「白井さんは、今週何かイベントとか面白いことあった?」
「私ですか? うーん、そうですわね……」
「白井さんも風紀委員(ジャッジメント)なんだから、何か事件とかあったんじゃないのー?」
「事件と言われましても、残念ながら先週と比べてお姉様の胸のサイズは変化していませんし……あ痛っ!」
本日二度目のヘッドロックがキマる。
「何でそれが事件、っていうかそもそもアンタ、何でそんなこと知ってるのよっ!?」
「おっ、お姉様の御身体の状態を常に把握しておくのは、私の勤めですので……」
「誰がいつそんなこと頼んだのよっ!?」
佐天は、折角話題を振ったのにまた絡みづらい空気になっちゃったなぁと苦笑いを隠せない。初春も同じような顔であった。
少しして黒子は、お姉様の胸のサイズに変化が無いことを頬で直に感じる栄誉から解放されてしまった。一汗かいた美琴は、ジュースを啜りながら言った。
「そういやアンタ、昨日タイムセールのスーパーにパトロールに行ったって言ってたじゃない。そこで何かなかったの?」
「ええ、確かに行きました。ですけれど、特に事件はありませんでしたわ」
とある木曜日の夕方、白井黒子は風紀委員(ジャッジメント)のパトロールとして、タイムセール中のスーパーの近くにやって来ていた。今日はこのスーパーの月に一度の特別タイムセールで人が特に多く、万が一何かあっては一大事になると思い、担当区域より少々外れたところまで足を運んだのだった。
案の定、周囲は人でごった返していた。道端には、戦地から生還して目標を確保した者や、これから戦地に向かう形勢が悪そうな者が溢れていた。戦場(という名の店内)は、さぞや悲惨な状況であろうと見受けられた。
半ば呆れたようにスーパーを見ていた黒子の傍に、白い半袖のYシャツを着たツンツン頭の少年が店内から弾き出されたようにやって来た。
「ふぅ~、何とか卵と牛乳とカップ麺は確保できたか……。とは言え、アイツ相手に何日持つことやら……」
そして少年は、見知った人間が傍にいることに気がついた。黒子もまた、少年が自分の知る人間であったことに気がついた。
「「げ」」
上条当麻と白井黒子の呻き声は、お互いに気持ち悪いほど、ぴったり重なった。
とりあえず体勢を整えた当麻は、辺りをきょろきょろ見回した。
「おい白井、御坂はいないのか?いないな?」
当麻は美琴がいきなり現れて、ケンカを売られて戦果をダメにしてしまわないように警戒する。
「お姉様はいらっしゃいませんわ。私が風紀委員(ジャッジメント)のパトロールに来ただけですの」
「そうか、大丈夫か……」
当麻が胸を撫で下ろすと、その仕草を見て、美琴が厄介者扱いされたのが気に障った黒子は、当麻に皮肉の一つでも言ってやりたくなった。
「お姉様は、名門常盤台中学の寮にお住まいですのよ? スーパーのタイムセールに並ぶなんて、無いと思いますわ」
暗に「お姉様は貴方のような一般庶民とは違うんですの」と言われた当麻は、しかし皮肉に気がつかず、黒子の言葉を自然に受け止める。
「そっか、アイツも白井も、常盤台のお嬢様なんだよな。お嬢様はスーパーのタイムセールに並んだりしないか」
「ええ、そういうことですの」
若干拍子抜けしつつも、黒子は勝ち誇ったように言う。
「……でもアイツ、普段全然お嬢様っぽくないだろ。スカートの下に短パン履いてるし、自販機蹴ってジュースをタダ飲みしたり、コンビニで慣れた手つきで漫画雑誌立ち読みしてるの何度も見ことあるぞ。案外スーパーのタイムセールに並んでても違和感無いんじゃないか? 「こんなに安く買えたー!ラッキー!」とか言って」
「なっ!? そっ、そんなことは……」
黒子は「ありえない」と続けようとしたが、しかし確かに、美琴の性格や行動から考えるとあながち違和感は無いかもしれないと思ってしまい、「ごめんなさいお姉様」と心の中で美琴に謝りながら、黙ってしまった。
しかし黒子としては、当麻がごく自然に美琴の本質を言い当ててしまったことは、決して面白いことではない。当麻が美琴にとってある程度特別な存在である点についてはしぶしぶ認めてやっているつもりであるが、黒子には美琴の一番近しい存在であるという自負があるせいか、ついつい対抗意識が芽生えてしまう。
「……確かにお姉様には、常盤台中学の一般生徒に比べると若干淑やかさに欠ける面があるかもしれません。しかしそれは、お姉様が普段から飾らず自然体でいるということ。しかもお姉様は、学園都市に七名しかいない超能力者(レベル5)の力をお持ちになっているにも関わらず、その事で他人に対し尊大な態度を取ることなど一切いたしません。ですからお姉様は、皆から、特に下級生から多大な尊敬と羨望の眼差しを集めていらっしゃいます。これ即ち、お姉様が真に素晴らしいお方であるという証左であって、お嬢様らしいかどうかなど瑣末な問題ということですわ」
話の趣旨がズレてしまっていることも気がつかずに、自分が知っていて相手の知りそうにない情報を出すことで「上条さんより私の方がお姉様という御人をより理解していますの」と自慢するあたり、早熟なようで、白井黒子もやはり中学生である。
「アイツ年下に人気あるのか。……あー、何となく分かるかもなー」
「ええ。私を含め、常盤台中学でお姉様に一目置かない者など、根性のひん曲がったごく一部の変人を除き、皆無ですわ」
美琴に憧憬を通り越した感情を抱く正真正銘の変人である白井黒子は、今度こそ勝ち誇ったように言い放つ。
「なるほどなー。……でもアイツ、周りに持ち上げられると、「期待に応えなきゃ」って緊張して必要以上にお嬢様ぶったりしてそうだな」
黒子は、またしても黙ってしまった。確かに美琴は、下級生に「ずっと憧れていました!」などと迫られたりすると、照れて調子を乱し、いい顔をしようとつい不自然にお嬢様っぽい行動をとってしまうことが何度かあった。
「アイツは別に周りから特別扱いされたがってるってところは無さそうだし、だいたい、お嬢様だろうが超能力者(レベル5)だろうが、アイツまだ中学生だろ。周りで勝手に偉い人扱いされたりしても、プレッシャーで息苦しくなっちまうんじゃないのか」
黒子は何も言えない。当麻の言う通り美琴は、ある程度は仕方ないと割り切ってはいるものの、周囲から過度に特別扱いされるのを嫌がるフシがある。常盤台中学で自らの派閥を作ろうとしないのもその為で、気の置けない友人達との何気ない日常を好む。
と、ここで黒子は、先ほどから自分は美琴が周囲からどう見られているかを話していた が、一方の当麻はあくまで美琴本人の内面の話をしていたことに気がついた。これでは、果たしてどちらが真に御坂美琴という人間を捉えていると言えるのかと思うと、黒子は悔しくて下を向いてしまった。
「御坂が学校でどう思われてるのか何となくわかったけど、白井はどうなんだ? やっぱり超能力者(レベル5)のビリビリ能力に憧れてるのか?」
「へ?」
唐突に尋ねられ、黒子は気の抜けた返事をしてしまう。
しかし、上条当麻という(黒子が一方的に敵視している)恋敵(ライバル)にお姉様への気持ちを問われたとあっては、白井黒子としては生半可な返事は出来ない。敵を牽制する為にも、自らのありったけの想いを明かす。
「私はお姉様を心から押し倒し……、もとい、お慕いしています」
微妙な本音が出かけたが、当麻は突っ込むと面倒になると思って黙っている。
「ですがそれは、単にお姉様が超能力者(レベル5)であるということだけでは決してありません。超能力者(レベル5)に上り詰めるまで努力を重ねる意志の強さや、超能力者(レベル5)であることを誇りはしても自慢したりしない器の大きさも勿論です。ですが何より私がお姉様をお慕いするのは、自分の苦しみは他人に知られたがらないのに、他人の苦しみは進んで分かち合おうとする、優しすぎるお人好しだからですわ」
本人がいたら恥じらいのあまり超電磁砲(レールガン)を放たれそうな勢いで、黒子は美琴への想いの丈を述べた。
「そーだな。確かに白井の言う通り、自分が他人の為に無理するのは平気なクセに、他人が自分の為に無理するのは凄く嫌がるよなアイツ。超能力者(レベル5)ってことにとらわれないで、そういうところをちゃんと見てくれる白井みたいなヤツが傍にいるのって、御坂にとっては凄くありがたいことだろうな」
当麻は、かつて美琴が「絶対能力(レベル6)進化(シフト)計画」において妹達(シスターズ)が虐殺されることを止める為に自ら犠牲になろうとした事、それでいて当麻が関わろうとするのを嫌がっていたことを思い出し、黒子に同意した。
しかし一方の黒子は、恋敵にのんきに褒められた屈辱も忘れて、ただ呆れていた。
ルームメイトということもあり、お姉様に一番近しい存在であるという自負を持つ白井黒子とて、美琴を見る意識の中に「学園都市第3位の超能力者(レベル5)」という存在に対する畏敬の念が全く無いというわけではない。共通の友人である初春飾利や佐天涙子も、その点を全く意識していないなんてことはありえないだろう。
だが、上条当麻はさっきからそんなことを一切気にしていない。何ら意識せず自然に、ありのままの「御坂美琴という人間の本質」だけを見ている。どうしてそんなことが出来るのか、黒子には解らない。
戦果を再確認しだした当麻をぼんやり見ていた黒子は、ふと、美琴が言っていたことを思い出す。
以前から美琴は、当麻と諍いを起こした後は当麻に対する文句を言いながら妙に饒舌に(そしてその度に黒子は不機嫌に)なるのだが、その際「私の電撃が効かないって何なのよアイツ」的なことを何度か言っていた。その時は、お姉様とお戯れなさったどこぞの類猿人に対する嫉妬にばかり気が向いていたが、よく考えてみると「上条当麻には御坂美琴の能力が通じない」ということになる。
それだけなら「上条当麻は電撃系の能力に相性の良い能力者である」とも考えられるが、さらに黒子は、以前当麻自身が言っていたことも思い出す。かつて寮の部屋に侵入した当麻を、寮監に見つからないよう『空間移動(テレポート)』で脱出させようとして出来なかった際、当麻は「俺の右手のせいだ」と言っていた。同じく、地下街から脱出しようとした際には「自分の右手は能力を無効化してしまう」と言っていた。あたかも、学園都市の都市伝説に出てくる「どんな能力も効かない能力を持つ男」のように。
黒子は、詳しいことはわからないが、もし彼が「能力を無効化する能力」を持っているのならば、上条当麻にとって全ての人間は平等なのではないかと思った。だって、どんな凄い能力を持っていても、能力が無効になってしまえば、無能力者(レベル0)の一般人と何ら変わらない。たとえ「学園都市第3位の超能力者(レベル5)」であっても、だ。
御坂美琴という人間には、常に「学園都市第3位の超能力者(レベル5)」という地位がついてまわっている。憧れや尊敬を集めることもあるし、逆に敵を作ったりもするが、とにかくこの学園都市にいる限りそれは決して切り離せない。そしてそれは、美琴自身が望んで手に入れたものだとしても、時として自らを苦しめる重荷になることもあるだろう。
そんな美琴にとって当麻は、真の意味で対等に付き合える存在なのだ(実際には美琴は年下だが)。常に「学園都市第3位の超能力者(レベル5)」という地位を背負っている御坂美琴にとって、特別扱いが当たり前の美琴を特別扱いしない上条当麻という人間が、如何に特別な存在であるか、黒子は痛感した。同時に、それは能力者である自分ではいくら美琴に近づいたとしても担えない役割であることも痛感した。
複雑な感情だった。お姉様を支えているものを憎むなんてことはしたくないが、そうかと言って認めるのも悔しい。気づくと戦果である卵が一個割れていた不幸に身悶える上条当麻を、白井黒子は、上手く言葉に出来ない心境で見つめていた。
夜、美琴と黒子は机に座り、宿題をしていた。黒子が左を向くと、隣の机で宿題をする美琴が見える。何気なく宿題をする横顔でさえ、黒子にとっては凛々しさと気高さと優しさに溢れていて、眩しい。この横顔を眺める為なら、ルームメイトになる為に合法の範囲のあらゆる手段を用いたことなど全く後悔ないと思える。
そして黒子は、パトロール中に出会ったあの少年の存在が、今ここにある横顔をきっと幾度も支えてきたのだと改めて思った。昨日遅く帰宅した美琴は、前日までに比べて雰囲気に澱みのようなものがなくなっていたが、それもきっとそういうことだったのだろう。
それは、悔しくて腹立たしいことではあるが、やはり認めざるを得ないと思う。だって、お姉様が心の支えとしているものを否定したら、お姉様の心の在り方そのものを否定してしまうことになってしまうのだから。
「……そういえばお姉様」
それでも悔しさに耐え切れなくなった黒子は、横にいる愛しのお姉様に逃げた。
「んー、何―?」
美琴は黒子の方を向く。正面からのお姉様の御尊顔は、今すぐ学園都市で一番高い一眼デジカメをパクって…、もとい…、持ってきて、千枚ほど激写したいくらい眩しい。
「今日風紀委員(ジャッジメント)のお仕事でちょっと足を延ばして、タイムセールのスーパーまでパトロールに行ってきましたの」
「あー、それは人が多そうねー」
「予想に違わず凄い人出でしたわ」
「そっかー。人が多いと何かあったら大変だもんねー」
美琴は微笑んだ。
「そういうところまでちゃんと警備するなんて、流石ね黒子。偉いわ」
本人的には何気ない仕草と言葉であったが、しかし、『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴の笑顔とお褒め言葉は、白井黒子の心を撃ち抜いた。そして黒子の心には、一度は消えかけた上条当麻への対抗心が再び燃え出した。
こんなにも愛しいお姉様は、やっぱり誰にも渡したくない。御坂美琴にとって、上条当麻にしか出来ない役割があるように、白井黒子にしか出来ない役割も必ずある。その役割がある限り、自ら白旗を揚げるなんて真似は絶対にしない。互いにお姉様を支えあい、いつかお姉様がどちらかを選ぶその時まで、決して諦めたりはしないと白井黒子は心に誓った。
「ありがとうございます。……時にお姉様、私は外から見ているだけで人の多さに辟易としてしまったのですが、お姉様はああいったところに興味はおありですか?」
「へ? んー、そうねー……」
美琴は少し考えた後、笑顔で答えた。
「うん、面白いかもね。どんなものがあって、どれだけ安いのかとか色々チェックしてたら、けっこう奥が深いかも」
その笑顔を見て、黒子は美琴に聞こえない小さな声で呟いた。
「……ま、今日のところは私の負けですわ」
黒子は、月イチのタイムセールに人が大勢集まるので、何かあっては一大事なので念のためスーパーまでパトロールの足を延ばしたことを話した。勿論、そこで知り合いに会ったなどとは言わなかった。
「佐天さんと初春さんはスーパーに行ったことある?」
「ウチ? うん、行くよー。……あーでも、タイムセールのスーパーは、ウチにはまだ難易度高すぎて中々アタックできないけど」
「え……? 佐天さん、難易度って何なんですか……?」
初春が疑問を口にすると、佐天は人差し指を立てて左右に振った。
「ちっちっち。初春さんよ、タイムセールに賭ける主婦の皆様の意気込みは凄いんよ? 生半可な覚悟じゃ、お目当ての品物はゲットできないんだから」
「はぁー、そういうものなんですかー」
スーパーに馴染みの無い初春は感心しながら頷いた。
「でも、なんだか面白そうじゃない? 困難を乗り越えてお目当ての品物をゲット出来たら、凄く楽しいんじゃないかな」
「あー、それはあるなー」
「昨日の夜に黒子から話聴いて、ちょっと興味あるかもって思った」
「スーパーなんて縁が無さそうな常盤台のお嬢様なのに、やるねぇ御坂さん」
佐天と美琴がスーパーの話で盛り上がる横で、黒子は未だ面白くなさそうな顔を浮かべていた。