砲撃により瓦礫と化し、無残な姿をさらす山頂の城塞都市と早期に降伏したが故に殆ど無傷の城下町が残ったルーザニア。
かつて、大陸有数の軍事国家として、その名を覇していたが、海の向こうからやって来た島国との戦争で、壊滅状態になっていた。
「しっかし、随分と派手に吹っ飛ばしたな、この距離からでもハッキリと認識できるぜ。」
「ほぼ無傷で残った城下町と、瓦礫と化した城塞都市か・・・何とも皮肉な話だな。」
「俺達がやった事だがな、城下町の被害らしい被害と言ったら、突撃してきた歩兵部隊だろう。」
「それでも沢山人が死んだんだ、数で言えば山頂の方が多いだろうが、そもそも城下町と比べる意味は無い。」
会話の途中で視界の端から石ころが飛んで来る。
「おっと・・・。」
石ころが飛んできた方を向くと、血まみれで変形した兜を腋に抱えた少年が涙を流しながらこちらを睨んでいた。
「おいっ、そこの・・・はぁ、逃げたか。」
「全く・・・やるせないな・・・これだから戦争は嫌いなんだ。」
「軍人が言う事でもないがな。」
「軍人じゃなくて自衛官な、まぁ実体は大して変わらんが・・・。」
山頂の城塞都市に比べて死者は少ないが、それでも十字砲火を受けた自警団には、ほぼ全滅に近い被害を受けており、数えきれないほどの未亡人や孤児を作っていた。
「城下町に被害が殆ど無いから、仮設住宅の設置数も少なくて済むのは幸いか・・・。」
「資材を運び込むのにも苦労するよ、こうも山奥にあると物資がなかなか届かないもんだ。」
「トンネルも無ければ、舗装された道路も無い、それでもある程度はトラックで届くんだ、贅沢を言うもんじゃない。」
「了解、了解、さてと作業を再開するか。」
作れる分の仮設住宅を組み立てると、住居をなくしたり、親を失った子供や、夫を失った女性などが集まり、この世界では見られない箱の様な形状の家に住まう事になった。
仮設住宅は、ルーザニアの住人たちにとって未知で溢れているものなので、興味深そうに電灯をON,OFFに切り替え、質の良い布団に入り感触を確かめてみたりしていた。
彼らは、敗戦国の住民である自分達がいつ謎の島国に奴隷に出されてしまうか恐れており、その恐怖心を抑えるために、あえて好奇心を抑えずにあらゆる物に触れ続けた。
ある程度時間が経ち、仮設住宅の暮らしに慣れはじめた頃、自衛隊に直接接触を持つ者が現れ始めた。
『あっ、こら!捕まえたぞ!盗人めっ!』
すれ違いざまに、自衛官の持ち物を盗もうとした少年が、捻りあげられ、関節を固められる。
『離せよ野蛮人!おれ達から全てを奪ったんだ!お前達から奪って何が悪い!!』
顔を赤く染めながら怒りの形相で自衛官を睨みつけるが、自衛官は凄まじい力で関節を固めているので、抜け出すことが出来ない。
『一応言っておくが、先に仕掛けてきたのはお前らの国だぞ?・・・ったく、ボールペンなんて盗んで何するつもりだったんだ?』
ふと、取り押さえた少年をよく見てみると、どこかで見た様な顔をしていた。
『お前、この前あそこで兜を抱えていた・・・。』
『そうだよ!父ちゃんの形見だ!お前たちのせいで父ちゃんは!!』
少年を取り押さえた自衛官は、眉間にしわを寄せ暫く沈黙する、ほんの数秒程度だったが、二人には長い時間に感じた。
『それで、仕返しに泥棒を?』
『・・・・そうだよ、何に使うか分からないけど、無くなったら困るだろ?』
『ったく・・発想が子供だな、ついて来い、盗んだのがボールペンだろうが泥棒は泥棒だ、こっちにも決まり事があるんだ。』
『やめろ!離せ!野蛮人!野蛮人!何をするつもりだ!野蛮人!!』
「ウルセェ・・・。」
少年を捕えたまま、自衛官は占領地の一角で事務処理をする為に接収した宿屋に向かった。
その後、盗んだものがボールペン1本で、日本で言えば小学生の低学年の年齢だったので、厳重注意で釈放され、仮設住宅に戻され顔を真っ青にした母親に拳骨を食らわされて終った。
・・・数日後、非番で城下町の観察をしていた自衛官は、あの少年を偶然見かけて立ち止まる。
「アイツは、この前の・・・。」
砲撃によって部分的に損傷を受けた街の防壁の上に腰掛け、憂鬱そうな顔で、迫撃砲で穴の開いた戦場を眺め続ける少年。
少年は、ふと後ろを振り向くと、驚いて少し体が震えた。数日前、棒状のものを盗もうとして捕まえられた、あの蛮族の兵士が立っていたのだ。
『よぉ、坊主、また会ったな。』
『あっ?てめーは!』
『こんな所で、何してやがるんだ?』
『てめーには関係ねーよ!』
自衛官は、『そうか』と呟くと、少年と同じく崩れた防壁の上に登って、迫撃砲で穿たれた大地を眺めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
暫く無言で、お互い同じ風景を眺め続け、時間が流れる。
『父ちゃんは、自警団の中でも勇敢な戦士の一人だったんだ・・・。』
ぽつりと少年が呟く。
『最初は母ちゃんも街の皆も止めたんだ、山のお城が吹っ飛ばされた光景を見て誰もが勝てる訳が無いと思ったんだ。』
『・・・でも、父ちゃん達は、あの光景を見て家族を守るために、故郷のために、勝ち目のない戦いに行かなくちゃいけなかったんだ。』
自衛官は、穴の開いた荒野を眺めながら言った。
『降伏勧告に何故乗らなかったんだ?』
『もしおれ達の国が、蛮族の街を占領したら、そこに居る奴らは全員奴隷になって、金とか宝物とか奪うだろうな。彼方此方から恨みを買っているから何されるかわからねーし。』
『随分と野蛮な事だな、まぁ、この世界の国々は皆そう言うモンなんだろうけど・・。』
『(この世界?)笑うのか?おれ達の事を野蛮人だって笑うのか?』
目線だけ少年の方に向けた後、興味なさげに鼻息を付くと、再び穴の開いた荒野に目線を向ける。
『笑わんよ、興味も無いしな・・・何にせよ滑稽な事だ。』
崩れた防壁の上に腰を掛けていた自衛官は立ち上がり、手で埃を払うと、少年に向かって金属の箱を投げつけた。
『わっと・・・な・・・何だよ、コレ?』
『中に食いモンが入っている、受け取りな。』
自衛官は、崩れた防壁の斜面を滑り降り、元来た道へ歩いて行く。
『・・・俺にも坊主くらいのガキが居てな、お前みたいな年齢のガキがそんな顔をするもんじゃねーぞ。』
自衛官は少年を一瞥すると『じゃあな』と一言つぶやいた後、去っていった。
『一体何だったんだよ・・・中に何か入っているな?・・・音からして堅そうだ。』
金属の箱を悪戦苦闘しながら開けた後、小さな口から色鮮やかな宝石の様な物が手のひらに転がり落ちる。
『なにこれ?食い物じゃなかったのか?・・・・でもいい匂いだ。え?食えるのコレ?』
恐る恐る、赤い宝石の様な物を口にすると、今まで食べた事のない程の強烈な甘さに目を見開く。
『甘っ!?・・・こんな味初めて・・・でも、なんか懐かしい・・・。』
宝石のような食べ物は、強烈な甘さだけで無く果物のような酸味も含んでいた。
少年は、ふと思い出す。数年前、街の外の森で太陽の色の粒々の木の実がいっぱい実っている秘密の場所に今は亡き父親が連れて行ってくれた事を・・・。
『とお・・・ちゃん・・・・。』
果物のような甘い味のする食べ物は、途中で少し、しょっぱく感じた。
その後、暫くして街道が整備され、トラックの往来が増えた頃、子供たちがトラックに群がり飴玉などをねだる光景が見られるようになったと言う。
反面、大人たちは一方的に国を滅ぼし、占領下に収めた日本の兵士たちを恐れて近付く事は滅多になかった。