武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
「それで、何か分かったの?」
「ああ。大まかな足取りは掴めた」
夕食の後、私室で冥琳と二人きりでの飲み会。
ゆったり盃を重ねながらの場は、密談には丁度いい。
昼間の呂羽との試合は心の昂りを隠せなかった。
今でも思い出せば、ついついニヤけてしまう。
おっといけない。
冥琳が呆れたように見てる。
表情は取り繕わず、それでいて頭だけを切り替えた。
「ふう。さて、許貢という者を覚えているか?」
私の意識だけはちゃんと切り替わったと分かったのか、溜息をつきつつ話してはじめてくれた。
まあまあ、二人きりだからいいじゃない。
それよりも許貢、ね。
えーっと、確か…。
「袁術派の官吏で、少し前に病死したのよね」
「ああ。その際、遺産は全て没収した」
冥琳が言うには、その許貢の遺臣たちが今回のことを企てたのだと。
主家の改易後、敵討ちを標榜して曹操軍に身を寄せていたとか。
「つまり元々揚州に縁があったから、容易く入り込めたってこと?でもそれじゃあ…」
「確かに縁深い者はいただろう。だが、だからと言って曹魏の武具を纏った者が建業近くをウロウロ出来るほど我らの警戒網はざるじゃない」
と言うことは、やっぱりあの時に呂羽が言っていた通り、内通者が居るのかしら。
それも、それなりに地位のある者が…。
もしそうだとすれば、今なお脅威は去ってないことになる。
早く炙り出さなければならないわ。
「でも私の勘では、そんなに脅威は感じてないんだけどなぁ」
私の勘は頼りになる。
もちろん、軍師としてはそれだけに頼り切るのは好ましくないんだろうけど。
でもそこは私と冥琳の仲。
勘とは言え、そこからちゃんとした情報と講じた策で補完してくれる。
「そうだな。実質、脅威はないのだろう」
「あれ、もう分かってるの?」
尋ねると、冥琳は頷いた。
なぁんだ。
もう分かってるなら問題ないじゃない。
「ッ」
そこで、ピンとくるものがあった。
問題がないなら、冥琳はハッキリ言うはず。
言い淀む場合はそれなりの理由がある。
「もしかして……身内?」
「…そうだ」
渋る冥琳だったが、聞かない訳にはいかない。
孫呉を背負うのは、王である私なのだから。
「誰?」
「…孫静様だ」
……叔母様?
まさか、という思いとともに、やはり、と言う気持ちもある。
この間、突如として隠居をしたのはそういうことか。
何かあるとは思ったけど、そう言うことねー。
「もっとも、孫静様が企図・手配した訳ではないようだがな」
詳しく聞いたところ、叔母様は死んだ許貢と仲が良かったらしい。
その遺臣たちとも交流があった。
だから、彼らの行動を黙認したのだとか。
うーん?
一応筋は通ってるかな。
でもそれだけだと、腑に落ちないところがあるわね。
そんな思いを込めて、冥琳を見つめる。
「全て知りたいか?」
「あんまり興味はないけど、知らないとダメなんでしょ?」
「無論だ」
冥琳が微笑んでる。
もうっ、悪趣味よ?
叔母様が黙認したせいで暗殺が実行され、叔母様が送った呂羽のお陰で危機を免れた。
そして暗殺未遂の結果、曹操は軍を引き払って孫呉の地は守られた、か。
表に出すには危険過ぎる情報だわ。
あの隠居も、本人なりにケジメを付けたということかしら。
だったらこのまま、闇に葬った方が良さそうね。
左程興味もなかった背後関係を全部聞かされた結果、下した結論。
「叔母様は、呂羽の屋敷で隠居してもらいましょ」
「ふむ。元は孫静様の屋敷だし問題はないか。だが」
「勿論、監視はつけるわ。明命に言って、適当に見繕わせる」
ふぅー。
政治的な面倒事は嫌になるわねぇ。
しかも身内のことも考えなくちゃいけないなんて。
でも全ては孫呉のため。
母様から受け継いだ全てを、蓮華に継いで貰って、楽隠居すると言う私の夢のためよ。
踏ん張らないと!
「ところで冥琳ー。どうやったら呂羽を繋ぎとめられると思う?」
そして再び思考は切り替わる。
考えるのはあの男、呂羽。
いやー、今日は清々しいほど見事に負けちゃった。
しかもあの虎の気弾。
虎の娘たる私に、あんなの見せるなんてねー。
完全に魅せられちゃった。
客将でってことになってるけど、是が非にでも取り込みたい。
でも真名の交換も保留されたし、意外と頑固者なのね。
シャオとはしたくせにさー。
「色仕掛けでもすればいいんじゃない?」
適当に聞いたら適当に返された。
それでどうにかなるようなら、もうやってるわよーだ。
義理は重視しそうだが、彼の目的を放棄してまではしない気がする。
その目的が具体的に何なのかは聞けてないけど。
ああ、強い奴と戦いたいとかは言ってたわね。
そうだわ!
私も雪辱を期する目的があるし、今後も継続的に試合をすることにしましょう。
更に私たちの魅力で悩殺すれば…、完璧よ!ね!?
「程々にね」
あら冷たい。
ひょっとして妬いてるの?
ふふ、なら今夜は構い倒してあげるわ、めーいりん!
* * * *
「たあっ」
「しっ」
私の前で稽古をするリョウと由莉。
リョウは相変わらずだが、由莉は随分と力を付けた。
得手が違うとはいえ、正面から打ち合えば私としても侮れない力量はあると思っている。
ちなみに由莉とは先日、ようやく真名を交換した。
同じくリョウを戴く者同士通じるものがあるし、攻守同盟もな…。
まあ、私は由莉ほど重くはないと思っているが。
「虎煌拳」
「くっ、毒撃蹴!」
気弾を容易く扱うリョウと、振り絞って応える由莉。
実戦では必ずしも無理する必要はないのだが、伸び代があるなら使うべきとの考えらしい。
「虎脚」
「っ!?」
リョウの虎煌拳を相殺して見せた由莉だったが、その後の前方歩法に対応出来てない。
虎脚、と言ったか。
私も受けたことがあるが、外から見るのと実際に受けるのとでは全く違う。
気弾の直後、唐突に眼前に来るので対応し兼ねるのだ。
いやはや、極限流ってのは奥が深いな。
極限流に底など無いって言うのも、あながち間違いじゃないのかも。
それはそうと、リョウが使う技は「虎」と付くものが多い。
「龍」も多いな。
虎を煌う拳、龍を撃つ拳が元になってると言っていた。
どちらにしても、場が場であれば色々言われかねん。
リョウが扱う気弾で、代表的と言えるもの。
覇王翔吼拳。
麗羽の牙門旗を折りまくったことで印象的な奴だ。
先日の孫策との試合で見せたそれは、虎の姿を模したものだった。
気弾ってのは、そんなことまで可能なのかと驚いたものだ。
由莉に聞いたら、普通は無理じゃないかとの答えだったが…。
やはり、リョウは規格外なんだな。
曹操のとこにいる楽進も気弾を扱うようだが、全く及ばないだろう。
ああ、そう言えば楽進はリョウが特別視してるんだったな。
そして由莉が明確に敵視してる。
韓当とは違った意味で。
さて、では自分はどうかと考える。
迫られたら断れないのは間違いないが、果たして自分から迫れるかと言うと……。
止めよう、不毛な考えには意味がない。
何はともあれ、私は由莉とともにリョウについて行くだけだ。
そして、アイツの考えが及ばないところを補助出来たらいい。
私には、仮にも太守としての経験がある。
リョウや由莉とは異なる視点があり、白馬義従の運用からくる用兵にも一日の長があるはず。
助けになる場面も多々あるだろう。
差し当たり、孫尚香はともかく孫策がやばい。
明らかに取り込もうと画策してる。
曹操とはまた違った方向だな。
リョウなら大丈夫とは思うが、防波堤は築いておくべきだ。
これは既に由莉と相談して決めてある。
次に孫静。
当初は利用してるのかと勘繰ったが、それはなさそうだった。
裏で色々やってたようだが、呉の内部事情に食い込むのは得策じゃない。
こちらに被害が無ければ放置で良いだろう。
一応、仲良くなった韓当とは連絡を取り交わしている。
何かあれば知らせてくれるはず。
韓当を頼ることに由莉は良い顔をしないが、リョウの為となれば割り切るだろう。
あと、一旦は軍を退いた曹操。
伝聞だが、追撃は熾烈を極めていたらしい。
撤退による被害は、物的にも風評的にも甚大だろう。
立て直しにはそれなりの時間がかかるはず。
これについても、寿春に置いてきた情報源が役に立ってくれるはずだ。
そして、益州に渡ったであろう桃香たち。
桃香本人は問題ないが、アイツの下に集った将たちは優秀だ。
だからこそ厄介なんだよな。
まだ完全には落ち着いてないだろうが、それでも手を伸ばしているはず。
今回の孫策と曹操が戦って退けたことも、当然知っているだろう。
ひょっとすると、戦勝祝いとかを送って来るかも。
それ自体は別にいいのだが、そこからこっちに飛び火しないか。
そこが問題であり、懸念されるのだ。
まあ、いずれにしても私たちがやることは変わらん。
由莉だって随分と強くなってるし、白馬義従の調練も欠かしていない。
リョウを頂点とした呂羽隊は、小規模ながらも精鋭なのだ。
あ、由莉が気力切れで崩れ落ちた。
慌てて支えるリョウと、密かに笑みを零す由莉が何とも対照的だな。
今が由莉にとって至福の時。
若干羨ましいと思いつつ、気配を消して立ち去ることにした。
…色々考えたことをまとめて、後でリョウのとこに持っていこう。
そしたらまた、褒めてくれるかも…。
・虎脚
虎煌拳の後に前ステップして距離を詰める技、らしいです。
浮いた相手に追撃が出来るようですが、良く分からないので想像してみました。
公孫賛は良い姉さん。
異論は認めたくない。