マスクドライバーエグゼイド! アポロンの獏   作:ホシボシ

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申し訳ない。更新頻度はなるべく早くしたいのですが、あまり期待はしないでください。


第1話 エグゼドライバー

 

少年は、今でもたまに思い出してしまう。

西日が公園を赤く染めていた。小さな男の子と女の子は肩を並べてベンチの上に座り、笑い合っている。

 

 

『ねえ、将来の夢とかある?』

 

『んー、わかんない!』

 

『ぼくはあるよ!』

 

 

女の子は無邪気に笑って首を傾げていた。

男の子は軽い優越感を感じながら自身の将来目標を自慢げに語ってみせる。

どうやら既に男の子には将来のビジョンが事細かに浮かんでいるようだ。

 

 

『ん! わたし! ぜーったい、おーえんするね!』

 

『うん。ありがとう!』

 

『あ! わたしもあったよ! しょーらいのゆめ!』

 

『え? なになに? 教えてほしいな』

 

『あなたのお嫁さんになる!!』

 

『……あッ、ありがとう』

 

『あー! うれしそうじゃない!!』

 

 

いや、嬉しいのは嬉しいのだが、あまりにも勢いが強すぎて少し怯んでしまった。

女の子はそれを『ノー』の意思と捉えたのか、先程までの笑顔を消して、シュンと眉毛を八の字に変えた。

 

 

『やっぱり、わたしじゃイヤかな……!』

 

『そ、そんなことないよ! とっても嬉しいよ!』

 

 

事実だった。男の子は女の子の事が好きだった。

 

 

『じゃあ、約束ね!』

 

 

小指を交し合う二人。

 

 

『絶対に忘れないでね! わたしも忘れないから!』

 

『うん! 約束だよ』

 

『絶対に絶対だよ、わたし――』

 

 

「!」

 

 

少年、石神(いしがみ)エムは目を開き、そのまましばらく天上を睨んだまま固まっていた。

先程まで見ていた景色が夢だと理解すると、エムはため息をついてベッドから這い出ていく。

リビングに入ると、椅子に座って新聞を読んでいる父親が見えた。

 

 

「父さん、おはよう」

 

「ああ。おはよう。朝はどうする?」

 

「まあ、軽くでいいや」

 

 

木製のボウルに入っていたパンを取ると、エムは気だるそうに口に運んでいく。

 

 

「エム」

 

「んー?」

 

「……最近どうだ?」

 

「べつに、普通だよ」

 

「そうか」

 

 

親子なのだから会話をするのは当たり前だ。

しかしどこかぎこちなさもあるのは事実だった。見えない壁があると言うのか。

二人の関係は険悪なものでは決して無いが、かと言ってこの光景を見ればお世辞にも仲が良いとはいえまい。

 

 

「お前ももう高校二年生だ。進路とか将来の事は決めたのか?」

 

「………」

 

 

エムは目を細める。視線の先にあったのは小さな仏壇だった。

そこにはエムの母親が笑顔を浮かべている写真がある。どうやら父子家庭のようだ。

 

 

「ごめん、まだ決めてない。分からないんだ。いろいろ」

 

「……そうか」

 

「まだ時間はあるんだから、ゆっくり決めさせてくれよ」

 

「ああ。そうだな」

 

「ごちそうさま。用意してくる」

 

 

エムはパンを全て口に含むと自室に戻る。

その前にもう一度、仏壇をジットリと睨んだ。

 

 

(――チッ)

 

 

心の中で舌打ち。

その後、朝のワイドショーや携帯でネットニュースを確認しながら身支度を整える。

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 

父の声を背に受けて、エムは玄関で靴をはいた。

そこでしばらく待機。携帯で時間を確認しながらネットサーフィンをしていると、なにやら扉の前で声が聞こえて来た。

 

 

(そろそろかな)

 

 

扉を開く。

すると丁度、インターホンに指を置こうとした『幼馴染』が見えた。茶色い髪を横に結んでおり、所謂サイドテール。

 

 

「あ、おはようエムくん!!」

 

「おはよう、穂乃果ちゃん」

 

 

向かいの家に住んでいる高坂(こうさか)穂乃果(ほのか)は、今日も明るい笑顔を浮かべていた。

まるでそれは女神のような。

 

 

「一緒に学校いこっ!」

 

 

エムは笑みを浮かべ、首を縦に振った。

 

 

「はい、これ店で余ったパン」

 

「貰ってもいいの!?」

 

 

エムの朝は決められた選択肢により進められる。

まずは穂乃果との合流。そして朝はパンをあげること。

 

 

「もう毎回の事だろ。気にせず受け取ってくれよ」

 

「ありがとーッ! エムくん家のパン超おいしくてさ!」

 

「おれは飽きたよ。と言うことで穂乃果さん」

 

「ふふん、わかっておりますとも。はい、おにぎり!」

 

「ありがとう。俺、穂乃果のお母さんがつくるおにぎり大好きなんだよね」

 

 

穂乃果の家は和菓子屋。そしてエムの家は洋菓子屋であった。

それぞれは朝、お互いの主食を交換し、学校を目指すのだ。

そしてそれが終わると、穂乃果は必ず友達の話をする。

 

 

海未(うみ)ちゃんがね――」「うん」

 

「ことりちゃんはね――」「へぇ」

 

「花陽ちゃんとね!」「良かったじゃん」

 

 

楽しそうにコロコロと表情が変わる穂乃果を見るのは嫌いじゃない。エムは温かい笑みを浮かべて穂乃果の話を聞いていた。

 

 

「それにしても凄いよ穂乃果は。まさかミューズがあんなに人気になるなんて」

 

「えへへ、まだまだ全然だよ!」

 

 

穂乃果には大きな特徴があった。

それは二人が通っている学校、音乃木坂高校のスクールアイドル、ミューズのリーダーだと言う点だ。

 

スクールアイドルとは芸能プロダクション、事務所を介さず一般高校の生徒で結成されたアイドルの事。

つまり簡単に言えば完全なプロではなく、ご当地アイドルのようなものである。

 

しかし今日日、所謂素人が活躍するユーチューバーや、動画サイトにおける実況プレイヤー、『歌ってみた』と呼ばれるジャンルの配信者が絶大な人気を得るように、スクールアイドルもまた閉鎖された空間でのエンターテイメントとは言いがたい。事実、スクールアイドルを纏めるサイトは多く、専用のホームページもあり、さらにはアイドルショップにおいて専用のコーナーが設定されるほどである。

 

そして最もたる特徴は『ラブライブ』の存在である。

ラブライブとは良く言えばスクールアイドルの甲子園。

悪く言えばスクールアイドルのバトルロワイアルだ。エントリーした各学校のスクールアイドルがラブライブ公式ホームページ上にて歌や活動を公開。

それを見た人間が投票を行い、スクールアイドルランキングが上下する。そして最終的に上位20位までが本選に進出、ライブビューイングや生配信を行い、優勝者を決めるのだ。

 

話は戻るが、つまりは穂乃果もまたそのスクールアイドル。μ's(ミューズ)と言うグループを作り、穂乃果を含めて9人のメンバーで活動しているのだ。

はじめは廃校になりかけた音乃木坂高校に入学希望者を集める為だったが、ミューズの活躍でそれが達成されてからは、ラブライブでの優勝を今後の目標としているようだ。

 

 

「穂乃果ちゃん達なら絶対出来るよ。応援してるから」

 

「ありがとうエムくん。わたし頑張るからね!」

 

 

現在もラブライブは開催中である。

穂乃果達のミューズはまずまずの成績であり、この調子ならアイドルランキングも順調に上昇していくだろうと。

 

 

「そういえばね、この前マネージャーさんができたんだよ!」

 

「えッ! 本当に?」

 

「うん。アポロンの人なんだけどね」

 

「アポロンってあのアポロン? テレビ局の!?」

 

「そう。そこがミューズを取り上げてくれるって! しかもサポートまで!」

 

「すごいじゃん!」

 

「うん! すごいすごい!」

 

 

嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる穂乃果。

こういう明るい姿が大衆のハートを掴むのだろう。とは言え本人は『素』なのだから、そこも凄いといえばいいのか。

穂乃果はこれからももっと先に進むだろう。今現在、ラブライブの頂点に立つ一位のアイドルは秋葉原にあるUTX学院の『アライズ』である。

アライズは絶対王者と呼ばれるほどに人気が高いが、いずれは分からない。

ミューズがアライズを超える日がくるのではないか、少なくともエムはそう思っていた。

 

 

「………」

 

「ん? どうしたのエムくん?」

 

 

立ち止まったエム。穂乃果が振り返ると、曖昧な笑みを浮かべて再び足を動かす。

 

 

「いやッ、なんでも。ところでさ」

 

「うん。なに?」

 

「穂乃果ちゃんは将来は芸能プロダクションに入って本物のアイドルになるの?」

 

「んー、どうだろ? えへへ、ごめん、まだ決めてないや……!」

 

「そっか。でも穂乃果ちゃんならなれるよ」

 

「でもさ、わたしはミューズのみんなが好きだから9人での活動以外は考えてないんだ!」

 

 

穂乃果は熱心に今後の事について語っていた。

とりあえず今は将来のことではなく、ミューズとの活動に全力を注ぎたいようだ。狙うは当然ラブライブでの優勝。だから今日も速く学校に行って朝練に勤しむと。

 

 

(やっぱり凄いな、穂乃果ちゃんは)

 

 

穂乃果は燃えていた。大切な仲間達と目指す優勝は、彼女の――、彼女達の夢だ。

夢に燃える若者。今の穂乃果は『青春』を具現したような存在ではないか。その眩しさに、エムは口元を歪める。

 

 

「本当、凄いよ。夢中になれるものがあるのは良い事だね」

 

「………」

 

「おれにはそういうの、無いからさ」

 

 

その時、穂乃果もまた複雑そうに表情を歪める。

 

 

「エム君も……!」

 

「え?」

 

「エム君もあるでしょ。夢中になれるもの」

 

「おれのは……、遊びだよ」

 

「でも――ッ!」

 

「あ、ほら、園田さん達がいるよ」

 

 

学校の校門前では生徒会が並んで朝の挨拶を行っている。

ミューズはそれぞれの学年が三人ずつで構成されており、穂乃果以外の二年生は生徒会に所属している。

本当は穂乃果も生徒会長にと声が掛かったのだが、その時期は丁度母親が体調を崩しており、自分の店を手伝いたいからと断った経緯がある。

 

結果、穂乃果の親友でもあり幼馴染である園田海未は副会長に、同じく南ことりは書記に。

そして生徒会長には二年男子生徒から、羽水(うすい)ヒイロが選ばれた。

 

 

「おや。おはよう、石神くん。高坂さん」

 

 

メガネを整え、笑みを浮かべるヒイロ。

音乃木坂では数少ない男子に加え、容姿端麗、成績優秀の生徒会長。学校内での人気は高く、簡単に言えばかなりモテる。

 

 

「ボタン、外れてるよ石神君」

 

「あぁ、すいません会長」

 

 

少し固いのが困りものではあるが。

 

 

「おはようございます会長! 海未ちゃんもことりちゃんもおはよう!」

 

「おはようございます穂乃果、石神くん」

 

「おはよう穂乃果ちゃん! 石神くん!」

 

 

青い長髪を靡かせ会釈を行う『海未』。真面目な性格で、ミューズのメンバーである。

ベージュ色の髪を特徴のあるサイドテールにしている『ことり』。ほんわかした性格で、彼女もまたミューズのメンバーだ。

 

 

「じゃあまた後でね」

 

「はい」「うん!」

 

 

海未たちと別れ、下駄箱に向かう穂乃果とエム。

さて、ここで靴を履きかえれば二人の道は分岐する。

 

 

「じゃあ、頑張ってね穂乃果ちゃん」

 

「うん! ありがと!」

 

 

穂乃果はミューズのための活動のため、朝と放課後は屋上で練習をしている。

そして休み時間も海未たちと過ごすため、エムが穂乃果とまともに関われるのは登校の間だけだ。

その時間は今で終わり、エムは教室にカバンを置くと、そのまま図書室の方に向かった。

 

 

「おはよう、ヨッシー」

 

「これはこれは大元帥。おはようございます」

 

「や、やめてくれよその呼び方は」

 

 

みなさんも記憶があるのではないか?

幼いとき、マリオパーティやマリオカートで友達と遊んだ記憶。そしてその際、なぜかヨッシーが大人気だった記憶が。

エムの友人もまたそのタイプであり、なおかつヨッシーを真っ先に選ぶスピードが天才的だった。故にエムは高校生になった今もその友人をヨッシーとあだ名で呼んでいるのだ。

ヨッシーくんは図書委員であり、その仕事の一つに朝の図書室解放がある。速めに学校に来ないといけない面倒な役回りのために人気は無かったが、ヨッシー君はその役目をなんと一人で引き受け、毎日図書室を開放してはカウンターに座っているのだ。

 

と言っても、わざわざ朝早く学校に来てまで図書室で本を読む人間などそうそうおらず、いたとしてもカウンターを介して借りていく人間は皆無である。

よって、ヨッシー君は毎日誰もいない図書室に座っているわけだ。

だがエムとしてはそちらの方が都合が良かった。カウンターに入ると、床に座り、ヨッシー君のカバンから『あるもの』を取りだす。

 

 

「ヨッシーくん、いつも悪いね」

 

「いいよ、暇だし。それにココからは屋上が良く見えるから、ミューズの練習風景が見れられる特権もあるのよ」

 

「やっぱり興味あるんだ」

 

「そりゃあ自分の学校からスクールアイドルが生まれれば多少はあるでしょ」

 

「……それもそうか」

 

「まあでもぶっちゃけると、アライズ派なんだよね僕」

 

 

珍しい話ではない。アライズはそれだけ人気のグループだ。

さて一方でエムが取り出したのは『携帯ゲーム機』であった。カウンターの影に隠れながらエムは早速ゲームを開始する。

音乃木坂には無線電波が通っているため、オンラインプレイもできるのがありがたいところだ。

 

ちなみにこのゲーム機、ヨッシー君のカバンから出したがエムが自分で買ったものである。そしてヨッシー君に貸しているわけでもない。

つまりエムは自分のゲーム機をわざわざヨッシーくんに預け、毎回学校に持ってきてもらうのだ。そして終わればまたヨッシー君に預ける。

 

 

「面倒な事して」

 

「仕方ないだろ、おれの家、ゲーム禁止なんだから」

 

「隠せばいいじゃないの」

 

「家においておくのも、なんか、こう、ヤなんだ」

 

「……分からないなぁ」

 

 

ネット対戦に勤しむエムと、屋上で練習を始めるミューズを呆けた表情で見ているヨッシーくん。これが毎日の光景だった。

 

 

「そういえば大元帥、知ってる?」

 

「んー?」

 

「最近、スクールアイドルがブームになってきたでしょ」

 

「そういえば、ついに全ての都道府県にできたってニュースでやってたな」

 

「そう。だからラブライブも拡張されるらしいよ。20位じゃなくて30位くらいになるとか」

 

「へぇ」

 

「となると、ミューズは本選行き確定だね」

 

「………」

 

 

目を細めるエム。

正直に言おう。エムは朝、穂乃果に二つ嘘をついた。

まず一つめの嘘。

 

 

『穂乃果ちゃん達なら絶対出来るよ。応援してるから』

 

 

エムは、ミューズが好きではなかった。

ならばヨッシーくんのように他のグループが好きなのかといえば、そういう話でもない。

純粋に、エムはミューズの活動を見ていると黒い感情が浮かんでくるのが分かった。

なぜ? なぜだ。分かっている。本当はもうとっくに分かっている。

浮かび上がるのはいつも、穂乃果の顔だった。

 

 

「嫉妬する」

 

「?」

 

 

穂乃果は輝いている。

その今が、エムにとっては何よりも眩しく、目に刺さる痛みがある。

穂乃果は昔、なんにも考えていなかった。それが今となっては自分よりも将来のプランや先の事を考えて、なによりもラブライブと言う目標がある。

そこにひたむきに真っ直ぐ進む穂乃果の姿が、エムにとってはある意味、目障りであった。

そしてなにより――。

 

 

『あなたのお嫁さんになる!!』

 

「あ、やべッ! 先落ちした!」

 

 

画面の中ではエムが操作しているキャラクターが爆発四散していた。

本来ならばありえないミス。それはきっと穂乃果の笑顔がフラッシュバックしたからだろう。

そう、そうだ、なぜ音乃木坂高校に来た? 家から一番近い? 偏差値が丁度いい? ある。もちろんそれもある。

しかし男子が少ないという居心地の悪さを考えれば多少なりとも離れた高校に通う手もあった。それをしなかったのはなぜか?

何故だ?

 

 

「ぐッ!」

 

 

決まってる。穂乃果がいたからだ。

 

 

『高校決めてる? 決めてないなら音乃木坂にいこーよ!』

 

 

そして合格した時。

 

 

『やったぁ! 一緒の高校だよ! おんなじクラスになれるといいね!』

 

 

同じクラスでした!

 

 

『わーい! 嬉しいなぁ! 一緒に学校いこーね!』

 

 

確信しました! 穂乃果さんはおれに惚れている!

等とエムは勝手に考えていた。まあ無理もない、中学生と言う多感な時期に可愛く育った幼馴染からの誘いや距離の詰め方。ましてやエムはずっと穂乃果が気になっていた。

 

しかれども高校に入学してからは、待てど暮らせどランクが『幼馴染』から動く事はなかった。

プレイしていたゲームのランクが順調に上がり、ついには日本に数人しかいないとされている『大元帥』にまでなったと言うのに、人生と言うゲームでは『幼馴染』を『恋人』にすることはできなかったのだ。

 

しかしコレには理由がある。

聡明な皆様ならお分かりかと思うが、恋人を作るためには告白と言うイベントを発生させなければならない。

恋愛ゲームをやった事はあるだろうか。フラグをいくら立てたところで最終的に恋人関係になるためには告白は必須であるはずだ。

 

エムは、ヘタレであった。

正直メンタルには自信はあった。それに好感度に関しても絶対的な自信があった。ましてや過去の約束がある。

そう、エムは過去に結んだ結婚の約束をしっかりと覚えていたのだ。だからあとは告白すればいいだけ、良いだけだったのだが――。

 

 

『ごめんね、エムくんの事は好きだけどそれはあくまで幼馴染って言うだけで、それ以上の関係にはなれないの』

 

『ごめんね、私まだ海未ちゃんたちと遊んでいたいから。恋って良く分からないの』

 

『ごめんね、私他に好きな人がいるの。エムくんとはこれからも良い幼馴染として――』

 

『実はね、ことりちゃんと付き合ってるの。だから――、ごめんね』

 

 

想像しただけで吐きそうになった。気持ちが悪くなった。具合が悪くなった。

いざ告白に踏み切ろうとした瞬間、帰ってくるのはバッドエンドの乱舞エスカレーション。

最後の方なんざ妄想もいいところだが(無いとは言えないのが怖い)、とにもかくにも浮かんでくるのはシャレにならない結果ばかり。

 

恋愛と言うものは個人差があれど、普通ならコンテニューのきかないものだ。

もしも一度ミスをすれば即ゲームオーバー、だからこそエムは慎重だった。もっと穂乃果との仲を深くして挑むつもりだった。

そんな中、音乃木坂が再び廃校になろうと言う話が飛び込んできた。ダメだ、もうダメだ、ここだ、ここしかない。

エムは全ての勇気を振り絞り、穂乃果に告白をしようと決めた。そんなとき、穂乃果が話しかけてきた。

 

 

『あのね、エム君。わ、わたしね!』

 

 

ははあ、なるほど、穂乃果からと言うわけか。

いや申し訳ない。そうかそうか、おれは罪な男だな。女性に恥を――。

 

 

『ス ク ー ル ア イ ド ル に な ろ う と 思 う の !』

 

『……ヵ』

 

『え?』

 

『が、がんばってにゅぇ』

 

 

噛んだ。目の前が真っ白になった。意識が深層に沈んでいった。

アイドルとはつまりそういう事だ。アイドルになると言うことはつまりそういう事だ。

今は朝の登校だけしか穂乃果との時間が作れなくなった。なのに彼女はとてもキラキラしていて、楽しそうで。

 

 

「気持ち悪い」

 

「うぐッッ!!」

 

 

なんてヤツだ。ヨッシーくんはエムの十数年に渡る片思いを気持ちが悪いと切り捨てたのだ。

エムはジットリとヨッシーくんを睨む。しかし何もいえないのはエム自身がそう思っている部分があるからに他ならない。

この身にまとう嫉妬と恋慕、これほど醜い自分はない。

 

 

「うんあのね、ごめんごめんごめん、でもねエム。普通さ、いや、仮にね、仮に覚えていたとしてもだよ? そんな結婚約束は嘘になるよね?」

 

「いやッ! ま、そうだけど……!」

 

「いやそうなんだよ。そのバックボーンによりかかるのはマズイって」

 

 

丁度その時、エムの持っていたゲーム機の画面にデカデカと『WIN』の文字が。

時間も時間だ、二人はそろそろ教室に戻ろうと話し合う。その前にゲーム機が発するお知らせの音。

 

 

「なに? またファンメ?」

 

「見てみるか? ちょっと待ってろ」

 

 

エムはゲーム機を操作してメールボックスを開く。

届いたメールは二通。どちらも違う人間からのものだった。

まず一通目。

 

 

『件名:調子のんなよチンカスボーイズ』

 

『本文:強キャラ使って勝ちゅのはたのちいでちゅか?

 マジでお前みたいなお手軽プレイヤーが増えたおかげで巨匠と言われた俺はブチギレ寸前だわ。

 そりゃ特格振ってれば良いアパってるキャラ使ってるモチガキにはわかんねーだろうな。

 まだ切断しなかっただけありがたいと思えよポンカスが。ハムってんだよテメェゴラ。

 なんならリアルファイトしようぜ? まんちょすな俺ならテメェなんざ六秒でちゅっぽんよ』

 

 

二通目。味方から。

 

 

『件名:氏ね』

 

『本文:んんww先落ちとかありえないww引退安定ですなww』

 

 

以上。

 

 

「相変わらず民度最悪だね。てか最初とかマジ何言ってるか分かんないわ」

 

「まあ、もう慣れたよ」

 

「うそでしょ? もうやめたら?」

 

「……これが一番、得意だから」

 

「………」

 

 

ヨッシー君は呆れた様に首を振る。

 

 

「行動しないで未練ばかりたれてるのは、醜いよ」

 

「ッ!」

 

 

エムは胸を抑え、表情を大きく歪めた。

 

その後の学校生活はこれまたいつもどおりの一言に終わるものだった。

授業は滞りなく進み、お昼はヨッシー君と一緒にお弁当を食べた。午後の授業も終わり、部活をしていないエムとヨッシー君は下校となる。

帰り道、ふと学校の方を見ると屋上でミューズが練習しているのが見えた。チラリと見えた穂乃果の小さな背。

それが今の自分達を表しているような気がして、エムはすぐに目をそらした。

 

穂乃果の隣を歩いているつもりだったのに、気づけば自分は背中を見ている。しかもその背は小さい。

だが人生とはそういうものか。そう言うものなのかもしれない。そう割り切ってエムは早歩きで学校を離れていった。

 

 

さて、会話でもあったがエムは自宅にてゲームを禁止されている。

よって、帰りはだいたいゲームセンターに寄ってから帰るわけだ。

今日も例外はなく、エムはアーケードゲームの筐体に座ると、100円を入れてプレイを開始する。

 

ちなみに同じゲームをヨッシーくんもプレイしているので、肩を並べて協力プレイを開始する。

するとすぐさまニューチャレンジャー。二人がプレイしているゲームはプレイ人口が高く、元旦であろうがマッチングは快適なのだ。

今日は向かい側の筐体に人がいるらしい。エムとヨッシーくんはアイコンタクトを取ってキャラクターを選択する。

 

 

「じゃあ僕キチガイハンマー振り回すから、アシストお願いします大元帥」

 

「了解したヨッシー少佐」

 

 

ゲームスタート。

そもそも大元帥のエムに勝てる人間などこの街にはいない。

かと言って手加減は苦手なタイプだ。だからゲームが一方的になるのは仕方ない事なのだ。

 

 

「ミカターッ! オゥェッ! ミ――ッ、ミカタァアアアアアアアアアアア!!」

 

 

バンバンバンバンバンバンバンッッ!!

 

 

「アイカタァアァアァアァアアァアァアァアッッッ!!!」

 

 

向かいから筐体を叩く音と怒りの奇声が聞こえてくる。

 

 

「テキサンヨコカクブンブンマルシテリャソリャカテルワナ!! ホントウノジツリョクジャネェゾチョウシノンナ!!」

 

(民度が低いなぁ)

 

 

そんな事を思いつつ、エム達の画面には『WIN』の文字が。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

恐ろしい。二人はさっさとゲームセンターを出ると、そのまま家に帰った。

 

 

「あれ?」

 

 

家に帰ると違和感。

と言うのも玄関に靴があったのだ。いや、当たり前のように聞こえるが、その靴はエムのものでなければ父親のものでもない。

すると下駄箱に置手紙、それを見たエムは血相を変えて自室に走った。そして部屋の扉を勢い良く開けると、そこには見知った後姿が。

 

 

「あ、もう遅いよ!」

 

「穂乃果ちゃん! ど、どうしてここに?」

 

 

クッションの上に座っていた穂乃果は、エムを確認するとニコリと微笑んだ。

しかし違和感がある。この時間は確かまだラブライブに向けての練習のはずだが――?

 

 

「うん、実はね、にこちゃんのお父さんとお母さんがお仕事の関係で家に帰れなくて」

 

 

ミューズの一人、矢澤(やざわ)にこの話を聞くエム。

 

 

「そういえば矢澤先輩って弟と妹がいるんだっけ?」

 

「そう。まだ小さいから。それに他の皆もチラホラ用事があるみたいで」

 

 

どうやら今日は練習はなしになったらしい。

とは言え体を動かす以外にもミューズにはやる事が山ほどとある。今日も後で海未たちと新曲について家で考えるらしい。

ただその前に穂乃果はエムに会いたかったと。

 

 

「おれに? どうして……?」

 

「うん。あ! あれって!!」

 

 

何かを言おうとしたものの、穂乃果は目を輝かせてエムの部屋の隅っこにある玩具箱に手を伸ばした。

ガチャガチャと漁る音、そして穂乃果は一つのガラクタを取り出してみる。

 

 

「あぁ、コレ、まだ持っててくれたんだ!!」

 

「あ、ああ、うん。まあね」

 

 

それは白い箱に赤いボタンとスティックがついたゲーム機であった。

もちろん本物ではない。昔、穂乃果がエムの誕生日に上げた自家製のゲーム機であった。

当然本当にゲームができるわけではないが、エムとしては大切な思い出の一つであるため、捨てられずにいたのだ。

そう、大切な思い出。それは穂乃果がくれたと言う事であり、なにより、ゲーム機。

 

 

「ねえ、エムくん。さっきまでどこに行ってたの?」

 

「それは……」

 

 

切なげな表情を浮かべる穂乃果。

エムも意味を理解したのか、口ごもる。

 

 

「今日の朝言ったよね、夢中になれるものがないって」

 

 

穂乃果は珍しく、真面目な表情をしていた。

 

 

「嘘」

 

「え……?」

 

「わたし、覚えてるよ――」

 

 

過去、肩を並んで座ったベンチ。

 

 

『ねえ、将来の夢とかある?』

 

『んー、わかんない!』

 

『ぼくはあるよ!』

 

 

その、続き。

 

 

『ほのかちゃん。ぼくね、ぷろげーまぁになる!!』

 

 

プロゲーマーとは文字通り、ゲームによって生計を立てる人間である。

ゲームとは遊びの代表とも言える存在だが、近年はその考え方は大きく変わっている。

特にアーケードゲームは注目が集まり、先程エムがやっていたゲームにもまたプロプレイヤーが存在している。エムは幼い頃からその存在を知り、そこを目指したのだ。

 

中学校に入ってからは有名な大会をいくつも優勝しており、ネットでは一時期神童が現われたとまで言われている。

しかし穂乃果は知っていた。ある時期を境にエムはゲームをやめた。いや、正確にはプロゲーマーを目指す事を止めたのだ。

 

 

「やっぱり、お母さんの事……?」

 

「――ッ」

 

 

穂乃果には悪い癖がある。

それは良くも悪くも踏み込みすぎる点だ。触れないでほしい話題にも土足で踏み込んでくるような強引さ。

現に顎を引いて汗を浮かべているエム。なるべくなら思い出したくない過去がある。なるべくなら話したくない昔がある。

しかれども、そこで思いだすのはヨッシー君に言われた一言。

 

 

『未練ばかりたれてるのは、醜いよ』

 

 

言わない事はカッコいい事だ。傷を見せない事はカッコいい事だ。

隠す事はカッコいい事だ。しかしそれができなければ滑稽なだけ。嫉妬や未練を隠す仮面が壊れていれば、醜い素顔が中途半端に見えるだけ。

愚かな姿を晒すよりはいっそ、全てをさらけ出しても良いのかもしれない。

だからエムは、頷いた。

 

 

「あの日――」

 

 

エムの夢はプロゲーマーだった。事実それを叶えるために彼は努力した。

まあ努力と言っても周りから見れば遊んでいるだけにしか見えなかっただろうが、たしかにエムは努力をしていたのだ。

 

そしてプロを目指したいといえるだけの力もあった。

エムはいくつも大会を優勝し、そしてその実績があるものだけが出られる大会『マキシマムブースター』への参戦権を手に入れたのだ。

そこまで順調だった。一つだけを除いて。

 

 

「母さんの容態は不安定だった。その日までも何度か体調が悪くなったり良くなったりする波はあったし……」

 

 

エムの母は重い病を患い、入院していた。

進行を遅らせる事はできても、よくはならない病気だ。助かった人も聞くが、そんな奇跡はそう起こるものでもない。

そしてあの日、エムがマキシマムブースターへ参加した日、父親から連絡が入った。

 

 

『母さんの容態が急変した。お前に会いたがっている。今すぐ病院に来てくれ!』

 

 

参加前だった。初戦はまだ始まっていなかった。辞退すれば、病院には間に合った。

エムは――、夢を選んだ。携帯の電源を切り、大会に参加したのだ。

当時のエムは中学生。軽いものではあったが、彼も多感な時期となれば反抗期はやって来る。

それはたとえ入院中の母親に対してもだ。男と言うのはどうしても母親とは反発してしまう。

 

それに残酷な話し、母が死んだとしてもそれは過去だ。

一方でエムの先には未来があった。だから彼は未来に手を伸ばした。

しかし、やはり平常心を保っていても心は動揺していたのか、本来ならばありえないミスをして初戦で敗退。

そして病院に戻ると、母親は死んでいた。

 

母はガリガリにやせ細っており、まるで骸骨のようだった。

エムははじめそれが母親だと理解できなかった。それは、それだけエムが母親に顔を見せていない証拠でもあった。

そして、その日、エムは初めて父親に殴られた。そして周りの人間からも一切の理解を得られなかった。

プロゲーマーは理解されない職業だと分かっていたが、そもそもエムはプロゲーマーにもなっていない状況であった。

周りの人間から見れば危篤の母親を放置して遊んでいただけにしか思われないのは仕方の無いことなのか。

 

そして、エムは父親にゲームを禁止され、エム本人も大会に出る事は無くなった。

 

 

「でも、ゲームを止めたわけじゃないよね!」

 

「ッ!」

 

 

全てを聴き終えた穂乃果が瞬時に出した言葉がコレである。

そしてそれは何よりもエムの心に突き刺さる。そうだ、すっぱり止めたのならば、そもそも穂乃果はココには来なかった。

事情は分かった。ならばなぜ学校でゲームをする? それもプロを目指していたゲームと同じものを。

 

 

「ど、どうしておれが学校でゲームしてるって……」

 

「ヨッシーくんが言ってたよ!」

 

「ッ!」

 

 

ゲームならば他にも山ほどとある。なのに何故、何故ッ? なぜ!!

 

 

「まだ、諦めたくないんだよね!」

 

 

それは穂乃果でも分かるほどに簡単な話だった。

エムはまだ、縛られているのだ。過去と自らのドス黒い未練に。

割り切ったわけでもない、隠せているわけでもない。仮面を被っているくせに、その素顔のヒントを散りばめ、自分で分かってもらおうとしている。

 

なんて中途半端で醜い心か。それは紛れもない未練である。

しかしエムも男だ。気になっている相手の前で弱さを晒すことには抵抗があった。

だから話を切り上げ、穂乃果に帰ってもらおうと――

 

 

「エムくん」

 

「!」

 

 

すると、穂乃果はエムの手を両手で包み込むように握り締めた。

そして慈愛に満ちた笑顔を向ける。

 

 

「辛かったね」

 

「―――」

 

 

なんと馬鹿な事を思われるかもしれない。

たった一言だ。しかもお世辞に向けるのにうってつけの、誰でもすぐに思い浮かぶ簡単な単語。

そう、誰だって言える。にも関わらず、にも関わらずだ。

 

それなのにも関わらず、エムの目からは涙が零れた。

一筋。しかしそれは確かに涙であった。信じられるだろうか。

母の死を前にしても泣かなかった男がたった一言、同情の言葉を向けられただけで涙を流したのだ。

それは単純な理由で、エムにとって一番欲しかった言葉だからに他ならない。

 

 

「なん……ッ。な、何を言って――」

 

「諦められないよね。だって大好きな事なんでしょ、ゲームが」

 

「それは、でも――」

 

「大丈夫大丈夫、わたしも分かるからさ、えへへ!」

 

 

穂乃果もまた自らの弱さをさらけ出す事に。

と言うのも、メンバーの一人であり、幼馴染のことりに留学の話が飛び込んできたらしい。

その際、半ばヤケになってしまった穂乃果はミューズやラブライブから目を逸らし、スクールアイドルを辞めようとした。

そこで海未と衝突してしまい、他のメンバーにもたくさん迷惑をかける事になってしまったと。

 

 

「あの時は辛かったなぁ」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

 

少し意外だった。

確かにことりが留学する件についてはエムも知っていたが、その裏で穂乃果達が苦労していたなんて。

 

 

「で、でも今ことりちゃんは留学せずに音乃木坂にいるよね……?」

 

「うん、それはね――」

 

 

まさにいきなりだった。穂乃果はエムの手を引くと、部屋を飛び出して廊下を走る。

 

 

「え? え!? えッ!?」

 

「行こう! エムくん!」

 

「ちょっと、どこに!」

 

「決まってるでしょ! お父さんのところ!」

 

 

エムは半ば強引に下の厨房で作業をしている父親のところまで連れてこられた。

 

 

「やあ穂乃果ちゃん。どうしたの? ケーキ食べるかい?」

 

「いいんですか! 食べます食べます! あ、じゃなくって!!」

 

「?」

 

「お父さん! エム君にゲームをさせてあげてください!」

 

「え゛ッ! ちょ、ちょっと穂乃果ちゃん!!」

 

 

目を見開き、エムは穂乃果を睨むように見つめる。

嫌な汗が全身に浮かんできた。一方で穂乃果は深く頭を下げ、もう一度エムの父親にお願いを。

 

 

「お願いします! エムくんの夢なんです!」

 

「ちょ、ちょちょちょちょッッ!!」

 

 

エムはすぐに穂乃果を引っ張って自室に戻ろうと試みる。

しかし穂乃果は動かない。そこで気づく。彼女は踏ん張っているのだ。そして日々のトレーニングによって力は相当強くなっていた。

もちろんエムが本気で引っ張れば穂乃果を引きずっていけるだろうが、当然その前に言葉が飛んでくる。

 

 

「エム、どういう事なんだ」

 

「いやッ、それは……」

 

「お前が穂乃果ちゃんに言わせているのか?」

 

「だから、それは――」

 

「違います。これはわたしの意志なんです」

 

「ほ、穂乃果ちゃん!」

 

 

父親と穂乃果の間に割り入るエム。

しかしそこで気づいた。穂乃果の真っ直ぐな目に。

 

 

「……!」

 

 

そして先程と同じ、穂乃果はエムの視線を受けて微笑みを返す。

 

 

「さっきの続き」

 

「え?」

 

「わたし、空港まで言ってことりちゃんを引っ張ってきたの」

 

「え? え!?」

 

 

留学しようとしていたことりを引き止めた。

いかないで、あなたといたい。留学はもう決まっていたのに、ドタキャンまでさせてミューズに残させた。

 

 

「ま、マジっすか……」

 

「マジッス! だって、イヤだったんだもん!」

 

 

拳を握り締めて顔を近づけてくる穂乃果。

 

 

「ことりちゃんと一緒にいたかった。ことりちゃんがいるミューズじゃないとダメだった!」

 

 

エゴだ。わがままだ。しかしそれを突き通したいと思う心があった。

 

 

「分かるでしょ、エムくんなら!」

 

「ッ!」

 

 

本来ならありえない。留学には色々な人の決定があって進められるものだ。

友達と一緒にいたいからと言う理由で直前のキャンセルなんて普通はありえない。

しかしそれは穂乃果も分かっていた事だ。その上で穂乃果はわざわざ空港にまで乗り込んでことりを連れ戻した。

そしてなによりことりはそれに従った。つまり、ことり自身が穂乃果の思いに呼応したから、同じ思いを持っていたからに他ならない。

 

なんて面倒な娘だろうか。

自分で留学したいと良い、わざわざ用意までして、その心の裏では行きたくなかったのだ。引き止めて欲しかったのだ。

しかしそれこそが人間の本質と言えないだろうか。

 

 

『なにたべたい?』

 

『なんでもいいよ!』

 

『じゃあラーメン』

 

『うーん、ラーメンはちょっと……』

 

 

これが人間なのだ。

 

 

『馬鹿野郎! やる気が無いなら帰れ!』

 

『わかりました……』

 

『本当に帰るやつがいるか馬鹿野郎!』

 

 

これほど面倒な生き物が他にいるか。

しかしこれが、これこそが人間の本質。人はみんないつも仮面を被っている。仮面だけじゃない、硬い鎧をまとって見えない何かと戦っている。

困った事に、穂乃果の言う事がエムは分かってしまった。

刹那、目の前に死んだ筈の母親が見えた。エムの母は、優しい笑顔を浮かべていた。

 

 

『―――』

 

 

言葉が『視えた』。すると再び父が言葉を放つ。

 

 

「エム、言いたい事があるなら、ちゃんと自分の口から言いなさい」

 

「……ああ。そうだな。そうだよな」

 

 

エムは踵を返し、父を真っ直ぐに見た。

 

 

「ごめん父さん。おれ、やっぱりプロゲーマー目指したいわ」

 

「………」

 

「だって、ゲームが好きだから。それなら一番になれると思うから」

 

 

あまりにも淡々と言った。

すると父も淡々と返した。

 

 

「ああ、分かった」

 

「へ?」

 

「いいぞ。目指してみろ」

 

「……うそだろ?」

 

「やったねーッ! エムくぅううううん!!」

 

「おぶぉっ!!」

 

 

衝撃が。エムが視線を移すと、穂乃果が抱きついてきたのが分かった。

 

 

(ぉ、ぉぉおぉぉぉ!)

 

 

全身が熱くなる。ヨッシー君から女の子は謎の良い匂いがすると聞いていたが、まさに本当であった。

しかもなんだか凄い柔らかい。な、なんなんだコレは。ファンタジーなのか? ファイナルファンタジーなのか?

意味不明、混乱、しかし我に返るエム。こんな事をしているときではない。

 

 

「と、父さん。なんで……」

 

「失敗したら就職すれば良い。最悪、ケーキの勉強をしてくれれば俺も助かるし」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「昔のお前は――」

 

「ッ?」

 

「昔のお前は、よく笑ってた。考えてみればゲームをする時だったな。俺もその笑顔が好きだったよ」

 

 

父親なんだ。子供には笑っていて欲しいと言うのは当たり前の事なのだ。

 

 

「でも、ゲームをしなくなってからは俺はお前の笑顔を見たことが無い」

 

 

もちろんエムも人間だ。面白いテレビを見れば笑うし、その時の顔を父も見ている。

しかしあの時、ゲームをしているときの純粋な笑顔ではなかった。

 

 

「俺も色々調べたんだ。プロゲーマーの事とか。俺が知ってるゲームとはもうだいぶ事情が違うみたいだな」

 

「まあ、それは時代も進んでるし」

 

「それに……」

 

「え?」

 

「母さんと、約束したんだ」

 

「!」

 

 

父は謝罪を行った。それは過去に殴った事ではない、怒りからゲームを禁止した訳でもない。

 

 

「もっと速く、俺から言うべきだったな。今の話は」

 

「いやッ、いいんだ。悪いのはおれだよ」

 

 

それに理解できるから。理解できてしまうから。

そりゃあ、愛した人間を蔑ろにした息子だ。

なかなか自分からは許せないに決まっている。

 

 

「面倒なのは、父親譲りって事で」

 

 

エムと父はニヤリと笑みを浮かべた。

そんな二人を見て、穂乃果も満面の笑みを浮かべた。

 

 

「なんか、本当アッサリだったな」

 

「でも本当良かったね。応援してますよ、未来のプロゲーマさん!」

 

「やめてよ、プレッシャーだって」

 

「プロゲーマーとはプレッシャーに打ち勝つ事が大事って、本で読んだよ」

 

 

言いたい事も言った。エムも許してもらえた。満足したのか、穂乃果は家に帰るようだ。

これから海未とことりと、新曲に向けてのミーティングである。アイドルは多忙だ。

 

 

「その前にコンビニでお菓子買ってこっと! エムくんは何が好き?」

 

「え? ちょっと待って。おれッ、それ言ったところで食べれないよね」

 

「うん。大丈夫、わたし達が代わりに食べてあげるから」

 

「サワークリームオニオンのポテトとコーラの組み合わせってヤバイよな」(何が大丈夫なんだ……?)

 

「あ! わたしもソレ好き!」

 

「でも太るよ」

 

「……ダイエットは明日から心がけます」

 

 

靴を履いた穂乃果は扉に手をかける。

しかしそこでエムが穂乃果を呼び止めた。

 

 

「待って穂乃果ちゃん」

 

「ん?」

 

「本当にありがとう。穂乃果ちゃんはやっぱり凄いな」

 

「んーん。別に。わたし達も似た様なものだったらさ」

 

 

面倒な感情を抱えているのはミューズのメンバーも同じだと言う。

なかなか素直にはなれない。あれがしたい、これがしたい、思っても気を遣ったり自信が無かったりで防ぎこんでしまう。

でもそんな時はだいたいほかのメンバーが強引に迫って、連れ出して、引っ張ってあげる。そしたら案外なんとかなるものだと。

 

 

「誰かが背中を押してあげる事で、勇気が生まれる事もあるよね」

 

「そうかもな。仮面を無理やりでも外してくれる人が欲しいときもある」

 

「うん! だからね、エムくん――」

 

 

穂乃果は手を振りながら扉を開いた。

 

 

「わたしが困ってたら助けてね」

 

 

扉が閉まり、エムは振り返していた手を下ろし、鍵をかける。

 

 

(やっぱり、勝てないな、穂乃果ちゃんには)

 

 

心地よい敗北感を噛み締めるために、エムはしばらくそのままで立ち尽くす。

しかし身から湧いてくるのは高揚感。押さえつけていた夢があふれ出し、炎となって胸に宿る。

こうしちゃいられない、明日か、いや今日にでもゲームとアケコンを買いに――。

 

 

「ん?」

 

 

さて、ここで終わればどこにでもある青春物で終われたかもしれないが、そうもいかないのが人生と言うゲームである。

鳴り響いたインターホン、穂乃果が忘れ物でもしたのだろうか? エムは何気なく扉を開いた。

 

 

「どうもッ、お届け物です」

 

「あ、どうも、ありがとうございます」

 

「はい、はい、はい! ありがとござまーすッ!」

 

 

荷物が来た。サインを書いて荷物を受け取るエム。

なんだろう? ネット通販を利用した記憶は無い。しかし名前を見れば確かにエム宛てであることがわかる。

まあこういう物はウダウダ考えるよりも開けてみたほうが速い。自室に戻ったエムはガムテープをビリビリはがして中身を確認した。

するとダンボールの中にさらなる箱。それを開くと、『プチプチ』に包まれたそれが姿を見せた。

 

 

「なんだこれ?」

 

 

あったのは二つのアイテム。

一つ目はなんだかカラフルな玩具のような物体だった。

黄緑色のベースに、ピンクのレバーのような物がついている。そしてもう一つはゲームカセットのようなアイテム。

 

 

「マイティアクション……、エックス?」

 

 

スペルを確認。しかし聞いた事もない。

カセットに書いてあるキャラクターや一つめのカラフルなカラーリング。はて、これは一体なんだろうか。

 

 

「スプラトゥーンの関連アイテムかな? ホタルちゃんのアミーボ買った時にキャンペーンがあったのかな?」

 

 

他にも何かないだろうか? ダンボールを覗き込むと、なにやら紙が見えた。

そこにはこう書かれている。

 

 

【エグゼドライバーとマイティアクションXについて】

 

 

「エグゼドライバー?」

 

一枚の紙に書いてある事を簡単に言うと、まずは身につけてみろ、である。

新型の玩具が何らかのキャンペーンで当たったのか。それくらいにしかエムは考えていなかった。

説明書に書いてる簡単な指示通り、エムは黄緑色のドライバーを腰の前に持っていく。

 

すると驚く事に、ドライバーから一瞬でベルトが出現、自動的にエムの腰に巻きつくとエグゼドライバーの装着が完了する。

さらに一瞬でドライバーサイドに、キメワザスロットホルダーと呼ばれるオプションパーツが付与された。

 

 

「すっげぇえッ!!」

 

 

思わず声が出た。しかし最近の玩具は随分と進化していると聞く。

それこそ子供様のなりきり玩具でも赤外線センサー等が組み込まれてると聴くし、中には健康状態を察知してくれる玩具も出ているとかニュースで見た記憶がある。

さて、それはともかくとしてだ。この次はどうすればいいのか、エムは紙を見てみるが続きがどこにも書いていないではないか。

 

 

「???」

 

 

首を傾げる。

しかしその時、なにやら電子音が聞こえて来た。

 

 

「うわッ! びっくりした!」

 

 

起動スイッチらしいものは入れていないが、どうやら音はドライバーから聞こえてきたようだ。

スロットホルダーにあるスイッチが僅かに発光している所を見ると、ココが関係しているようだ。

 

 

「押せばいいのかな?」

 

 

銀色のボタンを押した瞬間、エムの脳内に声が響いた。

 

 

【ユーザー登録は完了しました。ようこそ、石神エム様】

 

「お、お、お!?」

 

 

頭を抑えて立ち上がるエム。

音を耳ではなく頭が聞いている。そんな未体験に、思わず混乱中である。

 

 

【落ち着いてください。これはアリアドネと呼ばれる機能です】

 

 

ドライバーが脳波を介し、サポートセンターと繋いでいる。

早い話が、電話式の電子説明書だとか。

 

 

「あぁ、紙の説明書は減っちゃったんだなぁ。なんだかちょっと複雑な気分」

 

【ッ? よく分かりません】

 

「すいません何でもないです。ところで、おれまだ事情が飲み込めてないですけど……」

 

【その点に関しても説明したいのは山々なんですが――】

 

「?」

 

【現在、時間がないものかと思われます】

 

「どういう事ですか?」

 

【高坂穂乃果様に危険が迫っております】

 

「えッ!!」

 

 

なぜ穂乃果の事を知っているのだろうか? そこも気になったが、まずは詳細だ。

エムは焦ったようにオペレーターに説明を求めた。危険が迫っている? 穏やかな話しではない。

 

 

【早速参りましょう。ご案内しますエム様】

 

「あ、ああ!」

 

 

ドライバーをつけたままエムは家を飛び出した。正直な話し、半信半疑であったのは事実だ。

いきなりおかしなドライバーが送られて、それで穂乃果が危ないなどと詰め込みすぎにも程がある。タイミングが良いにも程がある。

おそらくこれら全てがキャンペーンに違いない、そうか、穂乃果も仕掛け人なのだ。きっとこれは新しいドッキリ一種で。

 

 

「一種で……」

 

 

言葉が止まる。家を出てオペレーターに指定された道を走ると、目の前に茶色の『幕』が見えた。

それは幕と言うよりは壁、向こう側には見慣れた景色が広がっているが、なにかこう、とてつもない違和感を感じる。

 

 

【お気づきですかエム様】

 

「あ、あれは一体……」

 

【あの茶色の幕の向こうはゲームエリアが広がっております】

 

「ゲームエリア?」

 

【はい。ドライバー適合者のみが確認、および介入する事が許される世界でございます】

 

 

その時だった。ゲームエリアの向こうから穂乃果の悲鳴が聞こえて来た。

 

 

「!!」

 

 

その悲鳴はまさに恐怖から放たれるもの。驚きや喜びで放たれたものではない事は、エムにはすぐに分かった。

まさか、本当なのか? 本当に穂乃果が危険な目に合っているのか? ゾクリと背中に冷たいものが走る。そしてそれを見透かしたように、オペレーターが言葉を付け足す。

 

 

【エム様。これはドッキリでもなければイベントの一種でもありません。本当に穂乃果様に危険が迫っているのです】

 

「なんだって……!」

 

【死ぬほどではないでしょうが、二度とスクールアイドルを目指す事ができないほどの怪我を負う可能性もあります】

 

「ッ!!」

 

 

一瞬、文字通りそれは一秒あるかどうかの時間だった。

しかし確かにエムは一瞬でもその可能性を良き物であると思ってしまった。

分かるか、この男は今、それも良いかもしれないと思ったのだ。あれだけ自分を助けてくれた穂乃果を。ああ、愚かな男だ。

 

なぜ? 決まっている。エムはまだ醜い感情を心に宿していた。

もしも穂乃果がスクールアイドルでなくなれば、きっと自分の方を向いてくれるのではないか。

なんて――、そんな馬鹿な。

 

 

「キモすぎる」

 

【はい?】

 

「あまりにも低俗すぎるだろ、おれ……!」

 

 

醜い嫉妬、低俗な考え、全ては人間が抱く黒だ。認めよう。

だがそのままで良い訳がない。それを認めれば本当に自分はそれまでの人間になる。

そんなクソみたいな分岐ルートはゴメンだ。

だからこそ分岐のフラグを立てなければならない。バッドエンドに向かうフラグをへし折らなければならない。

 

 

「どうすればいい?」

 

【なにがでしょう】

 

「穂乃果ちゃんを助けるには、俺はどうすればいいんだ?」

 

 

オペレーターはエムをココに連れてきた。

それはつまり、この状況をエムが変えられるからに他ならないだろう。穂乃果を助ける事ができるからエムをつれてきた筈だ。

 

 

【流石ですわ。その通りです。貴方が持つエグゼドライバーこそが、その鍵】

 

「教えてくれ! 早くしないと穂乃果ちゃんが!!」

 

【ではまず、貴方のゲームエリアを発生させます。ガシャットを起動してください】

 

「ガシャット……、これか!」

 

 

エムは、そのボタンを押す。

 

 

『マイティアクションエーックス!!』

 

 

軌道音、および電子音が発生し、エムの背後にゲーム画面を模したホログラフモニタが出現する。

それだけじゃない、ブロック状のワイヤーフレームが次々と飛んでいき、それらは時間と共に実体化、レンガブロックとなる。

 

 

「すげぇ! マリオみたいだ……! ど、どういう原理で――」

 

【ゲームエリアを広げた事が原因しています。しかし説明している暇はありません、今も尚、穂乃果様はヴィランの脅威に晒されています】

 

「ヴィラン……ッ、悪役か!」

 

【はい。助けるためにはガシャットをドライバーにある内側のスロットに装填してください。同じくして『ある単語』を口にしていただくことで音声認識により、ロックが解除されます】

 

「音声認識? 何を言えば良い!?」

 

【それは――】

 

 

その単語を聞いた瞬間、思わずエムは吹き出した。

 

 

【エム様?】

 

「まさに、今のおれにピッタリな言葉だ」

 

【……自己嫌悪に苛まれていらっしゃるのなら、そうかもしれませんわ】

 

「ああ。もう飽き飽きしてたんだ。嫉妬、未練、縛られるのは!」

 

 

エムは指示に従う。

ガシャットを右手に持ったまま、腕を伸ばしながら右手を斜め左に伸ばす。

そして左手を真上に上げて右手にあったガシャットを掴み取る。そのまま左手を真下に落とし、ガシャットをホルダーにセットした。

 

 

「変身!」『ガシャット!!』

 

 

そうだ、変わるんだ。

弱くて醜い自分は、今日でサヨナラだ。

 

 

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

 

 

エムを中心に回転するキャラクターアイコン達。

戸惑っているとアナウンスが入る。どうやらコレはゲームにおけるキャラクターセレクトらしい。対応するアイコンに接触する事で、全ては終わる。

エムは決意を左拳に込め、ノックするように裏拳でアイコンを叩いた。『SELECT』の文字と共に真横に飛んでいくアイコン。

するとキャラクターセレクトが完了し、エムの体が光り輝く。

 

 

『アイム ア エグゼイド!』

 

 

光が晴れると、エムの体は文字通り変身していた。

白いドラム缶の様なボディ。ピンクの逆立つ髪の毛(型のアーマー)、ぼったりとした四頭身ほどのシルエット。大きな目。

 

 

「……え?」

 

 

カーブミラーにてエム、己の姿を確認。

 

 

「マジ?」

 

 

圧 倒 的 ゆ る キ ャ ラ!

 

 

「ええええええええええええええ!?」

 

 

目が白目に変わる。どうやら感情としっかり連動しているようだ。

そのままエムは自分の体を隅々まで確認する。そしてもう一度叫んだ。訳が分からない二つの意味で。

まず一つは本当に変身してしまったという事。一瞬できぐるみが現われたのは素直に凄い。もう一つはそのデザイン。

いや、ほら、あの流れならもっとカッコいい、ヒロイックなヤツに変身できるとばかり……。

 

 

「この前お祭りであったゆるキャラお相撲大会にこんなのいたぞ!」

 

【落ち着いてくださいエムさま。それはエグゼイド・レベル1ですわ】

 

「エグゼイド……ッ?」

 

【ええ。それよりも穂乃果様を助けなくては】

 

「ッ、そ、そうだ!」

 

 

変わると決めたんだ。行動しなければなんの意味もない。

 

 

「この際、ゆるキャラでもなんでも良い! おれは穂乃果ちゃんを守るんだ!!」

 

 

エグゼイドは気合の咆哮を上げると、地面を蹴って走り出した。

 

 

 

 

「ハァ! ハァ!」

 

 

一方その穂乃果は走っていた。

しきりに後ろを確認しながら息を切らしている。その顔は青ざめ、表情には恐怖が滲み出ている。そして目の端には涙が見えた。

ああ、お菓子を買いにいっただけなのに。どうしてこんな事に。

 

 

「きゃあ!」

 

 

穂乃果は期待を裏切らない娘である。良い意味でも悪い意味でも。

追われていると言う恐怖からなのか、足がもつれ、穂乃果は地面に倒れてしまった。

近道にと選んでしまった公園の広場の中、周りを見ても時間が時間なのか誰もおらず、遊具のみが目についた。

 

穂乃果は叫ぼうと腹部に力を込める。

助けを求めようとする行動。しかしすぐにその口を閉じた。

と言うのも、穂乃果は分からなかったのだ。果たしていま自分を追跡している者は、周りの人間になんとかできるものなのだろうか、と。

 

 

「ふはははは!」

 

 

そして後ろから笑い声。

穂乃果が体を起こして振り返ると、追跡者が見えた。

 

 

「見つけたぞ、ミス高坂!」

 

「ひっ!」

 

 

その男はどう見ても人間ではなかった。

青いボディに黒いハットとマント。左腕は巨大なスタンガンのようになっている。

ヴィラン・名は『ソルティ伯爵』。左手のアームをかざすと、青白い電撃が迸る。

やはり普通ではない、人間なのか? 化け物なのか? 意味が分からず、穂乃果はブルブルと震えているだけ。

 

 

「キミには私の趣味が分かるかな?」

 

 

一方でそんな穂乃果は気にも留めずベラベラと喋り続けるソルティ。

お菓子を買った穂乃果の前に現れ、そのまま襲い掛かったのは理由があると言う。

 

 

「それはね、私が頑張っている人を苛めるのが大好きだからさ!」

 

「!?」

 

「ミューズのリーダー、高坂穂乃果。キミをビリビリにすれば私の欲望は叶えられるだろう!」

 

 

腕を振るうソルティ。

すると電撃が迸り、穂乃果の周囲に直撃していく。

 

 

「きゃあああ!!」

 

 

頭を抑え、穂乃果はうつむいて悲鳴を上げる。

間違いない、これは本物の電撃だ。青い閃光が遊具に直撃すると、その部分が黒く焦げつき、煙が上がる。

 

 

「ど、どうしてこんな酷い事……!」

 

 

穂乃果が唇を震わせ問うた。

するとソルティは両手を広げ、楽しそうに、あたり前の様に叫ぶ。

 

 

「だって! この世で一番楽しいのは、人を傷つける事でしょう!?」

 

「――ッ」

 

 

やばい、やばい、怖い。

穂乃果の目から涙が一粒零れ落ちる。

だがその時だった。叫び声が聞こえてきた。それは穂乃果のものではなく、もちろんソルティのものでもない。

一方で声はより大きくなっていく。穂乃果が反射的に其方を見ると、散歩道を全力で走ってくる四頭身が見えた。

 

 

「帽子被った青いのォオ! その娘から離れろォオオオ!!」

 

 

ドスの聴いた声で迫るのはエグゼイド。大股で穂乃果たちのもとへ走る。

ココで足音を聞いてみよう。

ぼよーん。ぼよーん。ぼよーん。

 

 

「ちょっと! このファンシーな足音なんとかならないの!? 気が抜けるんだけど!」

 

【コモンビッグシューズです。強化スプリングが仕込まれているので、その影響でしょう】

 

「ああもう分かったよ! それで、あの青いのが穂乃果ちゃんを苛めてるんだな!」

 

【はい。ヴィランを退ける方法はただ一つ】

 

「なに!」

 

【倒してください】

 

「よく分からねぇなぁ! まあでも分かったよ!!」

 

 

半ばヤケクソで跳ねるエグゼイド。

すると強化スプリングが機能し、想像以上の跳躍力が生み出された。

まるでバッタだ。猛スピードで飛来するエグゼイドにソルティも反応が遅れたか、気づけばエグゼイドのお腹がソルティの顔面を覆っていた。

 

 

「ぉおおおおお!?」

 

 

吹き飛び、公園の広場を転がる両者。

エグゼイド本人もまだ状況がわかっていないわけだが、とりあえず理解できたのはビリビリ野郎が穂乃果を襲おうとしていたこと。

今はそれだけで十分だ。エグゼイドは立ち上がると、すぐさま穂乃果へ駆け寄り、無事を確かめる。

 

 

「大丈夫ッ!? 穂乃果ちゃん!」

 

「え? え、え!? だ、だだだ誰ですかぁ!?」

 

「あ、おれだよおれ! エムだよエム!」

 

「エグゼイド……?」

 

「え?」

 

 

ココでほんの少しだけ時間を巻き戻す。

そして穂乃果視点でもう一度今の会話を聞いてみよう。

 

 

「大丈夫穂ッ!? 穂乃果ちゃん!」

 

「え? え、え!? だ、だだだ誰ですかぁ!?」

 

「あ、おれだよおれ! エグゼイドだよエグゼイド!」

 

「エグゼイド……?」

 

「え?」

 

 

そこでアリアドネが起動。エグゼイドの脳内にオペレーターの声が響く。

 

 

【申し訳ありませんエムさま。今現在、貴方は自らが石神エムであると言う事を他言できません。個人が特定できるワードは、コチラが変更させていただきます】

 

(どういう事です? つまり穂乃果ちゃんにおれがエムである事を説明できないってこと?)

 

【はい、そういう事になります】

 

(ど、どうして!)

 

【いろいろ事情が。と言っても今は説明している暇はなさそうですね】

 

 

地面に倒れているソルティが立ち上がった。

 

 

「やってくれたなレベルワン! お前などとるにたらんわ!」

 

【きますよエム様】

 

「わかってる! 穂乃果ちゃんは隠れててくれ! あんなヤツ、すぐにぶっ飛ばしてやる!」

 

「あ、あ、ちょっと待って!」

 

 

穂乃果の制止を振り切り、エグゼイドは拳を握り締めて走り出した。

そして思い切りソルティに向かって殴りかかる!

 

 

「このやろーッ!」

 

「………」

 

 

ソルティは無言。

 

 

「どちくしょー!」

 

「………」

 

 

無言。

 

 

「ばっきゃろーッ!」

 

 

無言。

 

 

「………」

 

 

穂乃果は立ち上がり、とりあえず言われるがままに滑り台の後ろに隠れた。

そして見る。エグゼイドが両腕を思い切りぶん回している所。

しかしソルティがエグゼイドの大きな頭を抑えているため、グルグルパンチは全く届いていない。

その内にエグゼイドの息が上がり、パンチが止まった。

 

 

「どうした? エグゼイド」

 

「きょ、今日は……、このくらいにしておいてやるよ」

 

「馬鹿が!」

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

 

ソルティは帯電するアームをエグゼイドに思い切り押しあてる。

激しいスパークが巻き起こり、エグゼイドの体に大量の電撃が流し込まれる。

 

 

「あばばばばばばばばばばばば!!」

 

 

エグゼイドのゴーグルの中にある目が『×』マークになり、チラチラと骨マークが見える。

ファンシーでベタな演出の電撃エフェクト。しかしダメージは確かであり、エグゼイドには確かな痛みが襲い掛かった。

 

 

「弱い、弱いぞエグゼイド!」

 

「ぐぁぁあ!」

 

 

思い切り蹴り飛ばされ、エグゼイドの目が『>』『<』に変わる。

かわいらしいとも見えるが、やはり痛みは確かなものだった。エグゼイドは地面を転がり、煙を上げながらうつ伏せに倒れる。

 

 

「く、くそう……!」

 

 

普段喧嘩なんてそうやるものじゃない。それにやはりレベルワンの体は違和感がある。

速く動けないわけではないのだが、慣れていない事に加え、動き方にクセがあるレベルワンではどうしても動きが鈍くなりがちだった。

それに、どうしても痛みは人を臆病に変える。長期戦になればなるほど、ダメージを受ければ受けるほど勝率はグンと下がってくる。

 

 

「エグゼイドくん!」

 

「ッ、穂乃果ちゃん!?」

 

 

するとどうだ、なんと滑り台の後ろに隠れていた穂乃果が、エグゼイドに駆け寄ってきたではないか。

穂乃果は倒れるエグゼイドを抱きかかえると、不安げな表情で覗き込んだ。

 

 

「大丈夫? エグゼイドくん!」

 

「穂乃果ちゃん! 来ちゃダメだよ! 危ないよ!」

 

「でもッ! エグゼイドくんが!!」

 

「おれの事はいいから! 速く逃げて!!」

 

「でもっ! そんなの!!」

 

 

自分を守ろうとしてくれているものがピンチなのだ。

穂乃果としてはそんなエグゼイドを置いて逃げるなんてことはできなかった。

しかしそれは穂乃果にとっては自らの身を危険に晒す愚かな行為である。現にソルティは高笑いを浮かべながらアームに電撃を纏わせる。

 

 

「二人まとめてビリビリにしてやる!」

 

「ッ!」

 

 

穂乃果は戸惑いの表情を見せる。

だがしかし、それはすぐに消え去った。

 

 

「大丈夫だよ、エグゼイドくん……!」

 

「!!」

 

 

エグゼイドは穂乃果を見て絶句していた。

穂乃果は言ったのだ。『大丈夫』だと。もちろんそれは嘘だ。エグゼイドは知っている。

そして穂乃果も知っている。にも関わらず彼女は大丈夫だと言った。それはエグゼイドを不安にさせないためにだ。

つまりこの状況下で穂乃果は他者を気遣ったのだ。

 

 

(そんな馬鹿な――)

 

 

本心でそう思う。

エグゼイドも穂乃果も訳も分からぬままココにいる。しかしその差はあまりにも大きい。

エグゼイドは多少だが情報があり、なによりも好意を抱いている穂乃果が襲われていると言う、ある種の『大義名分』があった。

 

しかし穂乃果は違う。彼女は本当に何も知らないはずだ。にも関わらず穂乃果はエグゼイドを庇っている。

それこそが高坂穂乃果の強さ。言い方を返れば愚直、愚鈍、愚か。しかしエグゼイドは瞬時、理解した。

穂乃果は強かった。自分が思っているよりもずっと。

それは、今、エグゼイドに触れている穂乃果の手が確かに震えていることから理解できる。

 

 

(穂乃果ちゃん……!)

 

 

穂乃果は歯を食いしばり、近づいてくるソルティを強く睨んでいた。

しかし少し目線を下げれば、手は確かに震えている。

しかし、だがしかし、穂乃果は逃げようとはしないのだ。自分を助けようとしてくれる見ず知らずのエグゼイドのために背を見せないのだ。

明らかに間違った事をしているソルティに怒っているのだ。

 

 

「………」

 

 

勇気なのか、無謀なのか、それはエグゼイドには分からない。

しかしその時、エグゼイドはずっと穂乃果の背を見ていた理由を理解した。

あれは偶然ではなかった。必然だったのだ。

 

 

「―――」

 

 

世界がスローになる。

フラッシュバックしていく景色。思い出すのはいつも後悔だ。やはり宿命のように残っているのか、母が死んだあの時の記憶が張り付いてくる。

そうか、そうだ、穂乃果はいつも先を見ていた。未来を視ていた。

 

しかし自分は違う。逃げていたんだ。病気の母に会いに行かなかったのも、死と向き合うのが怖かったからじゃないのか。

死にいく母との交流に怯え、迫る死に恐怖していたからじゃないのか。

そうだ、エムは母親から目をそらしたのだ。

 

それだけじゃない。それを言い訳にして生きてきた。

プロゲーマーを目指す事から離れていたのは父にゲームを禁止されたからではない。

母に申し訳なさを感じていたからでもない。純粋に初戦で敗北したと言う事実が枷になっていた。

あれは本当に母が危篤だと言うことに戸惑っていたからだったのか。もしも実力で負けていたのなら――。

ダメだ、怖い、だから目を逸らそう。

 

 

(そうだ、ずっと恐れてたんだ。言い訳が消えることに……!)

 

 

だからずっと目を逸らして生きてきた。大切な事に向き合わずに生きていたんだ。

人は生きている限り戦わなければならない。穂乃果は戦ってきた、エムは逃げてきた。だから背を見ていた。それだけの事だったのに……!

 

 

(欲しい――ッ!)

 

 

変わりたい。そのために、戦う力が欲しい。

いや、違う。望むんじゃない。掴み取るんだ。

 

 

「ふははは! さあ痺れろ! 叫ぶがいい!!」

 

「ッ!」

 

 

怖いものは怖い、穂乃果はギュッと目を瞑り、その際に涙が一粒――。

エグゼイドの顔に落ちた。

 

 

「大丈夫」

 

 

ガチャンッ! と、音が鳴る。

それはまるで錠が外れたような音だった。

 

 

「え……?」

 

 

目を開く穂乃果。

その手を、エグゼイドが掴んでいた。

 

 

「おれが、守るから」

 

「……!」

 

 

脳内に響く声。

 

 

【ロックの解除を確認しました。これより、レベル2への移行が可能となります】

 

 

もう逃げたくない。もう格好悪いのはイヤなんだ。

その時、エグゼイドは――、エムは病室にいた。

目の前では母親がベッドの上に座っていた。

 

 

『エム、将来の夢はあるの?』

 

『うぅん』

 

 

いつか、いつの日か話した会話だった。

 

 

『なんでもいいわ。貴方は好きな事をやりなさい。お母さんもお父さんも、あなたの夢なら応援するから』

 

 

応援はできないはずだ。そんな時間は残されていない。

それでも母はそう言った。その意味――、分からないわけじゃない。

 

 

『ただし、人を傷つける事だけはやめなさい』

 

 

悪い、それは守れない。

ただし、はじめの方は、守ってみせる。

 

 

「おれは……、変わるんだ」

 

 

本当に望む姿になる。本当にやりたい事をする。

 

 

(これがその第一歩だ)

 

 

エグゼイドはピンクのレバーに手を掛けた。

 

 

「大ッ! 変身ッ!」『ガッチャーン!』

 

 

エグゼイドの装甲が弾け飛び、衝撃派が発生。ソルティは迫る破片と衝撃に怯み、立ち止まった。

 

 

「ッ! なに!?」

 

 

そして戸惑いの声。

と言うのも、ついさきほどまでそこにいた筈のエグゼイド達が消えたからだ。

どこに? ソルティは焦ったように周囲を見回す。

 

 

『レベルアーップ!』

 

「!」

 

 

音がした方向を睨むソルティ。

そこには当然エグゼイドが立っている。しかしそのビジュアルは、つい先程までとは大きく違っていた。

 

 

『マイティジャンプ!』

 

 

カラーリングはショッキングピンクがベース。

 

 

『マイティキック!』

 

 

装甲と言うよりはスポーツウェアを模したバトルスーツ。

 

 

『マイティマイティアクション! エーックス!』

 

 

そして頭身が通常の物に戻っている。レベルワンの大きな顔は今は背中にあった。

電子音を背にし、穂乃果を横抱きにしながら街灯の上に立っていたのはエグゼイド・レベルツー。

 

 

「え、あ――ッ」

 

 

穂乃果は目を丸くしてエグゼイドを見ている。

 

 

「ぇ、ええええぇえぇえ!」

 

 

そして絶叫。体がフワリと浮き上がったかと思うと、『真上』に地面を見た。

エグゼイドが跳躍しながら空中で回転したのだ。そのまま華麗に着地を決めると、エグゼイドは穂乃果を地面に下ろす。

 

 

「あ、あ、あ」

 

 

アワアワと戸惑う穂乃果と、無言で頷くエグゼイド。

そしてエグゼイドは地面を蹴って再び跳躍。一気に広場に舞い戻ると、ソルティの前に着地する。

 

 

「くっ! レベルアップか! しょっぱい事をしてくれる!」

 

「………」

 

 

無言のエグゼイド、それは脳内で説明を聞いていたからだ。

 

 

【以上で、簡易的な説明を終わります】

 

「オーケー、なんとなくだけど理解できた」

 

【大丈夫ですか?】

 

「ああ。ゲームは得意なほうなんだ」『ガシャコンブレイカー!』

 

 

エグゼイドの前にハンマーが書かれたエネルギーパネルが出現。

それに触れると、AとBのボタンがついたハンマーがエグゼイドの手に。

 

 

「さあ、はじめようぜソルティ伯爵」『ゲィムスタァート!』

 

「!」

 

「ホッ!」

 

 

ポヨーンと軽快な音と共に飛び上がるエグゼイド。

しかし軽い効果音からは想像もつかない跳躍力があった。ソルティの頭上を飛び越え、エグゼイドは背後に回る。

だからこそ反射的にソルティはアームを背後に振るった。電撃の飛沫を撒き散らしながらアームはエグゼイドに命中するはずだった。

しかし捉えたのは『空』、背後には誰もいない。何もない。

 

 

「ホッホーゥ!」

 

 

一方空中では上昇中のエグゼイドが。ジャンプと言うのは上にいったらそのまま下に落ちるのが道理。

しかしエグゼイドの脚部、クイックファイトシューズによる機能。それは空中ジャンプが許されると言うことだ。

正確には足裏からワイヤーフレームが出現、そして一瞬でそこに実体が宿り、レンガブロックが形成される。

 

エグゼイドはゲームを――。もっと言えばアクションゲームをモチーフにした戦士だ。

アクションではおなじみの、ブロックを足場として空中を渡っていくのと同じである。エグゼイドはそのブロックを自分で生み出せるのだ。

ちなみに回数は三回まで。

 

 

「ピヤッヒュー!!」

 

 

両手を広げて空中を旋回、三回目のジャンプは地面ギリギリで行われたもの。

ソルティは着地の隙を狙おうとしていたが、エグゼイドはそれを読んでいた。

おもに対戦ゲームにおいては着地は狙われやすいというのがセオリーだ。

ゆえにその隙をどれだけ消せるかがゲーマーとしての腕が試されるところ。

エグゼイドはハンマーを持って跳躍、振るわれたソルティのアームを眼下に、カウンターの一撃を食らわせる。

 

 

「ぐあぁ!!」

 

 

ハンマー、ガシャコンブレイカーがソルティの肩を叩いた。

すると叩かれた部分に浮かび上がる【HIT!】のエフェクト。攻撃が命中したことを証明する機能であった。

 

 

「フッ!」

 

「チィイ!」

 

 

地面を転がるエグゼイドと、肩を押さえながら後退するソルティ。

次のアクションはすぐだった。エグゼイドはアリアドネを通して既に情報を得ている。

地面を蹴ってジャンプをすると、空中に浮かんでいたレンガブロックを叩く。すると跳ね上がるようにしてブロックからアイテムが出現。

なにやら絵が描かれたメダルのようなアイテムだった。

 

 

「アイテムゲット!」

 

 

エナジーアイテム。

エグゼイドのゲームエリアが広がった事でフィールドのいたるところにレンガブロックが置いてある。

その中にはエグゼイドを強化させるアイテムが入っており、それを獲得する事で戦闘の幅が広がるというわけだ。

今、エグゼイドが獲得したのはスピードアップのメダル。文字通りエグゼイドの動きが高速化し、そのままソルティの周囲を飛びまわりながらハンマーを振り回す。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】

 

「ぐわぁぁあッ!!」

 

 

最後の一撃でソルティは放物線を描きながら飛んでいく。

それを遠くで見ていた穂乃果は、思わず喉を鳴らした。

 

 

「す、すごい……!」

 

 

夢を見ているのだろうか。

いや、それにしてはリアルだ。それを感じていたのはエグゼイドも同じ。

着地すると、左拳を開いては閉じたり開いては閉じたり。

 

 

「すごい力だな……!」

 

【まだ終わりません。次はライダーアーツを使いましょう】

 

 

ライダーアーツ。簡単に言うとゲームにおける『技』である。

 

 

【ライダーアーツは胸部装甲に存在するエクスコントローラーによって発動します。まずはエクスコントローラー内にあるゲージに注目してください】

 

「二本ゲージがある」

 

 

エグゼイドの胸部装甲はスーパーファミコンのコントローラーを模していた。

そこには使う武器のアイコンや、話に出た謎のゲージも二本存在している。

 

 

【上のゲージはライダーゲージ。あなたのHPを現しています。攻撃を受ける事で減少し、ゼロになると強制変身解除、以後は12時間変身ができません】

 

 

確かにソルティから攻撃を受けたからか、上のゲージが減っている。

 

 

【そしてライダーアーツ発動には下のゲージ、テンションゲージを使用します】

 

「下のゲージははじめゼロだった気がする。でも今は70だ」

 

【はい。テンションゲージは攻撃を与える、もしくは受ける事で上昇していきます。そして文字通りテンションが高ければ上昇率も増えますので、覚えておいてください】

 

「ネガティブになるなって事か」

 

【その通りです。そしてエクスコントローラーは脳内信号によるレバー操作が可能となっていますので、それとガシャコンブレイカーを組み合わせる事で多彩なライダーアーツを繰り出す事ができます】

 

 

意識を集中させるエグゼイド。するとレバーを掴んでいる感覚に陥った。

 

 

【エクスレバーを掴みましたね。エム様、テンキー操作はご存知ですか?】

 

「もちろん。ゲーマーの常識だぜ」

 

 

テンキー説明は主に格闘ゲームにおける用語だ。

パソコンにおけるテンキーの5をレバーに見立て、8が上、2が下、4が左、6が右と言う風にレバー操作を説明する。

 

 

【それでは脳内にあるエクスレバーを2(下)へ入れてガシャコンブレイカーのBボタンを押してください】

 

 

丁度その時、うめき声を上げながらソルティが立ち上がるのが見えた。

すぐさまエグゼイドは言われた通り脳内でレバー操作をし、現実ではハンマーについているボタンを押す。

すると脳内に広がるライダーアーツの説明、同時に発光するハンマー。

 

 

「オラァア!」

 

 

エグゼイドはハンマーで地面を叩く。

すると僅かなタイムラグの後、ソルティの頭上からレンガブロックが落ちてきた。

 

 

「んごぉお!!」

 

 

ブロックはソルティの脳天に直撃して粉砕。それだけの衝撃と痛みがソルティに襲い掛かり、彼はその場にフラフラと怯み、立ち尽くす。

ご丁寧にヒヨコのエフェクトまでつけて。

 

 

「ピヨッた!」

 

【アーツ。ドリフターブロックです。相手の頭上にブロックを落とし、確率で気絶状態にします】

 

 

アーツは物によってはチャージする事ができ、性能も変化するらしい。

丁度ソルティが気絶しているので、エグゼイドは先程の技をレベル2にして再び発動した。

すると先程は一つのブロックが落ちてきたのに対し、今度はブロックを並べて大きな壁にしたものがソルティの背後に落ちる。

 

 

「でかいッ! けど、外した……ッ!?」

 

【いえ。仕様です】

 

「?」

 

【ドリフターブロック・レベル2は壁を落とします。自分の前に落とせば盾に、相手の背後に落とせば『壁』として機能させる事ができます】

 

「壁……、そうか!」

 

【お察しいただき、助かります】

 

 

するとソルティの叫び声。気絶状態から回復したのか、アームを光らせエグゼイドの方へと走っていく。

 

 

「おのれぇえッ! あまり調子にのるなよガキが!!」

 

「くっ! やるか!」

 

 

構えるエグゼイドだが、そこで声が割り入る。

 

 

【エム様、続いてガシャコンブレイカーのAボタンを押してください】

 

「え? あ、ああ! 分かった!」『ジャ・キーン!』

 

 

ギミックが展開し、ハンマーから刃が出現する。

あっと言う間にガシャコンブレイカーはハンマーから剣へ姿を変える。

 

 

【Aボタンを押す事で各モードに切り替えができます。ちなみに初期案ではハンマーモードに戻す際はAボタンではなく刃の根元にある白いボタンを使用することになっていたのですが、変形に二つボタンを使うのは分かりにくいかもしれないという事で、Aボタンに統一された裏話があります】

 

「いやッ! 裏話はありがたいけど、もう敵が目の前に!!」

 

【攻撃が当たる寸前に8Bです】

 

「ッ!」

 

 

さすがの反射神経なのか、エグゼイドはすぐに指示の通りに行動する。

そして剣を構えて飛び上がり様にソルティを切りつけた。桃色の残光と共にソルティも悲鳴をあげて空中へ打ち上げられる。

 

 

「ぐあぁ! なぜだ! 私のアームは届いたはずなのに!」

 

【アーツ、ウイニングロードは上空に飛び上がりながら相手を切り裂く技です。発生後、僅かではありますが無敵フレームが有ります。ぜひ有効活用してください】

 

「なるほど、昇龍拳か!」

 

 

ソルティの攻撃は確かにエグゼイドに届いていた。

しかしそのときには既にエグゼイドは『無敵』だったのだ。いかなる攻撃にも怯まず、ダメージすら受けない。

無敵フレームの概念はゲームではよくある話だ。あえて敵に隙を見せてカウンターを狙うのか、不利な状況を切り返すことに狙うのもよし。

まあその使い方はプレイヤーによって十人十色である。

 

 

【ちなみにこのアーツ使用中は空中ジャンプができません。つまり外せば無防備で地面に着地していく事になりますので、お気をつけて】

 

 

そして今、飛び上がりながら剣を振るったエグゼイドと、その刃に打ち上げられたソルティ。

エグゼイドの眼前に怯み、隙だらけとなったソルティがいるのだ。

そうだ、まだ攻撃は終わっていない。

 

 

【ウイニングロード命中後はキックによる派生攻撃があります。どこに蹴り飛ばすかは――】

 

「分かってるさ! 正面だろッ!」

 

「ぐあああぁあ!」【HIT!】

 

 

エグゼイドは空中にてソルティを思い切り蹴り飛ばす。

悲鳴をあげ、手足をバタつかせながら後方に吹き飛んでいくソルティ。

その果てには先程エグゼイドがアーツ・ドリフターブロックにて召喚したレンガブロックの壁があった。

当然壁に叩きつけられるソルティ。するとその体が壁に弾かれ、バウンド、地面に着地したエグゼイドの方へと舞い戻っていく。

そう、アクションや格闘ゲームにおいて『壁』とは追撃を行うためのチャンスパーツ。エグゼイドは斜め上から落ちてくるソルティを、切り上げによって再び空へ打ち上げる。

 

 

「うぉおッ!?」【HIT!】

 

「追撃決めるぜ!」

 

【指示します。まずは跳躍で距離を詰めてください】

 

 

エグゼイドは言われたとおり飛び上がり、ソルティの前に位置を取る。

 

 

【蹴り、切り上げ】「フッ! ハッ!」

 

 

指示通りに蹴りでまずソルティを怯ませてから切り上げでさらに上に打ち上げる。

 

 

「グッ! ガァア!!」【HIT!】【HIT!】

 

 

HITエフェクトは紛れもないダメージが通っていると言う証し。

ソルティからは苦痛の声と火花が飛び散り、エグゼイドのテンションゲージは上昇していく。

 

 

【ジャンプキャンセルを行ってください。そしてもう一度、蹴り、切り上げ】

 

「ホッ! オラッ! ハァア!」

 

「グアアァア! ゴォォ!」【HIT!】【HIT!】

 

 

ブロックを出現させ、エグゼイドは上昇するソルティにピッタリと張り付いていく。

 

 

【8Bによるライダーアーツを発動してください】

 

「ウィニングロードッ!」

 

「ぎゃあああああ!!」【HIT!】

 

 

隠れていた穂乃果は、首が痛くなるほど顔を上げなければエグゼイド達を確認できなかった。

とは言え藍色の空にショッキングピンクはよく映える。エグゼイドは踵落としでソルティの腹部を撃つと、思い切り地面に叩き付けた。

 

 

「ゴブォォオオォオオオ!!」【GREAT!】

 

 

土片を撒き散らしながら地面にめり込んでいくソルティ。

一方で華麗に着地を決めるエグゼイド。レベルツーへ変身してから集中力が上がり、感覚が研ぎ澄まされたせいか、相手の攻撃が手に取るように分かった。

もはや一方的なワンサイドゲーム。そろそろフィニッシュと行こうじゃないか。

 

 

【ライダーアーツはテンションゲージを消費して発動しますが、先程も説明したとおり攻撃を当てる事で上昇します】

 

「つまり攻めを継続できれば積極的に撃っていってもすぐに回復するってわけか」

 

【はい。現に今、あなたのゲージは80になっています】

 

「回復したわけだ!」

 

【ええ。そして最後に必殺技、クリティカルストライクについて説明します】

 

 

必殺技はテンションゲージを50消費して発動される大技。

 

 

【まずはガシャットを抜いてください】

 

「ああ。分かった」『ガッシューン……!』

 

 

マイティアクションXのガシャットを引き抜くエグゼイド。

そしてそれを、ドライバー横にあるキメワザスロットホルダー上部にあるスロットへ装填する。

 

 

『ガシャット!』

 

【ボタンを押してください】

 

「ああ!」『キメワザ!』

 

 

毒々しいほどカラフルなエネルギーがエグゼイドの右脚に集中していく。

その状態で軽いストレッチを行いながら、エグゼイドは丁度立ち上がったソルティを睨む。

 

 

「おのれぇええええ!!」

 

 

アームに最大電力を宿して走ってくるソルティ。

一方でエグゼイドはもう一度ホルダーにあるボタンを強く押す。

 

 

『マイティ! クリティカルストライク!』【MIGHTY・CRITICAL STRIKE!!】

 

 

空中に浮かび上がる文字のエフェクト。

一方で右脚の輝きが最大になる。エグゼイドは目を光らせ、一気に地面を蹴った。

そしてソルティに距離を詰める中、右脚を突き出して飛び蹴りを仕掛ける。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「グアァアッ!」【HIT!】

 

 

まずは右足が直撃。

すると乱舞が始まった。左足もソルティに命中させ、その反動で右へ旋回。

そのまま再び左に旋回する事で右脚での回し蹴りを命中させる。

お次は空中で制止しながらグルリと体を回転させ、縦方向に足を振るう。

そうやって右足の踵をソルティの脳天に叩き込んだ後、今度は踏みつけるようにして右足でソルティの胴体を蹴りつける。

その反動でバク宙を行うのだが、その際に振り上げた足でサマーソルトキックを発動。

華麗に一回転を決めると左足でソルティを蹴り、動きを止めたところで、思い切り右足でソルティを蹴り飛ばした。

 

 

「グォオオオオオオオオオ!?」【GREAT!】

 

 

地面を滑りながらエグゼイドから吹き飛んでいくソルティ。

 

 

『カイシンのイッパツ!!』

 

 

クリティカルヒットしたのか、蹴られたところが激しい光を放ち、ソルティの全身から火花が散っていく。

ヨロヨロと前に進むが、ダメージが高すぎるのか、途中で膝を折り、ソルティは地面に崩れ落ちた。

 

 

「わ、私が負ける! そ、そんな! そんな馬鹿なァアアア!!」

 

 

そして天に向かって手を伸ばし、そのままうつ伏せに倒れる。

すると大爆発。激しい爆炎が巻き起こり、何かが砕ける音が聞こえた。

 

 

【GAME CLEAR!】

 

 

軽快な音が鳴り響いた。

しかしヒヤリとするエグゼイド。

 

 

「ば、爆発した。大丈夫なのか!」

 

【ええ。それより高坂さんは?】

 

「ッ、そうだ、穂乃果ちゃん!」

 

 

エグゼイドが背後を振り返ると、穂乃果が地面に倒れているのが見えた。

急いで跳躍で駆けつけると、どうやら気絶しているらしい事が分かる。

襲われていたのは確かだが、特に目立った傷や怪我もない。つまりエグゼイドは間に合ったようだ。

 

 

【安心して気絶したのでしょう。呼吸もしていますし、顔色も良い】

 

「そっか。良かった……!」

 

 

とまあ、ここで終われれば新しいヒーローものの作品が始まっていただろう。

しかしなかなか現実とは奇妙なものなのだ。エグゼイドが安堵した、次の瞬間だった、広場から巻き起こる爆煙のなかで『何者』かがムクリと立ち上がった。

 

 

「!?」

 

 

先程ソルティ伯爵が爆散した場所、そこに見知らぬ青年が立っていた。

青年はそのまま小走りに広場を抜けてエグゼイドたちの前にやって来る。

 

 

「な、な、な!」

 

 

なんだ? まだやるのか? エグゼイドは反射的に穂乃果の前に立って拳を握り締める。

そもそもやってきた青年は誰なのかと言う話である。すると直後、その青年がエグゼイドに向けて頭を下げてきた。

 

 

「お疲れ様でしたー!」

 

「………」

 

 

は?

 

 

「いやーッ、演技上手いですね! 僕劇団員やってるんですけど、鬼気迫るシーンは参考になりました」

 

「え? え……? え!?」

 

「よかったらウチの劇団見学に来ませんか? あ、でも確か学生さんですよね。じゃあ難しいかー!」

 

「いやッ、あの……ッ! えぇッ!?」

 

「また次があったらよろしくお願いしますね!」

 

「いや、だからあの! これって一体――」

 

 

するとガサガサと音。エグゼイドが周囲を見ると、次々に現われる大人たち。

数は三人。大きなカメラを持ったものと、照明を持った人間、さらにマイクを持った人間も見える。

そしてまた大人。なんだか良く分からない、偉そうな人間やらが姿を見せる。

 

 

「え? え!? えぇえッ!?」

 

 

なんだこれは、一体どういう状況なのか。

混乱して立ち尽くすエグゼイドと、そんな彼を無視するように進められていく会話。

 

 

「はいお疲れ様でしたー。報酬は振り込んでおくので、今日はもう大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。あ、あの交通費は……」

 

「あぁ、ごめんなさい! 交通費は今手渡しになるんですけどいいですか?」

 

「ああもう全然それで大丈夫です」

 

 

なにがどうなって、混乱しすぎて頭がおかしくなりそうだ。

そんなエグゼイドの耳に、拍手の音が聞こえてきた。

 

 

「!」

 

 

音がした方向を見ると、そこにはまたも知らない大人。

スーツ姿にメガネを掛けた、クールビューティの印象を受ける女性だった。

 

 

「お会いできて光栄ですわ。石神エム様」

 

「ッ、あなたは……!」

 

 

姿は知らない。だが声は知っていた。

間違いない、通信機能アリアドネによって今の今までエグゼイドに指示を送っていオペレーターの声だった。

 

 

我李奈(がりな)と申します」

 

 

会釈を行う我李奈。

しかし拍手を行ったのは彼女ではない。我李奈が今現在持っているタブレットの中に映っていた男性であった。

 

 

『エグゼドライバーはゲームが上手い人間が使用すると性能がより引き出されてね』

 

「……ッ」

 

『やはり僕の見込んだとおりの結果を出してくれたよ、キミは』

 

 

糸目なのか、それとも常に笑っているのか。

タブレットのなかにいた男は仮面のような笑みを浮かべたまま、エムの方へ手を伸ばす。

 

 

『ぜひ一度お会いしたい。これから予定は?』

 

「だ、大丈夫ですけど……」

 

 

訳も分からぬまま、エグゼイドは答えてしまった。

 

 

「まずは変身を解除しましょうか。エム様、レバーを戻し、ガシャットを抜いてください」

 

「え? あ! あぁ……」『ガッチョーン』『ガッシューン……!』

 

 

エグゼイドからエムに戻る。

そこでエムは気づいた。先程ソルティがめり込んでいた地面がすっかり元通りになっている。

そしてあれだけ周囲に浮かんでいたブロックは、一瞬で消え去っていた。

まるで最初から無かったように。

 

 

「………」

 

 

そして十五分後。石神エムは高そうなソファに座っていた。

音乃木坂から歩いて五分も掛かるか掛からないかと言うところにそのビル、アポロン本社は存在していた。

エムがいるのはその社長室。そこでエムは先程タブレットの中にいた男と握手を行うこととなる。

 

 

「はじめまして、社長の雷山(らいざん)クロトです」

 

「い、石神エムです」

 

「よろしく。我李奈は私の秘書でね」

 

 

部屋の隅に立っていた我李奈はお辞儀を行い、そのまま社長室を出て行った。

これで部屋の中にはエムとクロトの二人だけ。

緊張から思わず喉が鳴る。しかし怯んではいけない、エムは大きく首を振って社長に今までのことの詳細を問う。

すると返ってきた言葉。エムは思わず立ち上がり、叫んだ。

 

 

「撮影してたぁあ!?」

 

「ああ。本来であればキミには事情を説明するべきだったんだが、その前にヴィラン役が動いてしまってね」

 

 

タブレットを操作するクロト。すると本当に穂乃果が襲われてからソルティ撃破までの様子がしっかりと撮影されていた。

それも高画質のカメラで、カメラワークも計算されている。さらに高性能でもあるのか、怯えながら走る穂乃果の表情アップや、不安そうにエグゼイドとの戦いを見守る穂乃果のアップも撮影されていた。なによりエグゼイドを抱きしめ、ソルティに立ち向かう様までバッチリシッカリガッチリである。

 

 

「つ、つまり、結局ドッキリでしたってオチ!?」

 

「まあそうなるね。簡単に言ってしまえば」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 

脱力したようにへたり込むエム。

しかしふと、テーブルにあるエグゼドライバーが目についた。

 

 

「………」

 

 

ドッキリでした。

はい、終わり。

 

 

「――なにが。どこまで?」

 

「フッ、そうだね。これはただのドッキリじゃない」

 

 

クロトは立ち上がるとリモコンを手にし、テレビの電源を入れる。

壁一面に広がる巨大なモニタのなかに映し出されたのは穂乃果の笑顔。

画面が切り替わる。そこには踊っているミューズの姿があった。

 

 

「我李奈は数日前からミューズのマネージャー役になってもらっている」

 

 

もちろんスクールアイドルは正式なマネージャーを雇わない事が条件になっている。

ゆえに我李奈はあくまでも『ごっこ』とも呼べるほどの事しかしていない。

せいぜい学校外にライブ会場として使えそうなところがあれば使用許可を交渉するためのアポを取るなど、サポートもサポートだ。

 

 

「どうしてそんな事をしていると思う?」

 

「い、いえ。おれにはさっぱりです」

 

「彼女達の行動を把握するためだよ」

 

「ッ?」

 

「エムくん。きっとキミも私と同じ考えを持っているんじゃないかなぁ?」

 

 

クロトは笑みを浮かべたまま、モニタを強く指差した。

 

 

「ミューズの名の由来はご存知かな?」

 

「え? あ……、確か女神様から取ったとか」

 

「そう。ヘーシオドスによる9姉妹、文芸を司る女神達から取った名だ」

 

 

リモコンを操作するクロト。

 

 

「美声を意味するカリオペー」

 

 

画面が切り替わり、メンバーの一人である園田海未を映した。

真面目で可憐、努力家で礼儀が正しい。かとも思えば昔はポエムを作るのが好きだったり、女の子らしい一面がファンの心を掴んでいる。歌の作詞は彼女が担当している。

 

 

「讃美する女を意味するクレイオー」

 

 

画面が切り替わり、南ことりが映し出される。

ほんわかした性格で優しいことりに癒しを求めるファンは多い。

さらに秋葉原のメイド喫茶でバイトしていた頃には、伝説のメイドとも呼ばれたほどに人気は高い。ちなみにミューズの衣装担当である。

 

 

「喜ばしい女を意味するエウテルペー」

 

 

画面が切り替わり星空凛が映し出される。

本人は少々コンプレックスに感じているようだが、ボーイッシュな面に心を惹かれるものは多い。

ゆえに女性ファンは多く、かとも思えば時折見せる『少女』の部分のギャップに男性ファンの心も掴む。

 

 

「豊かさを意味するタレイア」

 

 

画面が切り替わり、東條(とうじょう)(のぞみ)が映った。

三年生で占いやパワースポットを勉強しており、的中率が高いため、女性ファンの中には彼女の占って欲しいと言うものが多い。

さらにもう一つ特徴として文字通り『豊か』であるため、そこに魅了される男性ファンも多いとか。

 

 

「女性歌手を意味するメルポメネー」

 

 

西木野真姫が画面に映る。

歌唱力の高さはもちろん、ツリ目がチャームポイントで、皮肉屋でツンデレながらも、周りからはよくいじられる所にファンは惹かれているとか。

さらに噂ではサンタさんを信じている純粋さもあるらしい。

 

 

「踊りの楽しみを意味するテルプシコラー」

 

 

画面に映るのは三年生、絢瀬(あやせ)絵里(えり)。ロシア人の祖母を持つクォーターで、元生徒会長だ。

美しい目と綺麗な髪色、性格も真面目で気が強いところが女性人気を獲得し、最も女性人気が高い。

元はバレエ経験者であり、振り付けを担当している。

 

 

「愛らしい女を意味するエラトー」

 

 

画面いっぱいに、満面の笑顔が映し出された。

それを行っていたのは三年生、矢澤(やざわ)にこ。

ミューズが所属しているアイドル研究部の部長であり、小柄で黒髪のツインテールと言う特定のファンを撃ち抜きそうな容姿である。

あざとさもしっかりと理解しており、それが空回りする事がほとんどだが……。

 

 

「多くの讃歌を意味するポリュムニアー」

 

 

小泉花陽は気が弱く、おどおどとした性格だが、それはミューズにとっては武器となる要因だ。

歌やダンスをしっかりとこなせばギャップとなり、『弱さ』は男性ファンの庇護欲を刺激してくれる。

 

 

「そして天上の女を意味するウーラニアー」

 

 

穂乃果が映った。

ミューズのリーダー。纏めるのではなく、穂乃果の行動はいつも大胆だ。

時にそれはミューズにとって不利になる事もあるが、そのピンチを乗り越える事でメンバーの絆や能力が上がっていく。

 

 

「素晴らしいチームだとは思わないか? まさに女神だ!」

 

「はぁ……」

 

「彼女達には圧倒的な才能がある。私は確信しているよ、彼女達はやがてラブライブの頂点に立ち、絶対王者と呼ばれたアライズを倒すだろう」

 

「ッ」

 

 

確かに、エムと同じ考えであった。

アライズはもはや神格化されている存在だ。熱狂的なファン、つまりは信者の数は多く、高校卒業後はプロになる噂が確定事項とされている。

そもそもスクールアイドルの中にもアライズのファンは多く、ミューズも花陽やにこはその一人である。

スクールアイドルの中ではアライズを倒すと言うことはある種タブーとされているほどの言葉であるが――、クロトはそれをなんなく言い放った。

 

 

「いや、それだけじゃない。ミューズは確実にプロでも頂点を取れる実力があるよ」

 

「あはは、まさか。それはさすがに……」

 

「間違いないね。歌唱力、ダンス、美貌、全て完璧だ」

 

 

熱が入るクロト。

彼は立ち上がり、溢れるエネルギーを発散させるために部屋の中をグルグルと歩き回る。

 

 

「しかし悲しいかな。この世界は才能だけじゃやっていけないんだ」

 

「はぁ、そういう物ですか……」

 

「そういうものさ! そもそもね、今日日アイドル界は一種のブームを迎えている」

 

 

メディアで大々的に取り上げられるグループでも相当の数がいる。

さらにそれだけじゃなく、地下アイドルや声優で構成されたグループ。中にはドラマやアニメのスピンオフで生まれるグループだって今は珍しくない。

 

 

「中にはAV女優で結成されたアイドルもいる。凄い時代だね!」

 

「え、ええ……。まあ」

 

「しかしだ。だからこそ私は思うのさ。時折、アイドルとはなんなのかと」

 

「たしかに、昔とは考え方が違うかもしれませんね」

 

「その通りさ。歌は口パク。ダンスは間違えても編集で繋ぎ、なにより今はブスでもアイドルになれる時代だ」

 

「………」

 

 

少し言いすぎではないだろうかと思うものの、たしかに本音が溢れるSNSではそう言った意見はチラホラと見かけたことはある。

正直エムも、幼馴染と言う贔屓目があるからかは知らないが、テレビに出ているアイドルを見たとき、穂乃果の方が可愛いと思ったときもある。

 

 

「そもそもプロアイドルの数が多いのさ。100人組のアイドルの派生グループまで出るほどだしね」

 

「それは、そうですね」

 

 

会いに行けるアイドル。一緒に旅行ができるアイドル。触れ合えるアイドル。

昔は孤高の存在の象徴でもあったアイドルも、今は随分とライトなグループが増えてきているように感じる。

スクールアイドルなんてその象徴のようなものだし。

とはいえそれは悪い事ではない。アイドルとは女の子の夢の代表格。

自分でも『なれるかもしれない』と思わせてくれる今のアイドル業界は、むしろ昔よりもいいのではないだろうか?

 

 

「そうだね。そして忘れてはいけないのは、そんな者達も確かにアイドルだと言うことだ」

 

 

しっかりとアイドルと言う称号を手に入れている。

クロトはアイドル業界は巨大なラブライブだと説いた。

人気があれば上にいき、なければ消えていく。当たり前の事。

その中でクロトはミューズに『王』の資格を視た。ゆえに過剰なるまでの応援を行うのである。

 

 

「アポロンTVの枠を作ったよ。ミューズを応援するための30分番組だ」

 

 

密着や練習風景を映し、さらにはミューズのライブも撮影する。

 

 

「今のうちに彼女達を独占できれば、経済的な影響や視聴率はとてつもないものになるだろう」

 

 

その前にはまずミューズにはラブライブを優勝してもらわなければ困ると。

 

 

「そ、それで、あの撮影を?」

 

「まあそういう事だね。エグゼドライバー。キミも知っていると思うが、ガシャット発動時に周囲を電脳空間に変化させる。優秀なアイテムだ」

 

 

ゲームエリアでいくら物を壊そうが、エリアが消えれば現実世界に影響は出ない。

 

 

「最近ヘッドギアを被って仮想世界を体験するゲーム機が出ただろう? あれの進化版だよ」

 

「そ、そんな凄いもの……。信じられない」

 

「エム君。キミ達の知らない所で科学は常に進歩している。キミ達一般人のもとに届くのは、コストを抑えたりとはるか先になるだけでね」

 

 

確かにエムには今もエグゼイドに変わった時の感覚が残っている。

ましてや目の前にはそのエグゼドライバーとガシャットが。信じられない話だが、今はもう疑うこともできなかった。

 

 

「ただ最高にして最強の技術を詰め込んだからね。かなり高かったよ。四つしか作れなかった」

 

「……!」

 

 

四つしか。つまりそれはエムのほかに同じような『戦士』が三人いると言うことなのか?

 

 

「でもなんの為にあんな――」

 

「エンターテイメントだよ。老若男女を虜にしてこそ真のアイドルだ」

 

 

アイドルは女の子の夢だ。一方でアイテムで変身する謎の戦士、男の子が好きそうなものではないか。

それを中心にしてそれぞれの年齢層に派生させていく。子供が注目すれば親が注目するし、今日日話題はSNSですぐに拡散してくれる。

 

 

「エグゼイドのカラーリングは見たかい? 派手だろう? 注目させるにはうってつけだ」

 

「は、はぁ」

 

 

戸惑っていると、クロトは唐突に話を変えてきた。

それはエムが何故ココにいるのか、何故エグゼイドになるのか、これから何が起こるのかに繋がる話となる。

 

 

「エムくんキミは女性が一番輝く瞬間を知っているか?」

 

「え?」

 

「決まっているさ。それは男に媚びている時だよ」

 

 

なにかを愛で、猫撫で声を出している時。

誰かの気を引こうと上目遣いをしているとき。

 

 

「あとはそうだな、顕著に現われるのはこういうのかな」

 

 

指を鳴らすクロト。モニタが切り替わり、制服姿の穂乃果が映る。

静止画だ。アイドルショップで手にいれた写真だろうか?

すると次の瞬間、画像が切り替わり、水着姿の穂乃果がモニタに映った。

 

 

「!」

 

 

思わず赤くなり目を逸らすエム。

露出の高い穂乃果を見る機会はなかなか無い。心臓の鼓動も早くなり、体が熱くなる。

その様子を見て、クロトはニヤリと笑みを深くする。

 

 

「露出は分かりやすい性の象徴だ。男達がそこに惹かれるのは本能のせい、決して恥ずべき事じゃあないさ」

 

「おれは別に……!」

 

「私は圧倒的に後者の方が好きだけどね。そしてそれは決してマイノリティな意見ではないと自負しているよ」

 

 

困ったように視線を泳がせるエム。

現にエムもまたどちらの穂乃果にドキドキしたのかは明白だったから。

 

 

「我々男が本当に望んでいるのは自分よりも立場が低く、自らの欲望を満たしてくれる存在さ。支え、引き立たせてくれる女性こそが本能が欲するものだ」

 

「え……?」

 

「断言しようか? 女性の魅力はどれだけ男の欲求を満たせる道具になるかで決まる」

 

「ッ、それはさすがに言いすぎじゃ」

 

「もちろん。今のご時勢、こんな事を大衆の面前で言えば化石とされた男尊女卑思考として批難されるだろうけれどね」

 

 

それはそうだ。事実エムは少しムッとしていた。まるで穂乃果がそうであれと言われているみたいではないか。

 

 

「しかし真実だ」

 

 

尤も、クロトはそう言っているのだが。

 

 

「アイドルとは偶像と言う意味だ。しかし切り離してみればアイとドール。つまり簡単に言うと『僕の人形』とも取れる。言葉は面白いね」

 

「人形……、ですか」

 

「そうさ。欲望のはけ口である人形を求めているのさ皆。だからこそ人は偶像である筈のアイドルに恋をするんだ」

 

 

アイドルに彼氏や彼女ができればどうなる?

決まっている、たいていは炎上だ。なぜか? それはファンの多くがアイドルが自分のお人形だと思っているからだ。恋人とは当然独占できる存在の事を指す、自分の物が他の人間に取られるのは怖いから、辛いから、苛立つから。

 

 

「SNSじゃ良い人間を演じようとして応援してあげるのがファンだよ、なーんて事を言っているがきっと裏では面白く思ってないに決まってる。もしくは既に恋人がいるか孤独ではないかの二つさ」

 

 

もちろん中には本当に純粋な気持ちで応援している者。

その人の『性』の部分ではなく、人間性に惹かれて応援している者(主に同性のファンとでも言えばいいか)。そんな連中はいるはずだ。むしろ少なくないはずだ。

しかしそれでもマイノリティである筈だとクロトは思う。

 

 

「アイドルファンの本質はそのアイドルと恋仲になる事を夢見る――。そんなお花畑な連中なのさ」

 

「そ、そんな言い方……!」

 

「大丈夫。私はそれを悪い事とは言わない。だから少しでもその欲望に近づける仮想体験を提供する」

 

 

ミューズ達をもっと知ると言うこと。お人形に近づけるという事。

ミューズは全員女性だ。だからクロトは男性ファンを特に大事にする。

 

 

「それを、アポロンTVは皆様にお届けするのさ」

 

 

そのためのエグゼドライバー。

 

 

「男が女性に対して優越感を感じるためには庇護欲は大事だと思っていてね」

 

 

ただの密着では魅力は引き出せない。

まずは女性を落とす事からはじめる。そうすれば男性は自分よりも下の女性に対して守ってあげたいという欲望を刺激される。

 

 

「だからこそまずは女神達の表情を恐怖で歪め、涙ぐませる」

 

 

その相手は人間ではいけない。人間はリアルだ、リアルの存在はフィクションを現実へ近づけてさせてしまう。

そうすればヴィランに対する不快感が勝ってしまうのだ。人が人を襲う、ああそれはいけない、よろしくない。

ましてやここでもマジョリティとマイノリティだ。アイドルに熱中する人間は、きっと『襲われる側』のはずだから、既視感は排除しなければならない。

 

だから人間離れしたモンスターを悪役(ヴィラン)にすればいい。

そしてヴィランは怖すぎてはいけない、『俺』でも勝てそうだな。そう思わせるのが一番だ。

だからこそカラフルで少し可愛げがあるデザインがいい。

 

そしてアイドルを助け、可愛い笑顔を浮かばせ、ありがとうと赤面させるヒーローもまた人間ではいけない。

ココにもしも男性アイドルグループのメンバーを使おうものなら大炎上である。

かと言ってブ男ではより嫉妬が燃え上がる。だから人間ではいけない、ゆるキャラで、カラフルで、一見すればダサイ感じのキャラクターがいい。

 

 

「そうやって作り上げる仮想の現実。初回は大成功だ。君のおかげだよエムくん」

 

 

エグゼイドの活躍は想像以上だった。

人は恐怖に震える穂乃果を見れば安心し、情けなく頑張るエグゼイドを見て笑い、悪役に立ち向かう穂乃果の人間性に感心する。

そして子供達は悪役を格好良く倒すエグゼイドを見て沸き立ち、救われた穂乃果の安堵の表情に男達は庇護欲を駆り立てられる。

 

 

「エグゼイドはつまり、最高の引き立て役なのさ!」

 

 

クロトの興奮は最高潮となる。そしてまだ終わりではない。

これははじまりである。

 

 

「テイパーゲーム。キミはその参加者に選ばれた。おめでとう、エム。おめでとうエグゼイド!」

 

「テイパーゲーム……!?」

 

「そう。私はもう一つアイドルには大切な要素があると思っている」

 

 

最近のアイドルはグループが多い。

そしてそれは信頼するべき仲間でもあり、なによりも最大級のライバル。

 

 

「私はある程度のメンバー内格差は絶対に必要だと思っている」

 

 

アイドルになろうと思う以上、ある程度の自己顕示欲やナルシズムは絶対に持ち合わせているはず。

それを刺激するのはメンバー同士のサバイバルゲームだ。一方が優遇されれば他のメンバーは負けてはいけないと奮起し、よりその魅力が引き立たせられるはず。

それは周り、つまりファンも同じだ。自分の推しメンバーが一番可愛いと自負する心が購買意欲や庇護欲――、独占欲を刺激させる。

 

それを上手く使ったのが総選挙システムだ。

自分の可愛い可愛いお人形さんを一番にするために、親ばかたちは金を湯水のように使う。

そしてそれだけ応援に熱が入れば、心はよりアイドルにのめりこんでいく。

 

 

「ゆえにヴィランを倒した者にはご褒美が与えられる」

 

 

クロトは画面を切り替える。

そこには最近テレビでもチラホラと見かける読者モデルのツイッターが。

 

 

『最近スクールアイドルにハマってまーす! 今ちゅーもくしてるのは音乃木坂の二年生かな☆』

 

「こ、これは……!」

 

「ビジネスさ。私達が金を渡して宣伝をお願いした」

 

 

クロトは宣伝を熱弁する。

特に芸能界では宣伝は絶大な力を発揮する。どんなクソみたいな商品も有名な人間が推薦すればいいものに変わるのだ。

なぜならばその時点でブランド力がつく、ファン達が群がる。

 

 

「これで彼女のSNSを見ているファンは音乃木坂のスクールアイドル、ミューズの二年生に注目するのさ」

 

「こ、こんな面倒な事しなくても直接ミューズを応援してくれればいいんじゃ……」

 

「金は便利だ。キミが持っているその便利不思議アイテムも金があれば作れる」

 

 

しかし、万能じゃない。

 

 

「金じゃ人の心をポンとは買えないんだ。もしも心を買える通貨があるとすれば、それは信仰心さ」

 

 

それにもしもそんな事をしたらミューズに肩入れしているとして処罰を受けるだろう。

最悪ミューズがラブライブ出場停止になってしまうかもしれない。

 

 

「私はただ、ミューズの事を呟いてくれと言っただけ。お金はお小遣いさ」

 

「そんな屁理屈――」

 

「通用するのがこの世の中さ」

 

 

なんて世界だ。エムは思わず汗が額に浮かぶのを感じた。

 

 

「……で、でも何で二年生だけ」

 

「キミが二年担当だからだよ、エグゼイド」

 

「ッ???」

 

「ドライバーの数は四つだが、ガシャットの数は四つじゃない」

 

 

ガシャットのみはヴィランの証し。

使えば誰もがたちまち悪役。誰がどの女神(ヒロイン)を狙うのかは分からない。そしてそれを止めるのは四人の引き立て役(ヒーロー)

 

 

「このファンタジーは、ミューズの女神達にいろんな表情を生み出してくれると信じているよ」

 

 

そして困ったヴィランを倒した者には担当女神が有利になるご褒美が。

これこそがクロトがコレよりはじめる『テイパーゲーム』の実態であった。

悪役にミューズメンバーを襲わせ、それをドライバー所有者に倒させる遊び。その一連の中に何も知らないミューズはいろんな顔を見せてくれるだろう。

そして人は、それに釣られていく。

 

 

協力(さんか)してくれるかなエムくん? エグゼイドとして」

 

「ッッ」

 

「もしも参加してくれないのならば今日のことは全て忘れますと言う書類を書いてもらう事になる。さあ、キミはドライバーを手にするのか、それともボールペンを手にするのか、どちらがいいのかな」

 

「ちょっと待ってください!」

 

「ん?」

 

「ソルティ戦でおれは確かにダメージを受けました。痛みを感じました!」

 

「擬似的なものさ。現にキミには傷一つないだろ」

 

「それはそうですがッ、痛かったのは本当です。だとすれば穂乃果ちゃんたちをそんな目には絶対に合わせられません!」

 

「……フム。確かに痛みに関しては私も最後まで悩んだところだ。だが痛みは危険信号を植え付け、人の防御機能に役立つこともある」

 

「ッ?」

 

「痛みを感じることでしか見えないモノもあると言う事さ」

 

 

痛みがあるから必死になれる。

痛みがあるから本気になれる。

クロトは痛みを完全に悪いものではないとした。

 

 

「それに何も本気の苦痛じゃないさ。考えても見ろ。君はソルティの放電攻撃を食らったが、痺れる、痛いくらいの感想だろ? もしも本当の電撃を食らえば苦痛はあんなものじゃないぞ」

 

「それは――」

 

「加えてこれを見てくれ」

 

 

モニタに映し出されたのは先月放送されたとあるバラエティ番組。

そこでは人気アイドルグループの少女達が『体を張っていた』。

 

ある者はザリガニを使って鼻を挟ませる。

 

ある者は電気がビリビリで絶叫。

 

ある者は顔面にクリーム砲を受けている。

 

ある者は大量のわざび寿司を食べて涎を垂らしながら号泣。

 

ある者はタイキックを受けて悶絶していた。

 

しかし聞こえるのは笑い声。

ワイプではアイドルのやる事じゃないと聞こえてくるものの、空気的に好意的な意見に思われた。

そしてクロトが調べた結果、視聴率やSNSでの意見も悪くな――、いや、むしろ良い方だったと。

 

 

「我が国では人が痛がるのを見て面白がるイカレた文化がある。しかしそれで人が沸くのなら、決して悪しきものではないはずだ」

 

 

些細な違いだろう。痛みや苦痛を感じるというところは同じだ。

あとはそれをどう見せるのか。どうフォローするのかだ。

 

 

「明るいリアクション芸にするのかはキミが決めてくれ。なんなら、今日みたいに女神をノーダメージにしてクリアするのでも構わない」

 

「!」

 

「それが他の人間にできるか? 他の人間に任せていいのか?」

 

 

クロトはエムの前に座り、頬杖を行う。

正直、怪しさはあった。なにかとても大きな陰謀を感じた。だが逆にそこから離れてしまえばもう二度と関われない気もする。

なにより、なぜか穂乃果の笑顔が浮かんだ。

だからエムは手を伸ばし、エグゼドライバーを掴み、引き寄せる。

 

 

「やってやる……ッ! おれがエグゼイドだ!」

 

「フッ! フフフ! それでいい。ミューズを愛するもの同士、仲良く彼女達を盛り上げようじゃないか」

 

 

テイパーゲーム。

ルールは簡単。ヴィランはミューズを狙う。戦士はミューズを守る。

ヴィランを倒した戦士が担当する学年にボーナスが入る。それだけ。

 

 

「注意事項が一つ」

 

「?」

 

「エグゼイドは顔を隠している。仮面を被っている。その意味が分かるか?」

 

 

つまり、マスクの戦士。

笑っているの? 怒っているの? 泣いているの? 分からない。それで良い。

 

 

「エム、キミがエグゼイドだと言うことは絶対にミューズに知られてはいけない」

 

 

もしも知られればその時点で適合者からは外される。

一応補助はある。まず変身時は適合者以外には声が変化しているように聞こえるボイスチェンジ機能。

うっかり名前を言ってしまっても適合者以外には変身時の名に聞こえるワードチェンジ機能。

しかし逆を言えばそれだけ。変身している所を見られればアウト、個人を特定できる情報を流せばアウト。

ライダーゲージがゼロとなり強制変身解除になってしまえばアウト。

 

 

「キミ達は引き立て役だ。それ以上でも以下でもない。舞台装置が自己主張などもってのほかだ」

 

「……ッ」

 

「それに、アイドルにとって一番NGな事はなんだ? さっきも言ったね」

 

「――わ、わかってます!」

 

 

いくら奇抜なデザインにしたとて、中に人がいると分かれば少女は夢を見てしまう。

もしも自分を守ってくれている人が幼馴染と分かれば少女はきっと夢を見る。

 

 

「それはいけない。影の戦士に徹してもらわなければ。ぜひミューズたちとの距離感には十分な注意を払ってくれたまえ」

 

 

少し声質が重いものに変わる。

 

 

「太陽に近づきすぎたイカロスは、翼が溶けて死んでしまったからね」

 

 

そろそろ話は終わりだ。

最後に、クロトは適合者達の呼び名を決めようと。

 

 

「ミューズを支援し、ラブライブを制する手伝いをする戦士。ふむ……」

 

 

ラブライブには好きなスクールアイドルを一位にしようと熱心なファンが多いと聞く。

ネットではそのファン達の事を『ラブライバー』と呼ぶとか。

 

 

「うん。決めた。仮面を被ったラブライバー」

 

 

クロトは指を鳴らし、直後、エムを指差す。

 

 

「キミは今日から、マスクドライバー・エグゼイドだ」

 

「――ッ」

 

「エグゼイドの名は究極を意味するエクストリームと、救助を意味するエイドから成っている。ぜひ、ミューズのメンバーに大いなる救済を与えてくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドライバーの数は四。なぜ二年担当を二人に?」

 

「私はミューズの中でも特に二年生に注目していてね」

 

 

エムが帰った後、入れ替わりで我李奈が社長室に入ってきた。

 

 

「それよりどうかな。マスクドライバーって言う名前は」

 

「いいと思いますわ」(……だっせぇ)

 

「うんうん、いいネーミングセンスだろ私は」

 

 

クロトは窓の外を見ながら相変わらず笑みを浮かべている。

巨大なテレビモニタにはアポロンTV公式サイト内にある『ミューズ総選挙』のページが映し出されていた。

9人のメンバーの人気ランキングがグラフ付きで表示されており、現在トップスリーは全員二年生である。そう、エムのおかげと言う事になる。

 

 

「アイドルは踊りが命だろう? そしてバックダンサー達も楽しく踊ってもらいたいものさ」

 

 

クロトは自分の掌を見て、三日月のような笑みを浮かべる。

 

 

「EXCITEしてきたねぇ。ククク……!」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

とある部屋。カタカタカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。

掲示板に書き込んでいるようだ。少し内容を見てみよう。

 

 

『アライズ踊り下手すぎww顔も可愛くねーしww』

 

『ミューズ地味すぎだろ……w』

 

『ミュータントガールズとかクソ過ぎワロンツェルww』

 

『やっぱハッピーフォー以外のスクールアイドルはカスだわww』

 

「……くッ! クハハ! ヒャハハハ!!」

 

 

髪の長い少年はゲラゲラと笑っていた。

テーブルの隅にはドライバーが。

 

 

「……♪」

 

 

一方、別の場所、別の家、別の部屋。

小柄な少年はベッドに寝転び音楽プレイヤーで何か曲を聴いている。

部屋を見てみればポスターがチラホラと。そのいずれもが星空凛が映っているものだった。音楽プレイヤーのモニタにあったサムネイルも、凛ではないか。

そしてベッドの下には、ドライバーがチラリと。

 

 

「ッ」

 

 

違う家、違う部屋。

真面目そうな少年はパソコンでネットニュースを確認している。

 

 

『ラブライバー過激化』『ミューターとミノタウロスについて』

 

 

少年は手元にあったミューズのライブ案内についてのプリントを手に取ると、直後ゴミ箱へ投げ捨てる。

 

 

「下らん」

 

 

その少年の先にあるもの、それはドライバーであった。

 

 

「起きてください穂乃果!」

 

「――ブぁ?」

 

 

一方、鼻ちょうちんを割って、穂乃果はムクリとベッドから体を起こした。

目の前にはムッとしている友人と、ニコニコしている友人が。

ここは穂乃果の家、そして穂乃果の部屋。

 

 

「あ、海未ちゃんだぁ。おはよぉ」

 

「おはようじゃありません! 貴方が呼んだんでしょう!?」

 

「えへへ、穂乃果ちゃんとっても気持ち良さそうに寝てたね!」

 

 

しばらく穂乃果はぼんやりと目の前にいる海未とことりを見ていた。

しかし意識が戻ってくると同時に目を見開き、穂乃果は反射的に立ち上がる。

 

 

「え? え!? わたしなんでココに!?」

 

「はい?」

 

「うん? なに言ってるの穂乃果ちゃん」

 

「うぇえ? だ、だだだってわたしさっきまで変なのに狙われて――!」

 

「はぁ……、まだ寝ぼけてるんですか? 私達が来たときにはもうぐっすりでしたよ」

 

「え? え! え!?」

 

 

首をかしげて呆ける穂乃果。

はて? 本当に夢だったのだろうか。だとしたらどこまで? 穂乃果はぼんやりと携帯を見つめる。

すると一件、メールが入っていた。エムからだ。

 

 

『本当に今日はありがとう穂乃果ちゃん。おれ、もう一度頑張ってみるよ!』

 

「あーッ、よかったぁ! こっちは夢じゃなかった!」

 

「わ!」

 

 

突然大声をあげるものだから、肩を震わせる海未とことり。

一方穂乃果はベッドの上に転がって、ニヤニヤしながら携帯を見つめていた。

 

 

「そっかぁ、そっかー! むふふふ!」

 

「嬉しそうだね穂乃果ちゃん。なにか良い事あったの?」

 

「うん! エムくんがね!」

 

 

事情を説明する穂乃果。

海未とことりも当然エムとは幼馴染の関係であり、今までの事情はなんとなく把握していた。

よって、エムが再び夢に向かって歩いた事には、素直に嬉しいと感じてくれたようだ。

 

 

「よかったですね石神くん」

 

「私達も負けられないね!」

 

「うん!」

 

 

ベッドの下を覗き込む穂乃果。

そこにはなにやら箱が見える。その箱の中にはいつか昔、エムから貰った誕生日プレゼントがあった。

 

 

「………」

 

 

ノスタルジーな思いが切なさを生み出す。

 

 

(覚えてるかなエムくん。あの約束)

 

 

穂乃果は頬を桜色に染めて、唇を少しだけ吊り上げた。

笑っているが、どこか寂しげな表情である。

 

 

「なんて、覚えてるわけないか……!」

 

 

そう、エムは一つだけ、過去の約束で一つだけ大事な事を忘れていた。

記憶がフラッシュバックする。ベンチで肩を並べ笑い合う、幼い日のエムと穂乃果。

 

 

『あ! わたしもあったよ! しょーらいのゆめ!』

 

『え? なになに? 教えてほしいな』

 

『あなたのお嫁さんになる!!』

 

『……あッ、ありがとう』

 

『あー! うれしそうじゃない!! やっぱり、わたしじゃイヤかな……!』

 

『そ、そんなことないよ! とっても嬉しいよ!』

 

『じゃあ、約束ね!』

 

 

小指を交し合う二人。

 

 

『絶対に忘れないでね! わたしも忘れないから!』

 

『うん! 約束だよ――』

 

 

エムは穂乃果に向き合い、誓いを立てる。

 

 

『ぼくが成長したら、絶対ほのかちゃんにこくはくするからね!』

 

『うん! 待ってる!』

 

『まっててね!』

 

『絶対に絶対だよ、そしたら、わたしお返事にエムくんがくれた――』

 

 

首を振る穂乃果。子供口約束だ、意味なんて無い。

 

 

「ところで、ほのかちゃん」

 

「なぁに?」

 

「どんな夢、見てたの?」

 

「うん! すっごいよ! なんかね、王子さまに助けられる夢見ちゃった!」

 

「王子様? そんな歳じゃないでしょう」

 

「えー、そうかなぁ、ふふふ!」

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

一方、エムは自室でジッと虚空を睨んでいた。

すると携帯が鳴る。エムが画面を見ると、穂乃果からのメッセージが入っていた。

 

 

『がんばれ! 応援してるよプロゲーマー! わたし達もラブライブ優勝目指して頑張るから! どっちが先に叶えられるか競争ね!』

 

 

可愛らしい絵文字が並ぶメールを見て、エムは気が抜けたように笑った。

しかしすぐにまた険しい表情に戻ると、テーブルの上においてあるエグゼドライバーを睨む。

 

 

「大丈夫……。おれならできるさ」

 

 

テイパーゲーム。そしてマスクドライバー。

まだ訳がわからない事が多いが、なんにせよ穂乃果たちに迷惑はかけられない。

ましてややって来るだろうヴィランから、なんとしてもミューズのメンバー守らねば。

 

 

「ノーダメージでクリアしてやるぜ……!」

 

 

 

 

【……See you Next game】

 

 

 




【次回予告】

次回、マスクドライバーエグゼイドは!


【二人目の適合者登場!】

「君の存在はナンセンスだ」「んなッ!!」

【テイパーゲームのジレンマとは――!】

「ヒーローごっこがしたいなら、今すぐショーの面接に行く事をオススメする」
「これはビジネスだ。ピエロも遊びじゃないんだよ」

【求められるファンとはなんなのか?】

『ラブライバーがいたぞ! 殺せ!!』
「ラブライバー狩りでお金を取られた事もあったよ!」
「キミは、ミノタウロスと言う単語を知っているか……?」


【次回 第2話・ズリエルの嘲笑】

………


上の次回予告はあくまでも未定でございます。
でもライダーの次回予告は嘘をつく。
ディケイドを見ていた人なら分かりますやろ?(´・ω・)

では次回もどうぞよろしくお願いします。
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