「そうそう、私、今週の火曜日に能力者同士の諍いに遭遇したんですよ。しかも、ちょうど今の佐天さんのお話と関連するところがあるんです」
「え、何々? ウチの話と関連あるって、どんな?」
名門常盤台中学校のお嬢様二名による華麗な遊戯にどう反応してよいものかわからず、しかも発端になった話題が話題だけに自分から動くのは色んな地雷を踏みそうな気がして苦笑いで見ているしか出来ない佐天も、これ幸いとばかりに親友の話題に喰い付く。
美琴がヘッドロックの手を緩めてこちらを見たのを確認して、初春は話を切り出した。
とある火曜日の夕方、初春飾利は風紀委員(ジャッジメント)の仕事を終えて帰宅の途についていた。
先週から細かい事件が増え、書類作成等の雑務も増えたため、最近の初春はお疲れ気味であった。昨日など、学校で親友の佐天涙子の様子が何となくおかしかったにも関わらず、放課後彼女を気遣うよりも風紀委員(ジャッジメント)の仕事を優先しなければならないほどであった。幸い佐天は、昨日の放課後には遊びの誘いをくれていたので心配するようなことはなさそうだが、そんな佐天の誘いを仕事を理由に断ってしまった後悔もまた、初春の疲れの原因の一つであった。
「お仕事だから仕方ない、なんて言いたくないですけどね~……」
初春は、大きく息を吐き出し、下を向きながら思わずボヤいてしまう。自ら望んで風紀委員(ジャッジメント)になったとは言え、忙しさや疲れが溜まってくればつい不満が口から出てしまう。人間、「望んだ環境ならば常にモチベーション100%」とは行かないのが普通であるが、根が真面目な初春は、「自ら希望してなった風紀委員(ジャッジメント)」の活動を、「仕事だから仕方なくやっている」と感じる部分がある自分自身にも憤りを覚えてしまっていた。
そして、そんな悩める初春を嘲笑うかのように、近くの郊外団地の方から爆音が響いた。
初春が急いで音のした方に向かったところ、能力者同士の戦いとみられる光景が見えた。
「とっ、とにかく、まずは誰かに連絡をしないとっ!」
初春は急いで携帯電話を取り出し、友人で風紀委員(ジャッジメント)の先輩の白井黒子に連絡を取ろうとしたが、生憎電波の届かない場所にいるようで、電話が繋がらなかった。仕方が無いので次に、同じく風紀委員(ジャッジメント)の先輩の固法美偉に連絡を取った。
初春からの報告を受けた固法美偉は、すぐに警備員(アンチスキル)に連絡を取って応援を向かわせる旨、それまで戦闘能力の無い初春自身は直接戦いに関与しない旨、付近に一般人がいる場合はすぐに遠くに避難するよう指示を出す旨を伝えた。
初春は、現場の近くに団地があるので一般人が巻き込まれる可能性が極めて高いと判断し、一般人の非難指示を行うために急いで現場に向かった。決して足は速くない(というかそもそも運動神経が悪い)初春は、途中何度か転びそうになりながら、それでも必死で走った。
初春が現場近くに着くと、辺りの地面に水溜りが出来、周囲の木々や地面が一部焼け焦げ、一部は氷結していた。どうやら、炎を出す能力者と、氷を出す能力者のいざこざの模様だった。
するとすぐ近くで、先ほどと同じような爆音が起こり、初春の耳に襲い掛かった。慌ててそちらを見ると、炎と氷がぶつかり合って爆音と共に辺りに大量の水蒸気が発生していた。
初春は、戦いに巻き込まれないように注意しながら、周囲に逃げ遅れた人がいないか探した。すると運悪く二人の近くに、恐怖で固まってしまったであろう、座り込んで動けないでいる幼い女の子がいた。
「いけない、早く助けないと!」
初春がそう思った時、能力者の放った氷が近くにあったベンチを吹き飛ばし、動けないでいる少女目がけて飛んでいった。
「危ないっ!?」
初春はすぐに足を踏み出そうとしたが、初春のすぐ横から誰かが初春より早く少女に向かって飛び出し、間一髪のところで少女を抱えてベンチをかわした。
「だっ、大丈夫ですか!?」
初春は慌てて、少女を抱きかかえてベンチから逃れた人影の元へ走り寄った。白い半袖のYシャツを着た、見た目と制服からして高校生くらいの少年だった。少女に飛びついて転がった際、運悪く水溜りに頭が触れてしまったようで、髪の毛が濡れて頭に張り付いていた。
「俺は大丈夫だ。それより、この娘を早く安全なところまで」
そう言って少年は、濡れた髪を気にもせず、初春に少女を預けた。いきなり少女を預けられた初春は、戸惑いつつも少女を抱きかかえた。未だ恐怖で固まって動けず浅い呼吸を繰り返す少女は、見た目以上に重たく感じられた。
少女を初春に預けた少年はやおら立ち上がり、戦っている能力者達に向かって駆け出そうとした。気づいた初春は、慌てて少年の腕を掴んだ。
「どっ、どうするんですか!?」
「決まってる!こんな人が多そうなところでアイツらにケンカを続けられたら、他の人も巻き込まれる可能性がある!アイツらをどうにかして、人の少ないところに誘導しないと」
「きっ、危険ですよ!」
「そんなこと言ってたら被害が広がっちまう。危険でも何でも、とにかく何とかしないと!」
「もっ、もうすぐ警備員(アンチスキル)の応援が来るはずですから、それまで私たちも避難していた方が……」
「そんなの待ってる余裕はない。このままじゃいつ誰が巻き込まれるかわからない、今すぐアイツらを少しでも遠くに誘導しないとダメだ」
初春は気圧される。どうしてこの人はこんなにも真剣に、しかも自分を危険に晒してまで、周りに被害が出ないよう行動しようと出来るのか。
「……もしかしてあなたは、風紀委員(ジャッジメント)ですか? それともあの人達を止められる能力を持っているんですか?」
そう尋ねられた少年は、今まで以上に強い口調になる。
「俺は風紀委員(ジャッジメント)でも能力者でもないけど、こんな時にそんなの関係ない!「自分は能力者じゃないから」なんて言い訳をして、助けが来てくれるのを待ってるだけで自分は何もしないで、助けられたはずの誰かが傷ついてしまうなんて結末、絶対に正しくない。俺はそんなの許さない!」
そう言って少年は、初春の手を振り解いた。
「君はその娘を早く安全な場所に連れて行ってくれ!」
そう言い残して駆けて行った少年の背中を、初春は放心したように見つめていた。
風紀委員(ジャッジメント)や警備員(アンチスキル)等の組織は、学園都市の治安維持を目的としているので、こういった場面で治安維持の為に行動するのが当然の責務だと思う。また、白井黒子の話では、同じく初春の友人で学園都市第3位の超能力者(レベル5)である御坂美琴は時々個人的に治安を乱す心無い能力者やスキルアウトを懲らしめているらしいが(美琴的には単なるストレス解消目的が大半を占めるが初春は知らないというか知らないほうが幸せ)、それも超能力者(レベル5)の能力という後押しがあるからやれることだと初春は思う。
しかしあの少年は、風紀委員(ジャッジメント)でも能力者でもないと言う。なのに彼は、危険を冒して少女を救い、今また周囲の安全の為に危険を冒すことをさも当然のことのように言ってのけた。風紀委員(ジャッジメント)としての責務や、能力者という後押しがなくとも、ただ純粋な己の意志一つで行動を起こしたのだ。かつて白井黒子に、「己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし」という風紀委員(ジャッジメント)の心得を教わったことがあるが、少年は風紀委員(ジャッジメント)ではないのに、風紀委員(ジャッジメント)としての大事な信念を当たり前のこととして体現していた。
初春は、少年に尊敬の念を抱いた。風紀委員(ジャッジメント)としての心得を風紀委員(ジャッジメント)では無い人間に見せつけられるのは、とても衝撃的で、眩しかった。しかも不思議と悔しさは無かった。その感動は、忙しい日々の中で見失いかけていた初春の風紀委員(ジャッジメント)としてのモチベーションを、大いに揺さぶった。
初春が密かに感動している間に、少年は能力者に石を投げつけ、石が当たって2人が少年に注意を向けると、少年は二人を力強く指差し、何事か挑発めいたことを叫んだ。そして二人の能力者は少年の挑発に乗ったようで、少年に対して攻撃を始めた。
少年は、二人に挟み撃ちを喰らわないよう注意しつつ何とか攻撃をかわしながら、人気の少ない郊外の方に向かって逃げて行った。二人もそれを追いかけ、やがて三人は人気の少ない郊外に消えていった。
程無くして到着した警備員(アンチスキル)に少年と能力者達が消えた方向を伝えた初春は、以後の処理を警備員(アンチスキル)が引継ぐことを確認した後、状況を固法美偉に連絡した。
連絡を終えてすぐ、先ほど到着した警備員(アンチスキル)の一人がやって来て、能力者二人は確保した旨、二人の証言から少年はとりあえずどこかに逃げ去った旨を教えてくれた。一安心した初春は、少年が助けた少女を近所の家まで送り届けた。
家に戻った初春は、早速明日固法に提出する報告書の作成を始めた。自分でも面白いくらいすらすらと報告書が書けた。つい数時間前は頑張っても上手く書けなかった書類の文章がどんどん頭に浮かび、それでいて数時間前にあった疲れはまるで感じられず、嬉しくて楽しくなった初春は、未だ残っている風紀委員(ジャッジメント)のその他の書類も次々と書き上げた。
翌日、筆が乗りすぎて饒舌になってしまい、固法と黒子に「無駄に長い」「もう少し報告書は簡潔に」と注意されてしまうことを、初春飾利はまだ知らない。
初春は、火曜日に能力者同士の諍いに遭遇したこと、見知らぬ少年が少女を助け、さらに能力者達を人気の無いところに誘導したことを話した。そして何より、少年の危険を顧みず皆を守ろうとする姿勢に、最近忙しさの中で忘れかけていた風紀委員(ジャッジメント)としての心意気を思い出したことを熱っぽく語った。
「能力を正しく使わない能力者はかえって迷惑という点もそうですが、何より、大事なことは風紀委員(ジャッジメント)や能力者であるかないかということじゃないっていうのが、佐天さんのお話と関連があるなって思いました」
「へー、そんなことがあったんだ。言われてみれば、水曜日から初春が妙に元気になってたかも」
「えへへへへ……」
初春は若干の恥ずかしさを覚え、照れ笑いを浮かべる。
美琴は、またしてもキザったらしさが鼻につくヤツがいたものだなぁと思ったが、初春の良い気分に水を注すのも悪いと思い、黙って話を聴いていた。
「そういえば、女の子を助けた男の人って結局どうなったの?」
佐天の質問に、黒子が答える。
「個法先輩が警備員(アンチスキル)に確認した限りでは、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた、ということしかわからないそうですわ。取調べをした能力者の話からすると、攻撃がまともに当たったということは無いようなので、とりあえず無事なのは間違いなさそうですですが、どこのどなたなのか特定するのは難しいそうですの」
「お会いして、お礼が言いたいんですけどねー。女の子にも、「助けてくれたお兄ちゃんにお礼が言いたいから、お花のお姉ちゃん、お兄ちゃんが見つかったら教えてね」って言われているので、何とか探し出したいんですけど」
幼女フラグが立っていた。
「一応学園都市にある主だった高校のデータベースの男子生徒の顔写真を確認してみたんですけど、ゆっくり顔を見てる余裕は無かったので記憶があやふやですし、おまけに髪の毛が濡れていて実際の髪型と違っていたかもしれないので、ちょっとわかりませんでした」
「初春が調べてわからないのでは、お手上げですわね」
「仕方ないんじゃない? 縁があればまた街中でばったり出くわせるわよ」
普通に流れていく会話に、しかし佐天涙子は異議を唱えた。
「ちょい待ち初春。今、「データベースで顔写真を確認した」って言ったよね。それって、学校に登録されてる個人情報を勝手に見ちゃったってこと? それってもしかして、ハッキングっていうか、違法行為なんじゃないの……?」
佐天の質問に、初春が固まる。
「……ついでに、御坂さんも白井さんも、何で普通に流してるの?」
追加で指摘された二人もびくっと固まり、やがて三人はゆっくりと佐天から視線を外した。
「まー、悪いことに使うつもりはないんだから、いいんじゃない?」
高校のデータベースどころか極秘実験を行う研究所にハッキングした経験のある美琴は、安物のソファに背中を預け窓の外に視線をずらしながら、ストローでジュースを啜る。
「そのくらいの越権行為、風紀委員(ジャッジメント)としては必要悪ですわ」
特定の人物に対する愛情表現が時として限りなく犯罪行為に近くなってしまう黒子は、目をつぶって両手でグラスを掴み、ストローでジュースを啜る。
「小さな女の子の望みを叶える為なら、少しくらい道を踏み外しても神様は許してくれるんじゃないですかね……」
つい先程「風紀委員(ジャッジメント)として正しい行動~」云々と正義を語っていた初春は、半目で苦笑いを浮かべながら、ストローでジュースを啜る。
「え、え、え、みんな何なのそれ、それってアリなの!?」
佐天の至極真っ当な意見は、しかし悲しくファミレスに響きわたった。