魔法少女育成計画 -Genocide Side-   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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◇ 第四章 信頼の楔 ◇

 深夜一時過ぎ、魔法少女達は行動を開始した。二組に別れ、市内を捜索。ラブリー・チャーミーのテレパシーによって探査を行い、連絡はこまめに取り合う。

 一人一つずつ封印珠を持たされた。起動させてぶつければ、魔法少女を封印することが出来るらしい。

 

「問題は、どうぶつけるかって事なんだけどねー」

 

 ジェノサイダー冬子、ゆめのん、夢姫マリア、そしてラブリー・チャーミーが、グループとして分けられた。

 ゆめのんは空から偵察を行い、チャーミーはテレパシーで敵の位置を探る。冬子と夢姫マリアは、その護衛だ。

 

「……あの、お二人って、友達なんですか?」

 

 チャーミーが、恐る恐ると言った風に声を上げた。仲の良い三人から引き離されて、見知らぬ連中と組まされたのだから、無理も無いだろうが。

 

「え、あ、うん、リア友。ショッピングモールあるじゃん、あの側にある高校で」

 

「なっちゃんじゃなかった冬子ちゃんそういうの教えちゃダメだって!」

 

「おおっと」

 

 慌てて静止する夢姫マリアと、懲りない冬子、そんな二人を見て、ぷっと吹き出してしまった。

 

「私達も先生によく言われてました、魔法少女の本体の情報は、秘密にしておきなさい、迂闊に名前で呼び合うのは言語道断だー、って」

 

「うん、本当にね……変身を解いた魔法少女って、一番無防備だから」

 

「そういうもんなの?」

 

「そうだよ、どんな魔法があったって、変身してなければ使えないもん。体をばらばらにされても再生できる魔法少女は居るかもしれないけど、人間は体をバラバラにされたら死んじゃうから」

 

「ふーん……」

 

「……なんか、魔法少女って思ってたのと違います、ね。最初は、なんかその、もっと可愛くて、夢とか一杯で、怪我とか、痛い思いをするとか、そういうのとは、無縁だと思ってました、私」

 

 目を伏せたチャーミーの、絞りだすような声。

 

「ストロベル先生が死んじゃったなんて、思いたくない……私達の誰かが死んじゃうなんて、思いたくないです、何で、こんなことに巻き込まれちゃったんだろ……」

 

「大丈夫、若人よ」

 

 ジェノサイダー冬子、笹井七琴が掲げる目標は、その名前の通り、「些細な事は気にしない」だ。

 

「なんとかなる時はなるし、なんとかならない時はならない、それでも最善は尽くそう。人生とはそういうもんだ。うん」

 

「かなりぶん投げたね、冬子ちゃん……」

 

「それを言うなら、私が一番自由意志に関係なく巻き込まれてる訳だし」

 

 そうこうしていると、プルルルルル、とプロペラの回転音が頭上から響いてきた。足に着けた飛行ユニットを駆使して、空を飛び回っていたゆめのんが、ようやく戻ってきた。

 

「戻りましたわ……駄目ですわね、ドラゴンハートはともかく、プリンセス・ルージュは目立ちますから、すぐ見つかると思ったのですけれど」

 

 結界に触れない範囲で、上空からの捜索。ゆめのんは目と耳が良い魔法少女であり、上空三百メートルからでも、地上の人間の判別ができる……とは本人の談だが、不発だったようだ。

 

「先輩、お疲れ様でーす、どれ、おっぱいは凝ってませんか」

 

「何かにつけて人の胸に触ろうとしないでくださいまし! んん、話通りなら、なにか騒動を起こすと思っていたのですが……甘かったですわね」

 

「起こしてもらわないと……困るんですけどね」

 

 夢姫マリアは、それこそ苦虫を噛み潰したような顔で言った。ゆめのんとチャーミーも、似たようなものだ。

 何せ、今回の作戦の前提はドラゴンハートとプリンセス・ルージュをぶつけ合わせて、その隙を突くという物なのだから、暴れさせない事には始まらないのである。

 当然、その際に出る犠牲や被害は避けられない。避けたくても、避けようがない。

 絶対無敵の二人の魔法少女と真っ向勝負をしても、勝ち目など無いのだから。

 

「って感じなわけですけど、本当にそうですかねえ」

 

「はい?」

 

 自分たちが行うのは、無辜の犠牲を生む非道。そう思っていた一堂に、ジェノサイダー冬子はあっけらかんと言ってみせた。

 

「いや、本当に無敵なのかなーって」

 

「今更何言ってますの……どう考えたって、戦えないでしょう」

 

「そーかなぁ……だって」

 

 その続きを言う前に、チャーミーが顔をばっと上げた。

 

「っ、見つけた、プリンセス・ルージュ!」

 

 全員の視線が集中した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

ユミコエル、ピンキーピンキー、シンデレラ・ブーケ。

 

 新人三人を引率するのは、魔法少女カニバリア。戦闘部隊として組分けられた彼女達は、ラブリー・チャーミー達が敵を発見次第、即座に急行できるよう、準備を整えていた。

 

「瓦礫の処理とか、そういうのは私の仕事やったんよ」

 

 と、努めて明るく話すカニバリアの話を、初対面の印象が印象だけに、ユミコエルとブーケが、苦笑しながら聞き、ピンキーは対照的に、興味深げに聞き返す、といった構図だった。

 

「あー、じゃあ新聞に載ってた、一晩で急に消えた瓦礫の謎はカニバリア先輩の仕業デスか!」

 

「うん、ビル三個分食べちゃった、あんまり美味しくなかったけど……あ、あと、先輩はやめて、ちょい恥ずかしい」

 

「じゃあ普通に呼ぶデスけど……やっぱ味って感じるんデス?」

 

「そうだね、大理石は歯ごたえがあっておせんべいみたいなんだけど、コンクリートとかゴムタイヤとか、人工物は苦かったりジャリジャリするんだよね」

 

「はー、かっけー魔法デスね、こういう派手なのも悪くなかったデスよ」

 

「ま、ピンキーの魔法、地味だもんね」

 

「うん、ホント地味、微妙すぎ」

 

 ユミコエルとブーケが追随し、ピンキーがコケた。

 

「ここぞとばかりに言いたい放題デスねてめえら……」

 

「あはは、でも、そういう魔法こそ、いろんな使いみちがあるものだよ。私は『食べる』しかできないけど、皆の魔法は色々できそうで、ちょっと羨ましいかも」

 

「でも、私達の魔法、プリンセス・ルージュとか、ドラゴンハートに、通じるのかな……」

 

 ユミコエルが、ぼそりと呟いた。メンバーの中では、カニバリアに次いで直接的な戦闘力を持つ魔法の保有者であり、戦いになった場合は最前線を張る事を考えれば、無理も無いが。

 

「まー、手立てはなくはないデスよ」

 

 自分の長いツインテールをつまんで、無駄にくるくる回しながら、ピンキーピンキーは、いつもと全く変わらぬ口調と調子で、簡単に言った。

 

「へ?」

 

「別に究極生物と戦う訳じゃないデスし、弱点だって有ると思うデスよ。例えばプリンセス・ルージュの魔法は、話を聞いてる限りじゃ穴だらけデス」

 

「どういう意味?」

 

 面子の中ではベテランであり……なまじ、プリンセス・ルージュを知っているだけに、カニバリアも、興味深げに首を傾げた。

 

「自分の望むがままに振る舞えるー、っていうことは、自分のイメージが元になってるわけじゃないデスか。逆に言うなら、自分に自信がなくなったら、『私じゃこんなこと出来ない』なんて思っちゃったら、もう絶対できなくなっちゃうデスよ、思い込みを実現させる魔法なんデスから」

 

「……ネガティブなイメージを植え付ければいいってこと?」

 

「一つの手段としてはそうデス、あとはデスね、人間、どうあがいても二つのことを同時に考えるのは無理デスから、『自分が死なない』と思ってる間は死なないかも知れないデスけど、その間は『封印されない』とは思って居られないわけデスよ。この封印珠デスけど……」

 

 魔法少女たちに与えられた八面体の水晶は、手に持って、『封印したい』と強く思って投げつけた、魔法の影響下にあるものを封印する道具だ。一度発動してしまえば一瞬だし、魔法その物を封じる力があるので、どんな魔法でも逃げられない、らしい。当たれば、の話だが。

 

「ある意味、当てられたら勝ちのリーサルウェポンデス。そんでもって、コイツを当てる隙が絶対に無いか、と言われたら、そんなことは無いと思うんデスよね。少なくともプリンセス・ルージュは、チャンスはあると思うデス」

 

「……ドラゴンハートは?」

 

 ユミコエルが尋ねると、ピンキーは両手を上げた。

 

「そっちは正直、お手上げデス。ぶっちゃけた話、どっちが強いかって言ったら、断然、間違いなく、ドラゴンハートなんデスよねー……」

 

「え、そうなの? 互角なんじゃないの?」

 

 ブーケの疑問に、カニバリアも頷く。

 

「あの二人の戦いを側でみた身からすると、差異なんて無い、平等に最悪だった。けど、ピンキーピンキーはそう思わないの?」

 

「単純に効果範囲の違いデスよ。ルージュは自分一人でドラゴンは自分以外の全員が対象デス、数字だけ見たら一対無限デスよ、そりゃ後者の方が強いに決まってるデス。スカラとスクルトぐらい違うデスよ」

 

「……や、まあ、そうかもしれないけど、現実問題としては互角だったわけでしょ?」

 

「タイマンで外部要因がなきゃ引き分けると思うデスけど、もしもイレギュラーがあったらわかんないデスよ。効果範囲が広いってことは、敵が多けりゃ多いほど強いって事デスから――――――」

 

「成る程、そういう見方もあるわけね」

 

 聞き慣れない声だった。聞いたことのない声だった。

 

「!?」

 

 いつの間にか、魔法少女達の中に、もう一人、紛れ込んでいた。紫紺の頭髪、やわらかな笑顔、胸を強調したワンピースは、太ももをむき出しにするタイトな短さ。

 天使の輪っかのように、機械仕掛けの円盤が頭の上に浮いていて、片手には、鉈と薙刀を足して二つで割ったような武器を持っている。

 

「ドラゴン、ハー――――!?」

 

 カニバリアが、その名前を呼ぶ前に、鳩尾に武器の柄が叩きこまれた。

 

「ぎっ」

 

「ひっ」「嫌っ」

 

 足で地面をこすりながら、五メートル以上も吹き飛ばされ、それでも倒れることなく、きっ、と突如現れた乱入者を睨みつける。

 

「あらあら、そんな目で見られると、ぞくぞくしちゃうわね。ふふ」

 

 瞳を細めた、穏やかな笑み。何も知らない人間が見たら、優しいお姉さんに見えるだろう。だが、その視界に収められた魔法少女達は、確かに敵意を感じ取っていた。

 

「いつの間に……どうやって!」

 

 朝早く、まだ人気がないとはいえ、誰かが通りかかってもおかしくはない様な街中だ。それでも、手加減している余裕は当然無い、カニバリアの右腕がギチギチと音を上げて、巨大な化物の口に変貌していく。合わせるようにユミコエルも杖を握り、ブーケとピンキーが後方に下がった。

 

「あら、あなた達が教えてくれたんじゃないの? まあ、どちらでもいいけれど」

 

 カニバリアの異形の腕を目にして尚、ドラゴンハートは一切動揺しなかった。

 

「さて、早速だけど、私、困っているのよね? 街の外に出ようとしたら結界があって。お願いしたら解除したり、ふふ、してくれるのかしら?」

 

「……出来へんよ、あんたとプリンセス・ルージュは、この街から出すわけにはいかんのや」

 

 カニバリアの答えに、ドラゴンハートはあら、と頬に手を当てた。

 

「なんだ、やっぱりあの子も居るのね。そうよねえ、私だけ、なんてずるいものね。お互い、傷付け合って、殺しあっての私達ですもの」

 

 魔法少女四人を前にしているとは思えないぐらい、自然な笑顔で。

 

「よ、四年前!」

 

 緊張から震える体を押さえつけて、ユミコエルが悲鳴の様に叫ぶ。

 

「四年前、あなた達の戦いで、街が、あんなになったって、本当なの! 本当に、あなたが、私のお母さんを、お父さんを……」

 

「ん? うーん、そうねえ、ごめんなさい? 別にあなたの家族を直接手にかけた記憶はないけれど、色々壊しちゃったし、建物の中には人とか居るものね、沢山死んじゃったみたい」

 

 でも。

 

「私って言う人間は、だからなあに? って言っちゃうのよねえ」

 

「~~~っ」

 

 ぐらりと視界が揺れた、頭に血が昇るのを感じた。

 

「謝って欲しいなら、ええと、謝るけれど、誠意が篭ってないと、やっぱり駄目よね。うん、やーめた、謝らないから、かかっていらっしゃい?」

 

 挑発的に、あざとく、人差し指を唇の前に当てがった。その仕草は、冗談にならない程似合っていた。

 

「蹂躙してあげるから」

 

「ああああああああああああああっ!」

 

 ゴギィッ、と、人間の体から出るようなものではない轟音が響き渡った。ユミコエルが全力を足元を踏み抜いて――――地面が割れ砕けた。

 

「あ、あら?」

 

 ユミコエルの魔法――――物体に対して、任意の力で破壊を行えるそれは、大地という広大なものにぶち込んでも、同様に効果を発揮する。地面に敷かれたタイルが砕け散り、その下にあるコンクリートが砕け散り、その下にある土が飛び散って、埋め込まれた配管を引きちぎった。その余波はドラゴンハートの足元にも及び、油断していた彼女は、実にあっさり体勢を崩してしまう。

 

「っ!」

 

 すかさずカニバリアの右腕が飛び込んだ。開けば二メートルを超える大顎が迫り来る。

 

 ひゅんひゅんひゅん、と、細いものが素早く風を斬る音がした。

 

「つぁっ!」

 

 不安定な足場で、躓きながら、それでも何の問題もなく武器を振るう。赤い線が生えて、カニバリアの腕の化物が三分割され、血が飛び散った。

 

「よく切れるでしょう? 魔法の国の日用品」

 

 そのまま割れた地面に突き立てて、杖代わりにする。不意打ちの連携を、事も無げにしのいで見せた。

 

「が、ああああああああああああああっ!」

 

 苦痛混じり咆哮と共に、カニバリアが右腕を掲げる。切断された部位がボコボコと泡立って、新たな大顎を創りだした。

 

「あら、結構器用なのねえ?」

 

「昨日、沢山食べたもんでな……!」

 

 カニバリアの顎で喰らったものは、全て彼女の栄養となり、過剰すぎる分は『貯蓄』されていく。人間四十人分を平らげた大顎は、それだけの材料を、その内部に蓄えていた。腕を根本から断たれても、再生出来る。四十人分の人肉を、再構築出来る。

 

「お願い、抵抗しないでっ!」

 

 背後にいたシンデレラ・ブーケが叫ぶように吠えた。

 

「? あらあら、そういう魔法?」

 

 ドラゴンハートは一瞬だけぴたりと静止して、すぐに動き出す。肉を断たれ、削がれながら、カニバリアが応戦する。

 

「駄目、やっぱり、私の魔法通じないよ香奈子!」

 

「通じたらいいな、って思った時点でダメ、って事デスね」

 

 それが、どれだけ絶望的な事か。期待をする限り、希望を抱く限り、絶対に勝てない。それが魔法少女ドラゴンハートの、理不尽なまでの強さだった。

 

「こりゃ、覚悟決めるデスかね……」

 

「……香奈子?」

 

 自身の腕を掴むブーケの手を解いて、ピンキーピンキーは笑った。

 

「大丈夫、任せて、霞。これ、借りるね」

 

 シンデレラ・ブーケの持つ封印珠を手にとって、その瞬間は、魔法少女ピンキーピンキーではなく、四人組の中で、最もお調子者なリーダー、阿多田香奈子に戻っていた。

 

「――――ユミコエル、おもいっきりぶっこむデス!」

 

 叫ぶと同時に、駆け出す。ドラゴンハートとカニバリアの、いわば即死攻撃の応酬に混ざれなかったユミコエルが、はっと顔を上げた。

 

「大丈夫デス、全力でぶん殴るデス!」

 

「っ、わかったっ!」

 

 どんな時でも、香奈子という少女は間違えない、お調子者で、道化を演じる事があっても、それは、少女たちの間で、無意識の内に共有されていた認識だった。それを経験から来る信頼と呼ぶべきか、根拠の無い妄信というべきか、誰にもわからない。

 きっと作戦を思いついたのだ、そのために必要なのだ。ユミコエルは杖を振りかぶって、ドラゴンハート向けて踏み出した。

 魔法の力で全力で地面を蹴り飛ばせば、その分早く、勢い良く走り出せる。

 

「喰らええええええええええっ!」

 

 ドラゴンハートが再度、カニバリアの右腕を両断して、その喉元目掛けて武器を突き立てよう、という所で、乱入した。背後から、当たればその肉体を粉々に吹き飛ばす程の力を込めて、杖を全力で振りかぶった。

 

「不意打ちの相談をするなら――――」

 

 そのユミコエルの腹に、長柄の武器の石突が突き刺さった。

 

「きゃ、ひっ」

 

「せめて聞こえないようにしなさい――――なっ!」

 

 そして、顔目掛けて飛んできた――――ピンキーピンキーが投擲した封印珠を、ヒョイッと避けて見せた。作戦と言うには余りにお粗末で、適当過ぎた。

 呼吸が一時的に停止したユミコエルが、再び肺をふくらませる前に、ドラゴンハートが武器を構え直す。まだ腕の再生していないカニバリアより、地面を砕く程度の力を持っているユミコエルを処理すべく、白刃が光った。

 

「ばいばい」

 

 何の躊躇もなく、心臓目掛けて突き立てられた。肉を貫き、骨を砕き、貫通して、血が飛び散った。

 

「!」

 

 予定調和の攻撃が、予定通りに決まった。そのはずだったのに、ドラゴンハートは、笑みを崩して、少しだけ驚いていた。

 

「――――覚悟決めた、デスからね」

 

 いつの間にか、ユミコエルが居るべき位置に、ピンキーピンキーが立っていた。

 ピンキーピンキーの魔法は、『失敗しない魔法』だ。どんな行為でも、自分の行動する限りにおいては、彼女はあらゆる『ミス』をしない。

 一切の訓練なしでも、綱渡りも、ジャグリングも、やろうと思えば飛行機の操縦だって、問題なく出来るだろう。それが例えば、戦闘経験豊富な魔法少女ですら、見切れないような斬撃であったとしても、紙一重で回避する事が出来る。

 

「計画、通り、デス、よ」

 

 例え期待を裏切る魔法であっても、関係ない。

 プリンセス・ルージュとドラゴンハートの魔法が相殺しあうように。

 ピンキーピンキーとドラゴンハートの魔法も、また相殺しあうのだ。

 

「香奈子ぉっ!」

 

 ピンキーに突き飛ばされたユミコエルが、立ち上がって、駆け寄る時間はもう無い。

 

「あら、あら?」

 

 長柄の武器で串刺しにされたピンキーピンキーは、しかし、笑みを崩さなかった。右手でぐいっと柄を掴んで、離さない。

 

「ドラゴンハート、お前が奪った物、全部、返してもらう、私達は、ここから、始めるんだ、だから……」

 

 反対の左手には、自分に与えられた封印珠が握られていた。ユミコエルを助ける為に飛び込んで、武器を体で貫かせて、抜けなくして、コイツを叩き込む。全部考えた通りだ。期待通りだ。例えどれだけ否定されても、ピンキーピンキーは絶対に、失敗しないのだから。

 損傷しても動けるのが、魔法少女のいい所だ。致命傷でも生きていられる。死ぬ直前で動かせる。そんな体の制御だって、絶対に失敗してなるものか!

 八面体を、ドラゴンハートの体目掛けて投げつけようとした。ピンキーピンキーが行う限り、その投擲は外れない。この距離で、このタイミングなら、もう避ける暇は無い。

 

「ふふ、駄目よ、七十点だわ」

 

 その動作を、ドラゴンハートは許さなかった。手をひねって、武器を一瞬で回転させて、下から上に切り上げた。

 左右真っ二つに裂けた魔法少女は、もう魔法少女ではなく、阿多田香奈子と言う少女の死骸になっていた。

 最後の最後で、失敗した。

 

 

 

 

 ドラゴンハートの魔法は『期待を裏切る』魔法であり、ピンキーピンキーの魔法は『失敗しない』魔法である。

 プラスマイナスで考えるならば、プラスとマイナスで打ち消し合う。ピンキーピンキーの期待が裏切られても、失敗しない魔法がそれを補ってくれる筈だった。

 もしも、この場に、誰も居なければ。一対一で、タイマンだったなら、勝負は相打ちに終わっていたかもしれない。

 

 

 カニバリアが、ユミコエルが、シンデレラ・ブーケが、命がけのピンキーの行動に、もしかして勝てるかも知れないという期待を抱かなければ。

 あるいは、ピンキーピンキーに死なないで欲しいという願いを抱かなければ。

 天秤は釣り合ったままだった――――ピンキーの期待ではなく、周りの魔法少女たちの期待を、ドラゴンハートは裏切った。掴んで離さないはずのドラゴンハートの獲物を手放してしまった。

 

「残念、惜しかったわね。あなた、プリンセス・ルージュの次に、怖かったわ」

 

 返り血は称賛である、と言わんばかりに、体を宿敵と同じ真紅に染めて、災厄の魔法少女は微笑んだ。

 

「――――逃げろおおおおおおおおおおおっ!」

 

 カニバリアが咆哮し、唖然としていたユミコエルとシンデレラ・ブーケが我にかえる。

 

「だぁめ、逃がすと思う?」

 

 その一瞬を、その隙を、見逃す様な魔法少女では、当然ない。まだ呼吸の戻らないユミコエルを、ピンキーと同じように、両断しようとした。

 

「い、嫌ぁ、お願い、助けて、弓子を殺さないで!、助けてえっ!」

 

「!」

 

 ドラゴンハートは、そのお願いを聞き入れてしまった。続ける事ができなかった。『お願い』が、通じた。

 ブーケの悲鳴は、もはや反射的に零れた物だった。何の計算も何の打算もない、ただ、友達が目の前で死んだショックと、殺されそうな現実から、目を背けたいだけの言葉だった。

 

「ひ、う、うううっ!」

 

 這いずるユミコエルを、ブーケが引きずる。カニバリアがそれを手伝い、離れていく。

 魔法は十全に発動し、ドラゴンハートは、惨めに逃げ延びようとする三人の背中を見送る事しか出来なかった。

 

「ふうん、あの子も危ないかも」

 

 それでも勝者は、ドラゴンハートだ。挑むものを蹂躙し尽くして、排除した。

 ちらりと横目で、両断された少女の死体を見る。血と内臓が支えを失って、割れた石畳の隙間に染みこんでいった。

 

「……本当に。正直、ひやっとしたかも」

 

 傍らに転がっていた封印珠を掴みあげて、ドラゴンハートはくすっと笑った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 何かを食べようとする度、こちらの顔をチラチラと伺ってくる。はぁ、と聞こえるように溜息を吐くと、ビクリと震え上がって顔を伏せる。

 果たして、これが本当に、あのプリンセス・ルージュなのか。全く別の入れ替わりの魔法を使われたと言われたほうがまだ納得がいく。

 ビジネスホテルの一室で、ルームサービスの朝食を食べながら、流流流は首をひねっていた。

 

「あ、あの、るるる、おねえちゃん」

 

「……この姿の時は静でいい、しずかさんと呼べ」

 

「……しずか、さん。なんで、叩かない、の?」

 

「……は?」

 

 予想だにしてなかった質問に、流流流は顎がはずれるほど口を開いた。

 

「なんか俺に殴られるような事したのかよ、お前」

 

「……?」

 

「何でそこで首を傾げんだよ……」

 

 とは言え、想像はつく。プリンセス・ルージュの人間体――「しゅき、九歳」と自己紹介は出来た――の着ていたパジャマが、余りに擦り切れてボロボロだったので、適当な店舗から『調達』して着替えさせた時、服の下はそれはもう無残なものだった。

 痣と傷と火傷に塗れていて、朱姫という少女がどんな生活をしていたか、容易に想像出来るというものだ。

 

「だって、わたし、ごはん、たべてる」

 

「飯は誰だって喰っていいんだよ……いや、金出してんのは俺だけど。つーかお前、昨日ファミレスでさんざやらかしたじゃねえか」

 

「……? あれは、プリンセス・ルージュがやったんだよ?」

 

「…………」

 

 嘘偽りのない瞳、というのはこういうモノを言うのだろうか、少なくとも、本人はその言葉に何の疑問もないらしい。プリンセス・ルージュの存在は認識しているが、それを自分だとは想っていない……のか。

 妙な話だが、『子供の魔法少女』という奴に、流流流は初めて遭遇した。自我が確立する前に魔法少女になると、こういった影響が出るのだろうか、というか。

 

「お前が二度と変身しなきゃ、世界は平和なんじゃねえか……?」

 

「あひゅっ」

 

 コーンスープを飲もうとして、舌をやけどしたのか、口元を抑える朱姫。

 

「あー、馬鹿、何やってんだ、水飲め水」

 

「ひ、う、ご、ごめんなさい……」

 

「怪我したのはお前だろ」

 

「う、う……?」

 

「……はぁ、いいや、とりあえず、謝んなくていいから。ちゃんと冷まして喰え。ふーふーしろ、ふーふー」

 

「う、うん……ふー、ふー」

 

 存外、素直に従う物だ。そのさまを見ていると、嫌でも思い出す。

 

「ふー…………ぱく」

 

「旨いか?」

 

「う、うん、おいし……」

 

 ようやく朱姫が笑った。

 

「そっか、良かったな、あかり」

 

 それを見て、どこか気が緩んだのだろう、気が付くと、言ってはならない言葉を口にしていた。

 

「……あか、り?」

 

「……何でもねえ、気にすんな」

 

 手で顔を抑えて、やらかした、と静は唸った。つい、思い出してしまった。

 

「あかり……って、誰……?」

 

「突っ込んでくるなお前……俺のガキだよ」

 

「しずかさん、の……いまは、どこにいるの?」

 

「天国」

 

 それ以上は、尋ねて来なかった。ふー、ふー、と、またコーンスープを冷まし始めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「このホテルの中、です。三十分前、五階の部屋から、『プリンセス・ルージュ』って声が」

 

 全国に展開している、どこにでも有るビジネスホテルの一室。そこにプリンセス・ルージュが居る、とチャーミー。

 

「ここ、乗り込んで戦闘になったら普通に人死にでますよね」

 

 漫画やアニメだと、こういう異能力バトル作品という奴では、人払いの魔法のような都合のいいものがあるのだが、白黒有無からは特に何も言われたり渡されたりもしていないし、夢姫マリアもゆめのんも特に言及しなかったので、フィクションの中だけの存在のようだ。

 

「でも、のんびり監視って訳にも……」

 

 既に深夜遅くとなった今は、人通りが殆ど無い、皆無と言っていい。四年前の件が記憶に新しいこの街では、それこそ駅の周辺ですら明かりが消える。

 しかし、人々が活動し始めたら、もう魔法少女達の戦闘は、誤魔化せない。

 

「…………」

 

「ど、どうしたの? チャーミーさん」

 

「……見てます、こっちを」

 

 チャーミーが顔を上げた、通常なら見えなくても、魔法少女の視力ならばはっきり見える。客室の五階の窓、カーテンの隙間から、誰かがこちらを見ている。

 

「……見つかった事が、見つかりました! 降りてきます!」

 

「ありゃ、どうしましょう、まだドラゴンハートはいないわけですが」

 

「どうにもこうにも……そうだ、さっき言ってた『なんとかなるかも』ってなんですの!?」

 

「んー、いや、今んとこは現実的じゃないんで忘れてください、すいません先輩、えへ」

 

「思わせぶりな事を言ってる場合じゃないですのよ本当に!」

 

「……あー、くそ、探知系の魔法少女がいんのか」

 

 カーテンの隙間から覗く地上には、明らかに人間ではない、ずば抜けた容姿の少女が四人、並んでいた。

 

「み、みつかっちゃった、の?」

 

「ああ、わり、こりゃ俺が間違ってた見てえだな、しっかし行動の速いこった」

 

「じゃ、じゃあ、どうする? やっつける?」

 

「俺が決めていいなら俺が決めるけど、お前はそれでいいのかよ」

 

 これがプリンセス・ルージュならば、『では余が始末するからついて参れ、口答えは許さん』で話が進みそうなものだが、朱姫は首を傾げるばかりだった。

 

「う、うん、しずかさんの、言うとおりで……いい」

 

  

 

◇◇◇

 

 ホテルから出てきたのは、黒い制服をモチーフにした魔法少女だった。傍らに小さな女の子を抱きかかえている。

 

「っ、プリンセス・ルージュじゃない……?」

 

 ゆめのんが身構え、怪訝そうな顔をする。

 

「よお、てめえらは、あれか? 魔法の国の刺客、でいいんだよな?」

 

 黒い魔法少女、流流流は努めて高圧的に言った。彼女がプリンセス・ルージュの関係者であることが、これではっきりした。

 

「プ、プリンセス・ルージュはどこですか」

 

「わざわざ言うと思ってんのか?」

 

 夢姫マリアの問いに、流流流は鼻で笑い飛ばす。

 

「おっと、下手に動くなよ、ガキの命はねえぞ?」

 

 子供の首元に、ペンのようなものを近づける――――何かの武器か、魔法の媒体か

 

「うちのご主人様は気が短くていけねえ、下手に彷徨かせるとすぐに死体の山を作りやがるからな、俺がわざわざ代理で出てきてやってんだ」

 

「代理――ですって?」

 

「ああ、俺は流流流、文字通り流れの魔法少女で、今はお姫様の下働きだ。単刀直入に言うぜ。結界を解け、俺らを見逃せ。そうすりゃ、この街で暴れないでおいてやる」

 

「!」

 

 それはある意味で、あくまで自分たちのみに限定するなら――――『戦闘を回避する』、犠牲を最小限で済ませる交渉だった。

 

「悪い話じゃねえだろ、手付金はこのガキの命だ。街の平和を守るのが、魔法少女の仕事だろ?」

 

 片手に握ったペンで、壁にす、と落書きのように線を引いた。すると、コンクリートで出来た壁が、すぱ、と深い傷を残して、切れた。自分の魔法を見せつけて、改めてペンを、子供の首元にあてがう。

 

「っ、おやめなさい!」

 

「プリンセス・ルージュを暴れさせてみろよ、この程度じゃ済まねえ、そりゃヒデェもんだぜ。エグいもんだぜ。何人死ぬかわからねえ――――わかるだろ?」

 

「…………」

 

 何故、プリンセス・ルージュの配下が犠牲を慮るのかはわからない、だが、『街を守る』と言う観点だけ見れば、彼女の言うとおり、最良の交渉なのだろう。

 

(けれども――――)

 

 彼女達が約束を守る保証はないし、何より、ゆめのん達はそれを選べない。白黒有無の魔法によって、そもそもプリンセス・ルージュ、ドラゴンハートの両名に対して、敵対以外の選択肢を選べない。

 

「…………」

 

 複雑な手順を踏む分、その効果は絶大だ。交渉に応じるかどうか、口を開くことさえ出来はしない。

 

(まさか、プリンセス・ルージュ側がこんな交渉をしてくるなんて思いませんもの……!)

 

 この時点で、ゆめのんたちに残された選択肢は一つしか無い。人質の少女を取り戻して、目の前の魔法少女を撃破し、プリンセス・ルージュをおびき寄せ、暴れさせて、ドラゴンハートを釣り上げる。大量の犠牲の上に成り立つ、最悪のシナリオ。

 

(けど、やるしか――――)

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 ジェノサイダー冬子が、そんなゆめのんの思考を遮った。

 

 

 

 

 

「あん?」

 

「あ、ども、私ジェノサイダー冬子と申します、魔法少女です」

 

「見りゃわかるけどよ、何だ、お前がリーダーか?」

 

「いえ、下っ端なんですけど、その条件、あなた達が飲んでくれる保証ってあります?」

 

「そりゃ、口約束しかできねえが、破るつもりならそもそもこんな面倒な話してねえよ、最初から殺すだけだろ」

 

「まあそれは確かに……」

 

「ちょっと待ちなさいですの!」

 

 話をガンガンすすめる二人に、ゆめのんが叫んだ。

 

「何ですか先輩、今大事な話してるんですけど」

 

「あなたが一番問題なんですのよ! 何で交渉出来てますの!」

 

 私は会話する事すら出来なかったのに。

 

「あ、私、あの魔法効いてないんで」

 

「はあああああああああああああああああああ!?」

 

「えっ!?」

 

「嘘!?」

 

 これには、推移を見守っていた夢姫マリアとラブリー・チャーミーも声を上げた。

 

「ちょちょちょ、なんでですの!? あなたもあの場に居たじゃないですの!」

 

 ジェノサイダー冬子は、持っていたポーチから、スマホを取り出した。変身していると、身につけていたものはどこかに消えてしまうので、わざわざ別に持ち直しているのだが。

 画面をタッチすると、スマホから大音量で音声が流れる。

 

『了解です』『了解です』『了解です』『了解です』

 

「ろ……録音?」

 

「ですよ、私が何のためにあのタイミングでスマホ持ちだしたと思ってるんですか」

 

 白黒有無の魔法は、二段階の工程を経て効果を発揮する。一つは『魔法の影響下に入る事を了承すること』、そして『提示された選択肢を選ぶこと』だ。

 

「なので、私は最初の返事をしてないんですよ、ていうか、あんなデモンストレーション見せられて、はいわかりましたって受けられるわけ無いじゃないですか」

 

 流流流は、彼女達が何を話しているのかわからずぽかーんとしていたし、ゆめのん達も、開いた口がふさがらなかった。

 

「あ、あの一瞬で、そんな事……?」

 

「案外バレませんでしたね、堂々とやってたからですか」

 

 で、と仕切り直すように、流流流と向かい合う。

 

「色々あって、こっちで話ができるのが私だけなんですけど――――今すぐ結界を解くのは無理です」

 

「へえ、つまり名前の通り、虐殺大歓迎ってか」

 

「いや、仮にあなた達を見逃しても、今度はドラゴンハートも逃げられるようになっちゃうんで」

 

 その名前が出た時、ぴくり、と、流流流に腕に抱えられていた少女が動いた。

 

「ドラゴンハート……?」

 

 流流流が片眉を上げた、その時、ラブリー・チャーミーが叫んだ。

 

「――――離れて冬子さん! その女の子がプリンセス・ルージュです!」 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 ふわっと光って、一瞬で変身する。どんな魔法少女でもそれは共通だ。

 

「余の心を覗き見たか? 無礼であるな」

 

 真紅の暴君、プリンセス・ルージュは、いつの間にか流流流の真横に居た。

 チャーミーのテレパシーは、思念が強ければ強いほど、その感覚に拾い上げられる。

 ドラゴンハートという言葉その物が、プリンセス・ルージュを呼び覚ましてしまった。

 真紅の剣をスラリと構え、殺意に満ちた形相で笑む。

 

「もう良い、この場で果てよ」

 

「ひっ」

 

 一瞬で現れた死の権化、圧倒的にして明確な殺意。それは、チャーミーがまさしく、数時間前に読み取った、無数の命を死に追いやった思念そのものだ。

 体がすくんで、動かない。

 

「待てよ、ルージュ。交渉は俺にさせるつったろが」

 

 その凶行を止めたのは、他でもない、プリンセス・ルージュの配下、流流流だった。

 

「むう、しかし余に無礼を働いたのだ、一人ぐらい良いではないか」

 

「一人殺したら交渉にならねえんだよ……一人ぐらいっつーなら、一人ぐらい殺さないでおけ、そっちのほうが面倒くさくねえ」

 

「むむむ」

 

 そのやり取りはある種滑稽で、冬子たちからしてみれば、とても自分たちの命がかかったやり取りだとは思えない。しかし、一番驚愕しているのは、この暴君と対峙したことのある夢姫マリアだろう。

 

「ありえない……どうして……」

 

「どったの? 真里ちゃん」

 

「……プリンセス・ルージュが自分の会話を止められた、んだよ? そんな事したら、手下だって、部下だって、殺されちゃうよ……それで、死んじゃった子だって、いたのに」

 

「……………………ふうん」

 

 そんな間にも、流流流とプリンセス・ルージュのやり取りは続いていた。

 

「で、ドラゴンハートって誰だよ」

 

「この世に最も存在していてはならぬ者だ、余が必ずこの手で殺す。こればかりは貴様にも止めさせんぞ。流流流、貴様は人死を嫌うようだが、余の我慢と許容は無限ではないのだ」

 

「人死が嫌いなんじゃなくて、面倒事が嫌いなんだよ……おい、ジェノサイダー」

 

「冬子までつけてくれません?」

 

「……ジェノサイダー冬子、交渉の続きと行こうぜ」

 

「続けられるんですか」

 

「妥協点を探り合ってこその交渉だろ。そのドラゴンハートって奴がなんなのか、俺はよく知らねえが、プリンセス・ルージュはどうあってもやる気みたいだが、お前らもそいつの処理に手間取ってんだろ?」

 

 ならば、提示できる材料は存在する。

 

「俺らがドラゴンハートを始末する、代わりに結界を解け。これでどうだ?」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 ある意味で、理想通りの展開と言える――――二人を争わせて、その隙を突くのが目的なのだから。

 

「……本気で言ってます?」

 

「舐めるなよ、愚民が」

 

 冬子の問に、答えたのはプリンセス・ルージュだ。

 

「あ奴だけは余が消さねばならぬ。余という存在に逆らった事を悔み嘆き悶え苦しみながら死なねばならぬ。このような交渉その物が、本来は無意味と知れ」

 

 貴様を立ててやっているのだぞ、とつなげ、流流流が疲れた様子で息を吐いた。

 

「だ、そうだ。どっちにしてもドラゴンハートって奴は殺さなきゃならんらしい。なら、お前らは余計な手出しをしなきゃいい、損は無いだろ?」

 

「……………………」

 

「それとも、俺らと何としてでも事を構えたい理由が、あるか?」

 

 冬子は黙り込んで、考えた。

 理由なら、ある。明確に存在する。代わりに答えたのは、ゆめのんだった。

 

「あるか、ですって……よくも言えたものですわね。四年前、この街を壊して、殺して、蹂躙したのが誰だったか!」

 

「そりゃ俺に言われてもな、当事者じゃねえし」

 

「私には許せませんわ、見逃せと言われて、見逃すのなら、どうして魔法少女になったのかわかりませんもの! 冬子さん! 交渉したって――――」

 

「分かりました、それでいいです」

 

 遮るように、冬子が言った。チャーミーが「えっ」と声を漏らし、夢姫マリアが目を伏せて、ゆめのんが怒りの余り、怒鳴った。

 

「冬子さんっ!」

 

「まー、落ち着いてくださいって、先輩」

 

「落ち着いてなんて居られませんの、あなたは何も失ってないから、そんな事が言えるんですわ! プリンセス・ルージュは!」

 

「先輩、魔法少女ってなんですかね」

 

「……何ですって?」

 

「別に私は高尚な心持ちで魔法少女になったわけじゃないんで、その辺は細かく言えはしないんですけど、私達、そもそも何でプリンセス・ルージュと戦わないと行けないんです?」

 

「何で……って」

 

「あの魔法の国から来た人達に言われたから、ですよね。なんか、『お前たちにも戦う理由がある』みたいな感じで言ってきたし、皆普通に飲み込んじゃいましたけど、最初から私たちに、選択肢なんて与えてなかったですよ。『命がけで戦え』って言う決定事項だけ押し付けてきたんです」

 

「なっちゃん、それはそうかもだけど……」

 

「んで、何をしたかって言うと、まあ『戦うか死ぬか選べ』って言ってきたんですよね、魔法でわざわざ縛り付けて。でも、別にそこまでする必要ないじゃないですか。何言われるか分かんない質悪い魔法だったから、思わず対策しましたけど、あれ、戦わせるだけなら『戦うか戦わないか選べ』だけでいいと思いません?」

 

つまり。

 

「今、私達は結局の所、魔法の国とか言うよくわからんところから来た、白黒有無という魔法少女に、暴力と魔法で強引に支配されてるんですよ。四年前、ドラゴンハートとプリンセス・ルージュがそうしたように」

 

「な……」

 

 絶句するゆめのんを、ジェノサイダー冬子はそれ以上見なかった。

 

「あの人達は味方でもなんでも無くて、私達は捨て石どころか、死んでも全然構わない、鉄砲玉扱いなんですよ。どっちが悪でどっちが善だか、わからないじゃないですか。だったら、誰も死なない選択肢を選ぶべきです。被害が少ない方を選ぶべきだと思いません? 先輩」

 

 今度こそ、ゆめのんは戦慄した。ジェノサイダー冬子に、恐怖を覚えた。

 魔法少女に、今日なったばかりの少女のはずなのに、化物相手に、自分や他人の命を天秤にかけて、実に合理的に思考を進めていく。

 

「だから、この交渉を受けるべきです――――幸い、魔法じゃ『倒せなかったら死ぬ』とは言われてないわけですし」

 

「意外と話がわかる奴で、助かるぜ、ジェノサイダー」

 

 流流流は笑い、冬子は無表情のままだった。

 

「だが、それで正解だぜ。本当、人死は無え方がいい」

 

 面倒だからな、と続けた。

 

「って事で、ルージュ、ドラゴンハートとやらは、思い切りやっていいとよ」

 

「ふむ――だが、別に頼まれなくても余はドラゴンハートを殺す。であれば、こやつらと取引することなど無いのではないか?」

 

「雑魚を寛大な心で見逃してやるのも、女王様の器じゃねえか」

 

「成る程、一理あるようなないような――まあ良いか。言うまでもないことではあるが、愚民どもよ」

 

 踵を返し歩き出すプリンセス・ルージュは、冬子達を見回し傲慢に告げた。

 

「余とドラゴンハートの戦いに立ち入ったその時は、殺すぞ?」

 

 

 

 

 

 

 プリンセス・ルージュ達が立ち去って、残された四人の魔法少女は、一斉に息を吐きだした。下手をすれば――冬子が逃げ道を作っていなかったら、この場で返り討ちにあっていたことを考えると、生死という点で、明確な分岐点を乗り越えた気分だった。

 

「あとは寝て待ってー、というわけにも行かないですかね」

 

「…………」

 

「……あの、先輩、そんなめっちゃ睨まれると怖いんですけど」

 

 納得も釈然もしていないようで、ゆめのんは冬子を睨み続けていた。

 

 チャーミーはへたり込んだままだし、夢姫マリアは未だ戸惑いを隠せず、しきりに『そんなわけ無い、そんなわけ……』と呟いていた。

 

「……あの、ラブリーさん、、まー、りあちゃん」

 

「は、はい……」

 

「え、あ、な、何、なっちゃん」

 

「ちょっと先輩と話あるから、先に戻っててもらっていい? とりあえず見つけたけど逃がしちゃったー、って報告しないとだし」

 

 冬子が言うと、夢姫マリアは慌てて

 

「え、えと、端末で連絡するんじゃ……ダメ、かな?」

 

「先輩と二人きりになりたいの、二人きりに……そう、二人きりに!」

 

「何で連呼しますの!」

 

「良かった、心地よい先輩のツッコミが戻ってきた……」

 

「私は心地よく無いのですけれども!?」

 

 あはは、と二人のやり取りを見て、苦笑いするマリア。

 

「わかった、一旦戻るね、チャーミーさん、腰抜けちゃってるみたいだし、連れてく」

 

「え、あ、その、ごめんなさい……」

 

 肩を預けあって、二人の魔法少女が去っていく。残されたゆめのんは、わざわざ二人の時間を作った冬子を、怪訝そうな目でみた。

 

「……それで、一体話ってなんですの?」

 

「ええ、私が何でおっぱいに執着するかという話なんですけども……」

 

「本気で怒りますわよ」

 

 その声からは、遊びが消えていた。

 

「納得も、出来てないんですのよ。私、プリンセス・ルージュを許すことなんて出来ません……見逃す事が、どれほど悔しいか」

 

「見逃してもらう、って表現のほうが正しい感じもするんですけどね、ただ、私も結構真面目な話でして」

 

 冬子は、ホテルの外観を彩る、花壇の縁に腰掛けて、夜空を見上げた。

 

 上空から見た、この街の光と比べたら、全然星は見えなかった。

 

「私が何で一人暮らししてるかって言うと、まあ、私にはですね、年齢の離れた兄が一人居たんですけど」

 

「あら、そうなんですの?」

 

「そうなんです。そりゃもう出来のいい人で、なんと公務員試験に受かったんですよね、よっしゃーこれでおまわりさんだーって。そんで、お祝いにお寿司食べに行こうってなった時、私おたふく風邪引いちゃいまして、家にお留守番になったんですよ」

 

「……………………え」

 

 ゆめのんが、目を見開いた。

 

「……先輩?」

 

「…………え、あ、はい、ご、ごめんなさい、ぼうっとしてましたの」

 

「大事な話なんですってば」

 

「え、ええ、その……じゃあ、延期すればよかったじゃありませんの」

 

「風邪引きながら、私も完全に気分が寿司だったんで、我慢出来なくて、ウニといくらと穴子を山程持って帰って来い、って言って、見送りました」

 

 その結果は言うまでもなかった。

 

「丁度、あの災害の日でした。全員、建物に潰されて、死んじゃったそうです」

 

「…………あ」

 

 両親の遺産がある、と言っていたのを思い出したのか。

 

「両親と兄の生命保険の受け取り人は私だったし、貯金も相続したし、でもまだ小学生だったんで、母方の祖母の所に引き取られたんですけど、それも去年、大往生で亡くなって、またその遺産と生命保険もー、って感じで、実は私、めっちゃお金持ちなんですよね」

 

 人の死の上で、優雅に一人暮らししてます、と。

 

「高校進学をきっかけに、この街に戻ってきました。結構復興してて驚きました。マンション買って、バイトもせずにだらだらゲームして、そんな風に過ごしてました」

 

「…………じゃあ、あなたも、失ったんですのね、四年前の、あの日に」

 

「なので、プリンセス・ルージュとドラゴンハートに対して、思うところがあるかないかというと、ありますよ」

 

 ちゃり、と自分の魔法の象徴である鍵を手にとって、弄ぶ。

 

「ただ、それ以上に死にたくないし――――あんな連中、それこそ災害みたいなものじゃないですか。だったら、やり過ごすのも手だと思うんですよね、同じ犠牲を出さないために! なんて正義漢っぽいですけど、私には合いません」

 

「……その、申し訳ありませんわ。失ったことがない、なんて、私、なんて事を……」

 

「この心の傷は先輩のおっぱいを触る以外じゃ癒せそうにありませんね……」

 

「人が真剣に謝ってるのに何でそっちの方向に戻すんですの! というか、胸は全く関係無いじゃありませんの、この話!」

 

「いえ、兄には彼女が居て、もう家にもちょこちょこ遊びに来てたし、私も義理のお姉さんだーって結構なついてたんですけど、そのお姉さんめっちゃおっぱい大きかったんですよ」

 

「は、半端無く取ってつけたような理由ですわねえ!」

 

「一緒にお風呂入って事あるごとに揉むのが大好きでした」

 

「やられた方はそれ、すっごい恥ずかしいですわよ……!」

 

「兄のお祝いに、一緒について行ったんで――――その人も、今どうしてるかは、わかんないんですけどね」

 

「……あ」

 

「という訳で、あのおっぱいを忘れられないわけです」

 

「……そーですの」

 

 なんだか肩の力が抜けて、ゆめのんは小さく笑った。

 

「冬子さん」

 

「はい?」

 

「そのお姉さん、この件が終わったら、探してみたらいかがですの? 案外、元気にしていると思いますわよ、きっと」

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