武器を持った奴が相手なら、覇王翔吼拳を使わざるを得ない   作:桜井信親

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他者視点詰め合わせ


89 瓦割り

遠征から帰還し、久々に赤い豆腐料理を楽しんでいると緊急招集を受けた。

 

珍しいな。

別に文句はないが、普段なら休暇の途中返上なんてことは滅多にない。

つまりそれは、本当に緊急性の高い事案が発生したということだろう。

 

急ぎ武装を整え、出向いた先には錚々たる面子が。

 

華琳様はもちろん、春蘭様に霞様。

桂花と風に季衣まで。

 

北郷隊長は休養中で来ていない。

過労で倒れたと、旅の医者──かなりの名医らしい──が見て下さったが養生すれば大丈夫とのことだった。

 

そして我々が揃ったところで、華琳様が話し始める。

 

「皆悪いわね。…至急、秋蘭たちの後詰に向かうわ」

 

秋蘭様の?

確か、蜀への偵察として定軍山に向かっていたはず。

それほど危険な任務ではなかったと思うが…。

 

「各々疑義はあるでしょう。だけど一旦置いて頂戴。一刻を争うの」

 

「華琳様がそこまで仰るなら何も申しません。して、誰を向かわせますか?」

 

桂花が代表して質問。

わざわざ呼ばれたからには、自分の出撃は確定だろう。

急ぎと言うから、霞様も一緒かも知れない。

 

などと考えていたが、華琳様の言葉に驚愕した。

 

「兵の数は最低限にして、桂花と風以外の全員で行くわよ。もちろん、私も出るわ」

 

なんと、華琳様まで?

それほどの事案なのか…。

これは、よほど気を引き締めて掛からねばならんようだな。

 

「留守居は桂花に任せる。柳琳が戻ってきたら伝えて頂戴」

 

「御意」

 

「すぐに発つ。総員、半刻で準備しなさい!」

 

「「「はっ!!」」」

 

 

駆けに駆け続け、定軍山が見えてきた頃。

 

「凪。先行して状況を確認、現場の判断は任せる」

 

「御意!」

 

リョウ殿に指導された気の運用は、当初に比べてかなり上達した。

意識して走れば、そこらの馬よりも速く目標地点に到達出来るのだから。

 

 

そうして辿り着いた時、目に飛び込んできたのは驚くべき光景。

何と、流琉が怪しい男?に追い詰められていたのだ。

 

状況はよく分からないが、とりあえず助けねば!

そう思い、咄嗟に闘気弾を打ち出して流琉を守れる位置に飛び込んだ。

 

「無事か、流琉」

 

背後で驚き、少し弛緩した気配に無事だと分かった。

それは喜ばしいが、状況が良くない。

 

一緒に居るはずの秋蘭様が居ない上に、目の前の不審者だ。

どこかで感じたような気配だが、重苦しい圧に覚えはない。

だが、間違いなく強いッ。

 

そして、流琉から驚くべき情報がもたらされた。

 

「凪さん!実は秋蘭様が、この人に……」

 

なんだと!?

俄かには信じられないが、流琉が言うなら事実なのだろう。

…許せん…。

 

激情を抱くが、心中は不思議と穏やかだ。

以前、激した状態では全く力が出せなかったことがある。

あれには大いに反省し、今後に生かすことに注力したものだ。

それが、今に繋がっているのだろう。

 

フゥー…ッ

…では、行くぞ!

 

「ハァッ!」

 

 

意気揚々と攻撃を仕掛けたが良いが、数合打ち合った時点で疑念が生じてしまった。

それは目の前の敵が、酷く見知った存在なのではないかと言うもの。

そのせいで動きが鈍っているのは自覚しているが…。

 

「…敵を前に何を悩む。戦いの最中に迷うは、死あるのみぞ!」

 

さらには敵からも発破を掛けられる始末。

何とも不甲斐無い。

 

意を決し、鋭い蹴りを放とうとしたところで…

 

「虎煌拳」

 

「そ、それはっ!?……グっ」

 

思わず声が漏れてしまった。

それほどの衝撃。

姿形と攻撃の型が似ている、なんてものではない。

 

「何故、貴様その技を使えるっ?…しかもその錬度、まさか…」

 

我ながら焦っているのが良く分かる。

このままではダメだ……落ち着かないと……しかしっ!

 

「まさか、リョウ殿の関係者か?」

 

「お前のその拳で聞くが良い!」

 

思わず尋ねるが、空手てんぐ?は攻撃の手を全く緩めない。

遂には奥儀!などと叫び、突進してきた。

 

牽制の突きを放つもあえなく避けられ、連続攻撃を食らってしまう。

 

「正拳突きっ、せいっ、はあっ!瓦割り!無頼岩!飛車落とし!おりゃあ!!」

 

最中一撃ごとに名を放ち、丁寧に打ち込む様はどこか、稽古を付けて貰っていると錯覚してしまいそうだ。

まさかな、攻撃を食らったせいだろう。

 

そして決定的なその時は訪れる。

 

「せりゃあー!!」

 

過去に幾度か見たことのある大きな気弾。

一発は逸れ、一発は足元に着弾。

そして一発は、辛うじて防御が間に合った私に炸裂したのだった。

 

…これは、覇王翔吼拳…!?

 

地に膝をつき、荒い息を発する私にそいつは声を上げた。

 

「覇王翔吼拳を会得せん限り、お前がワシを倒す事など出来ぬわ!」

 

……やはり貴様……、いや。

貴方は……?

 

縋るように声を掛けようとしたところで、華琳様たちが到着された。

 

「凪、流琉!無事?」

 

ここでハッとした。

華琳様の命を遂行できず、敵前で膝をつくなど…。

 

己の失態が恥ずかしく、しばらく声を上げることも出来ない。

ただ華琳様と、あの者の遣り取りを眺めることしか。

 

 

「そこの娘」

 

「ッ!な、何だ?」

 

いけない。

思わずどもってしまった。

 

目の前にはあの男。

小脇に抱えるのは…秋蘭様?

 

「ほれ、返してやるから取りに来い」

 

「……分かった」

 

華琳様に確認して、緊張しつつ向かう。

目の前に立ち、確かに変わっているが不思議と心惹かれる面を被った相手を見た。

 

「気絶しておるだけだ。念のため縛ってあるが、得物はそのまま。あと安全を確認出来るまで、決して包みは取らぬように」

 

唐突にこれまでの重圧が消え、とても人間らしい声が聞こえた気がした。

それこそリョウ殿のように。

やはり、当人なのだろうか?

確信はない。

 

やけに入念な説明が気になったが、とりあえず頷いておいた。

布に包まれた秋蘭様をしっかり受取り、華琳様の下へ向かう。

 

「我が名は空手天狗!此処はワシの領域、通ること罷りならぬ。しかと伝えたぞ!」

 

背後から、そんな声が響いた。

八割方リョウ殿だと思うのだが、本人がそこまで主張するなら尊重しよう。

そう心に決め、華琳様に従い定軍山を後にした。

 

道中、話題はあの空手天狗殿のことで持ち切りだった。

華雄らと一緒に居たことから、蜀に組してる可能性が高いこと。

気の扱いに長けていることなどを報告。

 

その際指摘されて初めて気付いたが、服が少し破けて肌が晒されていた。

奥儀と言う攻撃の激しさを物語っているな。

 

リョウ殿に見られたと言うことに若干の気恥ずかしさを覚えるも、見られて困るものでもないと気を取り直す。

ああ、リョウ殿じゃなくて空手天狗だったか。

 

やがて魏領に入り、安全を確認。

そこでようやく気絶したままの秋蘭様を包む布を剥がすと、空手天狗の奴が言っていた意味が分かった。

何と、秋蘭様の服が無残なことになり、その下着が……っ。

 

「んなぁっ!」

 

「しゅ、秋蘭んーーっっ!?」

 

「…あの男、許せないわね…」

 

念を押して伝えてきたと言うことは、秋蘭様の姿を確り認識しているということ。

つまり……。

 

ふ、ふふふ…。

リョウ殿…いえ、空手天狗でしたね。

ええ、そう申しておきましょう。

 

いずれにしろ、次会った時には覚悟して貰いましょう。

是が非にでも覇王翔吼拳を会得して、打ち込んで差し上げます!

 

 

* * * *

 

 

「……かわいかった」

 

全てはその、恋が発した言葉から始まった。

 

此処は南蛮との境。

益州を制圧し、ようやく安定したかと思えば南北から不穏な動きが報告された。

そこで北には呂羽殿らが赴き、南には我らが当たっている。

 

当初は情報も少なく、南蛮の目的も分からなかったことから長引くと思われた。

しかし、あることを機に事態は動く。

 

ふらふらとどこかに出て行った恋。

しばらくして戻って来ると、冒頭の発言。

 

そこから何がどうなったのか。

南蛮大王と称する少女と恋の間で遣り取りが行われ、平和裏に話し合いがなされた。

ねねが言うには、南蛮は蜀と交易することで合意したとのことだったが…。

 

恋は動物が好きで、家族のように意思疎通が出来る。

そして南蛮の者共は、その……大変愛らしい。

どこか動物っぽいところもあり、恋の琴線にも触れたようなのだが。

 

そのお陰で消耗も少なかったし、愛らしい存在を愛でることも出来る。

良い事づくめなのだが、ちょっと釈然としない。

これも武将であることの弊害であろうか。

 

今から大王…孟獲たちが成都に向けて出立するようだ。

恋が先導すると言ったが、孟獲の側近と思われる少女をしっかりと抱え込んでいる。

よほど気に入ったのだろう。

 

私はしばらく此処に残って様子を見るが、この調子ならすぐに戻れそうだ。

戻ったら呂羽殿の帰りを待って、改めて話をしなければ。

 

華蝶仮面に対して空手仮面を名乗るなど……。

いや、協力体制や合体技についても相談せねばならない。

 

恋が空手仮面に興味を示したとも言うし、新たな華蝶に勧誘してみるのも良いな。

ふふ、その時が待ち遠しいものだ。

 

 




・瓦割り
KOFタクマの特殊技。
超龍虎乱舞の形成技の一つとして、以前既に出てましたが改めて。
中段技ですが、連携技にしたら繋ぎとして上段技に。
そこからさらにキャンセルも掛かるので、使用頻度は圧倒的にそちら。

ちょこちょこ進めてきた修正がようやく完了しました。
内容の変更はありません。

柳琳:曹純

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