男達の咆哮が会場の熱気を上昇させていく。
興奮と熱気のボルテージがピークになった時、モニタには爆音が響いた。
『WIN』
会場に歓声が巻き起こる。
その中、筐体の前にいた少年は椅子から飛び上がりガッツポーズを決める。
「ッしゃァア! 来た来た来たァア!!」
盛り上がる中、司会の男性が頷きながら手を上げた。
「はい! じゃあそれではね、第三十五回ゲームシティ大会優勝者はエルさんとヨッシーさんのペアでーす!」
エムといったらエルらしい。良く分からないが。
ニックネームで呼ばれたエムは立ち上がり、ゲームセンターオリジナルの盾と、オリジナルグッズを貰う。
そしてチームを組んでいたヨッシーくんと握手。
「やったなヨッシー君!」
「う、うん、まあね!」(僕、逃げてただけだったけど……)
エムとヨッシー君は近くにあるゲームセンターで開かれたゲームの大会に出場、そして見事に優勝である。
小さな大会ではあるが、既にコアなファンからはエムは注目されており、この調子で実績を残していけば大きな一歩になるだろう。
マキシマムブースターに参加し、そこで優勝すればほぼ確実にプロになれると言う話である。ゆえにその参戦権は絶対に掴み取らなくては。
「おめでとうエムくん! ヨッシーくんも!」
「ありがとう穂乃果ちゃん!」
決勝も終わり、集まっていた人たちも散り散りになっていく。
そんな中で真っ先にエムに駆け寄ったの穂乃果だ。どうやら応援に来ていたらしい。
穂乃果の後ろからは同じく応援に駆けつけた海未とことりも顔を見せた。
「おめでとうございます二人とも。すごいですね、私には何が起こっているのかサッパリ分かりませんでしたが……」
「ばきゅーんって撃って、ずががーんってなってぇ、ぴりりーんって覚醒して終わったねっ」
穂乃果の励ましで過去の自分を振り切ったエム。
彼が行うゲームは二人で参加するものと一人で参加するモードがあり、エムはどちらのジャンルにも手を出している。
今日はチーム戦、ヨッシー君を味方につけて快勝と言うわけだ。
「大元帥(ランク)まで行ったカード残しておけば良かったのにね」
最高ランクまで到達したのはアーケード版で、残念ながらエムはその記録カードを無くすと言う失態を犯してしまった。
それに当時大会に出ていた時は恥ずかしいと言う理由で顔を隠していたので、今はほぼゼロからのスタートである。
「当時のエムはやばかったもんね。ウンコみたいな帽子被ってサングラスにマスクって完全にイカレてたし」
「へぇ、そうなんだ」(あれ、どこかでそんな人を見たことがあるような……)
「か、顔晒すの恥ずかしかったんだよ!」
さて、大会も優勝した。景品も貰った。優勝経歴もネットにアップされた。
これでもうやる事はやった。五人は帰ろうと出口を目指す。するとなにやら騒がしい声が。
見ると、ゲームセンターの入り口に人ごみができていた。まあ人ごみと言っても10人いるかどうかの小さなものだが。
「あ! いた!」
人ごみは女性を中心にして形成されている。
その中、一人の少女が指をさして声をあげた。
すると他の人達も笑顔を浮かべて一勢に走り出す。目指すはエムたちのところ。
「ははあ、これは出待ちってヤツだね大元帥」
「え? じゃあつまり、おれ達のファンって事か!」
「そうみたいだね。やれやれ、僕達はもう有名人か」
「ふ、フフフ……! なんだよ、まいったな」
実力者は辛いね。いいじゃないか、応援してくれる皆様のおかげで勝てたんだから。
仕方ないなぁ、写真は一枚までにしてもらおうか。あ、見てよ大元帥、あの娘ぜったいに僕に惚れてるね。つ、付き合ってって言われたどうしようか。
などと小声で呟きながらエムとヨッシーくんはポケットに手を入れ、少し遠い目をしながらゆっくりと歩いていく。
見てみぃ、これが王者の凱旋やで。目の前から迫る笑顔の女子高生や女子中学生たち、ときどき男子。
やれやれ、まあ少しはファンサービスをしてあげようか。エム達は頷き、立ち止まる。
「サインは順番に――」
「どいてくださーい!」
「アッーーーーーー!!!!!!!!」
人々はエムとヨッシー君を弾き飛ばすとそのまま後方へ進んでいく。
きりもみ状に回転しながら地面に叩きつけられたエムたち。
なにごとだ? すぐにギャラリー達の背を目で追うと、彼女達は入り口から出てきたばかりの穂乃果たちに群がっていた。
「ミューズの高坂さんですよね! わたしファンなんです!!」
「え? え!? あ、ありがとう!」
「海未先輩! 私、音乃木坂の一年生です!」
「そ、そうなんですか……!」
「ことり様! あたし大ファンです! 高校は絶対音乃木坂にしますぅう!」
「あ、ありがとう! うれしいな、えへへ」
以前地域のネットニュースでミューズの事が取り上げられていた。
彗星のように現われたスクールアイドル。それなりに注目されているらしい。
大会のギャラリーにいた人間が、穂乃果達をみつけ、SNSでそれとなく呟いたらしい。すると、これである。
「なーんだ、僕たちじゃなかったのか」
「ッ、穂乃果ちゃんたち、人気だな……!」
嫉妬だの劣等感だのと後ろめたさから、今まで注目しないようにしていたが、よくよく改めて穂乃果たちに注目してみると、スクールアイドルなのだと言う事を実感させられる。
穂乃果達の周りにいる女の子はみんな目を輝かせており、『憧れ』が滲み出ている。
さらに男性ファンもしっかりと存在しているようで、照れくさそうにしながら笑顔の穂乃果と握手をしているのが見えた。
「………」
「ちょっと大元帥。露骨に嫌そうな顔しないでよ」
「あ、いやッ、おれはだな……!」
クロトの言葉を思い出す。
確かに穂乃果も、海未も、ことりも、もっと言えばミューズメンバー全員かわいい。
そりゃあ男性ファンもつくに決まっている。
とは言え、やはり、少し、面白くないというのか。
「やれやれ、拗らせてるなぁ、大元帥は」
「う゛ッ!」
「まあでも、あれを見る限り、まだまだアライズには届かないね」
「そんなに凄いのか。一位のアライズは」
「そりゃあもう。もっとミューズも頑張らないと」
「はぁ、大変なんだなぁ」
しかしファンを獲得すると一口に言っても、そう単純な話ではないだろう。
なにせ赤の他人に好きになってもらうと言うのは難しい話しである。
ミューズはかわいい、しかれども可愛い人間などこの世には腐るほどいる。
以前クロトは今の世の中、ブスでもアイドルになれるといった。聞こえは悪いが、それはつまり人をひきつけるだけの中身があると言うこと。
美貌だけじゃない、もっと何か大きな要素があるからこそプロでも活躍できるのだ。
なかなか難しい話ではないか。
そんな事を考えていると人の気配、エム達が振り返ると、そこには腰を折り、杖をついた老人が立っていた。
「………」
「ど、どうかしましたか? おじいちゃん」
「……ぇ」
プルプルと震えながらも左手を差し伸べる老人。
戸惑うエムだが、ヨッシー君がハッと表情を変えて、肘でかるく小突いてきた。
「大元帥にもファンができたんじゃない?」
「え? あ、なるほど!」
そうか、やはりファンとは実力があるものにつくのか。
このお爺ちゃんはエムのプレイを見ていたに違いない。
ははあ、なるほど、エムは笑顔を浮かべて老人に手を取った。
「どうもどうもお爺ちゃん! いやいやありがとうございます!」
「か……が――」
「はいはい! 頑張ります頑張ります! 見ててくださいね! 今におれは――」
「かぁぁぁぁぁ――ッッ! ペッッッッッッッ!!」
ビチャァアアッッ!!
「………」
「………」
老人の口からファイアされたブツがエムの靴にこべりつく。
「んん!? お、おお! すまんすまん! 人じゃったか! たんつぼかと思ったわ!」
「………」
「最近目が悪くての! ほなな!」
老人は手を振りながらエムに背中を向けて歩き去った。
「どういうこと」
ヨッシー君を見る。
「まあ、そう簡単にファンはできないって事だね」
そう言ったヨッシー君は全速力でエムから距離を取っていた。
「どういうことッッ!!」
エムはこの日、初めて靴を捨てた。
「ったく、なんなんだよ今日は……」
エムはゲームセンターの隣にあるコンビニでやっすいサンダルを買い、戻ってくる。
すると驚くべき光景。なんとまだ穂乃果達は囲まれていたのだ。ファンはウキウキとした表情で穂乃果たちに話しかけているが、穂乃果達は少々困り顔である。
と言うのも囲まれているのはゲームセンターの入り口も入り口。当然そこは出入りをする場所であり、そこで留まるのは迷惑をかけることになる。
「あのッ! 他の人の迷惑にもなるので……!」
「でも今は誰も来てないですから!」
「そ、それはそうですが、入ろうとしてもこの光景を見れば入りづらく――」
「海未さんってスレンダーですよね! どうやってスタイルを維持してるんですか!」
「で、ですから!」
「あのッ、ごめんなさい! 私たちバスの時間もあって!」
「ことりちゃん声、可愛いー! 肌も綺麗だし、ケアとかどうしてるの?」
「え? あ、あの!」
ファンの熱気は凄く、なかなか海未達の声は届かない。
「はわわあわわわわわ」
一方のリーダーである穂乃果さんは目を丸くしてフラフラである。
ミューズが活発になればこうなる事はある程度予想していたが、いざ直面するとどうして良いか分からない様だ。
「仕方ない、助けてやるか」
とは思えど、エムはヨッシー君に止められることに。
「助けるってどうするのさ」
「ッ? どうするって――」
やめてください。穂乃果ちゃんたちが困ってるじゃないか!
なんて言ったとしてもファンからしてもれば、なんだか穂乃果たちと親しげな男が偉そうに止めてきたって話である。
さらに言えばエムやヨッシーはアイドル事情には疎いが、それこそファンサービスはアイドルにとって一番重要な要素なのではないだろうか。
ここで交流を下手に拒めば好感度を下げる事に――、それはつまるところラブライブに影響が……。
「そうかもしれないけど、やっぱり店の前で居座るのはマズイよ。おれがちょっと言ってくる」
フンと鼻を鳴らして進んでいくエム。
「あのちょっとみなさん。ミューズのみなさんも困ってますし、ココはお店の前なんで――」
「いいじゃないですかちょっとくらい!」「そうそう! 私たちすぐ帰りますんで!」「今を逃したら次いつ会えるか分からないじゃないですか!」「別に入り口塞いでるわけないしね!」「海未ちゃんって好きな食べ物なにー?」「穂乃果ちゃんって好きな人いるんですか!」「すいませんちょっと退いてくれませんか!」「応援してますミューズ!」
「ちょ、ちょっと! あの、ねえ! みなさん!」
すると一番に近くにいたポニーテールの少女がムッとした表情を浮かべてエムを睨んだ。
「もう! しつこいなぁ! 関係ない人は引っ込んでてよ!」
そして周囲の賛同。皆がいっせいにエムを押し飛ばす。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ズシャアアアアアアア!! ゴロゴロゴロ!
そんなけたたましい音と共にエムは弾き飛ばされ地面を滑り、そのまま転がっていく。
凄まじいエネルギーだ。ヨッシーくんは叫び声をあげて倒れたエムを抱き起こす。
「だ、大丈夫!? なんかワイヤーアクション並みに吹っ飛んだけど!」
「ぐ、ぐふっ!」
肉体的なダメージと精神的なダメージが凄い。白目をむいて倒れるエム。
人の中にいる穂乃果達もますます混乱しているようで、どうしていいか分かっていないようだ。
すると、まさにその時だった。
「やめないか、キミ達!」
「!」
よく通る声だった。周りの声を切裂き、一同の耳に届く鋭さがあった。
当然、皆の視線は声を放った者に向けられる。そこにはメガネを掛けた少年が。
「会長!」
知っている者は声を出す。
音乃木坂高校の生徒会長、羽水ヒイロがそこにいたからだ。
「俺の学校の生徒もいるな。ココは店の前だ。他の人の迷惑になる。店の前で集まるのは止めるんだ」
人の耳によく届く声質。うるさくもなければ小さくもない絶妙な声量。
なによりメガネの奥でギラリと光る鋭い眼光が周囲のギャラリーの熱を一瞬で凍結させた。
「今はラブライブ開催中。応援に熱が入るのも分かるが、TPOをわきまえてこそ応援と言うものは成立するんだ」
声のトーンが変わる。重々しいものではなく、諭すような声色だった。
ここで少し怯えていた者達も、ヒイロの優しさを感じる。もちろんこれはわざとだ。
ヒイロは恐怖や威圧により強制的に蓋をするのではなく、諭すことにより自発的に自らの愚考を気づかせるのだ。
「ルールを破る事、マナーを軽視する事は恥ずかしい事だ。そしてそれは高乃木坂の印象を下げてしまう。わかるね?」
「はい、会長。ごめんなさい……」
ヒイロはまず自分の学校の生徒達に語りかけた。
音乃木坂にはある特徴があり、それは自分の親が同じ学校に通っているケースが多いという事だ。
親の学校を子が汚してしまう、それは誰もがよくないと思うことだろう。よって、音乃木坂の生徒達は穂乃果たちに謝罪をして、走り去って行った。
そしてギャラリーが減れば、当然『集』は『個』に近づく。
『赤信号、みんなで渡れば怖くない』という言葉があるように人数が減れば減るだけ自己責任が強調され、他の人間の声も小さくなる。
熱気が下がり、やっぱり自分達は穂乃果たちに迷惑を掛けているのではないかと考えがシフトしていくのだ。
「キミは他の学校の生徒か」
「あ、はい」
そしてヒイロにはもう一つ武器がある。ヒイロは先程エムを吹き飛ばした少女の前に立つ。
「ミューズを応援してくれてありがとう。でも今は彼女達も休日だ。そっとしておいてあげてくれないか?」
「は、はい……!」
ヒイロは、顔が非常にヨロシイ。
美人には嫌われたくない、人の本質、だからこそポニーテールの少女は、素直に頷いて帰っていった。
「納得いかねーッ!」
「まあまあ大元帥。いいじゃないか何とかなったんだしさ」
一方でヒイロは海未達の前に。
「ありがとうございます会長。助かりました」
「いや……、良い。大変だな園田くん達も」
ここで穂乃果も回復したのかヒイロに向けて頭を軽く下げた。
「会長さんはどうしてココに?」
「家が近くでな。よくココを通るんだ」
「とにかく助かりましたぁ。ありがとうございます会長」
頭を下げることり、ヒイロはメガネを整え、涼しげな表情で手を上げる。
「構わない。それじゃあ俺はこれで。南くんたちも気をつけて帰ってくれ」
ヒイロはそう言うと背を向けて歩き去っていった。
一同はヒイロと別れた後バスに乗り、帰路についた。
「海未ちゃん、会長ってどんな人なの?」
午後から穂乃果達はミューズで集まり、新曲作りの案を出し合うらしい。
しかし集合にはまだ時間がある。しばらく喫茶店で時間を潰すらしい。
エムとヨッシーくんも誘われ、お邪魔することに。
そこでエムは海未にヒイロの事を聞いてみた。
ヒイロは二年生、実はエムと同じクラスである。
しかし生徒会長であり真面目なヒイロはどこか近寄りがたく、休み時間や昼食時もヒイロは生徒会室に篭っているため、あまりよく知らないのだ。
「聡明な方ですよ。同じ年齢とは思えないほど落ち着きがあって、見習う点が多いです」
「それにお仕事も速いんだよ。ぱぱーってやっちゃうんだから」
「ええ、本当に。穂乃果が生徒会長になっていたら一週間は掛かる問題も、会長だと一日で終わらせてしまいます」
「あーッ、酷いよ海未ちゃん!」
「ふふ、冗談ですよ」
「私は穂乃果ちゃんが会長でも良かったと思うよ。会長は凄すぎて、たまに私たちもいらないんじゃないかって思っちゃうもんね」
盛り上がる穂乃果たちを見ながら、エムは腕を組んでフムと唸る。
確かにヒイロは頭が良いだけではなく、理解力や包容力も見てとれた。
なによりも怯まずに自分の意見を述べる『勇気』がある。
「勉強とスポーツができてカッコよくて勇気がある。くぁー、尊敬されるのは当然ってわけだ」
「でも可愛らしい所もあるんですよ?」
海未の話では、ヒイロは甘いものが好きらしく、デザートのプリンを一生懸命食べているのを見かけたことがあるとか。
「ギャップまで。ああ、これは勝てないね大元帥」
「ああ、そうだな……!」
天は二物を与えずとは言ったものだが、ヒイロの欠点は目が悪い事くらいか。
いやはや、世の中には完璧な人間もいるものだな。エムは唸りながら目の前にあるメロンソーダに手を伸ばした。
「それにしても、さっきは凄かったね」
「ファンの方ですか? そうですね、毎回会長が助けに来てくれるわけではありませんから」
そこでふとエムは思った。
そういえば過去のアイドルだのバンドグループには熱狂的なファンが家に押しかけたり、最悪の場合はナイフで刺したりと凶悪なケースがあったような。
さすがに音乃木坂には無いとは思うが、一応用心しておくべきだろうか。エムは目を細めて虚空を睨んだ。
翌日、授業も終わり、ミューズのメンバーは全員屋上に集合していた。
集まった順からペアを組み、ストレッチに勤しんでいる。
その中で穂乃果達は昨日のゲームセンターでの件を話してみた。
「へぇ、凄いですね。そんな事があったんだ……!」
「うんっ、ほんとにいきなりだったらビックリしちゃって」
ことりに足を押さえてもらいながら花陽が腹筋をしている。
「でもそれだけウチらが有名になったって事やん? ええ事やない?」
嬉しそうに微笑みながら体操をしている希。
その隣では頬をふぐのように膨らませた、にこが体操している。
「納得いかないわ。私なんて常にスターのオーラーを出していると言うのに!」
「にこちゃんも声掛けられてたでしょ? まだミューズに入ってないとき、ハンバーガー屋さんで」
ただしウ●コ呼ばわり。
「喧嘩売ってんの穂乃果! あれは黒歴史よ!!」
「まあまあ落ち着くにゃあ。でも、そしたら凛も話しかけられるかなぁ?」
期待と不安交じりの表情で凛は穂乃果の背中を押している。その穂乃果は足を広げ、おなかを地面につけている。
「凛ちゃん可愛いし絶対に話しかけられるよ!」
「え? ほんと? 照れちゃうなぁ……!」
笑い合う二人。
しかし、にこの隣でストレッチを行っている絵里は少し訝しげな表情を浮かべている。
「でも少し緊張するわ。なんだか、常に見張られてるって事でしょ?」
「そうよ絵里、外で鼻くそとかほじるんじゃないわよ!」
「するわけ無いでしょ!!」
追いかけっこをはじめる絵里とにこ。
もちろん応援してくれるのは嬉しいし、スクールアイドルを目指す以上、注目を集めるのは理解している。
しかしいざああやって囲まれるとどうしていいか分からないというか、緊張すると言うか、不安というか。
「私もイヤよ。なんかそういうの面倒なのよね」
「私もです。何を話していいのか分からなくて……。恥ずかしい」
真姫と海未は背中をくっつけて前屈や後屈を交互に行っている。
やはり心のどこかに抵抗感があるのだろう。アイドルとは言え所詮はスクールアイドル。
本物のアイドルとして振舞うのはなんだか有名人気取りで気恥ずかしいし、奢っているような気がする。
「なぁに言ってんのよ! 私達はいずれ全てのスクールアイドルを倒してラブライブでの優勝を目指すんだから! こんな事、通過点の一つでしかないわ!」
絵里に捕まったのか、背中を押さえつけられ汗を浮かべているにこ。
「それよりあんた達! ちゃんとファンサービスを意識したんでしょうね! ファンとの交流はアイドルとしては絶対条件なんだからね!」
ファンのいない有名アイドルなどこの世に存在しないだろう。
そう、結局のところ簡単な話で、アイドルの人気はどれだけのファンがいるかで決まる。
「ファンを増やすにはまずはなにより愛嬌! それは分かってるわよね!」
「うーん。わかってるんだけど、あの時できてたかは……」
「そうですね、あの時は少しパニックになってしまって」
「いきなりだったもんねぇ」
「まーったく、そんな事だろうと思ったわ。仕方ないわねぇ、じゃあまずこの未来のスーパーアイドル、矢澤にこ様の動きを見て勉強しなさい!」
にこは体をふるって絵里を怯ませると、前転で距離をとり素早く立ち上がる。
そして一同の注目を集めると、両腕の中指と薬指を曲げ、他の指は立てて耳の上に持っていく。
「にっこにっ
「おれは何やってんだ……」
にこが何かをしようとしたようだが、もういいや。そんな思いでエムは双眼鏡をしまった。
エムがいるのは屋上がよく見える図書室だ。放課後はみんな部活か、バイトか、帰って遊ぶかなので図書室に残る人間はそういない。
しかし一応図書室はある程度の時間、空けておかなければならないので、それもまた図書委員の仕事となっている。
ミューズの練習が見たいとヨッシー君に頼み込み、エムはココに置かせてもらっている。
一方でカウンターにて文庫本を読んでいるヨッシー君。
朝の解放と放課後の解放を全て請け負った彼は図書委員会で英雄扱いだ。
「双眼鏡なんて使わなくても見えるもんね」
「あ、ああ。本当に」
「でもいきなりどうしたの。珍しいね大元帥がミューズに興味持つの」
「いやッ、やっぱり穂乃果ちゃんの夢だし、応援したいし」
「ふぅん……」
アライザー(アライズのファン)であるヨッシー君は興味なさそうにライトノベルを読みふけっている。
一方でジッとミューズを観察するエム。なにも本当にミューズの練習風景が見たいわけじゃない。
クロトの言葉を信じるなら既にテイパーゲームは始まっている筈だ。よってミューズの周りにおかしな物が無いか注意深く観察しているのだ。
しかし情報は少ない。
そもそもヴィランが出現するのにはアナウンスが入るのだろうか?
クロトから聞いた情報はあくまでもテイパーゲームの大まかな詳細だけ、エムはまだ何も知らない子羊なのだ。
だからだろうか。結局時計が五時半を示した時、気だるそうにヨッシーくんが立ち上がる。
「もう閉めてもいいから出ようよ大元帥」
「あ、もうそんな時間か」
「そう。それにもう十分でしょ? また明日見ればいいじゃない」
「あ、ああ」
さすがに付き合わせるわけにもいくまいか。
エムは頷くとカバンを持ってヨッシーくんと共に図書室をあとにした。
(さすがにそんな簡単にヴィランが見つかるわけ――)
廊下を歩く中でふと窓の外を見る。
(見つかるわけ……)
停止。
「どうしたの大元帥。目なんて擦って」
「よ、ヨッシー君。ちょっと先帰ってて」
「忘れ物? 待ってるけど?」
「いやッ! ちょっと個人的な用が――」
「あー、じゃあお言葉に甘えて帰るよ。また明日」
「あ、ああ! また明日ッ!!」
前のめりになって走り出したエム。
(見つかるわけ――ッッ!!)
なんか、向かいの廊下に――。
「見つけた!!」
「!」
全力疾走。肩で息をしながら、エムは目の前を指差した。
向かいの廊下にて見えたのは完全なる化け物。気のせいかと思って走ってみれば、見えたのもまた化け物。
赤いボディに白い装束。杖を構えて歩くさまはどう考えても人間ではない。
つまり目の前にいるのは化け物。異形。イコール。
「お前ッ、ヴィランか!」
「その名称を知っているという事は……、お前、テイパーゲームの関係者か」
ヴィラン、『大魔法使い・アランブラ』は威嚇するように持っていた杖をエムに向ける。
ソルティとは違い、声にはノイズが掛かっている。男や女、様々な声が重なっている様に聞こえた。
「何者かは知らないが、ミューズの妨害は私がやる。お前は引っ込んでろ」
「なるほど……!」
額に汗を浮かべながらも、エムはニヤリと笑った。
そして制服を翻すと、どこからともなくエグゼドライバーを取り出した。
「分かりやすくて助かる!」
「ッ、お前、マスクドライバーか!」
ドライバーを腰に当てるとベルトが自動的に巻きつけられる。
一方でヴィランたちにもエム達の話は広まっているのか、アクションはすぐだった。
アランブラは杖をかざすと、魔法を解放する。
「モ・エール!」
「!」
エムの真下に魔法陣が出現。
赤く発光する円形のエリア。エムはハッと表情を変えると、地面を転がって魔法陣から脱出する。
すると直後先程までエムが立っていた場所、つまり魔法陣から炎が吹き上がった。もしも棒立ちであったなら今頃炎にラッピングされていたはずだ。
「あぶな――ッ!」
魔法陣から攻撃が発生するのはゲームでは『あるある』な技だ。
だから避けられたが、ふと気がつけば目の前にはアランブラ。
どうやら魔法使いタイプと見せかけてバリバリ接近戦も仕掛けてくるらしい。
しゃがんでいるエムへ向けて振り上げられた杖、当然すぐにそれは振り下ろされる。
「砕けろ!」
発光する杖、打撃力が上がっているのだろう。
だがエムは避けない。ましてや防御のための行動もしない。彼が行うのは同じく懐から取り出したガシャットを起動させることだ。
『マイティアクションエーックス!!』
エムとアランブラの間にゲームのタイトル画面を模した結界が広がる。
それはアランブラの杖をしっかりと受け止め、さらに電子音が発生、タイトル画面からレンガブロックが次々と発射されていった。
「ぐあぁあ!」
ゲームエリアの発生と、現実の侵食。
レンガブロックはアランブラに命中し、エムから引き剥がしていく。
一方でエムは立ち上がるとガシャットを持った右腕を左上へ。そして左手を真上に伸ばしてガシャットを掴み取ると、そのまま振り下ろしてエグゼドライバーに装填した。
「変身!」『ガシャット!』『レッツゲーム! メッチャゲーム――』
「チッ!」
アランブラは後退しながらも杖をかざして火球を連続で発射する。
しかしエムの周りを回転するキャラクターアイコンはそれらをかき消しながら、なおも回転していく。
『――ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』
エムは左拳を強く握り締めると、そのまま手の甲で真横にあるエグゼイドのアイコンを殴りつけた。
『アイム ア エグゼイド!』
左へ吹き飛んでいくアイコンとセレクトの完了。エムの体が光に包まれ、直後エグゼイド・レベルワンへの変身を完了させる。
「ミューズには指一本触れさせないぞ! いくぜ、大ッ変身!」
ガチッ!
「ノーダメージでクリアしてや――」
ガチッ! ガチッ!
「あ、あれ?」
「ッ?」
ガチガチガチガチ!
「あれッ? ちょ! やっべ――ッ! あれ、おかしいな……! あ、あはは!」
アクチュエーションレバー。
エグゼイドのレベルアップにはピンクのレバーを引けばいいのだが、どれだけ力を入れてもレバーはうんともすんとも言わない。
「ふぎぎぎぎ! ンギギギギギッッ!!」
ためしに思い切り引っ張ってみるがレバーはご覧の通り、そのままである。
「あ、あのー……、すいません。ちょっと待っててもらえま――」
エグゼイドが笑みを浮かべてアランブラの方を見る。
すると杖が見えた。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
アランブラの杖で殴り飛ばされたエグゼイドは窓をぶち破ると、そのまま手足をバタつかせて地面に墜落。
衝撃で大きな体がバウンドし、エグゼイドはうつ伏せで沈黙する。
「いってぇ……!」
すると電子音。
これは覚えがある。エグゼイドはスロットホルダーにあるボタンをタッチし、通信機能・アリアドネを起動させる。
【ごきげんよう、エム様】
「我李奈さん。ちょっと、どうなってるんですかコレ……」
【レバーのエラーが多数確認できます。エム様、さては無理やり引こうとしたのでは?】
「ええ、引きましたよ。だってレベルアップするためにはコレ引かないとダメなんでしょ?」
【その通りですわ。ですが、貴方はひとつ勘違いをしている】
「?」
【レベルアップするためには条件を満たさなくてはなりません】
「あ、そうなんですか!」
【ええ。そうなんですわ】
「じゃ、じゃあその条件を教えてくださいよ」
【その前にテイパーゲームには細かなジャンル分けがされています。大きく分けて二つ、サバイバルとヒロイックです】
「あぁ……。つまりそれによって条件が違う、と」
【ええ。今はヒロイック。その条件は――】
しかしそこで上からアランブラが落ちてきた。
敵は華麗に着地を決めると、杖を構えて走ってくる。
「やッばい……!」
【失礼、言い忘れておりましたわ。レベルワンでもガシャコンブレイカーは使用可能です】
ためしに出現させてみる。本当に出現した。だからエグゼイドはハンマーで杖の一撃を受け止め、弾く。
「よし! 武器さえあればなんとかなるかもしれない!」
【ただしAボタンは使えません。Bボタンによるライダーアーツもチャージは不可能となっていますので、注意してください】
「上等だよ!」
脳内でレバーを掴むイメージ。
そのままレバーを6の方向に倒し、Bボタンを押す。
「ウオオオオオオオ!!」
ハンマーを持ったまま独楽の様に回転するエグゼイド。
ライダーアーツ、トルネードインパクト。エグゼイドは目を渦巻きにしながらも、そのままアランブラの方に突進していく。
「シ・ビレール!」
アランブラも電撃の魔法を発生させるが、エグゼイドはそれらを打ち消しながら前進していく。
そして手ごたえ。回転するハンマーがまず杖を弾き、続いてアランブラの体に命中していく。
「グッ! ググゥ!」【HIT!】【HIT!】【HIT!】
「ゥオオオオオオ!」
アランブラも魔法を放つがそれを無視して進んでいくエグゼイド。
もちろん中にはまともにヒットしているのもあるが、エグゼイドはやはり無視。
どういう事なのか、つまりはごり押し。アランブラは一旦バックステップで距離をとると拘束の魔法を発動。
エグゼイドの周囲に魔法陣が発生し、そこから鎖が飛び出してきた。
数回はハンマーで打ち砕いたが、鎖の数は多く、その中の一本がエグゼイドの足に絡まる。
「うわぁあ!」
足を縛られては回転もできない。エグゼイドは目を×マークに変えて地面へスッテンコロリンである。
「ウッ! やば!」
足に力を込めてみるが鎖はグルグル巻きでどうしようもない。
「フフフ……! コレで終わりだ、エグゼイド。ナ・グール!」
杖の打撃力を上げてジリジリと迫ってくるアランブラ。
ヤバイか? エグゼイドの額に大粒の汗が浮かぶ。なにか――、ないものだろうか? まともに動く上半身を動かして周囲を確認。
さて、戦闘の途中であるがココで離れたところの屋上にいるミューズに視点を移そう。
ラブライブ優勝を目指す彼女達に妥協の文字はない。絵里が考えた振り付けを完全にマスターするために何度も何度も踊りの練習をくり返す。
当然それだけ疲労は溜まっていくわけで、休憩時間、花陽は手すりにもたれかかり大きく息を吐く。
「はぁ、はぁ……! つかれたぁ」
そしてふと、屋上からの景色を見る。
夕暮れに照らされる学校や遠くの町はとても綺麗なのだが――。
「ん? んんん!?」
目を見開く花陽。
「は、はぁぁぁわわわ!」
目が輝き、ダラダラと涎が溢れてくる。
肩を震わせる花陽に、同じく息を切らしていた穂乃果が気づく。
「どうしたのぉ花陽ちゃん」
「み、見てっ! チョコレートが浮いてる!!」
「えッ! チョコ! どこどこ? 食べたい!!」
花陽が指差した場所を凝視する穂乃果。
しかしどれだけ目を凝らしても、そんな物は見えてこない。
「ないよぉ花陽ちゃん」
「あ、あれっ? さっきまであそこに浮かんでたのに……!」
どれだけ見てもいつもどおりの景色ばかり。
すると二人の肩に軽い衝撃。見ると、絵里が呆れ顔で花陽達を見ている。
「もう。そもそもチョコレートが空に浮かんでるわけないでしょう?」
「あ、そ、そっか……」
「そろそろ休憩終わりにしましょ」
「えーっ! もう!?」
「ええ、ラブライブ優勝に向けて既存の曲のダンスも磨かないと!」
悲鳴に近いうなり声をあげながら穂乃果と花陽は絵里に引きずられていった。
さて、確かに花陽の言っていた事はおかしい。踊り疲れて頭がおかしくなった果ての発言であるならまだ理解できるか?
しかしそれでもチョコが浮いているなんて馬鹿なことを言うとは――。
だが間違ってはいなかった。
正確にはチョコではなく、チョコに見えるブロックが浮いていたのだ。
誰もまさか学校の敷地内で異形の存在同士がぶつかり合っているとは思わないだろう。
しかし音乃木坂は既に広がったゲームエリアの中。花陽が見たのはエグゼイドが出現させたレンガブロック、そしてそれが『無くなっていた』ということ。
「アイテムゲットォオ!」
「何ッ!」
エグゼイドは地面に倒れている中でガシャコンブレイカーを投げた。
それは空中に存在しているブロックを叩き割ると、アイテムを出現させる。
どうやら割った者に習得権があるらしく、エナジーアイテムは自動的にエグゼイドへ吸い込まれていく。
なんのアイテムが来るのかはエグゼイドにも分からぬ話。
しかし運も実力の内というが、今ゲットしたアイテムは現在の状況を打破するのにうってつけのモノだった。
「パワーアップ!」
赤く発光したエグゼイドは足を開く。すると先程まで感じていた抵抗感が嘘のように鎖は簡単に引きちぎれた。
手にいれたアイテムはパワーアップ、エグゼイドの力が増加し、自らを縛る鎖を打ち破った。
「形勢逆転だな。このまま一気に終わりにしてやるぜ!」
「くっ!」
ガシャコンブレイカーは投げたため、素手となるが、パワーが増幅している今ならば問題はないだろう。
エグゼイドは拳を握りしめ、走り出そうと足に力を込める。
一方で杖を構えるアランブラ。向こうもやる気のようだ。
『タドルクエスト!』
「!?」「ッ!」
その時、電子音。
「おほっ!」
間抜けな声が出た。と言うのも頭部に強い衝撃を感じたからだ。
なんだ? エグゼイドが振り返ると、視界を覆いつくす箱。
「んほぉ」
顔面ドストレートに箱がぶつかり、エグゼイドは仰向けに倒れた。
一方でエグゼイドの顔に当たった箱は跳ね、エグゼイドの隣に落ちる。
いや、設置されたと言うほうが正しいか。
「ぐあぁあ!」
一方で同じく箱にぶつかり地面を転がるアランブラ。
箱――、それは間違いなく宝箱である。宝箱が飛来していき、それぞれ適当な場所に設置される。
顔を上げたエグゼイドは強い既視感に襲われた。これはまさにマイティアクションを起動した際に行われる光景と同じではないか。電子音がなり、ブロックが広がる。
「ゲームエリアの侵食!」
立ち上がり周囲を見回すエグゼイド。
すると鎧が擦れる音が聞こえた。そちらを見ると――、いたのだ。
「ッ! あれはまさか!!」
その存在が歩いてきたのが見えた。
エグゼイドと同じく白いぼってりとしたボディ、頭部の仮面には水色のカラーリング、そして大きな黄色い目。
なによりも腰には青ベースに赤いレバー。カラーリングは違うものの、エグゼドライバーと同じものが装備されていた。
当然、そこにはガシャットがセットされていたのは言うまでもない。
【あれはブレイブドライバーですわエム様】
「じゃあ、やっぱり!」
【ええ。彼もまた貴方と同じ適合者。マスクドライバー・ブレイブです】
「ブレイブ……!」
ブレイブは無言でエグゼイド達のところへ歩いていく。
もちろんレベルワンであるため、可愛らしい見た目であるが、逆に大きな体から発生する威圧感が。
エグゼイドもアランブラも怯んだように動きを止め、ブレイブをただジッと見ているだけ。
「エグゼイド」
重く冷たい声だった。
ブレイブはそのままエグゼイドの下を指差す。
「目の前にある宝箱を開けろ」
「え? あ、ああ。これか!」
ブレイブの発生させた宝箱。鍵はかかっていないようで、エグゼイドはなんの事なく開けてみる。
しかしエグゼイドは気づいていなかった。ブレイブが発生させた宝箱の中にチラホラと『僅かながらに振動』しているものがあった。
エグゼイドが開いたのは、まさにそのブルブル震えている宝箱。
「シャアアアアアアア!!」
「う、うわぁあぁああ!!」
ミミックモンスター。
ゲーム、特にRPGではお馴染みの宝箱に擬態するモンスターである。
それが今ココに登場。箱の開閉部分を口として、鋭利な牙を光らせながらエグゼイドに向かっていく。
「いでででででででで!!」
手をかまれたエグゼイドは涙目になりながらミミックを叩いていた。
思い切り手を振るいミミックを振り払うが、そのミミックはまだ口をパクパクさせてエグゼイドに向かっていく。
「おわーッ!!」
「………」
エグゼイドはミミックに背を向けて全力疾走。
一方ミミックは大口を開いてエグゼイドを追いかける。
騒がしい追いかけっこの中で、ブレイブは戸惑うアランブラを睨んでいた。
「ヴィラン。今は消えろ」
「……!」
マスクドライバーを二体相手にするのは不利と悟ったか。
それとも目的を達成するためなのか。アランブラはブレイブに促されたとおり、背を向けると跳躍、エグゼイドたちから距離をとって逃げていく。
「あッ! おい待てッ!」
エグゼイドは手を伸ばすがそこに割り込むミミック。
「ぎゃああああ!!」
結局エグゼイドはミミックを引き剥がす事はできず、もちろんブレイブはアランブラを追いかけない。結果としてヴィランを完全に逃がす事になった。
「まてまてまて! おれのケツが噛まれ――ッ、アッッー!!」
「ハァ……。やれやれ」
倒れ、お尻をガジガジ噛まれているエグゼイドを見て、ブレイブは呆れた様に声を漏らした。
そして近くにあった本物の宝箱を蹴ると、中からアイテムを出現させる。
獲得したアイテムは『挑発』のメダル。
ブレイブがアイテムを取った瞬間、エグゼイドのおケツに噛み付いていたミミックは、一瞬でその標的をエグゼイドからブレイブへシフトする。
『ガシャコンソード!』
ブレイブの手にガシャコンブレイカー同様AとBのボタンがついた剣が装備される。
剣の刃は赤く揺らめいている。見た目どおり、炎の力を持っているのだ。ブレイブは脳内でエクスレバーを掴み、脳内操作を開始する。
→たたかう
まもる
どうぐ
さくせん
おやつ
にげる
【B】
→フレイムソード
レッドスラッシュ
スカーレットクラック
ノヴァブラスター
ドラゴンテイル
【2(下)】
フレイムソード
→レッドスラッシュ
スカーレットクラック
ノヴァブラスター
ドラゴンテイル
【B】
ライダーアーツ発動。
ブレイブが姿勢を低くして剣を構えると、刃が真紅の光を放つ。
そしてミミックがブレイブの範囲内に進入した瞬間、既にミミックは真っ二つに切断されていた。
炎の居合い斬り、それこそがライダーアーツ、レッドスラッシュ。ミミックは消滅し、エグゼイドとブレイブは改めて対峙する。
「……おれはエグゼイド。よろしくな」
「キミと同じ二年担当ブレイブだ。よろしく」
「あ、じゃあおれたちは同じチームって事か?」
適合者は四人。しかし学年は三年まで。その中で二年だけは担当が二人いるのだ。
「そうなるな。だが、その前にハッキリと言っておく」
「?」
「君の存在はナンセンスだ」
「んなッ!!」
握手の一つでもしようと思っていたエグゼイドだったが、とんできたのはまさかの存在否定である。
「い、いきなり何言うんだよ」
そこで思い出すエグゼイド。今、戦闘は終わったわけだが、肝心のアランブラを逃がしてしまったではないか。
しかもどう考えてもあれはブレイブがアランブラを逃がしたようにしか見えない。
「そうだ! アンタなんでヴィランをわざわざ逃がすんだよ! 今すぐおいかけないと!」
エグゼイドはボテボテと足音を立てながら走り出す。
しかしその前に割り入るブレイブ。両手でエグゼイドの肩をつかみ制止させる。
エグゼイドも抵抗しようと力を込めるがブレイブも同様に力を込めて止めてくる。
既にパワーアップの効果は切れているのか、両者は取っ組み合いながらプルプル震えている。
「な、なにするんだよ……!」
「はぁ」
「ためいき……!」
「その点だよ。キミがナンセンスなのは」
「う゛! ど、どういう事だ!」
「キミは何か勘違いしてないか」
ブレイブはずっとエグゼイドの行動を観察していたと言う。
ゲームエリア発生後に駆けつけたため、知らない事実もあるだろう。
しかし確実に知っている事実が一つ。それは『ミューズ』は全員ずっと屋上にいた。それだけである。そしてそれが全てだ。
「俺達の役割はなんだ? ヴィランの役目はなんだ?」
それはバラバラだろうが、一つだけ共通する点がある。
単純な話だ。ミューズが関わっている事である。
「社長の話を聞いたか? ヤツは男尊女卑の思想をこのゲームに組み込んでいる。それが良いか悪いかは俺達の知りうる話しじゃない。だがそれがクライアントの望む事だ」
「……!」
「テイパーゲームの流れは聞いただろう。どこにミューズがいる?」
つまり、まずは女神を地に墜とす。
どんなルートを辿るにせよ、入り口は一つのはずだ。
要するにミューズのメンバーがヴィランに襲われて初めてテイパーゲームは成立する。
にも関わらずエムはヴィランがミューズに接触する前に止めようとしたのだ。
「ありえん。もしもあのままお前がヴィランを倒していたら、それこそ俺達だけの閉鎖された戦闘と結果になっただろう」
「でもアイツは何かをしようとしてたんだ。アイツ魔法が使えるんだから遠距離攻撃かもしれない。攻撃されれば痛いだろ! おれ達はアーマーつけてるけど穂乃果ちゃん達は無防備なんだ。もっと痛いぞ!」
「それがどうした」
「……ッ!」
「ヒーローごっこがしたいなら、今すぐショーの面接に行く事をオススメする」
辛辣な言い方ではあるが、それが真理だ。
エグゼイドはその点をまだ勘違いしている。
これは戦闘ではない、リアルではない。エンターテイメントだ。フィクションなのだ。
そしてなにより。
「これはビジネスだ。ピエロも遊びじゃないんだよ」
こんなぼってりした体で戦うなんて愚かもいいところだ。滑稽に見えるだろう。
しかしそれこそがクロトの望んだ事、望んだ光景なのだから仕方ない。
「そもそもヴィランの奴らだって本当の化け物じゃない。アイツらも俺達と同じ、仕掛け人なんだ。ミューズを怖がらせると言うな」
ブレイブはエグゼイドに比べると、ずいぶん冷めている様だった。
「人間は危機的状況でこそその本心がむき出しになる。そこで好意的な行動を見せる事こそがミューズ人気の底上げに繋がるんだ」
それがクロトの狙いだ。なにもおかしな話しじゃない。ドッキリによる好感度上昇、どこでもやっている事だ。
「敵も攻撃はするが、本気で怪我をさせようとしてるわけじゃない。分かるだろそれくらい」
「でもヴィランだってプロじゃないはずだ。手加減を間違えればシャレになれない痛みになるぜアレ……!」
エグゼイドはもちろんブレイブの言うことは理解している。間違っているのはどちらか、そんなものは完全に自分(エグゼイド)だろうと。
しかしそれでも何か引っかかるものがある。正直な話し、エグゼイドはテイパーゲームの事をよくは思っていなかった。
そもそもこんな裏工作じみた事をしなくても穂乃果たちはちゃんと頑張っていると思うし、ましてやエグゼドライバーを初めとした未知なる力はどうも信用しがたい。
なにか裏があるのではないか、何か危険があるのではないか、どうしてもそう思ってしまうのだ。
「なら、それも試練だろう。これくらいの痛みで折れるようじゃミューズはその程度だということさ。もしも事故が起きれば運が無いだけ、それだけの話しなんだよ」
「な、なんだよそれ!」
「いいかエグゼイド。キミはミューズを影で守るナイトじゃない。決められた役割を遂行するアクターだ。おれ達適合者は特別な力を得た、特別な人間じゃない。クロト社長に雇われただけのバイトだ!」
「うわぁ!」
体を旋回させるブレイブ。込めていた力が受け流され、エグゼイドは顔面から地面に突っ込んだ。
「キミは我李奈から聞いたか? 俺達はちゃんと役割を遂行すれば、それだけの報酬が後でもらえる」
「……!」
「いいかもう一度言うぞ。俺達は正式なビジネスの上になりたっている。ヴィランが誰も襲わなければ戦う意味はない。順番を履き違えるな。俺達は決められた役割にそってボタンをおしていけばいい」
まるでそれは。
「RPGゲームのようにね」
丁度その時、我李奈からの指示がブレイブとエグゼイドの頭に響く。
【ヴィラン、アランブラがゲームエリア内から完全に脱出しましたわ】
「了解した」
ブレイブは周囲を見回し、人がいない事を確認。
そしてエグゼイドを引きずると、ミューズ達がいる屋上からは絶対に見えないだろう死角にまで引っ張っていく。
そしてブレイブドライバーに手を掛けると、変身解除のアクションを取る。
「俺の言った事をよく考えてくれエムくん。でなければ、全ては無駄足だ」
ブレイブの変身が解除されると、そこに立っていたのは生徒会長である羽水ヒイロであった。
エグゼイドもまた疲労しきったように息を漏らしながら立ち上がり、変身を解除する。
「おれが考えすぎなだけなんですかね、会長」
エグゼイドはエムに戻った。
適合者同士は、変身時にお互いの声をそのまま聞き取れる。
すでに二人は仮面の裏に誰がいるのかを察していたようだ。
エムは悔しげな表情を浮かべている。ヒイロは涼しげな表情でメガネを整えている。その対比はまるで炎と氷のようだ。
「興奮して周りが見えなくなるのはナンセンスだ。以後は気をつけたまえ」
「……ッ」
背を向けるヒイロ。だがそこで第三の声が聞こえて来た。
「まあまあ、いいじゃありませんか」
「!」「!」
エムとヒイロが声のした方向を見ると、タブレットを抱えた我李奈が立っていた。
五分後、三人はミューズ達がいるところとは別の屋上に立っていた。我李奈がエムたちに見せたのはつい先程の光景。
アランブラと戦うエグゼイドとブレイブ、そしてもみ合うエグゼイドとブレイブだ。
「後半の映像はなかなか面白いと思いますわ。編集次第でゆるキャラお相撲大会として視聴者に提供できます」
「と、撮られてたんですか……」
「チッ!」
エムもヒイロも頬を赤くして目を逸らす。
あの時、本人同士は真面目な話をしていたのだが、やはり気になるのはレベルワンの体型。
音声を消せばゆるきゃら同士が、もみくちゃになっている完全なお相撲大会。その後はブレイブがエグゼイドを引きずっていく間抜けな光景であった。
「ヴィランが関わらなくても画になるところは撮影できますわ」
「いつの間に撮影クルーが紛れ込んでいた。学校に許可は取ったのか?」
「イヤですわヒイロ様。そこはちゃんとしています。その点はコチラにお任せください」
我李奈はメガネのレンズを光らせ、少し怪しげな笑みを浮かべた。
「あなた方はミューズを引き立たせてくれればそれでいい。お分かりですか?」
「ああ」「……はい」
我李奈はメガネを整えると、そのまま淡々と歩き去る。
ため息をついて下に降りるヒイロ。追いかける形で追従するエム。少しムッとした表情でヒイロと肩を並べた。
「会長。やっぱりおれ、アポロン側を少し信用できないって言うか……」
「いや、うん。気持ちは分かるよ」
「え?」
「襲わせる事自体はやはり俺もどうかと思う点はある。もちろん趣旨を理解しているし、向こうの要望である以上、結局賛成派の立場ではあるが」
それでもそういう発想に至るクロトは少し信用できないと言う。
「でしょ!?」
「でも本当にキミはまず向こうを理解するべきだ。先を見なければならない」
クロトも一テレビ局の頂点に立つ男。
なんの考えもなしにこんな催しはひらかない筈。
「それに何かをたくらんでいるとして俺達にできる事はない。違法があれば調査をするのは警察、裁くのは司法。それでいい」
「そ、それはまあ」
「もちろん俺もミューズが危険になれば本気で助ける。それはキミと同じだ」
だが今はブレイブである以上、支給されたブレイブドライバーを持つ以上、クロトの命令は絶対だ。
ゆえに襲わせる。それでいい。それしかない。それがイヤならドライバーを返す。
「それが大人のルールだ」
「はぁ」
打ちのめされたように頷くエム。
なんと言うことだ。とても同じ学年、同じ年齢とは思えない。これでは敬語になってしまうのも当然である。
(会長は人間ができてるなぁ)
そんなヒイロが足を止めた。
「あれ? どうしたんですか会長」
「エムくん。あそこは?」
「ああ、あそこは――」
ヒイロが見たのはアイドル研究部が使っている教室である。
つまりいつもミューズがいる場所だ。息を呑むエム。ヒイロが何を言おうとしているのかが理解できた。
と言うのも、今現在ミューズは全員屋上にいる筈だが、部室の明かりが灯っている。
「消し忘れたんですかね?」
「誰かが忘れ物を取りに来たという可能性もあるけれど……」
これが他の部室ならばエムたちは部屋をスルーしていただろう。
しかし大切なのはココがミューズが使っている部屋だと言うことだ。まさかとは思うが、『ありえない話』ではない。
「様子を確認しようか」
「はい……!」
二人は姿勢を低くし、忍者のように一気に扉の前に位置取る。
そしてゆっくりと扉を開き、中の様子を確認した。
すると――、ああなんと言うことだろうか。モゾモゾと動く大きなシルエットが見えてしまったではないか。
「そ、そこまでだ変態野郎め!!」
「女生徒の私物を漁る下劣な輩め! 今すぐに警察に突き出してやる!!」
エムとヒイロは扉を開くと、中にいた変質者に真っ向から対峙する。
一方でその変質者は肩を大きく震わせて振り返る。小太りで頭の薄い中年の男性だった。
その男は顔中に汗を浮かべ、目を見開き、涙目で鼻をたらしながら驚愕の表情を浮べて口をだらしなく開いている。
その表情、そのさまは警察に見つかった空き巣そのものであった。
「――ッ、あなたは」
表情を変えるヒイロ。
そこにいたのは音乃木坂の用務員、
十分後、エムとヒイロは山岸の家にいた。
音乃木坂高校から歩いて五分ほどにある平屋が山岸の家である。
築三十年以上と聞くとおり、ところどころ壁ははがれ、ふすまや天井には謎のシミが見える。
カレンダーやらポスターをはるためか、柱にも無数の画鋲のあとが見えたり、なんだか全体的に茶色い印象を受けるお家であった。
「お茶どうぞ」
「あぁ、どうも」
「……頂きます」
座布団を並べて座っているエムとヒイロ。
軽く頭をさげて山岸さんからのお茶を頂いた。
まあ別に特別美味しくもなければ不味くもない普通のお茶である。
しばらく無言でお茶を啜る時間ガ続く。その内耐えられなくなったのか、エムが強引にお茶を飲み干すと、わざとらしい声をあげた。
「あ、あはは! それにしてもアレですね、良かったですね、誤解が解けて」
「う、うん! まったく、まいったよ。あはは」
「………」
笑い合うエムと山岸だが、ヒイロだけはお茶を飲みながら訝しげな表情を浮べている。
「ちょ、ちょっと会長。いつまで怖い顔してるんです? 身体検査もしたじゃないですか」
悲しいかな、人は他人をまず見た目で判断する。
スクールアイドルの部室でなにやらモゾモゾしていた男は頭はハゲ、体は太り、体質なのか常にほっぺが赤いオッサン。
まことに失礼だがヒイロもエムも『そういう事』なんだと思ってしまった。
しかし話を聞けばどうやら誤解だと知る事となる。
身体検査もして、何も盗んでないことが分かり、携帯のカメラ等に写真も無かった。
よって二人は山岸を無実と判断したのである。
あとは何より山岸への信頼だろう。用務員の山岸も音乃木坂の特徴にあてはまり、両親が音乃木坂の関係者であった。
そのコネもあってか、用務員として長年雑用をこなしている。
音乃木坂は女性がほとんどだ。よって大工仕事、備品修理。草むしりや清掃、蛍光灯などの取替え。
まだある。プリントを印刷したり、荷物を運んだり、倉庫の整理や簡単な来客担当などなどなど……。
今まで音乃木坂の為に働いてくれていた人だ。ヒイロもその点は高く評価していた。
この家に来るまでは。
「それにしてもすっごいですね」
「うん! やっぱり自分の学校からスクールアイドルがでるなんて思わなくて!」
先程、画鋲の痕が凄いと説明したが、それは当然ポスターを貼ったりするため。そしてそのポスターとはもちろんミューズのものであった。
そう、至る所にメンバーのグッズが置いてある。ミューズのみんなが映っているポスター。
個々メンバーが映っているポスター。全員のうちわやらTシャツやら缶バッジやらエトセトラ……。
「自分で言うのもなんだけど、僕は相当のミューターでね! 常に彼女達の行動を知り、応援しているんだ!」
「へ、へえ。ミューター……?」
「ミューター。ミューズファンの事だよ。ラブライブ公式サイトのミューズ掲示板で生まれたスラングなんだ」
「へえ、そうなんですか」
まあつまりは熱心なファンと言うことだ。
見れば今も山岸は熱心にミューズの事を語っている。赤いほっぺはより赤く。それだけ熱が入っているのだろう。
「ライブも全部足を運んでいるんだ」
「へえ、いやいや本当に凄いですね。それに、ほら、この写真なんて」
テレビの上に飾ってあった写真には、ミューズのメンバーに囲まれている山岸の姿があった。
良い笑顔だ、しかしミューズはファンとの写真撮影もしていたのか、その情報は知らなかった。
「合成だ、それは」
「え?」
ヒイロの指摘。山岸は恥ずかしげに笑う。
「友達が作ってくれてねぇ」
確かに良く見てみればなんだか違和感が。
要するに、ミューズと一緒に写真を撮りました――、と見せかけ。
その実、写真合成ソフトで作った偽者と言うことだ。
「あ、あはは。まあ、ね、いいですねそう言うのも」
写真を戻そうとしたエム。
しかし紙製の安い小さな額であったためか、写真が額の隙間を抜けてスルリと床に落ちてしまう。
「あ、すいませんっ!」
「ああ、いいよいいよ、戻しておいてくれれば」
そこでエムは気がついた。合成写真の裏にもう一枚写真があった。
相当古い写真なのだろう、これもまた全体的に茶色にくすんでいる。そして映っていたのは小さい頃の山岸だ。
柔らかな笑顔を浮かべ、その両端には山岸の両親と思わしき人が笑顔を浮かべている。
ふとエムは視線を別のところへ移す。
そこにあったのは仏壇で、山岸の両親の写真が飾られていた。
つまり山岸は、亡き父と亡き母と一緒にとった家族写真の上に、ミューズと自分を合成させた写真をおいていたわけだ。
「………」
なんだかちょっと複雑な気分になりつつ、エムは写真を戻してテレビの上に飾りなおす。
「そんな事はどうでもいい」
そしてヒイロはそんな流れをスッパリと切り捨てた。
「山岸さん。さきほどの話の続きをお願いします」
「あ、ああ。うん。そうだね」
さて、問題なのはなぜ山岸がミューズの部室に入っていたのか、である。
それにはエムやヒイロとしても見過ごせない事情があった。
「実は――」
それは今日の朝にさかのぼる。
『山岸さん』
『はいはい、どうしましたか城嶋さん』
生徒に快適な生活をと言うことで、音乃木坂の用務員は山岸の他にもう一人城嶋と言う中年の女性が存在している。
城嶋は事務員も兼任しており、そんな中、学校にとどいた郵便物を整理していると、よからぬ内容の品を見つけたらしい。
『こ、これは!』
『ど、どうしましょうかね山岸さん……』
『うーん!』
そしてその『ブツ』を山岸はヒイロとエムに見せた。
手紙である。パソコンで作成したと思われるソレには、こう書かれていた。
【ミューズの活動を今すぐにやめ、奴らは解散せよ。でなければ女神達の翼を引き千切るぞ】
「こ、これって!」
「脅迫と言うことか」
山岸は悩んだ。これを理事長に知らせるべきなのか。
ミューズ達の安全を考えるのであれば当然知らせたほうがいいだろう。
しかしもしも知らせれば確実に穂乃果たちは安全確保と言う理由でラブライブの出場を中止させられるだろう。
もちろん一番は穂乃果達の安全だ。それは仕方ない。
しかし山岸はミューズのファンゆえに、穂乃果達のラブライブに掛ける情熱も分かっている。
特に三年生は卒業が迫っており、チャンスももう僅かとなっている。
だからこそ山岸は悩んだ。悩み、悩み、そしてその先に理事長に知らせない判断を取ったのだ。
そしてラブライブが終わるまで、ミューズを影ながら守ると山岸は決めたのだ。
だから部室に忍び込んだ。
ミューズが屋上で練習している間は、不審者に侵入される可能性は高い。
ましてや既に危険物を仕込まれているかも。と言うことで、山岸は部室を漁っていたというわけだった。
「お願いだよヒイロくん、エムくん、この事は僕たちだけの秘密にしておいてよぉ」
「え? ああ、それは――。うーん……!」
なんとも返事に困る事を言ってくれる。エムがたじろぎ、頭をかいていると、ヒイロが口を開いた。
「分かりました。この件に関しては生徒会長である俺が責任をもって協力します」
「ほ、本当かい!」
「ええ」
ヒイロはテーブルにおいてあった手紙を奪い取ると、クシャクシャに丸めて近くにあったゴミ箱へ投げた。
「い、いいんですか会長」
「どうせ下らない悪戯だ」
現在スクールアイドルブームと言う事もあり、ラブライブ参加学校は非常に多くなってきている。
「当然、低学歴の野蛮な連中が通う高校からも出られる事になる。そう言った連中の関係者がライバルを蹴落とそうとして、この手の方法を仕掛けることは容易に想像できる」
「それはちょっと言い過ぎじゃ……」
「事実だ。人間の中にも猿に近い馬鹿は山ほどいる。考えの足りない連中がこういった安直な手に出る」
もちろんラブライブ運営側もそう言った行為がないように注意を促し、定期的な調査を行っているとは聞くが、だからと言ってこの手の行為が消えるわけじゃない。
「それに、俺はコチラの可能性が高いと思っている」
「!」
ヒイロは最後の言葉を小声で呟き、制服の内側に忍ばせていたガシャットを見せた。
唸るエム。確かに今はそちらの方を頭においておくべきか。
「いやぁ、ありがとう。仲間ができて心強いよ! ミューズを応援するもの同士、やっぱり手は取り合わなくっちゃね!」
「ええ、ええ! 頑張りましょう山岸さん!」
笑顔で手を取り合うエムと山岸。
「エム君は推しメンとかいるのかい?」
「あー、やっぱり穂乃果ちゃんですかね!」
「いいねー! 元気な彼女はリーダーにとっても向いてると思うよ!」
「山岸さんは!?」
「僕ぁ一応箱推しなんだけど今はちょっとウミウミかなー!?」
「う、うみ……? あ、いいっすね! 海未ちゃんは礼儀正しいし!」
「そうそう! けれどたまに変顔がでちゃうのが良いんだよね!」
「下らない」
「そうそう下らな――」
「え?」「え?」
目を丸くしたエムと山岸。
その視線の先ではお茶を飲み干したヒイロが見えた。
「失礼ですが山岸さん。年齢は?」
「よ、44です……」
「ご結婚は?」
「し、してました」
「つまり?」
「離婚しました」
「当然ですね。こんな趣味をお持ちでは」
「え……?」
「ナンセンスですよ、山岸さん」
ヒイロはため息をついて立ち上がる。周囲を見るとどこもかしこもミューズミューズミューズ。
「スクールアイドルのおっかけなんて、いい歳した男のやる事じゃない」
「え、あ……」
自らが勤めている学校からスクールアイドルがでれば応援したくなる気持ちも分かるが、山岸の様子を見ていると度が過ぎている様にも感じる。
それこそ娘ほど歳の離れた少女達を見て目を輝かせているなど、周りからみれば醜悪にもほどがある。
これではその内、今日の疑惑が本当になる日も近いのではないか?
「アイドルを応援する事の本質は憧れでしょう? 同年代や同性ならばともかく、貴方は本来スクールアイドルの憧れの対象となるべき
「ね、年齢が……」
「俺はそう思います。みな歳相応の趣味を楽しむべきだ。でなければ醜くて仕方ない」
女児向けのアニメに熱中しているオッサン。
子供が見るはずの特撮ヒーローのベルトを巻いているオッサン。
小学生のアイドルにデレデレしているオッサン。考えただけで頭が痛くなるとヒイロは言う。
閉鎖的に楽しむならばまだしも、決してはそれはオープンにしてはいけないとヒイロは釘を刺した。
「山岸さん。あなたならばそうだな、車とか、釣りとか、読書とか、もっと他に夢中になるべきものがあるでしょう」
「……はい」
「………」(ゲームは許されますか……?)
ヒイロの言葉は心をグサグサさしていく。
山岸もエムも白目をむいてずっと俯いていた。
「やれやれ。とにかく良い大人が何をやっているのか。もっと『まとも』な趣味を見つけるべきです。それでは俺はこれで」
ヒイロは頭を下げるとさっさと家を出て行った。
固まる二人は肩をプルプルと震わせるだけ。しかしその時、山岸の涙から一粒のダイヤモンドがポロリ。
「!!」
そこで我に返るエム。
明確な不快感を表情に乗せて、彼もまた勢い良く家を飛び出した。
「ちょっと会長! なんなんすかあの言い方は!!」
エムはヒイロの前に立つと、掴み掛からんとの勢いで迫った。
「酷いじゃないですか! あの言い方はあんまりでしょ!」
「対象年齢を履き違えた趣味ほど哀れで気持ち悪く見えるモノはない。あれは忠告だ」
「それでもッ、趣味くらい――ッ!」
「言っただろ。個なら良い。だがそれが集団で共有するものなら話は変わってくる」
「ッ?」
「自分を直視できない人間ほど愚かなものはない」
そう言ったヒイロの眼にはなにか強い感情が宿っているように見えた。
尤もそれがどんな感情なのかは、エムにはさっぱりだったが。
「キミは、ミノタウロスと言う単語を知っているか……?」
「牛の化け物の?」
「……いや、いい」
ヒイロはエムを避けて歩き出す。
「会長! あんまりです。山岸さんに謝ってください!」
「断る」
「な、なんでだよ!」
「エムくん。俺は、ミューズファンが好きではない」
「えッ!?」
「正確に言えばアイドルファンが好きじゃない。奴らは目の前にいるアイドルだけを見て、自分の愚かさが見えてない」
そしてヒイロは語り出す。
ヒイロはクロトと我李奈に声を掛けられ、適合者にならないかと誘われた。
話を聞き、そしてヒイロはイエスと口にする。
そしてブレイブドライバーとタドルクエストのガシャットを受け取ったのだ。当然それには相応の理由がある。
「ミューズが有名になれば早い話しがプロになるまでの時間が短くなる」
テイパーゲームの目的はミューズの知名度を上げることだ。
そしてヒイロもまたミューズの才能は理解している。宣伝力が合わさればアライズを倒しラブライブを優勝するだけの力がある事は分かっていた。
そもそもクロトの力が加わればラブライブの終了を待たずしてプロになっていけるだろう。
プロになれば当然スポンサーがつき、専用の練習場所やスタジオ、ひいてはライブ会場が用意される。
「そうなればミューズが学園に滞在する時間は限りなく短くて済む」
「ッ、もしかしてアンタは……!」
「ああ。俺はミューズを学園から排除するために適合者になった」
「!!」
押してだめなら引いてみろとでも言えばいいのか。
要するにヒイロはミューズが邪魔なのだ。
しかし無理やり消すことはしない。むしろ有名になって出て行ってもらおうと。
「なんで! 穂乃果ちゃん達はあんなに頑張ってるのに!」
「そういえばキミは高坂くん達とは幼馴染だったな」
「ああ。穂乃果ちゃん達は悪い人じゃない。ミューズだって、最初は廃校の危機を救うために結成したんだ! そんな彼女達を――」
「分かるさ。俺だって園田くんや南くんとは毎日顔を合わせるんだ」
その才能や努力は評価している。
「だから勘違いしないで欲しいのは、俺は別に園田くん達が嫌いなわけじゃない」
ヒイロは海未が嫌いなわけじゃない。いや、海未だけの話しじゃない。
穂乃果、ことり、真姫、凛、花陽、にこ、希、絵里。どの人間も嫌いじゃない。
しかし、『ミューズ』は別だった。
「彼女達の活動は理解できるが、応援できるかどうかは別にある」
「なんでそんな……」
「頑張っているのは、彼女達だけではないからさ」
「ッ?」
「じゃあな。俺は帰る。もうついて来るな」
ヒイロはエムを振り払うようにどかすと、そのまま歩き去った。
「……?」
なにがなにやら。エムは頭をかいて山岸の家に戻った。
リビングでは山岸がぐったりとうな垂れ、どす黒いオーラを纏っていた。
好きな物を否定されるのは辛い。こうなるのは当然だろう。エムは強い同情を覚えた。
「ま、まあまあ元気だしてくださいよ山岸さん。あれは会長が悪いですって。ねえ?」
「う、うん」
「ヒイロの野郎は――ッ、ねえ? んん! ヤラシイったら……!」
「ありがとうエムくん。僕ぁもう大丈夫だよ」
とは言え山岸はどこかまだ落ち込んだ様子だったが、ヒイロの言うことも分かっていると。
「仕方ないよ。ドルオタとはそういうものさ」
ヒイロの言うようにミューターやラブライバーのメイン層は子供、高校生だ。
自分のような年齢の人間が関われば浮くのは分かるし、容姿が悪いのも理解している。
イケメンならば許されたかもしれないが、醜いオッサンが年下の女の子のダンスや歌を見てニヤニヤしている様は確かに受け入れられないだろうと。
「以前ね、ミューズのライブが校庭で行われた事があるんだ」
学校の生徒以外も自由に見る事ができると言う宣伝だった。
「そこで小学生の女の子が迷ってたんだ。ライブ会場はどこかなぁって」
「はぁ」
「だから僕が教えてあげたんだ。ライブ会場」
「優しいじゃないですか。流石ですよ」
「ううん。通報されたよ」
「………」
天を仰ぐエム。
号泣する女子小学生と、奇異の目で見てくる警官。
「なかなか帰してくれなかったよ。きっと僕がハゲてたから、デブだったから、オッサンだったから、ドルオタだったから……」
「い、いやぁ、それは考えすぎじゃ」
「ある日ね、ミューズがメイド喫茶でバイトするって聞いてね。応援に駆けつけたよ。自慢のミューズ応援ハッピを着てね」
「おお! ファンの鑑ですね!」
「晒されたよ、SNSに」
「………」
眉間を押さえ俯くエム。
「気持ち悪いミューターがいるってね。ハゲで、デブで、オッサンで」
「さ、晒すほうが悪い! 山岸さんは欠片も悪くない! 元気出してください!」
「その帰り道ね、若者に声を掛けられたよ。道に迷ってると思って助けてあげようと思ったよ」
「よッ! さすがは山さん! 心が広――」
「お金を取られたよ」
「え?」
『ラブライバーがいたぞ! 殺せ!!』
「ラブライバー狩りでお金を取られた事もあったよ!」
「………」
「僕らはお金を持ってるって噂されてるからね」
「………」
山岸は声を震わせながら語る。確かにそうだ。
父親と母親が死んでいくらか入った。もともと貯金が趣味だった。
物欲がそれほどなかった。離婚の際に慰謝料をそれほど払わなくてよかった。
「ボコボコにされたよ。ヤムチャみたいになった」
「………」
頭を抱えて首を振るエム。
「ごめんなさい」
「謝るなよォオ! いっそ笑ってくれよぉおお!」
絶大な悲壮感を背に山岸は吼える。
アイドルファンも楽じゃないということか。だがそれだけの思いをしてもまだアイドルファンを続けている限り、相当のファンと見える。
なんだか不思議とエムには山岸が好意的に映った。
「まあそれに、おれも分かりますよ。山岸さんの気持ち」
「え?」
「プロゲーマーが夢なんです」
エムは携帯を手に取るとネットに接続。
掲示板を立ち上げ、スレッドを一つ立てる。タイトルは『プロゲーマーに本気でなろうと思うんだ。一言なにかくれ』。なんて、そんな内容。
そしてしばしの沈黙。山岸にお茶のおかわりをもらい、その後、再びスレッドを確認してみる。
『死ね』『きもい』
『プwwロwwゲwwーwwマーww』『プロなめんなクズ』
『お前じゃ無理だよ』『ラノベ作家になりたい、声優になりたいに続く三大キモイ夢』
『おれより弱いくせに無理すんな』『頑張ってください! 応援してます!』『うどん食べたい』
『今はまだ日本じゃプロゲーマーの理解が低いからな』『格ゲー?』『きもい』
『海外じゃ割りとメジャーなんだけどな』『まあまあキモイ』『頑張れ、応援してる』
『簡単になれる職業じゃねぇぞ。こんなクソみたいな掲示板に書き込むより練習しろ』
『練習じゃ無理だろ。才能の世界だ』『きもい』『うんち』
『応援してます――、うそぴょーん!! 死ね!!』『きもいよ』
「ごらんの通りです」
「あぁ、うん。たいへんだね……」
「おれはコイツ等はクズだと思うけど、言いたい事は分かる」
そういうものだ。そういう意見が出るのは仕方ないのだ。
それでも目指す。そういう世界だ。
「それに、おれのやってるゲームってあんまり良い印象もたれてないんだよね」
ゲーム名、検索。
あだ名、羅列。
『大乱闘チンパンブラザーズ』
『おいでよチンパンの森』
『檻へ行こうよ、チンパンの森』
『とびだせ、チンパンの森』
『チンパンの森。さつばつ広場』
まだある。まだまだある。
『チンパンVSチンパン』『ヒューマンハンターM《モンキー》』
『ストリートチンパン』『ドラゴンチンパン』『ファイナルチンパン』
『鉄猿』『バーチャチンパン』『テイルズオブチンパン』『猿人転生』
『チンパンパーティ』『猿のチンパン・パンパンプラネット』『チンパンマン』
人間のやるゲームじゃない。猿共のお遊戯大会。のうみそが退化するゲーム。
やってるヤツの神経を疑うレベル。ゲーセンで独占する猿が多すぎ。奇声猿多すぎ。初心者が入れない。猿は死ね。
高潔な人間では出来ない。猿に退化した下劣な人間のためのゲーム。
「……なんと言うか大変だね」
「笑えよ。そこは笑ってくださいよ」
やはりお互い理解されぬ道を歩むもの。
まさに茨の道とでも言えばいいのか。咲いている花は綺麗だが、歩けば棘が心をグサグサ刺してくる。
しかし双方仕方ないと割り切っているのは、『類は友を呼ぶ』の言葉があるせいだろう。
確かにひとくくりにすればドルオタや同ゲームのプレイヤー。なにか問題を起こせば全体にまで波及するのが宿命である。
そして何かを『やらかしてしまう』人間が多いのも事実だった。
「!」
そこでエムの携帯が震える。
見れば穂乃果からのメッセージだった。
『ヨッシーくんから聞いたよ。今まだ学校にいるの?』
「ッ!」
良い事を思いついた。エムは今の状況をそのまま穂乃果に返信した。
「おじゃましまーす!」
「はわわわわわわわ!」
色とりどりの声が重なる。
山岸の家にゾロゾロと入ってきたのは、山岸が女神と信じて疑わないミューズの面々だった。
練習が終わり、エムを誘って帰ろうとした穂乃果に入った情報。エムは山岸の家にいる。
山岸の家は学校からすぐ。と言うわけで、ミューズたちは穂乃果に誘われ山岸家にやってきたという訳だ。
「ハラショー……!」
部屋に入るなり、目を輝かせる絵里。
ドルオタの部屋に入るのは初めてなのだろう。壁に貼りつくされたポスターに相当驚いているようだ。
それは他の面々も同じで、凛は花陽と真姫の手を引いてポスターを見回っていく。
「あ、このかよちん可愛いにゃー! 真姫ちゃんも照れちゃってかわいー!」
「こ、こんなに大きなポスターが売られてたなんて……! は、恥ずかしい……!」
「ちょっと誰よこの写真撮ったの! いつ撮ったのよ!」
「あっちのハッピも凄いよぉ! 見よ見よ!」
盛り上がる三人の声を退けるように、にこがグイグイと前に出る。
「にこーっ?」
「はわわわ! にこにーだぁ!」
「山岸さん! にっこにっこにー!」
「に、ににににっこにっこにぃー!」
にこの決めポーズに、同じポーズで返す山岸。
赤面した小太りのオッサンのぬるぬるした動きを見るのは少々『アレ』だが、楽しそうなので良しとしようではないか。
「それにしても山岸さんがココまでにこ達のファンだったなんて嬉しいにこぉ」
「と、当然にこ! 僕ぁずっとファンに――ッこぽぉ!」
盛り上がる二人を見ながらエムは部屋の隅で穂乃果たちと合流する。
「ごめんね穂乃果ちゃん、わざわざ来てもらってさ。まさかみんな来てくれるなんて思わなかったよ」
エムは一応ミューズメンバー全員と面識があり、なんどか言葉を交わした事もあるが、やはり幼馴染の二年生以外は関わりは薄い。
だから穂乃果がコチラに来ると言ってくれた時も、てっきり三人だけかと思っていたが、まさか全員来てくれるとは。
「みんなも一回山岸さんにちゃんとお礼言いたかったしね!」
「それに、カードも言うてたんよ? ココに来るのがええって」
エムの前に立ちタロットカードを見せる希。お得意の占いであろう。
とは言えその的中率は凄まじいのだから、皆が促されるのも分かる。
あと気になるのは穂乃果の言葉。
「みんな山岸さんの事知ってたんだね」
「ええ。いつもライブに来てくれますから」
「いつも応援してくれるんだよねっ」
「そうなんだよ! って、あれ? なに隠してるのエムくん?」
「い、いや! なんでも――ッ」
さすがにテレビの上にあった合成写真を見られるのはマズイと察し、エムはそれを現在、背中の後ろに隠している。
しかしたとえそれを見られたとしても大丈夫なのではないか、そう思わせる雰囲気があった。
まともに山岸と会話を交わしているのは現在にこだけだが、絵里や一年生は楽しそうにグッズを観察しまわっている。
にこは笑顔で山岸と握手中であるし、希はそれをニコニコとした表情で見ている。
穂乃果達も特に山岸に対して警戒心を見せているようには思えないし、嫌悪している様子は欠片も無い。
それはひとえにミューズの人間性であろう。
だからこそ人気が出ている。だからこそきっと山岸も好きになったはずだ。
良い人間が嫌いな者など相当ひねくれていない限りは存在しないのだから。
そしてもう一つはミューズが山岸を信頼しているからだ。
「でも山岸さんがわたし達を応援してくれるの、とっても嬉しいな」
「そうなの?」
「うん、だって――」
穂乃果たちは学校での山岸を良く見ている。
人が嫌がる仕事を率先して引き受け、いつも笑顔で音乃木坂を守ってくれている。
そんな人間が自分達を必死に応援してくれているのだ、嫌なわけが無い。
「……なるほど」
つまりはこれもまた、山岸の人間性のおかげと言うことか。
これが知らないおっさんであったら、もしかして穂乃果たちは引いていたのかもしれない。
だが山岸の努力や真面目さを見ているぶん、嫌悪感は消えていく。
(ヒイロ。やっぱり上辺だけしか見ないアンタは間違ってる……!)
もちろんエムもヒイロの気持ちは分かるが、やはりあんな言い方は……。
「そうだ、山岸さん。写真撮ってもらおうよ」
「えッ、いやでもそれは!!」
「いいよ! 一緒に撮りましょう山岸さん!」
穂乃果は大きく頷くと山岸の隣につく。
慌て、赤面する山岸と、にっこりと笑顔の穂乃果。
「ね、みんなもいいでしょ?」
「はい。私は構いませんが」
「いいよぉ」
海未もことりも了解する。
「私はべつにどっちでもいいけど」
「じゃあリンも真姫ちゃんも取るにゃ。かよちんも一緒にとろー?」
「は、はい! 私でよければ……!」
真姫、凛、花陽も問題ないようだ。
「私も構わないわよ」
「ふふっ、たまにはファンサービスもせんとね」
「にこは山岸さんと撮りたいにこーっ!」(しゃあ! これで私のファン、ゲットだぜッッ!!)
全員オーケーと言う事なので、エムが撮影者となり、一枚の写真ができた。
ミューズに囲まれる山岸。恍惚の表情を浮べており、ずいぶんと幸せそうだ。
現に今も山岸は撮影に使ったデジタルカメラを抱えて興奮したようにミューズたちへお礼を口にしている。
「ありがとう。本当にありがとう。ミューターとして光栄だよ!!」
「ミューター?」
「ミューズファンの事らしいよ」
「へえ、そうなんだ!!」
驚く穂乃果。どうやらそのあたりの知識は疎いらしい。
まあミューターと言う単語自体、最近できたもののため、当然と言えば当然なのか。
特に最近はスケジュールもかつかつのため、いちいちネットを確認している時間はなかったのだろう。
そこでエムはふと思い出す。ヒイロに言われた言葉が脳裏をよぎった。
「山岸さん」
「ん、んん!? どうしたんだいッエムくん!!」
「ミノタウロスってなんですか? 聞いたことあります?」(興奮してるなぁ)
「―――」
「?」
一瞬だった。
まさに一瞬で山岸を取り巻いていた興奮が消えたように感じる。
(おいおい、まさかコレは……)
眉をひそめるエム。
ミューズに詳しい山岸ならば何かを知っていると思ったのだが。
(おれは地雷を踏んでしまったのか――?)
山岸は随分と分かりやすい男だった。
目を見開き、視線を泳がせ、なんどもなんども喉を鳴らしている。額には汗が滲んでおり、顔もやや青ざめていく。
「し、しらないなぁ、ぼぼ僕」
嘘が下手すぎる。
これにはエムだけではなく、数人のミューズメンバーも気がついたようだ。
しかし本人は嘘を突き通すつもりなのか、早々に穂乃果達の帰宅を促した。
「ほら、もうすぐ夜だし、家族も心配するよ。みんな気をつけて帰ってね。練習頑張ってね。応援してるからね」
明らかに何かある――が、良くない事なのは確かだった。
それをこの場で追求するわけにもいくまい。結局ミューズとエムは言われるがままに山岸家を後にし、それぞれの帰路についた。
「それにしても、山岸さん。明らかに様子が変でしたね」
その帰り道。海未が口を開く。
「え? そうかなぁ?」
穂乃果は気づいていないらしい。
ことり、海未、穂乃果、エムの並びで帰っている途中の事であった。
どうやら海未は気づいていたようだ。
「明らかにおかしかったですよ。何かを隠しているようでした」
「お腹が痛くなっちゃったんじゃないかなぁ?」
「ことり、それは――ッ。まあその可能性も否定はできませんが……。石神くんはどう思いますか?」
「えッ? おれ!?」
「はい。おかしかったですよね、山岸さん」
「まあ、それはね……。うーん……!」
正直何か嫌な予感がしたので、エムとしてはこの話題は掘り下げたくなかった。
とは言え既に海未は気づいている。いや、海未だけではなくほかのメンバーも気づいている者は気づいている。
だとすれば独自に調べる可能性は高い。ならば逃げるよりは考えたほうがいいか。エムは悩んだ末に、首を縦に振った。
「なんだか、ミノタウロスの単語を聞いてから変になった気がする」
「確か神話に出てくる……?」
「そう。牛の化け物だよ」
ファンタジーに詳しい人間ならばほとんどが知っている筈だ。
迷宮に迷い込んだ人間を食らうとされている牛頭の化け物。
しかし単語を検索しても、そのミノタウロスしか出てこない。
しかもファンタジー作品ではよく取り上げられる存在であるため、いろいろなアニメやゲームにもヒットてしまう。
だがそこでエムは思い出す。たしか『ミューター』とはラブライブ公式サイトの掲示板で生まれた言葉だと山岸は言っていた。
ならばと海未はラブライブ公式サイトにあるミューズの掲示板を開き、ワード検索を行う。
そして五分ほど経った頃、海未は見つける。
見つけてしまう。
「………」
ヒイロは椅子の上で足を組み、頬杖をついて窓の外を見ていた。
机の上にあるノートパソコンには、ラブライブの公式サイト、ミューズの掲示板がある。
「………」
あの時の事は、今もずっと心の中にある。
『綺麗ですね』
『ありがとう』
最近の若い人間は花には興味がないと聞くが、ヒイロは別だった。
音乃木坂に来てまず驚いたのは、中庭にある花々の美しさであった。花自体はもちろん、色とりどりの花が綺麗に見える様に配置されているセンス。
驚いていると、丁度、花を植えている生徒が見えた。
だからヒイロは言った。綺麗ですね。
『学校にあるお花は園芸部がお世話をするの。あなたもよければどう?』
しかしヒイロには医者になりたいと言う夢があった。そのために多くの知識を取り入れたいと言うことから、ヒイロが園芸部に入る事はなかった。
などと、それは表向きの理由である。本当はヒイロは躊躇してしまったのだ。
自分が園芸部に入ることで、咲子達が作る世界が崩れてしまうのではないかと。
もちろんそんな事をしなくとも園芸部には新入生が入っていたし、問題はなかったのだろうが。
咲子達は学校にある花の世話を行うのだが、なかでも部長である咲子は中庭にある円形の花壇を担当していた。
一番大きな花壇であり、周りがベンチになっている。
植え替えを使用するほかとは違い、そのほとんどが一から種を植える形となり、それだけ世話も大変なのだとか。
しかしそれだけ咲子は熱心だった。
『先輩はいつも早く学校に来ますね』
『うん。
咲子の計算によれば花壇の花は文化祭の日に満開になる予定だった。
『文化祭は他の人も来るでしょ? うちの花を見てもらって、綺麗だなって思ってほしいの』
『いいですね。そうすれば、もっとみんな花に興味を持つかもしれない』
『でしょう!? ふふっ、楽しみね!』
咲子は本当に一生懸命に花の世話をしていた。いや咲子達だけじゃない。他の部員も同じだ。
花が好きだから、花を愛しているから。先輩達から受け継いだ花々に誇りを持っているからだ。
ヒイロは、咲子を尊敬していた。
そんなある日、ミューズが文化祭の日に屋上でライブを行うという話が出た。
しかし屋上は人を収容できる人数が少ない。手すりがあるとは言え、ごった返しになれば危険になる。
すると咲子は中庭にモニタに置く事を提案した。仮設テントの下にモニタがあれば雨でも大丈夫だし、なによりも多くの人に花を見てくれると。
『たのしみだなぁ』
文化祭当日。その日は風が強く、大雨が振っていた。
ヒイロは別のところで運営を手伝っていたため、穂乃果がライブ中に倒れたという事を知ったのは後の事だった。
そしてミューズがラブライブの出場を止めたと聞いたのも後のほうだった。
そして何より――。
『………』
ヒイロが中庭に行ったとき、そこには踏み荒らされた花々が見えた。
円形状の花壇の中にある花は折れ、土に埋もれ、とてもじゃないが美しさの欠片もないものだった。
『あはは、私が悪いんだよ!』
咲子は笑っていた。
『円形状の花壇の前にモニタ置いちゃって。そりゃみんな見にくいよね』
ミューズは注目されているスクールアイドル。
それだけの集客力も持ち合わせていた。屋上のステージは埋まり、中庭にもそれだけの人が集まる。
みんなモニタを見ようと歩き回る。そして丁度花壇に登れば高さが丁度いい。
だから踏み込んだ。踏み荒らした。それだけだ。本当にファンはそれだけしか思っていなかった。
翌日、円形の花壇からは花が全て消えた。
ヒイロはその理由を、『花壇の花が病気になったから、全て抜かないといけなくなった』と聞かされた。
『何故です! これは問題だ、正式に抗議をするべきでは!?』
『私が頼んだの。みんなも、顧問の先生も納得してくれたの』
咲子は笑っていた。生まれて初めて土下座もしたと笑っていた。
『ここで問題になればミューズの印象が下がっちゃうでしょ? にこちゃんに希ちゃん、絵里ちゃんとっても頑張ってたし、楽しそうだったし。私達のせいで変なことになってほしくないの』
『ですが!!』
『お願い。お花はファンの人に踏まれたんじゃなくて病気で無くなった。それでいいじゃない』
ヒイロに背を向け、咲子は笑っていた。
『ミューズは絵里ちゃん達の夢だからね。いいの、応援したいの』
『じゃあ』
『?』
『じゃあ、あなたの夢はどうなるんですか』
『……アイドルとお花じゃ、みんなの興味は違うものね』
あの日、みんなはお花を見に来たんじゃない。
ミューズを見に来たんだ。それでいいじゃないか。
みんなが楽しんだんだからそれで、それで……。
『それで……』
咲子は花壇の前でへたり込んだ。
しかし笑っていた。涙は流れていた。しかし笑っていた。
それで、いい――。
「そんな……!」
驚愕の表情を浮べて震える穂乃果たち。
ミューズの掲示板には、咲子やヒイロの名は一切出てこなかったが、その時の事がおおまかに書かれていた。
そして文の締めくくりにはこう記載されている。
『ミューズには人の心を考える事ができない愚かなミューターたちが群がる事がある。乱暴で野蛮な彼らは、まさにミノタウロスと言うにふさわしい。ミューズの活動がより大きくなれば、こんな連中が増えるのかと思うと、憎しみの心が湧き上がる』
淡々とした口調の文章だった。
しかしそれは穂乃果達の心に大きなハンマーを打ちつける。
誰も動けなかった。エムも、海未も、ことりも、穂乃果も、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
【……See you Next game】
【次回予告】
次回、マスクドライバーエグゼイドは!
【ファンがアイドルを壊していくのか――!?】
「あなたは本当にそれだけの理由でヴィランを逃がしたんですか?」
「彼女は女神を殴る資格があるのかもしれない。そう思っただけさ」
「誰かを楽しませるために、誰かを悲しませるなんて、そんなの絶対イヤだな」
【レベルツーへの条件とは!】
「レベルワンで戦う事に意味はない。ナンセンスな事は止めろ!」
「あんた、エグゼイドの名前の由来、知ってるか!?」
【苦悩のヒイロ!】
「私を応援してくれる人を馬鹿にする事だけは、絶対に許しませんッッ!!」
「術式レベル2」「俺の進化について来れるか!」
【次回 第3話・勇者の権】
………
うみまきが好き(´・ω・)