Inside/Saddoのネタ帳   作:真下屋

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ワンテンポ遅れたMonster ain't dead / [Alexandros]


OutLine-SSBS:ワンテンポ遅れたMonster ain't dead

 

 

 桜はいいものだ。

 明確な理由なんてない。たぶん日本人としての魂が喜んでいるんだ。

 国花がどうだ、文化がなんだ、黄昏がこうだと、言葉が多すぎる。そうじゃないだろ、そんなんじゃないだろ。こうも過程をぶっとばして胸にくるものは、そんな理知的で際立って品のいい明快な理屈じゃないだろ。んな七面倒な高潔なんて後付けだろ。

 艶やかに散り逝く儚さ。

 華やかに咲き往く僾さ。

 これぞ雅。これが風流。たったそれだけのそれっぽっち。

 それでいい。それがいい。

 俺達は。

 日本人は、誰かに教えられることもなく、それを知っているから。

 それを好んで、尊いものだと認めている。

 そう思うだろ? アンタも」

 

「なにが言いたいのか分からないけど、懲りねえおっさんだな」

 

 夜桜は美しく咲き乱れる。乱れ解れて落花する。ひらひらに段平、剥離する刃桜の一片。はらはらと零れる花びらに目もくれず、少年は俺を睨み付ける。

 宵闇。暗黒。深夜ではない生暖かい夜の時間。

 都合二度目となる境内に続く石階段を仁王立ち、その美丈夫は変わらずの仏頂面。まだ二回目だってのにもはや見慣れた枯れ具合がある。

 寺の階段前に陣取る少年は、まるで弁慶だ。八艘飛びでも見たいのか?

 その細見の身体から、驚くほどのプレッシャーを放つ。

 曰く『この先には行かせない』

 

「懲りるとか懲りないとか、そういう問題じゃない。俺はその先に用があるんだ。

 ガキ相手に情けなくボコられたからって、このままイギリスに帰るわけにゃいかねーんだよ」

 

 懲りもせず。飽きもせず。鑑みもせず。

 立ち返りもせず、振り返らない。

 でなけりゃ二日続けて寺なんぞにお越しじゃない。

 飛行機代と新幹線とタクシーでいくら掛かったと思ってんだ。海外勤めだからって誰もがバンビーなセレブだと思うなよ。

 いやぶっちゃけ金はいーんだけど、それ以上に時間が惜しいわ。

 さすがに私用過ぎてオルコットのプライベートジェット借りれなかったし、むしろ休みとれなかったけど無理矢理ブッチしてるからイギリス帰るの怖いです。俺のスマートなフォンの通知が止まらねえのがヤバい。つーかヤクい。ラブコールがラブハートにならなければいいが……。

 

「……なんと言おうがおっさんにこの先に行く権利はない。オレはあんたを通さない」

 

「通さない、ねえ?」

 

 通さない? どっちかっていうと許せない?

 そりゃあ許せないだろうな。

 そりゃあ認められないだろうよ。

 固法美佳の息子。

 俺が殺した、女性の子ども。

 

 見た感じ、一五歳。

 俺がいま三一歳で、固法先輩とそういう関係にあったのは一六歳。

 『初体験は一七歳でした』って、最高に響きがよくて。

 IS学園に男性はほぼ居ないし、休日に街で男と遊んでいた噂も聞かなかった。

 なら、結果は簡単だ。結末は明白だ。

 今世紀最大の僥倖だなどとちゃんちゃら馬鹿らしい程度に誰だって思い至る結末。

 つまり、コイツは。

 

 

「──通るさ。資格なんていらない。俺とあの人の問題だ。

 『外野』がしゃしゃってんじゃねーよ」

 

 

 俺の息子、なわきゃあるかバーカ。

 

 俺は認知した覚えはないし、育てた覚えもない。

 名付けた知覚もなければ、抱き上げた感慨もない。

 たとえ俺のDNAを継いでいたとしても、親ってのはそんな軽い存在じゃねーんだよ。

 昨日の今日まで知らなかった俺が、軽々しく名乗っていいもんなんかじゃない。

 それは織斑イッピーだから言えること。己の両親を砂漠のなかの一粒ほどにも存在を知覚していない親なし勢だから断言できること、だとまでは言わないが。

 得意げになって自身の身の上話持ち出すタイプの螻蟻じゃないとは自負している。昨今の風潮を見渡せばさも親に捨てられた系それでも手を伸ばすんだ主人公がクールとされてるから、どうにも誤解や、あるまじき羨望が蔓延りもしているが。

 親がおらずとも。知らずとも。

 親がいても。理解し合っていても。

 その役割が、存在が、軽いものであるなどと、この世界の誰もが思っちゃいない。

 そんな常識うんぬん以前の根幹的な部分で『それでも』と宣う輩がいるのなら、それは端的に外道だろ。多分そいつら『命とは、セックスによって感染した病気である』系の格言が好きだから試しにイカベイ(インタビューの意)してみるといい。インヘリタンスの意味に恥じてろよ。

 

 なにより。

 コイツも頑なに俺の名を呼ばないのは、そういうことだろう。

 

「────ああ、そうだな。オレが口を出す問題じゃないかもしれない。

 けど、オレが許せない。だから」

 

 一瞬呆けた顔をしたが、すぐに顔つきは戻った。

 睨むような、切りつけるような、鋭く美麗な瀟洒に戻る。表情筋いじくるだけでサマになんのな美丈夫。イッピーのライフ削るのもいい加減にしろって。今週末御手洗くんが酷い目に合うのはお前のせいだかんな。

 年齢不相応の利口さだが。

 そりゃあ先輩の子だ。聡いに決まっている。

 あの人は、懐かしいあの高校時代に。

 輝かしい黄金のステンドグラスに。

 俺がお世話になって。

 俺が助けてもらって。

 俺が憧れた、素敵な女性だったから。

 

「だから、腕尽くで止めてみろ。それでも、力尽くで通ってやる」

 

 にやりと笑ってファイティング・ポーズ。

 オリムラ流の肉体言語コミュニケーションのお時間だ。

 言って聞かなきゃぶん殴る。

 まったくもって道理だろ。

 

 俺は姉ほど強くはねえが、俺は姉ほど甘くはねえぞ?

 

「なあおっさん、昨日一発でKOされたの忘れたのかよ。あんだけ無様に負けといて、手を抜いてたとでも言うつもりか?」 

 

「昨日は負けた、だから今日も負けるって? めでてー頭してんな。ならお勉強の時間だ、クソガキ。負けて学んでいけよ」

 

「……あの兎のお姉さんに聞いたけど、おっさんは明日にでも迎えが来るんだろ?」

 

「だろうな。それがどうかしたか?」

 

「なら歩ける程度に手加減してやるよ」

 

 ほーう?

 ほうほう?

 アレか。

 もし迎えがこなければ面倒臭ぇから歩けない程度にぼっこぼこにしてやろうと思ってたと、そういうことか。

 んで? 大怪我なんてさせることもなく手加減ありありでも余裕綽々でこのイッピーに勝てるつもりだって、そういうことか。

 まあまあ、そうね?

 もしかしたら事実そうかも知れないし、年長者として子どもの発言にそうそう目くじら立ててもしかたがないからね。

 いやあ俺も大人になったもんだ。もし一〇代の頃だったらとっくにタンカ切ってるところだぜ。

 

「上等だよクソガキ! 骨の一本は覚悟しろや!」

 

 一〇代に煽られてすぐにホットリミットする三一歳がそこにはいた。

 っていうか、俺だった。

 

 

 

 ──散り逝く落花繚乱を背景に。

 目下、見上げてくるおっさんは、昨日ぶっ倒してやったときと変わらないやに下がり。

 まったくどの面下げてきたんだと。のされて起きてコンテニュー? しつこい上に懲りないときた。母さんだったか、言ってたな。しつこい男は嫌いだが、懲りない男は嫌いじゃない。おまえみたいなタイプの人間からしたら、看過できない不名誉だな?

 桜を仰いでドヤっている馬鹿。ああ、こいつ。きっと天気が晴れだっただけでも一日が楽しい種族の人類なんだろうなって。

 三十路のイイオトナらしからぬ短絡的な思考に──しかし呆れる思いは極小で。

 直前までの心内罵倒なんて実際は一言も口に出さず。出せず。

 この胸の裡にあるものは。

 あるものは、この阿呆が倒れる寸前にみせたギラつく眼光。

 灼然の熱視線が、今も胸に閊えて意味が知れない。

 なにか、とてつもなく、オレの正逆にある意味がわからない色だったから。

 だが、そんな風にほかのものに意を裂いているのを気取られるのは癪なわけで。

 

「なにが言いたいのか分からないけど、懲りねえおっさんだな」

 

 弁慶斯くのごときとの仁王立ちで、眼下の阿呆を睨めつけてやる。

 さすがに品のないおまえだって、弁慶ぐらいは知ってるだろ?

 オレが好きな歴史の偉人。直立不動で逝くサマが良い。握り拳が自慢の前時代的な男だったのは想像に難くない。よくも義経に忠義を尽くしていたものだ。主のほうが好きな輩は男の趣味が悪いのかもしれない。多分戦争映画が好みだろうか。

 そんな風に馬の耳に念仏と、凝り固まった一本気で頑なになれば。

 見下される男は、ある意味同様の堅実さで、ここにいることを主張する。

 頭痛に響く耳障りな声色。

 

「……なんと言おうがおっさんにこの先に行く権利はない。オレはあんたを通さない」

 

 通さないし、行かせない。

 そんなことは認めない。

 理由なんて簡単で、いまさら口にするのも馬鹿らしい。

 

 あんたは彼女を殺した。

 許せる道理がどこにある。

 

 素晴らしい人だった。

 聡明な人だった。

 世界中のどんな女性よりも魅力的な、掛け値なしの花だったと、息子馬鹿で言ってやれる。

 それを、殺した。

 おまえが、縛った。

 彼女が歩むべきだった日々を、日常を、手にするはずだった輝く穏やかな宝石たちを。

 手にする間もなく。

 オレが生まれて。

 彼女は、母親を運命付けられた。

 仕方なく、嫌々、孕んだから──そんな理由じゃなかったろうし、そんな適当な人間ではなかったし。若気の至りだとかしたり顔で認められる阿呆でも当然なかったから。生命価値と尊さ、それを心から理解してた人間だったから、──オレを愛してくれてたんだ。

 子を愛さない親はいない。

 そんな本来当たり前であるべきことを、胸を張ってしてくれたんだ。

 そんな彼女に影を落とす。

 ヒトナツの王よ。

 マザコンだなどと勝手にほざけ。

 男は一生そんなもんだ。

 

 などという理由でオレが立ちはだかっているのだと。

 どうせ、このオジンも思ってるんだろう。

 

 なるほど、どうにもオレは七面倒なことをこねくり回す思春期に見られるらしい。

 とても人間らしい青春の過渡期に見えるらしい。

 もっともオレ自身、そういう思考回路だと思っている。なにもすべてを悟った空前絶後の哲学者だというわけでもないし、自嘲している子どもを気取ってもないが。

 オレのなかの不変が言う。完成しているものが言う。知覚した金剛が言う。

 浮遊感が言う。言っているんだ。

 

 この原初は一つの想いで完成していて。

 そこから漏れ出た思考でしかないんだと。

 

 だから、多分。

 オレは複雑に見えて、一本気なんだろう。

 ──いずれにしろ、五条大橋の通せんぼ。

 まさに弁慶が通さないって言ってんだ。わかりやすくていいだろ?

 だが、そんなオレの言をどう解釈したのか。

 目前の中年はだからどうしたと押し通る意気を吹いた。

 

 

「────ああ、そうだな。オレが口を出す問題じゃないかもしれない。

 けど、オレが許せない。だから」

 

 

 簡単なんだ。朦朧なんだ。浮遊してんだ、風船だ。

 あんたらの関係なんて関係なく、この身がどうしようもなく成り損ねてんだ。

 悲鳴すらなく産声すら上げてないんだ。

 だったら今は借り物で。繋ぎ止められた瓦斯袋で。

 断崖の先を歩いている水子。

 その奔放具合が癪に障る。

 

「なあおっさん、昨日一発でKOされたの忘れたのかよ。あんだけ無様に負けといて、手を抜いてたとでも言うつもりか?」 

 

 負けたくないという感情。

 わからなくもないが、寝て起きての再挑戦でどうにかなると思ってるほうが沸いてるだろ。

 

「……あの兎のお姉さんに聞いたけど、おっさんは明日にでも迎えが来るんだろ?」

 

 話は平行線になりそうだ。

 などいうこともなくもとより平行線。始めから交わり得る確率なぞはなはだ希少で、理解だ譲歩だ妥協点だは、なにより許せないし認めない。そんな予定調和の大団円なんて願い下げ。

 そうした真っ当なものじゃないんだよ。そんな劇的なものじゃないんだよ。

 当たり前のことを当たり前に欲するような、腐敗した世の中に刃を立てるような、どうしようもなく鬱屈したもやもやをぶち壊すような、誰もが誰にも言えずに心の裡に秘めている、醜悪で恥ずかしい、傾げに傾げて偏った、自分自身でさえ愛してやることを躊躇ってしまう、中心の話なんかじゃない。

 

 ただ、己の外環境で。

 己を無縁に。

 己の終わりすら始まろうとしている。

 

 自覚したんだ、足りてないって。

 自覚したんだ、持ってないって。

 始めから有る無しの二択すらなしに、無くなってんだ。

 だから許せないという感情自体もオレが愛しているやつらからの借り物で、どうしようもなく認められない。

 だって、つまり、それは────。

 

 そのときに至ったなんとも自分に真面目な事実に、赤裸々な内心に。

 どうにも表情筋が耐えられそうになかったから。

 

「なら歩ける程度に手加減してやるよ」

 

 歳相応で、短慮で、無思慮な、身の丈にあった、舐めた台詞をくれてやる。

 まぁそれに、正味、寺先でのされたまま凍死されると後味が悪いしよ。

 

『上等だよクソガキ! 骨の一本は覚悟しろや!』

 

 ……いやでも、もう少し耐えろよ出遅れ野郎。

 

 

 

 ──先手必勝。

 ホップにステップでBPM170突破のハイビートなダンスホール。

 その気炎や初回の一発の焼き直し斯くやで、なにも学んでないとかはいうんじゃない。

 射出されるは身体。歩法は現実的な意味での縮地法。間合いを偽装し先手に出る。

 なにかと後手に出てカウンター狙う系のファイトスタイルが多いイッピーなんだが、この小僧にかぎっては少々話が違うんだわ。

 こいつは速い。

 速い上に早い。

 俺よりも迅い。

 それがことステゴロ、指呼の間よりもはるか近い斟酌の間で行われる、原始的な闘争の場でどのように作用するのか、っつー喧伝家の言い方なんて回りくどいくらい、その優位性は圧倒的だ。

 簡単な物理の計算。エネルギー=質量×速さ。

 だったら速い蹴撃、速い打撃。そうした攻撃が速ければ速いほど高い威力になるのは、まったく明瞭で説得に過不足はいらないだろう。だが。

 それだけではない。

 もっとも恐れるべきはそこではない。

 速度は、絶対的な交戦選択権である。

 相手より早ければ、相手より先に動ける。

 相手より速ければ、相手に避ける間を与えない。

 相手より疾ければ、相手の攻撃は避けられる。

 相手より迅ければ、逃げも挑みも容易である。

 それは馬鹿でもわかる話。足の速い相手を捕まえるのが面倒なように、喧嘩を挑むにも追いつけないし。かといって分が悪いからと逃げようにも、即座に追いつかれて退路がなくなる。

 なまじ対峙したとして、一方的に殴られ、一方的に躱される。そのような戦闘が果たしてどちらに分配が上がるだなどと、それこそ論を俟つまい。

 眼前の色男は、そうした速度の優勢権を掌握している。

 

 ──昨日の一幕。

 

 俺が不意をついて殴りかかったあの一瞬。大人気ないだか不恰好だかのよくわからん美意識は割愛して、あれは驚くほかない一幕だった。自慢の拳が受け止められた、ということじゃ無論ない。そらあたかが一五歳の腹筋に止められるなんて若さ的にはちょっち落ち込むところだが、枢要なのはそれじゃない。

 俺の拳を腹筋で止める──つまりその威力が腹筋固めて耐えられると判断したということであり。

 顎先を切り裂いて落とす──つまりあの瞬間でさえものともしないほどに弱所を視認していたということであり。

 それは、このガキが俺よりもはるか高位で速く駆動できることを現している。

 体格。筋力。経験。それらの複合を軽く上からのせるほどに神速だと証明している。

 なんだそれ。顔がいい上に頭がよくて喧嘩も強い? イッピー・ザ・ルサンチマンに謝れよ。自分で言っててわりかし無理ゲーなのに気づいたイッピーに謝れよっ。

 とにかく滅茶苦茶速い音速丸なわけだから、どうしたって勝機の数は絞られる。

 

 『(セン)(セン)』を。

 いや、『(セン)(セン)(セン)』をとる必要すらある。

 

 (セン)(セン)とは簡単な話、相手の不意を突いたり油断を誘ったりして攻撃する、いわゆる立会いの機をズラして勝機を拾う戦機だ。しばし卑怯やせこいなんて揶揄されるスタイルでもある。

 (セン)(セン)(セン)はその不意打ちよりもさらに前、立ち会う前に攻撃をかます阿呆の手だ。わかりやすくたとえると、街中で歩いている人間を真後ろから殴りつけることに近い。

 だが、こいつにはそれくらいの必勝が必要だった。

 交戦権以前の、交渉の域から殴りつける早さが必要だった。

 では実際、(セン)(セン)(セン)はとれたか? ──無理無理。ホットリミットしすぎたイッピー的にもオールバッドだわ。

 体の射出こそ高速を得たが……正直、()()()()()()()()()

 立会う、という考えを知覚させてはいけないのだ。それよりも早くぶん殴る阿呆の気概がなけりゃ勝ちが拾えないのだ。──それを情けなく思わない程度に大人なわけで。

 だったら捨て身? まさか馬鹿言え。そんな安易に走るかよ。

 

 握る右手は中段の正拳まがい。

 けれど左手は適度に曲げて顎の高さのレギュラースタイルもどき。

 

 一回目とは違う複合スタイル。

 実に意図が明確な構えだが、それ、簡単な二択だぜ?

 

 

 

 ──後手必殺。

 馬鹿みたいに吶喊してきた阿呆に対し、オレの狙った勝機は出遅れて確殺。

 煽った通りの煽ったまんま、鶏冠にきたとでも言わんばかりに突撃を決行する対手を前に、胸に満ちるのはさんざっぱらの呆れ──とは一口にならない。

 態は激昂、短絡のそれだが、とり得た歩行は今や珍しい古武術の縮地。

 移動にともなう体のブレ、特に縦方向の揺れを抑制して進むその歩法は、正面から見据えた際に距離感が測りにくいとされる。本来の行動に付随する一部分を制して行動するというんだ。確かに理に適って見極めの難度は上昇する。

 なんとも、歳相応の狡猾さだ。見た目はキレた振りして装って、内心必勝を狙っている。

 それを看破して後手。

 至近距離(クロスレンジ)への到達さえ逃さなければ打ち貫くのは容易い。が。

 その構え。あからさまにどちらの手でも殴れるという万能の型。

 右手は崩拳。打ち貫く中段に体重を乗せる腹積もり。

 左手はジャブ。最速の必中で流れに乗せる心積もり。

 妙ちきりんな構えは瞬間的な対処法を混乱させ、あたかも理不尽な二択を迫っている。

 ……人はそれを器用貧乏というんだがな。

 だが、その行動もしかたないか。

 

(──オレのほうが迅い。)

 

 うぬぼれも、過信もなく。

 事実として、速度、即応度。ともにオレがこいつを圧倒している。

 それは繰り返し研磨した技術の結晶。完成された装置の性能。

 曰く完成し尽くされた機構──そんなオレの術技は、仙人をして『綺麗過ぎる』と言わしめる。

 悪く言って、教科書通り。

 良く言って、型の終着点。

 どうにも機能美を極めるという点に関して、この身体は群を抜いて秀でている。もちろん意識してより効率のよい型、身体の駆動を目指しているが、そうまで手放しで賞賛されては返って気味も悪く薄ら寒い。──その事実を客観的に感じるオレはやはり浮遊。

 ゆえ、速い。

 だから、早い。

 駆動上どうしても避けられない体重の移動すらも極小に御して稼動するから、どんな屁理屈で罵ったとして否定できないくらいに迅い。

 急な対応、予想外の自体に弱い。そうしたこともまぁわかるが。

 有史より数千年をとうに経た格闘技において、研究されなかった術技はないに等しく。

 それをもって完璧に教科書を出力できるこの身体に発展系が苦手だと異論するのは、どうしようもなく己の無知をひけらかしているに同じこと。

 ……それをして厭きるというなら。

 まったく反論はない。

 

 阿呆が肉薄する。

 

 見切りは一瞬、すらも数瞬に昇華する肉体をもって見極める。

 ジャブか。

 だろうな。

 

 

 

 ──って思うじゃん?

 結局二択だろうと速度優位がある以上、どうしても体重が乗る分遅くなる中段はないって思うじゃん?

 だから変なフェイントなんて交えず、お前だからこそ見破れない革靴のなかの指先で力んだら、どうよ?

 

 

 

 ──間合いが伸びた。

 その瞬間。見極めて左手をパーリングしようとするその転瞬。

 縮地で滑らせる前足を()()()()()()()()()、最後の一歩だけを飛び出すような強さで跳躍する。縮地はこのための布石であり欺瞞か。

 さながらジゲン流の懸かり打ちがごとく。

 間合いを惑わすのではなく奪う。

 ずらされたテンポで体重が瞬間に追いつく。

 本命は中段か。

 叩き落としは間に合わない。

 

 

 

 ──篠ノ之流奥伝の一『零拍子』が擬き、『無拍子』。

 イッピーに篠ノ之の奥伝なんか無理だから、見よう見まねで考えたモドキ。

 かの零拍子は一拍子の前に行動を可能にしたという。

 だけど常識的に考えて、そんな戦機で動けるやつは心臓止めて活動するネクロのやつしかあり得ない。チッピーとモッピー? 俺は人間の話をしてるんだって!

 だからそれを俺みたいなグッドルッキングガイが実践するとなると、ちょいと発想の転換が必要になる。

 端的に、タイミングをズラす。

 あえて戦機を読ませ、機先を読み取らせ、その意図すらを読み切ってこちらの真意を発動させる。

 相手の一拍子にこちらの二拍子目を持ってくるイメージだ。

 自慢じゃないが、誰にでもできることじゃない。

 オンリーワンだがナンバーワンじゃない俺といえ、凡百傀儡に可能なことではない。

 生来的に、気まぐれ不真面目天邪鬼な俺が。

 本質的に、卑屈屈曲紆余曲折を経て。

 後天的に、命名勇気自由してできたこと。

 竹を割ったようにめんどくせー男じゃないとできねえよ。

 

 

 

 ──それはギフトと呼ばれるものらしい。

 

 

 

 ──はあ?

 いや、おい。待てよ、なんだよ。

 なんでパーリングに動きかけた手が逆方向にスライドしてこっちの正拳止めてんだよ!?

 叩き落としにかかった対手の手は右。右手を体の外側に払ってこっちのジャブを退けようとしていた。ところを、俺は拍子をずらして飛び込み、体幹で体重乗せた中段突きやってんのに。

 どうした理屈か、外側に払った右手が、タイムロスなく一拍子の間に内側に戻って、右の正拳を掴んでいた。

 

 

 

 ──単純な理屈だ。

 スウェーとともに右手を払いに動かす、とともに右足をうしろに引く。

 間合いをあえて離して距離を稼ぎ、ジャブを無効化するとともにこちらの必要射程を生み出す複合動作。

 その瞬間に、間合いが伸びた。これでは後方に引いた右足が返って致命傷になる。確かにこのテンポで右手を引き戻すなら、たとえば猛獣並みの筋力で慣性をぶっ殺して無理やりに持ってくるしかない。しかしそれは力技であって格闘技じゃない。筋力は威力を生む機関であって伝達する導線ではないはずだ。

 だから、右手を払いに動かした瞬間、そのときに引いていた右足を、後方に蹴り出す勢いに変化させる。

 するとどうなる。引いていた足が一転して後方での踏み込みになり、その反動に体重が跳ねる、連動して上半身が起きる。

 

 上半身が起きれば連座で、右手が下段から中段へ滑り込む。

 

 後方への踏み込み、体重の移動、上半身の跳ね上がり。これらを統合して右手の原動力と化す。

 紐解けばこんなもの。教科書通りの連携を七面倒な理屈で発動させればまかりなる。

 ワンテンポでツーアクションを行っただけ。

 もっとも、この連動を行う上で、パーリングが失敗した刹那を読み取って即座に足を『引く』動作から地面を『蹴る』動作に移行する判断力が必須となるが。雷鳴の〇.五を読み解く信号が必要になるが。

 ともあれ、中段突きは握力で殺して不発。

 そのまま後方の地面を蹴る力で、今度はこちらが左手に体重を乗せる。

 終いだ。

 

 

 

 ──アホか。払い落としこそ失敗してんだろ。

 一動作分の時間で二撃繰り出すその魔法、なんだよこいつ天才かよ、とは思うがよ。

 そんな固定錘なしのメトロノームじゃオルタナロックに溺れるぜ?

 左手は生きてる。勢いが死んでない。出しかけて止めた、んじゃなくて、出そうとしただけだから。

 腹を横切り右手を止める少年の右手。

 そのさながらつっかえ棒な腕を越えて左手を打つ。

 さあ、クロスカウンターと洒落込もうじゃねえか──!

 

 

 

 ──というおっさんの狙いは、丸々ワンテンポ遅かったな。

 一挙動二連撃で稼動したこの体は反っている。

 上半身が反っている。

 つまりおまえの、オレの顔面への打突距離は遠い。

 対して体が若干上向いて出した左拳は、腕が伸び切る。

 右足を確と接地したまま。それは一本の芯が通った鉄骨となり。

 地面から突き出た鉄骨へ、自ずから頭部をのめり込ませる自殺願望者の出来上がりだ。

 

 

 

 ──その鉄骨の幻視を前に。

 すっと体重を落とす要領で頭を下げ、額で受ける。

 竦める首。接触箇所は額の少し上。脳細胞が死んだのはご愛嬌。

 クロスカウンター(っぽいやつ)は不発に終わり、しかし受けた衝撃は互いに甚大、のはずなんだが。おいおいなんだよ、手先が器用な。接触した瞬間に拳解いて手首曲げて、オマケに腕までしならせて体ごと半回転。まるで闘牛士みたいな華麗さで拳への衝撃を逃がしやがった。

 再三言ってなんなんだが、なにこれ? 無理ゲーじゃね? コンピューターの鬱だってもちっとマシな希望がねぇか? マジ引くわー。

 さながらダッタン人の矢よりも速い妖精のごとく、オベロンのマントを翻すがごとく。

 すり抜けた錯覚さえをもって、いなされる。

 

 だが、止まってはいけないし、止まる道理が端からねえ。

 

 テンポアドバンテージはこっちにある。反撃もらったとかはうるせーな。

 途絶えるな、攻めを切らすな、怯むな臆すな見逃すな。頭痛なんて無視してよ。

 息継ぎすら手間に思え。スピードでなくリズムで戦え。俺のビートで掻き乱せ。

 正拳。飛び膝。合掌。ローリングソバット。震脚。虎爪。チキータ。パンソーク。二起脚。スピードじゃ勝てねえ上に競れねえ。だったら単純な威力と間合いの利で分をよくする。必然、足技が主体になる、からの無呼吸拳打。マニい足技からの速度変化。相関距離が短い分、体感速度がダンチだろ? ことお前みたいなワイルドスピーダーにはうってつけだ。だが。

 

 しかし、その一切。

 だけど、その合切。

 

 すべてをいなし、躱し、払い、ときに当たれどそれはこちらの威力では絶対に貫けない防御。

 全部見切られてる。すべてが見極められている。

 例外なく、暇なく、見逃すなんてあり得なく。

 洒落にもならねえ。ふざけてやがる。にっちもさっちも埒が明かない。

 決定打に欠いていた。

 頭痛ばかりがリフレイン。

 久しぶりの鬱陶しさはもはや懐かしく、許せなかったやつを思い出す。

 かよバーカ。

 気づいてないふりは終わってるし、これはただ認めないだけの話だし。

 だから痛み(おまえ)はお呼びじゃねえんだよ旧世界の価値観め。

 お前の法則は枯渇してるって、かの獣皇も言ってる。

 これは現実。ここが最前線。潰し合いの三千世界(ワールド・コライド)

 拍子をズラせ。テンポを殺せ。ノリにノッて肩透かせ。四肢の末端すべてが異なる(リズム)を流す踊り子(イサドラ)也。

 栄光(フェイム)に焼かれたあとの話は続いている────

 

 

 無拍子でズラした力点を見切って切り裂くローキックに。

 

 無拍子で持ってきた四分の四拍子の過去からのオクリモノを叩き込む。

 

 

 ────こんな風になァ!

 無拍子無拍子四分の四拍子アッパーカットハイビート。

 それは一見して意味のわからない動きに見えたはずだ。宙に繰り出す拳。どこにも焦点を持たない一撃をこんなテンポの競い合いの最中に打ち出すなど酔狂ではなく狂気であり、よい意味で深読みすればフェイクととれなくもない。対手の最速慧眼からは逃れられない。

 だが、その聡明な見切り。それは、とある脆弱性を孕んでいる。

 卓越してすべてを停止のごとくに観察・判断できる身体。実に厄介だとも。

 だがゆえにそれゆえに。

 お前の挙動は、絶対、『見極めてから判断して行動する』というマニュアル操作を行っている。

 それは最速最短最大効率で駆動できるからこそ可能となった超真空の手動制御。

 一般的な生活の場であればおかしな動作ではないのだが、それこそこんな場に至ってしまえば、フルマニュアルはリズム的な遅さが生まれる。

 見・考・動の三拍子は、技の晒し合いでは酷くノロい。

 だが、それを最速駆動の機構ゆえに、綺麗完璧なフォームによって、返って必殺の機能としているのがてめえだ。ははっ、本当にDKかよおまえは。

 この必殺性、完成度足るや、正直に。無敵のシステムといって過言ない。

 なにせ先手をとれば必勝であり、後手に出れば必殺を得る。

 こんな挙動、己が空っぽでもないとできない。

 

 ────その天啓は宇宙の隅に捨ててきて。

 

 そんなメトロノームな定められた常勝の機関だから。

 そんな古より変わらない生活知みたいな迷信だから。

 無拍子でズラしたなにがしかを、その見考動一体の連なりにぶつけたら、どうなる?

 こうなる。

 

 なにもない真空を駆け抜けるアッパー。

 見極める者はなにもない。

 

 ついに完璧な迅雷で駆動していた拳が俺の鼓動から外れる。

 無拍子で撃った意味のない(アッパー)を無拍子で()()()()に持ってくる。

 (ゼロ)から(ゼロ)へ、開いた音頭はきっちりぴったり四分の四拍子。

 タテノリなダンスマカブルはおきらいかね?

 

 今こそ16ビートの鼓動が、ヘカトンケイルを打ち砕く。

 それは破城する振り上げた()()()()──!

 

 

 

 生まれた空白。現実世界の真空。

 すべての心臓が理路整然と不整脈を打ち、悠々と踊るのは鉄火場野郎のアッパーカット。

 なんとも、一発目の意趣返しか。顎を狙う鉄意は熱血的。

 キレているように装ったクールを伊達にしている短気なオジン。

 二転三転と定まりなく、まるで万華鏡見たく適当かまして気づいたときには首に手が伸びている。面倒臭ぇぞなんだこいつ。本当にオレの二倍近いアラサーなのか? 大人気なくてえげつない。よくもまったく、外野なんて呼んでくれた。素直に熱血で、直接に卑屈で、率直に寂しがりで、直達に臆病で、実直に真っ直ぐっぽそうなお前のこと、好いてくれるやつなんて極少だろうな。大事にしろよ? 人間らしすぎるってのも考えものか。

 温故知新の技の数々、足癖が悪いことがよくわかる蹴撃乱打。

 どんだけひねくれてればこんなもん引っ張ってこれんだよ。どんだけスレてればこんなもん覚えようと思うんだよ。それで意図して外すアップテンポに、ついに機構が正確に遅れる。

 

 ああ、確かに。

 その発想は予想外だ。

 

 正確すぎる挙動だから即応性がない、という段階を速度で無視した身体のさらに裏を掻き、外してみせた拍子を無拍子で帳尻合わせ。ゼロにゼロをかけてもなくならないのが人間、という世迷いごとの理論を高らかに歌い上げる体内的エスノセントリズムの最高峰。

 人間らしからぬほど人間的な思考だ。

 後出しの意味合いの強い拍子ずらしの技法を、よもや絶対先制のための布石にする。

 これは……頭のいい馬鹿じゃないとできない。

 『常に五分遅れている時計と、一日に二度正確な時間を指す時計』。そんな話を思い出した──無論のこと、これは後者だ。すれて、ひねくれて、素直すぎる。

 よって、定められたメトロノームの最速ではズレる。

 同じ軌道を神速で繰り返す疾風では必ず遅れる。

 この期におよんでこの人間万華鏡の奇天烈を打倒するには、それこそ無明を極め得る無想の理しかないだろう。大義を掲げ得る無我の理しかないだろう。

 完成機構では至れぬ人外の果て。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 人の拳が迫る。

 人間的な雷光の一打。

 鉄火場を踊る場末の踊り子がごとく──その感性は理解できず。

 

 損なったオレは。朦朧なオレは。

 

 有名無実の空っぽの己。

 

 ああ。──見えているぞ?

 

 笹目大地は外部を無にする無想家ではなく。

 笹目大地は内部を無にする無我家ではなく。

 たった一つの定かでない朦朧体を回転させ続ける一本気な男でしかなく、自覚して以来実態のない浮遊感に立脚する混濁でしかなく、結局は始点に帰る広大無辺の並列回路ほどの大掛かりな単調でしかなく。

 一秒と不動にできない鉄火場を。

 永劫と活動し続けてる踏鞴場が。

 ならばいざ、見るがいい。

 最短経路で駆動する筋力。最速鋭利で移動する質量。精密精緻で加速する間接。絶対座標で伝達する骨格。それを見極めて判断して統合して閃光する脳漿。

 そしてすべてに先行する〇.五秒前のオクリモノ。

 そしてすべてを最適化する第三の無の秘宝。

 その総合力を無駄なく遅延なく統一し、ついに真なる雷光が完成する。

 無なる理が、努力し続ける天稟の至る地点。

 

 魔技理論(ラディカル・アーツ)を成し遂げるその理。

 

 それは身体駆動上の限界に至った最速の技術。

 定められた(レール)を一切なんらアレンジなく、肉体の構造に真摯に、正確に実践し、なおかつ無意識域になるまで繰り返し細胞に刻み付けた末の結末。完璧な姿勢から完璧な戦機で完璧に実践する、まるで人間性を否定して己を一個の銃器だとでも言わんばかりに再構成する冷徹な繰り返しは、そこから生まれる最速に准えて、こう畏怖される魔の技法。

 

 

 

 

 

 魔弾 刻み突き(レールガン)

 

 

 

 

 

 ────無謬。

 

 鍛え上げられた性能が至る、鍛錬の極地。

 無想。無我。それらを異にする無なる極み、天稟の位。

 その深奥を、無謬といった。

 

 

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