる未来の出来事と技術が書かれていると言われる書物。
著者は長野壱業氏。
皇室に保管されているという噂が真しやか囁かれている。
その④ 今も何処かの海を彷徨う長野艦隊。
今回最後の話はオカルトです。
また、他サイト様からの転用になります。
もう亡くなった俺の親父から聞いた話。
今から六十年くらい前。親父と爺さんが船に乗って漁をしていたんだ。
その日は何時になく大漁で、親父も爺さんもそれはそれは喜んでいたそうだ。
段々と海が時化て来たんだが、欲が出てきてなかなか切り上げられなかったんだと。
それで気が付いたら、日は暮れ始めていて海は大荒れ、急いで港に戻ろうとも雨も降ってきて視界が悪くなり方向を見失った。
親父も爺さんも後悔したがもう遅い。
船は大波に乗り上げ、風にも煽られ何度も転覆しそうになった。
こりゃもうだめだ。と二人とも諦めた時に真っ暗の大雨の中で遠くに光が見えた。
藁をも掴む思いで舵を切って光の方に向かった。
発光信号だ。と爺さんが叫んだ。
発光信号って言うのは光源を点滅させて通信を送る信号の事で,主としてモールス符号を使うらしい。
爺さん曰く、ワ・レ・ニ・ツ・ヅ・ケ だったそうだ。
爺さんは戦争中海軍にいたから知っていたんだと。
まぁいろいろと思った事はあった様だが助かったと思いその光に導かれるように船を向けて必死に操船していると、すぐそばをでっかい船が通過していく。
その時、また爺さんが何か叫んだんだが親父は唖然としてしまって聞き逃した。
多分、波がどうだとか言ってたんだと思うと言っていた。
親父が唖然としていたのはいつの間にか周りに多くの船が同じようにその発光信号を追いかけているからだ。
どれも大砲がついてる軍艦。しかも近く通過していったにもかかわらずに波の影響を受けてないかのようにすぅっていく感じで。
それ見て親父はマズイと思ったらしい。このまま何処かに連れていかれてしまうって。
慌てて爺さんに詰め寄って、反対に逃げようって言った。
だけど爺さんは全く取り合わなくて泣きながら喚いていたんだ。
もう親父は駄目だと思って目を瞑って祈ってたそうだ。
どのくらいそうしてたか分らないが、気が付いたら穏やかな海と星空が広がっていたそうだ。
爺さんはありがとうございますって何度も言いながら泣きながら海に酒を撒いていた。
結局、無事に港に戻れたんだが、後日あれは何だったのか親父は爺さんに聞いた。
爺さんは一言だけ、
長野艦隊だ。
それ以来うちは毎年欠かさず沖縄で行われる慰霊祭に行っている。
今回の都市伝説いかがでしたでしょうか?
これはごく一部で他にもいろいろとあるそうです、興味を持った方は調べてみると面白い事が分かるかも知れません。
それでは今回はここまでです。
次回は『謎の暗号シケイダ3301』を語りたいと思います。
信じるか信じないかは…(ry