武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
寿春。
かつては袁術の本拠であったが、今は既に過去の話。
孫権により落とされ、孫呉の拠点となっている。
「って聞いたんだけど、本当かな」
「誰に聞いたのですか?」
「さっきすれ違った行商のおっさん」
「まあ、商人は情報を持っているものではあるがなぁ…」
物資を差し戻し、概ね情報も出尽くした感のある村々から出立した俺たち。
街へ向かう途中、隘路の窪地で難儀していた商隊に遭遇。
助けを求められたので、情報の交換を条件にして応じたのだった。
「猛虎降脚蹴りッ」
窪地で車輪が引っかかっていた大岩を、気を込めた背面後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。
自然物を相手にするのは久しぶりだったが、難なく取り除けて良かった。
蹴りで岩が吹っ飛ぶのを見て、おおっと周囲がどよめいたのは少し気分が良かったな。
周囲の事を考えると、若干面映ゆい感じもしたがたまにはいいか。
彼らとは既に別れたのだが、お陰で色んな情報を得ることが出来たぜ。
まあ、大部分はいつも通り由莉が中心となって聞き出していたんだけど。
俺が手持無沙汰になって周囲の警戒と称してぶらぶらしている時、馬の世話をしていたおっさんと出会ったのだ。
かなり人が良さそうな風貌だったんで、ちょっと話をしてみようかなと軽い気持ちで近付いた。
ちょうど馬がいたから、馬の世話や態度の話題から世間話に入って行ったところ、先ほどのような話があったと言う訳。
由莉は冷静な表情だが、何かを考え込んでいる。
孫権が城を落したってのは、きっと留守居の衆を率いたってことだろう。
そして孫呉の拠点になってると言うことは、孫策たちもそこにいるのかね。
だとしたら、目指すはそこになるのか?
「じゃあ、寿春を目指すのか?」
「そう…あ、いえ……」
白蓮が尋ねるも、由莉の歯切れは悪い。
何か心配事でもあるのだろうか。
「その…。恐らく、孫策殿の本拠は建業かと思われます」
あらま。
確かにおっさんは拠点になったらしいとは言ってたけど、本拠地とは言わなかったな。
まあ、それならそれで問題ない。
「ですが、とりあえず寿春を目指しましょう」
しばらく黙考していた由莉が出した結論。
それは、建業を前にして目的地を変更するものだった。
「そっちの方が近いし、通り道ではある。しかし、何故だ?」
白蓮が問うが、俺も同じ疑問を持っている。
確かにここからならばそっちの方が近い。
無視して通り過ぎる必要はないし、先に立ち寄ることに問題はないんだが。
情報精査は任せているけど、理由は気になるよね。
が、しかし。
「まあ、ちょっと思うところがありまして」
なんてはぐらかされてしまった。
いいんだけど、珍しい反応だな。
「じゃあ、とりあえず寿春を目指すか」
「はい」
「わかった」
* * *
やって来ました寿春の街。
袁術の本拠地だったことはあるようで、かなりでかい。
今いる場所は、まだ街の外郭に過ぎない。
とりあえず、突然全員で入ったら警戒される恐れがある。
これまでもまあ、ある程度は警戒されてきてるんだがそれはそれ。
村々に対した時とは違い、人数も少しばらけさせてみよう。
差し当たり街に入るのは、俺が率いる呂羽隊のみとする。
白蓮は少し離れたところで様子を見ている。
そうした上で、由莉と隊員数名を連れて街へ入ってみた。
特に誰何されることもなく、すんなり入れたな。
どこからか鋭い視線が飛んできてるし、今も張り付いているようだが。
ともかく入ることは出来た。
隊員に合図を出して、それぞれ街へ入らせる。
白蓮も別の入り口から入っていることだろう。
さて、次にすることは何だろうか。
「物色ですかね」
まあ、そうなんだけど。
ちょっと表現が悪い気がする。
せめて偵察って言おうぜ。
改めて偵察がてら、俺は由莉と二人で街中をぶらぶらしてみる。
まあまあ広い街だし、隊員たちにも別のルートを頼んだ。
由莉と二人で街ぶら。
お、これってちょっとデートっぽい?
口には出さないが。
おっと、強い視線はこっちに来たようだ。
別の気配も隊員たちに付いて行ったが、こっちの方が圧倒的に強い。
えっと、確か周泰?
そんなのが居たような気がするね。
「あら、あなた……」
街の活気を観察していると、横合いから見知らぬ女性に声を掛けられた。
どちら様でしょうか。
どことなく孫策に似ているような、むしろ記憶にある孫権に似ているような。
この辺の人はこんな感じなのか?
「やっぱりそうだわ!覚えてないかしら、洛陽で一度会っているのだけど…」
えっ
こんな美人さん、一度会ったらそうそう忘れないと思うんだが。
あ、由莉。
そんな睨まないでくれないか。
特に心当たりはないからさ。
「まあ、あの時はバタバタしてちゃって、名乗る暇もなかったものねぇ」
仕方ないか、と言ってクスリと微笑む女性。
たおやかな雰囲気を纏っている。
いや、マジで誰?
「まずは名乗りましょうか。私の名は孫静。宜しくね、呂羽さん」
「え?あ、ハイ。どうも」
孫静とな。
知らんぞ、そんな奴。
だがここ揚州で孫の姓を持つということは、孫策たちの関係者か?
早計かも知れんが、どことなく面影があるせいかそう思わせる。
「ほら。こんなところじゃ何だし、屋敷に招待させて頂戴?」
「あ、ああ」
「じゃあ早速行きましょう」
笑顔のまま促してくる孫静。
孫策とは親族のように似ているが、性格は結構違うな。
何と言うか、穏やかだ。
由莉と二人してついて行った先には、何やらでっかい門。
「さ、どうぞ」
促されて入った先も、でっかい庭付きのお屋敷。
思わず呆然としてしまった。
「失礼、孫静様。貴女はもしや、孫策様の?」
そんな俺に代わって由莉が質問してくれた。
そうそう、それ聞きたい!
「ええ。雪蓮は私の姉の娘、つまり姪にあたるわね」
なんとぉーっ!?
超・重要一門じゃないですかっ
なんでそんなのがあの時、あの洛陽にいたんだ。
偵察か?
「あ、そうそう。呂羽さんのお仲間も呼んでいいわよ?」
「ッ…む、ではお言葉に甘えて」
一瞬だが。
これまでの穏やかで、たおやかな雰囲気が消し飛んだ気がした。
笑顔の奥に光る鋭い眼差し。
やはり孫策の一族か。
心中動揺したが、言葉には出さずに済んだと思うがどうだろう。
すぐさま由莉に、呂羽隊と白蓮たちと孫静屋敷に呼び寄せる手配を指示した。
失礼しますと出て行く由莉を見届けると、唐突に孫静は笑顔の質を変化させる。
そして、一歩近づきながら囁いた。
「ねぇ。私の下に付かない?」
揚州編は、独自解釈的な要素がこれまで以上に増えます。
ご注意ください。
・猛虎降脚蹴り
KOF94、95の地上吹っ飛ばし攻撃。
リーチが長いようで、少し上体を反らすせいでそこまでじゃないと言う。
とりあえず置いておく感じで使ってました。
55話誤字報告適用。本年もありがとうございます。