「何だか久しぶりという気がいたしますわ」
「確かにそうね。私は黒子と部屋が一緒だから嫌でも毎日会うし、佐天さんと初春さんも学校一緒だから毎日会うだろうけど、四人揃うのは久しぶりって感じがする」
「……お姉様、「嫌でも毎日会うし」とはどういう意味ですの……?」
「えっ!? あっ、いやっ、別に深い意味は無いわよっ!?」
黒子に苦い顔で睨まれ、微妙な本音が漏れてしまった美琴は慌てふためく。
「わっ、私は白井さんと風紀委員(ジャッジメント)でご一緒していますけど、確かに四人揃うのは今週初めてですねっ!」
風紀委員(ジャッジメント)の先輩の不機嫌をうやむやにする為、初春は何とか話題を元に戻そうと頑張る。
「そっ、そうね。佐天さんは、今週何か面白いこととかあった?」
美琴から話題を振られた佐天は、しかし一人だけ若干暗い面持ちであった。
「あ、うん…」
未だ腑に落ちない顔でドリンクバーから持ってきたジュースを飲んでいた黒子は、佐天の様子に違和感を覚える。
「……? どうしたんですの、佐天さん?」
「……実は、今週あったことで、皆にちょっと聴いてもらいたい話があるんだ。……正直あんまり面白い話じゃないっていうか、ウチが誰かに話したいってだけの話なんだけど……」
とある月曜日の朝、佐天涙子の目覚めの気分は最悪だった。
かつて佐天は、無能力者(レベル0)であることにコンプレックスを抱き、幻想御手(レベルアッパー)という禁じられた手段に手を出した。そして結果は、楽をして簡単に特別な力を手に入れられる程世の中甘くはないというワリと当たり前の事を再認識した事と、大事な友達を悲しませるようなことは二度としないという誓いを立てた事だった。今でも幻想御手(レベルアッパー)の件や無能力者(レベル0)であることが全く気にならないと言えば嘘になるが、それに囚われて生き続ける程、もう佐天涙子は弱くはないはずであった。
しかし今朝の夢は、あの頃の自分、無能力者(レベル0)であることにコンプレックスを抱き、幻想御手(レベルアッパー)という禁じられた手段に手を延ばしてしまった、弱い自分を思い出させる夢だった。それも、能力を持った人間は友人ですら疎ましく思えた時の気持ちがありありと甦る夢だった。
佐天は、あの頃の自分を後悔し、そして、吹っ切れたつもりでいて実際はこんなにも引きずってしまっている弱い自分が惨めで恥ずかしかった。沈んだ気持ちを何とか変えようと、現実をしっかりと認識する為に机の中にある検査結果(システムスキャン)の通知書を取り出してみたが、そこに書かれた「LEVEL 0」の文字を見ても気持ちは沈むばかりで上向くことはなかった。
今の気分で初春と顔をあわせたくない佐天は、学校でも極力初春を避け、授業が終わると同時に「今日ちょっと用があるから」と言って逃げるように学校を出た。
佐天は一刻も早く学校から遠ざかろうとしたが、気がつくと下を向いて溜息をついてしまっていた。そしてそれを何度も繰り返していたところ、道端で人にぶつかってしまい、鞄を落として中身をブチ撒けてしまった。
「ごっ、ごめんなさい……」
ぶつかった相手は、半袖の白いYシャツの、見た目と制服からして高校生くらいの少年だった。
「ああ、俺は大丈夫。そっちは大丈夫か?」
そう言いながら少年は、ぶつかった拍子に佐天が落として散らばってしまった鞄の中身を集めていた。
「あっ、どっ、どうも……」
自分の不注意でぶつかってしまった上に散らかした鞄の中身を相手に拾われているという状況が居た堪れない佐天は、恥ずかしさから逃げるようにすぐ鞄の中身を拾い始めた。
少しして、少年が呟いた。
「ん、コレは……?」
手にした紙には、「LEVEL 0」と書かれていた。
少年の呟きを聞いてそちらを見た佐天は、彼が手にしている物が、今朝机から取り出して鞄に入れたままになっていた検査結果(システムスキャン)の通知書であると理解した瞬間、「あっ!」と声を上げ、半ば反射的に少年の持つ通知書に手を伸ばした。そして、通知書の端を掴んだ途端、再び「あっ!」と声を上げて今度は通知書から手を放した。
「す、すいません……」
と呟き、佐天は下を向いてしまった。
佐天涙子は恥ずかしかった。他人に、道端で不注意にぶつかり、さらに散らかしてしまった鞄の中身を拾ってもらい、その上突飛な行動を見られ、しかも無能力者(レベル0)と知られてしまった。しかし何より、無能力者(レベル0)と知られるのを怖れて通知書を隠そうとしてしまった自分自身が恥ずかしかった。
佐天の様子を見ていた少年は、やがて無言で他の散らばった荷物を集めると、通知書と一緒にやや雑に鞄の中に押し込め、佐天に差し出した。
「す、すいません……」
鞄を受け取り、先程と同じ言葉を口にして先程と同じように下を向いた佐天を見て、少年は少し間をおいて考え込んだ後、覚悟を決めたような顔をして口を開いた。
「俺も無能力者(レベル0)だけど、それで「恥ずかしい」とか「能力者の方が偉い」なんてことは思わない」
「えっ?」
急に話し出した少年に佐天は驚いたが、少年は気にせず続ける。
「たとえ凄い能力持ってて、この学園都市の中では凄く貴重な人材だったとしても、その能力を振りかざして人様に迷惑をかけるようなヤツがいるなら、そいつは無能力者(レベル0)以下の最低なヤツだ」
そう言った少年の脳裏に、ふと、何かと因縁をつけて自分に電撃を放ってくるとある少女の顔が浮かんだ。少年は、とある少女とその妹達のことを思い、苦い顔で少し黙って考え込んだ後、続けた。
「それに、能力があるヤツはあるヤツで、皆が知らない色んな努力をしているかもしれないし、能力があるばっかりに苦しむことだってあるかもしれない。だから、能力さえあればいいとか、無ければとにかくダメなんてことはないんだ」
佐天は固まっていた。動揺していたところにいきなり、それも見ず知らずの人から熱い説教を受けては、どう対処してよいかもわからずただ少年の言葉を受け止めるしかなかった。
「これまでの自分に囚われて、無能力者(レベル0)であることを気にして下を向いていても、何も変わらないし、何も克服できないし、何も始まらない。それよりも、これからの自分がどうするべきか、どうありたいのか考えるんだ。今すぐ変われるなんてことはないし、今すぐ無能力者(レベル0)であることを克服するのは難しいかもしれないけど、それでも、今の自分が未来の自分の為に出来ることを考え、そして積み重ねていくんだ。そうやって前を向いて生きていけば、きっと何かが変わる日が来る、自分を受け入れられる日が来る、何があっても揺らがない自分を持つことが出来るって、そう信じるんだ」
佐天は、少年が何故いきなりこんなにも力の篭った熱弁をふるっているのか理解出来なかった。しかし、目の前の人が、ほんの数分前に出会った見知らぬ人間を励ます為に頑張っている事は理解できた。
普通なら、悪意ゼロなのは判るが正直ちょっと引くところだが、心が冷え込んでいた今の佐天の心には、少年の熱弁はむしろ丁度良い暖かさで響いた。少年の真剣な言葉と姿は、佐天涙子の心の底にあった重りのような感情を、まるで最初から存在していなかった幻想のように消し去っていた。
「じゃ。気をつけてな」
「あっ、あのっ、ありがとうございました!」
頭を下げた佐天に対し、片手を挙げてひらひらさせながら、少年は人ごみに消えていった。
少年が見えなくなった後、佐天は急に初春飾利に会いたくなった。今朝からずっと避けていた親友に、今の自分で向き合いたくなった。
佐天涙子は慣れた手つきで、初春飾利の携帯番号に電話をかける。
「あ、初春? ウチだけど、実は暇になっちゃったんだ。で、この後なんだけど……」
佐天は、月曜日に無能力者(レベル0)の夢を見て凹んだこと、それで初春を避けてしまったこと、そして道端でぶつかった少年に熱い説教をくらったことを簡潔に話した。ただし説教の内容は佐天なりに簡潔にしてはみたが、それでもかなり熱かった。
「それで佐天さん、月曜日にちょっと様子が変だったんですね」
「うん。ごめんね初春……」
「いっ、いえいえ、いいんですよ。誰にだって気分が優れない時はありますから、気にしないで下さい」
謝る佐天に対し、初春は顔と両手を左右に振って「気にしないで下さい」のポーズをとる。
「それに私こそ、佐天さんが何となく様子がおかしいって思っていたのに、風紀委員(ジャッジメント)のお仕事を優先してしまって……」
「ううん、いいっていいって。仕事は大事だもん、仕方ないよ」
互いに謝っているうちに、何となく二人の間に微妙な距離感が生まれてしまっている気がした黒子は、話題を変えてみる。
「それにしても、確かにその方が仰ることは尤もですわね。能力を振りかざして人様に迷惑かけるような方々は、私達風紀委員(ジャッジメント)としてはとても厄介ですわ」
「そうね。そういうのは、能力がある分タチが悪いわ」
「それに、能力はあればとにかく良いってことじゃないというのは、その通りだと思いますね」
「小さな鞄の中にすっぽり納まれる能力とか、初春のスカートをめくれる能力とか、あっても仕方ないしねー」
「さっ、佐天さんは能力とか関係なく私のスカートめくるじゃないですか!」
「にゃははは」
佐天と初春がじゃれあう様子を見て、余計な心配をしなくてもこの二人は大丈夫そうだと、黒子は一安心した。
「にしても、佐天さんに説教したソイツ、言ってることは悪いことじゃないけど、キザったらしいにも程があるっての。どんな顔して言ってるんだか見てみたいもんだわ」
「そっ、そんなことないですよ。とっても素晴らしいお話じゃないですか」
「いやまぁ、正直なところ普段だったら引いてたかもしれないんだけど、でもあの時は、クサくても何でもいいからそういうことを言ってくれる人が凄くありがたかったよ」
そう言って佐天は、少し下を向いた後、再び顔を上げて続ける。
「この話、本当はしようかどうか迷ったんだけど、でもみんなの前で話すことで「自分は人に話せるくらいには克服出来てる」って思える気がしたから、今日四人で集まった時に話そうと思ったんだ。……こんなこと考えてる時点で、やっぱりまだ引きずったままになっちゃってるけどね……」
後半は消え入りそうな声になりながら、それでも何とか胸の奥につかえていた重いものを吐き出し切った佐天に対し、黒子は顔を左右に振る。
「いいえ佐天さん、その姿勢はとても立派ですわ」
「そうですよ。佐天さんのその姿勢は素敵ですし、それにこうやってお話してくれて、私とても嬉しいです」
「にゃははは、そう言われると嬉しいような照れるような……」
頭に片手を当てて恥ずかしがる佐天を見て、しかしこの話題をこれ以上続けていてはいつまた佐天に変な感情が湧いてしまうかもしれないと黒子は思った。
「そうね、そうやって乗り越えようと頑張れる佐天さんは立派だわ」
「ええ、そうですわね。ですからお姉様、是非とも佐天さんを見習って、立派な胸になれるよう努力を……」
「何でいきなりそんな話になるのよっ!?」
「おっ、お姉様、そんなに激しく抱きしめられたら黒子はもうっ、もうっ!」
佐天と初春が苦笑いする中、美琴にヘッドロックを喰らう白井黒子は、自分の身を削って話題を全くの別次元に空間移動(テレポート)させたのだった。