捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
「……すまん」
「…………」
花丸は向こうを向いたまま何も答えてくれない。
……やばい。いや、本当に。
さっき見た彼女の柔肌が脳裏に焼き付いて離れない。それどころじゃないのはわかっているのだが、まだ胸がどくんどくんと脈打っている。
「これは……気まずいかもねえ」
「鞠莉さんっ、何とかしませんと……!」
「ウェイト!まだ様子を見てみるデース!」
あいつら、もう隠れる気なんて欠片もねえな……いや、今はそれどころじゃない。
俺はこれ以上ないくらい綺麗な土下座をかました……まあ、花丸はあっちを向いてるけど……。
「花丸……「八幡さん」?」
おそるおそる顔を上げると、花丸は緊張気味の表情で俺を見下ろしていた。その頬はまだはっきり紅い。
そんな彼女の火照った唇は、微かに震えながら、やがてぽつぽつ言葉を紡いでいく。
「さ、さっきの約束……忘れないでくださいね?」
「……あ、ああ」
健気な言葉に頷くと、彼女は小指をこちらに向けた。
「じゃあ……ゆびきり、ずら」
「……わかった」
俺達は小指をそっと絡ませ、それを軽く揺らす。
手は何度も繋いだことがあるのに、その白く細い小指は、やけに胸を締めつけた。
すると、彼女がようやく……いつものように笑った。
「ふふっ、じゃあ……のっぽパン5本で許してあげるずら」
「……一人で食えるのか?」
「食べられるけど、1本あげます♪一緒に食べるずらっ」
「……了解。じゃ、行くか」
「ずらっ」
俺は彼女の手を引き、のっぽパンが売ってるスーパーの場所を頭の中で確認した。
「ふぅ……雨降って地固まる、ですわね」
「フッフッフッ~、やはり私の狙い通りデース!」
「絶対嘘でしょ……」
「あ、あのっ、お姉ちゃん!」
「どうしたのですか?ルビィ……」
「もう……今日は十分じゃないかなっ?」
「でも……」
「それもそうね。色んなとこ行ったし……足も疲れたし」
「……そうですわね。あとは二人っきりにしてあげましょうか」
「何だかインスピレーションが湧いてキマシタ!」
「あははっ。じゃあ、どこかで甘いものでも食べて帰ろっか」
*******
のっぽパンを購入し、スーパーを出ると、他のAqoursメンバーはもういなくなっている事に気づいた。今日はもういいということだろうか。
空は夕焼けに焦がされ、内浦の海はほんのり赤く染まっていた。
帰る時間を考えれば、そろそろ花丸を送り届けたほうがいいだろう。
「……じゃあ、俺達も帰るか」
「ずらっ?……そ、そうですね」
「どうかしたのか?」
「……な、何でもないずらよ~」
「そっか」
やがて到着したバスに、俺達はゆっくり乗り込んだ。
*******
花丸と会話しながらバスに揺られていると、携帯が震えだす。
画面を開くと、小町からだった。そんなにお兄ちゃんが恋しかったか。このブラコンめ。なるべく早く帰るとするか。
しかし、書いてる内容はあっさりしたものだった。
『今日、お父さんもお母さんも会社に泊まり込みだって。私も友達の家に泊まるから、お兄ちゃんも花丸ちゃんの家に泊まってきたら(笑)』
…………マジか。
「どうかしたずらか?」
「ああ、今日は皆泊まりで家に誰もいないそうだ」
「だ、だったら!」
いきなり花丸が顔を近づけてきて、真剣な眼差しを向けてくる。
「は、八幡さんも……マルの家に泊まりませんか?」
「…………は?」
花丸の言葉を正しく理解するのに、俺はしばらく時間が必要だった。
*******
「なあ、花丸。本当にいいのか?」
「もちろんずらっ。おばあちゃんもいいって言ったずら」
「……そっか」
おばあちゃんがいいって行ったなら、きっといいのだろう。ああ、きっとそうだ。
隣の花丸の表情は何だか楽しそうに見える。
さっきの大胆な発言など、まるで気にも留めていないかのようだ。
やわらかそうな髪の毛が風に泳ぐのを見ていると、つい触れたくなってしまう。
俺は彼女の頭に手を置き、その髪を撫でてみた。
「どうしましたか?……は、恥ずかしいずら~」
「いや、まあ、何となく……」
「ふふっ、でも何だか落ち着くずら。もう少し……このまま……」
「……わかった」
そのまま歩いていると、やがて彼女の家に到着した。
花丸はガラリと玄関の戸を開け、俺を手招きする。
「おばあちゃん、ただいま~。あれ?」
「……どうかしたか?」
「いえ、誰もいない気が……ずら?」
花丸が何かを拾い上げる。どうやら書き置きのようで、彼女は二つ折りのそれを開いた。
「え~と……『マルちゃんへ。おばあちゃんは今晩友達の家に泊まってきます。二人で仲良くね』……ええっ!?おばあちゃんっ!?」
「…………」
こうして、二人きりのお泊まり(IN国木田家)が決定した。