お客様が最も多く来訪する時間帯である午後四時。
本日はあまりお客様の数も多くなく、俺は調理を任せられていた。
当旅館で一番人気のメニューは「シラスと桜エビのかき揚げ」である。
実はこのメニュー、簡単なようで非常に難しい。
天ぷら粉でシラスと桜エビを包むのは良いが、油に沈めた際に崩れてしまうのだ。
家庭で食べるなら多少崩れても問題ないのだが、ここは旅館である。見た目にも最高峰のものでなければならない。
そんなわけで、かき揚げにも熟練した技術が必要なのだが……
「こーら、しいたけ! 暴れないの!」
「おい千歌その犬どうにかしろ! ああっもう桜エビがっ!」
「どうにかしてるよー! でもなんか興奮しちゃって!」
突然暴れだした高海家ペットである犬の「しいたけ」が厨房まで来て、俺の邪魔をする。
旅館として犬がいるのはどうなんだ、とも思わなくもない。だがまあ苦情が来たこともないし。保健所も何も言わないしいいのだろう。本当にいいのか?
とにかくしいたけが暴れ、かき揚げがさもありなんという姿になってしまう。まだ時間に余裕はあるが、それでも一つ無駄にしたのは言うまでもない。
「リード繋げろ! ふん縛っとけ! 外投げ出せ!」
「そんなことしたら可哀想でしょー!」
「可哀想なのは崩れた桜エビの方だ!」
ようやくリードに繋がれて大人しくなったしいたけは千歌の手によって外の犬小屋へと連れていかれる。
犬っころのおかげで貴重な桜エビを無駄にしてしまった。これは俺の今夜の飯になるとして、新しいものを揚げていく。
満足のいくものが出来上がったところで、時刻は午後六時を回った。少々早いが各客室に晩餐の準備をしに行かねば。
「本日はごゆるりとお楽しみくださいませ」
最後のお客様へ晩餐を出し終える。この頃になると七時を過ぎて七時半だ。
食後の担当は別の従業員であるため、今日の業務は終了。やっとプライベートタイムだ。
夕飯のために自宅区画のリビングへと向かうと、千歌がいた。
「あ、お疲れさまー。ごはん?」
「ああ。志満さんは?」
「お風呂入ってるよ。ご飯盛ってあげる」
「さんきゅ」
千歌が炊飯器から白米を盛る間に崩れた桜エビのかき揚げを電子レンジに突っ込む。
「あっ、桜エビ。いいなー、一人だけ」
「あのな、文句はしいたけに言え。犬ッころのせいで一つおじゃんにしたんだぞ」
「仕方ないじゃん! なんでか興奮しちゃってたんだから!」
「それを宥めんのがお前の仕事だ」
温め終わった桜エビを食らいつくすと、すでに八時近い時間帯となった。
もういい時間であるし、風呂に入ってあとは寝るだけである。
「そろそろ志満さんも出たろ。風呂入ってくる」
「いってらっしゃーい」
当家の風呂は一応普通の浴室である。温泉等もおるが、あれはお客様専用なので従業員は使わない。
というか一々掃除が面倒なのだ。岩盤はゴツゴツしていてブラシが届かない。ゆえに塩素を溶かした水溶液を散布し、高圧洗浄機を用いて隅々まで洗い流す。この際塩素を残すわけにもいかず、当然すべて流れたかを逐一確認する。
これを毎晩行うわけだ。一応、厚労省では「一週間に一回以上の換水と清掃」が義務付けられており、必ずしも毎日行わなければならない、ということでもない。しかし当館の温泉は源泉かけ流しではなく、温泉自体の魅力を押し出し難い。そこで最低限、清潔感だけでも出しているのだ。
そういう事情から高海一家及び俺は普通の浴室を使用している。ちなみに高海一家といっても父親、母親ともに基本は出張中なので実質三人姉妹プラス俺のみだ。
補完しておくが、”そういう”事態は一度たりとも起こっていないことを記載しておく。普通に考えれば分かるだろうが、俺がここに住み込むことを当初、姉妹の上二人は反対したのだ。それはそうだろう。女性三人のところに年頃の男を放り込むなぞ、女性側にとっちゃ怖い。
なので一度だろうと”そういう”事が起こってしまったなら。……まあ良くて追い出される。最悪警察でも呼ばれて裁判沙汰だ。俺はまだ逮捕歴も裁判も経験したくない。
まあその後いろいろあり、今では信頼を得てこの旅館に住まわせてもらっている。いろいろの部分は割愛させていただく。話すのも面倒だし、製作者も何も考えていない。
などと以上のようなことをモノローグ的に脳内補完している間に風呂を済ませる。
「……」
「どしたの?」
風呂上がりに冷蔵庫の中を凝視する俺を訝しんだ千歌が声をかけてくる。
「……お前、今日買い出しだったよな」
「うん、そだよー? あっ……」
千歌が「しまった」というような表情になる。
俺は風呂上りに牛乳を飲むのが日課だ。それはなにがしか特別な事情がない限り、欠かしたことがない。
そして当館は母親がいないので、姉妹及び俺がローテーションして買い出し及び調理等を行う。
冷蔵庫に牛乳がない。
「あ、あははは……ごめん、向かいのお婆ちゃんと話してたら忘れちゃった……」
「…………」
「―-今すぐ買ってきます!」
財布を持って出ようとした千歌の肩をつかむ。さすがにこんな時間帯だ、女の子一人を放り出す程の鬼ではない。
急いでバイクを車庫からだし、牛乳を買いに行った。風邪引くかと思ったね。
こうして住み込みで働かせてもらっている俺だが、当然趣味などもある。
どこぞのオリーシュさんのような二次元系の趣味ではない。俺はオオトロを味わう人生を過ごすのだ。
意外に思われるかもしれんが、俺の趣味は模型作りだ。他にもお菓子作りも趣味である。
模型、特にWW2時の軍艦や戦車を主に作っている。休日は模型屋に出向いては数種類を同時に購入し、次の休日まで作り続ける日々だ。おかげで俺の部屋は軽く模型展のようになっている。
結構拘るタイプである俺は、模型製作用の工具にさえキットなどという物に頼らない。一つ一つを会社ごと。用途ごとに吟味して選んだものだ。また友人関係でガレキにも少々精通しているため、なかなかに本格的な改造を加えることもたまにある。
まあ大抵は時間がないのでスジ堀りや墨入れ、艶出しにヨゴシ程度しかやらない。それでも完成度は十分なもので、お客様や千歌、近所のガキ共からは称賛の声が止まないが。
さて明日も早いのだ。この一級戦艦「富士」に仕上げ程度で終わらせて寝るとしよう。
所々に私の趣味が含まれてます。ええやろ?
次回は曜ちゃん出す予定というかプロット書いてるんで待っててください。
ちなみに私、今週の土日使って沼津観光行ってきます。ええやろ?
ちなみに千歌っちの得意なことって書道だったりします。