武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない 作:桜井信親
遠征から帰還し、久々に赤い豆腐料理を楽しんでいると緊急招集を受けた。
珍しいな。
別に文句はないが、普段なら休暇の途中返上なんてことは滅多にない。
つまりそれは、本当に緊急性の高い事案が発生したということだろう。
急ぎ武装を整え、出向いた先には錚々たる面子が。
華琳様はもちろん、春蘭様に霞様。
桂花と風に季衣まで。
北郷隊長は休養中で来ていない。
過労で倒れたと、旅の医者──かなりの名医らしい──が見て下さったが養生すれば大丈夫とのことだった。
そして我々が揃ったところで、華琳様が話し始める。
「皆悪いわね。…至急、秋蘭たちの後詰に向かうわ」
秋蘭様の?
確か、蜀への偵察として定軍山に向かっていたはず。
それほど危険な任務ではなかったと思うが…。
「各々疑義はあるでしょう。だけど一旦置いて頂戴。一刻を争うの」
「華琳様がそこまで仰るなら何も申しません。して、誰を向かわせますか?」
桂花が代表して質問。
わざわざ呼ばれたからには、自分の出撃は確定だろう。
急ぎと言うから、霞様も一緒かも知れない。
などと考えていたが、華琳様の言葉に驚愕した。
「兵の数は最低限にして、桂花と風以外の全員で行くわよ。もちろん、私も出るわ」
なんと、華琳様まで?
それほどの事案なのか…。
これは、よほど気を引き締めて掛からねばならんようだな。
「留守居は桂花に任せる。柳琳が戻ってきたら伝えて頂戴」
「御意」
「すぐに発つ。総員、半刻で準備しなさい!」
「「「はっ!!」」」
駆けに駆け続け、定軍山が見えてきた頃。
「凪。先行して状況を確認、現場の判断は任せる」
「御意!」
リョウ殿に指導された気の運用は、当初に比べてかなり上達した。
意識して走れば、そこらの馬よりも速く目標地点に到達出来るのだから。
そうして辿り着いた時、目に飛び込んできたのは驚くべき光景。
何と、流琉が怪しい男?に追い詰められていたのだ。
状況はよく分からないが、とりあえず助けねば!
そう思い、咄嗟に闘気弾を打ち出して流琉を守れる位置に飛び込んだ。
「無事か、流琉」
背後で驚き、少し弛緩した気配に無事だと分かった。
それは喜ばしいが、状況が良くない。
一緒に居るはずの秋蘭様が居ない上に、目の前の不審者だ。
どこかで感じたような気配だが、重苦しい圧に覚えはない。
だが、間違いなく強いッ。
そして、流琉から驚くべき情報がもたらされた。
「凪さん!実は秋蘭様が、この人に……」
なんだと!?
俄かには信じられないが、流琉が言うなら事実なのだろう。
…許せん…。
激情を抱くが、心中は不思議と穏やかだ。
以前、激した状態では全く力が出せなかったことがある。
あれには大いに反省し、今後に生かすことに注力したものだ。
それが、今に繋がっているのだろう。
フゥー…ッ
…では、行くぞ!
「ハァッ!」
意気揚々と攻撃を仕掛けたが良いが、数合打ち合った時点で疑念が生じてしまった。
それは目の前の敵が、酷く見知った存在なのではないかと言うもの。
そのせいで動きが鈍っているのは自覚しているが…。
「…敵を前に何を悩む。戦いの最中に迷うは、死あるのみぞ!」
さらには敵からも発破を掛けられる始末。
何とも不甲斐無い。
意を決し、鋭い蹴りを放とうとしたところで…
「虎煌拳」
「そ、それはっ!?……グっ」
思わず声が漏れてしまった。
それほどの衝撃。
姿形と攻撃の型が似ている、なんてものではない。
「何故、貴様その技を使えるっ?…しかもその錬度、まさか…」
我ながら焦っているのが良く分かる。
このままではダメだ……落ち着かないと……しかしっ!
「まさか、リョウ殿の関係者か?」
「お前のその拳で聞くが良い!」
思わず尋ねるが、空手てんぐ?は攻撃の手を全く緩めない。
遂には奥儀!などと叫び、突進してきた。
牽制の突きを放つもあえなく避けられ、連続攻撃を食らってしまう。
「正拳突きっ、せいっ、はあっ!瓦割り!無頼岩!飛車落とし!おりゃあ!!」
最中一撃ごとに名を放ち、丁寧に打ち込む様はどこか、稽古を付けて貰っていると錯覚してしまいそうだ。
まさかな、攻撃を食らったせいだろう。
そして決定的なその時は訪れる。
「せりゃあー!!」
過去に幾度か見たことのある大きな気弾。
一発は逸れ、一発は足元に着弾。
そして一発は、辛うじて防御が間に合った私に炸裂したのだった。
…これは、覇王翔吼拳…!?
地に膝をつき、荒い息を発する私にそいつは声を上げた。
「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!」
……やはり貴様……、いや。
貴方は……?
縋るように声を掛けようとしたところで、華琳様たちが到着された。
「凪、流琉!無事?」
ここでハッとした。
華琳様の命を遂行できず、敵前で膝をつくなど…。
己の失態が恥ずかしく、しばらく声を上げることも出来ない。
ただ華琳様と、あの者の遣り取りを眺めることしか。
「そこの娘」
「ッ!な、何だ?」
いけない。
思わずどもってしまった。
目の前にはあの男。
小脇に抱えるのは…秋蘭様?
「ほれ、返してやるから取りに来い」
「……分かった」
華琳様に確認して、緊張しつつ向かう。
目の前に立ち、確かに変わっているが不思議と心惹かれる面を被った相手を見た。
「気絶しておるだけだ。念のため縛ってあるが、得物はそのまま。あと安全を確認出来るまで、決して包みは取らぬように」
唐突にこれまでの重圧が消え、とても人間らしい声が聞こえた気がした。
それこそリョウ殿のように。
やはり、当人なのだろうか?
確信はない。
やけに入念な説明が気になったが、とりあえず頷いておいた。
布に包まれた秋蘭様をしっかり受取り、華琳様の下へ向かう。
「我が名は空手天狗!此処はワシの領域、通ること罷りならぬ。しかと伝えたぞ!」
背後から、そんな声が響いた。
八割方リョウ殿だと思うのだが、本人がそこまで主張するなら尊重しよう。
そう心に決め、華琳様に従い定軍山を後にした。
道中、話題はあの空手天狗殿のことで持ち切りだった。
華雄らと一緒に居たことから、蜀に組してる可能性が高いこと。
気の扱いに長けていることなどを報告。
その際指摘されて初めて気付いたが、服が少し破けて肌が晒されていた。
奥儀と言う攻撃の激しさを物語っているな。
リョウ殿に見られたと言うことに若干の気恥ずかしさを覚えるも、見られて困るものでもないと気を取り直す。
ああ、リョウ殿じゃなくて空手天狗だったか。
やがて魏領に入り、安全を確認。
そこでようやく気絶したままの秋蘭様を包む布を剥がすと、空手天狗の奴が言っていた意味が分かった。
何と、秋蘭様の服が無残なことになり、その下着が……っ。
「んなぁっ!」
「しゅ、秋蘭んーーっっ!?」
「…あの男、許せないわね…」
念を押して伝えてきたと言うことは、秋蘭様の姿を確り認識しているということ。
つまり……。
ふ、ふふふ…。
リョウ殿…いえ、空手天狗でしたね。
ええ、そう申しておきましょう。
いずれにしろ、次会った時には覚悟して貰いましょう。
是が非にでも覇王翔吼拳を会得して、打ち込んで差し上げます!
* * * *
「……かわいかった」
全てはその、恋が発した言葉から始まった。
此処は南蛮との境。
益州を制圧し、ようやく安定したかと思えば南北から不穏な動きが報告された。
そこで北には呂羽殿らが赴き、南には我らが当たっている。
当初は情報も少なく、南蛮の目的も分からなかったことから長引くと思われた。
しかし、あることを機に事態は動く。
ふらふらとどこかに出て行った恋。
しばらくして戻って来ると、冒頭の発言。
そこから何がどうなったのか。
南蛮大王と称する少女と恋の間で遣り取りが行われ、平和裏に話し合いがなされた。
ねねが言うには、南蛮は蜀と交易することで合意したとのことだったが…。
恋は動物が好きで、家族のように意思疎通が出来る。
そして南蛮の者共は、その……大変愛らしい。
どこか動物っぽいところもあり、恋の琴線にも触れたようなのだが。
そのお陰で消耗も少なかったし、愛らしい存在を愛でることも出来る。
良い事づくめなのだが、ちょっと釈然としない。
これも武将であることの弊害であろうか。
今から大王…孟獲たちが成都に向けて出立するようだ。
恋が先導すると言ったが、孟獲の側近と思われる少女をしっかりと抱え込んでいる。
よほど気に入ったのだろう。
私はしばらく此処に残って様子を見るが、この調子ならすぐに戻れそうだ。
戻ったら呂羽殿の帰りを待って、改めて話をしなければ。
華蝶仮面に対して空手仮面を名乗るなど……。
いや、協力体制や合体技についても相談せねばならない。
恋が空手仮面に興味を示したとも言うし、新たな華蝶に勧誘してみるのも良いな。
ふふ、その時が待ち遠しいものだ。
・瓦割り
KOFタクマの特殊技。
超龍虎乱舞の形成技の一つとして、以前既に出てましたが改めて。
中段技ですが、連携技にしたら繋ぎとして上段技に。
そこからさらにキャンセルも掛かるので、使用頻度は圧倒的にそちら。
ちょこちょこ進めてきた修正がようやく完了しました。
内容の変更はありません。
柳琳:曹純