異空人/イクウビト   作:蟹アンテナ

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第97話   光の実る樹

戦禍の傷跡を生々しく残すルーザニアの城塞は、大部分の瓦礫は撤去されているものの、殆ど更地のままになっており、即席で作った木柵で囲われ少しばかりのログハウスが建てられていた。

 

少し前は、中枢機能が山の中腹の関所に設けられていたが、関所の小さな砦でそれを行うには限界があり、日本からの支援で王城跡地近く建てられた仮設住宅だが、丸太で作られた硬いベッドから、折り畳み式とは言え柔らかいベッドにかわり、燭台のぼんやりとした明かりではなくLEDランプの眩い明かりに変わった事で、文官たちは驚いていた。

 

あの火山弾を思わせる猛撃から生き残ってみれば、敵国に元に下りかの国の国力をまざまざと見せつけられ、今更になって何を相手にしていたのか現実を突きつけられた気分であった。

 

『っ・・・・明るい・・・目に染みる・・・。』

 

LEDランプの光量を調節する為にスイッチを動かして、一部を消灯させ、丁度良い光量に抑えると山のように積まれた書類を仕上げるためにボールペンを走らせる。

 

『インクを付けずとも書き続けられる筆に、油を使わず燭台よりも遥かに明るい魔道具か・・・全く、とんでもない国と戦争したものだ。』

 

チェックを済ませた書類にサインをすると、既に仕上げた書類を木箱に移し、新しい書類束を机に置く。

 

『まさかこの時間まで書類と睨めっこする事になるとはな、便利なのは良いが、遅くまで仕事を続けると言うのも考え物だな・・・・。』

 

昔なら既に寝ている時間帯まで、仕事をしなければならない事に眩暈を感じつつも、戦後の処理が少しでも早く終わらせられる事に喜びを感じていた。

 

ふと視界を書類からずらすと、窓の外に山の麓の城下町が見えた。

 

『しかし、あまり攻撃に晒される事が無かったとは言え、活気に満ち溢れているものだな・・・まるで空の星が大地に落ちて来た様だ。』

 

山頂の王城跡地から眺めるルーザニアの城下町は、日本が設置した仮設の街灯で明るく照らされていた。

 

 

ルーザニアの城下町・・・元々は、山頂の城塞が狙われた時に敵の進行を遅らせ、王族・貴族の避難する時間を稼ぐ事を想定していた捨て駒の町であったが、早期に降伏した事により皮肉にも一番無傷に近い状態で残ったのであった。

 

現在は定期的に往来するトラックにより運ばれてくる物資により、活気を取り戻しており、噂を聞きつけた商人が日本人相手に商売をする為に、各地から集まって来ていた。

 

『ゴルグガニアの様にルーザニアも眠らぬ街へと生まれ変わるかもしれない』

『ジャー・ポニスに特産品を沢山売って儲けることが出来るかもしれない』

『ニッパニアの珍しい品を仕入れ転売出来るかもしれない』

『ニーポニアの民に気に入られ繋がりを持てるかもしれない』

 

本来ならば、この世界の敗戦国にこれ程の数の商人が集まることは無い、兵士崩れの盗賊が出没し、奴隷目的の人間狩りが横行し、治安も悪化するからだ。

 

この世界では敗戦国をこれ程厚遇する国は存在しない、そもそも日本の行いは非常識だとも言えるだろう。

日本は別にルーザニアを手厚く保護しているつもりでは無く、治安悪化と難民の流入を避けるため、そして最低限の人道を守るために復興支援をしているのであって、一通り処理が終わった後は、賠償で手に入れた資源地帯の開発を進めるための拠点へと利用するつもりであった。

だが、そこに住まう民からはまた違った視点で見られるであろう。

 

『ふぅ・・大分寒くなって来たな・・・。』

 

公共事業の瓦礫撤去の力仕事に従事していた、町民が今日の仕事を終えて山の麓の城下町へと降りて行き、バタバタと奇妙な騒音をまき散らしながら臭い煙を吐き出す謎の魔道具に繋がれた魔法の燭台に照らされた道を歩き続ける。

 

『松明を持たずにこの時間を歩けるのは便利だな・・・さて、飲みまくって体を温めるとするか!』

 

昔馴染みの宿屋から男臭い歌声が聞こえてくる、どうやら先客が既に酒盛りをはじめているらしい。

 

『おぉ、遅くまでご苦労だったな!こっちは先に始めさせてもらっておるぞ!』

 

『ああ、ニッパニアは払いが良いからな、たっぷり稼がせて貰わんとな。』

 

『日雇いの仕事とはいえ、銀貨で払われるんだ、ニッパニア様様だな!』

 

ここ最近出回り始めた日本の酒で乾杯をする日雇い労働者達は、以前では考えられなかった収入で懐に余裕があるので、モチベーションに満ち溢れている。

 

鉱山の採掘の為に進出した日本企業がルーザニアに拠点を築くために、道路などのインフラ整備が進められ、それに伴い現地住民を雇用する事で、安い人件費で開発が進められている。

 

『ちっ・・・敗戦国の癖に何故そこまで余裕がある・・・。』

 

肩を組んで歌を歌う労働者達から少し離れた席でちびちびと葡萄酒を飲むローブを身にまとった痩せた男がつまらなそうに呟く

 

『ニッパ族からルーザニア人の奴隷が手に入ると思って交渉してみれば、奴隷にした住民は一人もいないだと?ふざけおって・・・。』

 

隣の席で干し肉を齧っている老けた男が呟く

 

『ふん、ニッパ族と戦争していた癖に飼い慣らされおって、しかし敗者をここまで厚遇する理由は一体何だろうか?』

 

『勢力を広げるために決まっておろう、ルーザニアは確かに厄介な隣国であったが、更に危険な国と隣接してしまうとはな・・・。』

 

『一部の王族や貴族は処刑されずに、国として一応存続するらしいが、実質傀儡だろうな、隣にニッパニアが現れたのとそう変わらんだろう。』

 

『いつ我らにニッパ族の魔の手が伸びるかわからん、危険だ、危険過ぎる相手だ。』

 

『いや、嘆かわしい事に、我が国の外交官も既にニッパ族の魔法の犠牲になっている。タネガシマと言う島に行って以来、狂言を吐くだけの役立たずにされてしまった。』

 

『精神操作魔法か・・・姑息な真似をっ!』

 

『手段を択ばず他者から奪った資源で栄える征服欲の塊の国・・・・わが国だけではどうにもならないが、かと言って放置する訳にも行かない。』

 

『我々はルーザニアの様にはならない、牙を抜かれて蛮族から餌を貰って生きるなどもってのほかだ。』

 

『そうだ、だからこそ何時かは滅ぼさねばならぬ。』

 

『『1000年前に大陸を荒野の地にした、人食いの魔族の様にっ!!』』

 

民宿の主に銀貨を支払うと、ローブの男たちはルーザニアを後にする・・・・。

日本が設置した光の実る樹を忌々しそうに眺めながら。




少々忙しくなって来たので、投稿頻度が少なくなると思います。
まだ先が見えにくい状況なので、ご了承ください。

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