【原作沿い】次元跳躍者の往く、異世界放浪奇譚 作:冷やかし中華
当時、リクエスト頂いた方、ありがとうございました。
ぐるるるる……
ガオオオオ……
ガグゲゴゴ……
「あの人、来るわよね?」
私は、最早、この騒音と言い表しても過言ではない
「うーん?
事前に聞いていたサトツさんの試験を考える限り、あの人が落ちるわけないと思うけどなぁ」
「いや、そうじゃなくて、私が確認したいのは『あの人が面倒くさがらずに
微妙にニュアンスのズレた回答を寄こしたコンビを組むハンターへ問いの内容を正確に伝え直す。それに気づいたブハラは、あー、と間延びした声をさせながら頬をポリポリと欠いて「あの副会長も裏で動いていたらしいから大丈夫だと思うけど」と漏らした。
その答えに私は溜息とともに「あぁ、アイツね……」と相槌を打つ。正直、普段であれば、絶対に頼りたくない人物であるが、こういう時だけは非常に頼りになる人物でもある。味方として信頼は出来ないが、敵として信用しているというやつだろう。
そう、私が今回の試験で「また逢いたい」と思っている人物の名前は「八尋=黒鵺」と名乗る『料理』以外でも多くの分野で、その名を世界中へ轟かせるアマチュア・ハンター(彼自身は自分の事をハンターと名乗ったことは無いはずだが、世間や同業者たちの認識では、そうなっている)、私が気にしている、そんな彼との出会いは、今から数年前にまで遡る。そして、私は、あの時に味わった
* * *
――1年前、ヨークシンシティ郊外にある
「今日も休みか………」
千年城と銘打つ割には実に分相応にしか見えないこじんまりとした(むしろ店の見た目だけなら、その辺にある定食屋と何も変わらない)店先に立ち、今日も暖簾が掛かっていないことに確認し溜息を吐く。一体、これで何度目だろうか。考えるのもバカらしくなってしまうくらいに何度も何度も繰り返している。あの日の
それは、私が美食ハンターとしての功績を認められ
その中で本来であれば
その話を実際に吟味し、私の都合なども考えずに実行に移してきたのが、他でもないハンター協会の副会長のパリストン=ヒルだ。今思い出しても何なんだと苛立ちを隠せなくもなるが、まぁ、そのお蔭で私は美食ハンターとしても、料理人としても、更にステップアップできる切っ掛けを得ることが出来たのだから結果だけ見れば、そのまま天狗になって周りが観えなくなってしまうよりは遥かに良かったのかもしれない。良かったのかもしれないが、やっぱり、それでも納得できない事というのは誰しもあるのだ。
「あーっ 肚たつー!!」
私は、思い出すつもりもなかったあの日の
その結果――
「いっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」
――周囲に響く
* * *
あの日の思い出したくもない記憶が蘇る。
嗚呼、止めて……
これは
視たくない
そうだと判っているのに醒めない
「赤コーナーに当たる用意されたキッチンには、この度、めでたく一ッ星を獲得した新進気鋭の美食ハンター、メンチさんに立っていただきましょう!
それでは、メンチさんどうぞ!!」
「ちょっ 私は、まだ何も………
「はい!
どうやらメンチさんもやる気満々の様です。会場にお集まりのお歴々もメンチさんの手料理食べてみたいですよね?
そうです、そうです。私も、是非、一ッ星を獲得するほどに研ぎ澄まされた料理の腕、この美食ハンターという
………くっ」
私の発する抗議の声など何処吹く風と言わんばかりにマイク越しに周囲の観客を煽って、その気にさせていく
が、そんな私の
内心で我を忘れんほどに腸が煮えくりそうになりながら、当時の私は覚悟を決めて、外面よく周りにも聞こえるほどの深い深い溜息とともに了承の意示す。
いや、ちょっとマテ……… 今、
なんだ、赤コーナーって………
それが周囲の人間を玩具にして弄るのが趣味にしているとしか思えないことで定評があり、何よりも、その性格を十全に活かす天性の才能と念能力を持つと噂される
「それでは、青コーナーにはヨークシンシティの一角に城を構え、年に数回しか開店しない美食名店を営むオーナーシェフ、■■氏にお出に戴きましょう!」
途端に広がる歓声。
なんだ、これ?
なんだか完全に
「双方とも準備は良いですか?
制限時間は会場の都合で30分と
それでは、調理スタートです!」
ちょっと待て、30分だって!?
料理には幾つかの工程が必要不可欠であるにも関わらず、それを無視するかのような無理難題を平然と振ってきた
この衆目の面前ではレンタル品で無かったとしても
(どうしよう………
どうすれば………
どうしたら………)
頭が真っ白になって自分が何をやっているのかも分からなくなる。
包丁は、きちんと握れているか?
食材は、何が用意されていた?
食材の状態は?
鍋は何が用意されていた?
盛り付ける皿は………
一旦陥ったパニック状態が更なるパニックを引き起こし、それが負の連鎖となって私を苛む。しかも、この即席のパフォーマンスに審査として立ち会うことになったは、こんな状態でもハッキリと認識できる重鎮が5人。
(な、なんでV5の面々が、こんなところにいるのよ!?)
後に聞いた話では正確には、V5の中でもトップクラスに位置する人物ではなく、あくまでもハンター協会へ仕事を照会する窓口役の元代表たちで、それも少し前に引退して代替わりしているので影響力で見れば現役に比較しても、それほど大したものではない。とはいえ、それでも一ッ星になったばかりに私と比較しても天と地ほども扱える
そんな強面たちに観られるという状態に私の精神状態はピークに達し、後ろに後ずさりしかけた、その瞬間、声が聞こえたのだ。
「落ち着いて・・・
今、
「私が、今、此処で、するべき、こと?」
頭の中にだけ聴こえた優しい声に顔を上げて思わず周りを見渡す。
先程までの喧騒が嘘の様に会場は静まり返り、誰しも固唾を呑んで、この唐突に設えられたパフォーマンスを見守っていた。
ふと
そこには見慣れない、今まで名前も聞いたことが無かった男性がスーツにエプロンという何とも珍妙な格好をして立っており、2台の調理台を挟むようにして此方を見ていた。
その様子を見て、私の手は、自分がやらなければいけないことを思い出す。
包丁を握る手は、まだ微かに震えている。けれど――
【あなた」「には」「できる】
――脳裏に響いた
他の誰にも、私の側で、これから私が行う調理アシスタントを務めることになっていた
そうだ、こんな修羅場など、今までにも何度も何度も経験してきたはずだ。なのに今更何を混乱していたのか。私は、それが恥ずかしかった。30分という
よく見れば、置いてある食材には丁寧な仕込みが施されているのが見て取れた。これなら何も問題は無い。
(『わたし』『には』『できる』)
音にすらならなかった音声を真似て頭の中で反復し、私は一気に調理へ取り掛かった。
* * *
審査の結果だけをみれば、それは残念なものだった。大敗、完膚なきまでに叩きのめされたと言っても過言ではない。けれども、それでも審査を担当してくれた重鎮たちに礼を取り、その重鎮たちが持つ本当の意味での私に対する印象は十分すぎる程良い結果に落ち着き、今度こそ、この祝典は本当に恙なく終了したのだった。
まぁ、私に対する評価が知らないところで大きく上がっていたことを認識したのは、この時の超突発的な企画を無事にやり遂げられたこともあるが、あの
そして、あの時に会場で食べた相手の男性が作ったデザートの味が今でも忘れられない最高の一品だったことも。
ただ、全てが終わった後に何食わぬ顔で「さすがですね! メンチさん!!」と声を掛けてきた
うん、改めて思い返してみても、この怒涛の出来事があったから今の私が居るということを考えれば、まぁ、悪いことばかりではないのかな……………………… という気もするが、それでもパリストン=ヒル、アンタのことは絶対に、絶対に、何があっても、ぜーったいに許さん。
そう誓いを新たにしたときに唐突に意識が浮上していくのを感じ、私は目を閉じた。
* * *
「うっ………」
「ん? おい、あの不埒ものが目を覚ましたようだぞ」
私の呻きに反応して耳に届く言葉。その棘のある内容にムッとするも、次第に、直前に自分が仕出かしたことが鮮明に蘇ってきたことで血の気が引いていくのが分かる。そう、私は人を、通りがかりの一般人を殺傷したのだ。『念』を知らないものが、『周』を掛けられた空缶を叩きつけられて無事なわけがない。
だが――
「本当? いきなり気絶するから吃驚したけど、それは良かった。
でも、姫さん、不埒者は少し言い過ぎじゃないかな?」
「なら不心得者か?」
――妙なやり取りをする声が聞こえて何故か安堵する。
その最中にもトントントンという何か刻む小気味よい音に惹かれるようにして、私は意識をしっかりと戻し、寝かされていた客間の障子を横へ静かに、少しだけスライドさせる。
視線の先には長い黒髪を見事に纏め上げて結った後姿の男性が台所にたって何かを作っているところだった。
「わ、わわわ………」
「煩いぞ、女。少し黙れ」
次いで声のした方向へ視線を向ければ、そこにいるのは後姿を見ただけで分かる。否、判らされてしまう程、
「ご、ごめんなさい」
「分かれば良い」
こちらを振り向きもせず、そう答える。
その声に合わせるように店主である男性の声が聞こえた。
「もう、姫さんってば、怖すぎ」
「な、何を言うか。これでも我慢しておる方ではないか」
「うんうん。そうだね、そうだね。でも、それなら、もう少し言い方があるんじゃないかな?」
「何を!?
先に仕掛けてきたのは、そこで寝ていた女だったであろう。むしろ、ここは良く我慢したと私を褒めるべきところではないのか?」
「あー、はいはい。そうだねー。たしかにねー。
ま、それはそれとして本日のデザートは "黄金桃" から作ったプリン、
「むぅ………。どうも釈然とせんが……… まぁ、よいか。まずは、この一品を楽しむとしよう。イタダキマス」
「はい。どうぞ、召し上がれ」
そんな和気藹々とした男女の会話が聞こえてきたのと同時に漂ってきた芳醇な甘い香りに釣られて、そういえば朝から何も食べてなかったことを思い出し、お腹が鳴った………
「はい、そちらのお嬢さんも……… って、よく見たら、あの時にパリスの起こした
「え!?」
そう言って私が寝ていた奥の客間との間にあった仕切りを開ききってこちらに視線を落としてきた男性の姿に目を剥いて声を上げてしまう。
私が逢って一度正面からお礼と、そして叶うなら、もう一度、しっかりと仕込みの段階から腕を競い合いあってみたいと願ってやまなかったヒトが其処に居た。
「えーっと、そうだな。まずは自己紹介から、か?」
少し考え込むような仕草をしたオトナの色香を纏いつつも、浮かべる表情や1つ1つの仕草が何処か子供っぽい男性が口を開く。
「初めまして、
ようこそ、我が
「は、はい。わ、私の名前はメンチ、です。
こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いします!」
らしくもなく噛みまくりの挨拶を経て、その後に用意してもらった、あの時に食べたモノとは更に一線を画す本当の意味で
* * *
ゆさゆさとコンビの巨漢に肩を擦られ、ハッと目を開ける。どうやら転寝していたらしい、時刻は11時58分、外には多くの気配があり、その中に忘れられないものが混じっていることを受けて安堵の息を漏らす。
「もう。転寝は構わないけど、そろそろ試験が始まるよ。準備はどう?」
「悪かったわね、おかげで気合十分よ。あの人も無事に試験に参加している様だし、これは
私の意気揚々とした声にブハラは「えっ!?」と何かに驚くような声を漏らし、それを睨むと「何でもないよ」と頬を掻く。なによ、失礼なやつね。そう考えた私は絶対に悪くないはずだ。さぁ、どれくらいの志望者が生き残るかしらね?
私は笑い、12時を報せる時報を以て扉を開けた。
「ハンター試験、二次試験の課題は料理よ!」
「まず、俺の
「
その説明に絶句する受験者。なるほど悪い笑みというのはこういう時に出るのかと自覚しながら、二次試験の第一審査を務めるブハラが自ら指定する料理を受験者へ伝えようとしたとき、それは凛と鈴の鳴るような声で遮られた。
「待ってください!
もしかして、此処の居る『料理』なんかやったこともなさそうな連中に作らせるのですか!?」
その声がする先に目を向ければ、どこか見覚えのある、けれど今まで一度もあったことがないであろう薄い紫色の絹で設えた衣をまとう少女がいた。そして、その言葉を脳裏で反芻し、改めて集まった受験生を見回す。
…………………拙いかしらね?
そう思ったが、ふと目に留まった44番の番号札を持つ受験生、今期の試験で最も警戒しなければならない
「あったりまえよ。料理を舐めるな!」
冷静な時であれば、私は自分自身が言い切った言葉に「料理を舐めているのはどっちだ」とツッコミを入れそうなものだが、そんなものに気を割けないくらい、この時の私はピリピリしていた。
あー、もう冷静じゃないって本当に損よね。あんな安いミエミエの挑発に乗って我を失った私のバカバカ!
それを実感し、この時の判断を猛烈に後悔することになるのは、まだ少し先の話。