ルイズに呼ばれて彼女の部屋にいた俺。
やましいことなど
「使い魔とはいえ、このような時間に男と二人きりでいるなんて!」
「エレオノール姉さま、わたしとコーイチは」
「ちびルイズにはまだ早い! それに相手は平民でしょう。ラ・ヴァリエール家の娘には相応しくないわ」
ああもう、完全に誤解しちゃっているなぁ。ルイズの話、まったく聞いてないし。
しかもルイズも俺の腕を抱きしめていてその誤解を助長している。誤解させたいのか、エレオノールにビビっているのか判別がつかないが震えているのも伝わってくるので振りほどくワケにもいかん。
「そんなことない! コーイチは特別なの!」
「特別、ね。ルイズあなたそこまで……いったいどんな手で誑かされたのかしら?」
俺が庇うより先にルイズの頭をガッチリ掴んでアイアンクローをかけるエレオノール。あっちに行ったルーン付きの俺だったらカバーできたのだろうか?
さらにアイアンクローしたままずいっと顔を寄せて睨み付けるお姉さん。メンチ切ってるヤンキーですか? 祭りで初めてカミナと会った時を思い出すなあ。近い近い!
俺と彼女の眼鏡が触れ合いそうな距離で「ああん?」と首を傾げられると、揺れた金髪が俺の顔をくすぐった。
金髪、か。
ルイズママの髪が違ったから安心したけど長女が金髪なことを考えると、〝烈風〟カリンことカリーヌが華琳と融合してる可能性がゼロになったワケじゃないかもしれない。
なんとかして確かめたいところだ。
「ふえ、うぇ、たぁ、たびゅりゃきゃしゃれてなんて」
なにを考えたのか、痛みで半泣きになりながらも器用に頬を染める妹に気味悪くなったのかすぐに手を離す姉。
「おちび、気持ち悪いからそのだらしない顔を止めなさい」
「ひどい。そ、そんな変な顔じゃないわよね、コーイチ?」
「あ、ああ。いつもと同じでかわいいよ」
ぱぁっという感じで泣き顔が消えた。姉に振り向き、まだ赤いままのドヤ顔を見せつける。
「ほら!」
「わが妹ながらあまりのチョロさに泣けてきそうよ。言葉巧みに……ルイズを手懐けたのね」
ああ、ため息つかれちゃったよ。今ので「言葉巧み」ってのは自分でも無理があると思ったんだろうなあ。
「違うわ、エレオノール姉さま。コーイチは口だけじゃないの! スゴいのよ!」
「凄いって……まさかそんな」
なにを考えたのか今度はエレオノールが真っ赤になって俯いてしまった。さらに俺に顔を向けないようにしながらも横目でこっちを凝視している。「スゴい」って聞いて真っ先にそんなことを浮かべるなんて、俺はいったいどんなイメージで見られているんだろうか?
「姉さま? どうしたの?」
「ルイズ、エレオノールお嬢様は意外とスケ……純情みたいだ。結婚までそんなことはしないタイプなのかな。だから結婚できない?」
酔ってるせいか、つい言ってしまった。そのせいでエレオノールのツリ目がさらに吊り上がる。
「余計なお世話よ!」
「やっぱりそうだよね。そーいうのは結婚してからだよね」
うんうんと肯く俺。そのことに関しては俺も同感すぎる。俺も華琳たちとスるようになったのは結婚してからだもんな。みんな元気でいるだろうか。早く会いたい。あっちに行った俺が羨ましすぎる。
嫁さんたちの顔を思い受けべてたら俺の腕を抱えるルイズの力が強くなった。
「わたしにはしたクセに」
「なっ!?」
ちょ、ちょっとルイズさん? 今そんなこと言ったらマズイでしょ!
ほら、吊り上がったエレオノールの目が、今度はスッと細くなっちゃったじゃないか。
それだけではなく、さらに強い殺気が俺にぶつけられる。エレオノールとは別方向から。
武闘派の嫁レベルの強い殺気だった。
「その話、詳しく聞きましょう」
「か、母さま!?」
うるさかったのか、ルイズママまで登場。ルイズの震えがさらに強くなり顔色も完全に悪い。正直、俺のEPもガリガリと削られて減少中。
ど、どうしよう。嫁入り前の娘さんをキズモノにしてしまったなんてどう詫びればいいんだよ!
「どうしたの? 母さまに説明しなさい」
「ルイズお嬢様は悪くありません」
「あなたには聞いてないわ。ルイズの話を聞いてから処分を決めるので黙ってなさい」
眼中にないとばかりにこちらを全く見ずにそう言い放つルイズママ。俺の方はさっきの疑惑が再び浮上したんでカリ……とは心の中でも呼びにくいよ。
だが「処分」ね。もう決まってるような言い方だ。どっちにしろ酷い目にあうのは確定か。ならばここで開き直るしかない。
酔い覚ましを飲むか一瞬迷ってる間にルイズが震えながらも俺を庇うように前に立った。
「コーイチに酷いことしないで。お、おしおきならわたしが受けるから!」
「主人の盾である使い魔を庇うとは。本気なのね?」
「やめとけって。今のルイズじゃお母さんの相手は無理だから」
「あなたごときにお母さんと呼ばれる筋合いはありません」
今度は俺を睨み、さっきよりも強い殺気をぶつけてくる。その余波の気当たりでエレオノールが立ってられなくなったか崩れ落ちた。俺も気絶したいけど、これぐらいなら嫁さんたちで慣れているからなあ。
「ふん、少しはできるようですね」
「鍛えてますから」
シュッと手首アクション。でも元ネタ知らないルイズママには受けなくて、睨まれたままだ。
「今の、と言いましたね。まるでいずれは私の相手が務まるかのような口ぶり、どういう意味かしら?」
「そのままの意味ですよ。ルイズは強くなる。この俺を使い魔にするほどの魔法使いですから」
ルイズの肩にそっと手を乗せる。彼女の震えが少し弱くなったかな。ルイズママはチラリとその手に視線を移し、すぐにまた俺を睨んだ。口角がやや上がったように見えるのは気のせい?
「それほどの実力があるとあなたは言うのね。わかりました。ならば試しましょう。表に出なさい」
「ま、待って母さま、明日にしましょう。こう暗くては余計な被害が出かねません」
あ、エレオノール復活したのね。ってカトレアが支えている。彼女が起こしたのかな。
エレオノールは俺に向き直って。
「わたしにできるのはここまで。逃げるなら早くなさい」
「エレオノール姉さま?」
「ただしルイズまで逃げたら絶対に逃げ切れないから使い魔だけで逃げなさい」
逃げたところで烈風からは逃げられないような気もするが、ルイズの前で俺が殺されるよりはマシだと判断したっぽい。
「やさしいお姉さんだな」
「もちろん! わたしの姉さまなんだから!」
その言葉に感極まったのかエレオノールはルイズを抱きしめて声を出さずに泣き出してしまった。
ああ、こりゃ彼女の中では俺は確実に死ぬってことか。それを少し羨ましそうに眺めながら呟くカトレア。
「ルイズにやさしいって認められたことが嬉しかったのね」
そっち!?
まさか肯定してもらえるなんて思ってなかったってこと?
「逃げるのですか?」
「え? なんで?」
「コーイチ逃げるの。これは命令よ!」
「俺も逃げたいけど、それは駄目でしょ」
エレオノールに抱かれたまま涙目で俺を止めようとするルイズの頭を撫でて慰める。カトレアは手持ち無沙汰になったのか、なぜか俺の頭を撫で始めた。
目の前で逃げろと言っている娘たちになにも言わないどころかため息すら残さずにルイズママは去っていく。こりゃ、明日は相当気合い入れないとやばそうだ。
◇ ◇
屋敷からかなり離れただだっ広いなにもない場所に案内された。どうやらここが公開処刑場らしい。
少し離れた空中にルイズママが既に布陣していた。
「なんで逃げなかったのよ!」
「俺が死んでもかわりがいるから」
「コーイチ?」
「ルイズの誇りは俺が守る」
あれ? まずったかな。せっかくのネタが通じずにルイズがまた泣きそうになってしまった。
雰囲気を和まそうとしただけの台詞だったのに。これ以上不安にさせるのも嫌なのだが。
「大丈夫。キミの使い魔を信じなさい」
「そ、そうよね。モンモランシーだって、コーイチの師匠は魔法使い相手には絶対に負けないって言ってたわ」
そりゃセラヴィーは世界一の魔法使いで、その座をかけてよく勝負していたがことごとく返り討ちにしていた実力者。見ただけで魔法を覚える上に大魔王の血筋の力で倍返し。魔法使いは勝てるわけがない。
ま、俺はその劣化コピーっぽいことぐらいしかできないけどね。
「うん。それでも不安なら、あの杖を持って俺を助ける力を願うんだ」
三角のプレートを出し、まるで祈りをささげるかのように両手でギュッと握るルイズ。これならかなりのEP注入が期待できる。お仕置き、いや、試験が終わったら
ルイズを支えるように左右に立っているのエレオノール、カトレアに「ルイズを頼みます」と残して俺は彼女たちから離れていく。ルイズママの攻撃に巻き込むワケにゃいかんもんね。
「別れの挨拶はすみましたか?」
「必要ない」
「逃げなかったことは褒めます。あなたの死は腑抜けた娘たちの成長を促すことになるでしょう」
「娘思いのお母さんですね」
かなり厳しいけどさ。そんな激しいとこも華琳に通じるものを感じてしまい、不安が大きくなる。あとでなんとかして試さないと。
俺の決意を余所にルイズママは杖を構えた。慌ててスタッシュから帽子を取り出す俺。
赤い野球帽にエンブレムの入った所謂、インベーダーキャップだ。もちろん俺が
「どこから出したのかしら?」
「エアカッターを避けるなんて!」
ルイズの姉たちから驚く声が聞こえるがそれどころではない。〈感知〉のおかげで見えなくても感じることができるので回避はできているが、あのおばさん、足を狙って魔法を撃っている。俺の動きを封じてから嬲り殺しにするつもりなのか?
怖い怖い。こんな時はギャグでもやらんとやっていられん。
「ゼロ式は風を読む」
覚悟のススメの零式防衛術とルイズのゼロをかけたネタだけど、わかってくれる相手がここにいないのは寂しい。
続いて目の前には竜巻。カッタートルネードだ。マジで殺しにきてるねえ。
やるしかないか。あれ、数分息を止めなきゃいけないからキツいんだよなあ。
「天!」
開始ポージングもちょっと恥ずかしいのが、この秘技を使いにくい理由だったりする。テンション上げてなきゃ使えないんだよ。
「地!」
やっぱり似た技ならシュトゥルム・ウント・ドランクの方が良かったかね。
かけ声で思い出すけどしすたぁずは無事でいるだろうか? 嫁さんたちの中でも戦闘力の低い方なのでちょっと心配だ。
「人!」
この後に高速横回転。俺を中心に竜巻が発生するという真空ハリケーン撃ちだ。ゲームセンターあらしでは破壊力はあるのにゲーム機は壊さずにレバーを風で操作できる。威力調整も可能な秘技ということなのだろう。
カッタートルネードも真空ハリケーン撃ちで相殺できて俺は無傷。……ちょっと目が回っているかも。でもそんな姿を見せずに強がって仁王立ちしたい。
3回ほど繰り返すと、攻撃が止まった。
「まだ続けますか?」
「珍妙な魔法を使うのですね」
「魔法ではありません。秘技です」
キリッ。
俺には〈大魔法使い〉のスキルがあるのでセラヴィーのようにラーニングして返すこともできるけど、そんなことしたらルイズが落ち込みそうだから今回は使わなかった。それに秘技は破壊力はあっても殺傷能力はないから万が一ということもない。
あ、インテリジェントデバイス使った非殺傷設定魔法という手もあるか。うん、もうEP貯まったかな。
「ではそろそろ俺の実力を見せましょうか?」
「ほう?」
「ルイズお嬢様呼ぶけど、いい? 人質なんかにしたりしないから」
「……いいでしょう」
駄目元で言ってみたら許可が貰えたので手招きして彼女を呼ぶと、たたっと駆け寄ってきた。無理だったらプレートだけ投げてもらうつもりだったんだけどね。
心配なのかついてきていた姉二人がルイズより先に声をかけてくる。
「スクウェアスペルを使えるなんて」
「魔法じゃないってば」
「たしかに杖も持っていませんね。先住魔法?」
「だから魔法じゃない」
MP消費しないからね。かわりにCP消費の技なのだ。
疑いの目を向ける姉たちに説明するのも面倒なので、さっさと作業に入ることにする。
インベーダーキャップをスタッシュにしまい、まだ不安そうな表情をしているルイズに向かって手を出して。
「ルイズ、杖を貸して」
「これ?」
ずっと握りしめていたらしいプレートを預かるとルイズママにも見えるように掲げながら〈鑑定〉。俺の〈成現〉と〈鑑定〉、〈システムツール〉のスキルレベルが上がっているためにビニフォンを使わなくても内容の確認が可能だ。
うんうん、EPは十分に貯まっているな。よし、ちゃんとルイズがこっちの魔法も使えるような機能も追加されている。MPも足りるし、やっちゃいますか。
「俺はいわばアイテムマイスター。特技はこういうのだ。
そう台詞をキメたけど、俺の固有スキルは
「こ、これ、本当にあれなの?」
バルディッシュをおそるおそるといった感じで受け取るルイズに彼が答える。
『Yes sir』
それを受けてギュッと抱きしめる。ほらほら、泣くのは魔法が使えるのを確認してからにしようね。
ルイズがだったのか近くにやってきていた姉二人からも声が上がった。
「軍杖のインテリジェンスアイテム?」
「錬金? いえ、違うわね。クリエイトゴーレムのアレンジでもないようだけど」
ああ、ゴーレム生成に見えなくもないのか。たしかにこれはMP消費で
これはもしかして、俺のオリジナルスペルってことにすれば誤魔化せるのかね?
「さあ、試してみるんだルイズ。大丈夫、絶対に成功するから」
「う、うん」
ルイズがバルディッシュを構え、真剣な表情で呪文を紡ぐ。途端にふわりとその身体が浮いた。
これは魔法学院で見たから知っている。フライだ。学院の生徒たちが移動に常用している魔法で、これが使えずいつも歩かねばならないルイズを生徒たちはよくからかっていた。むかつくやつらだ。
ルイズが魔法を使えるようになるって知ってなかったら、きっと俺はあいつらが飛行中にその魔法をキャンセルしてやっただろう。
さあ、ここは言わねばなるまい。「クララが立った」のノリで!
「飛んだ、飛んだ、ルイズが飛んだ!」
「な、なによ、その大げさな喜び方は! 信じてたんでしょ?」
嬉しさを表すように俺の上空を飛びまわるルイズ。
おーい、下着見えてるぞー。魔法学院の女子制服って飛行するのが当たり前なのにスカートが短いんだよなあ。
「もちろん。そしてルイズが俺を信じてくれたからその杖が生まれた」
「うん。……コーイチ!」
空中から勢いよくダイブしてきたルイズを抱きとめる。バルディッシュを構えたままだったから一瞬避けそうになっちゃったのは秘密だ。
抱きついたまま感極まったのか抱きついたまま泣き出してしまったルイズ。そして近づいてくる彼女の家族たち。
ルイズの魔法が成功という快挙で俺の処刑が誤魔化せるといいのだが。