マスクドライバーエグゼイド! アポロンの獏   作:ホシボシ

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丁度折り返し地点に来たので、あらすじちょっと変えてみました(´・ω・)


第5話 涙

 

 

エミの嘔吐物を処理している時ほど、惨めになる時間はなかった。

小さな背中をさする事しかできなかった自分を、彼女は許してくれるだろうか。タイガはそんな事を思いながら、エミの背中をさすり続けた。

 

 

「ウェッ、ゲぇ!」

 

 

可愛い声が濁り、目の端に涙を浮べながらエミは吐き下している。

 

 

「もうやだよォ。づらいよぉ」

 

 

治療のためだから仕方ない。

大人は割り切る事もできるが、まだ小さなエミは涙を流しながら救いを求めていた。

 

 

「辛いなぁ。苦しいなぁ。ごめんな、お兄ちゃん、何も出来なくて……!」

 

 

タイガは苦悶の表情を浮かべ、妹の後姿、小さなツインテールをジッと見ている事しかできなかった。

(エミ)は何も答えない。ただ吐き下し、反射で目から出てくる涙をポロポロと零すだけだった。

それでも、落ち着くと必ずこう言ってくれる。

 

 

「ううん、お兄ちゃんは何も悪くないよ。毎日来てくれるから、エミ、寂しくないよ」

 

 

会話の中で聞こえる言葉。

 

 

「お兄ちゃん、大好きだよ」

 

 

その言葉を引き出したかった。

その言葉だけを聞きたかった。だからタイガは、毎日病室に通った。

 

 

「できるなら、代わってあげたいんだけどな」

 

 

赦してほしかったのか。何もできない自分を。無力感に苛まれる自分を。

心のどこかでこうなるのが自分じゃなくて良かったと思う自分を。

そして、あの日は、雪がふっていた。

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「エミ――」

 

 

エミの髪が消えたのは、副作用らしい。

しかしそんな事は知ったことではなかった。タイガは取り付かれたようにパソコンの画面を見つめ、対策を探した。

変わらないでくれ。壊れないでくれ。違う。かわいい声で喋ってくれ、愛らしいツインテールでいてくれ。それで、オレに微笑みかけてくれ。

それが、キミなんだ。オレが愛した――、たった一人の、妹。

 

 

「すごい……! これ、どうしたのお兄ちゃん?」

 

「ヘアドネーションって言うんだ! 世界中の人が髪の毛を寄付してくれて、カツラを作ってくれる人もいる!」

 

「そうなんだ! くれるの?」

 

「当たり前だろ。お前のために作ったんだ」

 

「本当? ありがとうお兄ちゃん!」

 

 

ありがとう? ありがとう。

欲してくれ。求めてくれ。お前のためなら何でもするから。

 

 

『ほらエミ。これ……ッ! キノコを煎じたんだ。これがお前の病気に凄く効くらしんだ!』

 

『苦い? ダメだ、ちゃんと飲んでくれ。これを飲んだら良くなったって話があるんだ!』

 

『まずいな。苦しいな。でも我慢しろよ。そうすればきっと良くなるからな』

 

『エミ! ネットで見たんだけど、この漢方がいいらしいんだ。これも今日から一緒に飲もうな』

 

『吐くなよ! 吐いたらダメだろ! ほら、もう一回飲んで!』

 

『嫌だ? ダメだ! 飲め! 捨てるな! 捨てるなよ! どうしてだ、どうして分かってくれないんだ! 俺はお前のためを思って――』

 

『あぁあぁあ、ごめんなエミ。怒鳴ってゴメン。お兄ちゃんが悪かったよ。これはもうやめような。他の方法にしような……』

 

『ほら! 綺麗な石だろ? これ持ってたら病気が治ったって書いてあったから買ったんだ。これをずっと持ってるんだぞ!』

 

『エミ、この前変なセミナーに誘われたんだけど、そこで手をかざすだけで病気が治せる人に会ったんだ。お金を払えば来てくれるらしいから、今度お願いしようと思う』

 

『このお札を部屋に貼るとよくなるって――』

 

『東條さんの神社でお百度参りを始めたよ。生徒会はやめちゃうけど、絢瀬さんに事情を話したら皆わかってくれて』

 

 

たとえ、どれだけ醜い姿を晒そうが。どれだけ愚か者になろうとも。どれだけ哀れな姿であっても縋りたかった。

全てはただ一つ。愛していたからだ。死なないで欲しいと願ったからだ。

しかし心のどこかに理解があるから。冷静な自分がいるから。タイガは狂いそうになる心を笑顔の仮面で隠し続けるしかなかった。

そんなときだ。エミが楽しそうにテレビを見ていた。

 

 

「どの子が好きなんだ?」

 

「ひーみん!」

 

 

アイドルグループの中にいる一人、日美(ひみ)に、エミは憧れていた。

いつも笑顔で、可愛くて、ツインテール。まるで自分みたいだね。なんて。

 

 

「いいなぁ。みんな。エミはおどれないから……」

 

 

走る事はできない。踊る事はできない。体力がないから、声も小さい。

 

 

「エミはアイドルになりたいのか?」

 

「それは――……」

 

 

恥ずかしそうな表情を浮べていた。それはイエスの合図。

なにもおかしな事じゃない。アイドルは女の子の夢だ。

 

 

「病気が治れば、エミもなれるよ」

 

「ほんとう……?」

 

「ああ。エミは可愛いからな。オレが一番のファンになってやる」

 

「うん……!」

 

(ひーみん、か)

 

 

四日後だった。エミの容態は悪くなる一方で、もはや回復の見込みはないと言われたのは。

父も母も泣いていたが、タイガだけは違った。

違う。嘘だ。そうだ、奇跡は起こる。それだけを信じて取り付かれたようにエミに会いに行った。エミの望む事はすべてしてあげたかった。

だから、ダメもとでSNSを通じて日美にメッセージを送った。

すると、エミの話に食いついてきたのだ。

 

 

『はじめましてエミちゃん。病気、辛いと思うけど頑張って。今度会いに行くから、待っててね! 病気なんかに負けちゃダメだぞ!!』

 

 

タイガはきっと、その映像を見たときのエミを顔を一生忘れないだろう。

辛い事ばかりで沈んでいた顔が、あんなに明るくなるなんて。

あんなのに希望いっぱいの笑顔になるなんて。

 

 

「来てくれるの? ひーみん!」

 

「ああ、来てくれるって!」

 

「うれしい! やったぁ!」

 

 

一生忘れない。

 

 

「うれしいなぁ、うれしいなぁ!」

 

 

忘れたくても、忘れられなかった。

 

 

 

 

 

 

『アイドルグループ『50ライド』の前島日美さんに、番組プロデューサーとの不倫報道が――』

 

 

夢が覚めるのはあまりにもあっけなく、早いものだった。

そこそこ有名なアイドルであるため、どこのワイドショーでも取り上げられるニュースであった。

テレビを見る事くらいしか趣味がないエミも、当然その光景を見てしまう事になる。

病院のテレビを見るためのカードを取り上げればよかったのかもしれないが、ニュースや雑誌でも目につくため、隠すのは難しいだろう。

 

 

「ねえお兄ちゃん。ひーみんは何しちゃったの?」

 

「それは――……」

 

「どうしてひーみんは困ってるの? ふりん、って、なぁに?」

 

「す、好きになっちゃいけない人を好きになった……、かな?」

 

 

清純派であり、仮にも恋愛禁止のグループであったため、反動は大きい。

現にタイガもまた、イメージが大きく崩れていくのを感じていた。

良い子、清楚、それらのイメージは『不倫』の二文字がつくだけで大きく濁っていく。

 

現にネットは炎上し、ファン同士が争いあったり、根も葉もない噂が飛び交ったり。

ここぞとばかりにアンチが湧き上がったり、掲示板やSNSは悪い意味で盛り上がりを見せていた。

 

『やっぱ女ってカスだわ』『あんなオッサンと不倫とかマジかww』

『歌も口パクだし、話もつまんねーし。なんでゴリ推しされてるかと思ったら納得』

『死ね』『CD粉砕してみた』『そもそもブス過ぎて不快だった。これで消えてくれるし、ありがたい』

『裏切られた。赦さないよ、ひーみん。彼氏いないって言ってたのに。絶対に赦さない』

『そもそもアイドルに彼死がいないと思ってるお前らがアホ。アイドルはアイドルとして見て楽しむのが普通。女として見たところで俺達に付き合える可能性なんてないんだから叩いてる奴らは異常』

『うんち』『彼死って、彼氏だろww、顔真っ赤にして書き込みしてんじゃねぇよww。そもそも不倫が問題なんだろ。人の家庭壊しておいてのうのうと活動続けられると思ってんのかよ』

『奥さんがかわいそうだし、他のメンバーにもどれだけ迷惑かかるか考えてなかったのかよこのクソは。やっぱ見た目どおり脳みそねーんだな』『俺もヤラせろ』

『そもそも誰ですか?』『おけつ』『コイツ見るたびに不快でチャンネル変えてたわ』『んんwwぼんじははありえないww相手に無償光臨を許すクソ技ですぞww』『誤爆』

『今年に入って芸能ニュースも盛り上がってきたなぁ。これで薬もやってれば完璧だな』

『クソゴミが。死ね、消えろ』『クソ芸人共は擁護するんだろうな』『興味なし』

 

 

「………」

 

 

こんなモノは絶対に見せられない。

タイガは携帯をエミから隠す一方で、頻繁に評価をチェックしていた。

そして思う。

 

 

(なんて、楽しそうなんだ……)

 

 

圧倒的なライブ感。裏切られたという気持ち。

人気を集めスポットライトを浴びる芸能人への嫉妬や、ファンに対する嫌悪。内包されている鬱憤。

それらを全て解き放って叩きまくる快楽。高揚。悪いのは向こうであると言う圧倒的な後ろ盾や、悪を根絶する大義名分。叩きたい、叩きのめしたい、もっとファンが苦しむ姿を見たい。もっと荒れるさまが見たい。そう思う心が、タイガにもあった事は事実であった。

妹が好きだからひーみんを見てきた。その内に僅かな恋心が生まれたのかもしれない。

一方で妹が熱中するひーみんに対する嫉妬。それらが黒を生み出し、そして今それを解き放っても良い理由が出来た。

 

 

「ひーみん、大丈夫かな……?」

 

「大丈夫だよ。大丈夫。きっとエミに会いにきてくれるから」

 

 

しかし、笑顔の仮面を外す事はなかった。

そして、翌日。いつも笑顔を浮かべていたテレビアイドルが、画面の中で不機嫌そうに表情を顰めている。

周りには大量のカメラ。フラッシュの中で、ひーみんは台本どおりの謝罪を述べる。

 

 

『でも、本当に悪い事なんでしょうか!?』

 

 

しかし、記者会見でも失礼な質問やぶしつけな報道にうんざりしていたのか、悪手を取ってしまった。

 

 

『アイドルだって一人の人間です。人を好きになっちゃいけないんですか!? ラブがあってこそ人間じゃないんですか?』

 

 

ワロタ

逆切れキターッ!

ラブwwがwwあってこそww人間ww

ラブ(性欲)

オレって人間じゃないのか……

等と盛り上がる掲示板を見ながら、タイガは複雑そうに表情をゆがめていた。

そうするとマスコミの一人が言葉を投げる。

 

 

『今回の件の責任はどうするおつもりですか?』

 

『報道の通り、事務所との話し合いの結果、脱退と言うことになりました』

 

『ですよね。そうなると病気の子供に会いに行く計画は流れると思うんですが、その点に関してはどのように――』

 

 

テレビを消した。エミの件は既にニュースになっており、取材にも答えていた。

病気に少女のためにアイドルが応援に来てくれる。とても温かなニュースだ。好感度も上がる。ウィンウィンの関係。

目を丸くするエミに笑いかけ、タイガは続きを携帯で確認した。

 

 

『もう会えません。本当にあの子には申し訳ないと思っています』

 

「おにいちゃん、今のって……」

 

「大丈夫だよ、エミ。大丈夫だから。ほら、あんまりテレビ見ると辛いだろ?」

 

『だから、私は、アイドルを辞めます』

 

 

ひーみん、終了。

 

 

『ごめんなさい。今まで応援してくれたみんな、本当にごめんなさい』

 

 

その言葉で、終了。

 

 

「ひーみんッ、来てくれるよね?」

 

「ああ。絶対。うん。だから、寝よう?」

 

 

笑顔の仮面が、崩れた。

 

 

 

ニュースで、エミの事は分かる。

もうすぐ死ぬだろう少女の夢よりも欲望を優先したひーみんはメディアの玩具としては最高の材料だった。

だからマスコミは必死に探し、エミが入院している病院を突き止めた。

 

好感度よりも欲望。叩くためにマスコミはどうしてもエミに話を聞きたかったはずだ。

もちろんそう言った話は全て両親やタイガが断り、おかしなヤツが入ってこないかを病院と相談し注意していた。

だが、しかし――、それも完璧ではない。

 

その日、両親が仕事で、タイガは売店に向かっていた。

その際、動画サイト、ニコニコチューブで活動している、通称・ニコチューバーの、ハンドルネーム『キチガイ侍』がエミのところに来た。

迷惑行為をくり返す過激な生主(生放送を行う人間)として知る人ぞ知るニコチューバー。

今回の動画タイトルは、『少女の夢を壊してみた』。

 

 

「こないって、ひーみん!」

 

「え……?」

 

「知ってるよね? もうひーみんがアイドル辞めた事! どんな気持ちなの? オッサンにまけたの!」

 

 

タイガが病室に入ってきた頃にはエミは全てをキチガイ侍から教えられていた。

その日、タイガは初めて人を殴った。いや、殴り殺すつもりだった。

幸いにもその前に人が駆けつけ、キチガイ侍は警察に連れて行かれた。何を言われたのかは知らないが、特に問題に発展することもなく、タイガも厳重注意に済んだ。

キチガイ侍のカメラも調子が悪かったようで、エミの顔がネットに晒される事もなく、その点に関しては運が良かったのだろう。

しかし、エミが真実を知ってしまったことだけは事実であった。

タイガが全てを終えて病室に戻ってくると。エミは暗い部屋でうつむいていた。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん」

 

「………」

 

「ひーみん、こないの? 来てくれないの?」

 

「――ああ」

 

 

嘘をつける状況ではなかった。

 

 

「こない……」

 

 

エミは目にいっぱいの涙をためていた。

 

 

「こない――ッ!」

 

 

ボロボロと零れる涙。

その内、声を上げて泣き始める。

 

 

「うぇぇえええぇえぇえん!」

 

 

タイガは、逃げた。

それは分からなかったからだ。なんと声をかけていいのか。励まし方が分からない。

だから逃げた。なによりも、泣いているエミを見るのは胸が引き裂かれるほどに辛かったからだ。そして嘘をついていた自分、罪悪感が襲い掛かる。

 

翌日、タイガは病院に行けなかった。

毎日欠かさずに顔を見せていたのに、足が重くて病院にいけなかった。

それに自分がいかずとも両親が行ってくれる。少し話をすれば、エミはまた元に戻ってくれるだろうと。

 

そんなときだ。両親から連絡が来た。エミの具合が悪くなったらしい。

集中治療室に入ったとのことだ。元々調子は悪かった。いつ爆弾が爆発するか分からないと言われていた。

そしてその結果、痙攣を起こし、エミは気を失った。

タイガは耳を塞いだ。吐き気を抑え、必死に目を逸らした。

翌日、タイガは病院に行かなかった。嘘だ。エミは元気のはずだ。意識が戻らない事はありえない。

 

次の日も、その次の日もタイガは病院に行かなかった。顔を見せてあげてほしいと両親は言うが、タイガは無視した。

そもそも、意識のない人間に顔を見せて何になるのか。

タイガが欲しいのはエミからの感謝の笑顔なのに。それが得られない今に価値はない。意味はない。タイガは目を塞いだ。

 

一週間ほど経ったある日、タイガは久しぶりに病院に来た。

冷や汗を浮かべ、病室に入る。そこには、痩せ細ったエミが目を閉じ、チューブ塗れになっていた。

 

 

「今、エミ、天国行ったよ……!」

 

 

母親が泣きながらエミの手を握っていた。

あっけない、あまりにもあっけない。

全身からチューブが外され、いろいろな今後のために医者や看護婦が忙しなく動いている。タイガはフラフラとエミの傍に歩き、その小さな胸に触れた。

 

 

「……!」

 

 

心電図が動いた。

そうだ、まだ、終わってないはずだ。

タイガは一心不乱に心臓マッサージを始めた。

やめろ、無駄だ、父が言う。

うるせぇ。タイガは叫び、父を殴った。

 

 

「まだだ! まだエミは死んでない!!」

 

 

母親が泣きながら止めてくる。母を蹴った。強く蹴り飛ばした。

全身からチューブを引き剥がし、タイガはエミを抱きかかえると病室を飛びだした。

叫ぶ声が聞こえる。看護婦、医者、患者。やめなさい、とまりなさい。いろんな声が聞こえる。うるさい、うるせぇ。タイガは叫んだ。抱えたエミは引くくらいに軽かった。

そして階段を駆け上がる。エミをお姫様だっこにして、屋上庭園に向かう。

 

そこで、誰にも邪魔されず、心臓を動かす。

そうすれば蘇るはずだった。またエミがいつもの笑顔で好きといってくれる筈だった。

 

エミ、ああ、愛しいエミ。

 

お兄ちゃんはきっと、お前に構う自分が好きだったんだ。

そしてお前はそんなオレを愛してくれる。これほど気持ち良いことはない。

圧倒的善意。圧倒的な感謝。自分の人生を削ってまで、青春を犠牲にしてまで、お前に時間を割くオレはなんていい奴なんだ。周りも、お前もそう言ってくれる。

 

嬉しい。楽しい。だからお前は死なないでくれ。

なによりオレは純粋にお前を愛しているんだ。本当だ。嘘じゃない。嘘だったらこの場で針を千本のんで死ねる。

 

ああ、エミ。

 

かわいいエミ。

 

愛しいエミ。

 

どうして? どうした? なぜオレが愛を示しているのにお前は応えてくれないんだ。

 

 

「あ」

 

 

気づいた。

当たり前の事にタイガは気づいてしまった。

抱きかかえたエミは、既に死んでいる。

 

 

「エミ」

 

 

応えない。なぜ? 簡単だ。死んでいるからだ。

もう愛を向ける事はできても、愛を返してくれる事はない。

いや、もしかしたらはじめからそうだったのか? 

分からない。エミ、オレは――、本当にお前の事を思っていたのか?

自分を上げるツールにしか思っていなかったのか? だからお前の意識が無くなった時、オレはお前のもとには行かなかったのか?

エミ、応えてくれ。エミ、ああ、エミ。

 

 

「違う」

 

 

これはもうエミじゃない。ただの肉の人形。

愛をくれない、僕の(アイ)人形(ドール)

 

 

「―――」

 

 

タイガはへたり込んだ。

その後、タイガは取り押さえられ、エミを取られた。

妹が死んで気が動転していた。哀れみの目を向けられながら、タイガは許された。

普通に葬式が行われた。そこには見知った人間もいた。

 

 

「絢瀬さん。東條さん……」

 

「大丈夫? タイガ」

 

「私達に出来ることがあったら、なんでも言ってね」

 

 

空気を呼んでいたのか、希は標準語を使っていた。

しかし申し訳ない。キミ達ではエミにはなれない。タイガはあたりさわりの無い仮面(かいわ)を被った。

 

 

 

 

エミが死んでどれだけ経ったろう?

テレビでひーみんが復活した事を知った。

 

 

『暴露系タレント登場!』

 

 

バラエティに戻って来たあの女は、完全に開き直っていた。

 

 

『セ●ク●さいこーッ!!』

 

 

賭けであったろう。

しかし中途半端に善人ぶるよりは芸能界の裏をバシバシ口にしていくスタイルがヒットしたのか。苦情も多いが、需要もあった。

ネットでも賛否両論が目立ち、むしろこのほうが良いという意見も見える。

 

 

『正直、枕とかめっちゃありますよ! うん、私も誘われたから! ってか友達とかしてました!』

 

『女の子のアイドルグループって正直めっちゃ仲悪いですよ。もちろん友達もいましたけどね!』

 

『恋愛禁止とか幻想ですから! ファンの人たちはその点ふまえて応援しよーね!』

 

『事務所とか結構圧力ありますね。まあ私のところは結構良い待遇でしたけど』

 

 

ひーみんなど、所詮はその一端でしかない。

あれからどれだけの芸能人が不倫をしたのか。薬をやったのか。詐欺だの事故だので捕まったのか。

ひーみんはもはや過去の人だ。そう言う世界だ。

 

 

「………」

 

 

タイガは、察した。悟った。全て、なにもかも。

怒りではない。許しだ。ひーみんなど最早どうでもいい。そうだ、なにもおかしな事じゃない。ひーみんこそが正しかった。

間違っていたのは愚かな自分と、愚かなエミだ。

 

 

「――そうだろ? エグゼイド!!」

 

 

現在に戻る。

雨の振る河原で、エグゼイドとスナイプは対峙していた。

 

 

「人間は自分の事しか考えてない! そんな生き物が、他者に夢を与えるアイドルなんてやれるわけねぇだろ!!」

 

 

永遠の憧れであるためには、永遠に輝き続けなければならない事だ。

自身が少しでも負を纏ってしまえばその輝きは消えうせ、輝きを求める人間達は裏切られたと馬鹿を言う。

ありえはしない。そんな久遠に続く栄光があるわけがないのだ。

 

 

「この世に存在する全てのアイドルは所詮偶像だ。無理なんだよ、完璧なアイドルなんてものは三次元にはできやしねぇ!」

 

 

人が人に憧れる。好意を抱く。

それを大量生産する事こそがアイドル産業の使命。欠陥塗れの愚かな輪廻だ。

 

 

「なんでか分かるか! そうだ! 人間だからだよ!」

 

 

負があると、ひーみんは教えてくれた。

負が取り巻いていると、他のタレントやアイドルが教えてくれた。

輝きを放っていても、負の中に入れば、いつか穢れる。それは完璧ではない。人は完璧にはなれない。ロボットではないからだ。

ロボットですら今は完璧と思っていても、いつかは壊れる。

 

 

「そして偶像に縋り続ける人間こそ愚かの極み! オレはごめんだぜ、そんな馬鹿であり続ける勇気はない!」

 

「――ッ、タイガ……!」

 

 

時間を戻そう。

プールでの一件が終わった次の休日。お昼にエムとヒイロは珍しい人物からの誘いを受けた。

 

 

「あら、あんた達、穂乃果の……」

 

 

集合場所の喫茶店に、にこも現われる。

エムとヒイロは、絵里と希に一緒にご飯を食べないかと誘われたのだ。

そして二人はにこも誘っていたのだろう。テラス席に集まる五人。

しかし断る理由がないからオーケーしたものの、エムとしては誘われた理由が分からないでいた。

改めて思うが、穂乃果や海未は昔からの知り合いであるが、絵里たちとはほの面識がない。ゆえに、アイドルが目の前にいる感覚が強く、緊張してしまう。

 

 

「少し――、タイガの事で話があるんだけど」

 

「帰る」

 

「にこっち!」

 

 

見るからに不機嫌ですと言う表情を浮かべ、にこは退席しようと立ち上がる。

しかし希の制止により、停止。とは言え表情は険しいままだった。

 

 

「なによ! もう関係ないんだけどアイツの事なんて!」

 

「そう言わないで、にこ。エムくんも、ヒイロくんも、少し聞いて欲しい話があるの」

 

「珍しいですね。先輩のような人が、まさかタイガみたいヤツに興味を持つとは」

 

 

ヒイロはメガネを光らせて答えた。

エムもそうだが、にこやヒイロとてタイガには良い印象を持っていない。

むしろネットを荒らし、アイドル達の評価を下げる事は絵里のような人間が一番嫌いそうな行動だが、予想に反して絵里や希はタイガに怒っている様子ではなかった。

むしろ興味と言うべきなのか、エムやヒイロがどうやってタイガと知り合ったのかを聞いてきた。

 

まあ尤も、テイパーゲームの件を説明するわけにもいかない。エムたちは適当に合わせた理由(うそ)を絵里達に告げる。

絵里たちもそこには深く食いついてこなかった。これはあくまでも前置き。本題は――

 

 

「私たちがこんな事を言うのもなんだけど、タイガを許して欲しいの」

 

「は!? なに馬鹿な事を言ってんのよ!!」

 

 

思わず机を叩くにこ。

意外だ。まさか被害者側である筈の絵里の口からそんな言葉が出るなんて。

しかしそれには当然ちゃんとした理由がある。

 

 

「タイガは、アイドルに良い印象を持ってなかったわ」

 

「タイガっちは、変わってしまったんよ……」

 

 

本来であればこんな話は絶対に他人がしてはいけないのだろう。

しかしタイガはした事は絶対にいけない事だし、悪い事だ。ましてやエムを殴っている所をみた。いかなる場合であろうとも、それは許される事じゃない。

だから『お互い様』だと絵里たちは割り切る事にしたようだ。

 

 

「実はね――」

 

 

知っている事は話した。タイガには妹がおり、結果的にアイドルに裏切られる形になってしまったと。

それまでは真面目で優しかったタイガも、妹が死んでからは変わってしまった。

なによりもそのアイドルが再びメディアに戻って来た際には、まるで人が変わってしまったと。

 

 

「――ッ」

 

 

言葉を失うエム。まさかそんな事があったなんて、と。

これにはにこも複雑そうな表情で俯いている。

絵里や希も何があったのかは知らないが、とにかくこのまま圧倒的な悪としてタイガを終わらせてほしくなかったのだろう。

もちろん絵里と希もタイガのやっている事は許せない。しかしその裏にある事情だけは知っておいて欲しかったのかもしれない。

 

 

「下らない」

 

 

しかしヒイロは全てを聴いた上で一蹴した。

 

 

「ヤツは自分の鬱憤を、妹の屍を盾に発散しているだけにしか過ぎない」

 

 

だとすればあまりにも残酷すぎる。妹の死体を盾にして武器を振るっているようなものだ。

確かに境遇には同情する点が多い。『ああなる』のも仕方ないと言われたらそう『かもしれない』。しかしあくまでも、かもしれない、だけ。

 

 

「どんな理由があるにせよ、結果、ヤツはネットにアイドルの悪口を書きこんでいる幼稚な人間にかわりない」

 

 

それが妹のせいでと語れば、愚かにも程がある。

 

 

「それでも――、人は、そんなに強くはなれないわ」

 

 

悲しげな表情で絵里は呟いた。

ヒイロはメガネを整い、席を立つ。

 

 

「もちろんです。だからこそ、弱さに飲み込まれてはいけないんでしょう」

 

 

ヒイロは席を離れた。

それは『この話は無意味』であると言う事の証明であった。

 

 

「ご飯くらい食べていけば? ご馳走するわよ」

 

「ありがとうございます。ですが、遠慮しておきます」

 

 

ファンであるスクールアイドルの誘いを断るのは心苦しいが、それが一番の理由ともなる。

 

 

「先輩達は『ファン』がいると言う事をもっと自覚した方がいい」

 

 

よりにもよって目立って仕方ないテラス席を選ぶのはナンセンスだ。

いかなる理由があるにせよ、それは他者観測の前には意味を無くす。

一枚の写真で何が起こっているかを全て理解できる人間などいない。イメージは正義であり、それは真実でもある。

休日と言うプライベート、そこに『異物』が混じってはいけない。

 

 

「我々は、『我々』でなければならない」

 

「んー、考えすぎと違う?」

 

 

希は柔らかな笑みを浮かべるが、ヒイロは首を振って歩いていった。

 

 

「やれやれ真面目ね、彼は。エムくんはタイガのこと、どう思う?」

 

「え? おれですか? おれは……」

 

 

確かに、多少の理解はできる。

だがそれでもヒイロの言うとおり、タイガのやっている事は許されない事だ。

しかしそれを理解したところで、説得したところで、タイガが簡単に折れるとは思っていない。

向こうだって良い事だとは認識してはいない筈だ。その上でやめさせるなんてほぼ不可能。

 

 

(チッ、面倒な男だな。アイツは!)

 

 

しかしこのままにはしておけない。

エムは頷くと、絵里達に言葉を。

 

 

「とにかく、おれが何とかします。先輩達は気にせず、ラブライブに集中してください」

 

「ほっとけばいいのよ、あんな馬鹿!」

 

 

にこは相変わらず目を見開いて怒りをむき出しにしている。

確かにエムとしても関わりたくない面もある。とは言え、同じマスクドライバー、放置と言うわけにもいくまい。ましてや――。

 

 

「アイツの書き込みで傷ついている人は確かにいます」

 

「あんなの便所の落書きよ。アイドルやる以上、みんな覚悟してるわ」

 

「それでもファンは? それに、アイドルだって人間です。傷つくでしょ?」

 

「それは――」

 

「たしかに、メタトロンなんて悪意のある書き込みのただの一端でしかない」

 

 

それでも、その書き込みが一つ減るだけで救われる者もいる筈だ。

どうせ止めさせられない、どうせ書き込みはなくならない。それで諦めてしまえば、悪意は拡散し続ける。

 

 

「それじゃあ、おれもこれで!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 

テラス席を飛び出すエム。

絢瀬たちは呆気に取られたまま、しばらく固まっていた。

 

 

「はぁ、行動力あるわね」

 

「ふふ、誰かさんにそっくりやね」

 

「……ハッ」

 

 

にこは頬杖をついて鼻を鳴らした。

ルールとか、印象とか、ファンの目とか。なんか、もう。

 

 

「――面倒くさ」

 

 

 

 

 

とは言え、エムの考える手も『良い手』とはいえなかった。

しかし分かりやすい。言っても分からない人間と対話するなら『これ』が一番だ。

ダメもとでアリアドネを使い、我李奈に話をすると、タイガの居場所を教えてくれた。

なぜタイガの居場所を知っているのかは今は無視。とにかく、走る。

 

 

「おーおー、オレもモテモテだねぇ」

 

タイガと再会したのは河原の土手だった。

行く当てもなくブラブラとしていたのだろう。ヘラヘラと笑っているが、当然それは仮面である。

 

 

「妹の事、聞いたぜ」

 

「!」

 

 

その仮面は、あっけなく外れた。

タイガは鬼気迫る表情に変わると、エムを激しく睨みつける。

 

 

「絢瀬か、東條から聞いたのか。おしゃべりなクソ女だぜ」

 

「なんで話したのか、アンタに理由が分かるか?」

 

「どうでもいいな」

 

「本当はそう思ってないくせに」

 

「なにッ?」

 

「アンタは誰よりもアイドルの幻影に縛られてるんじゃないのか」

 

「……うるせぇな。お前!」

 

 

スナイプドライバーを装備するタイガ。

エムも合わせる様にしてエグゼドライバーを装備した。

 

 

『バン! バン! シューティング!』

 

『マイティアクションエーックス!』

 

 

ゲームエリアの展開。

そして飛び出すドラム缶とレンガブロックが互いにぶつかり合い、競り合いを始める。

 

 

「変身」

 

「変身!」

 

 

電子音と共にスナイプとエグゼイドは武器を振るい、攻撃を仕掛けた。

周囲にミューズがいない場合、自動的にシステムが『ヒロイック』から『サバイバル』にチェンジする。

その場合、レベルアップの条件は自身のテンション。攻撃を当てる、もしくは受ける事でテンションは増加し、一定の値に達する事でロックが解除される。

一般のゲームと同じだ。攻撃を受ける、与える、ゲージが増加、パワーアップ。だからこそ思い切り殴り合える。

 

 

「ハァアア!」

 

「ウォォオ!」

 

 

クロスする腕。

二人の拳が頬に抉り刺さった。殴りあう中、スナイプは改めてエミの事を吼える。

おかしな話ではなかった。ただ馬鹿な妹が、偶像を信じて傷ついて、死んだ。

それだけだ。おかしな部分はない。サンタを信じるような愚かさだった。初めからニセモノとわかった上で楽しむべきだった。

 

 

「――そうだろ? エグゼイド!!」

 

 

そして先程の光景に戻る。

土手では雨が降り始めた。曇天の空からは次々に雨が降りそそぎ、二人の体を塗らしていく。

その中で、エグゼイドとスナイプは対峙していた。

 

 

「人間は自分の事しか考えてない! そんな生き物が、他者に夢を与えるアイドルなんてやれるわけねぇだろ!!」

 

 

もっと分かりやすくなっていたのに気づかなかった。

少し昔の世、アイドルはトイレをしないといわれていた時代があったらしい。

もちろんそれはたとえ話だろうが、中には本当に信じていた馬鹿がいたのではないだろうか。

それは子供であり、盲目的な信者であり。その根本にあるのは同じ人間である筈のアイドルが、遠い存在であるためにどこかファンタジーの産物であると錯覚したのではないかと言う事だ。

 

 

「この世に存在する全てのアイドルは所詮偶像だ。無理なんだよ、完璧なアイドルなんてものは三次元にはできやしねぇ!」

 

 

いや、二次元ですら無理だろう。

近年、声優がらみでネットが荒れるのは珍しい話じゃない。

むしろそこら辺にいるドルオタよりも声優オタクの方がタチが悪いというのは良くある話だ。

もちろん声優と好きになったキャラクターが別と言うのは分かっていると思うが、人間の心はそんなに簡単じゃない。荒れる理由は良く分かる。

 

分かるからこそ、それもまた欠落品であると知る。

人は馬鹿だ。アイドルに絶対を求めてはいけないのに求めてしまう。

永遠に自分を楽しませる道具であれ。自分をガッカリにさせない範囲で幸せになれ。

無理だ。アイドルも人間だ。ファンのため、ファンが大切。お口ではどうとでも言えるが、その心うち、自分が一番幸せになりたいという欲望はあって当然なのだ。

 

 

「なんでか分かるか! そうだ! 人間だからだよ!」

 

 

性を餌にCDを大量に買わせ、グッズを大量に買わせて貢がせる。

お礼に楽しませてあげるが、それは絶対じゃない。終わりは来る。そしてその終わりが綺麗でなければファンは荒れる。

欠落したシステムだ。イカレてるシステムだ。つくづくそう思う。

それはある種の洗脳装置。勘違いの馬鹿を大量に生産する割りには後処理を考えてない。

 

 

「偶像に縋り続ける人間こそ愚かの極み! オレはごめんだぜ、そんな馬鹿であり続ける勇気はない!」

 

「――ッ、タイガ……!」

 

「クソだ。クソ過ぎる! ああ、ムカつくぜ! だから壊してやるのさ!」

 

 

そしてこれは救いだ。

負に誘う人間がいる以上、それを早々に教える事でミューズ達を救おうとしていた。

枕をしている人間がいる以上、ファンを馬鹿にしているヤツがいる以上、仮初の関係を続けている者がいる以上。もはやその世界に夢はない。希望を謳ってはいけない。

黒が白のフリをしている世界に、純白を誘ってはいけない。

 

 

「――ぃ」

 

「あ?」

 

「下らないぜ、スナイプ!」

 

「なんだと……!」

 

 

確かに、言わんとしている事は分かる。

しかし、それでも、お前は間違っていると言わざるを得ない。

 

 

「確かに白じゃないかもしれない。でも黒一色でもないだろ! どんな理由があるにせよ、アイドルに夢を見ている人がいる以上、お前のやり方は認められない!」

「だから消すんだよ! アイドル全部! なくなれば、夢を見ることもない!」

 

「できるわけないだろそんな事! おれ達は神じゃないんだ!」

 

 

スナイプにアイドル全てを消し去る考えがあるのならば、話は別だ。

しかしそんな事はできるはずもない。理想だけじゃ世界は変えられないんだ。もっと現実を見なければいけない。そして現実を見たとき、タイガの行動は哀れすぎる。

 

 

「エグゼイド! テメェに何が分かるんだ!」

 

「分かるかよ! それとも分かってほしいのか!? 妹の死を経て、アイドル達の中傷をネットの掲示板に書き込んでるヤツの事が!」

 

「ッ!」

 

「確かに同情はする! おれも母さんが病気で死んだから多少の理解もできる!」

 

 

確かに、いろんな想いや負が自分の心を取り巻いた。

が、しかし。

 

 

「でもな、もうエミちゃんも、おれの母さんも死んでるんだよ! 死人に口無しだろ、自分の中にある燻り、憂鬱を死者のせいにしたってどうしようもないだろ!」

 

 

エミの死でタイガは変わった。

イコール、それはタイガがエミの死を変わった理由にしている事に他ならない。

アイドルに絶望し、救うという大義名分も全てその根本にエミがいる。つまりもっと簡単に言えばタイガの行動の裏にはエミがいるんだ。

復讐? 敵討ち? 知るかそんなもん。

 

 

「こんな事をしてもエミちゃんが喜ぶわけ無いだろ――、なんていうつもりは無い!」

 

 

なぜ? 決まっている。

生きている者に死後の世界の事なんて分かるわけがない。エミは復讐を望んでいるかもしれないし、望んでいないかもしれない。

そもそももう死ねばエミと言う概念すら消え去るかもしれない。

 

 

「結局自分が決めるしかないんだ。その上で、お前を見ても、馬鹿すぎる!」

 

「なんだとッ!」

 

「いつまで死者に縛られてる。いつまでアイドルに縛られてる!」

 

 

どうでもいいと言いつつ、こんな事を続ける。

 

 

「いい加減にしろよ。いい加減に目を覚ませよアンタ!」

 

 

こんな事をしてもエミは戻ってこないし、アイドル業界が変わるわけじゃない。

それこそエミがこんな扱いを受けて~とメディアに報道すれば何かは変わるかもしれない。他のアイドルに影響を与えられるかもしれない。

しかしタイガはそれもしない。エミの事を黙り、自分の中に留めておくだけ。

 

 

「ビビッてんだろ! エミちゃんの事を話すことを! 晒すことを!」

 

「ッッ!」

 

 

それなのに自分は中傷を続ける。

言いたくない事がカッコいいと思っているのか? それともエミに対する罪悪感なのか、責任感なのか。

 

 

「割り切るわけでもなく燻ってる! お前は何がしたいんだよ!!」

 

 

踏み込んだエグゼイドの拳がスナイプの胴体を捉えた。

スナイプの体が吹き飛び、後方へと移動していく。

 

 

「黙れェエエ!!」

 

「グッ!」

 

 

しかしそこで、ガシャコンマグナムを発砲。

エグゼイドの胴体からも大量の火花が散っていった。地面に倒れるスナイプと、膝をつくエグゼイド。

 

 

「はは……! ハハハハハッ!」

 

 

スナイプは笑い、立ち上がる。

 

 

「そうか、そうだ! そうだエグゼイド! 気に入らないものを叩いて何が悪い! ムカツク物を消そうとして何が悪い!」

 

 

それが、本音だったのかもしれない。

 

 

「オレが最期に見たエミは泣いていた。そうだ! アイツは、泣きながら死んでいったんだ!」

 

 

誰のせいだ?

決まってる。クソみたいなアイドル共のせいだ。

 

 

『失礼』

 

「!」「!」

 

 

するとコール音と共にアリアドネが自動発動。二人の脳内に我李奈の声が響く。

 

 

『お二人とも、ドライバーは喧嘩の道具ではないんですけれども』

 

「ッ! 我李奈さん!」

 

「うるせぇ、少し黙ってろ!」

 

『まあそう怒らずに。連絡したのは理由あっての事ですわ』

 

「ッ?」

 

『緊急事態です。今すぐにアポロン社まで来てください』

 

「なに?」

 

『社長室にて大事なお話があります。よろしいですか? これはお願いではありません。適合者の皆さんへの命令です。拒めば、ドライバーの所有権を剥奪させて頂きますので』

 

「ッ!」

 

 

そう言われてはエムもタイガも都合が悪い。

なによりも――

 

 

『非常にまずい事態ですわ。これは、世がパニックになるかもしれません』

 

 

そう言われては向かわぬ訳にはいくまい。

 

 

「休戦だタイガ。それでいいだろ」

 

「チッ! 仕方ねぇな。お前をぶっ飛ばすのは今度にしてやるよ、エグゼイド」

 

 

二人は雨の中、別々にアポロンを目指した。

 

 

 

 

 

「前から気になっていたんですが……」

 

「なにかな?」

 

「ガシャットを刺すスロットが二つある」

 

「ああ、一つは予備だよ。内側のスロットが使えなくなったら外側を使うといい。同じ効果が得られる」

 

 

先にアポロン社に到着していたヒイロは、クロトと会話中であった。

 

 

「キミ達のガシャットはドライバーと二つで一つのセットだ。だからキミのブレイブドライバーにマイティアクションXをセットしてもエラーメッセージが出されて読み込まない」

 

「なるほど……」

 

「それより、聞きたい事はそれだけかな?」

 

 

ニヤリと笑うクロトを見て、ヒイロは表情を歪める。

 

 

「ラブライブ公式サイトの掲示板。現在はメタトロンやタイガの自演IDによる書き込みは全て削除されています」

 

「運営の人が頑張ったんだろうね」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「?」

 

「メタトロンだけに限らず、以前から荒らしと思われるコメントはいくつかありました」

 

「虫は光に集まるからね。多くの虫が寄れば、中には害虫が混ざるのは当然だよ」

 

「………」

 

 

メガネを整えるヒイロ。

 

 

「ラブライブ運営は定期的に掲示板を巡回し、そう言ったコメントを見つけ次第、削除してきました。しかしメタトロンのコメントだけは長い間放置されてきた」

 

「ふむ。どういう事だろうね」

 

「……そちらが何か手回しをしたのでは?」

 

「え?」

 

「知っていたんじゃないですか? タイガがメタトロンである事を」

 

「………」

 

 

張り付いた笑顔は崩れない。

 

 

「まさか」

 

「本当に?」

 

「もちろん。そんな事をする必要はないだろ……?」

 

「これもまた、アイドル達の素顔を引き出す事にもなります」

 

「確かに、それはそうだ。そしてそれもまたアイドルの役目でもある」

 

「?」

 

「人を叩くのは気持ちがいい」

 

 

クロトは自論を出す。

自分に自信がなく、劣等感や自己嫌悪を覚えている者ほど他者を見下したがる。

それはひとえに弱い自分よりも弱い人間を作り出したいという欲求。アイデンティティの確立こそが人を人たらしめる証明なのだから。

 

 

「それにはアイドルや芸能人の存在はうってつけだ。彼女らの役割の一つには、叩かれてこそ輝く『サンドバッグ』と言う役割がある」

 

「そんな馬鹿な……!」

 

「事実だ。人は日々ストレスを溜め込んでいく。周りを攻撃できない人間はどうする? 負を内包し続ければいずれ壊れる。ゲームやスポーツで負を『攻撃』として発散できればいいが、それができないなら、ネットにいる者を攻撃するしかできないだろう?」

 

 

人はサルが進化した生き物だ。元は野生生物、その時の本能は身に刻まれている。

 

 

「歴史も語っている。人間は生粋の戦闘民族だ。その攻撃を引き受ける事も、アイドルの大事な仕事なのさ」

 

 

それはアイドル達もどこかで理解しているだろう。

叩かれるのが嫌で仕方ないなら、アイドルには向いていない。もちろん叩かれないように努力するのは大切だが、有名になれば何もしていないのに牙を向けられてしまう。

これはどうしようもない。スルーをするしかない。いちいちネットの言葉を気にしていては仕方ないとアイドルは割り切り、ストレスをためるものは発散のために中傷を書く。

その関係が成り立ってしまっている。

 

 

「まあ、これがどうにかなるためには、人の善意を信じるしかないだろうね」

 

「………」

 

 

するとそこに我李奈が入ってくる。

 

 

「社長、石神様と鋼様をお連れしました」

 

 

姿を見せるエムとタイガ。

クロトは頷くと立ち上がり、両手を広げる。

 

 

「ようこそ。すまないね急に呼び出して」

 

「いえッ、それより緊急事態だって」

 

「そうなんだよエムくん。早速本題に入ろう」

 

「……? おい、ちょっと待て」

 

「なにかな、タイガくん」

 

「一年担当はどこ行った?」

 

「あぁ、彼はお休みだよ。インフルエンザなんだ」

 

「は、早くないですか? この時期に……」

 

「体が弱いらしい。とにかく、今は三人で話を進めるよ」

 

 

指を鳴らすクロト。

するとモニタに一つの写真が映し出される。それは大破した一軒屋であった。

 

 

「我李奈、あとよろしく」

 

「はい。それでは説明いたします」

 

 

我李奈はレーザーポインターを使い、写真の説明に入る。

 

 

「まずこれは映画のセットではありません。現実の写真です」

 

 

壊れた家。

壊された家。

 

 

「そう。先日、この家がある人物の手によって破壊されました」

 

 

息を呑む適合者たち。

破壊――、と言う文字が確かに似合っている。

そしてそれが一人の犯人の手によって行われたと言うのだから驚くものだ。

家がボロボロに壊されている、崩壊した壁や、崩れた天井、黒焦げになった家具など、どうやったらできるのかと言う話だ。まさに爆弾で吹き飛ばしたような光景だった。

 

 

「犯人と思わしき人物の写真があります。近くにあった防犯カメラに姿が映っていました」

 

 

写真を見せる我李奈。

その瞬間、またも驚きの声が上がる。

 

 

「コイツは――ッ!」

 

 

街にあった防犯カメラが映していたのは、紛れもない、先日戦ったばかりのヴィラン、リボル軍曹の姿であった。

 

 

「なぜだ! コイツは俺が倒して――」

 

 

言葉を詰まらせるヒイロ。

意味を理解したのだろう。クロトは指を鳴らし、説明を請け負う。

 

 

「そう、ヴィラン撃破時にはゲームクリアのアナウンスが流れるんだ。しかし、キミはそれを聞いたかい? ヒイロくん」

 

 

答えはノー。

つまり、ブレイブはリボルに攻撃を命中させ爆発させた。

しかし実際はリボルが自分で用意した爆弾を使い、さも『自分が死んだ』ように演出したのだ。

分かりやすく言えば、死んだフリをしたという事になる。

リボルを倒したとばかり思っていたブレイブはその後、スナイプの方向に走り、リボルは爆煙に紛れてプールを脱した。

 

 

「あの後、リボルに連絡しても無視され続けまして」

 

「まあ、つまりのところ、ガシャットを持ち逃げされちゃったんだよ」

 

 

とは言え、そんな事はどうでもいい。

問題は、先程見せた写真である。

 

 

「まさか……!」

 

「そう。ガシャットを使用すればゲームエリアが広がり、そこで破壊されたものはゲームエリアが消えれば元に戻る」

 

 

仮想現実の中で戦うのだから、破壊されたものが現実世界に影響されるわけがない。

しかし今、家がリボルによって壊されている。

そして現在、ゲームエリアは広がっていない。その上で家は壊れたままだ。これらの情報が導く答えはただ一つ。

 

 

「つまり、現実世界でヴィランが活動できると言うことですわ」

 

「なんだってッ!?」

 

 

大きく仰け反るエム。ヒイロとタイガも額に汗を浮かべ、言葉を失っていた。

 

 

「致命的なバグが見つかった。なんとかしなければ、大変な事になる」

 

「バグ?」

 

「ああ。ガシャットが使用者の発する負のエネルギーに触れたとき、突然変異を起こして現実への干渉が可能になるらしい」

 

「なんだよその適当な理由は!」

 

「しかし事実だ」

 

「グッ!」

 

 

言葉を失うタイガ。

入れ替わりでヒイロが前に出る。

 

 

「分かっているんですか? これは大問題ですよ!」

 

「もちろん。コチラも今対応に追われている所だ。しかし――」

 

 

ヴィラン対処に一番効果的なものは何か?

 

 

「まさか……」

 

「お願いだ。適合者の諸君。私に力を貸して欲しい」

 

 

リボルは現実世界で活動ができる。

つまりリボルはあの武器を自由に使える。家を破壊できるだけの力を自由に振るうことができるのだ。

 

 

「とは言えもちろん、敗北は死の危険性が出てくるけれどね」

 

「………」

 

「強制はしないよ。嫌ならドライバーを置いて帰ってくれ。コチラがしかるべき処理を行おう」

 

 

沈黙する適合者達。

言いようのない寒気が背中を駆けた。このクロトと言う男、何を言っているか分かっているのだろうか?

自分が作ったドライバーとガシャットが兵器として覚醒したのにも関わらず、目の前で、今、笑っているのだ。

死ぬかもしれないが、助けてくれ。そう口にする背景にはある種の脅迫があった。

お前達の持っているドライバーが世界を救えるかもしれない。戦うのが嫌ならば他の者を用意する。まあ、おかしな話ではないのかもしれない。

が、しかし、その情報が適合者には引っかかった。

 

 

「……分かりました。リボル討伐、協力しましょう」

 

 

ヒイロはドライバーを手放さなかった。

それはドライバーを手放すと言う事は、一般人に戻るということだ。

リボルに対抗できるのがドライバーであれば、それは最大の自衛になるし、なによりも周囲の人間を守ることにも繋がる。

戦わなければならない現実は待っているが、何も出来ずにビクビク震えているよりはマシだ。

 

なにより、ヒイロはまだアポロン側を信用できないでいた。

それはいろいろな理由あっての事。ここでドライバーを返す事は本当にプラスに繋がるのだろうか?

正直、アポロン側はこの事態までも想定していたのではないか? ましてやまだ『何か』の延長線なのだろうか?

いずれにせよ、ココで降りるのはヒイロとしては最も気持ちの悪い引っ掛かりを残す事は明らかだったからだ。

 

 

「お、おれも、協力します!」

 

 

そしてエムもまた手を伸ばした。

ヒイロだけに任せておくわけにはいかない。こんな危険な役目をヒイロにだけ任せ、自分は逃げるというのは気持ちが悪い。

だが――、なんだ。もちろん今の理由は嘘ではない。ヒイロは友人だと思っている。だから、ヒイロの『ため』と言うのは嘘ではないのだ。

嘘ではないが、もっと他に大きな理由が一つあったのは事実だろう。

 

それはつまり、全て、『穂乃果』に収束すると言ってもいい。

やはり思った。今までの経験を通して、穂乃果との距離は近いようで、あまりにも遠い。

結局、アイドルと一ファンでしかないのだ。いくら幼馴染であれ、いくら毎朝一緒に登校しているとは言え、そこにある壁はあまりにも厚い。

 

今日も穂乃果はミューズのみんなと今後の活動に向けての準備やアイディアを出しているのだろう。

いや、もしかしてダンスの練習? 歌をうたっているのかもしれない。

そうだ、知らないのだ。今穂乃果が何をしているのかなんて、エムには全く分からない。

お互いの話はするけれど、やはり距離はどこか遠くて。ミューズのみんなと一緒にいるときに浮べる笑顔を、エムは自分の前で見た記憶がない。

 

それに今日のお昼もそうだ。

絵里と顔を合わせたが、なんだか気まずくて――、と言うよりも恐れ多くて一緒にいる事ができなかった。

だって、エムにとっては絵里は『アイドル』なのだ。だけど、穂乃果にとって絵里はメンバーであり、友達なのだ。

まるで蜃気楼のような状況だ。そこにいるはずなのに、まったく触れられない。こんなに近くにいるはずなのに、毎日が過ぎるたびに距離が遠くなっていく気がする。

 

それがエムは怖かった。

夢を抱いて、ますます距離は遠くなっていく。

だからこそ、今、穂乃果に関われるテイパーゲームはエムにとって紛れもない希望だった。

ドライバーを手放すと言うことは、穂乃果からもっと離れるという事だ。それは、怖い。

まあ、もちろん、手放したところで、ちゃんと告白するという手もある。しかしそれができない事を、エムは今までのことで分かった。

皮肉にもそれは、タイガに教えられた事だ。

夢の終わりが、怖かった。

 

 

「チッ、今は、協力してやるよ……!」

 

 

そしてそのタイガもドライバーを放さなかった。

なぜ? 分からない。なんとなくだ。

そう、なんとなく。死ぬかもしれないのに『何となく』で物事を決められる。それが今のタイガの虚無な心を表していた。

生きる意味はないが、死ぬ意味ない。ただ何となく生きてみる。その為に邪魔なものは排除する。

 

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 

ひょうひょうとクロトはそう言ってみせる。

舌打ちを零すタイガ。胡散臭い男だ、と。

 

 

「まあいい。それより、リボルのデータをよこせ!」

 

 

頷く我李奈。

テレビに、リボルの変身者のデータが映った。

 

 

「ガシャット使用者は宇佐美重雄、四十代男性です。職業は工場で働いています」

 

「他には?」

 

「壊された家は、宇佐美氏のご自宅ですわ。それ以外は……」

 

「え? じゃあ、リボルは自分で自分の家を壊したんですか?」

 

「そうなります」

 

 

意味が分からない。

なぜそんな馬鹿な事を?

 

 

「変身した際にエネルギーが暴走したのかもしれん」

 

「それとも、もう家なんて必要ねぇって思ったのかもなァ?」

 

 

理由はどうとでも言える。

大切なのは、リボルがリボルであれるという事だ。あんなものが街で暴れればとんでもない事になる。何人死ぬと思っているのか。

ましてや――

 

 

「ラブライブに影響が出るのはよろしくない」

 

 

もしもリボルが銃でもぶっ放して、その一発がスクールアイドルに命中して死亡でもされれば、確実にラブライブは中止になる。

それはよろしくないとクロトは言った。

 

 

「は? 何言ってんだテメェ。こんな状況なんだ、ラブライブなんざ中止で良いだろうが」

 

「気に食わないが、その点に関しては俺もタイガに賛成です」

 

「おい、気に入らないってのはどういう事だよオイ」

 

「こんな状況になったんです。今すぐラブライブは中止すべきでは?」

 

「オイ無視すんな!」

 

 

しかしクロトは首を振った。

 

 

「我々はアポロンTVの関係上、ラブライブ運営と提携を結んでいる。そしてスポンサー契約。当然そこに発生する金額は絶大なものになる」

 

「人命より金が大切ってか?」

 

「その通り。それが社長である私の宿命だ。ラブライブがこんなところで中止になれば、経済的な損失は計り知れないものになる」

 

 

わざわざ放送枠まで設けたんだ。

それにドライバーだって作った。全てはラブライブを盛り上げるためだ。

 

 

「だからこそキミ達に頼んでいるんだよ。影の戦士である、マスクドライバーの諸君にね」

 

 

首を振るタイガ。彼はそのまま踵を返すと、社長室の扉に手をかける。

 

 

「どこに行く」

 

「帰るんだよ。もうココにいたって仕方ねぇだろ」

 

 

我李奈たちはまだリボルの居場所を掴んでいない。

本来であればガシャットの中に発信機が仕込んであるのだが、既に壊されたようだ。

 

 

「オレは、オレのやり方でリボルを探す」

 

 

そう言うとタイガは社長室を出て行った。

一方で鼻を鳴らし、踵を返すヒイロ。

 

 

「会長はどうするんですか?」

 

「情報を得るのはアポロン側の仕事だ。そうでしょう?」

 

 

ヒイロはクロトを睨む。

クロトは笑みを返した。

 

 

「もちろん」

 

「見つけ次第、連絡をください。俺が仕留める」

 

 

ヒイロも社長室を出て行った。

ため息をつくエム。はてさて、どうしたものやら。

 

 

「……よし」

 

 

結果、エム、タイガに同行。

 

 

「おい! ついてくんじゃねぇよ!」

 

「いいだろ、今回はおれ達で協力しないといけないんだ。いがみ合ってても仕方ないだろ」

 

「邪魔なんだよ、お前は」

 

「それだよそれ、アンタが変な事しないように、おれが見ててやる」

 

「ふざけやがって……!」

 

 

とは言え、今はさすがに殴りかかってくるだのはしなかった。

タイガもある程度の良心、常識はあるらしい。ここで仲間割れをしていても、いずれはリボルを倒さないといけない事にはかわりない。

さらに言えばリボルに負ける=死の可能性もあるゆえ、ここは下手に敵を作る行動はしないようだ。

 

 

「どこに行くんだ?」

 

「リボルの職場だ、画面に工場の住所が書いてあった。そこに行く」

 

「凄いな、全然分からなかった」

 

「細かいところまで見るのが、写真部としてのポリシーだからな」

 

 

幸いとその工場はここからバスに乗ればすぐだ。

二人はバスに乗り込み、早速リボルが働いていると言う工場を目指す。

 

 

「………」

 

 

さて、並んで座ってみたものの。

少し気まずくなったのか、エムは小声で話を振ることに。

 

 

「写真は……、ずっとやってたのか?」

 

 

ふざけた態度が目立つタイガだが、写真の腕はそれなりだった。

あれは一朝一夕で身につくものじゃない筈だ。それを聞くと、タイガは不機嫌そうな顔になる。

 

 

「別に――。ただ」

 

「?」

 

「全部、エミのためだった」

 

 

ずっと写真を撮ってきた。外に出られないエミのために。

いろんな物を撮影してきた。その内に少しでも喜んでもらえるように技術を磨いた。

編集する事を覚えた。エミの笑顔を撮るために、人を撮影する事を学んだ。

 

 

「ま、結局、上手くなる前にエミは死んだけどな」

 

「………」

 

「お前はムカつかないのか? 石神」

 

「え?」

 

「ラブライブがなければ、スクールアイドルなんて物がなければ、お前は今頃、高坂と付き合えてたのかもしれねぇのにな」

 

「そんな事は――……」

 

「絶対じゃない。ただ、少なくとも確実にお前は高坂にとって他の男共より、はるかに特別な存在だ」

 

「………」

 

 

正直、少し嬉しかった。

だが、次の言葉でエムの表情は引きつる。

 

 

「だがその存在があることが、高坂の印象を下げる」

 

「え?」

 

「お前は、スクールアイドル、ミューズのリーダー高坂穂乃果にとって一番目障りな存在なんだよ」

 

「それは、どういう――ッ」

 

「おもしれぇよな。アイドルってのは、守れもしないルールを作る。人として窮屈なルールを蜜として、ファンをおびき寄せる」

 

 

仮面を仮面と分かってない奴らが多すぎる。

テレビで言っていた、雑誌で語った。インタビュー、ラジオ、インターネット。本人が言っていました。本人の目を見れば分かる。

ゴミみたいなソースを妄信し勝手に仮面をより綺麗に脚色していく。

 

 

「テイパーゲームの、テイパーって、何か分かるか?」

 

「いや……、全然」

 

「バクだ。獏。動物だ」

 

「夢を食べるって言う?」

 

「そう。クロトも面白い名前をつけやがる」

 

 

本当は寝るときに見る夢だが、このテイパーゲームにいる『獏』はもう一つの夢を食うんだろう。

それはまさにアイドルと同じだ。人の夢を喰らいながら生き永らえる。しかし、所詮夢は夢でしかない。

人が夢から覚めたとき、獏は食うものを無くして弱っていくだろう。そして、誰も夢を見なくなった時、獏は死を迎える。

起きている人間は、獏にとっては意味のない存在なのだ。

 

 

「………」

 

 

複雑な感情が胸に宿り、エムは何も言うことができなかった。

そうしている間にバスは目的地に到着。二人は、リボルが働いている工場にやって来た

 

 

「辞めた!?」

 

「ああ。丁度、三日前にね」

 

 

そこでエムたちはリボルの変身者である重雄が既に退社している事を聞かされる。

 

 

「真面目な人だったんだけどね」

 

「どうして辞めたんでしょう?」

 

「いやぁ、そこはさ、ほら、個人の問題だし」

 

「ふざけんな。オレらアイツに金貸してんだよ」

 

「え……?」

 

 

貸していないけど――、と、一瞬思ったが、エムはすぐに口を閉じた。

ココはさすがにタイガに従うべきだ。一刻を争う状況。多少の嘘は仕方ない。

しかし意外だったのは、陥落はあまりにも早かったという点だ。話を聞いていた男は『やっぱり』と言う表情を浮べると、何度も頷いていた。

 

 

「あぁ、それはなんと言えばいいのか……」

 

「やっぱ、金に困ってたんだな」

 

「うぅん、それは、ね。まあ仕方ないんだろうけれど……」

 

 

宇佐美重雄と言う男は真面目で優しい男だった。

しかし唯一、金にだけは執着を見せていた。今、エムの前にいる男性も重雄から金を貸してくれないかと言われたほどだ。

金の切れ目はなんとやら。男性は断ったようだが。

 

 

「でも仕方ないってのはどういう事だ?」

 

「それは、ほら、娘さんが……。と、とにかくもうココに重雄さんはいないから。そういう事で」

 

「………」

 

 

工場を出たエムたち。

気になる点はやはり、ポロッと出た『娘』と言うワードだろう。

タイガは我李奈に連絡を。

 

 

「今すぐリボルの家族構成を調べろ」

 

『あら偶然ですね。ちょうど今、調べ終わったところなんですよ』

 

「………」

 

 

タイガはスピーカーにして音声をエムにも聞こえるように。

 

 

『宇佐美重雄には一人娘がいます。気になるのは、お嬢様がご病気である点ですわ』

 

「なんの病気だ」

 

『視力に関係する病気です。なかなか珍しい奇病ですわ。治療はとても高額であると聞いています』

 

 

そもそも重雄がヴィラン役を申し出たのも、成功すれば報酬金がもらえるからであった。

その点はタイガも注目していた事だ。以前、チラリと聞いたことがあった。ヴィラン役はだいたい金に困っている人間が申し出る事を。

そこでハッとするエム。そういえば一番初めのソルティは劇団に所属している人物だった。

夢を追いかけながら生活するのは苦しい面もあるのだろう。そして次のアランブラは娘が留年した事でお金がかかっていると言っていた。

 

 

「娘の治療費を稼ぐために強盗でもするんじゃ……」

 

『ええ。確かにその理由で宇佐美様はヴィランの変身者に応募したようです。しかし――』

 

 

だが間に合わなかった。まともな治療を受けさせる前に病状は悪化し、もはや手の施しようも無い状態になってしまったと。

 

 

「失明ですわ。重雄様は若いときに奥様と離婚なされて。男手一つで娘さんを育てていたようですが、まあなんという悲劇なんでしょうか」

 

「………」

 

 

考え込むタイガ。

そうであったとしても治療費はいる。今後の生活を考えても余計に金が必要だろう。

しかし気になったのは家を壊したと言う点だ。タイガにはそれがわざとにしか思えなかった。暴走して壊してしまったのなら、今頃どこかで暴れている筈だ。

それらの仮説が正しいとして考えるならば、一つ、大きな理由がタイガに思い浮かんでしまう。

 

 

「ヤツは自分の娘を殺す気だ。手にあるご立派な銃をぶっ放してな」

 

「なッ! 本当か!?」

 

「あくまでもオレの予想だが、そう考えるとしっくり来るぜ」

 

「家を壊したのは!?」

 

「帰る場所を無くすためだ。甘えを消すんだ。思い出を丸ごと消し去れば、未練も無くなる。覚悟が決まる。きっとヤツは娘を殺した後に、自分も死ぬ気だぜ」

 

「でも――ッ、そんな……!」

 

 

よく分からない。殺すだけならばリボルの力を使わずともできた筈だ。

 

 

「なぜわざわざヴィランの力で――?」

 

「弱ぇからさ。直接手を下すのは怖い。辛い。だからこそ、引き金を引くだけで吹っ飛ばせるリボルの力は都合がいいんだ」

 

 

タイガは青ざめ、額に大量の汗を滲ませていた。

そして、にやりと笑う。

 

 

「良く分かる」

 

「え?」

 

「きっとヤツは弱いクソ野郎だ。だからこそ、分かるぜ、オレは」

 

 

多くは語らない。

それでもタイガは口にした。

分かる、なにが? 決まっている。リボルの気持ちだ。

そうだろう? そうだよな、そうに違いない。殺したいんだ、終わらせたいんだ、だってもう、相手は終わるから。

 

 

「オレもエミを殺そうと思った。何度も、何度も……」

 

 

殺せば永遠になる。

救うという大義名分。しかし仮面の裏に隠したのは、醜い執着心。それでも信じていた。

 

 

「死ぬ事でしか、救われない命も――、あるってよ……!」

 

 

いずれにせよ、何かしらの形で娘は関わっている筈だ。

それを我李奈に伝えると、娘が入院している病院を教えてくれた。

 

 

『娘の名前は宇佐美(うさみ)奈々(なな)です。音乃木坂から少し離れた病院に入院しています。その周囲に監視をつけておきましょう』

 

 

であれば、もうやる事は何もない。

タイガは帰るとエムに告げ、さっさといなくなってしまった。

 

 

「………」

 

 

また雨が降って来た。

エムももうやる事は無い。我李奈からの報告があるまでは待機である。

仕方なく、家に帰っていく。

 

 

「はぁ」

 

 

自室に戻ったエムはベッドに寝転び、天井を見ていた。

ふとテーブルの上に転がしてあるガシャットを見る。リボルの力が現実でも使える。とんでもない事が起きたというのに、なんだか実感が湧かなかった。

そもそも、もう何度も戦っているが、『エグゼイド』もなんだかフワフワした認識なのだ。何がどうなって変身して戦っているのか、システムは全く分からない。

 

そして今も頭に張り付く『死』の文字。本当か?

まだクロトのドッキリなのではないかと思ってしまう。

とは言え、テレビのスイッチをつければ重雄の家が大破した件がニュースになっていた。

報道ではガス爆発となっていたが、本当にそうなんじゃないかと思ってしまう。

 

 

「やれやれ……」

 

 

ふと、手作りのプレゼントが見えた。

男とは馬鹿なもので、こんな状況にも関わらず頭に過ぎるのは穂乃果の存在だった。

彼女はどうしているのだろうか? プールでの戦いのあとメールを一通貰った。

殴られたのは大丈夫だったのか。そんな内容だ。それから数回当たり障りの無いやり取りをして以来、何もなし。

このやり取りを『それだけ』と取るか、『そんなに』と取るか、エムにもさっぱりだ。

 

 

「ハァ、なにをやってんだろうか、おれは……」

 

 

また燻る。

ヒイロの言った言葉、『我々は我々』でなければならない。それが頭の中を巡る。

我々。それはファンを指す言葉だろう。それは『集』でなければならない。『個』になる事は許されない。分かっている。それは、分かっているつもりだが……。

 

 

「なんて辛い距離感なんだ……」

 

 

下手に近いだけ、痛みが伴う。

胸を抑えながら呻くエム。すると窓の外から聞き覚えのある声がする。

飛び起き、カーテンを少し開く。すると道に談笑している海未とことりの姿が見えた。

二人は笑い合いながら穂乃果の家に入っていく。そうか、これから遊ぶ――、もしくは曲作りでもするのだろう。

 

 

「………」

 

 

一瞬、自分も行こうか、なんて言葉が浮かんでくる。

携帯を掴むエム。そのまましばらく停止。するとまた声が聞こえてくる。

窓の外を見ると、穂乃果の家の前で母親と話している真姫の姿を見た。やはり曲作りらしい。その瞬間、エムは自分の姿を客観視する。

 

 

「何を考えてるんだ! いかんいかん!」

 

 

混ぜてもらおうなんて馬鹿な事だ。ミューズ活動の邪魔でしかないじゃないか。

しかし同時に思ってしまう。なんだろう、真姫を見た瞬間、サッと気持ちが引くのが分かった。

それはきっと携帯のアドレスに登録しているミューズの名前が『穂乃果』『海未』『ことり』の三人だけだからだろう。

 

別に真姫が嫌いなわけじゃない。

真姫とも会話はした事は何度もある。しかしやはり真姫が入ることで穂乃果も『ミューズ』になってしまうのだ。先程までは『幼馴染』だったのに。

つくづく思う。やはり距離はあまりにも遠くなってしまった。

家と家の距離など、ただ道を挟んだだけなのに。

 

 

「あぁぁぁ、モヤモヤする!」

 

 

死が伴う戦いの理由が、距離を離したくないなどと不順極まりない。

いや、でも、自分だってもう夢はある。それを追うべきなのか。

ああ、ああ、ああ、分からない。だって答えが無いから。

 

 

「……ゲームしよ」

 

 

逃避、兼、夢への一歩。

その後、夜。エムが寝る前にふとカーテンに手がかかる。しかし首を振り、エムはベッドにもぐりこんだ。

 

エムは知らない。穂乃果たちはまだ曲を作っている事を。

エムは知らない。穂乃果の母がピザを出前してくれた事を。

エムは知らない。穂乃果が雪穂と海未とことりと真姫と一緒にピザを食べたことを。

エムは知らない。穂乃果たちが息抜きに見たDVDのタイトルなんて。

エムは知らない。結局海未たちが泊まる事になったのを。

 

当然だ。それは当然なのだ。なぜならば穂乃果たちの夢はミューズであり、穂乃果はミューズであるからだ。

ミューズには、石神エムと言う男など欠片も必要ではないのだ。

穂乃果の夢に、エムはいなくてもいいのだ。

 

 

 

 

翌日、それは日曜日だった。

エムはリボルの娘、奈々が入院している『青葉総合病院』の前に立っていた。

周りは田んぼや平原に囲まれている落ち着いた雰囲気が人気の病院だ。

 

 

「……迷ってても仕方ないよな」

 

 

エムは面会専用の出入り口から中に入ると、我李奈によって教えられた病室を目指した。

エレベーターに乗り、ボタンを押す。

そして廊下を歩くこと少し。目的の病室にやって来た。エムはノックをして、中に入る。

 

 

「こんにちは」

 

「……だぁれ?」

 

「はじめまして。おれは石神エム。お父さんの――……ちょっとした知り合いって言うか」

 

「パパのお友達?」

 

「あぁ、いやッ、友達って言うか、まあとにかく宇佐美重雄さんの知り合いさ」

 

「そうなんだ。はじめまして、宇佐美奈々です」

 

「はい、はじめまして。偉いね。挨拶できて」

 

「もうすぐ四年生だもん」

 

「そっか。あ、お菓子持ってきたんだけど……、食べられる?」

 

「うん。奈々が悪いのは――、おめめだけだから」

 

 

正直な話、エムは戸惑っていた。

残酷な言い方をすれば『引いて』いた。

奈々の目には失明ゆえの異変が起きており、眼球に変化が起きており、その痛々しい様にどうしていいか分からなかった。

なんと言えばいいか。触れればすぐ壊れそうなものを前にした時の緊張感と言えばいいのか。

きっとエムは表情が引きつっていたことだろう。ましてや目の前には『光を失った』と言う事実をもつ少女がいる。

失礼な言い方ではないだろうか? 怖がってはいないだろうか? いらぬ事まで考える。

 

 

「お、お菓子、置いておくね。後で食べてね……!」

 

「ありがとうございます」

 

「ううん、いいんだ。と……、ところでさ」

 

「なぁに?」

 

「お父さん、何か変な事言ってなかった? 最近、ちょっと元気なくて」

 

 

これを娘に聞くのはどうかと思ったが、エムには信じられなかった。親が子を殺そうと考えるなんてありえないと思っていたのだ。

だからココで奈々が『そんな事ないよ、パパはいつも笑顔だったよ』と言ってくれればタイガの仮説を否定できるのではないかと。

しかし奈々は淡々と呟く。

 

 

「パパ、泣いてた」

 

「え?」

 

「奈々の目が治らないって、泣いてた」

 

「あ……」

 

「奈々、分からなくて」

 

 

目はだいぶ前から見えなくなっていった。

父はしきりに大丈夫だとか、治るだとか言っていたけど、奈々は子供心にそれが軽い言葉であると思ってしまった。

 

 

「きっと嘘なんだろうなって、思ってて。でも実際に見えなくなって、もう治らないって言われたら、やっぱり悲しい」

 

 

けど、分かっていたから、なんだか『ほらね?』と言う感情がわきあがる。

 

 

「悲しいのかな? 辛いのかな? これからどうすればいいのかな? 奈々、全然分かんない」

 

「奈々ちゃん……」

 

 

なにを言っていいのか分からず、エムは口を閉じた。

沈黙が病室を支配する。すると奈々が笑った。

 

 

「気持ち悪い? 奈々の、おめめ」

 

「え?」

 

「パパは、ね? 大丈夫って言うんだけど……」

 

 

ある日、人が行きかう待合室で父を待っていたときがあった。すると小さい男の子の声が聞こえた。

 

 

『ねえ、なんで目が変なの? 怖いよ』

 

 

子供ながらの純粋な凶器である。

その男の子の母親はすぐに男の子を黙らせ、奈々に謝罪した。

しかし目が見えない分、奈々は耳に神経を集中させている。小声ながらに、その母親の声が聞こえて来た。

 

 

『あの女の子は目が病気なの。宿命刃光(ディディオ)くんも悪い事すると、あんな変な目になっちゃうよ。だからお母さんの言うこと聞いてね』

 

『はーい!』

 

 

そうか、自分の目は変なんだ。

奈々は、学んだ。

 

 

「怖いの? 気持ち悪い?」

 

「そ、そんな事ないよ……」

 

 

辛いんだ、奈々も、きっと。

エムは拳をグッと握り締めると、決意を固める。

ダメだ、このままじゃだめだ。もっと励まさないと。もっと楽しませないと。何か無いか?

ゲーマお得意の観察眼で奈々を見る。すると気づいた、奈々の髪型、それは一人で行うのは難しいものではないか。

 

 

「その髪型、かわいいね」

 

「本当!? 奈々、これ、好きなんです!」

 

「へぇ、どうして?」

 

「うん! あのッ、あのね……!」

 

 

嬉しそうに奈々は、自分の髪型の事を語った。

それを聞いて、エムは表情を変えた。

 

 

「あ、エムくんから電話だ」

 

 

穂乃果は震える携帯を掴み、通話ボタンをタップする。

 

 

「もしもしエムくん? どうしたの? え? え? うん、知ってるよ?」

 

 

エムは思う。

確かに自分と穂乃果の距離は遠い。しかしまだ、手を伸ばせば届くのだ。

今はそれを、希望としようではないか。

五分後、場面は矢澤家に移る。

 

 

「ちょっと虎太郎(こたろう)! それなに?」

 

「ぴかぴか、ひろったー……」

 

「拾ったって! これ宝石じゃない!」

 

「玩具でしょー? そんな形の宝石見た事ないよ」

 

「あ、そっか。確かに言われてみれば。こんな台座みたいな宝石ないか」

 

「お姉様ー! お電話ですよ!」

 

「え? ああ、ありがと。もしもーし? どうしたのよ穂乃果」

 

 

妹二人と弟一人、矢澤家は休日になれば騒がしい。

わちゃわちゃした午前中、できれば面倒な話はよしてほしいが――?

 

 

「え?」

 

 

にこの表情が変わる。

 

 

「ええ……、うん、そうなの……。へえ」

 

 

にこは電話を切ると、瞳に光を宿して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

男はゆっくりと歩いていた。

都会から少し電車を走らせれば、そこは緑に囲まれた世界に変わる。

畦道を歩きながら、男は一枚の写真を取り出した。それは幸せだった頃の記憶だ。妻がいて、赤ん坊の娘が笑っている。

しかし幸せは永遠ではない。いつからか妻が消え、娘も病に人生を蝕まれた。

ココは地獄だ。夢を見ていただけだった。幸せな夢、それはもうない。もう目が覚めた。だから、目覚めなければならない。

 

 

「ッ!」『ヴィラン・リボル』

 

 

宇佐美重雄は写真を握りつぶすように丸め、投げ捨てた。

そしてガシャットを起動させ自分の心臓部分に向けて突き刺す。

体内に埋め込まれていくガシャット。同時にエネルギーが重雄を満たし、彼の体がヴィラン・リボルへと変身していく。

 

 

「奈々――、パパを……、許してくれ――ッ!」

 

 

リボルは奈々がいる病室を凝視する。

個室、周りには誰もいない。ロックオンモード開始。威力調整により、奈々がいる病室だけを吹き飛ばす。望むのはただ一つ、即死。

一切の苦痛を受けず、全てのしがらみから解放される。

終わりではない。悪夢から覚めるだけだ。

 

 

「奈々、奈々ッ! あぁぁぁああぁあぁ!」

 

 

悲痛な叫びだ。

すると同時に、リボルの手から小さなミサイルが発射された。

奈々のところに向かう父の(さつい)。空中を切裂き、それは真っ直ぐに病院へ、奈々がいる病室へと向かう誘導弾。

 

 

『マイティアクションエーックス!』

 

 

だがその時、ゲームエリアが展開。

無数のレンガブロックが空中を飛びまわり、飛来するミサイルへ直撃する。

ミサイルは威力を抑えてある。レンガブロックの一つを破壊したが、それでミサイル自体も完全に消え去った。

 

 

「なッ!」

 

「止めろ! リボル!!」

 

 

飛び出したのは当然、石神エム。

既にエグゼドライバーを腰に装備しており、それを見たリボルの表情が変わる。

 

 

「お前は、マスクドライバーか……!」

 

「何考えてんだよアンタ! あそこにいるのは、アンタの娘だろッッ!」

 

「――ッ!」

 

 

驚き、動きを止めたリボル。

しかしその身に多くの感情が渦巻いているのだろう。呻き声をあげながら、震え始める。

 

 

「――ら」

 

「ッ?」

 

「だから、だからだからだからだからぁああぁ! だからだろうがァア!!」

 

『タドルクエスト!』

 

「ッ! ぐあぁ!」

 

 

次は無数の宝箱が飛来。それらがリボルの体にぶつかっていき、動きを止める。

さらにその中のいくつかは衝撃でロックが解除されたのか、ミミックモンスターとなりリボルに纏わりついた。

鋭利な牙がリボルに襲い掛かっているとき、エムの隣には小走りで駆け寄ってくるヒイロが。

 

 

「会長! どうしてココに!?」

 

「この病院に宇佐美奈々がいる事が分かっていたからね。なにかしらはあると思ったのさ」

 

 

リボルがどんな事をやろうとしているのかは知らないが、いずれにせよ一人の父なのだから、何かをする前に娘に会いに来るんじゃないかとヒイロは睨んだ。

そして病院の近くで『張っていた』が、狙い通りの展開になったわけだ。

 

 

「どんな理由があるにせよ、お前の行動はナンセンスだ、リボル」

 

「なんだと! なんだとッッ! まだ子供のキミ達に、何が分かるって言うんだ!!」

 

「分かったら人として終わりだ」

 

 

ミミックを振り払おうとしている間に、エムとヒイロは並び立ち、ポーズを決める。

 

 

「変身!!」

 

「変身ッ!」

 

 

エムは左斜め上にガシャットを持っていくと、次に左手でそのガシャットを掴み取り、振り下ろすようにドライバーにセットする。

ヒイロは左手に掲げたガシャットを右に振り払い、そのまま真横に振るう。そしてそのままドライバーにセット。

 

 

『ガシャット!』『ガシャット!』

 

 

回転するキャラクターアイコン。

 

 

『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

 

 

エムは左手の甲でアイコンを左へ吹き飛ばす。

ヒイロは右手を伸ばし、アイコンを右横へ吹き飛ばす。

すると二人の体が光に包まれ、ぼってりとした三頭身に。

 

 

『アイム ア エグゼイド!』

 

『アイム ア ブレイブ!』

 

 

変身と同時に武器を構えるエグゼイドたち。

一方でリボルは体を大きく振るい、ミミック達を吹き飛ばすと、銃で破壊しつくす。

 

 

「エムくん、病院まではまだ距離があるが、向こうは重火器を使う。ミサイルでも放たれれば、かなり厳しい」

 

 

後ろを振り向くエム。

そこには大きな病院が遠くに見えた。

 

 

「最悪のタワーディフェンスって訳か」

 

 

一撃でも病院にダメージが入れば終わりだ。

尤も、その前に自分が死ぬ可能性もある。

 

 

「とんでもない事になったな……!」

 

「愚痴っていても仕方ない。行くぞ!」

 

「はいよ会長!」

 

 

走り出すエグゼイドたち。

しかしリボルは怒りの咆哮を上げると、全身からありったけの銃弾を発射して二人を狙う。

 

 

「チッ!」

 

「イッ! アデデデデデ!!」

 

 

盾で防ぐブレイブだが、大きい体は小さな盾では守りきれない。

下半身に命中していく弾丸。一方でエグゼイドも跳躍で銃弾を回避しようとするが、広範囲にばら撒かれる弾丸はしっかりとエグゼイドの装甲を削っていく。

 

 

「邪魔をするな! 邪魔をしないでくれ!!」

 

 

頭部の銃口からミサイルが三発放たれる。

 

 

「自分の子供を殺そうしているのを止めるのは、当たり前だろ!」

 

 

ハンマーを投げるエグゼイド。それはミサイルに命中し、その場で爆発させる。

 

 

「その通りだ! 何をナンセンスな事をしている!」【B】

 

 

ブレイブは炎の斬撃を飛ばしてミサイルの一つを破壊する。

一方で残りの一つもすぐに爆発した。エグゼイドたちが視線を移すと、そこにはスナイプの姿が。

 

 

「理由だの。大義名分だの。んーなのは、どうでもいいんだよ」

 

 

マグナムを連射し、リボルを怯ませながら走るスナイプ。

距離を詰めると跳躍、大きな体が空に舞い、リボルの肩を蹴るとさらに上昇。

マグナムを連射しつつ後方に移動すると、がら空きになった背に追撃の銃弾を加える。

 

 

「お前は邪魔だ。さっさと消えろ、リボル」

 

「フッ! ハァアア!」

 

 

よろけた所にブレイブが距離を詰め、炎の剣を振るう。

 

 

「うがぁあぁ! あぁぁ!」

 

 

突きが胴体に入った。リボルは畦道を転がり、田んぼに落ちる。

 

 

「うぅぅ、奈々ッ! 奈々ぁあぁ」

 

 

泥まみれになりながら、上ずった声で娘の名前を呼ぶリボルは、なんだかとても哀れに見えた。

 

 

「お前達に――ッ! お前らに何が分かるんだぁあ!」

 

「うぉ!」

 

 

勢いよく立ち上がったリボルはがむしゃらにスナイプへ掴みかかる。

 

 

「きたねぇな、触んなよ!」

 

「奈々はまだ子供なんだ! これから先の人生があるんだぞ!!」

 

「……ッ!」

 

 

リボルの鬼気迫る声色に思わず適合者たちは怯む。

わかってしまった。リボルと言うヴィランの仮面の裏では、重雄と言う人間が号泣しているのが。

 

 

「奈々は生まれたときから目が見えなかったわけじゃない! 見えなくなったんだ!!」

 

 

昨日は綺麗な虹が出た。

それをエムは見た。ヒイロは見た。タイガは見た。

しかし、奈々は見れない。

 

 

「もう見れないんだ! 好きなアニメも、本も! 映画も見れない! あぁぁ!」

 

 

そして何より、生きる事には目をよく使う。

友達の顔を見ること。テストの問題を見ること。時計を見ること。顔色を伺うこと。好きな人の顔を見ること。一緒の景色を見ること。可愛いペットの顔を見ること。

 

 

「もうできない! もう――ッ、奈々には何も……!! あぁぁぁあっ!」

 

 

泣きじゃくり、スナイプを押していく姿は、駄々をこねる子供のようだった。

しかし力は本物だ。スナイプは後退していき、腕を掴まれているためにマグナムを撃つこともできない。

 

 

「俺は大人だ。先に死ぬ! そうしたら奈々には誰がいる!?」

 

 

母親は他に男を作って出て行った。

両親は死んだ。兄妹はいない。

 

 

「親戚はもうほとんどが疎遠になった。そんな中で障がい者の娘をよろしくなんて言えると思うか?」

 

 

だったら施設か?

金は? 金が無いぞ。いや違う。

 

 

「違う違う違う違う違うッッッ!!!」

 

 

そんな理由はどうでもいい。

一番は――、娘だ。奈々だ。彼女が幸せだと思うか?

光を失った世界でこれからの何十年を生きていくことに、奈々の希望はあるのか?

 

 

「奈々は優しい子だ。口にしないだけで、きっと、辛い――ッ!」

 

「……!」

 

 

その時、スナイプの脳裏に一つの景色がフラッシュバックする。

妹が薬の副作用で嘔吐している時の姿だった。

小さな小さな背中をさすりながら、タイガは思った。この白くて細い首をへし折れば、きっとエミは苦痛から解放されるんだろうと。

 

 

「エミ――ッ」

 

 

その時、スナイプの動きが止まった。

 

 

「奈々は幸せになるべきなんだぁあ!!」

 

 

リボルは頭突きをスナイプに行う。

それはただの頭突きじゃない。頭部は巨大な砲台。つまり、砲口がスナイプの胴に突き刺さった状態になる。

 

 

「ぐあぁああぁああああッッ!!」

 

 

発射。巨大な弾丸を受けてスナイプは黒煙を上げながらエグゼイドたちの方へ吹き飛び、さらに後方へ吹っ飛ばされた。

 

 

「スナイプ!」

 

「チッ!」

 

 

走るブレイブだが、リボルの全身からレーザーやミサイルや銃弾が発射されていく。

先程とは違い、手加減がされていない。どうやらリボルは病室の破壊から、目の前にいるエグゼイド達を始末する方向へシフトしたようだ。

次々に迫る銃弾は先程の倍以上はある。盾は意味をなくし、追尾するミサイルが跳躍を無効化していく。

 

 

「ウワァアアアアアアアアアア!!」

 

 

エグゼイドの悲鳴が爆炎のなかに消えた。

凄まじい熱波が鎧を通して伝わってくる。吹き飛び、倒れているスナイプのもとまで転がるエグゼイドたち。

ライダーゲージが減少し、一同の脳に焦りが浮かぶ。

ゲージがゼロになれば変身が解除され、もしも全ての適合者たちがそうなれば、ゲームエリアが消えて現実となる。

その状態でリボルの攻撃を受ければ終わりだ。

いや、だが、今は――……。

 

 

「クソッ! やらせるか!!」

 

 

エグゼイドとブレイブはすぐに立ち上がりリボルに向かっていく。

しかしスナイプはゆっくりと起き上がり、沈黙したままガシャコンマグナムをブラブラと手で弄んでいた。

その目には今、エグゼイドも、ブレイブも、リボルも映っていない。

スナイプは今、過去にいた。

 

 

「………」

 

 

この世界は、地獄だ。

それをごまかすために人は夢を見る。幸福な夢だ。しかしそれは所詮、幻想妄想でしかない。

希望を謳う事は人間にはできない。不出来な生き物には、永遠は作れない。

 

では、永遠を得るためにはどうするのか。

決まっている。生を捨てる事だ。この世界から脱却する事で、人は永遠を手に入れる事ができる。

 

だから、リボルの気持ちは分かる。

どれだけの理由があろうとも、どれだけの言い訳を用意しようとも、奈々にはこれから『妥協』の日々が始まる。その苦痛を理解することなど、できるわけもない。

生きろ。簡単に言う事はできるが、それほど無責任な言葉もない。

 

 

「………」

 

 

スナイプは立ち上がると、銃を発砲した。

それは、エグゼイドとブレイブの背に命中する。

 

 

「なッ! お前!!」

 

「何をするスナイプ! 狂ったか!」

 

「いいじゃねぇか。行けよ……、リボル」

 

「はぁ!?」

 

「殺してやればいい。確かにそうすれば、もう苦しむ事はないよな。奈々も――、お前も」

 

 

スナイプは、『お前も』の部分を強調する。

 

 

「気づけばいい。奈々と言う存在が、お前の偶像(アイドル)であることに」

 

「タイガ……!」

 

「そして、無限に苦しみ続けろ。宇佐美重雄」

 

「ッ!」

 

 

リボルは走り出す。しかしブレイブはすぐにリボルの前に立ち、行く手を阻む。

それを邪魔するために銃をブレイブに向けるスナイプ。しかしその前にエグゼイドが立った。スナイプに掴みかかり、エグゼイドは激しく睨みつける。

 

 

「4023!」

 

「……! それは」

 

「病室だ。そこに行け!」

 

「――ッ」

 

「確かにこの世界に絶対はないかもしれない。でもそれは、良いも悪いもだろ」

 

 

スナイプはそれを悪い方へ考えすぎている。

しかしエグゼイドは、せめて良い方に考えたい。

 

 

「きっとココに希望があるって、おれは――ッ、信じてる!」

 

「………」

 

「いいから行けよ! 行かないと、おれはココからどかないぞ!」

 

「チッ!」

 

 

スナイプは腕を振り払うと、キメワザスロットホルダーにある銀色のボタンをタッチした。

 

 

『スッティージ! セレクト!』

 

 

ステージセレクトによりゲームエリア内を区画ごとにワープする事ができる。

病院も広がったゲームエリア内に入っており、スナイプはワープで離れた病院まで一気に移動を開始する。

病院の屋上に出現すると、スナイプはドアの鍵を銃で破壊し、そこで変身を解除した。

 

 

「……!」

 

 

はたと気づく。これはもしかして凄い機能なのでは無いだろうか。

実際にワープしているんだ。

ワープだぞ。いくらゲームエリア内を移動できる機能とは言え、変身を解除したら実体もそこに存在している。

 

 

(どんな技術なんだよ……)

 

 

恐れを感じつつも、タイガは言われたようにエムが指定した病室へと向かった。

一方で銃弾を防ぎ、それでも爆炎を浴びながらもブレイブは前に出る。こうしてブレイブは、リボルの眼前に迫った。

 

 

「小さい頃……、ペットのジョンが、家の壷を割ったことがある」

 

「ッ!?」

 

「俺は事情を説明したが、母さんは俺がジョンの責任にしたと怒り、聞かなかった……!」

 

「なんの話だ!」

 

「だが父さんは俺を最後まで信じてくれた。家から閉め出された俺を、家に戻してくれて、母さんと話をしてくれた」

 

「――ッ! 黙れ! 黙れェエ!」

 

「そして誤解は解けて俺は許された。それは全て、父さんのおかげだ」

 

「うるさいッッ!」

 

 

リボルはブレイブを突き飛ばすと、弾丸の嵐を浴びせる。

盾を構えるが、爆炎の中に消えていくブレイブ。

しかし、直後、爆煙の中から声が聞こえた。

 

 

「小学生の頃、いじめられていた女の子を助けた事がある」

 

「!」

 

「そのせいで、今度は俺がからかいの対象になった」

 

 

火の粉を纏いながらも、ブレイブは確かに立っていた。

目を光らせ、リボルを睨む。

 

 

「辛かったが、母さんは言ってくれた。俺のやった事は何も間違ってない。むしろ誇れる事だ。お前は胸を張りなさい、母さんの自慢だから、と」

 

 

ガチャン、と、ロックが外れる音が聞こえた。

 

 

「両親は、俺に希望をくれた」『ガッチャーン!』『レベルアーップ!』

 

 

装甲が吹き飛び、レベルワンの顔が背に装備される。

一方で破片に揉まれてリボルは地面を転がっていく。

 

 

「親とは、そうあるべきではないのか」

 

「!」

 

「リボル! 俺の進化についてこれるか!!」『タドルメグル・タドルメグル・タドルクエストォー!』

 

 

ブレイブは剣を氷属性に変化。

逆手に持つと、リボルの方へ向けて歩き出した。

 

 

「お前の行動はナンセンスだ!!」

 

 

親ならば、どんな事をしても子供を生かす道を探すべきだ。

たとえ苦しくても、たとえ未来が無くとも、それが子を授かった親の宿命であり、使命でもある。

 

 

「光へ向けて殺す事の勇気ではなく、たとえ闇に向けたとしても、生かす事に血反吐をかけ!」

 

 

リボルは弾丸を発射するが、ブレイブが剣を振るうと厚い氷の壁が出現し、銃弾を防いでいく。

 

 

「グッ!」

 

「死は終わりだ。生を望んだから、あなたは奈々ちゃんを授かったんだろ!」

 

「ぐあッ!」【HIT!】【HIT!】

 

 

氷の刃が装甲に入る。

よろけたところに、頭上の衝撃。エグゼイドが落としたブロックがリボルの脳天に直撃したのだ。

アーツの効果でリボルの視界に星が散り、ヒヨコが頭上を飛びまわる。

 

 

「会長! 腕借ります!」

 

「ああ! 来い!」

 

 

エグゼイドは跳躍、ブレイブの盾に飛び乗ると、そのまま空中へ打ち上げられる。

大ジャンプ。そのままガシャコンブレイカーを構え、アーツを発動する。

5B、カラースプラッシュ。ハンマーで地面を叩く事によりショッキングピンクの衝撃派を発生させる技だ。エグゼイドはリボルの足元を叩き、リボルの巨体を空に浮かせる。

 

 

「ウォオオオオオ!」

 

 

そして思い切り頭突き。

レベルワンの大きな頭部がリボルに直撃し、リボルは後方へぶっ飛んでいく。

地面を転がるエグゼイド。今の一撃でスイッチが入った。レバーを引くと装甲が吹き飛び、レベルツーの姿に変わる。

 

 

「会長! 剣を!」

 

 

ブレイブはそれだけのワードでエグゼイドが何を望んでいるのかを把握したようだ。

ガシャコンソードを投げるとエグゼイドはそれを受け取り、ガシャコンブレイカーとの二刀流に。

氷の剣は逆手に持ち、ソードモードに変えたガシャコンブレイカーを右手にリボルへ突っ込んでいく。

 

 

「病院は、ノーダメージでクリアしてやるぜ!!」

 

「うぁあッ! あぐぁあ!」

 

 

やはり現実世界で使えると言っても、所詮はヴィランである。

クロトはヴィランシステムはあくまでもテイパーゲームにおける『やられ役』として製作した。

ヴィランを倒す役目を持つレベルツーを前にすれば、リボルは劣勢になるのは当然の事なのだ。

 

エグゼイドが二刀流でリボルにインファイトを仕掛けている間、ブレイブはダッシュで周囲にあるレンガブロックを破壊、宝箱を空けていく。

エグゼイドが空中をジャンプする事ができる固有能力を持つように、ブレイブもまた自分だけの能力を持っている。そう、アイテムを他人に使う事だ。

 

 

「使え、エムくん!」

 

「助かります、会長!」

 

 

硬質化のエナジーアイテムをエグゼイドに送るブレイブ。

文字通り、エグゼイドの体が鋼鉄のように硬くなり、リボルが発射する弾丸を次々に無効化していった。

カンカンカンと、音を立てて弾かれている弾丸。上ずった叫び声をあげながらリボルは尚もエグゼイドを撃っていく。

 

 

「奈々ッ! 奈々ァア!」

 

 

敗北を確信しているのだろう。

リボルはそれでもエグゼイドを撃たずにはいられなかった。

エグゼイドとブレイブを退かして、娘を殺しにいかなければならなかった。

思わず、エグゼイドは足を止めそうになる。酷い。酷いじゃないか、そんな感情が伝わってくる。

一瞬思った、自分がやっている事はもしかしたら間違いなのではないか、と。

 

今すぐココを退いて、リボルを行かせてやるべきではないかと。

自分は奈々の将来を約束するわけじゃない。治療費や入院費は一切出さないし、奈々を励ましに病院へ通うわけじゃない。

リボルが死んだ後、もちろん面倒はみない。

だのに、止めるなんて――。

 

 

「いやッ! それでもおれは――ッッ!!」

 

 

エグゼイドは瞳を光らせ、剣を大きく振るった。

二つの刃がリボルの体にクロスの残痕を刻む。

さらにそこで背後にブレイブの気配を感じ取った。

 

 

「エムくん! 決めるぞ!」

 

「はいッ、会長!」

 

 

お辞儀をするエグゼイド、ブレイブはその背を転がりつつ、エグゼイドの手からガシャコンソードを取った。

そして炎の剣に切りかつつ、地面に着地すると、思い切りリボルの腹部へ突きを繰り出した。

 

 

「ぐあぁあぁあ!」

 

 

腹部に入るガシャコンソード。

ブレイブは素早くガシャットを抜き取ると、ガシャコンソードへ装填する。

 

 

【TADDLE・CRITICAL FINISH!!】

 

 

悲鳴が聞こえる。

リボルに突き刺さった剣が熱波を放ち、リボルの体内へ熱エネルギーを注入させていく。赤く光り輝いていくリボルの肉体。

 

 

「親だけは、子を愛してやれ」

 

「……!」

 

 

ブレイブはそれを言うと、リボルの腹部を蹴って剣を引き抜く。

そのまま右にズレると、上空から脚にエネルギーを纏わせたエグゼイドが飛んできた。

 

 

【MIGHTY・CRITICAL STRIKE!!】

 

 

蹴りの一発目がヒットすると、連続で蹴りを命中させていく。

そして最後に強く押し出すように蹴り飛ばした。

 

 

『カイシンのイッパツ!!』

 

「アァッ! アァアア!!」

 

 

カラフルなエネルギーを撒き散らしながらリボルはフラフラと後退していく。

 

 

「決まったな。見事だエムくん」

 

「サンキュー会長! まあ、何とかなりましたね!」

 

 

ハイタッチを決めるエグゼイドとブレイブ。

死が絡んでいるから内心ビクビクしていたが、ライダーゲージにはまだ余裕があるし、レベルツーにさえなれればヴィランも圧倒できる。

なによりも必殺技が入った。これで終わりだろう。

 

 

「あぁぁあぁぁぁぁ――ッ!」

 

「!」

 

「奈々ァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

その時、リボルは全ての力を振り絞った。

死んでもいい。死んでいい。殺すから。その想いと共に、頭部の巨大な銃口から虹色のエネルギー弾が発射される。

大きな、大きな、それは大きなエネルギーの集合体だ。リボルの全ての思い凝縮させた弾丸。

それが放たれた同時に、リボルは大爆発を起こし、宇佐美重雄はうめき声を上げながら倒れる。

 

 

【GAME CLEAR!!】

 

 

アナウンスの発生。

壊れたガシャットが重雄の近くに落ちる。

だが、しかし、エグゼイドとブレイブは空を見ていた。

 

 

「弾丸が消えない――ッ!?」

 

 

リボルは倒したが、リボルが発射した弾丸がまだ消滅していない。

 

 

「馬鹿な! 何故だ!」

 

 

それはたった一言で説明できる理由。

予期せぬシステムの障害。つまり、『バグ』である。まるでリボルの負の感情に呼応するようにして弾丸は空を突き進み、病院へ向かう。

しかしリボル自身制御できていないのだろう。確実にそのエネルギーは病院を半壊させるだけの威力を持っている。それは見ただけでエグゼイドたちにも理解できた。

 

 

「でもおれたちのゲームエリアがあるから――」

 

 

次の瞬間、エネルギーの光球は空間を『破壊』した。

 

 

「!?」

 

 

ガラスのように砕け、透明の破片が地面に落ちる。

空に穴が開いた。いや、違う。エグゼイドとブレイブが張ったゲームエリアをリボルの光球が破壊したのだ。

そして弾丸はそのままキラキラとした虹色の飛沫を振りまきながら現実世界の空を突き進む。

 

思わず、エグゼイドもブレイブも言葉を失った。

しかしすぐに追いつく理解。マイティアクションエックスやタドルクエストを起動させるとゲームエリアがドーム状に広がっていく。

いわば、現実世界をゲーム世界に変える蓋を世界に被せるようなものだ。だが光球はその蓋を破壊して、外の世界(リアル)を侵食する。

要するに、アレが病院に命中すれば終わりだ。

 

 

「まずいッ!!」

 

 

光球は高速ではないが、決して遅くはない。

止めるためにはまず光球に追いつかなければならない。エグゼイドはダッシュで走り出し、ブレイブは周囲のモニュメントを破壊してエナジーアイテムを探す。

だがどちらもダメだった。エグゼイドの脚力、跳躍力ではもう追いつかない。ブレイブもアイテムを大量に収集するが、狙っている『スピードアップ』が出ない。

 

 

「こ、このままでは!」

 

 

さすがのブレイブも上ずった叫び声を上げていた。

余裕がない。自分が死なないと安心していたが、こんなふいうちを受けるとは思っていなかった。

 

 

「どうすればいいんだッ!!」

 

 

しかしブレイブのその悲鳴が、エグゼイドを冷静にさせた。

 

 

「………」

 

 

エグゼイドは、キメワザスロットホルダーのボタンを押して、アリアドネを起動させた。

 

 

 

時間は少し巻き戻る。

病院に転送したスナイプは変身を解除し、病院の中に入る。

 

 

「………」

 

 

額に汗が滲む。

舌打ちを零し、タイガは目を細めて前に進む。

病院は嫌いだ。吐き気がする。病人共は嫌いだ。死の匂いがする。

今日は日曜だから見舞いに来る人間しか姿は見えないが、それでもこの中に死神が紛れ込んでいるんじゃないかと妄想してしまう。

気分が悪い。耳鳴りがする。

 

 

『お兄ちゃん。大好きだよ!』

 

 

耳の奥に幻聴が張り付いた。

なに、どうと言う事はない。ただの真昼の明晰夢。タイガは別の事を考えるように意識を集中させる。

やはり、なんだ。リボルの気持ちは良く分かる。と言うよりも今すぐココで病人達を全員殺して回りたくなる衝動すら覚える。

 

なぜ? 決まっている。

果てしないジェラシーだ。分かるか? わかるよな。病院は病気を治すために来る場所だ。死にに来る場所じゃない。

なのにエミは死んだんだ。この手の中に死を残したんだ。お前らだけ治るのは理不尽だ。だから、死ね。

 

 

『そうか、そうだ! そうだエグゼイド! 気に入らないものを叩いて何が悪い! ムカツク物を消そうとして何が悪い!』

 

 

瞬間、フラッシュバック。

 

 

『オレが最期に見たエミは泣いていた。そうだ! アイツは、泣きながら死んでいったんだ!』

 

「違う。違う――ッ、違う!」

 

 

壁を殴る。車椅子に乗っているおばあさんが肩をビクっと震わせた。タイガは無視して通り抜ける。

違う。否定。自身の行動の裏にエミへの果てしない執着があるなど、タイガは否定しなければならなかった。

僕の、人形。違うのか? そうじゃないのか? エミは人形じゃないのか?

 

 

(まさか、このオレこそが――)

 

 

エミの、人形だったのか。

 

 

(違う! 違うッッ!!)

 

 

病院は嫌いだ。いらぬことを考える。

エミの役に立つ自分に存在意義を感じていた。ここまでしてやれるのは自分だけだ。

広い世界にタイガがタイガである理由がはっきりと分かりやすく与えられるイベントに歓喜していたのか。

エミに使われる、エミに遊ばれる自分でありたいと望んだのか。

仮面をして、エミのアイドルになる事を望んでいたのか。

エミを殺そうと思ったのは、病気や苦痛から解放してやることではなく、純粋に自分のアイデンティティを満たしてくれる人間がいなくなる事に怒りを感じたからなのか。

 

違う。本当にエミを愛していたんだ。

タイガは思う。やはり、奈々は死ぬほうが幸せなんだ。

見えないのは辛いんだ。未来は辛いんだ。辛いのは怖いから、逃げてもいい。鳥篭を開けてあげるべきなんだ。

全ては、愛のために――。

 

 

「………」

 

 

気づけば、病室の前だった。

 

 

「………」

 

 

扉を開ける。

すると――

 

 

「――!」

 

 

タイガは、目を疑った。

歌だ。歌が聞こえた。人の声。綺麗な歌声だった。それが二つ。

カーテンを開けると、そこにはベッドの上で体を起こしている奈々が見えた。

奈々は、笑っていた。満面の笑みだった。頬を蒸気させ、『目を輝かせていた』。

 

 

「エミ――ッ」

 

 

違う。しかし思わずタイガは口にしてしまった。

奈々は、ツインテールだった。

タイガが一番見たかった景色がそこにあった。奈々(エミ)が笑っている。笑っていくれている。幸福だった、タイガは幸福を覚えてしまった。

しかし奈々はエミじゃない。そして奈々の前には、同じく笑っている矢澤にこがいた。

 

 

『その髪型、かわいいね』

 

 

エムが奈々と交わした言葉。

 

 

『本当!? 奈々、これ、好きなんです!』

 

『へぇ、どうして?』

 

『うん! あのッ、あのね……!』

 

 

嬉しそうに奈々は、自分の髪型の事を語った。

それを聞いて、エムは表情を変えた。それもそうだ、その理由にはエムが知っている人間が絡んでいたのだから。

 

 

『にこにーがッ、してたって……!』

 

 

そう、奈々はよくラジオを聞いていた。

そこでスクールアイドルの事を知っていた。

奈々は、矢澤にこのファンだったのだ。

 

 

「――♪」

 

 

にこは柔らかい笑顔を浮かべて奈々を見ていた。

エムが穂乃果に連絡をいれ、にこに繋いでもらったのだ。そして奈々の事を相談した。するとにこは、ココに来た、それだけの事。

タイガは見せ付けられた。笑顔のにこ、そしてまるで呼応するように笑顔を浮かべている奈々の顔を。

 

 

「!」

 

 

気配に気づいたのか、にことタイガの目が合った。

しかしにこはすぐに視線を奈々に戻すと、変わらぬ笑顔で歌い続ける。

奈々も、まるでにこが自分を見てくれている事が分かっているかのように、嬉しそうにただ歌を歌っていた。

にこは奈々の両手を包み込む様に握り締めており、その存在を強調している。

そして歌が終わると、にこは奈々の隣に腰掛け、背中を撫でている。

 

 

「奈々ちゃん、うまいにこ。これじゃあにこにーも負けちゃうかもぉ」

 

「本当!? ありがとう、にこにー!」

 

 

奈々は、本当に嬉しそうに笑っていた。

しかし、その顔が少し悲しげに変わる。

 

 

「でもッ、奈々ッ、アイドルにはなれない……!」

 

「……どうして?」

 

「奈々、目が、気持ち悪い……! アイドルは、可愛くなくっちゃ――ッ」

 

「かわいいよ?」

 

「え?」

 

「奈々ちゃんは可愛いよ」

 

「……うそ」

 

「嘘じゃない。笑ってる奈々ちゃん。本当に可愛い」

 

「でも、目……」

 

「うん。確かに、奈々ちゃんのおめめは、他の人とは少し違うかも。でもね? 少なくとも私は気にしないし、そういう人もいっぱいいるよ」

 

 

怖がる人もいるかもしれない。にこは否定ではなく、受け入れ、その上で包み込む。

 

 

「本当……?」

 

「本当。少なくとも、私を含めて9人は絶対奈々ちゃんを可愛いって言う人間を知ってる」

 

 

もちろん9人だけじゃない。

もっと多くの人が奈々を受け入れてくれる。一部は違うかもしれないけれど、それはしょせん一部。

 

 

「だから、奈々ちゃんがもしもアイドルになりたいって言うなら、私は応援するよ」

 

「ほ、ほんとう……!?」

 

「にこにー、嘘なんてつかないにこぉ!」

 

 

にこは奈々を優しく抱きしめた。

にこに包まれ、奈々は赤面しながらニヤニヤと笑みを浮かべている。

そしてぎこちなくではあるが、自分も腕を回して、にこにくっついた。

 

 

「奈々ちゃん。人間はね、中身よ、ハート」

 

「……うん。やっぱり、そうなんだ」

 

「見た目とか関係ない。熱いハートがあれば、共感してくれる人たちがいるからね」

 

 

類は友を呼ぶ、それを覚えておいてとにこは言う。

 

 

「――ッ」

 

 

取り付かれたように、タイガはフラフラと前に歩く。

あんな笑顔を――、エミは浮かべてくれただろうか?

いや、あった。あったんだ。覚えている。でもそれは――ッッ。

 

 

「だぁれ?」

 

「!」

 

 

第三の存在に気づいたのだろう。奈々はタイガを見る。

 

 

「あ、私のちょっとした知り合いが――」

 

「奈々」

 

「あ、タイガお兄ちゃん?」

 

「え? し、知り合いなの?」

 

 

奈々は『笑顔を浮かべたまま』首を縦に振る。

奈々はタイガと知り合っていた。いつ? それは昨日だ。タイガは我李奈から奈々の情報を得た後、すぐに病院に向かった。

正直、はじめは人質にでも取ってやるつもりだった。

 

しかし、タイガにはできなかった。

奈々は、『ツインテール』だったのだ。

 

 

「タイガおにいちゃんも、おんなじこと言ってくれたよ」

 

「え?」

 

「にこちゃんと、同じ事を言ってくれた」

 

 

昨日、タイガは奈々の頭を撫でながら言った。

 

 

『生きていけば、必ず希望はあるからな』

 

『絶対に治る。オレが世界中を探し回ってでも見つけてやるから』

 

 

奈々は、答えた。

 

 

『ありがとう、お兄ちゃん』

 

「励ましてくれたの」

 

 

奈々は思う。

 

 

「エムおにいちゃんが、にこにーを連れて来てくれた。タイガおにいちゃんが、奈々を励ましてくれた。にこにーが、一緒に歌ってくれた」

 

 

奈々は、笑顔であった。

いろんな人が優しくしてくれる。

 

 

「奈々は、幸せだね」

 

「―――」

 

 

タイガの目から、ボロボロと涙が溢れた。

驚くにこを前にして、タイガは縋るように奈々を抱きしめる。

 

 

「良かったな……、奈々。矢澤が来てくれて……!」

 

「うん! にこにーに会えるなんて、夢みたい」

 

「良かったな。良かったなぁ……ッ!」

 

「ッ? 泣いてるの?」

 

「うれし涙さ。気にしないでくれ……! それによりも良かった。本当に良かったなぁ」

 

 

ただひたすらに、涙を流す。

 

 

「嬉しいなぁ。好きな人に会えたんだからなぁ。嬉しいなぁ、良かったなぁ……!」

 

 

エミは、会えなかったんだよ。

会いたくても、会えなかったんだ。

会いに来てくれる人がココにいるのに、会いに来てくれなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

タイガは誰もいない屋上に立っていた。

戦いがどうなっているのかを確認するためだ。すると虹色の光球が見えた。

空間を破壊し、病院に向かってくる大きな光球が見えた。

 

 

「………」『バン! バン! シューティング!』

 

 

こめかみにガシャットを当てて起動させる。

周囲にドラム缶が配置され、タイガはそのままガシャットをスナイプドライバーへ装填する。

 

 

「変身」『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』

 

 

タイガは薬指と小指を曲げ、ひとさし指と中指を伸ばして銃の形をつくる。

そして真後ろにあったアイコンを撃つジェスチャーを取る。するとそれがセレクトとして認識されたのか、アイコンが後ろに吹き飛び、タイガの体が光に包まれた。

 

 

『アイム ア スナイプ!』

 

 

周囲のドラム缶をガシャコンマグナムで破壊する。

アイテムでテンションゲージが上がり、今の状態もあってか、すぐにロックが解除される音が聞こえた。

引くレバー。吹き飛ぶ装甲。そこでさらにテンションゲージが回復し、50のメモリを超える。

はて? アイテムは取っていないが? そうは思ったが一つ心当たりがある。なるほど、そうか、ブレイブか。アイテムを他者に使用できる力を使ったのだ。

なぜ? 分かる。分かってるさ。同時に鳴り響くコール音。起動するアリアドネ。

 

 

「なんだよ?」

 

『今どこにいる!? とにかく聞いてくれッ、リボルの――』

 

「分かってる」

 

『えッ!?』

 

「分かってる。分かってるさ……!」【A】『ズ・キューン!』

 

 

ガシャコンマグナムをライフルモードに変え、そこへガシャットを装填する。

 

 

『キメワザ!』『バンバン! クリティカルフィニッシュ』

【BANGBANG・CRITICAL FINISH!】

 

 

エネルギーが銃口に宿る。

しかし、スナイプは敗北を確信した。

視界が濁って、何も見えなかった。ボヤける世界、それは涙が齎したもの。

仮面をつけていては、涙一つ拭う事ができない。流しても、流しても、ボロボロと涙が零れてくる。

 

すまない。

誰に謝るのか。しかしそれでもスナイプは謝罪した。死ぬ。終わる。守れない。せめて、一緒に朽ち果てようか――?

 

 

「お兄ちゃん。前を見て」

 

「!」

 

 

声が、聞こえた。

スナイプは反射的にスコープレンズの中を覗く。

すると向こう側に、翼を生やしたエミが見えた。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

エミは笑った。

エミは天使だった。

白い翼を生やし――、全身にチューブを生やしていた。

 

 

「……エミ」

 

 

世界が無音に変わる。

一切の雑音も無い。そこにはただ、スナイプと、エミだけの音があった。

 

 

「お兄ちゃん、大好きだよ」

 

 

そう、言って欲しいんだよね?

音は無い。けれど、聴こえた。

 

 

「………」

 

 

天使はツインテールを揺らし、チューブを揺らしながらスナイプへ迫る。

やせ細っていた。青白い肌だった。生気はなかった。

気づけば、エミは骸骨になっていた。その中で一つだけ、髪の毛だけがあった。

黒い髪の毛をツインテールにして、両手を広げて近づいてくる。

まるでそれは、死神ではないか。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

おにいちゃん。わたしだけの、おにいちゃん。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

おにいちゃん。だいすきだよ。

 

おにいちゃん。あいしてるよ。

 

おにいちゃん。あなただけだよ。

 

おにいちゃん。ここにいるよ。

 

 

「エミ」

 

 

ゆっくりと、エミが、こっちに来る。

その中でスナイプは、優しい声色で妹に話しかけた。ゆらめくチューブを見つめて、微笑んだ。

 

 

「悪いな……。ここまで付き合せて」

 

「………」

 

「本当は――、もっと早く、お前を解放してあげたかった」

 

 

でもできなかった。

そんな大人にはなれなかった。

 

 

「でも、もう良いんだ」

 

「お兄ちゃん。それでいいの?」

 

「ああ、良いんだ。もう、良いんだ」

 

「言い訳ができるよ? 楽だよ? 理由になってあげるよ?」

 

「ありがとう。でももう良いんだ。偶像(おまえ)はもう、オレには必要ない」

 

 

もう十分だ。もう十分楽しませてもらった。

一生分の希望をくれた。だからもう、普通の女の子に戻ってくれ。

マイクをステージにおいて、消えてくれ。

もう、誰の目にも触れることなく、過ごしてくれ。

 

 

「ごめんな、エミ。お兄ちゃんは、もう大丈夫だ」

 

「お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「ここだよ」

 

 

エミは、自分の心臓を指差した。

 

 

「ああ。ありがとう。おやすみ、エミ」

 

 

スナイプは、引き金を引いた。

凄まじい反動を感じ、スナイプの体が地面を滑りながら後ろに下がる。

一方で銃口から放たれた弾丸は一直線。それは真っ直ぐに対象を撃ち貫いた。

 

 

「―――」

 

 

骸骨ではなく、いつも見ていたエミがそこにいた。

心臓に風穴を開けた天使は、ニコリと優しく微笑む。

刹那、爆発が起こった。

 

 

「やった!!」

 

 

歓喜に吼えるエグゼイド。

病院に向かっていた光弾を、スナイプの銃弾が撃ちぬいたのだ。光弾は破裂するように爆発すると粒子化して消え去っていく。

なぜ視界が塞がれたスナイプが正確に目標を破壊できたのか?

 

それは、スナイプの頭部の装備、『スニークライドメット』の力であった。

周囲の動体反応を瞬時に捕捉・識別し、自動的に追跡マーカーをセットする機能により、脳に直接光弾の動きを把握させたのだ。

しかしスナイプにはそれがエミに見えた。幻想妄想。病院を守れたのは全て、スナイプの絶対の意思があったからである。

 

 

「奈々……ッ!」

 

 

エグゼイドの近くにて倒れていた重雄は縋るように手を伸ばした。

失敗した。奈々を殺す事。悲痛な叫びが漏れる。すると光が迸り、スナイプが姿を見せる。ステージセレクトを使ってワープを行ったのだ。

 

 

「いつまでそうしてんだよ、オッサン」

 

 

スナイプは一枚、写真を持っていた。

それを重雄に向けて投げる。

 

 

「ッ!?」

 

 

重雄はそこに目を向ける

 

 

「――ァ」

 

 

直後、狂ったように泣き始める。

 

 

「アァァァアァァァアァアァァアァアァア」

 

 

そこに映っていたのは、先程の光景。

それはそれは楽しそうに笑う奈々と矢澤にこの姿であった。

 

 

「死にたいほど辛いなら、自分(テメェ)の足で死ぬ。それが、諦めだ」

 

 

それは決して、他者が与えるものではない。断じて――ッ、絶対にだ!

 

 

「幸か不幸かは、他人が決めるもんじゃねぇ。自分が決めるもんだろ」

 

 

辛いです。殺してください。そう言われてはじめて、殺したいなら殺せばいい。

そうじゃないなら、殺そうとする覚悟をもって働くべきだ。そうやって稼いだ金で、ミューズのCDでも買ってあげたほうが100倍マシだろう。

 

 

「アンタの娘は、アンタよりもお目が高いようだぜ」

 

 

良いアイドルを好きになる。

 

 

「感謝するぜリボル――」

 

 

踵を返すスナイプ。

釣られたようにエグゼイドとブレイブも重雄に背を向けた。

背から聴こえる泣き声には、喜びもあったように思えた。

 

 

「今までで、一番マシな写真が撮れた」

 

 

歩き去るスナイプ。

重雄はしばらく、見たことの無い笑顔を浮かべる娘の写真を握り締めて泣きじゃくっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「我李奈に確認した。宇佐美重雄の処分は無しだ」

 

「お、マジですか会長!」

 

「ああ。俺達の言い分を聞いてくれたようだな」

 

「………」

 

 

ヒイロ、エム、タイガは並び歩いていた。

エムとヒイロの強い願いで、今回は何も無かったという事にしてもらった。

もちろんリボルのやった事は許されない。しかし犠牲者は出ていない。なによりも、今回の件で分かってくれた筈だ。

そして奈々には、まだ必要なんだ。愛してくれる親がきっと。

 

 

「あッ」

 

 

足を止める三人。

病院の前の道路、そこでにこを見つけた。

 

 

「タイガ……」

 

「………」

 

 

タイガは無言でにこの前に立つと、深く、深く、頭を下げた。

 

 

「悪かったな。矢澤」

 

「!」

 

「イカレてたんだよ、オレは」

 

「……妹さんの事?」

 

「なんだよ、お前も知ってんのか」

 

「アイドルに裏切られたって……」

 

 

首を振るタイガ。確かに――、そうも言えるだろう。

だがやはり、少し違う。

 

 

「ファンなら、理解してあげるべきだったのかもしれない」

 

 

人間は完璧じゃない。それはアイドルも同じだ。

当たり前だ。だから、それを教えてあげるべきだった。どうにでもできた筈なんだ。なのに、自分は逃げた。

逃げたんだ。悲しむエミから。

 

 

「その責任から目を逸らすために、狂ってたわ。もうしねぇよ」

 

 

奈々を見てつくづく思い知らされた。

結局妄想偶像を作り上げ、勝手に裏切られたと暴走していただけだ。

悪者まで偶像とは、タチが悪い。

 

 

「………」

 

「もうネットにアホみたいな事は書き込まないし、もうお前らにも近づかない」

 

 

タイガはにこに背を向けると歩き出す。

どうしていいか分からずに立ち尽くすエムとヒイロ。するとその間を、にこが走り抜ける。

 

 

「確かにッ!」

 

「!」

 

 

立ち止まり、振り返るタイガ。

すると目を見開き、力んでいるにこが見えた。

 

 

「確かに、完璧じゃないわ。誰も、みんな!」

 

 

でも、完璧になろうとする事はできる。

それこそが、アイドルのあるべき姿だ。

 

 

「ソイツはアイドル失格よ! 私なら、不倫してもッ、絶対にエミちゃんのところに行ってた! あ、いやッ、不倫は最ッ低だけど!」

 

「……ッ?」

 

 

自分でもバタバタしているのが分かったのか、にこは腕を組んで深呼吸。

そして真っ直ぐな目でタイガを見た。

 

 

「私たちなら、そんな事、絶対しない」

 

「………」

 

「他の連中は知らないわ。私は、私達はミューズ。唯一無二よ」

 

 

そして、アイドルなんだ。

 

 

「もしもアイドルの世界が闇なら、私たちが全部光に染めてやるわよ」

 

「それは……無理だろ……」

 

「できるわ。だって、9人の女神なんだもの」

 

「はぁ」

 

 

呆れた様に目を逸らすタイガ。

しかし、もう一度、確かめるようににこを見た。

 

 

「信じなさいよね。アイドルってのは、そういう存在よ」

 

 

見るものに元気と希望を与え、絶対に笑顔にする。させてみせる。

にこはそういうアイドルを見てきた。そうじゃないアイドルも見た。でも、前者がいる限り、にこの想いは死にはしない。

 

 

「たとえ仮面を被っても、その仮面を被ったまま死んでみせるわ」

 

「――ハッ、本気かよ」

 

「当然でしょ? やがて全人類はこの矢澤にこのファンになるんだから」

 

「……すごいな、お前」

 

 

タイガは笑い、にこを見る。

なんだか、タイガの表情が(らく)そうに見えた。重いものを降ろした時に浮べるような表情だった。

 

 

「ええ。だから、手伝いなさい」

 

「は?」

 

「アンタの写真はやっぱり使えるわ。コッチはアライズみたいに施設が整ってるわけでも、お金があるわけでも無いし」

 

「でもお前――」

 

「それにアンタ、なーんかつまんなそーな表情ばっかり!」

 

 

にこは、やれやれと呆れた様に笑う。

 

 

「当然よね、部屋に篭ってアイドルの中傷ばっかり書いてたんだから、まともな趣味なんてないでしょ」

 

「いやッ、それは――」

 

「だから趣味、作りなさい。アンタ意外と優柔不断そうだから私が決めてあげるわ」

 

 

ビシッと、タイガを指差す。

 

 

「アイドルを好きになりなさい」

 

「は?」

 

「いろんなスクールアイドルの事知って、良いなって思った所をネットに書き込むの。アンタが100回有ること無いこと書いたなら、1000回は長所を書きなさい」

 

「ッ」

 

「あとこれは絶対。推しメンを作りなさい。いるの? 推しメン」

 

「いやッ、いるわけ――」

 

「だったら!」

 

 

にこは親指を立てると、そのまま自分を指し示す。

 

 

「私を好きになりなさい!」

 

「―――」

 

 

は? タイガだけではなく、エムとヒイロまで声が出た。

 

 

「今までの行動を悔い改め、もう二度としないと誓うなら、私のファンにさせてあげるわ」

 

「………」

 

「エムとヒイロは既に了承したわ。後はアンタだけよ、タイガ」

 

「へ?」「え?」

 

 

いつの間に? そうは思ったが、ココは空気を呼んでエムとヒイロは黙っておく。

 

 

「どうするの? なるの? ならないの?」

 

「………」

 

 

戸惑うように俯くタイガ。

すると、にこは挑発するように笑う。

 

 

「安心しなさい。ネットで悪口書くより1億倍楽しい景色を私たちが見せてあげるから」

 

「ッ!」

 

「スクールアイドル、ナメんじゃないわよ」

 

 

タイガは何度も頷いた。

負けを、認めたのだ。だから笑顔を浮かべて、顔を上げる。

 

 

「にっこにっこにー!」

 

 

振り切ったようにポーズを決めるタイガ。

 

 

「あなたのハートに、にこにこにー♪」

 

 

にこも笑顔を浮かべると、ポーズと言葉を返した。

安堵するように笑うエム。

 

 

「良かった。これでなんとかなりそうですね。ね、会長?」

 

「笑顔届ける矢澤にこにこー!」

 

「会長ッッ!?」

 

 

まさかのヒイロ参戦。

ポーズを決めて笑顔の三人。視線がエムに集中している。

 

 

(う、うぉお!)

 

 

ゴクリと喉を鳴らすエム。

こうなっては仕方ない。大きく首を振ると、お馴染みのポーズを決める。

 

 

「にこにーって覚えてラブにこー!!」

 

「は? なに言ってんだお前?」

 

「納得いかねェエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」

 

 

エムの叫びと三人の笑い声が聞こえる。

 

 

「………」

 

 

それを――、病院の屋上で黒いエグゼイドがジッと見ていた。

 

 

 

 

 

 

月曜日、放課後、ミューズたちは写真部の部活にやってきていた。

新しいポスターの撮影。みんな可愛い衣装を着て待機している。

 

 

「うぃーす。悪いな、集まってもらって」

 

「あ、タイガ先輩!」

 

 

穂乃果が笑顔で出迎えたのはタイガだ。

 

 

「ふぉー! みなさんソーキュート! さすがは女神だぁ!」

 

「ん、なんか軽いんだけど!」

 

「まあまあ西木野ちゃん、苦い顔しないの。女の子は笑顔が一番だぜ。な! 助手1号、2号!」

 

「え!?」

 

 

照明道具を運んできたのはエムとヒイロだった。

それを見て穂乃果は表情を変える。

 

 

「どうしたのエム君! 助手って……?」

 

「コイツらは写真部に引きずり込んだ!」

 

 

つまり、エムとヒイロ、入部である。

 

 

「そして写真部は正式にアイドル研究部との提携を果たすことになった」

 

 

笑みを浮かべ握手を交わすタイガとにこ。

分かりやすく言えば、アシスタントだ。

 

「ビシビシ使ってくれ。特に新人の1号くんと2号くんを」

 

「勘違いするなよタイガ。俺はあくまでもお前を監視するために入部したんだ」

 

 

なんて言っているヒイロのポケットの中に先程タイガさんから購入した海未ちゃんの秘蔵写真がある事など誰も知るわけがない。

見られたら終わりなのによくこんな偉そうな態度が取れるものである。タイガとエムは額に汗を浮かべていたが、その時だった、エムが持っていた機材を穂乃果が支えたのは。

 

 

「あ……」

 

 

目が合う。穂乃果は頬を桜色に染めて笑っていた。

 

 

「これからよろしくね!」

 

「う、うん! よろしく……!」

 

 

それを見て呆れた様に表情を顰めるタイガ。

一方でことりは手を叩いてニコリと笑う。

 

 

「ねえ、最初はみんなで撮らない?」

 

「え?」

 

「いい考えやね! ウチは賛成!」

 

「いいじゃない。撮りましょうよ。ね? みんな」

 

 

絵里の言葉に頷くミューズたち。

 

 

「え? でもッ、さすがにそれは……!」

 

「気にしない気にしない! いこッ、エム君!」

 

「会長もさあ、どうぞどうぞ!」

 

「あ、ああ」

 

 

穂乃果と海未に引きずられていくエムとヒイロ。

 

 

「ほら! アンタもくんの!」

 

「オレは良いって! 写真嫌いなんだよッ!」

 

「くぁー! 写真部部長がなに情けないこと言ってんのよ!」

 

 

にこに引っ張られ、一緒に中央に立つタイガ。

 

 

「それじゃあ撮るよー!」

 

 

凛がタイマーをセット。

急いで戻り、直後、フラッシュが瞬いた。

 

カメラの中には、いろんな形の笑顔が12個並んでいた。

 

 

 

【……See you Next game】

 







【次回予告】

次回、マスクドライバーエグゼイドは!


【マスクドライバー、レーザー登場!】

「一年担当、火馬キリヤです。あの、よろしくおねがいします……」
「なんだか暗いヤローだな! やだねやだね! 部屋に引きこもってグチグチネットで悪口書いてそーだぜ!」
「お前がいうな」「お前がいうな」


【恋慕と憧れの楔】

「凛ちゃんが好きなんです。明るくて、元気で、ぼくには無い物をいっぱい持ってるから」
「ため息ばっかりついてたら、幸せが逃げちゃうよ?」
「えー? 別に気にしないよー。キリヤくんちょっとかよちんに似てるし!」
「ぼくッ、凛ちゃんに恩返ししたくて――ッッ!」


【最凶最悪のヴィラン登場!】

「ヒャッッハァアアアアアアア!」
「ロックンロォォオオルッッ!!」
「プチプチ潰すのたのちぃぃいよぉッ!!」
「一度轢いた後にもう一度戻って轢いていますね。これを繰り返し、肉体を切断しています」
「ヤツは人間じゃない……!」
「どうしてこんな酷い事ができるんだッ! 同じ人間なのにッッ!!」
「僕ァ、創造者だ!」「俺を殺してみろ、マスクドライバー共!」
「偽善者ぶるのは止めようぜ? この力はお前らと同じだろうに!」


【次回 第6話・血まみれのイデオ】



………

にこちゃんのカーディガンって凄く良い匂いがしそう(´・ω・)

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