さすがにこのままではいけないと思った初春は、会話を復活させようと美琴に話を振る。
「御坂さんは、今週何か特別な出来事とかイベントってありましたか?」
「え、私?」
「ハイ。私と佐天さんのお話が出たので、今度は御坂さんと白井さんのお話が聞きたいです」
「うーん、そうねー………………………………………………………………………別にないかも」
妙に長く考えていた美琴は、しかし「何もなかった」と答えた。
「だって、二人みたいな特別な出来事なんて、そうそうないわよ」
「いや別に、特別な出来事なんて大げさな話じゃなくて、何か小さなイベントでもいいんじゃないかな」
「イベントって言われてもねー。うーん、特に話せるようなことは……」
「私、御坂さんみたいな人なら、きっと毎日が色んなイベンドだらけかと思ってましたよー」
「……初春さん、私のことをどんな目で見てるワケ?」
美琴が初春の無邪気な一言に軽くダメージを受けている間、三人の話を黙って聴いていた黒子は、ふいに、若干不機嫌そうな声で呟いた。
「……お姉様、私、お姉様が先週までと比べて、具体的に言うなら水曜日に帰宅なさってから、何となく開放的というか、すっきりした気分でいらっしゃる感じがいたしますが、そのことで何かあったのではないですか?」
「えっ!?」
突然振られて美琴は驚き、そして焦った。
「ああ、言われてみればそうかも」
「そっ、そうかな?」
「そうですね。言われてみればですけど、確かに先週までの御坂さんと比べて少しストレスから解放されたような印象があるかもしれません」
「ほら御坂さーん、やっぱ何かあったんじゃないの~?」
佐天と初春に問い詰められ、美琴は妙に焦っていた。
「いや、別に大した理由はないのよ……?」
「ちょっと一緒に来て」
とある水曜日の午後、街中で出会うなりそう言い放って歩き出した御坂美琴の後を上条当麻は歩いていた。どうやら、町外れに向かっているようだった。
「あらやだこんな時間から男捉まえてどこ連れて行って何するつもりなんですか常盤台のお嬢様も大胆なことしますねー」
くらいのことを普段の当麻なら言ってやっているのであるが、声をかけてきた美琴が元気が無いように見えたので、大人しく黙って後を追っていた。心なしか弱々しくも緊張ぎみの少女の背中を見ながら、当麻は御坂に何があって、その原因は自分なのか、だとしたら何か出来る事はあるのかとあれこれ考えていた。
しかし、当麻が解答を見つける前に、人気の無い廃材置き場に到着した美琴は足を止め、振り向いた。
「しっかり防御しなさいよ? じゃないと……死ぬわよ!」
当麻がワケもわからず慌てて右手を構えると、学園都市第3位の超能力者(レベル5)、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴は、上条当麻に向かって電撃を放った。
「皆さんも御坂さんのような超能力者(レベル5)を目指し、少しでも能力のレベルを上げられるよう努力して、能力者としての価値を高めていって下さい」
教師には生徒に努力を促す以外の他意は無かったが、となりの教室の窓際で教師の声を聞いてしまった美琴の心はざわついた。
教師の言い方だと、「超能力者(レベル5)であることが価値」であり「御坂美琴という人格」自体の価値は関係無いと思われている気がするが、それは昔からよくある事なのでまぁ気にしない。それよりも引っかかるのは、「能力が高い程価値がある」と言うならば、「無能力者(レベル0)には価値が無い」ということになってしまうのではないかと思える事だった。
近頃カリキュラムの関係だかで細かい測定が続き、美琴は能力を思いっきり開放する機会が無い。性格的に「我慢」は苦手だし、「思いっきり」が出来ないのがストレスになっていて、普段なら気にならない事にまで心を乱されてしまう。
美琴が何となく無能力者(レベル0)の事を考えていると、自分の電撃を片腕一本で防ぐクセに自分の事を無能力者(レベル0)と言うツンツン頭の少年の顔が頭に浮かんだ途端、美琴の思考はその少年に塗り潰された。
確かにあのバカは、本人が言う通り無能力者(レベル0)であれば学園都市の科学的観点から評価すれば価値が無いかもしれないが、実際は超能力者(レベル5)の自分の電撃を受けてもキズ一つ無いし、異能力(レベル2)だか強能力(レベル3)だかの能力をいい気になって振りかざして世間に迷惑かけているそこらのバカ連中に比べれば害は無い、それどころか無謀とも言える正義感でどんな危険な場面にも首を突っ込むお節介が過ぎる程のお人好しだし、第一あんなヤツでも(美琴の言い分的には)一応自分の知り合いなのだからその知り合いを「価値が無い」と言われるのは面白い事ではない。
知り合いが悪く言われた気がして気に病む自らもかなりのお人好しである美琴は、授業中も下校中もすっきりしない気分であったが、やがて「あのバカの事を考えてもやもやしている状況」にもイライラしてきてしまった。
「だいたい、どうして私があのバカの事でイライラしなくちゃいけないのよ!」
そう叫んで蹴った公園の自販機から出てきたジュースを飲んでも、美琴の気分は晴れない。ツンツン頭の少年の事が頭から離れない、意識の外に追い出すことが出来ない。学園都市第3位の超能力者(レベル5)である御坂美琴は、しかしまだ幼い中学生で、自分の感情を上手く整理することも処理することもできない。やがてジュースを飲み干すと、今度は次の行動をどうすればよいのか解らず焦ってしまい、何か他に意識を傾けられるものを探そうと辺りを見渡すのだが、しかし焦れば焦る程、辺りの全てが視界には入っても意識に引っかからないという悪循環に陥ってしまう。
あと三分同じ状況が続いたら酸欠で倒れてしまいそうだった美琴を救ったのは、近くを歩いていた女学生達の嬌声だった。見ると、最近開店した、女子にすこぶる評判の良い店のクッキーを食べ歩いている様子だった。
「ぃよし、こういう時は食べてストレス発散しましょ。……そうね、ついでに黒子にも買っていってあげるか、うん」
自分に言い聞かせるように言って、美琴は店に向かった。黒子の名前を出したのは、美味しい店の御菓子なんぞ買って帰ろうものなら、黒子は「喜びと感謝の念を伝える」という名目で自分にちょっかいをかけてくるであろうから、そうなれば余計な事など忘れてしまえると無意識的に計算したからだった。
美琴が店を探して見つけると、けっこうな列が出来ていた。仕方なく列に並び、結局四種類のケーキのセット箱を購入した。箱に描かれたムササビが、一般的な感覚ではさておき、美琴的には可愛いので中々ご満悦。
そして寮に帰ろうと歩き出した美琴は、人ごみの中に見つけた、否、見つけてしまった。
その瞬間、美味しいと評判のケーキも、美琴的に可愛いムササビも頭から消え、美琴の脳は超電磁砲(レールガン)並みの速度で思考を巡らし、ある結論を導き出した。
そして美琴は迷い無く、上条当麻に向かって歩き出した。
「最近「思いっきり」ってのが出来なかったから、ちょっとしたガス抜きよ」
周囲の物が吹き飛んで未だ細かい火花が散る中、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の右手を恐る恐る降ろした上条当麻に向かい、美琴は笑顔で言った。超能力者(レベル5)の自分の力を受け止められるコイツは、やっぱりただの無能力者(レベル0)なんかじゃないと、今しがた自分自身で上条当麻が「無能力者(レベル0)=無価値者」ではないと確認出来た事で、美琴はずっと胸に痞えていたものが晴れた。おまけに久々に力を「思いっきり」使えた開放感もあって、清々しい気持ちになるのも当然と言えば当然だった。
しかし、ワケもわからず町外れに連れてこられていきなり電撃を食らわされた当麻にしてみればたまったものではない。すぐに美琴に抗議をするが、上機嫌の美琴は笑って流してしまった。
しかし、それではさすがに納得のいかない当麻の煽りが次第にエスカレートしてくると、遂にやっぱりキレた美琴は、電撃を放ちながら当麻を追い掛け回した。
ある意味いつも通りの遣り取りをしているうちに、二人は街中に帰ってきた。すっかり辺りは暗くなっていた。
「一応今日のお詫びとお礼。かなり評判のお店なんだから、よく味わいなさいよ?」
美琴は鞄と一緒に事前にコインロッカーに預けていた「マーブルミッコ」のケーキセットを当麻に渡した。「別にいらない」と言いそうになるが、今日は御坂の好きなようにさせてやるのがいいだろうと思った当麻は、礼を言ってケーキセットを受け取る。知り合いを悪く言われてイライラする美琴もお人好しだが、一般人なら確実にケシ炭になっているであろう『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴の「思いっきり」を受け、あげく電撃を放たれながら追い掛け回されても、ケガが無いとは言え「御坂の気分が晴れたならまぁいっか」で済ます当麻も相当のお人好しであった。
そして短い挨拶をかわし、似たもの同士の二人は別れた。悩み事が一気に解決して心も体調もすっきりした美琴は、心地よい疲労感に包まれ自然と笑顔で家路についたが、そういえば同居人の夕飯の時間をすっかり忘れていたことに気づいてしまった当麻は、いっそこのまま帰らずに青髪ピアスのところにでも逃げちゃおっかなーと、ワリとマジで考えていた。
美琴は、この間まで細かい測定が続いて全力を出す機会が無く何となくストレスが溜まっていたこと、水曜日に全力解放する機会があったので、それですっきり出来たことを軽く話した。
「そっかー、御坂さんクラスになるとそういう悩みがあるのかー」
「確かに、御坂さんが所構わず全力解放していたら、学園都市の電気系統は立ち行かなくなってしまいますね。私もお仕事が出来なくなってしまいます」
「色々面倒なのよねー」
美琴のボヤキを聞いた佐天は、あの少年が言っていたことを思い出した。
「さっきのウチの話じゃないけど、超能力者(レベル5)には超能力者(レベル5)の苦労があるってワケね」
「ああ、佐天さんその通りですよ。能力はあれば何でもいいってことはなくて、能力があるせいで大変な目にあっちゃうこともあるってことですよね」
初春は感心しながら佐天に同意した。
ところで、先程から一人会話に参加せず面白くなさそうに、美琴のことを半開きの目でじーっと見つめている者がいた。
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……なっ、何よ黒子、何でさっきからじーっと私のこと睨んでるのよ?」
「……いーえ、別に何でもありませんわお姉様。お姉様がお元気でいらっしゃることに、この黒子、何の不満がありましょうか」
「……アンタ、言葉と様子が一致してないじゃない」
不機嫌そうな黒子に対し、しかし何か喋ると余計な口を滑らせてアイツが絡んでいたことを知られて面倒なことになりそうで、美琴は若干怯えたような視線を向けている。
そして一方の黒子も、美琴があえて触れなかった「何に」対して全力を解放したかについて予想はついているのだが、それをこの場で指摘する気はなかった。二人っきりの時なら力の限り追求するのだが、佐天と初春がいる前で「美琴に気になっている異性がいる」という情報を出すのは、大変都合が悪い。佐天と初春が盛り上がって美琴を焚きつけ、美琴が今以上にその気になってしまうような展開になってしまっては非常にマズいのだ。
しかしやっぱり面白くないのも事実であるワケで、かくして黒子は不機嫌そうに美琴を見つめ続けているのである。平凡なファミレスの一角に、不機嫌そうな大能力者(レベル4)の後輩と、それに怯える学園都市第3位の超能力者(レベル5)の先輩という、世にも珍しい光景が繰り広げられていた。