ある日突然中世フランスに   作:満足な愚者

8 / 10
この作品は何も考えずにゆるーく読んで貰えると助かります。

そしてこの話で合計八話。……十話まで後二話か。

感想返しが間に合わないかもしれませんが、明日までには必ずお返しします。




第六話

その日はある春の穏やかな日だった。穏やかな斜陽が木々の隙間から差し込む森の中。

 

ドンレミ郊外の森の中の開けた場所。うっそうとしている森の中でも、そこだけは木々がまるで何かの不思議な力が働いているかのように避けて生え、日当たりが良かった。

 

日当たりが他よりか良いせいか、ここは春先にはよく花が咲き乱れ、まるで地上の楽園のような穏やか時が流れていた。

 

そんな場所で両膝を地面につき、両手を合わせる。そして、黙祷。

 

それの眼前には二つの十字架。製作者の技量のせいで少し歪な木製のそれは、不格好な醜態をさらしつつも、地面にしっかりと立っていた。寝る間も惜しんで一生懸命馴れない手つきで彫っては見たものの、やっぱり形は歪だ。もとより、鍬しか握ってこなかったような人間だ。工作何て上手く行くはずもなかった。でも、しかし、俺に出来ることと言えばこれしかない。それに多分あの二人も職人に頼むよりかはこっちの方が良かったと言ってくれる自信がある。

 

「親父、お袋……」

 

かの地に眠るは二人の男女。俺の命の恩人であり、深い愛情をもって育ててくれた二人は死んだ。ろくに恩を返せぬまま、永遠の眠りについた。

 

このような夢の詩のような国に、啼くは鳥、落つるは花、湧くは笑顔ばかりと思い詰めていたのは間違いだ。戦争の火の粉は海を越え、山を越え、川を越えて、この孤村まで逼る。

 

この二人が巻き込まれたのは偶然だった。ただ運が悪かっただけだった。

 

数日前に小規模な戦闘がこの村で起こった。幸いにも村の自衛団でどうにかなるレベルで、村としての被害は大きくはなかった。建物にも被害と言う被害はない。村全体で見ても死者数は二人だけ。

 

そう、二人だけだったんだ。犠牲者は……。ごく小規模な戦闘だったとはいえ、この被害で済んだのは上出来だろう。頭の中では理解している。納得もしている。

 

でも……。

 

でも、何でこの二人なんだ。

 

そう思わずにはいられない。敵がこの村にやって来た時、郊外の森の中にいたのが二人だった。そして、無情にも牙に掛けた……それだけの話。

 

――なんで、この日に……。

 

俺は二人の死を看取ることが出来なかった。全てを知ったのは敵が撤退していった後の話で、もう何もかもが遅かった。

 

――私たちがもし、死んだら、この場所に埋めてくれ。あの日あの時この場所でお前と出会えたのは、本当に幸運だった。知っての通り私たちには子供が居らんでな。お前が私たちの下に来た時は本当に嬉しかったんじゃよ……。お前と暮らし始めて、私たちの人生は輝きを取り戻した。毎日が楽しかった。ジャンヌという孫のような存在も出来た。きっと、これは神様が下さった奇跡だろう。だから、もしもの時があったら、この場所に埋めてくれ。お前は本当に私たちの自慢の息子じゃよ。

 

生前二人が言っていたセリフを思い出す。あの二人は既にあの時に、もしかしたらこうなることを予想してたのかもしれない。そんなはずはないと思いつつもそうは何故かそうは思わずには居られなかった。

 

「あの日、あの時、あの場所で貴方たちに出会えたことを感謝します」

 

二人の墓は俺と最も馴染み深い場所に作ってある。もう、言うまでも無いかもしれないが、ここは十数年前に俺が呆然と立っていた場所だ。俺の始まりの場所であり、物語の始まりの場所。そして、この二人に出会った場所だった。

 

そして、二人が死んだ場所でもあった。

 

人は何時の日にか死ぬ。永遠を生きることなんて出来ない。

 

そんなことは子供でも知っている。でも、俺は生きていて欲しかった。我がままでも傲慢でもあの二人には生きていて欲しかった。ろくに恩も返すことも出来ず、死を看取ることすら出来なかった。

 

何の因果か中世フランスにやって来て、命を救ってくれた最大の恩人に何も返す事すら出来ず、死に目にも合えない。

 

――本当に俺はここで何のために生きているんだ。

 

涙は出ない。「男は人前で泣くんじゃない、泣いていいのは――の時だけだ」それが親父がよく言っていたことだった。

 

何も出来なかった不肖な息子だが、これくらいは守りたい。だから、涙は流さない。

 

草木をかき分ける音が聞こえてきた。背中越しに声が掛けられる。

 

「お兄ちゃん、やっぱりここにいたんだ……」

 

「どうした? ここにいたら危ないぞ」

 

立ち上がり、振り向く。

 

「それはお兄ちゃんも一緒だよ」

 

何時もの笑顔と元気はどこかに潜め、綺麗な碧眼はどこか哀愁の念が声を潜めていた。

 

彼女の手には花束。村中を駆けまわって遊んでいた彼女にとっては、どこにどんな花が咲いているか何て誰に聞くまでも無く分かっていることだろう。

 

「お爺ちゃん、お婆ちゃん……」

 

彼女は花束を墓前に添えると、俺の横で手を合わせる。

 

 

その傍らで俺も再び手を合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。やっぱりやめないの?」

 

「あぁ、何度も言うように止めるつもりはない。戦争に行く」

 

これはきっと恨みという感情をもって復讐という行為に走ることになるのだろう。でも、俺にはこうする以外に方法はない。俺がこの時代のフランスに来て、一番世話になったのは、あの二人だ。あの二人に拾われなければきっと死んでいた。間違いなく命の恩人と言い張れる。

 

その二人が殺されて黙っていられるほど、俺は利口ではない。そして、このまま黙っていることは俺自身が許せない。

 

人を呪わば穴二つ。復讐は何も生まない……。

 

そんなことは分かっている。分かっているが、それでも止まれない。恩義を生きている内に返せなかったのなら、俺が取れる手段は一つだ。

 

俺の心は今なお、祖国日本と共にある。先人は義と言うのを大変大事にしたと聞く。ならば俺も義の一文字をもってそれに応える。賽は投げられた。

 

――この世界に来た意味を今なら見いだせそうな気がする。

 

――俺の命の使いどころはこの先にある。

 

「そう……」

 

彼女は短くそう呟いた。まるで、俺がこう答えると知っていたような口ぶりだった。

 

いや、事実彼女は知っていたのだろう。俺がこう答えることを。ずっと、俺の隣にいた彼女なら……。

 

「最後に一つだけ、言っておきたいことがある」

 

「……何?」

 

「俺は自分で戦争にいくと言うことを選んだ。そして、この選択をこれから先後悔することはないだろう。これから先、お前がどのように生きるか、どの方向に進むのか、それは自由だ。その選択に何も文句は言わない。でも、ただ一つ言っておきたいことが在る。どの道を進んでも後悔だけはないように……。これで良かったと最後に胸を張れる道を選んでくれ。神様を信じるのも、聖書を信じるでもいい、ただ自分の意思だけは欠くな」

 

後悔ばかりの俺とは違い、彼女は後悔をしてはいけない。

 

これは昔、ジャンヌに勉強を教え始めてしばらく経ったときの話だ。

 

ある質問を彼女に投げかけた。

 

『百人乗っている船と十人乗っている船に穴が開いて沈みそうになっている。しかし、ガキんちょには不思議な力があってどちらか一方だけの船を助けることが出来る。百人乗っている船は、みんなガキんちょの知らない人たちで、十人乗っている船の方はみんなガキんちょの知り合いだ。さて、キミはどちらを助ける?』

 

そうよくある命題だ。どちらかを救う話でもあるし、どちらかを見捨てる話でもある。どちらを選ぶにしろ、間違っていない。間違っていないが正解でもない。つまり、この問題には答えがない。

 

俺たち凡人はそこで迷う。功利主義だの、宗教だの色々と持ち出して考える。

 

でも、ジャンヌは違った。ただ一言、

 

『そんなの簡単だよ。――どちらも助ける』

 

『え? 聞いていたのかどちらかしか助けることは出来ないって』

 

『聞いていたよ。だから、どちらも助けるの。一生懸命お祈りすれば、神様だって助けてくれる。正義の味方は最後には必ずみんなを救うんだから!』

 

世界は間違っている。間違え方しか選べない世界で俺たち凡人は一番マシな選択肢を選ぶ。しかし、彼女は別だ。第三の選択肢を作り出す。全てを救う道を選び取る。

 

きっと、その道を選び取れるのは英雄やら、豪傑やら聖女やら、そういう物語の主人公の様な奴らだけだ。

 

そう、きっと彼女はこの時から、聖女だったのだろう。

 

そして、きっとこの時から彼女の運命は決まっていたのだろう。

 

「うん、分かっているよ」

 

彼女はそう短く、しかし力強く頷いた。

 

「そうか、ならもう言うべきことはない。村まで送っていくよ。物騒だしな」

 

「ありがとう。何も出来ないけどあなたのために祈ります」

 

これが村娘だった彼女と俺が話した最後の言葉になった。

 

彼女はこれからどのような道を選ぶのか……それは彼女の自由だ。

 

でも、彼女には出来れば戦場では会いたくはない。


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