【原作沿い】次元跳躍者の往く、異世界放浪奇譚 作:冷やかし中華
すみません、本編で書かなかった「もう一人の八尋」について書いていたら思っていたよりも長くなったので途中で切りました。次こそは……
本試験を開始する会場と思われる地下道に案内されてからあった出来事をキッカケに急降下したキルアの機嫌を取りながら時間を潰していると随分と受験者も増えたようだった。最後にチラッと見えた番号は「388番」だったから既に400人近い人数が、この狭い空間に集まっていることになる。
「ゼノさんも仰っていたと思いますけど、基本的にタダ働きは良くないと思うんですよ。意味合いは少し違いますが
「はいはい、わーったよ。俺が悪かったって」
「まぁ、キルア君が
私の小言に不満気な顔をしたままムスッとしていたキルアは空返事を繰り返していたが、いざ
「それにしても………」
「なんだよ?」
「見られてますね?」
「は?」
私の呟きを拾って真面目モードになったキルアが尋ねてくるものの、次いだ言葉に驚きの表情を隠せないでいる。そのまま私の首に若干の戸惑いを見せてから腕を回して屈む様な姿勢にして聞いてくる。
「見られてる? いつからだ?」
「え?
「マジかよ……」
「マジです」
私の答えが意外だったのか、それとも全く気づけなかった自分を恥じているのか、キルアは表情をコロコロ変えながらうろたえる。その様子に私はクスリを笑みを零しながら才能豊かな暗殺一家の跡取りを慰めるように声を掛けた。
「安心してください。敵意はありません、今のところは、ですけど」
「様子見ってことか? なんの為だ? 心当たりは?」
「
キルアの質問に対して私自身が裡側から見てきた
「どちらにしても、何処から視られているのか分からない以上、こちらから動くわけにはいきません。狙いは、きっと
「………」
キルアは答えない。けど気持ちは分からないでもない。長いゾルディック家の歴史の中でも才能はピカイチだと、跡継ぎはキルアだと、実の家族も含めて周りからは散々にちやほやされて育ってきた少年の万能感が崩れ去ろうとしているのだ。でも、それは成長には必要なこと、今出来ることと出来ないことを割り切って、今は無理でもいつかは越えると足掻いて、足掻いて、足掻ききった先に新しい未来の選択肢を得るのが人間だ。それにこうなる直前に私はキルアの事を家族の方へ相談してしまい、キルアのことを一緒にいる間は任されてしまった以上、
「別に気づけなかったことに恥じることは無いですよ?
「俺だって人間やめたくはねえよ」
「えぇ。なので今は堪えてください。今は無理でも、きっと視線の相手も、家族の方々も見返せる日は来ますから」
そういって首に回っていた腕を解き立ち上がると、私はキルアの頭を撫でた。そうすると、また少し顔を赤らめた少年は「うるせえ」と呟きプイッとそっぽを向いた。
そのキルアの様子にクスっと笑みを讃えながらも私は時折感じる視線に対して黙考する。一体何者だろうか?
向けられている視線は間違いなくプロの行う
だが、本当に敵意がないのだとすれば、私もしく
「うーん………」
「まだ悩んでるのかよ。ってか、本当に視線なんか感じるのか?
俺だって言われてから探ろうとしてるんだけど全然わからねえよ。気のせいじゃねえの?」
「キルア君のは分かり易過ぎるから相手のほうが警戒して視線を解いてるからですよ?」
「え?」
「え?」
私の指摘に、その発想は無かったとばかりに驚きの表情を浮かべ、直後に悔しそうな表情へと変わる少年の感情豊かな変化に苦笑いをしつつも、まぁ、幾ら才能豊かで将来は明るい若者とはいえ、やはりこの年齢の子供にそこまで求めるのは酷というものかと改めてキルアのことを思う。まだ12歳なのだ幾ら暗殺業における英才教育を受けて育ってきたとはいえ、そこはそれ、まだまだ経験不足という面が大きいのだろう。だが、こういう指摘はキルアにとって滲み出ている悔しさ以上にバネとなって成長へと転じてくれるはずだと信じて私は断言する。
「まぁ、そこまで落ち込まなくても良いですよ。先程も言いましたけど、キルア君はまだ若い。今は大人への階段を上がり始めた段階ですが、それでも
そう言葉を添えながら私は、またキルアの頭を撫でる。今度は手を払いのけられることも無く、かといって何かを言い返されるわけでもなくキルアはただただ黙って俯いていた。最後に聞こえたのは静かな、それでも力強い呟き。
「負けねえからな」
「はい。期待して待ってますね」
返答は無い。ただ裾をギュッと握られ何かに耐える姿は子供ではあるが立派な大人のソレだと私は思った。
(その悔しさをバネにして、それに折れず、立ち向かっていくことでヒトは成長するものです)
それが私の今のキルアに抱いた確かな想いだった。
* * *
しばらくしてキルアが落ち着いてきたところで本予選の締め切りを報せるけたたましいベルの音が鳴り響く。その音に誘われるように視線を上げると、これまた見知った顔の試験官が壁沿いに長く引かれたパイプの上に乗っていた。
「サトツさん何やってるんですか………」
「アレも知り合いか?」
「えぇ、昔少しだけ関わりがありまして。数年前でしょうか、密林の中に見つかった遺跡関係の調査に同行したことがあるんですよ。私は衛生士兼調理師みたいな役割で暇つぶしも兼ねて足を運んだんですけどね。なかなか面白くて大変だったのを憶えてます」
キルアの質問に答えながら予想通り今年度のハンター試験の受付が終了した旨と同時に試験開始の合図が告げられる。どうやら最初の試験は持久走のようだ。嫌な予感が当たりましたね。
「キルア君、この試験は退屈で、とてもつまらないものになるでしょうけど無茶はしないように」
「どういう意味だよ?」
「きっと、ただ走るだけです。たぶん二次試験の会場とかまで」
「はぁ? 試験って、それだけかよ??」
私の言葉を訝しむ様にキルアは首を傾ける。だが実際「あの」サトツさんならやりかねない。のほほんとした性格なのに、やることは非常にマイペースな、それでも基本を大事にする律儀なメニューを作り上げることで、その界隈では有名なヒトなのだ。だからこそ遺跡調査という彼の本職においても、その仕事ぶりはプロアマを問わずに伝わっているものだけで高い評価ばかりなのだろうけど。
なので最後は殆ど感じなくなった視線の正体も割り出せていない中で『退屈だから』という理由で独断専攻をされては困るのだ。いや、たぶん試験中にキルア君に目をつけるような連中は殆どいないし、子供である理由に目を付けられたとしても危機に陥るようなことは無いとは思うけれども。念には念を入れて軽く注意だけでもしておいた方が、何かあったときに咄嗟の判断もし易いだろうという意味も込めて改めて言葉を紡いだ。
「はい。先程の視線の正体は割り出せてません。おそらく敵対行動を取ってくるような方ではないと判断できますが、それでも何があるか分からないのが
「なんか前から思ってたけどさ、
「うっ……… だ、誰が
想像もしたことが無かったとは言わない。それは此処ではない何処かの世界を旅したときに
それを飲むことで得られる莫大な情報を参考に生み出された私は
―――否が応にも「そうである」と意識させられてしまったが故に私は………。
ボンッ
幾ら私の中で否定の言葉を紡いでも
「名前、なんて言うんだよ? あの兄さんが八尋だろ? 俺はアンタの名前を聞いてるの!」
初めて遭った時の記憶
「私に名前なんてないよ? 強いて言うなら
「だーかーらー そうじゃねえって! 大体、なんだよ名前が無いって!!」
「だって事実なので。呼びやすいように呼んでもらえたら私は答えますよ?
そりゃあ『う●こ』とかは嫌ですけど。ま、そんな呼び方された日には言った方は私じゃない
そういって茶化して答えたあの日
「じゃあ、俺が付けてやるよ!」
「え?」
それは驚きだった。自分の名前など考えたこともなかったから………
「んーと。それじゃあ
「あ、いえ……… その、なんて言うんでしょう。あ、やだ目からヨダレが………」
その私の反応にキルアが噴出して笑ったのが分かった。
「なんだよ目からヨダレって。すっげーウケる。やべぇ……… 笑い殺す気かよ……… くくっ」
「もう、ふざけてる訳じゃないのに!!」
「あー、わりぃわりぃ。でも、それは『涙』だろ。だからカナタ。今日から俺とトモダチになってくれよ!」
一頻り笑って、乗っていた木の枝から抱えていたボードごと落ちても笑い転げて、それでも必死に笑いを収めながらキルアは言った。
『俺とトモダチになってよ!』
「はい。それが
それが
「うしっ じゃあカナタは今日から俺のトモダチな!」
「はい。私は今日から
「ダチ相手に『貴方』なんていうなよ余所余所しい。キルアって名前で呼んで!」
「『キルア』ですか? はい、わかりました。じゃあ次から、その様に呼びますね? キルア」
「おう!」
その笑顔を私は生涯忘れることは無いだろう。
私はキルア=ゾルディックという少年にとって初めてのトモダチであり、私にとってキルア=ゾルディックは初めてのトモダチなのだから。
―――私が他の誰でもない『ワタシ』であると自覚できる初めての
そんなキルアに私は私の性別を
「あー… なんかゴメン」
「あ、謝るなら最初から言うなー! キルア君のバカー!!」
叫ぶほどではないが私は自分の中にあった
というわけで八尋さんの裡に潜む存在Aさんこと名無しの八尋さんへの名付け回。
元ネタがアカシアのコンビである神の料理人フローゼ(性別は女性)であり、それが蘇生後にアカシアのスープ料理『食寳:ペア』を飲んだことで生まれた存在がジョア(性別が男性)ということに着想を得たというのは、そういうことでした。
次こそは二次試験前まで進めたい。