武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
俺の名は坂崎良。
覇王翔吼拳を使うことが夢で、極限流空手を極めたかった男だ。
残念ながらこの世に極限流などなかったし、気を練るのも難しい。
いわんや、気弾を発射するなど夢のまた夢だった。
そもそも極限流空手とは何か。
それは、「龍虎の拳」という往年の名作、格闘ゲームに出てくる架空の格闘術のことだ。
「龍虎の拳」シリーズの主役はリョウ。
無敵の龍と称されるリョウ・サカザキである。
漢字で書くと坂崎亮となるらしい。
本名としては坂崎リョウが正解らしいが、それはともかく。
俺の名前と一字違い。
もちろん、ただの偶然なのだが。
しかし、何とも言い難い親近感を覚えてならない。
当然ゲームはやり込んだ。
彼が出てる作品は基本、どんなものでもやったものだ。
そして俺は、夢を拗らせリアル空手家となった。
各地に武者修行の旅に出かけたし、とある秘境にて奥義とも言える技を会得したりもした。
だが、それでも極限流空手を再現することは出来なかった。
まあ当たり前だよな。
リアルとゲームは違う。
分り切ったことだ。
それでも諦めず夢を追い続け、俺は今ここに居る。
──見渡す限りの大平原。
いや、ふと気付いたらそこにいたんだ。
確か昨夜は、山籠もりの修行中にふと眩暈を覚えて岩陰に身を伏せたハズ。
周囲を見回しても記憶に近い景色は存在しない。
記憶の混濁か、何か良く判らない事態に陥っているのか……。
ところで話は変わるが、夢追い人と言うのはある種のオタクだと思うのだ。
夢は所詮夢だと、どこかで分っていながら諦めきれず、ひたすら求め続ける。
見る人により、情熱的だとか哀れだとか感想は別れるだろう。
そして夢を追い続けていた俺だが、空手道にただ只管一途であったわけじゃない。
発端がゲームであるせいか、色んなジャンルのゲームや小説と言ったサブカルチャーが大好きだった。
近頃はポータブル機器も発達し、いつでもどこでも出来るせいもある。
元々「龍虎の拳」と言うゲームに魅せられたところから始まった訳だし。
夢を追い続けてきた俺は、常に夢見るバカでもあるのだ。
そんな感じなので、一般常識的に考えて理解出来ない場面に出くわしたとき、俺の思考は馬鹿げた方向へ向かう。
つまり、俺は異世界転移してしまったんだよ!
な、なんだってー!?(一人芝居)
現実逃避とも楽観的とも言えるが、なに然したる問題じゃない。
現に今、自分が見て感じていることだけが真実だ。
そんな中で問題なのは、ここがどういった世界であるかだ。
一言で異世界と言っても様々だ。
単純に空間転移しただけで、現代の別の場所かも知れない。
過去の時代かも知れないし、地球外のどこかかも知れない。
国、地域、その他諸々。
まあ今のところ見渡す限りただの平原だし、考えても仕方ないな。
それよりも、異世界に来たとすると、何か自分の中でも変わっているかも知れない。
具体的に言うと、極限流空手が使えるかも知れない。
気弾がうてるかもしれない!
よし、早速だが気を練ろう。
ぬぅぅーーー……っ
右腕を引いて握り込んだ手の中に気を集中させる。
そして思い切り突き出しながら解放。
「虎煌拳!」
ズバァッン!
意識したのはスタンダードな一撃。
何度やっても成功したことがない、リョウの基本的な気弾発射である。
それが今、確かに出た。
すぐに消失したが、オレンジ色っぽい気弾が、確かに俺の右手から発射されたのだ!
思わず呆然としてしまったが、自前の感触は忘れようもない。
間違いない。
遂に出来たのだ。
俺は俯き、心の裡より湧いて出る何かを溜めに溜めて遂に爆発させる。
「ぅぅぅ、ぃよっしゃぁぁぁーーーっっ!!」
俺の叫びが大平原にこだました。
さて、虎煌拳が成功したとなれば次は何を試す?
もち、覇王翔吼拳だ!
と、言いたいところだが。
焦ってはならない。
覇王翔吼拳は超必殺技。
極限流の技を、全て試してからでも遅くはないだろう。
気力を充実させると、技の切れが格段によく成るのが極限流の神髄。
焦ってはならない、まずは落ち着こう。
そんなことを考えた俺だが、この世界がどうとか考えることは打棄り、技の再現作業に没頭するのだった。
やはり浮かれてたんだな。