うーむ、確かに根本付近のほうが揉み心地は劣るものの感じ方は倍増している。流石は佐藤鷲の教え。ゴッドフィンガーの二つ名は伊達ではない。
――なんのことかって? おっぱいだよ。
「そう言えば今日って、水族館に行くんだっけ」
今日の俺は三葉の気分。いつのまに約束したんだと困惑したが、当人の三葉が引き受けるのなら俺には関係ない。俺の身体だけど、男二人なら問題ないだろう。これが女性相手なら大問題だ。俺が羨ましい。
どうして藤井と高木の三人ではなく二人っきりなのかは分からないが、俺にしか相談できない悩み事でも抱えているのだろう。一緒に悩んであげられないのは残念だが、純潔で巫女の三葉なら神託の一つくらい下せても不思議ではない。
何が悲しくて野郎と水族館へ行くのか。ただ単に魚が好きなだけかも知れないが、明日になれば日記が更新されている。三葉の姿ではやむを得ない、朗報を待つこととしよう。
「お姉ちゃん、まだパジャマなん?」
ノックという行為を前世に置き忘れた妹の四葉。胸を揉みながらの思考は人を賢者へと導くが、視野が狭まる欠点がある。ふすまを開け声を掛けられるまで気がつけなかったことがそれを証明している。
「今日は休日、学校はお休みだよ。急ぐことないって」
「むー、昨日言ったやん! ジャコスに行くんでしょ!」
あいつ、入れ替わりが起きなくて水族館に行けなかった時の保険をかけてやがったのか。ジャコスなんて東京じゃ田舎くさいスーパーって感じで行ったこと無いんだよな。
俺の都合で断ることは可能だが、それでは四葉が祖母と二人で行くこととなる。姉妹で行ったほうが楽しいに決まっている。浮かばれない四葉を想像すると、流石に可愛そうに思えてきた。
そもそも休日に女の子の楽しみ方が分からない俺にとって、この予定は有難くもあった。サヤちんと遊ぶのも悪くはないが、女の子の遊び方が正直よく分からない。(自称)カフェで缶コーヒーを飲みながら話すくらいしか想像できず、それならテッシーと絡むほうが気が合いそうだ。
いらぬ誤解を生まないためにも三人で会う必要があるから、どの道サヤちんを交えることとなる。それなら妹の四葉の方が気楽に休日を過ごせそうだ。最も長く接してきたであろう四葉が入れ替わりに勘付かないことは有り難いが、三葉の立場で考えると哀愁漂う気持ちが生まれてきた。
「まあ、なんとかなるだろう」
今まで
俺はパジャマを脱ぎ、普段着ている制服ではなく私服を探した。勢い余り下着まで脱げてしまい、慌てて直そうとするも悪いことは連鎖する。ホックが外れ、支えられた二つの丘陵が重力に晒された。輪郭をなぞるように落下し、されどクーパー靭帯に引き戻され僅かながら弾みを見せ、その動きを静止させる。
ブラジャーのホックはどうして付けにくいのか。三つも並んだホックを背中に回した両手で付けることは至難の技であり、昨日今日ブラジャーを手にした俺にとっては素人丸出しのビキジャー。実際に女の子がやっているかは定かではないが、正面からホックを留めてくるっと回す裏技を発見した。これはノーベルブラジャー賞、略してノーブラ賞を狙えるかと自負できる大発見であり、後世に残しておくべき大きな進歩である。
腋に手を伸ばした俺は、海岸の砂を集めるようにおっぱいの周辺を内側に向けて手繰り寄せていく。同じことを反対側にも繰り返し、大きくも小さくもない。安心できるおっぱいで見事な谷間を成形した。
鏡に反射した胸部は、いつも以上にふくよかな谷間を映し出している。満足げに鼻を鳴らし、膝を地につけ女豹のポーズを取ろうとした俺は再び感じた視線へ恐る恐る振り向いた。
あんぐりを開けた妹がふすまの隙間からたたずを飲んで見守っていた。呆れ返って言葉も出ない妹は、俺の視線に気づきそっとふすまを閉めた。
これが
幸いにも困るのは
服はなにが良いだろうか。並んだ服を見ながら、主観で可愛いと思った服を取り出した。広げた服を鏡越しに見つめ、全体のシルエットを確認する。うんうんと頷いた俺は早速試着をしてみた。
純白でレース生地のワンピース服。黒髪ワンピースは基本と聞くが、残念ながら麦畑も麦わら帽子も見当たらない。室内のジャコスを駆けるのは畑違いだ。膨らんだ上半身を見ていて一つ気がついたことがある。
――透けるのだ。
今にして思えば女の子はどうして暑い夏も制服の上にベストを着るのか。冷え症だから夏でも寒いのかと思っていたが、なるほどそう言うことか。
暑さより下着を隠すことを選んだ女の子の決意は固く、短いスカートですら隙を見せない。俺が丸太に跨いだときのサヤちんが良い例だ。たとえ友達であろうと妥協しない。その熱意を他に活かせないかと思うが、この田舎で娯楽など考えるだけで虚しくなり、年頃の女子高生がキャッキャウフフなど夢のまた夢。ひと夏の恋より短く、その想いは空虚となって消えていく。
ハンガーにはワンピース服とセットでカーディガンが掛けられており、所見の俺でもその着こなし方は理解できた。
ワンピース服だけでは弱い。ソリッドカラーで控え目なデザインは、カーディガンを羽織ることで相乗効果を生み出す。上から軽く乗せるように着るだけでカーディガンが大人らしさを引き立たせる。
プロデューサー巻きだのミラノ巻きだの言っている様では、流行りに
時代の波に飲まれてはいけない。帆を立て自らの力で突き進めよ。さすれば道は開かれんことを。東京で育ちながら、未だ流行に乗れない自分への免罪符じゃないぞ。
ワンピースと言えば黒髪長髪に麦わら帽子。そして麦畑を駆け抜ける少女の姿。男なら誰しもが望む理想の光景だろう。誰しもと言いつつ
理想は抱くもので現実は見るものだ。これが目標であれば自らの手で掴み取れるのだが、理想のワンピース少女など現実に居るはずもなく、達成できない目標など黙秘して然るべきである。
「お姉ちゃん……なに、鏡を見て頷いとんの」
最早聞き慣れた声にハッとした俺は、ふすまの方に上半身ごと振り向いた。
普段であれば、ややこしくて形容しがたい髪型か動きやすいポニーテールに結んでいる俺だが、今日はまだ何物にも縛られてはいない。理想のワンピース少女を思い描いたせいだろうか。
これがさらさらストレートであれば良かったのだが、くるくると結んでいた弊害か髪に癖ができている。ストレートパーマで戻すにも美容院なんて洒落た店があるのか分からないし、そもそも開いていない。
妹を見た俺はふと気が付いた。ツインテールは子供らしさを引き立たせると。
「それだ!」
大声――とまではいかないが、声を上げた俺に驚いた四葉はピクリと身体を振るわせ、対となる胸ならぬツインテールが軽く跳ねた。
「今日はツインテール日和、四葉と同じ髪型にしよう!」
口角を下げ、恒例のへの字にした四葉は軽く溜息をついた。
「これツインテールやなくてビッグテールやよ」
「――――ぇ?」
俺の妹が何を言っているのか理解できなかった。いや正しくは“俺の”ではなく“三葉の”となるが、この際どうでもいいだろう。
妹が言ったこと。それは『ビッグテール』という聞き慣れない名称。未確認生物が一つ『ビッグフット』の親戚だろうか。共にビッグが付くし俺は未確認で間違いはない。
「ビックリマンチョコ?」
「お菓子なこと言わない! もう、じっとしてて!」
思わず「は、はい」と畏まってしまった。
妹はくしを使い丁寧に髪を
「もう間違えないぞ、これがツインテールだな!」
「おさげやよ」
がっくりと
「あ・さ・げ! 冷めちゃうからはよう
あさげとは味噌汁のことだろう。女の子なのに髪型の一つも知らない俺を味噌っかすだと揶揄しているのかも知れない。流石に考え過ぎか。
◆
電車を乗り換え幾時間、ようやくジャコスに到着した。田舎での移動に車は欠かせないが、宮水家には俺を除けば老婆と幼女しか居ない。町長の親父が居ればまた変わっただろう。理由までは知らないが、今は離れて生活している。
組紐のように複雑に絡み合った関係なのだ。そこに俺が編まれることはなく、精々糸と糸を結ぶことしか出来ない。離れてしまった父と娘の糸を余所者の俺が繋いだところで、再び解けてしまうだろう。切っ掛けだ。何事も切っ掛けが無ければ進展も後退もしない。有耶無耶な関係を続けていても、いつかは気持ちの整理を付けなければいけない。
整理と言えば、俺の膀胱の中身も整理したいところだ。
「な、なあ……四葉、あの……」
スカートの端を抑えてもじもじする俺を察したのか、四葉は軽く溜息をついている。朝も溜息をついていた四葉だが、ため池と溜息をかけているのだろう。糸守は自然発生した湖だけども。
「はいはい、いっトイレ」
「恥ずかしいからぼかしたのに……少しは便宜を図ってくれよ」
「小便器?」
「ちっがーう!」
このままではダムが決壊しかねない。敗北感に後ろ髪を引かれつつも、男女が描かれた看板へと走った。
「手前が洋室、手前が洋室……」
急いでいる時こそ冷静に判断し対応するべきだ。大手ショッピングセンターで和式のトイレを見た記憶が無いが、男の俺が――今は女の子の身体だが――個室に入った経験などあるはずも無く、当てにならない記憶は思考の端に置いておこう。
入る前にチラリと中を確認すれば済むことだ。理由を問われても「洋式に入りたい」と言えば怪しまれる心配もない。
トイレに到着した俺は、唯一空いていた手前の個室を確認する。
シャワートイレの宣伝も兼ねているのかゴテゴテした重装備のトイレ。そんな君は日本生まれの洋式トイレ。
日本発祥のシャワートイレが“洋”式なことに違和感を抱くが、用を足すのだから洋式で間違いはない。西洋かぶれとも言える。
「なん……だと!?」
何故だ!? 何故そこに見慣れた相棒が居るのだ!!?
訳がわからない。混乱する俺などお構いなしに蓋を開け出迎える洋式トイレ。
――――そして、隣に聳え立つは小便器。
小悪魔系☆モテカワ女子が草食系男子をイチコロにするにはコレ! 男の子の気持ちを汲み取ろう!!
最新のファッションが……これ、なのか……いやいや、いくら俺でも女の子が小便器でするなんて聞いたことがないぞ。
ふと考えるが、俺は女の子のことを全く知らない。女子トイレなんて入る訳もなく、それを見る機会など当然ない。もしかしたら小便器で用を足す女の子が都会には多いのかも知れない。
田舎の学校には無かったが、都会は時代の先端。先走り液……いやこれは違う。
俺は小便器の前で逡巡するも、体内ダムがガンダムでニュータイプにはなれず、パンツを下ろす気にはなれなかった。時間に追われる新人類なら男女問わず小便器でささっと済ませられる……の、だろう。
新しい人類との隔壁に気分が滅入りつつ、俺は便座シートを乗せ打算の洋式と相成った。
なんとなく便座シートを乗せてみたが、ほのかな温かさが臀部に伝わってくる。
夏なのに便座温度が適温にされているのだ。冷え症が多い女性ならではの感性だろうか。確かに下半身を冷やさないように言われているが、それでもクーラーの掛かった店内でホットベンザーは相反する存在。温かいホットドッグの中に冷たいアイスクリームを入れたような、そんな矛盾を感じている。以前食べたことがあるが、意外と美味しいのだから困る。
異なる二つの要素を上手に組み合わせるのもまた一興。この洋式と小便器が一つの個室に詰められた空間のように。
「――――ふぅ」
トイレの中での考え事は捗ると言うが、今がその時だろう。思考が深まり視野が広がってきた所で外からの声が聞こえてきた。
「お母さーん! はやくはやく! もれちゃうよー!」
「勝手に先に行かないの……トイレは逃げないんだから」
子供とその母親の声だろう。特筆すべき点は男の子なところ。女子トイレに於いて男とは最も遠い存在。しかし銭湯と同じく、子供であれば性別の壁を超えられるのだ。羨ましい限りだが、今の俺がその子供と同じ立場。羨ましがられる方だろう。
「あー! だれか、はいってるー!!」
「うーん……少し待っていましょうね」
「だぁー! もーれーちゃーうーー!!」
そうか、目の前の小便器は俺が使うのではなく子供のために用意されているのか。子供は少し目を離しただけで消えてしまう儚い存在。流石に紐で縛っておく訳にはいかないので、いっそのこと個室に隔離してしまおうという判断なのだろう。
ならば一刻を争う状況。猶予は無いと判断した俺はすぐ様ノズルを捻り、流れゆく時の如く水源を発生させた。
「あー! おねえちゃん、ひとりではいってるー!」
「しーっ! 言わないの!」
顔を真っ赤に染めながら、俺は手を洗い全てを水に流した。
染めると言えば、今日は組紐に使う紐を買いに来たのだった。伝統文化の素材をジャコスで買うのはどうなのだろう。
慌てて出てきたせいで