マスクドライバーエグゼイド! アポロンの獏   作:ホシボシ

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第8話 アポロンの獏(後編)

 

 

わたし達は9人でミューズだ。その絆は絶対。

だから、わたし達は三年生が卒業すると同時にミューズを解散する事を決めた。

 

わたし達にとってのファイナルライブ。悔いのないようにしようって皆で言っていたのは、今でも覚えている。

でも悲劇が起こった。ライブ中、男の人が変なことを言ってて、何か叫んでて、ステージに上がってきて。

それで、それで――

 

海未ちゃんを刺したんだ。

 

大きなナイフで何度も何度も。

わたし達は何もできなくて。警備員の人も間に合わなくて。

それが、わたし達の最後のライブだった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

わたし達は何度も何度も海未ちゃんのお父さんとお母さんに謝った。

弓道部の皆に頭を下げた。そんな中、こんな声が聞こえた。

 

 

『海未は人見知りな子だった。そんな海未が本当にアイドルなんてやりたかったワケがない! 海未は無理やり付き合わされたんだ! お前らが海未を殺したんだ!』

 

 

わたし達は、ただひたすら謝り続けた。

 

わたし達はもう集まる事は無かった。

 

だってミューズは9人。今集まっても、8人しかいない。

そんな中、真姫ちゃんが体を壊してしまった。海未ちゃんが殺されるところを間近で見たんだもん。仕方ないよね。

 

真姫ちゃんは心の病気になってしまったみたい。

お見舞いに行きたかったけど、わたし達と顔を合わせるとおかしくなっちゃうみたいだから、会わせてもらえなかった。

そのまま三年生は卒業した。はじめはみんなと連絡を取っていたけれど、大学が忙しいと思って徐々に連絡は減っていった。

みんな頑張ってるんだ。にこちゃんはアイドルになったみたい。

 

 

「海未ちゃんのことがあったのに、酷いね」

 

 

ことりちゃんは怒ってた。

 

 

「ごめんね、穂乃果ちゃん」

 

 

そのことりちゃんは日本を離れた。

 

行かないでっていったけど、日本にいる事でいろいろ思い出しちゃうみたい。だから、結局、止められなかった。

でも連絡はしてくれる。寂しいって言ったら嘘になるけど、我慢はできた。

半年ほどで連絡がこなくなった。メッセージを送っても既読すらつかなかった。

 

卒業した私は芸能事務所の人にスカウトされた。

お母さんは癌で入院してたし、お父さんは事故で死んだから、雪穂のためにアイドルになった。

 

ミューズ。その肩書きはすっごくて、私はすぐにテレビに出れた。

 

『テレビで見たよ』そう言って久しぶりに会った希ちゃんはお金のことばかり聞いてきた。

希ちゃんは怪しげな『占い師』のおばさんと今は暮らしてるらしい。お金が必要なんだって、だからわたしにお願いしたいって、そればっかり。

 

断った。

それはしちゃいけないと思ったから。希ちゃんは分かってくれた。でも次の日も来た。その次の日も来た。その次の次の日も――。

わたしは、希ちゃんが怖くなった。

だから、逃げた。もっと都会の中に行って、人の中に紛れた。

 

そんなある日、凛ちゃんから相談された。

彼氏から暴力を振るわれる。そうなんだ。

 

かよちんからお前みたいなヤツは知らないって言われた。ひどいね。

花陽ちゃんは大学に行って変わってしまったみたい。

元ミューズの肩書きで持て囃される事に酔ってしまったみたい。

凛ちゃんとは別の大学に行って、派手な子達に囲まれて、凛ちゃんはダサいんだって。

 

 

酷いね。

 

 

当たり障りのない励ましをあげて、わたしはもう凛ちゃんと会う事は無かった。

ことりちゃんとは連絡がつかない。絵里ちゃんはもうどこにいるのかも、何をしているのかも知らない。

にこちゃんに会った。にこちゃんはやつれていた。にこちゃんはわたしに掴みかかってきた。

 

 

「なんでクソ才能もないアンタがテレビに出れて! この私が地下アイドルのままなのよッ!!」

 

 

分からない。

分からないよ。

 

 

「死ね……! 死ねよォお!」

 

 

にこちゃんはわたしの髪を掴んで叫ぶ。

大人の人がやって来て、にこちゃんは連れて行かれた。

 

分からない。

 

何も分からない。

ニュースでは、ことりちゃんが死んだって話題が出ている。海外で犯罪に巻き込まれて、それで、ああ、ああ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

穂乃果は目を見開く。

 

 

「ヒッッ!!」

 

 

頭を抱え、うずくまる。

それは穂乃果だけではなかった。ミューズの誰もが青ざめ、震え、涙を浮べてへたり込む。

真っ暗な空間だった。なにもない。穂乃果たち以外。

 

 

「これは失礼。キミ達には似合わない悪夢だったね」

 

 

その中で、中央にゲンムが浮かび上がる。

 

 

どうやら今の幻影(ビジョン)はゲンムがアポロンの力を使って見せたらしい。

 

 

「少し過剰に演出してしまった。しかしどうか許して欲しい。これは私がキミ達に送るせめてもの贖罪なのだから」

 

 

ミューズの絆が壊れていく。ミューズの未来が穢れていく。

今のは、ただの悪い妄想だ。穂乃果たちの確固たる絆があれば、今のような事はただの下らない夢幻なのだ。

 

 

「しかし、ありえない話じゃない」

 

 

現実(リアル)とはそういう物ではないか。

永遠の愛を教会で誓ったはずの夫婦が離婚届を市役所に持っていくように。望まれて生まれた命が、望まれずに消えていくように。

リアルとは、崩壊とはある日当然、なんの前触れもなくやって来るものなのだ。

 

 

「あの光景はどうだい? 怖いだろう? 辛いだろう?」

 

 

確かに――、と、誰もが思う。

やってくる終わり、やってくる亀裂、やってくる負。全てはありえないと完全には言い切れない。

人を作るのは環境と状況だ。負に塗れたところに身を置けば、心が病んでしまう。光は、消えてしまう。

人はそんなに強くは在れない。

 

 

「しかし生きるとはそういう事だ」

 

 

やってくるかもしれない悪夢を否定しきれない。

それが現実と言うものだ。モータスは妊婦を殺害した。

何の罪もない人間――、訂正、データを削除していった。しかれどもそれは現実世界でも十分に起こりえることなのだ。

世の中は時にしてフィクションのような悪夢を齎してしまう。ましてや穂乃果たちさえ感じているだろう。ミューズは、永遠ではない。

 

 

「そう、生きる事は怖いんだよ。現実に生きるという事は、死や崩壊の危機を頭の隅に置きながら日々を過ごすという事になる」

 

 

そんなのは――、嫌だ。

疲れてしまうじゃないか。

 

 

「しかしこの世界にいれば、キミ達の絆と光は永遠に守られる」

 

 

そう設定するつもりだ。患者は『二年』になる。

にこ達が『卒業してもミューズは続ける』。『二年卒業がエンディング』それでループを起こす。

つまり穂乃果たちは永遠にミューズであり、永遠にスクールアイドルであれる。

 

 

「永遠のスターでいられる」

 

 

あんな負に塗れた人間を好きになる人間がいるか?

いないだろう。人は輝いていなければ、好きにはなってもらえないんだ。

 

 

「完成するまではバグのせいで、多少の恐怖はやってくるかもしれない」

 

 

しかし必ず守る。

現に、今までもゲンムはミューズ達の危険を察知して駆けつけていた。

リボルがにこのいた病院を破壊しようとした時や、モータスが凛に襲いかかったときなど。

 

 

「分かるだろう? キミ達は、ずっと、楽しいままでいられるんだ」

 

 

ゲンムは告げる。これより世界に異変が起こる。

その異変にきっと穂乃果たちは大きく戸惑ってしまうだろう。

 

エム達が消える事にショックを受けてしまうかもしれない。

けれど何もしないでほしい。ただ大人しく世界がゼロになるのを見守っていてほしい。

そして――、耐えれば、先程の悪夢の記憶も消し、また新しい世界でラブライブを目指せばいい。

新たな愛と絆を感じながら。

 

 

「私は誰も犠牲にしたくはないんだ」

 

 

だからこそこの方法を選んだ。

しかし結果的に穂乃果たちは永遠に鳥篭の中に幽閉される事になる。それでも、どうか、分かってほしい。

 

 

「救済には多少の犠牲は必要なんだ」

 

 

アイドルだってそうだろう?

一人のアイドルがステージの上で輝く笑顔を浮かべている――、その裏では100人のアイドルになれなかった少女が泣いているんだ。

 

 

「優れた薬を作るにも、まずは治験と言う――」

 

 

首を振るゲンム。いや、全ていいわけか。

構わない。なんでもいい。たとえ無辜な少女達を仮想世界に幽閉する悪魔と呼ばれても構わない。

 

 

「どうか、キミ達は本物のミューズに……、女神になってくれ」

 

 

弱い人々に救済を与えてくれ。永遠のアイドルとして希望を振りまき続けてくれ。

満たすんだ。自己顕示欲、アイデンティティ、自尊心、そして承認欲求を。

いつまでも――、夢の中で。

 

 

「それが、私の望みだ」

 

 

ゲンムはそう言うと消滅する。

そして、穂乃果達の意識もブラックアウトした。

 

 

「――!」

 

 

石神エムは、意識の覚醒と共に体を跳ね起こした。

汗が酷い。倦怠感がある。それでも首を振って無理やりに頭を起こす。

記憶は――、ある。

 

 

(おれが、ゲームのキャラクター……?)

 

 

嘘だ。

だって、こんなにも、『いつもどおり』じゃないか。

それに、と、周囲を見渡すエム。彼は今自分の家の、自分の部屋のベッドにいた。夢だったのか? そうだ、そうに違いない。

 

エムはフラフラと自室を出ると、リビングに向かった。

そこにはいつもどおりの朝の光景が広がっている。父親が新聞を広げ、パンが木製のボウルのなかに放られている。

 

 

「おはよう父さん」

 

「ああ、おはよう。最近調子はどうだ? エム」

 

「最悪だよ。酷い夢を見たんだ……!」

 

「そうか、大変だったな」

 

「本当だよ。ハハハ……」

 

「そうか、大変だったな」

 

 

エムは椅子に座り、パンを取って口に入れた。

 

 

「―――」

 

 

心臓がギュッと掴まれたような感覚。

鼓動が早く、強くなっていく。一度、租借。気のせいか?

そうだ、そうに違いない。二度目の租借。同じだった。

 

三度、四度、租借する中でエムは確信した。

いつも朝に食べているパンだからこそ分かる。

味が、全く無かった。

 

 

「……父さん」

 

「ああ、おはよう。最近調子はどうだ? エム」

 

「パン、ミスった? 味、しないんだけど。ハハハ」

 

 

小麦の風味もない。僅かな甘みすらない。

間違いない、パンは、与えられた存在(パン)として機能していなかった。

 

 

「そうか、大変だったな」

 

「父さん?」

 

「ああ、おはよう。最近調子はどうだ? エム」

 

「父さん」

 

「ああ、おはよう。最近調子はどうだ? エム」

 

「父さん!」

 

「そうか、大変だったな」

 

 

気づく。父親は、その2パターンしか話していなかった。

まるで、RPGゲームのモブキャラに何度も話しているような気分だった。

 

 

「父さんッッ!」

 

 

新聞を奪い取る。

するとそこには、虚ろな表情で、『ノイズ』が掛かった父がいた。

 

 

「そそそそそそそそうか、たたたた――、だった……」

 

 

その時、気づいてしまった。

父が、『バグッた』のだ。

 

 

「ボボボボボボボボボボボボボ!」

 

「!」

 

 

父の顔が歪む。

眼球が飛び出すほどに顔がパンパンに膨れ上がったかと思うと、まるで沸騰している様にボコボコと部分部分が膨れ上がってはしぼんでいく。

そしてオレンジに変色したかとおもうと文字通り顔面――、いや『頭部』が変形した。

 

頭部がオレンジ色の化け物になった。

見たことがある。モータスのバイクにあった顔だ。

突き出た口、貝のようにも――、見ようによっては『獏』に見えなくも無い。

 

 

「ヴォ、ヴォ、ヴォ! ペバッ! ペバッ!」

 

「う、うあぁああ!!」

 

 

体は父だった。なのに顔が化け物。

それは父ではない。エムは思わず叫び、リビングを飛び出す。

 

 

(う――ッ、嘘だ! 嘘だッ、嘘だッッ!!)

 

 

狂いそうになりながら家の外に飛び出る。

そして逃げるようにして向かいの『穂むら』に飛び込んだ。

 

 

「!!」

 

 

エムは立ち尽くす。

店番をしていたのは、『父』だった。

 

 

「嘘だろ……」

 

 

思わず声が漏れる。

いや、違う。父じゃない。『父と同じ顔』だから、はじめはわからなかった。

しかし服装を見て理解する。それは穂乃果の母親だ。

 

 

「ペボッ! ボボッ!」

 

 

その場から動かず規則的に一定の動きをくり返す様子はまさにゲームのエネミーキャラクターのそれである。

襲い掛かる恐怖。思わずエムは吐き気を覚えて口を押さえる。

 

 

「おばさんッ! おばさん!!」

 

 

穂乃果の母親の肩を掴むエム。

当然、幼いころから優しくしてもらっているエムにとって、穂乃果の母親は本当の母親のようなものだ。それこそ、母親がいなかったエムにとっては尚更。

しかし、そこで、フラッシュバック。

 

 

『キミ達は、私がつくったゲームのキャラクター』

 

 

ゾッとする。

その時だった。顔面に衝撃が走る。

 

 

「――え?」

 

 

後ろに体が持っていかれる。そうか、そうだ、穂乃果の母に殴られたのだ。

どうやら一定の距離内に入る、もしくは触れる事により『敵』と認識されたらしい。

 

 

「う――ッ、ぐッッ!!!」

 

 

顔を押さえ、エムは涙を浮べながら逃げ出す。

なんだ、なんなんだコレは。錯乱しつつエムは厨房に向かった。頼む、お願いだ、もう先程から何度も同じ事を思っている。

 

頼む、なんでもする。

だから、お願いだから全部ウソだといってくれ。これは悪い夢なんだと言ってくれ。

そうは思えど、殴られたところが痛む。

皮肉にも、それが夢では無いと教えてくれた。

 

 

「い、嫌だ! おれは――ッッ!!」

 

 

その時、厨房にたどり着くエム。

 

 

「おじさ――ッ!」

 

 

そこには、先程と同じ顔の化け物が立っていた。

全員同じ顔、オレンジ色の、『バグスターウイルス』。

 

 

「ヴェポッ!」

 

 

穂乃果の父はエムを敵と認識したのか、めん棒を構えると当然のように殴りかかってくる。

 

 

「――ッ! やめッ! やめてください!!」

 

 

聞くわけが無い。

エムは認めていないだけで、穂乃果の父親などとっくに死んでいる。

目の前にいるのはゼロデイを遂行するための駒、ただのバグスターウイルスでしかない。

 

 

「くそぉおッッ!!」『マイティアクションエーックス!』

 

 

幸いと手にはエグゼドライバーとガシャットがあった。

エムは素早くドライバーを装備すると、ガシャットを起動させてレンガブロックを射出、近づいてきた穂乃果の父を吹き飛ばす。

 

 

「あ……」

 

 

罪悪感。穂乃果の父に――、なんて事を……。

 

 

「!」

 

 

その時だった。穂乃果の父が立ち上がると、めん棒を思い切り振るう。

呆然と立ち尽くしていたエムはそれを頭部に受けてしまい、思い切りよろけると棚にぶつかって食器などを巻き込んで倒れていく。

 

 

「………」

 

 

穂乃果の父はエムに馬乗りになるとめん棒を思い切り振るい、何度も何度もエムに打ち付ける。

おいしいお菓子を作るための道具が、エムも大好きだったお菓子をつくるための道具が、凶器になっている。

 

 

「――ァ」

 

 

どろりと、頭に張り付くような『液体』を感じた。

汗か? いや、違う。血だ。頭部から血を流しながらエムはボウッと天井を見上げている。

 

 

『そもそも――』

 

 

フラッシュバック。

 

 

「違う」

 

 

エムは足を振り上げ、穂乃果の父の背を蹴った。

そして勢い良く立ち上がると、我武者羅に走った。そして逃げた。

厨房を抜け、カウンターを抜け、穂乃果の部屋を目指す。

 

 

「違う――ッ!」

 

 

上ずった声で連呼する。穂乃果の妹である雪穂の部屋を確認。

なにもない。そう、『何も無かった』文字通り、家具も、なにも、部屋もない。

それが何を意味しているのか、エムは理解しつつも口では――

 

 

「違う」

 

 

穂乃果の部屋に転がり込む。

血がポタリポタリと落ちて床を汚していくが、今は無視する。

混乱しながらエムが見つけたのは写真だ。いろいろな写真がフォトフレームの中にあった。エムはうめき声を上げながら縋るようにその写真に触れる。

 

いろいろな写真がある。

その中には、自分がいるものだってあった。

幼いときに小学校に入ったときに撮影した写真だ。自分の家族と、穂乃果の家族で写真を撮った。

 

 

「あ、あれ……ッ!」

 

 

その時、その写真が歪む。

ノイズが掛かる。なんだ、なんなんだ? エムはそれを取ろうと必死に写真を擦った。

すると、写真にモザイクがかかり、父が、穂乃果の母が消えていく。

 

 

「―――」

 

 

膝をつくエム。

言葉が頭を巡る。

 

 

『そもそも、この世界に存在している生命など、ただの11しかない』

 

 

気づいた。流していた血が消えていた。

エムは、気づいた。気づいてしまった。穂乃果の父? 穂乃果の母? 雪穂?

そんな物は、最初から存在していなかった。いや、彼らだけじゃない。

 

写真も、家具も、全てはその『存在』として存在していただけだ。

いや、正確には存在する事を許されていただけだ。全てはデータ、だってココは――

 

 

「夢の中……」

 

 

扉が開く音が聞こえた。

振り返ると、めん棒を持ったバグスターウイルスが、包丁を持ったバグスターウイルスが入ってきた。

 

 

『アイム ア エグゼイド!』

 

 

窓ガラスを破り、エグゼイドは地面に墜落した。

 

 

「ぅうッ! あぁ……!」

 

 

上を見る。するとそこにはコチラを見ている二体のバグスターウイルスが。

どうやら一定の範囲内からは動けないらしい。行動範囲が穂むらに限定されているのか、エグゼイドは唸りながら足を引きずって歩いていく。

 

そう、そうだ、はじまるのだ。ゼロデイが。

空を見上げた。青い空に白い雲。まるで貼り付けた様な空だった。

雲は、欠片も動いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「とッ、父さん! 母さんッッ! うぁああ!」

 

 

羽水ヒイロのこんなにも情けない表情を見たものは、おそらく音乃木坂には存在していないだろう。

生徒会長として選ばれた日から、常に模範的な存在であろうと努力し続けた。

 

しかれども、その全てが虚構だと理解した瞬間から、心の隅に閉じ込めていた弱さがあふれ出してきた。

そして自らの両親がオレンジ色の顔をした化け物になって、朝食を貪り食っているのを見た途端、ヒイロは叫び声をあげて家から飛び出した。

そして躓き、倒れる。痛みが走る。犬の鳴き声が聞こえてきた。

 

 

「ジョンッ! ジョン……!」

 

 

顔を上げるヒイロ。

すると走ってきたのは、『犬の形をした化け物』だった。

体はゴールデンレトリバー。しかし顔はオレンジ色の、父と母だった物体と何もかわらなかった。

 

ヒイロは叫び、走り出す。門を開けて外に出る。

助けてくれ。叫んだ。しかし返ってくる声はない。

 

 

「う、嘘だ……! こんな馬鹿なぁ――ッッ!!」

 

 

町には人がいた。

全て、同じだった。顔はオレンジ色。体だけの『個性』。

 

ヒイロは叫んだ。錯乱しながら走っている。見る人、見る人、全てがバグスターウイルスになっている。

違う。違う。違う。ヒイロは叫び、学校を目指す。

 

そうだ、全部ウソなんだ。学校に行けばまた自分は『生徒会長』として過ごす事ができるんだ。皆から尊敬される存在であれるんだ。

ヒイロはとりつかれたように学校を目指した。不思議と走っても走っても疲れなかった。

まあ、それはそうか。ヒイロは気づいていないが、肺と言う存在がなくなったのだもの。

 

 

その学校で、丁度今、穂乃果達が目を覚ました。

場所は部室。皆椅子に座っており、机にへたり込んでいる穂乃果たちは虚ろな表情で沈黙している。学校――、皆が揃っている。一瞬混乱。

どうなったのか。それを考えれば今までの事が思い出される。ゾッとしたように表情を変えて、一同はそれぞれ恐怖の表情を見せていく。

 

 

「どう――、なったの? いやッ、なにがどうなって……」

 

 

絵里が頭を押さえる。

ズキズキと痛む脳が『思い出す』のを拒んでいるようだった。

しかしそれでも視なければならない現実と言うものがある。

 

一同は僅かにフラッシュバックしていく記憶を共有しながら、全ての経緯を形作っていく。

始まりは――、そう、何気ない一日だった。いつもと何も変わらない。みんなで集まって、ライブの事だとか、ラブライブのことについて考えているときだった。

空に、巨大な魔法陣が浮かび上がったのだ。

 

すごい、なんだろう、プロジェクションマッピングかな?

そんな会話を行っていると――、確か、そう、灰色のオーロラが見えて。

それで、その後、ゲンムが姿を見せたのだ。

 

 

『アポロンアーマー!』

 

 

ガシャットを起動させて、ゲンムは呆気に取られている穂乃果達に向けてバグヴァイザーを発射した。

一番初めに撃たれたのは穂乃果だった。いや、それは『撃たれた』と言うよりは『吸い込まれた』と言ったほうが正しいか。

バグヴァイザーから黄金の光が発射され、それが穂乃果に当たったとき、穂乃果の体が粒子化してヴァグヴァイザーに吸い込まれた。

 

戸惑う中、次々と吸い込まれていくミューズのメンバー達。

なんとか逃げ出したものの、最後は真姫が吸い込まれ――……。

 

思い出せるのはそこまでだった。

ゲンムの話を信じるならば、穂乃果たちはアポロンによって作られた仮想世界、イナンナの鳥篭に閉じ込められたという事になる。

 

 

「じゃあ、ココはゲームの中の……」

 

 

周囲を見回す穂乃果たち。

とてもじゃないが信じられなかった。

部室の感じや、小物だって何から何まで本物と同じじゃないか。自分の家だって、町並みだって――。

 

 

「あ」

 

 

思い出す。

思い出した。なんだか当たり前の事を忘れていたような気がする。と言うか、そもそもゲンムが言っていた。

 

そうか、そうだ。

音乃木坂は女子高だったんだ。

それにこの学校にはなにやらロマンチックな言い伝えのある大きな木が校庭の端にあるが、本当の世界じゃそんなものはない。

 

 

「大きな木って……」

 

 

その木の下で告白をすると、幸せになれる。

まあ、なんとも――、ベタな恋愛ゲームにありがちな設定ではないか。

それに気づいてしまった。何故部室がリアルなのか、なぜ学校や町並みがリアルなのか。ゲンムが設定したのではない。そういう話をしていたじゃないか。

 

 

『世界は人の記憶によって構成される』

 

 

つまりこの部室の明確な構造を穂乃果たち9人の記憶から分析し、構築したのだ。

穂乃果の周りにいる人間もそうだ。家族、友人、全ては記憶から抜き取られたデータ。

 

 

「だったら――ッ!」

 

 

だったら、お母さんやお父さんは……。

その言葉を言いかけたとき、穂乃果たちはビクっと肩を震わせる。

また、悲鳴が聞こえた。そうだ、穂乃果たちは悲鳴で目を覚ましたのだ。

 

 

「な、なによ……」

 

 

流石のにこも口では強気だが、声のトーンは明らかに弱弱しい。

扉を開く。すると、多くの生徒が走っているのが見えた。

 

 

「ヒッ!」

 

 

そして見つける。生徒の中に混じってオレンジ色の頭部をしたバグスターウイルスが徘徊しているのを。

なんだ? 戸惑っていると、見知った顔が部室に駆け寄ってくる。

 

 

「穂乃果ぁ!」

 

「穂乃果ちゃんッ!」

 

「あッ! みんな!」

 

 

部室に入ってきたのは穂乃果の友人で、通称ヒフミトリオと呼ばれている、ヒデコ、フミコ、ミカ。そしてエムの親友のヨッシーくんだった。

違和感はすぐに分かった。なんだか四人の体が変だ。ノイズが掛かっていると言うか、所々砂嵐のようにブレる時がある。

さらになんだか少し透けているような気もする。

なにより、息が少し荒い。

 

 

「大丈夫!? 気分が悪いのっ?」

 

「う、うん。少し……」

 

 

ことりがヨッシー君のおでこに手を当てる。

熱は無いが――、正直、どう見てもヨッシーくんは辛そうだった。それになんだか呆然としているような。

 

 

「ど、どうしたのみんなッ、何があったの……?」

 

「穂乃果……! 実は――」

 

 

ミカが事情を説明する。

なにも不思議な日じゃなかった。いつもどおりのはずだった。

でも、それは突然起きた。クラスメイトの一人が突然苦しみだして、どうしたのかと思えば、その生徒がバグスターウイルスに変わったのだ。

そしてそこで終わりじゃない。各学年、クラス、いや違う。教師を含めて学校全体で人間がバグスターウイルスに変わっていった。

 

 

「うぅうぅうッッ!!」

 

「あ!」

 

 

すると部室から少し離れたところで一人の少女が倒れるのが見えた。

苦しそうにうめき声を上げる少女。大丈夫だろうか? 助けないと。

穂乃果は倒れた少女に向かって駆け寄ろうとした。だが、それはすぐだった、少女が天を仰ぎ、絶叫する。

 

 

「ボボボボボボボボォォ!!」

 

「!?」

 

 

すると全身を包むノイズ。直後顔面が変形し、バグスターウイルスに変わったのだ。

 

 

「そ、そんなッ!」

 

「あんな風に――ッ、みんな、怪物になっちゃって……」

 

 

自分の体を抱きしめるミカ。

 

 

「私も、ああなっちゃうのかな……」

 

「そんな事――ッ」

 

 

そこで、海未はふと窓の外を見る。

 

 

「………」

 

 

目を見開き、海未は遠くにあるアポロン社のビルを睨んだ。

屋上――、ビルの真上に、黄金の神が浮遊しているのが見えた。

 

 

「アポロン……ッ!」

 

 

そこで理解した。

全ては、アレが原因なのだと。

 

 

「きゃあああ!!」

 

 

花陽が悲鳴をあげる。

無理もない。部室にバグスターウイルス達がなだれ込んできたのだ。

ここで一つ補足すると、バグスターウイルスたちは穂乃果たちを絶対に傷つけられない。

そう設定されているからだ。しかし恐怖させる事はできる。絶望させる事はできる。

それもまた、後の世界に繋がっていくファクターになる。

 

 

「ゥオオオオオオオオ!!」

 

 

その時だった。教室に小さな影が飛び込んでくる。

それはバグスターウイルスにしがみ付くと、思い切り振り回して投げ飛ばす。

 

 

「!」

 

 

表情を変える凛。

現われたのは、火馬キリヤ。

 

 

「ボクは――ッ! ボクはァア!!」『爆走バイク!』

 

 

ガシャットを起動させるキリヤ。

トロフィーが出現し、それがバグスターウイルスに直撃し、怯ませる。

 

 

「変ッ身ッッ!」『ガシャット!』

 

 

レーザーに変身するとタイヤを振りまわして、バグスターウイルスを吹き飛ばしていく。

 

 

「逃げよう! みんなッッ!!」

 

「――ッ」

 

 

みな頷くが、何もいえなかった。

レーザーに何と声をかけていいのか、分からなかったのだ。

 

 

「アポロンから発生する光が各データーを変質させ、管理できるバグスターウイルスへと変化させていく」

 

 

社長室にて、クロトは大きなモニタを観察していた。

そこには逃げ惑う人々が見える。次々にバグスターウイルスに変わっていく人々が見える。

エムたち適合者はもちろん、既にミューズの何人かは理解しているだろう。

 

そうだ、この世界は仮想世界。

存在するのは全てデータで作られた塊である。木材も、金属も、いかなる素材も『データ』へ収束していく。

ゼロデイはそのデータを全て消去していく事で完了する。来客用のソファに座っている我李奈は唇の端を上げながらタブレットでそれを行っていた。

 

 

「区画データ、『海外』を削除完了しました。『海』、『山』も削除済みです。次は隣町、遊園地を削除しますわ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

世界は、ゲームだ。

移動しているように見えて、その実、区画ごとに分かれたエリアを移動しているだけにしか過ぎなかった。

バス、飛行機、船、そして徒歩。あらゆる交通手段であろうとも、実際は本当に移動しているのではなく、『音乃木坂』と言うエリアから移動しているだけにしか過ぎない。

 

Aが音乃木坂のデータ。Bが隣町と言うデータ。Cが海と言うデータ。

世界は自由じゃない。穂乃果達がいける世界には実は全て制限がある。

と言うよりも、イナンナの鳥篭に内蔵されている場所にしかいけない。

 

クロト達が一番細かく、そして大きく作っているのがAだ。

だって穂乃果達が住んでいるのだもの。それ以外は割りと簡易的に作ってある。だから簡単に削除する事ができた。

今はもう、穂乃果たちがいる音乃木坂のエリア以外は機能していない。

それはつまり、逃げ場など無いという事だ。海外のデータがないのだから飛行機に乗っても音乃木坂を離れられない。

そもそも空港データも削除したから、空港に行く事はできない。

 

 

「………」

 

 

俯くクロト。

削除において、一番面倒なのが『生命』データだ。

 

ヒフミトリオを作るとき、穂乃果の中にある三人の容姿、性格、関わってきた記録を元にアポロンはヒデコ達を作り上げた。

そのデータを見たとき、ヒデコは『A』フミコは『B』ミカは『C』となる。これと同じで、人のデータを分析すると、同じものなど存在しない。

 

それはそうだ、『A』を量産すればつまりヒデコと同じ人間が量産される事になる。

いかにモブキャラであろうとも人に『個性』があるように、同じデータは存在しない。

そして削除のときもまた、通常であれば一人一人を消していかなければならない。

 

『A』を消すように設定、消しますか? はい。

『B』を消すように設定、消しますか? はい。

そんな事を繰り返すのはどれだけの時間が掛かるだろうか?

 

アポロンは所詮残骸の寄せ集め、かゆいところに手が届かないケースが多い。削除もまた同じだ。時間が掛かりすぎる。

だが、一つ、方法があった。それが一括削除だ。『A』を全て削除しますか? そういう選択肢が存在している。

もちろん全てを『A』にはできない。しかし一つだけ同じ記号にする事ができる。それが、バグスターウイルスだ。

 

アポロンが少量のバグスターウイルスをエリア『音乃木坂』に散布させ、それを受けた人間がバグスターウイルスになっていく。

そして全ての人間がバグスターウイルスになった時、アポロンは全てのバグスターウイルスを削除させて世界をゼロにする事ができる。

 

いや、違う。正確には初めからゼロだった。

なにもない、虚構幻想。究極の夢の世界。時間の概念もない。

人も、いるように見えて、ミューズたちしか本物は無い。そしてミューズもいずれはデータとなる。

だから、なにもない。なにも進まない。だから、ゼロデイ。

 

 

「………」

 

 

拳を握り締めるクロト。

 

 

「怖いんですか?」

 

 

ヘラヘラと笑いながら我李奈が問いかける。

 

 

「まさか」

 

 

嘘だ。

正直、不安や恐怖はあった。なにせゼロデイを行うのはこれが最初となるからだ。

うまくいくだろうか? だが、これしか方法はない。誰も犠牲にしない。それがクロトの信念であった。

 

いや、犠牲にしているのか。しかしその犠牲は必要な犠牲だ。

これが上手くいけば徐々に取り込む『本物』を増やしていく。いずれ男も取り込む。

患者は男性だけじゃないからだ。今はまだ女性は男性に変えるか、もしくは女性のままミューズたちと一緒にラブライブを目指すストーリーを構築する。

 

大丈夫だ。それでいい。それで満たされる。

それで、救われる。

 

 

「これが世界の……、私のオペレーションだ」

 

「………」(馬鹿な男だ。理解できない)

 

 

我李奈は鼻で笑い、世界を削除していく。

 

 

(人間なんて、無限に湧いて出る害虫のようなものなのに。その死に一喜一憂とは、つくづく理解しがたい)

 

 

どうやら、我李奈が協力しているのはクロトのためではないらしい。

彼女には彼女の野望があるようだ。懐にあるガイアメモリにそっと手を触れる。

 

 

(アポロンの力はなかなか良い。まさかクロトの脳内にあるエックスレコードの情報だけでグラファイトなる力を再現できるとは)

 

 

多用なる世界の記録を把握できれば、もっと多様な力を得る事ができるかもしれない。

そしていずれ――……。

 

 

「楽しみですわ」

 

 

我李奈はニヤリと笑い、崩落していく世界を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「こころっ、ここあ! 虎太郎ッ!!」

 

 

上ずった叫び声をあげて、にこは飛び出した。

皆の制止を振り切ったのは、それだけ家族が大切だからだ。

 

しかしにこは勘違いしている。

そもそもこの世界に矢澤こころ、矢澤ここあ、矢澤虎太郎などと言う人間は存在しない。

全てはにこの記憶から生まれた虚像なのだ。いや、分かっているのか。分かっていて、にこは家族の安全を確かめるために走るのか。

 

そして他のメンバーも携帯を手に取り、家族へ連絡をいれる。

たとえその存在が虚構であろうとも、絆はあったのだから。

 

 

「雪穂ッ!?」

 

 

穂乃果は妹である雪穂に連絡をいれる。お願い、無事でいて。

そんな中、数回のコール音の後に、声が聞こえてきた。

 

 

「今どこにい――」

 

『ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ』

 

「……え?」

 

『ペボッ! ボッ! ピボッバッ!』

 

「うそ」

 

 

携帯を落とし、穂乃果は崩れ落ちる。

一方、隣にいた絵里も声を荒げていた。電話の向こうにいたのは妹の亜里紗。

どうやらまだ発症はしていないようだが、まもなくと言った様子だった。

 

 

『お姉ちゃん……、苦しい――……!』

 

「亜里紗! 亜里紗ッ! 待ってて、今助けに行くからね!!」

 

『いいよ。もう、わたしは、大丈夫……』

 

 

消え入りそうな声。目の前で雪穂が発症したのを見たようだ。

散布されたバグスターウイルスを吸収し、発症するまでの時間は個体差がある。

それはまさに運命。神が決めたというのか。

 

 

『うぐッッ! あぁあぁああぁああ!!』

 

「亜里紗ッッ! いやぁああ!!」

 

 

叫ぶ絵里。直後、耳に張り付くノイズ。

 

 

『ビボッ! ボッ! ペボボッ!』

 

 

ボロボロ涙を零し、絵里はダランと携帯を持つ手を下げた。

 

 

「どうして亜里紗がこんな目に……!」

 

 

そんな勘違い。

亜里紗なんて、元々いなかった。

そして銃声。前では迫るバグスターウイルスにレーザーが光弾を浴びせていた。

とは言え、バグスターウイルスは時間と共に増殖していく。前からは未だに多くのバグスターウイルスが走ってくるのが見えた。

 

 

「キリヤくん、闇雲に逃げてもダメだ――ッ! 僕に任せて!」

 

「ッ、は、はい!」

 

 

ヨッシーくんの言葉に従い、一同は逃走経路を決める。

走る。走る。穂乃果は海未とことりが、絵里は希が支えながら、一同はそれでも走る。

ふと外をみると多くのバグスターウイルスが見えた。そしてビルや建物が粒子化して消え去っていくのも見える。

 

怖い。誰しもが思う。

ふと、向こうの廊下に理事長の服を来たバグスターウイルスが歩いているのが見えた。

ことりは唇を噛んで、涙を拭い、何も言わずに走った。

 

 

「……ぁそこだ!」

 

 

ヨッシー君が指差した廊下を駆ける一同。

そしてレーザーはヨッシーくんの指示に従い、防火戸を閉める。

 

 

「ゾンビものの映画で見たんだ。こうすれば、せき止めることができる」

 

「そうだったんですか……! じゃあ、閉めましょう!」

 

「そうそう……、じゃあ、後は…、ね」

 

 

そこで、ヨッシーくんはレーザーの肩を叩く。

まさか中身がキリヤだったとは思わなかった。まあだが、最早そんな事を驚ける元気もなかったのだ。

ヨッシー君はニヤリと笑うと、今まさに閉まろうという防火戸をすり抜け、向こう側に出た。

 

 

「えッ!?」

 

 

驚き、反射的に手を伸ばすレーザー。

しかしもう遅かった。しまる扉。ヨッシー君は向こう側。

つまり、大量のバグスターが向かってくる側に立ったのだ。

 

 

「どッ! どうして! 今助けます!」

 

「いや――ッ、いい。大丈夫……!」

 

 

壁の向こうから消え入りそうな声が聞こえてくる。

事実他のバグスターウイルスのうめき声でほとんどかき消されてしまった。

それでもなるべく聞こえる様に、ヨッシー君はレーザーに声を掛ける。

 

 

「僕が少しでも時間を稼ぐから……、その間に…キミは、ミューズの皆を、安全な……、場所に――」

 

 

レーザーの腹部辺りにヨッシーくんの声が届いた。

つまり今まで立っていたヨッシー君は扉にもたれかかり、そのまま地面に尻をつけた。

 

 

「ヨッシー先輩――ッ!」

 

 

意味を理解するレーザー。

 

 

「ヨッシーくん!」

 

 

穂乃果達も青ざめ前に出る。

忘れてはいけない。ヨッシーくんと言う男もまた、穂乃果たちの『幼馴染』だったのだ。

まあ尤も、所詮、虚像である。作られた存在なのだ。ヨッシーくんもまたエム達と同じくして。

 

 

「さっき……、ことりちゃんにおでこを触ってもらったんだ。はは、羨ましいだろう?」

 

 

しかし、感触が全く無かった。

触れた感触も、ましてやファンである筈なのに欠片もドキドキしなかった。

ヨッシーくんはその時、理解した。自らが自らでなくなっている事に。

 

 

「もう、腕の感覚もない」

 

 

とりあえず動くには動くが、まるでゲームをしているようだ。

動いた指に感覚は無い。ただ動いているのを客観的に見ているだけのような気分だ。

 

 

「うッ! ゴホッ! ガハッッ!!」

 

「ヨッシーくん!!」

 

「行ってくれ。頼むよ。ほら、こんな僕にもプライドとか、ないわけじゃあないんだよ」

 

 

情けない姿を晒すのは、好きじゃない。

それを受け、レーザーは目を光らせた。痛いほどに分かってしまう。

だから穂乃果やことり達を抑え、防火戸から離れていく。

 

 

「そんな――ッ! ヨッシーくん!!」

 

「行きましょう! それが――ッ、彼の、最期の望みなんです!!」

 

「ッッ!」

 

 

穂乃果、海未、ことりの表情をレーザーは一生忘れないだろう。

ショックを受けているようだ。しかしそれ以上に、ヨッシーくんの想いに心が揺らいでいる。

だって、今の穂乃果たちはヨッシーくんとの思い出を一切忘れていたのだから。

既にそこまでデリートが進んでいる。ヨッシーと言うのは、所謂『あだ名』だ。当然彼には本当の苗字、本当の名前がある。

しかしもう、それが思い出せなかった。

 

 

「………」

 

 

そしてそれはヨッシー君も同じだった。

目の前から迫るバグスターウイルス。逃げ惑う生徒達。

今まさにバグスターウイルスになっていく生徒達を見ながら、呆れた様に笑う。

 

えぇっと、なんでこうなったんだっけ?

って言うか、今、僕は、何を守ろうとしていたんだっけ?

 

 

「ミューズって……なんだっけ?」

 

 

そういう事か。

そういう事なのか。なんとなく、自分が何なのかを悟ってみたりする。

 

 

「まあでも――、悪くない人生だった……、か?」

 

 

ふと思い出す。

そうだ。そうか。そう言えば親友がいたな。

彼の為に図書委員会をフルに使ったな。朝の受付や放課後の受付、果ては一緒に大会まで出たり。

 

 

「僕って――……ッ、結構良いヤツだったな」

 

 

そういう役割だった。恋愛ゲームにはほとんどの場合、主人公を助けてくれる友人がいるものだ。

 

 

「やれやれ、感謝してほしいよね。大元帥には……!」

 

 

大元帥。それもあだ名だ。本名は――、申し訳ないが思い出せない。

 

 

「グッ! ぐあぁうううッッ! ゥズァアア!!」

 

 

心臓が焼けるような感覚。

ヨッシーくんは胸を抑え、額に汗を浮かべる。

 

 

「ハァ、ハァ! ちくしょう、ココでゲームオーバーか……ッ!」

 

 

せめて、キミは頑張ってくれよ、大元帥。

ガクンと――、ヨッシーくんは糸が切れたようにうな垂れる。

そして再びスイッチが入ったように顔を上げる。そこにいたのは、ただのバグスターウイルス。

 

 

「ペボッ! ボボッ! ペボボ!」

 

 

立ち上がった元ヨッシーくんは、なんの事はなく、他のバグスターウイルスの集団に混じり、徘徊を続けていった。

一方、音乃木坂から少し離れた平屋。その中で布団に包まって震えている男がいた。

 

 

「うぅぅううぅ!」

 

 

用務員の山岸だ。体調が悪いからと学校を休んだはいいが、ただの熱ではないと察するに時間は掛からなかった。

そしてテレビでは、どのチャンネルを見ても同じような内容がくり返されていた。

アナウンサーが見たことの無い焦りを表情に乗せ、人間が次々に化け物に変異していくニュースを報道している。

 

だがその内にアナウンサーもバグスターウイルスに。

放送どころではなくなり、画面がブラックアウト。

そして山岸は自らの身に何が起こっているのかを知る事になる。自分に出ている症状は、化け物になったアナウンサーと同じだったからだ。

 

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

「!」

 

『私はゲンム。ゲームマスターだ』

 

 

語る。今から世界はゼロになる。

しかしどうか怯えないでほしい。苦痛は一瞬だ。いや、苦痛さえも幻想なのだ。

 

 

『ゼロはゼロでしかない。あなた達の未来はまもなく、新たなるステージへ移行する』

 

 

新世界が来るまでの辛抱だ。まっさらになった世界で、また新しくモブキャラとして機能してくれればいい。

 

 

『怯えなくていい。終わりは終わりではない』

 

 

そう言い残し、ゲンムは消えた。

しかしだからと言って恐怖が消えるわけじゃない。

大丈夫? 何が? 山岸の心には今も絶大な不安と怯えが圧し掛かる。

 

 

「ぅうぅううぅ!」

 

 

震え、携帯を手にする山岸。SNSを使い、ミューズファンの友人達に連絡をいれる。

しかし、返ってはこない。どうやら、運が良かったのは山岸だけのようだ。

 

そしてその内、やっと一通の連絡が入る。

山岸は期待していた。いつもの調子で『なに、大丈夫だよ、心配いらないよ』そんな調子のメッセージを期待したのだ。

しかし送られてきたのはたった一文。

 

 

『たスけテ』

 

 

山岸は言葉を失った。

そして十秒後、また通知が届く。

写真ファイルだ。そこには自撮りを行うバグスターウイルスが映っていた。

 

 

「ヒィィイィイ!!」

 

 

叫ぶ。そして異変。携帯が粒子化をはじめたのだ。

山岸は怯え、震えた。携帯と言うものを構成していたデータが消え去ったのだ。

もうダメだ、もう嫌だ。怖い、だから助けて。山岸は誰もいない部屋で泣き叫ぶ。

 

 

「――ッ!」

 

 

だが、その時、一枚の写真が目についた。

テレビの上にあった。ミューズと撮った山岸の宝物が。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

「どけェエエッッ!」

 

 

スナイプは迫るバグスターウイルスを蹴り飛ばした。すぐに迫る二体目。

フックで真横に吹き飛ばすと、三体目の腹部ど真ん中に蹴りを打ち込む。

 

手足をバタつかせて後ろのバグスターウイルスを巻き込んで倒れていく、バグスターウイルス。

彼ら、彼女らは、白衣や入院着を纏っていた。

 

そう、現在、スナイプは病院にやって来ていた。

ここに来るまでにいろいろなことがあった。スナイプはもちろん事態を把握している。

両親が化け物になっていたと思えば、バスの中では乗客や運転手が苦しみ出してバグスターに。

降りた後もそこらかしこにバグスターウイルス。そして病院に来てみればこれだ。

 

 

「まさか……、こんな形でバイオハザードとはな」

 

 

ゾンビ物はそれなりに見てきたが、まさか実際に体験するとは思っていなかった。

まあとは言え、向こうはせいぜい殴るくらい。凶器を持ち出すものもいるが、一定の範囲外に逃げると追ってこない優しいものだ。

だからこそスナイプは気づいていた。これは、前兆でしかない。ゲンムが狙っている事。それはきっとこの先にあるものなのだろう、と。

 

 

「………」

 

 

目的の病室にやって来る。

 

 

「奈々ッ!!」

 

 

扉を蹴破り、カーテンを強引にむしりとる。

 

 

「―――」

 

 

スナイプが見たのは、ベッドの上で意味不明なダンスを踊っている小さなバグスターウイルスの姿であった。

かわいいパジャマは、かつて妹が着ていたもの。憧れのアイドルを真似たツインテールも今は無い。

だってオレンジ色の頭部には、髪なんてものは無いんだから。

 

 

「………」

 

 

そして、ベッドの端では奈々の父である宇佐美重雄が死んでいた。

赤い点が胸にある。『牙のような』武器で心臓を一突きだろう。いや、死んでいると言うのはおかしな話か。

ただ少し早めに削除されただけにしか過ぎない。重雄はまるで炭酸にでもつつまれたようにシュワシュワと音を立てながらゆっくりと粒子化している。

 

重雄はヴィランのガシャットを使った。

ゲンムの話を聞くならば、それにもバグスターウイルスが存在していたのだろう。

中途半端なバグの塊は最早不要と判断されたのか。

 

 

「奈々……」

 

 

声を掛ける。しかしベッドの上のバグスターウイルスは反応しない。

ただ覚えたてのダンスを何度も何度もくり返している。

目の前で父親が死んでいるのに、何も目をくれず、ただ何度も何度も同じ動きをくり返している。

人の動きではない。人の心があればそんな事はしない。

ましてや、娘の前に父親の死体を放置するなどと――ッ!

 

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

スナイプは焦燥の叫びをあげ、病室の中にあるゴミ箱を思いきり蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「う、嘘だ――ッ、全部ッッ、こんなのは――ッッ!」

 

 

先程から壊れたレコードのようにヒイロは同じ言葉をくり返す。

真実を求めて彼は音乃木坂にやって来た。自分の味わった苦痛が全て馬鹿な幻である事を証明するためだ。

学校に行けば自分はまたいつもの自分であれる、と。

 

しかしヒイロを待っていたのは大量のバグスターウイルスであった。

教師も、生徒も、皆、同じ頭で呻きながら学校を歩き回っている。

ヒイロは狂いそうになりながら校内を走り抜ける。倒れている生徒がいた。

声を掛けた。生徒は苦しそうに呻きながら、直後、ヒイロの前でバグスターウイルスとなった。

 

 

「………」

 

 

現在、ヒイロは屋上にいた。

いつもミューズが練習している場所だ。屋上の隅でヒイロは体育座りをし、震えている。

 

 

「馬鹿な――ッ」

 

 

全ては嘘だった。

 

 

「違う――ッ」

 

 

ズキズキと痛む手。

さきほど倒れている生徒へ手を差し伸べた。バグスターウイルスとなった生徒は、ヒイロに襲い掛かり、その手を掴む。

なんとか振り払うことには成功したが、向こうもそれなりに食い下がってきた。おかげで中指と小指の爪がはがれている。

 

痛み。しかしそれすらも作られたデータだとすれば?

ダメだ。ヒイロは頭を抱える。自我を、自己を証明できない。

 

 

「え?」

 

 

ポトリと、何かが落ちた。

視界が歪む。なんだ? ヒイロが顔を近づけると、地面に落ちていたのは眼球だった。

 

 

「え?」

 

 

ヒイロの左目が落ちていた。

その時、右腕がボコボコと音を立てて膨れ上がる。

茶色に変色し、まさに肉塊だった。

 

 

「―――」

 

 

叫び、地面を這い、ヒイロはその場を離れた。

適合者は大量のバグスターウイルスを投入され、自らも既にバグスターウイルスとなったため、彼らは今の状況でバグスターウイルスに変異することはない。

しかし自らの存在に疑問を持ち、自分を見失うということは、当然肉体を構成するデータを狂わせる事に成る。

 

言わば今のヒイロやエム達は粘土のようなものだ。

自らの肉体が自らの肉体であると自覚しているからこそ形を保っているだけで、たとえば『自分は獏なんだ』と自己暗示しつづけ、本当に自らの存在が獏であると脳が認識すれば、肉体を構成するデータが獏の形をつくり、彼らは獏になる。

 

 

「ハァ! ハァ! あ――ッ、ぐッッ!!」

 

 

冷静になれ。冷静になれ。

ヒイロは涙を浮べながら呼吸を整える。すると変質した腕が元に戻り、左目も再生され、ヒイロはヒイロに戻った。

しかし先程ヒイロがいた場所には、相変わらず眼球が転がっており、それが夢では無いという事。

なによりも、ヒイロが人間ではない事を証明していた。

 

そして、その時だった。屋上の扉が開き、誰かが入ってきた。

バグスターウイルスだろう。ヒイロはふと、腰に巻いていたブレイブドライバーを見る。

タドルクエストのガシャットは懐にある。しかし、ヒイロは沈黙したまま動かなかった。

つまり抵抗しない。

 

 

(抵抗して……、何になる)

 

 

そうだろう? ココで戦って、何になると言うんだ。

どうせ自分達はただのデータ。いずれ消え去る運命なのだ。

それが遅いか早いか、ただのそれだけの差を生み出す行為に何の意味が――。

 

 

「ひ、ひ、ヒイロくんかい?」

 

「ッ! その声は……」

 

 

声がした。バグスターウイルスじゃない。

ヒイロが振り返ると、そこにはノイズ掛かった山岸がフラフラと歩いているのが目に映った。

 

 

「山岸さん!」

 

「よ、良かった! き、きききキミは――ッ、透けてないんだだだだね!」

 

 

声がブレる。わざとじゃない。バグっているからこうなっているんだ。

山岸は泣いていた。体はもうかなり透けており、目も虚ろだった。

 

 

「み――ッ、みみみんなが無事かどうかが心配になって、ココに来たんだ! 多分ッッ!!」

 

 

泣いていた。隠す事なくボロボロと泣いていた。

心配だったんだ。学校の皆を助けないとと思ってやって来た。大切な物を守るためにココまでやって来た。

なのにもう学校は壊滅状態だった。笑顔で挨拶をしてくれる子たちは皆化け物になっていた。

 

救えなかった、何もしてやれなかった。

なによりも、山岸は気づいてしまった。

生徒の名前が、思い出せなくなってきている。

 

 

「怖い。怖いよ――ッッ!!」

 

 

ボロボロ泣きじゃくりながら山岸はヒイロを通り過ぎる。

 

 

「大切なモノが自分の中から消えていく感覚が――、怖いんだ……ッ!!」

 

 

そしてさすがの山岸でも分かる。まもなく自分はあの化け物になるのだろう。

山岸はフラフラと屋上を歩き、何も無い前に手を伸ばし続けた。

 

 

「山岸さん、何を――?」

 

「で、ででででもね、ヒイロくん。も、も、もっと怖いことがあるんだ」

 

 

山岸は必死に言葉を紡いだ。

気を抜けば頭が真っ白になり、1+1すら忘れそうになる。忘却の恐怖。歩き方がよく分からない。

それでも山岸は生徒達を助けようとした。無理だった。だから屋上に来た。それだけだ。

 

 

「こ、ここここんな僕に挨拶をしてくれた子達。頑張っていると褒めてくれた子達を、き、ききき傷つける事だけは――、できない……ッッ!!」

 

 

山岸は涙を流しながら、屋上の手すりを掴む。

そして、上がらない足を必死に持ち上げて、手すりを乗り越えた。ヨタヨタと、モタモタと時間をかけながら。

 

 

「何を……」

 

 

ヒイロはぼんやりとしながら問いかける。

すすり泣く山岸の表情をどこか冷めた目で見ていた。

だって、目の前にいる男はただのデータ。ニセモノなのだ。

この時間が全て無駄にしか思えなかった。

 

 

「ぼッ、ぼぼぼぼぼくはぁ……!!」

 

 

山岸の顔面が歪む。文字通りの意味で。

 

 

「ご、ごごごべん……! も、ぼヴぉうッ、げんがいだ……ァァ!!」

 

 

できるなら皆を守ってあげたかった。

できるなら皆を助けてあげたかった。

山岸の脳裏にフラッシュバックしていく笑顔。妻も、母も、父も、なにも守れなかった。

 

かけがえの無い友人も。自分を励ましてくれた女神達も。愛する生徒達も。みんな、なにも。

 

だから、せめて、これ以上は傷つけない。

それが、山岸の選んだ答えであった。

 

 

「び――ッ、ビィロぐぅん。ぎ、ぎびは――ッ、せめでッ!!」

 

 

ヒイロくん。キミは、せめて。

 

 

「生きて」

 

「―――」

 

 

目を見開くヒイロ。

山岸は歪んだ顔で微笑むと、屋上の向こうに消えた。

 

 

「山岸さ――ッ!!」

 

 

体に電流が走る。

とんでもない事をしてしまった。そんな後悔がヒイロの体を突き動かした。

地面を蹴り、手すりを掴み、顔を出して下を見る。

丁度その時、山岸の頭が地面についた。

 

 

「ァ」

 

 

ゴリュンッ! と、聞いた事のない音が聞こえた。

山岸の首が90度以上、曲がる筈のない場所に曲がる。

 

 

「ぐッッ、ジュ――ッッ!!」

 

 

良く分からないうめき声をあげて、山岸は手足をバタつかせていたが、すぐに動かなくなった。

 

 

「ァァアアァアアア!!」

 

 

頭を抱え、ヒイロは上ずった叫びをあげる。

死んだ。落ちた。山岸が自ら命を絶った。何故だ? 決まっている。

バグスターウイルスとなり、生徒達を傷つけてしまうのが嫌だったからだ。

だから山岸は、足を震わせながらも自ら飛び降りたのだ。

 

 

「!?」

 

 

その時だった。

首が折れ曲がった山岸がムクリと立ち上がったのは。

 

 

「な――……んで」

 

 

顔が、オレンジ色に染まっていた。

その瞬間、ヒイロは教えられた。無意味なんだ。自らの死も、決断も、全てはデータに設定されたもの。

ゲームマスターがノーといえば、どんな想いも無駄になるのだ。

山岸は、バグスターウイルスになっていた。

 

 

「………」

 

 

ヒイロは崩れ落ちる。

かつてない程の無力感に苛まれ、ヒイロはただ天を仰ぐことしかできなかった。いつのまにか空は黄金の雲で覆われていた。

世界の終わりだ。ヒイロは俯き、そのまま動く事は無かった。

 

 

 

 

 

「虎太郎ッッ!!」

 

 

にこが保育園に駆けつけたとき、園内には気絶したバグスターウイルスの山があった。

 

 

「!?」

 

 

遊具がある園庭、ブランコに座っていたのは虎太郎だ。そしてその隣にはタイガが座っている。

 

 

「食うか?」

 

「……うん」

 

 

近くのコンビニで拝借してきたポテチの袋を差し出すタイガ。

虎太郎は袋の中からポテトを取り出すと口に運ぶ。しかしすぐに訝しげな表情を浮かべ、首をかしげた。

 

 

「……まずい」

 

「だな。味なんてしねぇ」

 

 

そこでタイガはにこに気づく。

 

 

「よぉ。おせぇよカス」

 

「虎太郎! あぁ、良かった!!」

 

 

にこは、ここあをおんぶして、こころの手を繋いでいた。

共通しているのは、妹二人は既に透けていると言うことだ。虎太郎はかろうじて色彩は保っているものの、たまにノイズが掛かる。

特に、ここあは酷く、呼吸が細く、目も虚ろだった。

 

 

「タイガ、あんた……、どうして」

 

「どうして? んなモン、オレが知るかよ」

 

 

皮肉っぽく笑い、タイガはにこを睨む。

 

 

「オレはお前と違ってカラッポなんでね」

 

「……やめてよ」

 

「こんな事くらいしか、もう、やる事がねぇ」

 

 

自慢じゃないが、他の人間よりは苦労してるつもりだった。苦悩しているつもりだった。

だが全ては幻だった。夢だったのだ。悩みに悩んだことも、全部無駄な事だったのだ。

ああ、ああ、なんて、ああ、馬鹿らしい。

 

 

「ここあ……」

 

 

タイガはにこの背中で辛そうに息をしている、ここあの頭を撫でた。

 

 

「矢澤、コイツ等は、オレが知ってるような奴だったのか?」

 

「……そうよ」

 

「そうか。まあ気にすんなよ。コイツ等は所詮――」

 

「違う! 絶対に違う!」

 

 

にこは涙を浮かべ、ここあを、こころを、虎太郎を呼んで強く抱きしめた。

 

 

「この子達は、私の命よりも大切な家族よッッ!!」

 

「だからそれは――」

 

「私が言うんだから間違いないでしょ! 変なこと言うと、許さないんだからッ!!」

 

「………」

 

 

タイガは理解できないと言った様子で肩を竦めた。

 

 

 

 

 

「どうすればいい――ッ、どうすれば……!」

 

 

一方、この男もまた、狂ったように同じ言葉をくり返していた。

石神エムは行くあてもなく、ひたすらにさ迷う。どこに行けばいいと言うのか。

いつも帰っていた家はもう無い。幼馴染もいなかった。全てが虚像だった。今更何を信じ、何を成せばいいと言うのか。エムには全く分からなかった。

 

からっぽの自分。穂乃果との思い出は全て作られた幻想だった。

穂乃果はエムと言う人間を知らないし、エムもまた、穂乃果の何を知っていると言うのか。

 

今はただ、『この仮想世界に巻き込まれた少女』としか知らない。

現実の家族はココと同じなのか。音乃木坂ではどんな世界活を送っていたのか。

全て分からない。だってココでの出来事は全て夢なのだから。

 

 

「うッ! ううぅう!」

 

 

考えれば考えるほど、やるべき事が『無い』ことが分かってしまう。

ゲンムは自分達の事を最初からゲームオーバーだといっていた。

 

道理だ。ゲームで言うならば自分達はココで消え去ることが役割。

以前ヒイロは自分達は決められた事をやるアクターであると称した。

そうだ、そうなのだ、役者の仕事は今日でおしまい。道化の役目は今日でおしまい。

全ては取り払われる。クロトの目的どおりに自分達は消されるべきなのか。

 

 

「ハァ、ハァ」

 

 

呼吸は荒いが疲れない。肺がない。心臓の鼓動も感じない。

自分の中に詰まっているのは臓器ではなくデータ。いや、バグスターウイルスなんだ。

 

サクサクと足が感触を確かめる。下を見る。雪が積もっていた。

右を見る。桜吹雪が見えた。

左を見る。紅葉が綺麗だった。

後ろを見る。電信柱にセミが止まってミンミン鳴いていた。

 

世界がバグっていく。

向こうの方で大きなビルが粒子化していくのが見えた。向こうに見えた山が消えていくのが見える。

 

耳をすませば悲鳴が聞こえる。苦しむ声が聞こえる。バグスターウイルスの鳴き声が聞こえる。

何も分からず走る。橋の上を通る。下にあった川が消えていた。

そして橋を渡り切った時、エムはあるモノを見つけた。

 

 

「!」

 

 

子供だ。子供が立っていた。俯き、立ち尽くしていた。

三歳、四歳くらいだろうか? 男の子だ。

 

 

「……キミ、どうしたの?」

 

 

子供は体が透けており、ノイズが掛かっている。どうせこの子もただのデータだ。

しかしそう簡単には割り切れない。自分と言う存在がいる以上、エムは男の子に声をかけずに通り過ぎる選択は選べなかった。

だからエムは前に立つと、膝を曲げて、目線を男の子に合わせる。

なにより、他に何をしていいのか分からなかったエムにとって、目の前に現れた男の子はまさに救世主にも見えた。

 

 

「お名前は……?」

 

「……ソウタ」

 

 

何も分からない、そんな印象を受ける。

ふとソウタの手に目が行く。

 

 

「それは?」

 

「……おかあさんに買ってもらった」

 

 

小さな人形だった。全体的にピンク色の体をした――、特撮ヒーローだろうか? それともアニメのキャラクターだろうか?

なんだか良く分からない。ゲームなら詳しいが、この年代の男の子が好きそうなアニメや特撮ヒーローには全く詳しくないのだ。

ましてや、それも全ては作られたフェイク。なんだか虚しくなってくる。

 

とは言え、ソウタにとっては全てだったのだろうか。

こんな状況で大切そうに握っているなんて。

母親に買ってもらったことが嬉しいのか、それともこのキャラクターが出てくる番組のファンなのか……。

 

 

「そういえば、おかあさんは?」

 

「あそこ……」

 

 

ソウタが指差した場所を見る。

すると、女性の服を着たバグスターウイルスが徘徊しているのが見えた。

 

 

「あれが……、お母さん――?」

 

「分かんない」

 

 

ソウタは、呆然としながらエムを見る。

 

 

「おかあさん、どこにいったの?」

 

「………」

 

 

いないんだよ、キミのお母さんなんて最初ッから。

等と――、言える訳がない。エムは静かに頷き、ソウタに微笑みかけた。

 

 

「一緒に探そっか」

 

「でも――」

 

「ん?」

 

「こわい」

 

「………」

 

 

エムは頷くと、微笑み、立ち上がる。

 

 

『アイム ア エグゼイド!』

 

 

レベルワンの姿を見たとき、ソウタは目を輝かせた。少しだけ、色彩が戻った気がする。

まあいい。エムは変身を解除すると、再びしゃがみこみ、ソウタと目線を合わせた。

 

 

「なあ、すごいだろ?」

 

「………」

 

 

ソウタは無言で何度も頷いた。

 

 

「おれがいれば大丈夫だ。さあ、一緒にお母さんを探しに行こう」

 

 

その時だった。ソウタが、エムに近づいた。

そして小さな手で、肩の部分を掴んだのだ。ギュッと、服の布を掴む。

反射的にエムがソウタの背中に手を回すと、ソウタはそのままエムの首に手を回して抱きついてきた。

 

 

「………」

 

 

エムは、少し驚いたような顔をしている。

 

 

「い、行こうか」

 

 

エムはソウタを抱きかかえると、存在しないソウタの母を捜すために歩き出した。

しかし、どうやらそれがスイッチを入れてしまったようだ。周囲のバグスターウイルス達が範囲内に入ったエムに向かって襲い掛かってくる。

 

三百六十度だ。

そして周囲にはまだノイズ掛かっている人々が倒れている。

まさに地獄のような光景だった。ソウタもそれを確認していたのか、ギュッと、エムを抱きしめる力を強めた。

 

 

「大丈夫。おれに任せろ」

 

 

必要としてくれる人間がいる。

エムはソウタを地面に降ろすと、マイティアクションのガシャットを取り出し、起動する。

 

 

「変身!」『ガシャット!』

 

 

レベルワンに変身。

エグゼイドは眼前に迫ったバグスターウイルスを強く突き飛ばす。

幸いなのは、バグスターウイルスは弱い。エグゼイドの力があれば一撃でも張り倒せばもう動かなくなる。

 

 

『ガシャコンブレイカー!』

 

 

ハンマーで迫るバグスターウイルス達をなぎ払うエグゼイド。

あっと言う間だった。エグゼイドは周りにいた全てのウイルスを吹き飛ばし、ダウンさせる。

 

 

「ソウタ! やったぜ! おれは――」

 

 

振り返るエグゼイド。

すると、ソウタは地面に倒れている一体のバグスターウイルスにしがみ付いていた。

 

 

「ソウタ、危ない! ソイツから離れ……」

 

 

気づく。なんの事はなく吹き飛ばした一体。エグゼイドにとっては何十体の中の一体。

だからこそ気づかなかった。その服は、先程、ソウタが指差さした――、それ。

 

 

「おかあさんを――」

 

「え?」

 

 

ソウタは、初めて涙を流した。

 

 

「おかあさんを、いじめないで」

 

 

震える声で、そう口にする。

刹那、ソウタは、エグゼイドの目の前でバグスターウイルスになった。

 

 

「………」

 

 

小さな小さなバグスターウイルスは石ころを掴みあげると、エグゼイドに向けて走ってくる。

そして小さな手で、その石を必死にエグゼイドへ打ちつけた。

 

 

「ペボッ! ペポッ! ポッ!」

 

「………」

 

 

そうだよな。

 

 

「……分かるよなぁ」

 

 

全部分かってたんだよ。

ソウタは全部分かってたんだ。

 

 

「ごめんなぁ」

 

 

エグゼイドはただ謝るしかできなかった。

震える声で、自分の胴体に石を打ちつけるバグスターウイルスを抱きしめるしかできなかった。

 

 

「ごめんなぁ……! そうだよな、分かるよなぁ――ッ!」

 

 

おかあさん、なんだもんな。

本当は全部分かってたんだよな。考えられたんだ。君は、ちゃんと考える力があったんだよな。

 

 

「その上で、キミはおれに助けを――ッ、求めて……ッッ!!」

 

 

仮面をつけた男の表情など、誰に理解できようか。

エグゼイドは体を震わせ、声を震わせ、ただひたすらにうめき声を漏らす。

オレンジ色の頭部を撫でて、エグゼイドはゆっくりと顔を上げた。

遠くに見える。ビル。その上に浮かぶ、アポロン。

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブレイブ』

 

「!」

 

 

バグの影響はマイナスだけではなかった。

まず一つ、アリアドネがまだ使えるということだ。

 

 

『スナイプ』

 

「ッ」

 

『レーザー』

 

「この声……ッ」

 

『いや、違うよな』

 

 

建物の屋上を跳躍で移動しながら、エグゼイドは語る。

 

 

「羽水ヒイロ」

 

『エムくん……』

 

「鋼タイガ」

 

『石神――ッ』

 

「火馬キリヤ」

 

『石神先輩!』

 

「そして、おれは石神エム」

 

 

その筈だ。少なくとも、今まではそうして生きてきた。

 

 

「教えて欲しい。おれ達は誰だ? 何のために生きてきた?」

 

 

疑問。

 

 

「わからない」

 

 

ヒイロ。

 

 

「知るかよ。意味なんてなかったんだろ」

 

 

タイガ。

 

 

「ボクも……、そう思ってた」

 

 

キリヤの答えだけは少し違っていた。

それは、つまり、個性だ。

 

 

「ボクには何も分からない。でも、ミューズだけは守りたい。そう思うんだ」

 

「キリヤくん、だが俺達は――」

 

「分かるよ、羽水先輩。こんなもの結局、無意味なのかもしれない。でもボクは――、それでも……!」

 

 

それでも、凛の、ミューズが笑っている世界を夢見た。

 

 

「おれ達は確かにデータの集合体だ。全ては夢と幻、それで終わりさ」

 

 

だが、本当にそうなのか?

エムには、それが引っかかっている。

 

 

「じゃあ、おれ達が感じてる虚無感はなんだ? おれ達が今感じている想いは一体なんだって言うんだ?」

 

 

それだけじゃない。エムは適合者として選ばれた日々の中で、確かに成長したと思っている。

自分だけの力じゃない。穂乃果に励まされ、ミューズのみんなの輝きに触れた。だからこうしてココにいるんだ。

 

確かに自分達はニセモノかもしれない。それでも、穂乃果(ホンモノ)と関わった事で、ほんの少しだけでもいい。

真実が、現実がそこに生まれたんじゃないだろうか。

 

 

「だからおれ達は、友達に、仲間になれたんじゃないのか?」

 

「……!」

 

「楽しかった。写真部としてみんなと一緒にいる日々は」

 

 

それもニセモノだったのか?

違う。そうは思わない。エムは改めて今までを思い出す。

穂乃果に背中を押してもらい、夢であるプロゲーマーを目指そうと思った。虚構が夢を見れたのは、穂乃果がいたからだ。

 

そしてテイパーゲームに触れる中で、アイドル、つまり偶像のいろいろな面を見た。

そして理解した。どうやら画面を通してみるだけでは、半分も理解していなかった。喜びも、苦悩も、なにかも。

それでも、全てがニセモノじゃない。

 

 

「アイドルは、サンタさんみたいなものじゃないか?」

 

 

エムは、それを答えと見出した。

みんな本当は正体が分かっている。正体に気づいている。でもだからと言って偽者だと一方的に決め付けて冷めたりはしない。

 

サンタがいると言うこと、その概念を楽しんでいる。

その中で、もしかしたら本当にいるのかもしれないだとか思って楽しんでいる。

虚構である事は分かっているけど、それが分かった上で楽しんでいる。中には本当に信じている人もいる。

 

 

「人の多種多様な思いを受けて、アイドルは輝くんだ。みんなはどうだ? どんな思いをアイドルに抱いてる?」

 

 

それはきっと、四人とも違う意見のはずだ。

 

 

「その個性、その色。それを分かっておきながら、おれ達はニセモノだからと割り切れるのか?」

 

 

違うだろう。そんな馬鹿な話はない。

 

 

「もうすぐおれ達は終わる」

 

 

たとえゲンムを倒したとしてもエム達の存在はアポロンに依存しているため、消滅は免れない。

もうすぐ死ぬ。それが分かっている。だが、だからと言って何もしないのか?

 

 

「もうすぐ死ぬ人間くらい、いくらでもいる」

 

「!」

 

 

その言葉に、ヒイロやタイガは呆気に取られた様な表情を浮べた。

現実の世界でも病はあるだろう。特に日本は癌大国と呼ばれるほど深刻な症状に陥る者が多い。

そしてただでさえ医療後進国とまで揶揄されるほどに、完治できる確立は低いのだ。

もちろん死は病だけではない。事故、自殺、さらには殺人。

人間は、仮想世界であろうとも、現実世界であろうとも、死と常に隣り合わせになる。

 

 

「そのタイムリミットが分かっているおれ達は、むしろ運が良い方だ」

 

 

ある日、突然、死んでしまう者もいる。

きっと世界のどこかで、まもなく消え去るエムたちより先に死ぬ者がいる。

 

 

「おれ達はまだ、ココにいるだろ」

 

 

もちろん、限られた時間の中ではどうしようもならない事や、できない事はある。

エムとて、勝てないと思った試合では、下手に悪あがきなどせず、放置に及んだ事が何度となくある。

だが、放置しないケースもある。残り十秒であろうともレバーを握り、ボタンを叩くときがある。

 

その違いはなんだ?

決まっている。勝てる可能性がある時だ。

 

 

「クロトはおれ達をバグと称した」

 

 

ゲームにおいて一番厄介な存在だ。

なぜならバグはゲームを破壊してしまう。どんなに素晴らしいゲームであっても、致命的なバグが一個でもあればクソゲーと認定されてしまう。

 

 

「凄い話だろ? 製作者が全く意図していなかった事で、最低のゲームと言われる事もあるんだ」

 

「……ッ」

 

「分かるだろみんな。おれ達なら、このゲームをメチャクチャにできるんだ」

 

「!」

 

 

皆の目の色が変わる。

さらに、エムは続けた。

 

 

「でもバグは時間があれば修正されてしまう」

 

「つまり――」

 

「ああ。悩んでる暇は無いって事さ、会長」

 

 

キミ達はゲームの中の存在なんだよ。

もういらないから消すよ。今までありがとう。

キミ達が応援していたミューズはこれから生贄になってもらうよ。

洗脳するけど、仮想世界に閉じ込めるけど、これは多くの人を救うことになると思うから、我慢してね。

 

すべて、はいそうですね、分かりましたと言えば良いのか?

分からない。だが個人的な意見だけはハッキリ分かる。

 

 

「おれは、絶対に嫌だ――ッ!!」

 

「………」

 

 

へたり込んでいたヒイロは、メガネを整えると、ゆっくりと立ち上がる。

下では『元山岸』がヘンテコなダンスを踊っていた。下らない動きだ。そんな事をするために山岸はココから飛び降りたんじゃない。

彼がどんな想いでフェンスを乗り越えたのか。どんな想いで震える足を前に出したのか。その全ての想いが無下にされるのは許されなかった。

 

 

「俺も、このまま終わるのは――ッ、屈辱にも程がある」

 

 

ましてや、海未やことり、他のミューズの優しさも知ってる。

彼女は、ココにいるべきではない。

 

 

「救済のために、生贄を作るなどッ、ナンセンスにも程がある!!」

 

 

一方でタイガも頷いていた。

 

 

「あのクソ野郎にどうしても聞きたい事がある」

 

 

そして一歩踏み出したとき、にこがその手を掴んだ。

 

 

「私たちも連れてって!」

 

「は?」

 

「私はまだ協力するなんて一言も言ってない! なのに勝手に話を進めて――ッ! ムカつくのよ!」

 

 

なにより、大切な家族を苦しめるなど、絶対に許せなかった。

 

 

「一発ぶん殴ってやらないと気が済まないわ!」

 

「……ははッ!」

 

 

笑うタイガ。

一方でのレーザー、キリヤも強く頷く。

 

 

「ボクの人生はボクのものだ! ボクは、誰かの言いなりのままに終わるなんて絶対に嫌だ」

 

 

後ろを見る。

一瞬だけ、凛と目が合った。

 

 

「ボクは、ミューズを閉じ込めるために生まれたワケじゃない!!」

 

 

その言葉に、他でもない、ミューズ全員が頷いた。

一同は地面蹴り、学校を飛び出していった。

 

 

 

 

そして――。

 

おっとその前に合流時の会話を少々。

 

 

「ねえ……、これ……」

 

「うん? どうしたの?」

 

「かっこいい……」

 

「……あげよっか?」

 

「うん」

 

「はい。大切にしてね」

 

「ありがとう……」

 

 

そんな会話。

 

 

 

 

 

 

「………」

 

黄金の粒子を振りまくアポロンの下、アポロン社の屋上ではゲンムが腕を組んで世界を見ていた。

まもなく全てがゼロになる。

しかしこれは終わりではない。新たなる始まりなのだ。

黄金の雲が空を覆う。ポツリポツリと雨が降って来た。

その中でただゲンムは立ち尽くし、虚空を見つめる。

 

 

「………」

 

 

そして――、確認した。

 

 

「……今でも」

 

 

ゆっくりと、噛み締めるように呟く。

 

 

「今でもまだ、視える。救いを求める手が」

 

 

掴もうとしても絶対に掴めない永遠の蜃気楼。無限の明晰夢。

それは、果てしない悪夢だ。久遠に身を焼き続ける罪の十字架(あかし)

 

 

「今でもまだ聴こえる。苦痛からの解放を望む――、声が」

 

 

苦しい。助けて。嫌だ。どうして。なんで。俺ばかり。私ばっかり。

どうせ――、死ぬんだからと諦める声が聞こえる。

 

 

「長尾晶――」

 

 

それは、名前。

 

 

「秋瀬理穂。飯島健一。三田ハツエ。宇賀美智子。遊里翔真。山本大志。滝原香奈」

 

 

今も簡単に思い出せる。救えなかった人々の名前が。

そしてこれはほんの一部でしかない。たとえ病が治せても、再発の可能性に怯えなければならない。日常生活に怯えなければならない。

 

死を呼ぶのは病や怪我だけじゃない。確固たる現実が人を殺す。

リアルが、人を殺すのだ。

 

 

「なぜ人は死に直面した時、涙を流すと思う?」

 

 

ゲンムは銀色のボタンを押す。

 

 

『ステェィジセレクト!』

 

「なぜ無限の後悔に苛まれる?」

 

 

景色が変わる。ビル内にあるフロア全体を使ったスタジオにゲンムは具現した。

セットは何もない。ただ広く、ライトも少なく薄暗い空間だった。

 

 

「苦しいからだ。死に向かって生きる事が悲しいからだろう?」

 

 

アリアドネにより、この言葉は『四人』の耳にしっかり届いていた。

ゲンムの前には、エム、ヒイロ、タイガ、キリヤ。そしてその後ろにはミューズと、にこの妹達、穂乃果の友人であるヒフミトリオが苦しそうに立っていた。

ゲンムはアポロン社にやって来るエム達を確認。そしてステージ選択によりこのスタジオへ招いたのだ。

 

 

「その答えが――……ッッ!!」

 

 

エムは拳を握り締め、悔しそうに歯を食いしばる。

確かに、ゲンムの――、クロトの言う事は間違っていると切り捨てるには難しい内容だ。

クロトの目指す事は理解ができてしまう。確かに救済は必要なのかもしれない。クロトの言う事も十分に分かってしまうものだった。

 

 

「でもッ、なんで選んだのがこんな方法なんだよッッ!!」

 

 

本当に誰も犠牲にしない方法なら、エム達は妥協できたのかもしれない。

本当に全てがデータ消去で終わるなら、そういう運命だったと思えたかもしれない。

だが、穂乃果が、ミューズがどうしても頭によぎる。

 

 

「なんの罪も無い穂乃果ちゃん達を、巻き込んで良いワケがないだろ!!」

 

「そうしなければならなかった。全てがデータでは、世界は世界として機能しなかった」

 

「それでも――ッ、それでも他の道を見つける事が、アンタが選ぶ戦いじゃなかったんですか!!」

 

 

エムの叫びにゲンムは変身を解除した。

クロトは目を開き、エム達を睨む。

 

 

本物(ミューズ)に触れた事で、より明確な自我が宿ったか)

 

 

理解できる。なにもかも。

エム達は初め皆どこか諦めがあった。挫折したエム、やりたい事もなかったヒイロ、妹の死に引きずられていたタイガ、人生に価値を見出せないキリヤ。

 

初期設定(そのまま)であれば、クロトの計画を知ってもなんだかんだ消えてくれたかもしれない。

しかしミューズに触れた事で、死にたくないと言う気持ちが生まれてしまった。ミューズを思いやる選択が生まれてしまった。

だが、それも、クロトは分かっている。

 

 

「確かに私の方法は完璧じゃない。穂乃果さんたちには申し訳ないという気持ちもある」

 

 

だからこそ、こうして今、対峙しているのだ。

 

 

「私を倒すチャンスをキミ達に与える。それが、せめてもの償いだ」

 

『マイティアクションX!』

 

 

エム達は頷き、同じくガシャットを起動させた。

 

 

『マイティアクションエーックス!』

『タドルクエスト!』

『バン! バン! シューティング!』

『爆走バイク!』

 

 

背後に浮かび上がるタイトル画面。穂乃果たちは後ろに下がり、反対にエム達は前に出る。

 

 

「キミ達がデータ。虚構の存在である事は既に知っているね?」

 

「もちろん」

 

「では聞かせてくれ。それでも戦う理由(ワケ)を」

 

 

クロトが取る救済プログラムをいち早く体験したのはエムたちだ。

素晴らしいものだったろう? クロトの目が語っている。

アイドルに恋焦がれる日々、好意を向けられる日々。アイドル達と身近に接する毎日は。

 

もっと素晴らしい日々が待っているのだ。

愛がある。手を繋ぎ、愛を口にし、唇を重ねる事で人は愛に満たされる。必要とされる毎日が、全ての苦痛を忘れさせてくれる。

 

 

「アイドルに……、そこまで望んじゃいけないって思ったのかもしれない」

 

 

エムは後ろを見た。穂乃果と目が合った。

複雑そうな表情を浮べる二人。エムは目を逸らし、前を見た。

 

 

「当たり前の事さ。そうでしょう? 社長」

 

「……?」

 

 

確かに、素晴らしい日々だった。

だが、当たり前の話だ。自分達はよくても、穂乃果たちはどうなる?

たとえ洗脳され、不思議に思っていなくとも、当たり前の話じゃないか。

 

 

「好きでもない男を好きになる。そんな事は、いけないよな?」

 

 

エムは自嘲気味に笑う。

好きだから、好きになって欲しいというのは……、まあ、不思議な話じゃない。

 

けれど、アイドルはそうさ。それじゃあダメなんだ。

一番いいのは、穂乃果達が自分で好きになった相手と結ばれる事だ。それを強制するなんて、許しちゃダメなんだよ。

 

 

「おれ達は――」

 

 

自由に踊り、歌い、笑う彼女達を好きになった。

檻に入っている女神なんて、見ててもつまらないだろう?

 

 

「おれ達は、ミューズの自由の為に戦う」

 

 

ガシャットを装填する五人。

 

 

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

 

 

回転するキャラクターアイコン。

それぞれは、それぞれのアクションを取り、自分のアイコンを弾き飛ばした。

 

 

『アイム ア エグゼイド!』

『アイム ア ブレイブ!』

『アイム ア スナイプ!』

『アイム ア レーザー!』

『アイム ア ゲンム!』

 

 

さらにレベルアップ。

 

 

『マイティジャンプ!』『マイティキック!』

『マイティマイティアクション! エーックス!』

 

『タドルメグル・タドルメグル・タドルクエストォー!』

 

『ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!」

 

『バクソウ!』『ドクソウ!』『ゲキソウ!』『ボウソウ!』

『爆走バァイク!』

 

『マイティジャンプ! マイティキック!』

『マイティィイイアクショーン! X!』

 

 

女神達を巻き込むのは忍びない。

ステージセレクトにより空間が歪み、エグゼイド達は仮想世界の中でさらなる仮想世界を展開する。

外、夜。街灯が並ぶ道にマスクドライバーたちは立っていた。

 

正面から見て右にブレイブ、ガシャコンソードを構える。

左にスナイプ。ガシャコンマグナムを構える。

中央に目を光らせた(ライトとして)レーザーと、その上に乗ったエグゼイドがガシャコンブレイカーを構えた。

一方で向かいにはバグヴァイザーを構えたゲンムが立つ。

 

 

「一つ聞かせろ……!」

 

 

一番初めに動いたのはスナイプだった。

一歩前に出て、ひとさし指を立てる。

 

 

「お前はどんな気持ちで、エミを作ったんだ」

 

「………」

 

「どんな気持ちでエミを設定したんだ」

 

 

スナイプとて、今でも簡単に思い出せるのだ。

苦しむ小さな背中と、何もできなかった無力感を。その全てが嘘でした。データでしたと言われて、納得できる訳がない。

エミが生きた証を、そんな簡単には否定できなかった。

 

 

「泣きゲーにおいて、病弱な妹が死ぬのは『あるある』だろう?」

 

 

ゲンムは、アッサリと言い放つ。

 

 

「エミちゃんは、感動させるための道具だよ」

 

「ッッテンメェエエエ!!」

 

 

叫び、走り出すスナイプ。

銃を連射しながらゲンムに距離を詰める。

一方で全ての銃弾を掌で受け止め、ゲンムもまた歩き出す。

 

 

「人は死に触れなければ、死の重さを理解する事はできない」

 

 

迫るスナイプの拳や蹴りを簡単に回避し、逆にカウンターの拳や蹴りを的確に打ち込んでいく。

 

 

「ハァアア!」

 

 

飛び出すブレイブ。

剣を振るい、ゲンムを狙うが、やはり簡単に回避され、バグヴァイザーによる光弾でカウンターを狙われる。

ブレイブはその光弾を盾で受け止めるが、直後盾が粉々に砕け散り、ブレイブは火花を散らして後退していった。

 

 

「――ましてやそれが弱いものであれば、人はより強い同情心により、自らの命の重さを理解するようになる」

 

 

全速力で迫るレーザーとエグゼイド。ゲンムは向かってきたレーザーを手で押さえつける。

 

 

「私は患者に、命とは尊いもの、人生とはかけがえの無いものだと知ってほしいのさ」

 

 

全力を込めた突進の筈だが、押さえつけられたレーザーはビクリとも動かない。

キュルキュルキュルと虚しく地面を擦るタイヤ。だがシートを蹴り、エグゼイドは夜の空に飛び上がる。

このまま勢いをつけてハンマーを――

 

 

「さて」

 

「ぐがぁあ!」

 

 

なんの事はない。ゲンムは上に光弾を放ち、エグゼイドを撃墜する。

さらに迫ってきた斬撃や銃弾を回避する事なく受けて見せるが、ダメージリアクションさえ取る事は無かった。

そのままレーザーを蹴り飛ばし、ブレイブの前に走るゲンム。武器を切り替え、チェーンソーを振るった。

 

 

「グッ!」

 

 

ガシャコンソードでそれを受け止めるブレイブ。

しかしその時だった。震える刃が、ガシャコンソードの刃を切断してみせたのは。

 

 

「なッッ!」

 

「キミ達もそろそろ――、いや、既に気づいているのかな?」

 

 

裏拳でブレイブを怯ませると、さらに武器を切り替える。

 

 

『チュ・ドーン!』

 

 

光弾をブレイブの胴体に撃ち込み、さらに後ろにいるスナイプへ光弾を命中させる。

移動するレーザーの軌道も簡単に見切ってヒット。立ち上がったエグゼイドにもヒット。

地面に倒れる四人と、なんの事はなく立っているゲンム。

 

 

「バグは確かに脅威だが、私も馬鹿じゃないんだよ?」

 

 

バグは確かに管理できない存在だ。

しかしバグスターウイルスの量を調整する事で、脅威となる確率を下げている。

 

たとえばヴィランであれば、そもそもマスクドライバーよりも弱く設定している。

そしてマスクドライバーに関しては、ドライバーである。

 

 

「エグゼドライバー、ブレイブドライバー、スナイプドライバー、レーザードライバー。そしてこのゲンムドライバーは、多世界の技術を真似て作った模造品だ」

 

 

クロトが見た夢、エックスレコードにて医者達が使っていた患者を救う道具。

それを模したレプリカ、偽者でしかない。その根本はエムたちと同じデータ。

つまりアポロンが作った仮想世界の1小道具でしかないのだ。

それはただの夢の欠片。バグとは、言いがたい。

 

 

「飼い犬には手を噛まれたくないだろう? 首輪とリードはしっかりつけておかないと」

 

 

いわば、プロテクター。もっと言えば犬につける口輪のようなものだ。

大量のバグスターウイルスが蠢くエムたちを、しっかりと『エム』として機能させるのがドライバーの役割である。

当然、『そんなもの』では、ゲンムには勝てない。

 

 

「そう設定してある」

 

 

もっと分かりやすくしよう。ゲンムはバグヴァイザーにて設定を変更する。

 

 

「各ドライバーを介した力は、アポロンが生み出した幻夢」

 

 

両手を広げるゲンム。

さあどうぞ。そのリアクションに舌打ちを零す適合者たち。ならばと存分に拳や武器を振るうが……。

 

 

「!」

 

「そんなッ!」

 

 

音を立てて崩壊するガシャコンマグナムやガシャコンブレイカー。

一方ゲンムは銃口から光の粒子を発射し、思い切り腕を振るう事でフィールド全体に散布させる。

すると火花が散る。場所は、『各ドライバー』から。

 

 

「アイドルが人を殺そうと思ったらどうすればいい?」

 

 

怯み、後退していくマスクドライバーたち。その中でゲンムはゆっくりと手を上げた。

 

 

「残念ながらマイクや衣装、笑顔では殺せない」

 

 

指を鳴らすゲンム。

するとエグゼドライバーが、ブレイブドライバーが、スナイプドライバーが、レーザードライバーが爆発を起こした。

当然だ。それはアポロンが生み出したデータの塊。ゲームマスターであるゲンムが干渉できないワケが無い。

 

 

「ぐあぁああ!!」

 

 

フィールドが再び元のスタジオに戻る。

地面を転がる四人の適合者。その前に、粉々に砕け散ったドライバーが落ちる。

 

 

「グッ! ガハァッ!」

 

 

口を押さえるエム。

だが直後、その指の間から大量の血液が地面に落ちた。

手を地面につき、もう一度咳き込む。すると大量の血が床を塗らす。

 

 

「フフフ……!」

 

 

笑い、足元にあったエグゼドライバーを踏みにじるゲンム。

 

 

「エムくんッ!」

 

「会長!」

 

「タイガ!」

 

「キリヤくん!」

 

 

はじめに穂乃果、海未、にこ、凛が前に出る。

しかしその時だった。遮るようにグラファイトが姿を見せた。

 

 

「申し訳ありませんが、ここで止まってもらえます?」

 

「が、我李奈さんなんですよね! どうしてこんな――ッ!」

 

「ゴチャゴチャ喋るのは嫌いですわ。あなた達は止まっていればいい。ただ見ていればいい」

 

 

剣を向けた先にはこころ達が。

 

 

「変な動きをしたら、ね、あの子たちがグチャグチャになりますよ?」

 

「そ、そんな……!」

 

 

データならばどれだけ傷つけても問題ない。

割り切れない穂乃果たちは言われた通り止まるしかなかった。

一方で立ち上がったエム。ヒイロ達がまだ倒れ、呻いている中で、エムは拳を握り締めるとゲンムに向かって走り出す。

 

 

「このヤロォオ!!」

 

 

全力で繰り出すストレート。

しかし当然、そんなものはゲンムの前では無力である。

 

 

「気づいているんだろう? アイドルとて殺すには、凶器を使わなければならない」

 

 

もしくは殺意を持って手を出す事だ。

 

 

『ギュ・イーン!』

 

 

刃が震える音が響く。

そしてその刃が、エムの首と肩の間に入っていく。

 

 

「―――」

 

 

絶叫が巻き起こった。声が割れるほどに叫ぶ。

血しぶきが上がる。刃が肉を切裂き、鎖骨を切断していく。肉がグチャグチャにミキサーされ、あたりに肉片が飛び散っていく。

 

 

「エムくんッッ!!」

 

 

同じく、枯れるほどに叫ぶ穂乃果。

しかしゲンムは冷静だった。冷静に刃を進めていく。

 

おかしくないか? 『こんな光景』、まるで現実みたいだ。

違うだろ? 違うよな。人を構成するのは肉じゃない、骨じゃない、血液じゃない。それは全て夢から覚めた世界の事を言う。

人は、データで構成されているんだと何度言わせる気だ?

 

 

「いつまで人間のフリを続けるつもりだ!?」

 

「ぎ――ッ! ぐうぅぅぅうぁあぁあああ!!」

 

 

それはエムだけじゃない。適合者全員に向けたメッセージだ。

 

 

「いい加減に仮面を取れ! お前らは醜い化け物だろう?」

 

「――ッ!」

 

 

その時だった。ゲンムの体が後方へ吹き飛んだ。

エムが両手で弾き飛ばしたのだ。そしてそのエム、先程まで流れていた物はピタリと止まっている。

当然だ。石神エムと言う男は人間ではない。真っ赤な血液など流れていないのだから。

 

 

「ウオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォッッ!!」

 

 

濁った咆哮を上げるエム。彼の中にあるのは構成データと――

 

 

「ガァアアアアアッッッ!!!」

 

 

大量のバグスターウイルスのみ。

 

 

「……え?」

 

 

穂乃果は、思わず声が漏れた。

目の前で起きている光景。意味が分からなかった。

エムの肩が爆発する。しかし血は出ない。骨もない。あるのは醜悪な茶色の肉塊。バスグターウイルスの集合体であった。

 

さらにボコボコと沸騰を始める肉体。顔がはれ上がり、出目金のように変わった。

そしてそれはエムだけではない。ヒイロも、タイガも、キリヤも同じように咆哮を上げると、人間のシルエットを放棄する。

 

ヒイロは全身に裂け目が入り、指が伸びて枝のように変わる。

タイガは全身から突起が映え、目や鼻も肥大化し、茶色に変色していく。キリヤも髪が全て抜け落ち、頭部がフグのように肥大化する。

 

なんだ、なんなんだこれは――!?

醜悪な変化に思わず穂乃果たちは目を背け、口を押さえ、思わず後ろに下がる。

そして変化をくり返すエムたち。ボコボコと肥大化や収縮が続き、徐々に体が巨大化していく。さらに形状はどんどんと変化。

その果てに、最終形態へ変身する。

 

 

「キュォオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

人の言葉を放棄した。人の姿を放棄した。本物の化け物がそこにはいた。

エムは肉団子を繋げたような化け物に変わった。例えるならば頭部の無い巨人とでも言おうか。

巨大な胴体を構成する球体に目が二つ付いている。そして肩を構成する球体、下半身も球体をつなぎ合わせて攻勢されている。

 

 

「ヒュィイイイイ!」

 

 

同じく咆哮をあげる化け物。こちらはヒイロが変化したものだ。

小さな肉球をつなぎ合わせ、ファージを模した塔を作り上げる。

 

 

「―――」

 

 

肉塊が巨大なハンドガンの形を作る。

これが、『元タイガ』なのだ。

 

 

「グロロロロロロロ!!」

 

 

グズグズの肉壁で構成された棘付きの巨大な車輪。

キリヤの時に抱く優しいだとか、華奢の印象は欠片も無い。

そして本人もまた同じだ。今のキリヤにあるのは、ただ相手をひき潰したいと言う殺意のみ。

 

 

「面白い。これがキミ達のバグの果てか……!」

 

 

これがエム達の正体、本当の姿だ。

肉体を大量のバグスターウイルスに侵食され、自らも巨大なバグスターとなる。

名づけて、"バグスターユニオン"。

 

 

「キミ達を破壊し、データを頂くよ」『チュ・ドーン!』

 

 

光弾を発射する。しかしそれらはエムたちには届かない。

なぜならばヒイロが発生させたバリアが光弾を無効化させていくのだ。さらにヒイロから発射される大量の弓矢状のエネルギー。

ゲンムは光弾を連射し、それを撃ち落そうとするが、次から次へと放たれる弓矢は無効化できず、次々にゲンムの身へ命中していく。

 

 

「グッ!」

 

 

火花を上げて後退していくゲンム。

ならばとモードチェンジ。チェーンソーに切り替えると、迫る矢を切り伏せながら前進する。

だがその時、タイガの銃口がコチラに向いているのを確認した。

 

 

「フッ! ハァア!」

 

 

左右ジグザグに高速で移動するゲンム。

だがタイガはおそるべきスピードで銃口を動かし、ピッタリとゲンムに照準を合わせる。

 

 

「グアァアッ!」

 

 

銃弾が発射された。肉の塊に吹き飛ばされ、地面を滑るゲンム。

なんと言う衝撃か。全身が軋む感覚を覚える。さらにそこへ通り抜けるキリヤ。鋭利な棘と重量が装甲を抉り削る。

 

 

「くッ! ウォオ!」

 

 

ダメージが入る。

なんとか立ち上がると、そこにはエムが拳を振り上げていた。

ゲンムもまた目を光らせ、バグヴァイザーを思い切り突き出す。

 

ぶつかり合う拳と刃。しかし勝敗は一瞬でついた。弾きあう拳。

だがゲンムは衝撃で怯み、動けない。一方で再び思い切り腕を振るうエム。

肉の塊がゲンムを吹き飛ばし、真横に吹き飛ばす。それなりに距離はあったが、ゲンムは一瞬で壁に叩きつけられる。

いや、叩きつけるなどと優しいものではない。壁にめり込み、破片を撒き散らしている。

 

 

「あらら、手伝いましょうか?」

 

 

グラファイトが笑う。

一方で壁から脱するゲンム。前からは四体のバグスターユニオン達が迫ってくる。

 

 

「なかなか素晴らしい力だ。さすがはバグ。これはゲンムでは厳しいか」

 

 

取り出すのは、黄金のガシャット。

そう、アポロンの鍵であった。

 

 

『ガシャット!』

 

 

マイティアクションXの隣にアポロンアーマーのガシャットを装填する。

 

 

『ガッチョーン』

 

 

そしてレバーを閉じ、再び展開する。

 

 

『ガッチャーン!』

 

 

電子音が鳴り響く。

攻撃を受けたのは償いだ。彼らもただ消え去る運命では悔いも残ろうて。

だからこそ、一撃は受ける。それが責任だとゲンムは思ったからだ。

そして今からは、違う。

 

 

『アポロン! バッドバッド!』

 

『アポロン! バッドバッド!』

 

『シャカッと!』『リキッと!』

 

「本気でお前達を消去する」『テイパーゲン――……ム!』

 

 

それは医術の神、アポロンが与えた鎧。

胴体には狼の頭部が鎧となる。

頭部にはセミの王冠。

背中には白鳥の翼。

そして、両手には『獏』の形をしたガントレットが。

全身を黄金の鎧で纏うゲンムがそこには立っていた。

 

 

「眩しい……」

 

 

神々しい。絵里は思わず口にした。

さらにそれだけじゃない。文字通り激しい光が巻き起こる。皆が目を覆い、バグスターユニオンたちも怯み、動きを止める。

そして光が晴れたとき、一同は『外』にいた。そう、屋外に立っていたのだ。

データの消失。アポロン社のビルが丸ごと消滅したのだ。平地になった場所でゲンムはゆっくりと歩き出す。

 

 

「………」

 

 

ヒイロが大量の矢を発射した。

しかし腕を横に振るうゲンム。すると黄金のオーロラが出現し、カーテン状のバリアとなりて矢を消滅させていく。

一方前に出るタイガ。銃口から肉塊が発射された。だがゲンムは翼を羽ばたかせ、黄金の疾風を発生させる。

その風力で肉塊の勢いが死に、なんと逆風に乗ってタイガの方へと反射される。

 

 

「ぐあぁあ!」

 

 

銃弾が直撃するとハンドガンの外装がはがれ、人間体のタイガがさらけ出される。

地面を転がるタイガ。すると今度は転がってくるキリヤ。

ゲンムは何の事はなく手を前に出してキリヤを受け止めた。

競り合いは一瞬だった。転がるキリヤは完全にホールドされ、持ち上げられる。

 

 

「フンッ!」

 

ゲンムはキリヤを投げ飛ばし、地面に落とす。

すると胸部装甲の狼の口が開き、咆哮と言う名の衝撃波が発生した。

それはキリヤに直撃すると、肉体を粉々にしてみせる。

 

 

「ガハッ!!」

 

 

再びウイルスが収束し、実体化する人間の姿をしたキリヤ。

さらにゲンムはジェスチャーを取る。弓を引くジェスチャーだ。

すると本当に黄金の弓が出現し、黄金の矢が発射された。

 

それはヒイロのバリヤを貫き、直撃する。

爆発が起こった。バグスターユニオンが破壊され、ウイルスが人間のヒイロを形作る。

 

 

「グゥウッ! なッ、なんて力だ――ッ!」

 

 

倒れるヒイロ。力を込めるが全く立ち上がれない。

そして一同の視線の先、エムが拳を振るうのが見えた。繰り出すのはストレート。同じくしてゲンムも思い切り拳を突き出す。再びぶつかり合う拳。

先程はエムの勝利に終わったが、当然今度は違う。獏の形をしたガントレットが威力を跳ね上げ、ゲンムの拳がエムの拳を弾き飛ばした。

 

いや、終わりじゃない。地面を蹴るゲンム。

先程打ちつけた拳は右。次は左の腕を突き出す。黄金に発光する一撃。怯んでいたエムはそれを受けてしまい、後方へ吹き飛ぶ。

もちろん肉体は崩壊し、エムは人間体となって地面に墜落する。

 

 

「さあ、終わりだ」『ガッシューン……!』

 

 

黄金のガシャットを抜き取るゲンム。

それを、キメワザスロットホルダーに装填した。

 

 

「消えろ」『アポロン! クリティカルストライク!!』

 

【APOLLON・CRITICAL STRIKE!!】

 

 

翼を広げ、空中に浮かび上がるゲンム。

刹那、激しい光が巻き起こる。

黄金の球体がゲンムの体を包み、尚輝き続ける。発生する黄金の衝撃波。それは地面に倒れたエム達を焼き焦がす太陽(アポロン)の熱風。

 

 

「ガァアァアアァアア!!」

 

 

エムの、ヒイロの、タイガの、キリヤの悲鳴が重なる。

激しい熱が皮膚を、構成データを破壊していく。どんどん透けていく肉体。

ここまでか――。エム達は皆、終わりを確信する。

 

 

(何もないデータがやるにしちゃ……頑張ったほうか――ッ?)

 

 

一方で穂乃果たちは皆呆然とエム達が焼かれる様を見ていた。

見ているだけしかできなかった。熱波は破壊対象を設定する事ができるようで、穂乃果たちからしてみればただ黄金の光が辺りを包んでいるだけ。

 

それがより教えてくれるようだった。

最早、この戦いはただの人間である自分達には何もできない。何も手を出す事ができないと。

そう、穂乃果たちはスクールアイドルではあるが、ただの人間なのだ。

バグスターウイルス。適合者。アポロン。もはや、手を出せる領域ではない。

 

 

(わたし達には――……)

 

 

何も、できない。

 

 

「………」

 

 

空中にいるゲンムは仮面の奥で目を閉じた。

 

 

(終わりだ。永遠におやすみ。石神エム。羽水ヒイロ。鋼タイガ。火馬キリヤ……)

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

 

しかしその中で、ただ一人、地面を蹴った『男』がいた。

 

 

「タイガいじめんなー……」

 

 

矢澤虎太郎は、グラファイトを通り抜けて、ゲンムを止めようと走った。

手には小さなピコピコハンマー。これでどうにかしようと言うのだ。

 

 

「おや……、やれやれ」

 

 

首を振るグラファイト。辺りが光に包まれている事と、虎太郎が小さいから見逃してしまった。

 

 

「あう」

 

 

そして、無表情ながらも虎太郎とてウイルスが体内に侵入している状態。

まもなくバグスターウイルスになる事は変わらないのだ。故に体が重いのか、簡単に躓き、転んでしまった。

手に持っていたもの、抱えていたものが放り投げられる。

 

 

「ッ!」

 

 

その瞬間、グラファイトの様子が明らかに変わる。

 

 

「あれは……ッ!」

 

 

焦りと驚きが声に混じる。

どうやら虎太郎が持っていた『物』に目が留まったらしい。

そう、虎太郎が持っていたのはピコピコハンマーと、凛にもらった人形と、タイガから離すなと言われてからずっと抱えていた玩具の宝石がついた台座だ。

 

そして今、一つの奇跡が起こる。

 

虎太郎が転んだ瞬間、その三つのアイテムが空中を舞った。

まずはじめに地面に落ちたのは台座だ。そして隣にピコピコハンマーが落ちる。

最後に、"凛からもらった人形が綺麗に台座の上に乗った"のだ。

 

 

「!?」

 

 

その時だった。台座の周りにあった宝石が発光する。 

同時に、空に巨大な魔法陣が出現した。

 

 

「馬鹿な!!」

 

 

焦り、叫ぶグラファイト。思わず手にエネルギーを宿した。

それが攻撃の合図と思ったのか。にこが動く。

 

 

「止めて! お願いだから虎太郎を攻撃しないで!!」

 

 

グラファイトにしがみ付くにこ。

その声を合図に走り出すミューズ。グラファイトを通り抜け、虎太郎を守ろうと一勢に走り出す。

 

 

「……ッ?」

 

 

目を開くゲンム。

なんだ? 何が起こった? 状況を確認。

まず目に付いたのは凛だ。一番運動神経の良い彼女は真っ先に虎太郎を守るように抱きしめた。

 

 

「どけッ!」

 

「きゃあ!」

 

 

一方でグラファイトはにこを突き飛ばすと、剣にエネルギーを纏わせる。

しかし既にミューズが前方にいる。ダメだ。ミューズに当たってしまう。

 

 

「グッ!」

 

 

焦る。

一方でゲンムも気づいた。虎太郎の傍にある台座の存在に。

 

 

「!」

 

 

すぐに周囲を確認。

すると、空に浮かぶ魔法陣をはじめて確認する。

 

 

「まさか――、あれは」

 

 

その時、魔法陣から青い球体が飛び出してきた。

 

 

「!!」

 

 

高速で動く球体は、青い残像を残しながらグラファイトに直撃すると吹き飛ばす。

 

 

「ぐはッッ!!」

 

 

倒れるグラファイト。

まだ終わらない。バウンドした球体はそのまま音速でゲンムの前に迫り、直撃する。

 

 

「うッッ!」

 

 

衝撃。ゲンムはバランスを崩して地面に落ちた。

キュィイイン、キュィイインと音がする。球体はそのまま地面や空中を飛びまわった後、凛と虎太郎のとなりで停止した。

 

 

「やれやれ、どういう状況なんだコレ?」

 

「えッ!!」

 

 

凛は『ソレ』を見て、大きな口を開けて停止する。

 

 

「良く分かんないけど、あの見るからに『敵です』って言う、緑のと黒いのが敵なんだろ?」

 

「あ、あ、あ」

 

「ロクな事しそうにないもんなぁ?」

 

 

口をパクパクさせて現われた『キャラクター』を指差す凛。

それは青くて動くハリネズミ。凛が好きなゲームのキャラクター。

ソニック・ザ・ヘッジホッグ。

 

 

「!?」

 

 

倒れるエム達もまたそれを確認した。

なんだ? 何が起こっている? それは同じくゲンム達もだった。

 

 

「グラファイト! これは――ッ!」

 

 

台座を見るゲンム。

 

 

「やはりアレが!」

 

 

一方で凛は思わずソニックを抱きしめていた。

 

 

「ほ、ほ、本物ーっ!?」

 

「わわわ!」

 

 

戸惑いながらも笑うソニック。

しかし一瞬でその姿が消えた。直後グラファイトから火花が散り、ソニックが後ろに現われる。

 

 

「グぅう! 速いッッ!」

 

 

舌を鳴らして指を振るソニック。

 

 

「女と子供に手を上げるって言うのはセンスがないよなぁ? おねえさん?」

 

「アミーボがクリスタルに反応したのか! おのれッッ!」

 

 

剣を振るうグラファイト。しかし音速で動くハリネズミを捉える事はできない。

どういう事だ? なんなんだ? 誰もが混乱する中で、理解しているのはグラファイトとゲンム。

後者は胸にある狼を吼えさせる。すると衝撃波が発生し、台座が吹き飛ぶ。

 

 

「あッ!」

 

 

するとソニックが粒子となり消え去った。

何とかなったと――、ゲンムとグラファイトは思っただろう。

しかし衝撃により吹き飛び、宙を舞った台座は、エムの前に落ちた。

 

 

「―――」

 

 

ゲーマーとしての観察眼が働く。

今までの情報と言葉がフラッシュバックしてきた。ソニックが実体化したのは、アミーボと言うただの『玩具』が台座に乗った時だった。

 

一方でソニックが消えたのは、アミーボが台座から離れた時だった。

そして台座を見たときのグラファイトとゲンムの様子。明らかに普通ではない。現に空に浮かび上がった魔法陣。

我李奈は世界を移動する術を持っていた――……。

 

 

「……ッ」

 

 

いや、もっと単純で良い。起こった事を受け入れろ。

つまり、人形が、実体化する。藁にも縋りたい今の状況では、猫の手を借りたい今の状況ではそれで十分だった。

 

エムは、一つだけ"持っていた"。

 

抱きしめるときに邪魔だから、なにげなく受け取っていたんだ。

それは、まだ、ポケットにあった。確かに実体を持っていた。

 

 

「ソウタ――ッ!」

 

 

エムは全身を叱咤させ、体を前に出す。

そして台座を掴み、ポケットからソウタが持っていた人形を取り出す。

 

 

「頼む――ッ、何か……ッ! 起きてくれッッ!!」

 

「くッ! させるか!!」

 

 

走り出すグラファイトとゲンム。

しかしその時、二人の体から再び火花が散る。

 

なんだ、なんなんだ、今度は何が起こった!?

まるで計算を重ねて書き上げた絵を適当な絵の具でグチャグチャにされる感覚。苛立ちを露にしながらゲンムとグラファイトは辺りを見回す。

 

すると見えた。

細身で長身の青年が立っているのを。

青年の手には銃があった。そしてニヤリと偉そうに笑っている。

 

 

「見つけたよ」

 

「お前ェエ!」

 

 

どうやらグラファイトは知っているようだ。

当然か、大切な物を盗まれたのだから。一方でエムにとってはそんな事はどうでもいい。

ゲンムとグラファイトの動きが鈍ったのは幸いだった。

エムは、ソウタの人形を、その台座。『ライドゲート』の上に乗せた。

 

 

「!」

 

 

先程と同じく、空に魔法陣が浮かび上がる。

ここからは先程のソニックとは違う。人形が光に変わると、魔法陣に吸い込まれた。

すると白色だった魔法陣が桃色――、ああいや、マゼンタ色に変わった。

そして、その人形と同じシルエットが振ってくる。

 

 

「!」

 

 

爆発が起こる。

構えるゲンムとグラファイト。そしてそれを呆然と見つめるエムたちや穂乃果たち。

 

 

「ワケが分からん」

 

 

ヒイロがポツリと呟いた。次々に移り変わる光景はそう思うのも無理はない。

誰もが『疎外感』を感じる中、爆煙の中から一つのシルエットが浮かび上がる。

 

 

「………」

 

 

現われたのは装甲を纏った男。

彼はゆっくりと辺りを見回し、小さくため息を漏らす。

 

 

「ココが、エグゼイドの世界か」

 

 

その男、"ディケイド"は穂乃果を見つけると、首を傾げる。

 

 

「違うのか――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよこれ」

 

 

呆れた様に、自虐的に、エムは笑った。

 

 






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