魔法少女育成計画 -Genocide Side- 作:天都ダム∈(・ω・)∋
「うん? どうした? 食わんのか?」
鉄板の上でじゅうじゅう音を立てる、安っぽいステーキを、大きく切り分けては齧り付く真紅の魔法少女に、流流流はダルそうに返した。
「生憎、命の大切さを噛み締めてる所でな、腹一杯なんだよ」
「ふむ、まあ確かに拾い物であるからな、大事にするのは良いことだぞ、うむ。これ、給餌、おわかりだ、急げよ」
平らげた皿を放り投げるように、ウェイトレスに渡す。
「は、はい」
と青い顔で、アルバイトだろう少女は、ガタガタと震えながら厨房に戻っていった。
「……つーか、どっちにしろ食えたもんじゃねえよなあ、こんな所でよ」
駅から少し離れたビルの二階に入っているファミレスに、流流流達は居た。
正確に言うと、今は流流流達しか居ない。もっと厳密に言うならば、生きているのは彼女達以外、それと給仕役のウェイトレスと、ひたすら食事を作らされているであろうコックだけだ。
家族連れで賑やかだった、日常のあるべき姿は、この魔法少女が入った瞬間に終わりを告げた。
「うむ、騒がしいな」
「申し訳ありません、この時間帯は家族連れの方も多くて、ご了承願えますか」
赤い暴君の呟きに、その担当は極めて誠実に対応したと言えるだろう。
しかし、彼女の答えは『嫌だ』、の一言だった。
その返答に、案内役が疑問を持つ暇もなかった。
たったそれだけの理由で、二十人以上は居たであろう、満席の客達をあっという間に、お行儀よく静かな、二度と音を立てる事のない物体に変えてしまった。
シートを飛び出して、テーブルの上や天井や、壁にベッタリと体のパーツが張り付いているのは、少々お行儀が悪いと言えるが。
「臭すぎてグロすぎて吐きそうだぜ、おい。お前はよく食えるな、プリンセス・ルージュ」
真紅の魔法少女――プリンセス・ルージュの名前を呼ぶと、うむ、と大仰に頷く。
「血の匂いはいいぞ、食欲をそそる。それに、装飾は赤いほうが良い。余のイメージカラーであるからな。」
「……つーか、俺ら魔法少女はそんな飲んだり食ったりしなくていいだろ、変身中は」
「む、そうか? 食べないと元気がでぬぞ? 朝昼夜しっかり食べねば」
フォークを咥えてきょとんとするプリンセス・ルージュを見ながら、流流流はどうしてこうなったかを振り返った。
プリンセス・ルージュが流流流目掛けて振るった剣は、その首の数センチ手前でピタリと止まった。
「おお、しかし余を解放した功績もある事だし、多少の無礼は許すとするか。うむ、余はやさしいな」
「――――っ」
その動作が終わるまで、知覚すら出来なかった身としては、その些細な気まぐれに感謝するしか無い。
腕が動いて、剣が構えられて、刃が喉元に届くまでの動きが、速すぎて一切見えなかった。裏社会でそれなりに生きて、荒事に精通する、所謂『戦闘型』の魔法少女である流流流が、知覚を許さない速度だった。
「では、ます腹ごしらえといこう。腹が減っては戦も出来んしな。そこの、案内せよ。余に名前を名乗っても良いぞ」
「…………」
気まぐれで生かされているのが嫌でも理解出来て、逆らう選択肢を与えられていないことが嫌でも理解させられて、流流流は大きなため息を吐いた。
「流流流、魔法少女だ。」
「むう、変わった名前だのう。余の方がずっと格好いいな」
自身に満ち溢れた笑みで、真紅の暴君は名乗った。
「プリンセス・ルージュ。忘れず刻め、貴様の主の名前ぞ? 流流流よ」
そんなこんなで、付き人Aとしてこの大暴君と行動をしてみたが……。
真っ赤なドレスが、人智を超えた美しさである所の魔法少女に、尋常でないほどよく映える。そんな状態でうろつけば、人目につくのは当然で、実際、誰もがプリンセス・ルージュを見ては、衣装の異様さを差し引いても、感嘆の声を漏らしたものだ。
とりあえずそんな視線を避けたいのと、本人が空腹だというので店に入ってみたら、これである。
(こりゃ封印もされるわ……飯食う度に殺してたんじゃたまらねえっての)
それにしても、客の首を刈り取る作業中のプリンセス・ルージュの楽しそうなこと。
子供をかばう母親などは、率先して殺して、その目玉を子供に飲み込ませる徹底具合だ。
そのさなかの笑顔は、今こうして食事に舌鼓をうっている時よりはるかに輝いていた。
「あー……どうすっかな、マジで」
「む、どうした、デザート食べたいのか?」
「ちげーよ、っつーか口」
「む?」
口にベッタリとステーキのソースをつけたまま、首を傾げるその様に、流流流はイライラしながら、備え付けのナプキンを手にとった。
「べったりくっついてんだよ拭け! 子供かてめぇは!」
強引に口元を拭うと、んむ、と逆らいはしなかったものの、すぐにむうっと頬を膨らませた。
「むむむ、余の身だしなみを整えたわけだし……許そう」
「そりゃどうも」
……道中会話をしてわかったのは、何を考えているかはわからない危険人物ではあるが、とりあえず殺さないと判断した相手はそこそこ生かしておくらしい。流流流は多少の無礼を働いても、命を許すカテゴリに入れてくださっているようだ。見た目が、そんじょそこらの魔法少女離れしているからこそ、余計に所作の不器用さや、テーブルマナーの悪さと言ったものが目立つし、そういった細かい点が気になって、口出しせざるを得ない流流流に取っては、情けなくもありがたい話ではあったのだが。
「……お、おまたせしまし、た……」
そうこうしているうちに、皿に次の料理を載せたウェイトレスが戻ってきた。
目の端に涙を貯めこんで、憔悴しきっている少女は、しかし自分が生かされているのは、ただこの役目があるからなのだと理解しているのだろう。なんとか暴君の些細な気まぐれに触れないようにと務めているのがありありと見て取れた。
「うむ、苦しゅうないぞ」
「失礼し……あっ」
元々、限界だったのだろう。むしろ二十分近く、よくもまあ頑張ったものだといえる。手にした飲み物が手から滑って、グラスが床にガシャリと落ちた。氷と、オレンジジュースが床に飛び散って、プリンセス・ルージュのドレスの裾に、ほんの少し引っかかった。
「……ふむ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! 申し訳ありません! す、すぐに片付け」
「もう良い、出るか」
立ち上がった時点で、もう剣を振りぬき終えている、やっぱり流流流に、その速度は追いきれなかった。
幸いなことに、ウェイトレスはもう怯えることはなくなっていたのだが。
「……っておいおい、出るんじゃねえよ、厨房にまだ一人……あーもう!」
調理を担当しているアルバイトもいたはずなのだが、プリンセス・ルージュの意識にはもうそんな存在は無いらしい。しかし、だから自分が始末しに行くのも抵抗がある。
(……どーせこの規模なら、どうあってもバレるんだし……運が良かったな、ったく)
「流流流、どうした、早く着いてまいれ、余を案内せよ」
「つーかここ、お前の地元じゃねえのかよ」
厨房の方角をちらりと見てから、結局後始末する事なく、流流流はその後を追った。
「…………」
厨房で調理を続けていたのは、高校生のアルバイトだった。二人が立ち去るまで、辛抱強く息を潜めて待っていた。
(…………あかん)
まさか、そのアルバイトが、たった一人の生き残りが、魔法少女であるとは、さすがに彼女達にも、想像することは出来なかった。
(なんで、こんなところにおるん、プリンセス・ルージュ……!)
◇◇◇
現役バリバリJC、もとい女子中学生が魔法少女になった時、どんな反応をするかというと、これはなかなか多種多様なリアクションが得られるものだ。
殆どの娘は、このぐらいの年齢になると、もう魔法少女というジャンルからは卒業してしまっているので、大体は戸惑うが、しかし子供の頃の思い出と、不思議な力と愛らしいもう一つの体と名前を手に入れて、きゃいきゃい喜ぶのが普通である。
そこを行くと、魔法少女ラブリー・チャーミーは、その名前と反して全くラブリーでも無いしチャーミングもへったくれもなかった。
「……うっわ、マジで?」
リアルでかなりドン引きした。フリフリの衣装も可愛い顔も、小さな手足も全部ひっくるめて『マジかよ』という感想しか出てこなかった。
「ウッソ、マジ!? やだ、超可愛い! これ、私!? わぁーっ!」
そんなチャーミーの真横では、手鏡に映る超絶美少女の姿を見て、飛び跳ねている同い年の姿があるし、
「これもラモコスソ神の導き……選ばれた戦士のみに与えられた戦闘形態なのですね」
自分の脳内設定と勝手に紐つけて祈りを捧げている奴もいるし。
「魔法少女ピンキーピンキー! レッツ参上デース! きゃるんっ☆」
あざといロールプレイ、というかキャラになりきる奴も居る。
人助けをすると、与えられた端末の『マジカルキャンディー』という値が増えていく。彼女達は力を合わせて効率よくキャンディーを稼ぎ、他の参加者を無事蹴落とし、見事四人で試験に受かることに成功した。これが、大体四ヶ月以内に起きたことの全てである。
「……ってなわけで、今日が卒業試験です。と言っても、いつもどおり変わらず、魔法少女としての自覚を忘れず、こっそりささやかに、人助けをしよーっ」
集合場所として指定されている、ビルの屋上からは、街の景色が一望できる。特に駅前は新しい建物で溢れかえっているので、夜景はより一層輝いている気がしなくもない。
四人の教官役の魔法少女、ストロベリー・ベルは小悪魔の様な外見の魔法少女だ。悪魔の翼と尻尾が生えている。
「ふふ、これでやっとダモコホペナ神の巫女になれるのね」
「そんなんなりたくないけど、資格剥奪の危機からおさらばってのは嬉しいわね。」
「クックック……他の八人は随分と軟弱だったデスね、精々あの世で悔やむがいいデス」
「いや、死んでないし。殺すなし」
そして、ラブリー・チャーミーこと
事の始まりは香奈子がプレイしていたゲームを皆で始めたことがきっかけだった。アプリ『魔法少女育成計画』のプレイ中、『魔法少女に選ばれました!』とか言われて、試験官の魔法少女が派遣されてきて、てんやわんやになったものだ。
中間試験と期末試験の時期でも人助けを要求されたし、私生活を優先したかった流乃であるが、香奈子、弓子の二人が異様に乗り気だった為、いやいや付き合わされてしまった。
また厄介なことに、流乃の変身した姿、ラブリー・チャーミーの魔法は『テレパシーを操る』と言うもので、自分の考えていることはもちろん、周囲の人間の思考を読み取り、それを他者に伝達することが出来る。
迷子の子供の声を、親の元に伝える、といった作業もホイホイとこなせてしまうため、キャンディー稼ぎの主力は自然チャーミーとなった。
一番乗り気じゃない私が、なんで一番働かされているんだ、と心の底から思った。
「はいはい、ただ、いつも通りってのもつまらないし……そだ、チーム分けしよっか。二組に分かれて、キャンディーの多かった方の勝ちで」
「ストロベル先生、一々面倒くさい条件足すのマジでやめて」
チャーミーはげんなりした顔をしたが、テンションバカのピンキーと、イベント好きのブーケはそんなことは知ったこっちゃねえと言わんばかりに手を上げた。馬鹿共め。
「いえーい! 楽しそうデス! 負けたほうが焼き肉奢りでどうデスか!」
「さんせー! 流乃ちゃん、私と組もう!」
「流乃、コマソテペロネ神が私と組むようにって」
「こら、変身中は魔法少女の名前で呼びなさいっ、名前はちゃんと隠さないとダメって言ったでしょ。」
「えー」「えー」「えー」
ピンキー、ブーケ、ユミコエルが綺麗に声を揃えた。チャーミーは目元を抑えていた。
「でも、確かにチャーミーが入ったほうが有利かあ、うーん……三対一?」
「私に死ぬほどメリットないからやめてよ!」
「あはは、冗談冗談、じゃ、ピンキーとチャーミー、ユミコエルとブーケにしよっか、チーム分け」
「いやっほおおおうデス!」
「えー!」
「横暴反対」
チャーミーとコンビ、つまり勝利確定、すなわち焼き肉と言う名の約束を与えられたピンキーは飛び跳ねたが、当然の如くあまりの二人からは抗議の声が上がった。
「勿論、ちゃんとハンデつけるよ、チャーミー達は、ブーケ達の二倍、キャンディを集める事。制限時間は今から二時間半、オッケー?」
「あんまりオッケーじゃないんですけど……ペナルティ重くない?」
「ここまでの君たちのスコアを見る限り、これで五分ぐらいだよ。チャーミー、ホントに君の魔法は、現代の魔法少女事情にピッタリなんだから」
「んー……私はユミコ……エルとかのほうが、わかりやすくて好きなんだけどなあ。ていうか、ブーケの魔法が最強だと思うんだけど」
ジト目で二人を見てやると、ユミコエルは得意げで、ブーケに至っては得意げだった。蹴り飛ばしたくなった。
「私の魔法はロモコタペラ神の加護だから。強くて当然」
「ふふん、やっぱりー? 可愛い魔法少女には可愛い魔法が似合うっていうかー」
ユミコエルの魔法は『超怪力』で、望むだけのパワーを自由自在にコントロールできる。どんな重い物も持ち上げられるし、どんな硬いものだってぶち砕くことが出来る。
シンデレラ・ブーケは『お願い』を聞いてもらえる魔法で、相手に何かを言ってから、『お願い?』と一言添えると、何でもいうことを聞かせることが出来る。
「確かに二人のもすごいけど、魔法っていうのは使い方次第だから、応用力でいえばナンバーワンだよ、チャーミー。私の先輩にもね、『質問になんでも答えさせる』って魔法を持ってる魔法少女がいたんだ」
ストロベリー・ベルは笑いながら言う。
「そいつが編み出したのが、質問漬けにして答えさせ続けて、呼吸困難に追い込んで仕留めるっていう技だったんだけど」
「私それ絶対食らいたくないです」
その死に方は凄く嫌だ。
「要するに、考え方次第って事。チャーミーのテレパスは、自分で使う分にはノータイムで複数人に知らせられるわけだし、すっごい頼りになるよ、保証する」
「……あ、あの、センセ? チャーミー? 私の魔法に関してはこう、何かコメントないデスかね?」
微妙に話題から置いてけぼりにされていたピンキーが、おずおずと手を上げた。しかしチャーミーは無常に言い放つ。
「私、アンタの魔法だけはいらない。役に立たないし」
「むっきいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「じゃ、オチも付いた所で、勝負スタートといこうか!」
「センセ!? 教え子にフォローはないデスか!?」
「よーし、負けないからね流……チャーミー!」
「ハンデ付きなら余裕だし。ピンキー居る分有利だし」
「私ハンデ扱いデスか!? ていうか放置デスか!?」
「ピンキー、急いでよ、置いていかれちゃうでしょ」
「チャーミーイイイ、乗り気じゃなかったはずでは!?」
各々散開していく。魔法少女の身体能力に物を言わせて、雨樋を伝ってホイホイ降りるユミコエルとシンデレラ・ブーケ。スカートの中を見られる可能性を、全く考慮していない。
「ふふ、アンタたち、ホント仲いいね」
ストロベリー・ベルが笑って言うと、チャーミーはため息を吐いて、同じように笑いを返した
「まあ……家族みたいなものですから」
水面に、大きな石を投げ入れる。というのが、チャーミーが認識している、自分の魔法のイメージである。
波紋が広がり、様々なものにぶつかり、波紋が返って来る。その中から、目的の物をより分けていく。
「んー……あ、迷子みっけ。駅の北口、ワッフル屋さんがあるとこ。お母さんは改札のとこにいる」
「了解デスっ!」
「東口に定期券落とした人がいる、駅員さんの所に届いてるみたい」
「ラジャーデス!」
「何か彼氏が二股してて泣いてる女の人が……」
「それはちょっとどうしようもないデス……」
周囲で何か困っている人がいれば、チャーミーはそれを読み取って、ピンキーに伝える。ピンキーは風の如く駆けつけては直接解決してぱぱっと去っていく。
そんな事を二十分も続けて、チャーミーはんー、と唸った。
「…………っと、この辺ではもう、なんか困ってる人は居ないかも。あのネーチャン引っ掛けたいなーとか思ってるおっさんぐらいこれ援交の現場じゃ……」
「そういう生々しいのは受信しなくていーデス! 霞……じゃなかった、ブーケ達はどんな感じデス?」
テレパシーの受信範囲を少し広げて、良く知った思考の波長を見つける。思いの外、困っている人が見つからず、焦っている感情が読み取れた。
「んと、難航してるみたい。なんか伝えとく?」
「こっちはキャンディ五十超えたー、って煽っとくデス」
「らじゃ。 …………あ、怒った」
こちらから意思を伝えることも可能なチャーミーの魔法は、相手の頭に直接、こちらの意志や感情を伝えることが出来る。確かに便利な力だとは思うのだが……。
「……やっぱさ、電話とかラインでよくない? って思うんだけどなあ」
「そんな事ないデスよ、実際こうやって役立ってるじゃないデスか」
「ボランティアに使えても意味ないじゃん、自分が得するわけじゃないし。今回は焼き肉だけどさ」
「情けは人の為ならずというじゃないデスか。人の為に尽くすと自分に返って来るもんデスよ」
「え、それってそういう意味なの? 甘やかすと為にならないってことだと思ってた」
狩場(?)を替える為、人混みをなるべく避けて移動していく。二人の魔法少女としての姿は、学生服をモチーフにしているため、ユミコエル達ほど不自然なビジュアルではないのだが、チャーミーの髪の毛は真っ赤だし、ピンキーのツインテールは異様に長く、やはり人目を引く。
別にそれ自体は問題ないのだが、外見は(実年齢もだが)十代半ばの女子なのだから、警察に捕まったら、もう立派に補導の対象である。
「この姿だと戸籍ないデスし、捕まったらアウアウデスよ!」
「本体の方がバレても、家に迷惑かかっちゃうじゃん」
「デスねー、後一年で卒業なのに、立つ鳥跡を濁しまくりはちょっと嫌デスねー」
ピンキーが何気なく呟いた言葉に、チャーミーは視線を曇らせた。
「……後一年、かあ」
「そ、そう暗い顔しちゃダメデスよ!」
「うん、わかってるけど……やっぱ、目の前にあるとさ」
心美流乃、阿多田香奈子、雲霧霞、弦矢弓子の四人は、全員が同い年で、全員が同じ場所に住んでいて、全員が生活を共有している。
四年前の大災害で、家族を失い、家を失い、生活を失い、身寄りを失った、当時まだ年齢一桁の少女達は、児童養護施設に預けられて出会った。心身共に傷を負っている上に、見知らぬ他人との共同生活を強要されて、うまくいくはずなど当然なかった。
反発と喧嘩を繰り返し、拳を交え、舌戦を尽くし、お互いが名前で呼び合うまでに一年かかった。
特に香奈子と流乃は仲が悪かった方で、どんなことにも興味を抱けず、心を空っぽにしたまま、能動的なことを何もしようとしなかった流乃に、無理矢理色んな事をさせてきたのが香奈子だった。
自分と同じで、親を亡くして、親戚からも疎まれて、実質捨てられてこんなところに居るはずなのに、いつも笑顔でハキハキしていて、施設の年下の子供たちをグイグイ引っ張っていくリーダー役だった香奈子が、流乃はものすごく嫌いだった。
どうしてここまで笑っていられるのか、前向きに生きて行けるのか、どうしようもなくイライラして、そのイライラを、出会って十八ヶ月目に思い切りぶつけた。
「ヘラヘラ笑ってんじゃないわよ! 鬱陶しいのよ! 黙っててよ! 何でそんなに無神経なの!」
半ば八つ当たりだし、嫉妬が十二分に込められていたどころか、完全に嫉妬その物であったことを、今となっては否定のしようもない。
対して、香奈子は笑顔を崩さず、一切怒らず、こう返してきた。
「だって誰かが笑ってないと、皆くらーいまんまじゃん」
当時はその返答が出来る事にも腹がたって、結果的に殴り合いの大騒動になったのだが、それをきっかけに、話して、遊んで、笑い合うようになった。
今こうして魔法少女をやっているのも、香奈子がアプリを持ち出してきたのがきっかけだし、いざ実際に試験が始まった時も、
「もうすぐ私たちは施設出ないといけないし、進路によっては離れ離れになっちゃうけどさ、こういう特別な力があればさ、ずーっと繋がってられる気がしない? 誰にも話せない、私達だけの秘密にしようよ。だから、魔法少女になりたい!」
……それに賛同して、こんな時間、こんな場所で、こんな恥ずかしい格好をして、益もない人助けに励んでいる。
「こうやって魔法少女してる事自体、お別れへのステップ、って感じじゃん?」
「それこそ卒業試験って感じデスけどー、今生の別れでもなし、いーじゃないデスか。なんだったら、施設出たらルームシェアすりゃいいデスよ」
「バイトオッケーで近所の高校? あったっけ」
「いくつかあるデスよ、っていうか、なんで学区内の高校ぐらい確認してないんデスか」
「い、いや、だって、まだ一年後の話だし……何よ、香奈子は言う程見てるわけ?」
「後一年しかないんデスから、そりゃあ見てるデスよ。私立でも奨学金出る所もいくつかあるんデスよ? その辺り狙わないと、ろくな大学行けないデスから」
「う……」
ピンキーピンキーとなった香奈子は、徹底して自分にロールプレイを課している。語尾はデス、ポーズは可愛く、決め台詞はビシっと徹底的に、だ。一見ふざけているように見えるが、一番現実を見据えているのも、また香奈子だ。流乃なんかより、よっぽど先のことを考えて動いている。
「流乃が難しいこと考えれないのはよーくわかってるから、大丈夫デス。ちゃんと行けそうな高校ピックアップしておいてあげるデスから」
「余計なお世話よっ! ていうか、その……香奈子は、どこ行くつもりなの?」
「えーっと、流乃が『わ、私も同じ所に行きたい』とか言い出すんだったら、今から三百六十五日二十四時間徹底的に勉強漬けしてようやく補欠合格できるかどうか……ぐらいの私立デス」
「アンタと同じ所に行きたいなんて言ってないでしょーっ!」
……本音では行きたいと思っていたのだが、先手を打たれて潰されてしまった。
「ふふ、照れてる照れてるデス。冗談デスよ、流石にそこまでじゃないデスし、気持ちは嬉しいデスけど、もしその気があるなら、今度から勉強見るデスよ?」
「うー……」
今日もまた、香奈子にしてやられた、という悔しさが湧いてきて、思わず頬を膨らませてしまった。皮肉なことに、魔法少女ラブリー・チャーミーのその姿は、鏡で見ればとてもラブリーでチャーミングだった。
「……そ、そろそろ、テレパシーで探ってみるわ。キャンディもっと稼がなきゃ」
下手がすぎる誤魔化しをすると、ピンキーはぷっと吹き出した。むむむ、と唸って、魔法を使う。
「この時間帯だと迷子も少ないから…………あ?」
「お、ヒットしたデスか?」
ピクリ、とチャーミーの眉が上がった。
「え……なにこれ、誰が……いや、何、死ん……」
「……流乃?」
「…………いや」
テレパシーの魔法が、声を伝えてきた。
魔法の範囲内の中で、より大きく、より強い感情を、『受信』していたチャーミーの頭の中に、直接、それが叩きこまれた。
――――助けて誰か痛い嫌あああああ誰か嫌逃げ痛いて助け死あああああお母さ痛い痛い痛い痛いぎゃあ助けひいいいああああああギャ何でどうし助け痛い痛い痛い痛い痛い腕が目が何でこんな嫌助けこの子だけはお願ああああああああ嫌だああああああああ
「あ、あああああああああああああああああああっ!?」
無数の人間の、苦痛を訴える感情が、助けを求める声が、溢れかえる慟哭が、致命的な絶望が、問答無用で、ラブリー・チャーミーの脳髄に、情け容赦なく叩きこまれた。
首を跳ねられた時の痛みが。それを目の前で見たしまった時の恐怖が。それをどうにもできない悔恨が。そのまま死に至る絶望が、他者の思考を読み取り、受け入れられる魔法であるが故に、全てがまるで自分の感情であるかのように、頭の中を埋め尽くした。
「流乃ッ! 変身解いて! 速く!」
ピンキー、香奈子が肩を掴んで、何かを叫んでいる。
それでも、流乃の頭の中に、その言葉は入ってこない。
あらゆる負の感情の中、全ての感情が、一斉にそれを伝えてきた。
『――――真紅い』
視界が真っ赤に塗りつぶされて、流乃の意識は途絶えた。
◇◇◇
ピンキーピンキーこと阿多田香奈子は、自分の事を、打算と計算で動いている人間だ、と評価している。情けは人の為ならず、というのはまさしく香奈子の主義であり、他人に親切に振るまい、時に手助けし、側で支えてやることは、信用と信頼を生み出し、その貯金はやがて自分の役に立つ。
魔法少女になるために力を費やしているのも、特別な力は、上手く使えば将来の役に立つし、共有の秘密はお互いの繋がりと連帯感を、より強くすると思ったからだ。
目先のメリットに溺れない。
実際、ユミコエルやシンデレラ・ブーケ、ラブリー・チャーミー達の様な、目に見えて派手な魔法ではないが、ピンキーは自身のそれは最高に便利なものだと信じてやまない。
「んもー……何か刃傷沙汰でもあったんデスかね、気絶するほど頭に情報が叩き込まれるくらいの」
気絶して、変身の解けた流乃を一人担いで歩くぐらいは、魔法少女の身体能力なら訳はない。やはり往来を歩くと目立つので、人気のない裏路地をひっそりと行く事になっているが。
「おい、何故こんな暗い所を通るのだ? 表通りを歩けば良いではないか」
「お前自分の格好もう一度鏡でみてから言ってみろや、その真っ赤なドレスを見てな!」
「かっこいいであろう!」
「目立つつってんだよ!」
……人気がないと思った矢先に、会話が聞こえてきた。ピンキーから見て正面、ビルとビルの隙間から、二人の少女が現れた。
一見、黒を基調にした学生服を着ているが、自分もそうだからわかった。あれは魔法少女の衣装だ。細部にフリルやリボンがあしらわれていて、下手なコスプレにすら見えるが、それを着ている少女の顔立ちの隙の無さといったら、魔法少女以外の何物でもない。
そしてその後ろから歩いてきたのは、これはもう間違いなく、考える間もなく魔法少女だ。美しすぎる。目鼻立ちが恐ろしいほど整っているのに、背は低く、パッチリと開いた長いまつげが、見ている者に、これが美しいということだと強制的に認識させる。
加えて、大きく広がったスカートは真紅に染まっている。前から見ると、前面部がシースルーになっていて、下着のようなものがはっきりと見えるのだが、こんなデザイン、魔法少女以外ではありえない。
……問題は、自分たちが全く認識していない魔法少女と、こんな所でいきなりエンゲージしてしまったことであり、ピンキーは厄介事の気配を本能で感じ取った。
「あん?」
また、相手方も誰か居るとは思っていなかったのか、黒い方の魔法少女が、眉をしかめてこちらを見てきた。
「む、何だ、急に止まるでない。余の歩みを止めると殺すぞ」
「さくさく殺しすぎ何だよお前はよ」
「それで、どうした?」
ひょい、と赤い魔法少女が、黒い魔法少女の背中からこちらを覗き込む、身長差があるらしく、見えていなかったようだ。
だが、こちらを視認した赤の瞳は、すぅ、と細まり、ふん、と侮蔑の意味を込めた荒い息が吐かれた。
「あ、おい」
黒い少女の静止を聞かず、ずんずんと前へ歩み出る。
(あ――――)
なんかヤバイ、と直感した。
直感して、次の瞬き程の時間で、赤い剣が振りぬかれていた。
とにかくすぐ殺す。プリンセス・ルージュは気に食わない相手を交渉の余地無く殺す。それが彼女の中では当然でありルールであり絶対であり基準なのだろう。
流流流が生意気な口を叩いても、生かされているのは単純に気まぐれと、『助けられた』という事実に対して、一応の評価めいたものを与えているからなのだろう。
しかしながら、裏の世界で暗躍を続ける、悪の魔法少女に取って殺人と言うのは、なるべく、極力、犯すべきではない禁忌だ。
理由は単純で、処理する能力がなければ死体は見つかるからであり、死体が見つかれば存在が露見するからであり、存在が露見したら魔法の国も黙っていないからである。
殺さないに越したことはないのだが、コイツはガンガン殺す。
プリンセス・ルージュが前に出た時点で、おそらくは『歩みを止めた』という理由で、目の前の少女は殺されるだろう、と流流流は半ば諦めた気持ちで眺めていた。
(この街にゃ長居できねーが……コイツと行動し続けるのはマイナスでしかねえんだよな、とは言え、逃げようとしたら俺も殺されるだろうし、くっそ、面倒くせえ)
風をきる音が聞こえて、プリンセス・ルージュは剣を振るっていた。相変わらず、いつの間にか握っていて、それを行使する瞬間が見えない。何らかの魔法を使っているのではなく、単純にその動作を行う体のスペックが高すぎて、素早すぎるのだ。
(まあ、苦しんで死ぬよかマシだろ――――ん?)
しかし、流流流の眼前に飛び込んできたのは、首を跳ねられた少女の姿ではなかった。
高速のプリンセス・ルージュの剣閃より尚速く、少女は頭を、深く深く下げていた――――俗にいう、土下座の姿勢をとっていた。
「いやいやいや、本当に申し訳ないデス! ささ、どうぞどうぞ、お通りください!」
頭を下げて、剣を避けて、そのままへこへこと媚び諂って、どうぞ進んでください、と、プリンセス・ルージュに道を示した。
一方で、プリンセス・ルージュは、首を跳ね飛ばすつもりではなった自分の剣が、当たらなかった事が不思議なのか、首をしきりにかしげて、むむむ? と納得行かなそうな顔をしている。
「……オイ、いいから行こうぜ。下手に殺すと面倒なんだよ、マジで」
「むう」
ルージュの手を引いて(無意識に手を取ってしまった瞬間、『余に許可無く触れたな?』と首を飛ばされるかと一瞬背筋が凍ったが、特に抵抗はなかった)、この場を離れようとする。
騒動を起こした場所には、居続けないのが正解なのだ。居座らないのが正解なのだ。それが流流流の哲学である。長生きするためには、騒動を起こさないのが一番なのだ。
だが、暴君はその哲学を真正面から踏みにじるのが、どうにもお好きらしい。
「いや、やはり殺そう、余は一度決めたことを曲げるのは嫌いだ」
「ふあ――――!?」
再度振り上げられた剣に、少女が硬直する。そしてその体の停止は、二度目の奇跡的な回避を、遂げられない事を意味している。
「ちょおおおおっと、待ったあああああああああああああああっ!」
まさにその直後、横合いから『何か』が、二人の間に割りこむように突っ込んできた。反射的に、流流流とプリンセス・ルージュは、左右に分かれて飛び退いた。
「何者だ?」
ルージュが剣を構え直し問いかける。あからさまに不機嫌そうで、間違いなく怒っている。何よりも、自分がしようとしたことを阻害されるのが大嫌いなのだ。
一方、その場に現れた新たな魔法少女――――仮装とは到底思えない、悪魔の羽と尻尾を携えた――――は、そんな相手を無視して、背後の少女にほほえみかけた。
「大丈夫? ピンキー、チャーミー」
「す、ストロベルせんせぇぇぇぇっ!」
だばぁ、と、ピンキーと呼ばれた少女――――コイツもよく見たら魔法少女だ――が、目の端からじゃばじゃば涙を流して、小さな腰に、背負っていた少女を放り投げてしがみついた。
「こらこらこら、ちゃんと抱えてなさい!」
「おっと」
ヒョイッと再び少女を背負い直し、そそくさと『ストロベル先生』とやらの後ろに隠れる。
「こっちの様子見に来たら、間一髪ドンピシャだったみたいね――――アンタたち、何処の魔法少女? 私は見たこと無いんだけど」
「誰が余に口を利いて良いと言った?」
小悪魔モチーフの魔法少女の問いかけに、マジギレ直前のプリンセス・ルージュが応じる。ふうん、と『ストロベル先生』とやらは頷いた。
「ピンキー、チャーミー連れて逃げて。私も後から行く。ブーケ達にも連絡取って、集まるように伝えて」
「お、オッケーデス、ストロベル先生は……?」
「悪い魔法少女を退治してから行くわ、こういうのもお仕事だからね」
そこで初めて、『ストロベル先生』はプリンセス・ルージュに視線を向けた。睨みつけた。
圧倒的存在感を有し、それを振りかざすのをためらわないプリンセス・ルージュは、恐らく、誰かに無視をされる、といった体験など、無いのだろう。皆無なのだろう。不機嫌を通り越して、大激怒と言った有様だ、もう何時襲いかかってもおかしくない。
だが……
(悪魔の羽と尻尾、ピンクの髪の魔法少女…………アイツ、ストロベリー・ベルか)
その名前に聞き覚えがあった。武闘派揃いで有名な、『魔王塾』という派閥がある。とある事件でトップが死んで、空中分解したらしいが――――その中でも、ひときわ対人戦に特化しているらしい、凄腕の魔法少女の噂を、聞いたことがあった。
(先生、ってことは、今は新人魔法少女の教育役でもやってんのか。んで、こいつらは研修中、と)
となると、ルージュの攻撃を回避できたのも、何らかの魔法によるものだろうか。目を向けてみると、しかし先生を残して、そそくさと退散していく後ろ姿が目に入った。
魔法の国とダイレクトに繋がっているのであれば、自分たちの所在と所業が明らかになるだろう――逃がすべきではなかったかもしれない。
しかし、今となっては後の祭りだし、何よりストロベリー・ベルは追いかけさせてはくれないだろう。
(つーか、コイツがここでこのお姫様をぶっ飛ばしてくれりゃ、俺も逃げられるしな)
プリンセス・ルージュの魔法は未だわからない、ストロベリー・ベルとどちらが強いのかも。どう転んでもいいように、用意を整えておくべきだ。
真紅の魔法少女に対するストロベリー・ベルの感想は、『どっかで見たことあるような気がする』、程度の認識だった。
所属していた派閥のトップ、ストロベリー・ベルの師匠が、任務先で死亡してからおおよそ半年、後始末や事後処理と言った、頭を使う仕事を出来る魔法少女が、『魔王塾』にはほとんど居なかった――――戦闘能力に特化しすぎていて、その他の面はかなり蔑ろだったので、その負債はストロベリー・ベルに全面的にのしかかって来て、担当となった地区の、過去の事件の記録など、詳しく見ている暇がなかったというのが大きな所だが。
新たな身の振り方として始めた先生役というのは、なかなかどうして楽しかった。とある一人の魔法少女の暴走から、魔法少女の選抜試験はより管理が厳しく、より適切に行われることが義務付けられ、監督役に置かれる魔法少女も、実績と経験のある、信頼できる者に任されることになった。
実績と言うと、ほとんど血なまぐさい戦闘経験が主だったし、改めて新人に何かを教えるなんて、どうしたらいいんだろう、と友人に相談してみた所。
「うん、向いてると思うよ? ストロベルは人の気持ちがよく分かる魔法少女だからね。珍しく」
と、しれっと言われて、やってみる気になった。
最終的には両手の指では足りないぐらいの少女を試験することになり、出来ることなら全員を魔法少女にしてあげたかったが、無差別に力を持っている者を生み出せば新たな問題が起こる。全員品行方正であるか、それを隠されていたとして、見抜けるかどうかが問題だからだ。
結果として選抜した四人は、強い絆で結ばれていて、お互いのことを信用しあい、また、魔法を正しく使う――――少しぐらいなら、自分の為に、人生を楽にするために使ってもいい、と教えた――――才能をしっかり持っている。自分が守るべき存在だ。
だから……目の前の魔法少女を、許す訳にはいかない。その力を望むがままに振るい、傷つけることをためらわない、存在してはいけない魔法少女。
「名前、聞いといてあげるわ。今降参するなら穏便に済ませてあげる。なるべくなら殺さないようにしてあげるけど、保証はできない。私、やること過激なのよね」
あえて挑発的に言ってやると、わかりやすいように、怒りに火がついたのだろう。赤い方の魔法少女が、自前の武器を片手に、背後の魔法少女に「手を出すな」と告げた。
「この無礼者は余が殺す。プリンセス・ルージュが、生存を許さぬ」
「ヘイヘイ、ご自由に」
「へえ、プリンセス・ルージュっていうんだ、可愛い名前だこと。牢屋につながれるプリンセスってのも、悪くないんじゃない? うん、可愛いかもよ?」
「余を――――」
気づいた時、眼前に、もう赤い刃が迫っていた。
「――――愚弄するな」
激昂というにはあまりに冷淡すぎる声、同時に、首狙いの一撃が飛んできた。
が、ストロベリー・ベルはその寸前に、背後に向かって跳躍していた。背中の翼はほとんど飾りだが、それでも羽ばたかせれば風を巻き起こせるし、その風圧で移動をブースト出来る。
「暴力反対――――それじゃ、アンタは撃退だ」
瞬間、追撃を行おうとしたプリンセス・ルージュが、眉を顰めて動きを止めた。
自身の手を見つめて、開いたり握ったりしている。が、恐らくその違和感に気づいているのだろう。
「どこ――見てんのよっ!」
その隙を、ストロベリー・ベルは見逃さない。両足で跳躍し翼で勢いをつけて、思い切り腹へ蹴りを叩きつけた。さすがの反射神経で身構えるプリンセス・ルージュだが、到底避けきれるものでもない。攻防の間にも、その動きは目に見えて鈍っていく、というより、散漫で、緩慢で、違和感の大きい物になっていく。
ストロベリー・ベルは『自分の感覚を他人と共有する』という魔法の持ち主だ。視界内に納めていれば、自分の感じている五感を、そっくりそのまま上書きすることが出来る。
今、プリンセス・ルージュは触覚を上書きされている。ストロベリー・ベルは両手を開いている、その感覚が伝わっているのだ。
(私は剣を握ってない。だからアンタも剣を上手く扱えない。)
実際に持っているのに、手に剣を握った感触がない。自分の動作と感覚が剥離している。動かしているのに感覚がない、どころか、違う感覚を与えられては、どんな魔法少女だって、まともに動くことはできない。歩いている感覚も、立っている感覚も、全てが自分のものではない、という徹底的な「矛盾」の押し付け。
「そお…………らっ!」
そんな状態で、連続攻撃を叩きこまれて、防御しきれる訳がない。鋭い爪の生えた貫手を、蹴りも交えて急所目掛けて叩き込む。
「ぬあっ!」
爪が腹をかすめて、血が飛び散った時、暴れるように剣を振るうが、その軌道はあからさまに正確さを欠いている、避ける事など容易い。それこそ、目を閉じていても。
「片目を閉じていても――――ねっ!」
次いで、視覚を共有する。プリンセス・ルージュからすれば、ストロベリー・ベルの視界で――――つまり、自分が眼前に居る光景が映しだされることになる。
「むう、貴様――――」
「遅いっての!」
こうなればもはや、満足に体を動かせない。事実、ストロベリー・ベルが顎に叩き込んだ蹴りを、プリンセス・ルージュは避けることすらできなかった。
「がっ、ぐっ、ごっ」
「もうちょっとかわいい悲鳴あげなさいよ――――魔法少女なんだから」
その勢いのまま、顔面に、爪を貫手を放つ――――勢いの乗ったそれは、直撃すれば致命傷たる一撃だった。
「……がぁっ!」
それでも、身体能力面で、プリンセス・ルージュは魔法少女の中でもトップクラスだったようだ。とっさに首を動かして、顔面に穴が空くのは免れた。
免れただけで――――勝てはしなかった。
ズレた軌跡をそのまま横にスライドして、ブツッ、と太いものを裂き断つ感触が、鈍く伝わってきた。
その瞬間、魔法を解除して、感覚を戻してやる――――与えたダメージ全てが、プリンセス・ルージュの知覚域に入った。
「か、は、が――――――――!」
「残念、よけきれてないわね」
首筋、頸動脈を、ストロベリー・ベルの爪は的確に捉えた。捉えて、ぶち切った。
魔法少女といえど大量出血すれば死ぬ。今まさに、ひねり過ぎた蛇口の様に、ドバドバと鮮血の柱を吹き上げているプリンセス・ルージュの体から、生命維持を許さない、命の雫が溢れ落ちていく。
「で、あなたは私と戦うかしら?」
腕を素早く払って、赤い雫を振り切ると、にこ、と笑って、ストロベリー・ベルは流流流に問いかけた。
「……成る程、こりゃ強えや」
どんな仕組みかは分からないが、プリンセス・ルージュは完全に戦闘能力を奪われて居たようだった。傍から見ていて露骨に動きが鈍っていく様は、一周回って滑稽ですらあった。
(身体能力を奪う魔法、か何かか? そういう輩は苦手なんだけどな……)
スカートのポケットの中の、「何にでも書けるペン」を取り出そうとした。
直後、手の中から感覚が失せた。布地の中に手を入れているのに、空気に触れている手の感触。ハッとして見やれば、ストロベリー・ベルは両手をパーに広げていた。
「私とまともにやり合おうとは、思わないほうがいいよ、これは警告。向かってくるなら、マジの本気で徹底的に、私容赦しないから」
「……みてーだな」
感覚が失せているので、握れているかどうかもわからない。それでもおおよそ当たりをつけて、ポケットから手を引き抜いた。ぽろり、とペンがこぼれ落ちて、ちっ、と舌打ちした。
「で、降参した場合、俺はどうなるんだ?」
「とりあえず魔法の国に連絡する事になると思うけど、申し開きは役人にしてよね。アタシは捕まえるだけ。オッケー?」
「……実質死刑か封印刑みたいなもんなんだよなあ」
「それなら、戦ってここで死ぬ?」
「ちと考えてる」
冷や汗と共に、何か手を打とうと思った――――所で。
「ふむ、なかなか面白い魔法であったな」
「!?」
流流流も、ストロベリー・ベルも目を見開いた。
何事もなかったかのように、それが当然であるかのように。当たり前であるかのように。平気な顔で、平然とした様子で、平常のまま、プリンセス・ルージュは立ち上がっていた。
首の傷も、流血の後もない。美しき真紅の最悪、プリンセス・ルージュはありのままの姿で立っていた。
今度はストロベリー・ベルが舌打ちをする番だったし、流流流は呆れたように言った。
「そのスペックで治癒系の魔法は反則だろ、おい」
「む? 何の話だ?」
プリンセス・ルージュは笑っていた。笑っていたが、怒っていた。
どうしようもない程にブチ切れていて、瞳の中に言い逃れできない、憎悪と殺意の炎が。ギラギラ光っていた。
「余が死ぬ訳がないだろう。余は王であるぞ?」
「どんだけ傲慢なのよっ!」
ストロベリー・ベルが、再び爪を立てて跳びかかった。
同時に魔法が発動したのだろう、再び、プリンセス・ルージュの挙動が――――
「余が自由に動けぬわけがない」
――――停止する事なく、剣が振りぬかれて、今度の鮮血は、ストロベリー・ベルが吐き出す番になった。
「きゃ、ああ、あああああっ!」
小さく可愛げのある右腕が、肩の付け根から斬り飛ばされた。十全のプリンセス・ルージュの斬撃を、相手が十全でないことが前提のストロベリー・ベルは、回避しきれなかった。
「小癪な真似をしてくれたものだな、うん? 余は怒ったぞ、下民」
「――――――ッ!」
ストロベリー・ベルが何かしようとした。
その行動を、暴君は許さなかった。
自分がされたのと同じように、顎を蹴りあげて、その反動で浮き上がった頭を片手で掴みあげて、手近な壁に叩きつけた。
「余の、体に、傷を、与えた、罪を、くれてやろう、うん?」
何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し繰り返し、壁に穴が空くまで只管に。
やがて、ストロベリー・ベルの体が動かなると、疲れたと言わんばかりにその体を放り投げた。
「全く、不愉快であったな。まあ、多少は溜飲が下ったぞ。うん、良い顔をしている、ほれ、お前も見てみろ」
繰り返すが、魔法少女の肉体は頑丈だ。頑丈だから、なかなか死なない。
コンクリートの壁に、顔面を、尋常でない膂力で何度もたたきつけられて、鼻が潰れて、歯がへし折れて、凹凸が消えて、平坦になって、パーツの行方がわからなくなっても、死なない。
「おっと、懺悔の言葉を聞いていなかったな、口を開くことを許そう。」
人相のわからなくなった顔に、自らの顔を近づけて、プリンセス・ルージュは笑っていた。楽しそうに楽しそうに笑っていた。
「…………ね」
潰れた口から、かすれた声で、ストロベリー・ベルは、絞りだすように言った。
「む? 聞こえんぞ、ほれ、もっと大きな声で言わぬか」
「…………死ね、ばーか」
ストロベリー・ベルは、屈しなかった。
ぐちゃぐちゃに顔が潰れても、屈しなかった。
残っていた左腕の爪を立てて、動かそうとした、努力をした。
その前に、プリンセス・ルージュの剣が、ストロベリー・ベルの心臓を貫いて、潰していた。
「――――不愉快であるな」
びくんっ、と体を跳ねさせて、絶命したストロベリー・ベルから、剣を引き抜こうとして――――
「……待て! そいつまだ死んでねえ!」
流流流が叫んだ。ん? とプリンセス・ルージュが声を上げた。
「……へへ」
その瞬間、ストロベリー・ベルの魔法が発動した。死亡した魔法少女は、変身が解除されて、元の人間の姿に戻る。だが、まだ彼女は、魔法少女のままだった。死の直前で生きていた。
ストロベリー・ベルの魔法は、感覚の共有だ。触覚嗅覚味覚聴覚視覚、それらを自由に相手に上書きできる。そして、その中には、痛覚も、痛みも含まれている。
ストロベリー・ベルがプリンセス・ルージュに共有したのは、右腕の切断、顔面の破損、そして心臓が裂けた苦痛。
致命傷の感覚を、致命傷として叩き返す。死の間際に使えるたった一回の切り札。
「――――!」
今度こそ、プリンセス・ルージュが絶叫を上げた。
魔法少女も傷つけば死ぬ――――出血多量で死に、心臓が潰れれば死に、脳が破損すれば死に――――限界を超えた痛みを与えられたら、ショック死する。
今度こそ、ストロベリー・ベルは力尽きた。小柄な小悪魔の体は、恐らく成人女性であろう、顔が潰れて、心臓に穴の空いた、スーツを着た女性に変化していた。
「お、おい、ルージュ……?」
重なるようにして、倒れこんだプリンセス・ルージュに、流流流が恐る恐る手を伸ばした――――が、それは何にも触れることはなかった。
何事もなかったかのように、再び立ち上がった。くは、と笑い声を上げた。
「何を呆けた顔をしている? 言ったであろう、余が死ぬわけは無いと」
そのまま、足を上げて、元ストロベリー・ベルの体を、踏みつけた。魔法少女の全力で、踏みつけた。
肉と骨が、驚く程あっさり潰れて、ぐちゃりぐちゃりと、音を立てて飛び散った。
「だが――――痛かったな、うん、痛かったぞ。なかなかに効いた、褒美をやろうか、ええ? 下民が、下民が、下民がっ! 下民風情がっ!」
怒りのままに、人間が肉片になるまで、足を動かし続ける。
流流流はその様を、呆然と眺めていた。
「……お前の魔法、治癒系じゃねえのか? 肉体の自動再生みたいなもんだと思ってたが……」
はぁ、はぁ、と荒い息を上げて、ようやく気が済んだのか、流流流に目を向けて、暴君は笑った。
「そのような瑣末な物が、余の魔法であるわけがあるまい」
傲慢に、笑う。
「余の魔法は余が余であるための魔法よ、余はな、流流流よ」
傲慢に、言い切る。
「最強なのだ」
◇◇◇
十一月の終わり際というのは立派に冬と言っていい。いくらイルミネーションで彩られていようと、寒いものは寒いし、冷えるものは冷える。
身を刺すような冷たさを、それでも大して苦ではないのは、魔法少女の身体能力の高さの一つである。
「なーんかさー、皆幸せそうよねー」
雲霧霞こと、シンデレラ・ブーケは、噴水に腰掛けて、道行く人々をボーッと眺めていた。
「困ってる人なんて全然居ないしさー、ほんっと私達って流乃に依存してたのね」
「ブーケ、名前で呼ばない」
「っと、ごめんごめん……アンタはなんて呼べばいいのよ、魔法少女でも普通でも対して変わんないし」
弦矢弓子こと、ユミコエルは、退屈そうなブーケの隣で、きょろきょろと、何かしらキャンディーが稼げそうな対象が居ないかを探していた。
彼女達のそばを通りかかった人間は、その飛び抜けた容姿に一瞬目を留めては、綺麗だとか、可愛いだとか、隣人と話ながら通り過ぎていく。
ユミコエルは大きなマントで体を隠している為、露出している面立ち以外は人目を引かないのだが、、シンデレラ・ブーケは、名前の通りシンデレラを少女に仕立てあげたような外見で、それこそ絵本の世界からお姫様が飛び出してきたかのようで、大変目立つ。
「ねえ君達、何してんの? 待ち合わせ?」
なもので、一箇所にずうっととどまっていれば、こういう呼んでも居ない連中が寄ってくる。
三人組の、チャラチャラした男たちだった。右から順番に不細工下品顔面崩壊と言った具合で、誘われて嬉しいタイプかと言われるとかなりノーである。
「さっきからずっといるじゃん、なあ、一緒に遊ばね? 飯奢るよ?」
「はぁぁぁぁぁぁー……どうしてこんなんばっかなのかなあ」
「あ?」
ブーケは、露骨に無視をして、それからしっしと手で払う仕草をした。
「ナンパするならもうちょっと顔面偏差値上げてから来なさいよこの凸凹クレーターフェイスのスカタン共。自分が女の子に声かけるのが許される容姿だと思ってるわけ? まして私を? 何、最近の芸人はいきなり出張サービスで体を張ってボケてくれるわけ? 頼んでないからさっさと巣に戻りなさい。こんな都会にゴリラの巣があるか知らないけど」
「何もそこまで煽らなくても……」
当たり前のことではあるが、ブーケの言動は真正面から喧嘩を売っているし、言われた方もその程度のことを理解できる脳味噌を持っていたし、ごく自然な流れとして、
「あぁ!? てめぇもっかい言ってみろコラ!」
「暇そうにしてっから声かけてやったのによぉ!」
「殺すぞコラ、あぁ!?」
「うわ、語彙すっくな。今後の人生大丈夫? あー、もういいから、あっち行ってよ、うっさいから」
「このガキ……!」
魔法少女の身体能力は、常人のそれを遥かに凌駕する。たとえ外見が幼い少女であろうとも、大の男と殴り合って負けはしない。
が、シンデレラ・ブーケに至っては、そんなことをする必要すらない。
「お願い、目の前から消えて」
すると、殺気立っていた男達は、その怒りの形相のまま
「ち、仕方ねえな!」「てめぇ覚えてろよ!」「ダッシャァー!」
お願い通りに、二人を置いてその場を去っていった。
「何度見ても、何十回見ても、便利だね、『お願い』の魔法」
「そーねー、これを色々悪用できたら人生楽しいんでしょうけどねー」
シンデレラ・ブーケの魔法は『お願いを聞いてもらう』事だ、その口から『お願い』と告げるだけで、その要求を相手に飲ませることが出来る。
ただし、無制限に何でもかんでも出来るわけではないようで(ピンキー主導の実験の結果)、その対象の倫理観から大きく外れる行動は、お願いを聞いてもらえないことがあった。自殺しろ、とか、誰かを殺せ、とかいう『お願い』では、魔法は効果を発揮しない。また、お願いの記憶は消えるわけではなく、一定期間を過ぎると魔法の効果も解ける為、仮に見知らぬ人に『お財布の中身全部頂戴、お願いッ』と言って現金を頂いた所で、後々問題になるのは目に見えている。
「そうそう上手くは行かないってことよね、ていうか、本当に迷子とか居ないわね……」
「探しまわるしか無いんじゃない?」
「仮に探しまわったとして、歩いてる子供が迷子かどうかなんて、私達判断できないじゃない」
「確かに」
「つまり無理ゲーって事―、だったらもう下手に仕事するよりダラダラしてましょうよめんどいし」
「私の理性はまじめにやるべきだって言ってるんだけど」
「本音は?」
「トモコロペナ神はファミレスにでも入っていちごパフェ食べたいって言ってる」
「よし、そうしよう」
ぴょいっと立ち上がるブーケのスカートが、ふわりと揺れた。
「そうしようって……お仕事は?」
「サボりバックレ逃亡上等」
「……えー」
ジト目で睨むユミコエルに対して、ブーケはきゃらきゃらと楽しそうに笑った。
「本当に真面目なんだから、弓子……エルは。手なんて、軽く抜くぐらいが丁度いいの。パフェ食べたいでしょ? サボって食べるスイーツ、美味しいよ?」
「むう……」
言い返せないユミコエルを、ブーケはグイグイ押し切っていく。
「はい決定、確か、あっちのビルの二階にマニーズあったよね」
「……あった、パフェフェアやってた」
「いいね最高、いこいこ」
「このビジュアルで、お店に入れてもらえるかな?」
せめてもの抵抗と言わんばかりに、不安げにユミコエルが言った。
「私がお願いすれば、一発でしょ」
魔法は、上手に使わなきゃ。と、悪戯を企む少女の笑みで返した。
◇◇◇
事情を上役の魔法少女に説明して最初に言われたことは『証拠隠滅をお願い』だった。
臓物と肉片溢れる店内は、両手の指を倍にしても足りない死体が転がっている。入り口に営業停止中の張り紙をしているが、後三十分もすれば、次のシフトのアルバイトがやってきて、事情が露見してしまう。
「……ホント、嫌な魔法、やね」
たった一人の生き残り――――魔法少女カニバリアの右腕が、ゴキゴキと音を立てて変質していく。細く小さなそれは、数秒で、ずらりと牙の生えそろった、巨大な顎を持つ、化物の口に変化していた。
ファンタジーに出てくる、竜の口がそのまま生えてきたかのような、これがカニバリアの魔法である。
体の一部を『なんでも食べられる化物の口』に変えることが出来、この牙の前では石でも岩でも金属でも、問答無用で咀嚼して噛み砕き、カニバリアの栄養となる。
今しがた、死んだ直後の人間の死体など、少女の認識と自我が拒否することを除けば、新鮮で美味しそうな生肉の陳列に他ならない。
(…………嫌だ、嫌だ、本当に、嫌だ)
一度『口』を出してしまうと、もう自分の意志を抑えることが難しい。鼻が血の匂いを吸い込んで、ぐるると腹が鳴った。グロテスクな死体の山が、ご馳走の盛られた皿に見えて仕方ない。がちっ、がちっ、と、顎が牙を鳴らして、主たる魔法少女に、速く食わせろとせっついてくる。
「……いいよ、お食べ」
――――――ゴギャルアァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
歓喜の咆哮をあげて、ジャリジャリ、パキパキと、硬い物を咀嚼する音が響き始めた。
伝わってくる生肉の味を、どうにか意識しないようにした。
ファミレスのカーテンは完全に締め切られており、入り口には『営業停止』とデカデカと書かれている。
「……もう完全にパフェ食べるテンションなんだけど」
「別のとこ探す?」
「えー、駅の方行かないとないじゃん、めんどいー、もう、なんで休みなのよっ」
「今日定休日だったっけなあ……、ん?」
ユミコエルは片眉をピクリと当てて、ぴとっと閉じた扉に耳を当てた。
「つめひゃっ!」
「何してんのよ……」
「こ、この時期のガラス冷たい! じゃなくて、なんか変な音がしたから……」
「変な音ぉ?」
魔法少女の五感は、通常の人間のそれよりも鋭い。勿論個人差はあるが、二人のそれは、ガラス戸の向こうの小さな音を拾える程度には優れていた。
ブーケもユミコエルに習って、二人で顔を合わせて、耳を澄ます。
ジャリッ、ジャリッ、バキッ、ズルッ、ゴギュッ、グブッ
「……何か動いてる?」
「ていうか、すごい生々しいんだけど……」
自然、声のトーンも小さくなる。更に、ひくひくと、ユミコエルの小さな鼻が動いた。
「……鉄臭い」
「扉の匂いじゃなくて?」
「違う、奥から……後、生臭い感じも」
しばし、無言で見つめ合う。なまじ会話が止まっただけ、扉の奥から響く謎の音が気になってしまう。
「……中に化物がいたりして?」
「……いや、そんなわけ無いでしょ、ホラー映画じゃないんだし」
ユミコエルの一言を、ブーケは苦笑いで切り捨てようとした。しかし、と反論する。
「でも、魔法少女はいるじゃない?」
「…………」
現在進行形で魔法少女である自分たちを見つめ返すと、どんなことだって『ありえるわけがない』とは言い切れない。
「じゃ……どうする? 中に入る?」
「プレデターとか出てきたら、立ち直れないかも」
「言葉が通じなかったら、私の魔法意味ないし……そしたら、アンタが倒してよ、一発でしょ」
「うう……」
軽く、音がたたない程度に扉を引いてみたが、やはりと言うかなんというか、鍵がしっかりかかっていた。
「……セレモパロ神様、お力添えを」
ユミコエルは、自前の杖、仙人が持っているような、先端が丸い、乾いた樹の枝のようなそれの、細い先端で、鍵を小さく、なるべく音を立てないように、とん、と叩く。
すると、まるでゼリーに爪楊枝を刺したかのような、そんな容易さで、ずぶ、と金属製の錠の中に、杖の先端が沈み込んでしまった。そのまま静かにグリグリと動かすと、鍵はその機能を完全に失ってしまった。
「さっすが、力自慢」
「あんまり嬉しくないんけどなあ……」
簡単に言うと、とんでもないパワーを出す事ができるのが、ユミコエルの魔法である。理屈上、力づくで破壊できないものは彼女にはない。
また、変身した時に持っている杖を仲介すると、そのパワーを一点に集中したり、逆に拡散することも出来る。細い方の先端に、何十トン、何百トンという力を込めて、文字通り力づくで、錠前を破壊したのだ。
「もっと、レーザーとかビームとか出したいよね……」
「マジカルデイジーみたいな?」
「そうそう、ああいうのがいい」
軽口を叩きつつ、ゆっくりと扉を開く。
「っぐ……!?」
直後、猛烈な臭気が二人の鼻を吐いた。鉄臭い、生臭いどころじゃなかった。豚の内臓を詰め込んだ鍋を、ずうっと火にかけ続けたような、熱気の篭った生肉の臭いだった。
店内は薄暗い、明かりが完全に落ちている。そして、より明白に、何かが動いて、ぐちゃぐちゃと粘膜をすり合わす音を立てながら、蠢いている気配がした。
(誰かいる……?)
ユミコエルが先行し、待ち人数が多い時に利用する、椅子のならんだスペースを抜けて――――死体の山を見つけた。
「…………!?」
悲鳴を挙げなかったのは、単純にその光景が、現実離れしすぎていたからだった。無数の死体が折り重なって、バラバラにされて、混ざっているので、脳が人間と認識できず、逆に生々しさが消えていた、というのもある。
それでも、死体は死体で、悍ましいほどに血が流れ出ていて、臭いと視覚のすべてが、現実だと伝えて来た。
だが、それ以上に。
(な、何あれ……何っ!?)
右腕から化物を生やした誰かが、その、人間の死体を貪り食っていた。
骨を砕き肉を砕き臓物を砕き飲み干して、流れた血液は長い舌をじゅるりとつかって、零さず舐めとる。
その作業を、転がっている死体の数だけ、何回も何回も繰り返し行なっていた。
(魔法……少女?)
(そんな可愛いもんじゃないじゃん……! なにこれ、どうなってんの……!?)
急激に収縮する心臓を、なんとか落ち着かせようとしながら、二人は小声でやり取りする。
(逃げよう、ストロベル先生呼んでこよう、あれ、私達じゃ無理だって)
(……でも、魔法少女なら、私、なんとか出来るかも?)
相手は作業に夢中なのか、こちらに気づいている様子はない。不意打ちは出来るかもしれない。
(私の『お願い』なら、耳にさえ入れば)
(……本気? 霞ちゃん)
(本気。 ……もし、もしもだよ? このまま、逃がしちゃったら、アイツ、証拠を全部食べて、またこの街の何処かに逃げるって事じゃん。そっちのほうが、怖くない?)
そういうシンデレラ・ブーケの表情は、勇気や使命感に満ち溢れて――いない。
恐怖と嫌悪感に支配されていた、歯の根がカチカチと鳴って、怯えていた。ユミコエルも、気持ちは同じだ。四年前、家族を失ったあの時より、もっともっと怖い。
明確に、目の前に、死が迫っているかも知れない、その致命的なターニングポイントに居ることが、怖い。
(でも……私達しか出来ないよ、弓子)
怖いけれど、それでも、やる。
(じゃなきゃ、魔法少女になった意味なんて、ないじゃん)
ペキペキ、と、骨を噛み砕く音が、耳朶を打つ。
ぐ、と杖を握りしめて、ユミコエルは覚悟を決めた。シンデレラ・ブーケは、雲霧霞は、こんな正義感を出すような少女ではない。上手く立ちまわって、上手くやりくりして、手を汚さずに、得を得る。そんな、賢しく、小賢しい女の子だ。
いつも四人で一緒にいるが、弓子は、どちらかと言えば要領のいい霞が、少し苦手だった。弓子には、例えば今みたいに、やれと言われたことを、手を抜いたり、サボろうという発想なんて出てこない。自分よりずっと、上手く生きるすべを知っている。
でも、そんな彼女が、今この時、無謀に、危機に立ち向かおうとしているのは、きっと今弓子が感じているのと同じ理由だ。
死体の中に、家族があった。母親と父親と子供が居た。ぐちゃぐちゃになって丸まっていた。
あれらは、弓子達の過去だ。家族がいて、失った、自分たちの幻影だ。魔法少女なら、力があったなら、きっと四年前、家族を失ったあの日、もしかしたら何か出来たかも知れない。そんな夢想をしなかった日が、無いわけがない。
失ったものは取り戻せないが、これから失わない為に、自分たちは魔法少女になったのだ。だから、あの化物は倒さねばならない。もし逃したら、誰かが、きっと理不尽に、自分たちと同じように、家族を、そしてそれ以上のものを、失うかもしれないから。
(……分かった、やろう、なんていう?)
(抵抗するな、大人しくしろ、お願い。でどう?)
(うん、じゃあ、私が囮に、なるから)
(……大丈夫?)
(私の方が頑丈、だし、お願いね、霞)
化物の魔法少女が背を向けた瞬間、ユミコエルが駈け出した。
「っ!」
そこで初めて、『食事』に集中していた敵が、こちらを見た。その時にはもう、ユミコエルは杖を振りかぶり、シンデレラ・ブーケが声をあげていた。
「抵抗す――」
ほんの一秒、言葉を言い切れば勝てる筈だった。シンデレラ・ブーケの魔法はそういう魔法だ。キーワードさえ言うことができれば、誰も逆らえない。
「るな、大「ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」し――!?」
「~~~~~~っ!?」
そのはずだったのに、その魔法少女の右腕が、大きな顎の右腕が、大咆哮をあげていた。
ブーケの命令何て、問題にならないぐらいの大声が、耳から入って脳を突き抜けていった。『お願い』を言い切る前に、かき消された。
「けはっ!」
驚き、身を竦めた、その一瞬でもう、距離を詰められていた。ユミコエルの鳩尾に、つま先の先端が深々と突き刺さって、呼吸ができなくなっていた。
「あ、やっ、あ?」
そして、いまだ戸惑うブーケに、暴食の魔法少女は素早く距離を詰めてきた。叫んでから、ユミコエルを仕留めて、それこそ一秒以下の早業だった。
「い――――」
「ごめんね」
すとん、と首筋を叩かれて、シンデレラ・ブーケも意識を失った。
事後処理をしていたら、魔法少女が飛び込んできた。それも見覚えのない二人組だ。一人が先行して、もう一人は背後から何かを言おうとしていたので――――カニバリアの経験則が、『あの魔法少女の魔法は、言葉に強制力をもたせるタイプだな』と告げた。
これはもう、単純に、シンデレラ・ブーケ達が知り得ない情報なので、彼女達の責任では全く無く、カニバリアの師匠と呼べる魔法少女が、まさしく言葉によって発動する魔法の持ち主であり、本人から、自分みたいな魔法少女の対抗策を教えられていただけの話である。
要するに、聞かなければいいし、喋らせなければ良いのだ――顎と舌と、声帯を持つカニバリアの捕食機関は、その外見にそぐわぬ大声量を持っていた。
とは言え、彼女達の行動はきっと正義感だったのだろうと思うし、自分がこの現場を見て、『私がやったんじゃありません』と言われて信じる訳がないので、むしろ魔法少女としては明らかに正しい。間違っているのは自分の方だ。
「さぁて、どうしよっかなあ……」
とりあえず手早く気絶させた結果、二人の魔法少女は人間の姿に戻っていた。十代半ば、中学生ぐらいの面立ちに見える、まだ幼いと言っていい年齢だ。
「とりあえず、ここに置いとくわけにも行かんし……マリアちゃんとこ、連れてこかな。」
辛い仕事を終えた後の厄介事に、カニバリアは頭を抱えた。