捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編   作:ローリング・ビートル

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君想い #6

 早朝の内浦の町。

 まだ陽が昇り始めたばかりで、風は少し肌寒いくらいだが、そんな町中を二人分の人影が走っていく。片方は軽快に、もう片方はやたら必死に……

 

「はっ……はっ……」

「はぁ……はぁ……ああ、やべ……」

「あはは、喋ると余計疲れちゃうよ?」

「はぁ……そういう……はぁ……お前は……はぁ……疲れて……はぁ……なさそうだな……はぁ……」

「器用な喋り方だねえ。その分なら、もう少しスピードあげてもいいかな?」

「っ!?」

 

 そう言って、松浦は少しずつペースを上げ始めた。まるで、まだ余力はたっぷりあると言いたげに。

 ……なんだこの、敵が変身を何段階か残していると知った時のような気分……。

 前を走る彼女のポニーテールが元気に跳ねるのを見ながら、俺は何とか足を動かした。

 

 *******

 

「はい、お疲れ」

「……どうも」

「もう、初日から無理しすぎだよ。疲れてるなら疲れてるって、言ってくれればいいのに……」

「…………」

 

 やたら長い階段を上がり、頂上まで登ったところで、俺は地面にへたりこんでいた。

 こちらを見下ろしている松浦の呆れた表情を見ていると、割と悲惨な状況らしい。

 ……ていうか、こいつはなんで全然疲れてないんだよ。

 

「……ていうか、こいつはなんで全然疲れてないんだよって顔してるねぇ」

「……エスパーかよ」

「だって、そんな顔してるよ?まあ、私も全然疲れてないわけじゃないんだけどね。でも慣れてるから。比企谷君もすぐに慣れるよ」

「すぐには無理だろ……」

「大丈夫大丈夫っ。ほら、そろそろ戻らないと。仕事の時間になっちゃう!」

「…………あ」

 

 そうだった。当たり前の話だが、今からこの道を戻らなきゃいけない。すっかり忘れてたわ……。

 俺はなけなしの気合いを入れて立ち上がり、松浦に続いて、来た道を戻り始めた。

 

 *******

 

 それから、くたくたのまま何とか仕事をこなし、学校に行く為通学路を歩いていると、前から誰かが歩いてくるのが見えた。

 それだけなら別に普通の事なのだが、その人物は見覚えのある奴で、なおかつその視線がこちらに固定されているものだから、つい立ち止まってしまう。

 艶やかな長い黒髪を風に泳がせながら、彼女は……黒澤姉は俺の前で立ち止まり、しっかりと目を合わせてきた。

 

「おはようございます。八幡さん」

「……お、おう、おはよう……」

 

 割と近い距離に来られて、つい噛んでしまう。ATフィールド、あっさり破られてんだが……。

 しかし、彼女はそんなことお構いなしに、その桜色の唇を動かした。

 

「今、果南さんの所で働いてるそうですわね」

「まあ、働いてるっつーか、ちょっとした手伝いだ。そんな大層なもんじゃない」

「そうですか……果南さんの事、是非よろしくお願いしますね。彼女、無理しすぎるところがありますから」

「?……わかった」

 

 何故よろしくお願いされたかはわからないが、そうやって頭を下げられると、こちらも頷くしかない。

 

「……足引っ張らない程度には真面目にやるつもりだ」

「ふふっ、小町さんの言ったとおりですわね。それじゃあ、今の言葉忘れないでくださいね」

「あ、ああ」

 

 果たして小町が何を言ったのかはわからないが、こちらとしては決めた事をやるだけだ。

 その瞬間、あの部室の中の穏やかな風景が、はっきりと甦り、胸の奥を確かに揺らした。

 

 *******

 

 翌日。

 

「比企谷君ってさ、進路とか決めてる?」

「…………ん?」

「ん?じゃないよ~。ぼーっとしてたな?」

「いや、作業に集中してただけだ。てかどうしたんだ、いきなり?」

「別にただ聞いてみただけだよ。答えたくないなら無理に聞かないけど」

 

 唐突な質問すぎるが、とりあえず今の考えをそのまま口にした。

 

「……まあ、進学だな。つっても、どこにするかは決めてない。そもそも引っ越しは予定外だったからな」

「そっか。……千葉に戻りたいの?」

「まったく考えないわけじゃないが、一応家出るつもりだったし……てか、そっちはどうなんだよ」

 

 同じ質問を返すと、松浦は眉を曲げ、やたら真剣に悩み始めた。

 

「ん~~、私もまださっぱり……その、やりたいことがないわけじゃないんだけど……」

「……そっか」

 

 やりたいことが気になったが、デリケートな内容なので、頷くだけにしておくと、彼女は頭をかき、立ち上がった。

 

「あ~だめだ!考えすぎたらウズウズしてきた!よしっ、私泳いでくる!!」

「はっ?いや、まだ4月なんだが……」

「大丈夫っ、慣れてる!」

「えっ、いや、だから、ちょっ、おまっ!」

 

 止める間もなく、彼女はそのまま店を出て、綺麗なフォームで海に飛び込んだ。

 そして、つい見とれるくらい鮮やかに水飛沫をあげて、しばらくしてから水面に姿をあらわす。

 

「あははっ、比企谷君もどう?」

「…………」

 

 きっとこの時の俺はどうかしていたのだろう。

 彼女のあまりに輝いた笑顔を見ていると、すごく気持ちよさそうで、つい自分も飛び込んでしまっていた。

 綺麗なフォームとは無縁だし、あんな笑顔はできそうもないけど……

 

「ふふっ、感想は?」

「……寒っ」

 

 

 

 

 


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