捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

70 / 92
青春の影 #63

「……すまん」

「…………」

 

 花丸は向こうを向いたまま何も答えてくれない。

 ……やばい。いや、本当に。

 さっき見た彼女の柔肌が脳裏に焼き付いて離れない。それどころじゃないのはわかっているのだが、まだ胸がどくんどくんと脈打っている。

 

「これは……気まずいかもねえ」

「鞠莉さんっ、何とかしませんと……!」

「ウェイト!まだ様子を見てみるデース!」

 

 あいつら、もう隠れる気なんて欠片もねえな……いや、今はそれどころじゃない。

 俺はこれ以上ないくらい綺麗な土下座をかました……まあ、花丸はあっちを向いてるけど……。

 

「花丸……「八幡さん」?」

 

 おそるおそる顔を上げると、花丸は緊張気味の表情で俺を見下ろしていた。その頬はまだはっきり紅い。

 そんな彼女の火照った唇は、微かに震えながら、やがてぽつぽつ言葉を紡いでいく。

 

「さ、さっきの約束……忘れないでくださいね?」

「……あ、ああ」

 

 健気な言葉に頷くと、彼女は小指をこちらに向けた。 

 

「じゃあ……ゆびきり、ずら」

「……わかった」

 

 俺達は小指をそっと絡ませ、それを軽く揺らす。

 手は何度も繋いだことがあるのに、その白く細い小指は、やけに胸を締めつけた。

 すると、彼女がようやく……いつものように笑った。

 

「ふふっ、じゃあ……のっぽパン5本で許してあげるずら」

「……一人で食えるのか?」

「食べられるけど、1本あげます♪一緒に食べるずらっ」

「……了解。じゃ、行くか」

「ずらっ」

 

 俺は彼女の手を引き、のっぽパンが売ってるスーパーの場所を頭の中で確認した。

 

「ふぅ……雨降って地固まる、ですわね」

「フッフッフッ~、やはり私の狙い通りデース!」

「絶対嘘でしょ……」

「あ、あのっ、お姉ちゃん!」

「どうしたのですか?ルビィ……」

「もう……今日は十分じゃないかなっ?」

「でも……」

「それもそうね。色んなとこ行ったし……足も疲れたし」

「……そうですわね。あとは二人っきりにしてあげましょうか」

「何だかインスピレーションが湧いてキマシタ!」

「あははっ。じゃあ、どこかで甘いものでも食べて帰ろっか」

 

 *******

 

 のっぽパンを購入し、スーパーを出ると、他のAqoursメンバーはもういなくなっている事に気づいた。今日はもういいということだろうか。

 空は夕焼けに焦がされ、内浦の海はほんのり赤く染まっていた。

 帰る時間を考えれば、そろそろ花丸を送り届けたほうがいいだろう。

 

「……じゃあ、俺達も帰るか」

「ずらっ?……そ、そうですね」

「どうかしたのか?」

「……な、何でもないずらよ~」

「そっか」

 

 やがて到着したバスに、俺達はゆっくり乗り込んだ。

 

 *******

 

 花丸と会話しながらバスに揺られていると、携帯が震えだす。

 画面を開くと、小町からだった。そんなにお兄ちゃんが恋しかったか。このブラコンめ。なるべく早く帰るとするか。

 しかし、書いてる内容はあっさりしたものだった。

 

『今日、お父さんもお母さんも会社に泊まり込みだって。私も友達の家に泊まるから、お兄ちゃんも花丸ちゃんの家に泊まってきたら(笑)』

 

 …………マジか。

 

「どうかしたずらか?」

「ああ、今日は皆泊まりで家に誰もいないそうだ」

「だ、だったら!」

 

 いきなり花丸が顔を近づけてきて、真剣な眼差しを向けてくる。

 

「は、八幡さんも……マルの家に泊まりませんか?」

「…………は?」

 

 花丸の言葉を正しく理解するのに、俺はしばらく時間が必要だった。

 

 *******

 

「なあ、花丸。本当にいいのか?」

「もちろんずらっ。おばあちゃんもいいって言ったずら」

「……そっか」

 

 おばあちゃんがいいって行ったなら、きっといいのだろう。ああ、きっとそうだ。

 隣の花丸の表情は何だか楽しそうに見える。

 さっきの大胆な発言など、まるで気にも留めていないかのようだ。

 やわらかそうな髪の毛が風に泳ぐのを見ていると、つい触れたくなってしまう。

 俺は彼女の頭に手を置き、その髪を撫でてみた。

 

「どうしましたか?……は、恥ずかしいずら~」

「いや、まあ、何となく……」

「ふふっ、でも何だか落ち着くずら。もう少し……このまま……」

「……わかった」

 

 そのまま歩いていると、やがて彼女の家に到着した。

 花丸はガラリと玄関の戸を開け、俺を手招きする。

 

「おばあちゃん、ただいま~。あれ?」

「……どうかしたか?」

「いえ、誰もいない気が……ずら?」

 

 花丸が何かを拾い上げる。どうやら書き置きのようで、彼女は二つ折りのそれを開いた。

 

「え~と……『マルちゃんへ。おばあちゃんは今晩友達の家に泊まってきます。二人で仲良くね』……ええっ!?おばあちゃんっ!?」

「…………」

 

 こうして、二人きりのお泊まり(IN国木田家)が決定した。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。