ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

7 / 10
一つばかり注意事項を……。

この話から先はいつもよりも更にオリジナル展開、オリジナル解釈を含みます。

いつも通りゆるゆると進めてまいりますが、少しだけ話が重くなるかもです。

実史とは異なる展開になると思います。目を瞑ってくれると助かります。作者は世界史が大の苦手です。

そして、この話は書くに当たって大分悩みました。もしかすれば、差し替えるかもです。

まぁ、話は徐々に進みますが、いつもどおり緩く読んでもらえれば何よりです。


第五話

俺が暮らす、ドンレミの村は、フランスの北東部に位置する田舎町だ。人口はそこそこの数がいるが、いかんせん田舎町、都会に比べるといささか活気に欠く。いや、まぁ俺はフランスにやって来てからこの方、このドンレミの村から一歩も出たことがないため、その辺りの事情は分からんのだが、時たま来る行商人の話を聞くに、都市はここに比べるまでもないくらい栄えているらしかった。

 

まぁ、そんな寂れた田舎町が我が故郷になるのだが、そんな寂れた田舎町も年に数回は活気づく日がある。

 

まず、一つは大みそかと新年。

 

次に、収穫祭。

 

そして、最後は今日、十二月二十五日。そうクリスマスだ。

 

クリスマスなんて、恋人がいらっしゃる人たちだけが楽しめる日だと、日本にいる時はずっと思っていた。勿論、俺には恋人なんていたことはないので、クリスマスなんてただの平日と遜色なかったのは言うまでも無い。

 

まぁ、俺の苦い過去を語った所で誰も楽しくはないと思うので、置いておくが、このドンレミの村、いやこの場合はフランスと言うべきか、ともかくここにおいてはクリスマスは村を上げてのお祭りになる。勿論、恋人がいた方が盛り上がるのはいうまでもないのだが、別に恋人がいなくても楽しめる日だった。

 

豪勢な料理が振る舞われ、美味いワインが飲める。大人も子供もワイワイと楽しめるのが、このクリスマスと言う日だった。

 

「……はぁ」

 

吐いた息は白かった。気温は日に日に置いていき、今日の朝は霜が降りていた。この分では今にでも雪が降っても可笑しくない。既に日は落ちているので今ここにあるのは月明かりだけ。たまたま満月の今日は明かりがいらないくらいに明るかった。

 

上へと昇る白い息はすぐにその色彩を失って見えなくなった。

 

体の芯まで凍えそうになる凍てつく寒さを感じながら目を閉じる。それはそうだ、ここには暖炉どころか暖房器具すらない場所。手入れされなくなって結構な年月が経ったそこは、ついに壁に穴が開いたと見え、隙間風がどこからか容赦なく吹き込む。これなら、村中でやっているたき火に当たった方が断然暖かい。

 

そして、壁もそうなら床も御臨終一歩手前で、踏む場所を間違えれば落とし穴の如く崩落する危険性を帯びていた。

 

しかし、ここによく来る俺はどの床が腐りきっているのか、なんて分かり切ったことなので、歩き回るのも苦労しない。目を瞑っても、いつもの定位置にたどり着くことはたやすいだろう。

 

「ここは変わらないな」

 

村の外れに位置する寂れた教会。新しい教会が建ち、その役目も、何もかもが終わったこの場所は、誰にも手入れされることはなく、後は朽ち果てるのを待つだけだった。敷地内には雑草が乱雑し、外壁には何かの植物のツタが巻き付き、そして綺麗だったステンドグラスは所々で割れている。ここは終わった場所、すべてが終わった後の場所。ここにはもう既に信仰はなく、ここにはもうすでに神はいない。

 

未来から来た俺には神がいない。そして、ここにも神はいない。何とも俺にぴったりな場所ではないだろうか? そして、思う。未来から来た俺が過去の人間にすら、見捨てられた場所が似合うとは中々に皮肉が効いている……。

 

 

耳を澄ませば聞こえるのは隙間風が吹き抜ける音と、その風に運ばれてくる活気のある楽しそうな笑い声。こんな寂れた場所にすら聞こえてくる。

 

そう、今日はお祭り。老若男女関係なく全ての人が笑顔になる日だ。

 

教会の最前列、木製の長椅子が俺の定位置だ。そこに腰かけ、特に何をする訳でもなく、ただただ考える。

 

――これまでのこと、そしてこれからのこと。

 

俺の知識が正しければ、そしてこの世界が俺の知っている世界であれば……。

 

どこかで、逃げていた。深く考えることを避けてきた。時がずっと進まなければいいと思っていた。でも、どれだけ願ったところで時が止まることはない。世界は動き続け、変わり続ける。

 

――俺がこの世界に来たことに何か意味があるのだろうか……?

 

何度か考えた疑問。その疑問の答えは何時も同じ。

 

――意味なんてない。全ては偶然だ。

 

日本にいた時はただの学生で、今はただの農民。こんな俺に出来ることはない。そして、きっと行動したところで何も変わらない。時代の波を止めることは俺には無理だ。時代を作るのはきっと英雄や豪傑、そして聖人……決して俺のような凡人ではない。

 

フランスと言う国はこれから先、激動の中を進んでいく。数多くの犠牲を生みながら、数多くのことを踏みつぶしながら未来へと進んでいく。未来を知っている俺には、きっとその流れを止めることなんて無理だ。ここに来た時から感じていた違和感。心のどこかにしこりがあるような感覚。疎外感とでもいえばいいのだろうか……。そんな感覚が常に俺を襲っていた。

 

その理由が今なら何となく分かる。きっと、世界が俺を否定しているのだろう。

 

未来から来た俺を、世界は未だに受け入れていない。そんな俺では何も出来ない。いくら未来の知識があろうが、少しばかり学があろうが、全ては関係ない。世界は敷かれたレールを進む列車のように決まった道を進むだろう。その前に俺が立ちふさがった所で、踏みつぶされて、吹き飛ばされて終わりだ。その歩みを変えるどころか、少しの時間留めることすら出来やしない。

 

――でも、もしも俺がこの世界に来たことに意味があるのなら。意味を作れるのなら。

 

もしもの話、IFの話だ。でも、その可能性を考えることはやめられない……。

 

そんな時だった。重い重低音を立てて、教会の扉が開かれる。

 

首を捻れば人影が一つ。優しい月光が彼女の輪郭を映す。

 

――息をするのを忘れた。

 

黄金の艶のある髪は癖という文字を知らないかのようにきめ細かく、そして白い肌は月明かりを反射し、さらに白さと神秘さを増していた。月光に照らされた彼女はまるで、物語に出てくる女神のようで、一瞬呼吸を忘れるほど美しかった。

 

「こんなところにいたんだ、お兄ちゃん」

 

俺と目が合うと、彼女は笑みを浮かべる。そして琳瑯璆鏘としてなるような声で笑うと、ゆっくりとこちらに近づく。ここ最近伸ばし始めて、今では肩に掛かるほどある髪が風に靡く。

 

床がギシギシと声を上げる。俺の体重では危ない所でも、彼女ならまだ平気なようで床が抜けるような様子はない。

 

「あぁ、少しな。どうして、ここが分かったんだ?」

 

さきほどの動揺を表に出さない様に務めて平生に振る舞う。内心を表情に出さない。それは得意だ。

 

「村の子がお兄ちゃんがこの教会に入るの見たって言ってたから」

 

「そうか……。それでどうしたんだ?」

 

「別に、急にお兄ちゃんがいなくなったから探してみただけ……」

 

「そうか、それは悪かったな」

 

「ううん、気にしないで」

 

彼女は俺の目の前まで来ると、俺の隣に腰を落とす。その距離は近い。肩と肩、体と体が触れ合う距離。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。みんなの所に戻る前に少し話をしない?」

 

「……話?」

 

「うん、話」

 

「それはいいが……」

 

「うん、ずっと聞こう聞こうと思っていたんだけど、中々聞く機会がなかったから、これを機会に聞いておくね――」

 

彼女はここで一旦区切ると、続ける。その表情は普段と同じようで、まるでしがない世間話をするかのような気軽さがあった。

 

「――お兄ちゃんはなんで神様を信じていないの?」

 

――え?

 

思わず声が漏れた。

 

「それってどういうことだ?」

 

確かに俺は神なんて物を信じていない。信じてはいないが、毎週日曜日には教会にお祈りにいくし、神父の説教も一通りは聞いた。それに聖書だって目を通している。この時代は宗教が絶大なる力を持っていた時代だ。だからこそ、周りに合わせるように、形だけだがキリスト教徒として振る舞ってきた。

 

神を信じないなんて口にしようものなら、異端者審問を待つまでもなく火炙りだ。

 

だからこそ、このことは誰にも、両親にすら言っていない。

 

「別に見れば分かるよ。お祈りをしている時も神父さんの話を聞いている時も、お兄ちゃんは心が籠っていなかった。聖書だってまるで物語を読むように読んでたもん」

 

「……」

 

「何で分かるかって、顔してるね。……他の誰も分からないかも知れないけど、私は分かるよ。お兄ちゃんとずっと一緒にいたもん。お兄ちゃんは自分で顔に出さないのが上手いと思ってるみたいだけど、私にとっては分かりやすいんだよ」

 

「……」

 

何も言わない。いや、何も言えない。

 

「あぁ、別に心配しなくてもこのことを誰かに言うつもりはないから……。それに、神様を信じるか信じないかはその人次第だもん。だから、私が神様を信じるように、お兄ちゃんは神様を信じない。ただ、それだけの話。お兄ちゃんが書いていた物語で言っていた自由と言うのはきっとそういう事だよね」

 

「それにね、何となくだけど、分かるんだ。お兄ちゃんには秘密があるって、誰にも話せない凄い隠し事が……。その隠し事のせいで、神様を信じていないって私は分かる。そして、その隠し事でお兄ちゃんは悩んでいる……」

 

 

「――ねぇ、お兄ちゃん。私じゃダメかな。私は頭も悪いし、お兄ちゃんみたいに利口でもない。でも、お兄ちゃんが悩んでいるなら力になりたい。解決は出来ないかも知れないけど一緒に悩むことなら出来る。だから――」

 

その彼女の問いかけに俺は何と返すのが正解だったのだろうか。

 

誤魔化す? それとも言いくるめる? もしくは、否定する?

 

そのどれもが正解ではないことくらいは分かる。

 

世界は間違っている。選べる選択肢の中にいつでも、正解があるなんてことはない。選択肢は何時だって少ないし、時には選べないことすら多い。しかも、選択肢があるかと思えば、間違え方しか選べないことだってある。

 

「――――」

 

間違い方しか選べない中で、愚かな俺は、何もしないという最も浅墓な選択肢を選んでしまった。

 

間違い方しか選べない世界で、何も選ばないという最も犯してはいけない罪を犯した。

 

「やっぱり……やっぱり何も言ってくれないんだね。ううん、いいよ。ある意味で分かっていたから」

 

彼女は儚げにほほ笑むと、

 

「じゃあ、お兄ちゃんが何も言わないなら、私の方からお兄ちゃんに伝えたかったことを言うね」

 

そして、息を吐くと表情を変えた。すこし緊張したような口調。それは凍てつく夜風に運ばれて俺の耳によく届いた。

 

下唇を噛み、何か重大なことを決断するかの様な表情。顔は少し赤みを帯びていた。

 

「ずっと、伝えたいことがあったんだ。お兄ちゃんは私の事を何とも思っていないと思うけど私は違う」

 

何かを伝える決意をしたような顔色。頬の赤さは月明かりの下でもしっかりと分かる。

 

「お兄ちゃんが私に“まだ”秘密を打ち明けられないなら、打ち明けられるようになるまで、親密になればいい」

 

いけない。これから先はあってはならない。

 

人間と言うのは面倒な生き物だ。例え、お互いが言いたいことを理解してたとしても言葉になっていないなら、誤魔化すことできる。気付いていない振りが出来る。

 

「私は――」

 

しかし、一度言葉にしてしまえば話は別だ。一度口にした言葉は取り返しがつかない。例え、この場に俺と彼女しかいなくても、誰も聞いていなかったとしても、言葉に出してしまえば、もう取り返しがつかなくなる。

 

――聖女の愛は万人に与えられないといけない。

 

――聖女の愛はフランス全土に向かわなければいけない。

 

――だから、その先は……。

 

――でも、とも思う。

 

彼女がこの先を口に出せるのなら、きっと彼女は救われる。フランスという国を犠牲にするかも知れない。これから先の人類の歩みを少し緩めるかもしれない。それでも、彼女はきっと普通の村娘として、普通の幸せを手に入れることが出来る。それは何と素晴らしいことか……。

 

でも、

 

「――っ」

 

彼女が想いを口にしようとした時だった。

 

「ジャンヌお姉ちゃぁぁん! お兄ちゃぁぁん! みんな集まっているから早く来てよ!」

 

教会の扉が開かれ、活発な男の声が聞こえてきた。そして、数人の子供の話し声も……。

 

中々戻ってこない俺と彼女を村の子供たちが迎えに来たらしい。

 

「――っ。分かった! 直ぐに行くね! お兄ちゃん、いこ」

 

「……あぁ」

 

 

この結末で良かったのか、それとも悪かったのか、それは分からない。

 

でも、これだけは分かる。

 

――世界は間違いを許さない。

 

そして、時代はゆっくりと、でも確実に動き始める。

 

ドンレミに戦争の火の粉が降り注ぐのは、そう遠くはない未来の話だった。

 


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