異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第132話  異世界に広がるスカイスポーツ

惑星アルクスにおいて、空を飛行できる知的生命体はそう多くはない。

それ故に古の時代から人類は空を飛ぶことに強いあこがれを持ち、そして叶わぬ夢として鳥のように空を舞う事を諦める者が多かった。

 

しかし、異世界から現れたという国、日本は彼らが夢見て何度も諦めた事を実現する技術を持っていた。

人の手で作られた鉄の巨鳥や鉄の羽虫など、それらを生み出し操る日本人を彼らは畏怖の目で見ていた。

 

だが、彼らは比較的手の届きやすい形で空を舞う方法を大陸に齎したのだ。

空を飛ぶというよりも、滑空するという形であるが・・・・。

 

 

『何という事だ・・・本当に人が空を飛んでいるとは・・・。』

 

色とりどり巨大な翼が頭上を通り過ぎて、緩やかに着地してゆく。

 

『高台から滑空するだけで、自由に高度を上げられるわけではないそうだが、それでも自分の意志で空を飛べるのだ、私の・・・私の長年の夢がこのような形で実現されようとは・・・。』

 

異空より現れた国の民、イクウビトが翼の骨組みと思われる金属棒をもって近づいてくる。

 

『貴方がハングライダー体験希望者の方ですね!今回インストラクターを担当する者です。どうも、よろしくお願いします!』

 

『おおっ!お主がか!よろしく頼むぞ!』

 

『それでは、まず車に乗って高台まで移動しましょう!』

 

『ほうほう!あの鎧虫か!あれの乗り心地もまた素晴らしいのだ!楽しみにしておるぞ!』

 

グライダー滑空に適した山がある離陸地点へ車両で向かい、その間、窓の外から見える色鮮やかなハングライダーを眺めながら異国から訪れた貴族は期待を膨らませていた。

 

日本の車は自国の馬車では実現できない走破性と乗り心地で、比較的乗り物酔いを起こしにくい。

普段なら揺れのせいで外の風景を気にする余裕もないのだが、この国の車なら外の景色を美しさを堪能する余裕がある。

 

山の頂上まで登ると、既にハングライダーやパラグライダーを担いだ先客が並んでおり、車に積んだハングライダーの骨組みを組み立てると、安全点検を開始した。

 

 

『服装は丈夫そうな服を着ていますね。着地がうまくいかず転倒してしまう方もいますので、露出が多い服や軽装備は避けた方が無難です。』

 

『わ・・・わかった。』

 

『ヘルメットはちゃんと固定してますか?万が一事故が発生した時、頭部を守るものがあるのとないのでは雲泥の差があります。』

 

『あ・・あぁ』

 

『ハーネスのつなぎ忘れに注意してください、これが外れては命にかかわります。』

 

『う・・・うむ』

 

『では、離陸の練習をしましょうか、途中で走るのを止めると上手く離陸が出来ないこともありますので!』

 

 

離陸の練習、ハーネスとハングライダーの取り付けや、ラインが絡んでいないかの点検、ハーネスとコントロールバーとの高さの確認、フライト中の姿勢の確認などを行った。

 

『さて、前の方が飛んだらいよいよ私達の番ですね。準備は宜しいですか?』

 

『いよいよかっ!勿論だ!!』

 

『では行きますよー!!』

 

何度も安全確認をした後、離陸用に設けられた台を駆け下りて、ハングライダーは離陸する。

 

『うおおおおおおおっ!!と・・・飛んでいるぅぅ!!』

 

『いい感じですね!そうそう、その調子!』

 

空を飛ぶ事による浮遊感や恐怖、そして長年の夢をかなえた事による歓喜と興奮、それらが混ざり合い貴族の男は全身が震えていた。

 

離陸してしばらくは、体が硬直していたが、頭が冷え体も慣れてくると、空から眺める地上や、視界の端を流れる山の斜面などが目に入ってきた。

 

『なんと・・・何と美しい景色だ・・・これが、これが空から眺めた大地か・・・。』

 

『山の上から眺める景色も良いですが、空から眺める景色も素晴らしいでしょう!』

 

『あぁ・・・あぁ、もしかしたら私はこの日のために生まれてきたのかもしれぬ。』

 

貴族の男は感動に打ち震えており、先に飛び立った他のグライダーが着陸地点へと向かう姿が色とりどりの鳥の群れを思わせ、一つの芸術作品として見えた。

 

(あとどれだけ・・・どれだけ空を飛び続けることが出来るのだ?あぁ、地上が近づいてくる。)

 

上昇気流に乗って高度を稼いではいるが、やがて高度は下がり始め、着陸地点が見えてくる。

 

『そろそろ着陸地点です。備えてください!』

 

『むぅっ!』

 

着陸寸前に減速し、少しの衝撃を感じるとともに暫くぶりの地上へと帰還した。

 

『ふむ・・・少し変な感覚がするな・・・空を飛ぶのは大変なのだな。』

 

『そうですね、でも良い物でしょう?』

 

『あぁ、噂以上に素晴らしい経験だった。』

 

『日本人でも経験したことがある方は少ないと思いますが、興味を持った方は気軽に体験する事が出来ますね。大陸沿岸部の方々でゴルグから離れた国の方は少し難しいかもしれませんが・・・。』

 

貴族の男は暫く俯き、顔を上げると何かを決心した様子でインストラクターに向き合う。

 

『それで・・・その・・あれだ、ニーポニアは我が国にはこの翼は売ってくれるのだろうか?』

 

『ハングライダーやパラグライダーの機材の個人購入ですか?特に禁止されているわけではありませんが、結構お値段が張りますよ?』

 

『いや、構わぬ。金の問題ではないのだ。』

 

『そうですか・・・ただ、離着陸に向いた地形も必要ですが、ある程度技術を磨かないと安全に飛行する事は出来ません。』

 

『・・・確か、ニーポニアではこの翼を扱うための資格を取る場所があるのだったな?ならば私は時間も金も惜しまぬ。』

 

『それに、我が国にもこれくらいの標高の山は幾つかあるし、着陸が出来そうな場所にも心当たりがある・・・ふふふっ、我が領地で空飛ぶ姿を見せつければ・・・。』

 

彼の故郷では、空を飛ぶ経験をした者は少ない、王族や一部の有力な貴族は既に自国にグライダーを持ち込み領地での飛行を行っており、それがある種のステータスになっているのだ。

 

(確かに、この翼・・・グライダーとやらは安くはない・・・しかし、かと言って手が届かないような物でもない、出費は痛いが、それで得られるものを考えれば・・・。)

 

『まぁ、確かに大陸各国の方々にはグライダーが・・・特にパラグライダーが売れているみたいですね。今回はハングライダーでしたが、パラグライダーを選ぶ方も多いです。』

 

『うむ、骨組みがない分、運搬がいくらか楽かもしれんな?いずれはそちらも経験してみたいものだ。』

 

『もしよろしければ、そちらのコースも紹介できますよ?後日になりますが・・・。』

 

『それは素晴らしい!ニーポニアの滞在日数を少し伸ばすか・・・長旅をした甲斐があったというものだ。』

 

 

それから暫く経ち、ある国のとある中流の貴族が社交界で空を舞う貴族の仲間入りをしたことで、上級貴族の娘と婚約を結ぶのはまた別の話。

 

 

 

 

 

ニーポニアの翼:グライダー

 

日本は当初、グライダーの輸出には慎重であったが、情勢の安定と共に一部の技術や機材の輸出の解禁や、大陸沿岸部の国々への宣伝活動などを行っており、ハングライダー・パラグライダーもそのうちに含まれる。

様々な品を競うように買い集める各国だが、早い段階で目を付けたのがハングライダーやパラグライダーなどの空を飛ぶ機材であった。

布で作られているため、自国で再現できないか研究した国も多いが、強度が足りず破損してしまったり、落下事故による死者も発生しているので、素直に日本から輸入するようになった。

また、一部軍事技術として利用できないか着目する国も存在する。

 


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