異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第59話   飛竜の太郎

要塞都市ゴルグの一角に設けられた生物研究所。

最初はログハウスに研究資材を詰め込んだ様な簡素な建物であったが、異世界の生物を飼育する為の檻や水槽などが充実した施設が完成し、本格的な研究が始まった、

 

異世界の病原菌や寄生虫を日本に持ち込ませないために、そして、危険な動植物が存在しないか、各地から捕獲された生物が試料として集められていた。

 

 

「今回の調査で見つかった甲殻類なんだが、やたらと重くて運ぶのに苦労したよ。」

 

「あぁ、ご苦労様です。それでは、奥の水槽に移してくださいな。」

 

大陸の野生動物は、猟銃を持ったプロの猟師でも危険な物が多いので、猟師の手に余る猛獣が現れた場合、自衛隊が手伝う事がある。

特に、大陸中央部を覆うように広がる大森林の生物は危険度が非常に高く、調査が難航しているらしい。

 

「あー・・・一応聞いておくが、こいつの鋏、滅茶苦茶固くて怪力なんだよ、水槽大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だと思います、多分。普通の水槽よりも何倍も頑丈に出来ておりますから、安心してくださいな。」

 

「だと良いんだが・・・。」

 

 

ガシャアアアァァン!!

 

突如背後から、大きな音が鳴り、反射的に振り返ると、餌のトレーを壁や檻に叩き付けて遊ぶ大きな獣の姿が目に入る。

 

「あっ!!こら、太郎!またやったな!!」

 

ギャン!ギャン!・・・ウギャン!!・・ニ゛ャ!!ニ゛ャ!!ギャ!!

 

飼育員が近づくと先ほどまで遊び道具にしていたトレーを投げ捨てて、檻にしがみ付きながら鼻先を檻の隙間に差し込みヒクヒクと動かす。

 

「まったく、図体もデカくなってきたからトレーを叩き付ける力も強くなるし、何度壊せば気が済むのやら・・・」

 

「あれって、この前、大森林で捕まえたチビ助だろう?大きくなったなぁ・・。」

 

「食べ盛り遊び盛りで本当に手がかかる子ですよ・・・・さて、開けるぞ太郎。」

 

ガチリと音を立てて鍵が開けられ、檻の扉を開くと同時に、飛竜の子供が飛び掛かってきて、そのまま押し倒されてしまう。

 

ギャン!ギャッ!ギャッ!クゥゥン・・・キュンキュン・・・。

 

「ちょ・・・ぶぇ・・・顔舐めるな、のしかかるな、重いっ!」

 

「は・・・はははっ、随分と懐かれているな。」

 

「此処に連れて来た時は、人見知りが激しくて、そわそわしていたんですよ?まぁ、餌上げた人には良く懐きますが・・・ぷぇっ!?顔やめっ・・・」

 

ングゥ・・グゥグゥ・・グゥ・・・グルルゥ・・・ンギャフ・・・。

 

飼育員が飛竜の、のしかかりから解放されると、涎でべとべとになった顔をポケットから取り出したハンカチで拭い、困ったように飛竜の幼体を眺める。

 

「親からはぐれたからか、凄い甘えん坊なんですよ、ほら、ひっくり返ってお腹みせているでしょう?」

 

「あぁ~~・・・いわゆる服従のポーズって奴か?」

 

「違いますよ、なでろ、って言っているんですよ、ほら、これ見てくださいよ。」

 

仰向けになった飛竜が、後ろ足をぴょこぴょこと動かし、流し目でこちらの方を見てくる、口角を釣り上げ、牙をチラリと見せながらご満悦の様子だ。

 

「動物でもジェスチャーってするんだな。」

 

「ここまで感情表現豊かな動物もまた珍しいですよ、子供の頃に飼っていたゴールデンレトリバーを思い出しますよ。」

 

グゥ・・グゥ・・・グゥ・・・ンニャフ・・・。

 

自衛官と会話を続ける飼育員が、いつまでたっても、触ってくれないからか、拗ねた様に諦め顔で、のそのそと藁が敷かれた寝床へと歩いて行く。

 

「おいおい、拗ねちゃったぞ?」

 

「いいんです、あの子には、もう少し我慢って奴を教えてやらないといけないんです。新人達が、ついつい餌を多くやったり甘やかしてばかりで困っているんですよ。」

 

「ほぉ~?アイツはこの研究所の中でも人気な奴なんだな?まぁ、太郎って名前を付けられる位には特別扱いされているんだな。」

 

「いいえ、名前を付けられている生き物は太郎だけじゃありませんよ、サボテンっぽい植物にも花子と勝手に名付けている職員もいますし。」

 

「ん?じゃぁ、太郎っていう名前も貴方が勝手に呼んでいるだけなのか?」

 

「いえいえ、あの子は、飼育施設に連れて来られてから一週間位で正式に名付けられましたね、投票でですが」

 

「投票か・・・色々と候補があったんだな。」

 

「基本的に犬猫の名前が殆どでしたよ、まぁ、あの子は性格的に犬寄りみたいですが。」

 

「確かにな、本当に犬っぽい奴だよ、見た目はワイバーンっぽいけど」

 

ふしゅん・・・・・クンクン・・・グゥ・・・クプププ・・プフッ・・・クププ・・プヒュッ。

 

退屈そうに藁の上で横たわっていた飛竜の太郎は、その内、トロ眼になり、暫くすると寝息を立てていた。

 

「図体デカいけど、寝顔は可愛いもんだな・・・。」

 

「でしょう?・・・しかし、このまま大きくなると、この檻も狭くなってしまいますね、もう1メートル半くらいありますし・・・。」

 

「前脚が翼で飛ぶ生き物だから、やはり狭く感じるんじゃないか?どれだけ大きくなるか判らんが。」

 

「そうですねぇ・・・予想よりも大きくなりすぎて困っているんですよ、予算が降りたらもっと大きな檻を作って貰わないと・・。」

 

ングゥ・・・ふぎゃふぎゃ・・・。

 

「どんな夢を見ているのやら・・・・おやすみ・・・太郎」

 

そっと飛竜の太郎の首筋を撫でてやると、二人は飛竜の檻を後にした。

 


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