武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
──南門。
「せやぁぁーーーっ」
「凪ちゃん!出過ぎなの!」
楽進と于禁に率いられた防衛隊は、善戦しつつも苦戦を強いられていた。
これはいかに楽進たちが強者であろうと、所詮は義勇軍。
訓練された正規軍とは状況が異なり、単純に数の多い黄巾党を捌くのが大変だと言うことだ。
中でも楽進は、一人突出していた。
于禁が諌めるが、効果は薄い。
「くぅっ」
複数の賊が同時に槍を突き出すのを躱しきれず、傷を負ってしまう。
一度の傷は浅くとも、それが何回も繰り返されれば当然体力は消耗する。
于禁も助けに向かいたいところだが、彼女は彼女で門を死守する役目を担っている。
門内に賊の侵入を許せば全てが水泡であり、守備を疎かにも出来ない。
「凪ちゃん!」
于禁には、楽進へ声を届かせることしか出来ないでいた。
「く……、はあぁぁーー!」
(夏侯淵様は、本隊が来ると仰っていた。それまで粘れば……ッ)
楽進は得意の気弾で敵を蹴散らすが、後から後から湧いてくる敵に疲れを感じ始めていた。
しかし気力を振り絞り、再度気弾を放とうと気を巡らせる。
「持たせてみせる!」
「おう流石だなー、助太刀しようか」
「えっ?」
「飛燕疾風脚!」
そんな場面に、ある種能天気な声が降ってくる。
何処から来たものか、一人の男が飛び蹴りで乱入してきた。
「呂羽殿!?」
乱入してきた男はリョウだった。
飛び蹴りから回し蹴りに繋ぎ、更に踵落としまで決めてから楽進の隣に着地する。
「西門は終わった。こっちも終わらせるぞ!」
「え、あ、はい。…え?」
楽進は混乱する。
西門を担当していた筈のリョウがここにいる。
そして西門は終わったと言う。
終わったとはどういう意味だろうか?
なにより、見間違いでなければリョウは門ではない方から乱入してきたのだから。
「ほら、まずは蹴散らそうぜ?」
「は……、はい!」
色々と疑問は尽きないが、ともかく強力な援軍に違いない。
楽進はひとまず、目の前の敵を追い払うことに注力することにした。
戦いが終わったら、色々聞いてみようと心に誓いながら。
* * *
──同刻、東門。
「状況は!?」
「空堀は抜かれましたが、棘のついた柵に梃子摺っている様子です!」
夏侯淵は逐一、状況を確認する。
東門は正規の兵であることと、夏侯淵当人が弓を良くすること。
許緒の奮闘などで十分に持ち堪えていた。
しかし彼女は現状、この村の総守備を確認せねばならない立場。
西門や南門のことも気にかけていた。
そこへ、伝令がやって来る。
「報告!南門、未だ健在。まだ持たせられるとのことです!」
「そうか、ご苦労…」
報告を受けた夏侯淵は僅かに口元を綻ばせる。
義勇軍を率いている楽進たちが、間違いなく優秀な人材であることを確認したがために。
何せ、各門に千人以上の賊が殺到しているのだ。
寡兵で持ちこたえられると言うのは、間違いなく指揮官が優秀だと言うことの証左だ。
あとは西門であるが、恐らく問題ないと夏侯淵は思う。
(あの呂羽と言う者、楽進たちが揃って指揮を仰いでいたな)
つまり彼女たちより優秀なはずであり、問題があればすぐに報告が来ると思っていたのだ。
と、考えていると報告と思われる者が近づいてきた。
「む、何かあったか……?」
小さく呟くが、その声は伝令の報告に掻き消される。
「報告します!西門の賊は壊乱、全て逃げ去りました!」
「……ん?」
「呂羽様は南門へ向かい、李典様は念のため西門に残っておりますっ」
「そ、そうか。ご苦労」
一瞬聞き間違いかと思った夏侯淵だが、伝令は誇らしげに役目を全うしていた。
つまり、これは事実なのだろう。
(呂羽……。やはり、予想通りの傑物か)
彼女は既に、この防衛戦が勝利に終わると確信していた。
むしろ、西門でどのようなことが行われたのか、と言うことに意識が向きかけていた。
(場合によっては華琳様も……)
ともかく、彼女の心配事が無くなったのは事実。
直接差配する、東門を守りきることに全力を傾けることにした。
「弓兵、前へ!」
* * *
──同刻、西門。
「いやー、あの兄ちゃん。ほんま凄かったわぁ」
李典は死守した西門の補修をしながら、防衛戦のことを考えていた。
初っ端から何やらデッカイ気弾を投じたリョウ。
見慣れた楽進の気弾よりも遥かに大きく、威力も高い。
放たれた気弾は、直線上の賊を薙ぎ倒してなお彼方へ飛んで行った。
李典はじめ、守備兵たちは余りの威力に戦慄を禁じ得なかった。
撃った後もすぐに敵を蹴散らし、疲れも見せずそのまま南門へ援軍に行ってしまった。
「覇王、なんちゃらて言うとったな。凪が気にするのも分るわ」
楽進がリョウのことを気にしている。
それは李典も于禁も気付いていた。
「同じ気功の使い手、か。ええなぁ、なるほどなぁ!」
覇王翔吼拳を放った後、リョウは最前線で無双した。
李典はその様を思い出しつつ、ニヤニヤしながら今後に思いを馳せていた。
(おもしろうなりそうや…)
そんな彼女の下に、息を切らせた伝令が駆け込んできた。
「報告!北東方向より軍勢。曹の旗印です!」
その報告は、李典だけでなく村全体にとっての福音となった。
曹操の本隊が到着することで、この戦いは防衛隊の勝利で幕を閉じたのである。
今回は物語視点(三人称)でお送りしました。
他者視点をメインにした回も、そのうち入れようと思います。