旅館「十千万」。
静岡県沼津市内浦地区にある地域型の旅館である。
それなりにリピーターもおり、また駅からの直通バスや観光会社との提携など、なかなかの繁盛を見せている。特に海鮮料理とみかんをふんだんに使った旅館独自のメニューにより、観光だけでなく料理店のガイド雑誌にも名前が掲載されることもある。
また、各部屋から見える広大かつ雄大な海原は市内有数の絶景スポットとしても有名だ。この景色のためだけに泊まりにくる写真家さんも時々存在する。
お値段は極めてリーズナブル。お出しする料理にコースが複数あり、飛び込み客にも対応できるよう心掛けている。最上級のコースは少々お値段が張るものの、それだけの料理と専用の客室を用意できる。お客様に不満は残させない完璧な対応である。
さて長々と語ったが、俺はそんな旅館「十千万」で働くしがない従業員である。
名前はまだ決めてない。これは俺の都合でなく製作者側の都合であるが……まあそんなことはどうでもいい。
歳は17。実は高校に行けず、こうして中卒ながらに働いている。頭が悪いわけではない。経理会計や某パソコン技能の検定・資格を取得して仕事の幅を広げようと努力しているのがその証拠だ。
話せば長くなるのだが……簡潔に言うならば「金がなかった」に尽きる。両親はいるのだが、少々、いや凄まじく特殊な職業であるため、普段から顔を合わせることもない。ついでに金もない。
そんなわけで俺はここ「十千万」で働いている。こんな俺を受け入れてくれた高海さん一家には頭が上がらない。それどころか住む場所も飯も提供して頂いている。足向けて寝れない。
その高海さんは「将来は末娘と結婚でもして、この旅館継いでくれればね~」などと言っている。17歳のガキにそんなこと期待しないでいただきたい。
その末娘というのは「高海 千歌」。オレンジ色の髪を肩当たりで切りそろえた、地元の女子高に通う元気いっぱいな女の子なのだが……
「遅刻しちゃうよ~~~~~!!」
春。四月。エイプリル。
本日は彼女、高海千歌が通う浦の星女学院の新学期である。
この時期はお客様もほとんどいない。よって俺も結構ヒマであり、この時期は大抵千歌のお世話係に就任する。
しかし春休み中の生活サイクルが抜けきらなかったのだろう、昨晩も夜遅くまで起きていたらしい。俺がいくら起こしても「あと5分だけ……」と1時間以上粘った結果、始業式開始まで30分ほどという事態である。
このような日は「バイク乗せてって!」などと
ヴォンヴォンっと空吹かしさせて急かすと、千歌が正面玄関――無論お客様用である――から飛び出してきた。
「ごめーん! バイク乗せて――――」
「そこはお客様用の出入り口だ! 裏から出ろって毎回言ってんだろ!」
「ひぇっ、ご、ごめんなさーい!」
そう謝りながらヘルメットをかぶって後ろに乗っかる。タンデムベルトの固定を確認し、いざ発進。
時間が笑えないレベルで差し迫っているため、スタートダッシュから飛ばす。
「うわわわわっ! 飛ばし過ぎ……!」
「おい、インカムで叫ぶな。耳痛い」
千歌が一瞬手を放してしまうが、ベルトはきちんと固定されている。何も問題はない。
そして道交法に引っかかるレベルで飛ばしまくった結果、15分以内に学校へ到着。まだまばらに登校する生徒もおり、一年生だろう女子からの視線が痛い。
あれ見ろ、あの赤毛の女の子。俺のこと見て逃げたぞ。俺はそんなに怪しいか?
「ありがと! いやー、一時はどうなるかと……」
「明日はちゃんと起きてくれよ。帰りは?」
「ちょっとやりたいこともあるから遅くなるよ。曜ちゃんと帰るね」
「おう。じゃ、いってらっしゃい」
「うんっ、いってきまーす!」
校舎へと消えていく千歌を見送り、帰路に単車を走らせる。
さて、帰ったら客室の掃除をしなければな。
ちなみにサンシャインの漫画版では梨子ちゃんの下着姿が見れます。