異世界の大陸に進出し、本格的に開拓に乗り出した日本によって近代化が進められている城塞都市ゴルグは道路交通網が整備され、港と街をつなぐ線路から日夜大量の物資が日本から送られてくる。
そして、ゴルグからは各地で集めた資源が日本本土に送られて行く。
開拓初期のころは主に進出してきた日本企業の職員がゴルグのインフラを整備していたが、荷物の運搬やその他力仕事など比較的単純な労働を現地住民を雇う事で、労働力を確保している。
『ニーポニアのキギョーと言う商人集団の所で働けば、纏まった金が手に入るぞ!』
『ニーポニアのキギョーは料理屋を抱えており、彼らに雇われているものは格安で豪華なご馳走を食べられるらしい。』
『働けば働いた分だけ金が手に入る、決して踏み倒される事なく努力が報われる。』
現地住民を雇い始めた頃は、口減らしに奉公に出された農民の子供や青年、日本との戦いで怪我をしたり戦意を砕かれたりして戦えなくなった元兵士などが、働き口を求めて日本企業に集まっていた。
彼らは、今までの待遇が嘘のように、快適な環境で働けることに驚き、貴族でも食べた事がないであろう美味な料理を毎日食べられる事に感激した。
噂が噂を呼び、ゴルグの外からも日本企業の元で働くためにやって来るものも多い。
体中をぼろ雑巾の様になるまで酷使して、天候の気まぐれに畑を駄目にされ、重い年貢を取られる生活が当たり前である彼らからすれば、日本から見てややブラックな環境でも余裕で耐えられる範囲である。
そもそも、努力が報われる事なく、金も食糧も手に入らず理不尽に餓死する事もあるのだ。
働かなければ食べられない、食べなければ体を動かすことが出来ない、体を動かせなければ働けない。
大して塩気も無い萎びた野菜と穀物粥で腹を膨らませ、生きる為に畑を耕し作物の世話をし、数少ない娯楽である酒も発酵が不十分で酸味のきつい濁り酒を飲む淡白で無色な生活。
そんな毎日を海の向こうからやって来た来訪者によって丸ごと作り替えられてしまった。
彼らの網膜に焼き付くのは、鮮烈な色味と輝き、それは光彩を放ち夜の闇すらも打ち払うものだった。
彼らは、底知れない活力を発揮し、日本人も驚くほど精力的に働いた、そして彼らが働けば働いた分だけ、ゴルグの開発は進んで行く。
そして、防壁内部の開発が終わりつつある現在、防壁外部の開発の計画が立てられている。
城塞都市ゴルグの開発が一段落した一つの区切りに、ある催しが開かれる事になった。
『なぁ、聞いたか?ニーポニアのキギョーが共同で競技をするらしいぞ?』
『聞いた聞いた、何でもゴルグガニアから港町までを往復する競争だとか。』
『速足自慢の奴らが志願しているんだってさ、こりゃぁ面白くなりそうだな!!』
『色のついた棒を渡しながら走るんだと、つまり一人で全部走る訳ではないんだな。』
『はぇー・・・それじゃぁ俺も参加しようかな?短距離なら足に自信があるんだ。』
『おうおう、行ってこい行ってこい!キギョーも参加者を積極的に募集しているからな!』
日本でもお馴染みのリレーマラソンであるが、彼らにとっても競争と言う競技は存在し、兵士の訓練もかねて数年おきに行われており、賭けの対象になる事もあった。
娯楽の少ない彼らにとって今回のイベントは堪らない物である。
しかし、リレー方式は存在しなかったので、ある意味では新鮮でもあった。
足腰に自信のある若者や、訓練の一環として異国の兵士などが参加し登録人数が上限に達すると、選手たちは開催日に備えて仕事の合間を縫って足を鍛え続けた。
街は選手の走行を阻害しない様に、コースが整えられ、鮮やかな飾りつけが随所に見られ、街の住民は開催日が近づくにつれて心がときめき期待が膨らんでいった。
そして、リレーマラソン当日・・・。
「さぁ!さぁ!ついに始まりました日本ゴルグ自治区リレーマラソン大会!新大陸の開拓の節目となる記念日に、日本と大陸からそれぞれ参加した選手たちが、手を取り合ってリレーをします。」
『アー・・・アー・・こほん、ゴルグガニアの住民の皆様、ついに待ちに待ったゴルグガニア・港町の往復競争です!優勝チームには賞金と記念盾が贈られます!ニーポニアとこの紺碧の大地を結ぶ神聖な儀式をお楽しみ下さい!!』
「うおおおおおおおおおお!!」
『オィィエェヤァァァ!ヒュー!ヒュー!』
元々人が集まり、賑わっていた城塞都市ゴルグは、更に人が増えていた。
上空から見れば渋谷のスクランブル交差点にも匹敵する程にも感じるだろう、元々人口の少ない異世界大陸でこれである。
スタートの合図に空砲が鳴ると、選手たちは疾風の如く走り出す。
最初は、城塞都市ゴルグの防壁の外周をぐるりと一周し、港まで通じる街道へ向かう。
防壁の外周を一周するだけでも相当な距離があり、線路と並行する街道でバトンを交換し、そして港町の入り口で2回目のバトンタッチがある。
そして往復を含めて計4回のバトンタッチで、旧王城広間のゴールへ向かう過酷な競争なのである。
この大会に参加する為にライバルを追い抜き選抜された選手たちは、この記念すべき大陸初のリレーマラソンに参加できたこと自体を誇りにし、己の全力を最後の一滴まで絞り出す勢いで走り続けた。
最初のバトンタッチで走り終えた選手たちが次々とコースの外に設けられたスペースに転がり込み、大の字で倒れたり、膝に両手を付き肩で荒々しく息をする。友人からペットボトルに入った水を浴びせられ、笑顔で肩をたたき合う物も居る。
この光景は、会場のオーロラビジョンにも映され、観客たちが歓声を上げる。
選手の身内もその中に居て、思わず涙を流す者も居た。
燃料事情でヘリコプターからの撮影は行われていない物の、車で並走しながら、リアルタイムで送られ続けている映像は、迫力があり観客たちは自分たちが走っていないにも関わらず目まぐるしく流れ続けれる背景に息をのみ、バトンタッチが行われる度に歓声を上げる。
『いっけぇぇぇ!!』
『おいっ!諦めるな!頑張れ!』
『並走してやがる・・・どっちが勝つんだ!?』
最後のバトンタッチが行われ、防壁の出入り口に差し掛かりラストスパートに入る。
息を切らし汗まみれの姿で走る姿が、オーロラビジョンから観客の肉眼で確認できる距離になると、応援する声がどんどん大きくなってゆく。
ほんの僅かな差で日本人選手を追い抜いた、元伝令の兵士の選手はゴールのロープを切り両腕を振り上げ雄たけびを上げる。
それに呼応するかのように会場が歓声に包まれ、音の爆発が起こった。
リレーマラソン大会が終わってからも暫く熱気が冷める事が無く、この大会を観戦していた観客たちは故郷に戻った後、この事を熱く語り、大陸各地にリレーマラソンと言う概念が広まって行くのであった。
そして、この大会は毎年恒例の行事へ組み込まれる事になったのは言うまでもない。