15話 くるくるクラン
「……まだまだだな」
わが
まさか牽制に放った高機動ミサイルに1機被弾するとは思わなかった。
これで残りは3。
いるとすればあの戦艦の残骸か。
クァドランの腕部のレーザーパルスガンで1機を屠りながら戦艦を目指す。残った1機も再び
相手をしてやるにはもっと速度を緩めないと駄目そうだ。
急反転して再びVF-171と格闘戦を行う。隊長機のようだが殴り合いには慣れてないらしい。
3本指のクァドラン系の指だが、愛機の物は力強く鋭い。その指がVF-171の頭部を握りつぶす。ナイトメアプラスには珍しいS型ヘッドだった。
それと同時に戦艦の陰からの砲撃。
「やはりそこか!」
一番警戒していた相手がやっと動いたのでこれで本気が出せる。
「まいりました」
「まさかたった1機にわが隊が全滅させられるなんて……」
対戦相手からの通信。落ち込んでいるようだな。
「
新統合軍VF部隊の訓練の仮想敵機という仕事を請けたのは、S.M.S経由でだった。
S.M.Sは星間運輸会社が母体。
危険な宇宙で運送業を行うための護衛・警備を目的とした私兵集団から民間軍事会社になっている。
私としては渡りに船だったのだがな。
「クララ、飯でも食いにいかないか。反省点を相談したい」
「反省会なら飲みに行こうぜ」
「いい店知ってんだクララ」
負けたというのにこいつらは……。
いくらマイクローン時の姿を魔法で擬装してるとはいえ、以前の私との扱いの違いにため息も出る。
クララというのは私の偽名だ。
クララ1108、それが今の私。
マクロス・フロンティアで暮らす以上、いつ
姿もマイクローン時にも巨大化した私をベースにした変身魔法を使用中だ。髪も念のためにゼントランらしい緑にしている。
ミシェルを見返すために覚えた変身魔法だったのだが、こんなところで役に立つとは皮肉な話だ。
ゼントラーディ体型のままマイクローンとなっている私は男どもの目を惹きつける。自慢ではないがな。
「本当にクァドランなんですか?」
「ふふん。クァドラン・キルカをレストアついでに
ちゃんと
「なん、だと?」
「ああ、夫か? 娘もいるぞ」
「嘘だ!?」
通信機から悲鳴にも似た嘆きの声が聞こえる。
が、しばらくするとまた誘いが再開される。人妻でもかまわないようだ。
「不倫するつもりはない。……そうだな。動きのよかったスナイパーとなら話がある。この後、つきあってくれ」
「私?」
そう。ジェシカ姉さんと話をするためにこの仕事を請けたのだ。
マクロス・フロンティアで生活する私たちは、未だ仲間と合流できずにいる。
残念ながらミシェルの両親が亡くなったテロはすでに終わっていた。シェリルの両親も同じだ。
私にできることは少なく、当初は生活費にも苦労した。身分証明ができるのはグレイスだけだったからな。
「ここだ。引っ越したばかりなんだ」
「そうなの? ……お邪魔します」
玄関のドアを開けると1人の少女が待ち構えていた。
「おかえりなさい、クララママ!」
「ママ? さっきのは本当だったの!」
そんなに驚くなジェシカ。
ジェシカ・ブラン。
テロで両親を失い、年の離れた弟の親代わりになっている17歳の少女。
そうだ、ミシェルの姉だ。当時の私は彼女を大人の女性だと思っていたが、こんなにも年齢相応の少女だったのだな。
「おかえり、クラ……そっちは?」
「さっき連絡したろう、客だ」
「そう、いらっしゃい! 引越ししたばかりでまだ散らかっているけど」
「え? 数え役萬☆
家にいた天和たちに先程よりも大きく目を見開いて驚くジェシカ。
まあ、最近人気急上昇中のアイドルが目の前にいたらそうなるかもしれない。
天和たちははぐれた仲間たちがすぐに見つけてくれるように、アイドル活動をしている。
とはいえ、さすがにすぐにデビューとはいかなかった。芸能界なんて彼女たちも初めてだったからな。
メジャーになるきっかけは素人の喉自慢番組。採点は機械だが、その中に歌エネルギー計測器があったこと。
予選を勝ち抜いて出場したシスターズは番組史上最高得点を叩き出し、優勝者のみがチャレンジできるサウンドエナジーシステムも見事稼動させる。それまでは動いてもほのかに光る程度だったサウンドエナジーシステムが強く光り輝いた。
これによってシスターズは一気にメジャーデビュー。ファイヤーボンバーの再来とまで言われるようになる。
いつ仲間が見つかってもいいように仕事はあまり請けていないが。
「それは驚きますよ。あ、サインありがとうございます。いいお土産ができました」
ミハエルくんへ、と書かれた3人のサインを受け取るジェシカ。
「クララちゃんとわたしたちはね、家族なんだよ」
「シェリルもよ姉さん」
シェリルの両親を救うことはできなかったが、運送の仕事を請け負ってギャラクシーへ行った際に、探し出して保護した。
グレイスがこちらにいる以上、彼女が浮浪児から脱出できるかわかったものではないからな。
「クララも天和も地和も人和もグレイスも、みんなあたしのママ!」
保護した当初はそれこそ拾った野良猫のように怯えて近づけさせなかったシェリルが今はこんなに懐いてくれている。
……これがあの私の記憶にあるシェリルにはならないだろう、と少し不安にはなるが今更教育方針を変えるつもりもない。
「グレイスはどうした?」
「また研究だって篭ってる」
オズマとくっつけるつもりだったグレイスは、新たな研究テーマを得たと各地の神話や伝承をより一層調べるようになった。ついでに私たちもよくデータを摂取されている。
時折彼女を狙ってギャラクシーの連中がちょっかいをかけてくるのが鬱陶しい。全て撃退はしているが。
「すごいですね」
「そうか? 聞いたぞ、ジェシカもその年で弟の親代わりだそうじゃないか。1人で育てている分、そっちの方がすごい」
「そうでしょうか……弟はずっと暗い顔をしたままです。シェリルちゃんと同じくらいなのに」
ミシェルが再び笑うようになるのは、アルトの歌舞伎を見てからだ。私も一緒に見たのだがあれは綺麗だった。
まさかあれがアルトだったとは、煌一から借りた小説版を読むまではわからなかったぞ。ミシェルはすぐに気づいたようだが。……まさかミシェルの恋って……いやまさかな。
「それに、死んだ父の友人の方がよく面倒を見てくれるんですよ。……あ!」
「どうした?」
「クララを見た時、どこかで会った気がしたんですけど、わかりました。その方の娘さんによく似ているいるんです。弟の幼なじみなんですよ」
それはそうだろう。私なのだから。
だけど嬉しい。ジェシカ姉さんはわかってくれたか。
「きっとそいつは将来いい女になるぞ。弟には逃がさないように言っておくといい」
こら
「そうですね。クランちゃんなら……名前も似てますね」
咄嗟に誤魔化せたのがこの名前だったのだ。1108は人和がつけてくれた。
……あんな意味だと知ってれば別のにしたのに。
「なにやら他人の気がしないな。ふむ。これもなにかの縁だ、ジェシカ、お前を鍛えてやる」
「はい?」
「貴様には見込みがある。しばらく稽古をつけてやろう」
そう。これこそがアグレッサーを受けた理由。
ジェシカ・ブランの強化だ。
マクロスFではジェシカ・ブランは2055年に亡くなっている。
ミシェルと同じくいいスナイパーだった彼女は新統合軍のエースとして活躍していたが、ある任務で上官の機体を誤射してしまう。
その上官と不倫関係にあったジェシカ。直前に別れ話を持ちかけられていたために故意を疑われて軍法裁判に掛けられ、自殺……。
だからジェシカが誤射などしないように鍛え上げ、ついでに不倫もしないようによく言い聞かせておくことにする。
ジェシカが生きていればミシェルの素行にも注意してくれるだろう。
彼女の死もミシェルの女好きに影響しているはずだから、それもなくなるかもしれない。
だいたいだな、ミシェルが付き合った多くがお姉さま系。シスコンなのだ、あいつは!
……もしかしてこの世界の
だけど私もジェシカ姉さんには死んでほしくない。こっちの私にはがんばってもらうしかなさそうだ。
食事の後、ジェシカを送って戻ると、篭っていた部屋からグレイスが出てきてコーヒーを飲んでいた。
「また徹夜したのか?」
「ちゃんと寝たわよ。メルが手伝ってくれるおかげで作業がはかどるもの」
『め゛』
グレイスの付近に浮いていた妖精が当然だと返事をする。
メルと呼ばれたこの妖精はピクシートーン。フェアリートーンもどきの人造妖精。やはり夫が
アップデートにより、フェアリートーンのような鉱石状の姿から翅の生えた一般的なイメージの妖精の姿になることができるようになった。私が変身する時は以前の姿になるけどな。
トップスターの操船もサポートしてくれる優秀なデバイスでもある。彼女のメルは、メルフィナとメルトランディのメルだ。
「クランおねえちゃん、おかえりなさい」
変身魔法を解いた私をシェリルが迎える。クララの時とクランの時で違う私にも慣れたようだ。
「クランママなのだ!」
「クランはおねえちゃんよ」
慣れすぎな気はするが、な。
「彼女があなたの未練なのかしら?」
「彼女も、だ。まだあの仮説を気にしてるのか?」
「ええ。あなたたちが仲間と連絡できないのは未練が残っているから。でなければ、たとえ世界が違っていたとしても
指輪のプシュケーハートを調べてグレイスが立てた仮説がこれだった。
「ならば私のほうはもうすぐ未練がなくなるかもしれんな」
「私たちも、バサラとは会えてないけど人気出たからもういいかなって」
「早く煌一とみんなに会いたいよう」
「トップになるにはやはり歌だけではなく、営業活動も重要なことが再確認できたのも勉強になりました」
人気が出たシスターズがあまり熱心にアイドル活動をしてないのは、もう満足したから?
いや、一番聞かせたい相手がいないので満足できないのかもしれない。煌一がこの世界にいれば、それこそ銀河を獲るぐらいの勢いで仕事をするのだろう。
「もしも煌一たちと連絡がついて……この世界から旅立つことになった時はシェリルをたのむぞ」
「……クランおねえちゃんたち、いっちゃうの? あたしたちをおいていなくなっちゃうの?」
いかん、シェリルが泣きはじめてしまった。
「悪いお姉ちゃんね」
「グレイス」
「クラン、もしその時がきても私は研究対象を逃がすつもりはないわ」
研究対象って、私たちのことか?
「だがなグレイス」
「フォールドクォーツをはるかに超える力を持つプシュケーハートとシスターズの歌エネルギーを効率的に使うことができれば世界だって超えられる」
「もしかして、さいきんずっと研究してるのは……」
フォールド断層どころか世界を超えるつもりなのか?
「あたしもついていく!」
「シェリルまで」
「そうだね。シェリルちゃんもいっしょに行こうね!」
「天和?」
泣きながら宣言したシェリルを抱っこする天和。そのままやさしく抱きしめて歌いだす。
地和、人和もそれに合わせて歌い、やがてシェリルも続いた。
「シェリルちゃんはね、わたしたちの子供で、一番弟子なんだよ」
歌い終えた天和がシェリルをなでなで。
「そうね、ちぃの娘なんだから連れて行くに決まってる」
「私たちは売れるまで苦労したけれど姉妹3人いたから耐えられた。でもシェリルは1人……」
人和まで。
シェリルはこの世界での役目があるのは知っているだろうに。
「ず、ずるいぞお前たち。これでは私がわるものではないか」
「クランは嫌なの?」
「いやなワケがなかろう! その方法があれば離れたくなどないのだ!」
しかたない。こうなったらバジュラの対策はランカに任せるのだ。
バジュラやランカのフォールド細菌その他のデータを纏めて、オズマとジェフリー艦長に渡しておくしかあるまい。
その後、ジェシカは特訓によって、私が知るミシェル以上の腕前になってしまった。
……教えたのは私ではないが。
あれからすぐに、グレイスの仮説が正しかったのかはわからないが煌一たちとの連絡がついた。
ファイヤーのコールサインを持つ煌一は大型のプシュケーハートを搭載したVF-29改によって世界を超えて迎えに現れる。
やつはヨーコと真桜とすでに合流していた。彼女たちも未練によってグレンラガンの世界にいたらしい。
願いが届いて煌一が出現、ニアが救われたとヨーコは満足そうだ。
しかし煌一が連れてきたのはヨーコと真桜だけではなかった。
「ダリー・アダイです」
「キヤル・バチカだぜ。よろしくな!」
彼女たちは世界を超える際の歌巫女とそのサポートをしていたら巻き込まれてついてきてしまったらしい。
オマケはともかく、ヨーコがきてくれたのだからと、彼女にジェシカを特訓してもらったら前述の通り、効果が凄かった。
超一流スナイパーであり教師でもあるヨーコの教え方がよかったのだろう。まあ教師スキルなら私も持っているが。
さらに、だ。
「オズマ、今日の予定は空いてる?」
「彼は私と先約があります!」
特訓の協力を要請したオズマとジェシカが急接近してしまったのだ。今ではオズマはジェシカとキャシーとの三角関係に振り回されている。
グレイスとオズマの仲を進展させる予定だったのに……。
どうしてこうなったのだ?