捻くれた少年と海色に輝く少女達 AZALEA 編 作:ローリング・ビートル
朝。
それは一日の始まりの時間であり、この時間に早くから活動すると、三文くらいは得するとか言われている。
そう言われると、今すぐにでも起きて、何かしたほうがいいんじゃないかと思えてくる。
だが待ってくれ。
その得とやらは人それぞれではなかろうか。
朝早くから仕事したり、勉強したりするのを得と考える人もいれば、睡眠をとり、来るべき時に備えるのが得と考える人間もいるだろう。
つまり、俺がこうして二度寝をしようとしているのは、ただ惰眠を貪っているわけではなく、積極的に得を獲りにいっているという事だ。
前置きが長くなってしまったが、とにかく俺は眠……
「おはよう!!」
「…………は?」
ありえないはずの声に振り向くと、そこにはいるはずのない人物が立っていた。
「……なんでいんの?」
俺が頭に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、黒髪ポニーテールが印象的な少女・松浦果南は、寝起きには眩しすぎる爽やかな笑顔を見せた。
「せっかくの休日だから、一緒に走らない?」
「……その前に色々質問があるんだが、なんでお前、俺ん家知ってんの?」
「ん?テキトーに歩いてたら、比企谷って表札が目について、家から出てきた小町ちゃんが上がってくださいって言うから」
「……なるほど……そうか……おやすみ」
「はいはい、二度寝禁止」
布団を被ろうとしたが、あっさりと引き剥がされてしまう。おそらくこのままねばったとしても無駄な労力にしかならないだろう。
諦めて、いつもより勢いよく起き上がると、あら不思議……松浦の顔が目の前にあった。
「え?」
「っ!」
「…………」
「…………」
ただひたすらに気まずい沈黙。
ぱっちりと大きく開かれた目がこちらを驚いたように見ている。白い頬は、思わず手を伸ばしてみたくなるくらいに滑らかだ。てか、こいつ何で朝からこんないい香りすんだよ。いや、朝関係ないですね……。
あれこれ認識すると、次第に胸が高鳴るのを感じた。
だが、松浦がその沈黙を自ら引き裂いた。
「い、いきなり起き上がらないでよ!びっくりするじゃんか!」
「いや、まさかそんなとこに顔があるとは……てか、お前がいることに既に俺がびっくりしてんだが……」
「……まあ、その気持ちはわかるけど。あはは。何て言うか、まさか寝起きの比企谷君を見る日が来るとは思わなかったよ」
「そんな大したもんじゃないけどな」
「そう?比企谷君って、あんまり人に隙とか見せたがらなそうなタイプだし、結構貴重な気がするんだけどなあ」
「す、隙見せるほど人付き合いがないだけだ…………とりあえず、顔洗ってくる」
朝からだいぶ調子を狂わされているが、不思議と嫌な気分にはなっていない自分がいた。
なんとなく振り返ると、窓から射し込む陽射しのせいか、少し頬を赤くした松浦が、顔の辺りを手でぱたぱたと扇いでいた。
*******
とりあえず海に行くことになり、俺と松浦は家を出た。
今日も爽やかな青空をぽつぽつと白い雲が泳いでいて、見ているだけで穏やかな気分になってくる。ふわりと頬を撫でる風が、そんな気持ちを倍増させてくれてるようだ。
隣では松浦が「う~ん」と大きく伸びをしていた。
その際、引き締まった体の割に豊満な胸が強調され、思わず視線が吸い寄せられ、慌てて目を逸らす。
「ん~~、やっぱり晴れた日は海が一番♪」
「家じゃなくて?」
「寒い日はそうかもだけど……比企谷君って、千葉にいた時は休日何してたの?」
「まあ……本読んだり、ゲームしたり、飯食ったりだな」
「…………あ、水平線」
「おい、話の逸らし方雑すぎじゃね?そこまで気を遣われることでもないと思うんだが……」
「あはは、ごめんごめん。でも、それが比企谷君のルーティンだもんね」
「いや、そこまで大袈裟なもんでもないが……何なら真似してみればいい」
「遠慮しとく」
「そっか」
松浦は、波が足にかかるかかからないかのギリギリの位置に立って、こちらを振り向いた。
「ねえ……」
「いや、泳がないから」
「まだ何も言ってないんだけど~」
「なんとなく予想ついた」
「あはは、当たってる……」
「いや、つーか服で海に入るのに、少しくらい躊躇いを持てよ。魚人かよ」
「魚人……半分くらい当たってるかも」
「え、マジで?」
「いや、そんな本気に受け取らなくても……ただ、ちっちゃい頃からずっと海と触れ合ってきたから、もう一つの故郷といっていいかもって、思っただけ」
「ほーん、まあ俺のボッチ生活と同じようなもんか」
「ち、違う気がするな……それより、どっちが速いか勝負しない?」
「えぇ……お互い私服だし、ここ砂浜じゃん……」
「ほら、行くよ~、位置について、よーい、どん!!」
「っ!」
なんだかんだ言いつつも、スタートを切ってしまう自分に内心苦笑しながら、俺は砂浜を一歩ずつしっかりと踏みしめた。
*******
「あれは……果南さんと……たしか、八幡さんかしら?何故朝から砂浜で走っているのかしら。ふふっ。果南さんったら、なんだかあの頃みたいですわね……」