「……という事なんだ。できれば――」
「わかりました」
言葉を待たずして少女達は頷いた。
アライズ。リーダーの
「私達は、ラブライブを棄権します」
ザーッと、音がしている。
「凄いと言って貰いたい。お前は特別だと言ってほしい。人間にはそういう欲望がある」
「自己顕示欲か」
「ああ。自分は他の人間とは違うと言う想い。それが時に、人間を馬鹿な行動に走らせる」
窓の外は雨が降っていた。曇天の空。朝だと言うのに薄暗い。
雫が垂れるのを見つめながら、ヒイロとタイガは肩を並べている。
今日のバスは人が少なかった。音楽を聴きながら読書をする女子高生。近況を話し合う淑女達。その中でヒイロたちは小声で言葉を交わす。
「自己顕示欲。人は人の中で生きている。だからこそ、有象無象の中に唯一無二を求める」
褒められたい。讃えられたい。他者よりも上に立ちたい。
そんな想いが人間には存在している。その欲望が暴走すると、人間は大きく分けて二つの奇行に走る。
暴力か、もしくは迷惑行為である。力で強引にヒエラルキーの階段を昇っていくのか。後者に関しては、SNSの発達でより浮き彫りになってきただろう。
目立ちたい。より注目してもらいたい。
コイツは凄いと思ってもらいたい。だったら他の人間がやらない事をするしかない。
なんだ? 決まっている。『してはいけない』事をする事だ。
「人間にはモラルがある。だからこそしなかった事を、する。それしか道がないからな」
「ま、SNSは馬鹿発見器って言われてるくらいだし?」
「普通は理性が働くが、例外がある」
たとえば、アダルトチルドレンであったり。
もしくは、『今まで褒められた回数が圧倒的に少ない者』だ。
「今のモータスは暴力を振るい奇行を働く。今日日SNSに溢れている自己顕示欲を満たそうとしている連中と何もかわりない」
自らが面白いと思っている。
自らの行動が凄いと思っている。
自らの存在が特別だと思っている。
自分が正しいと信じて疑わない。そこに酔う。酔いしれる。
モータスは、冷蔵庫の中に入った様子をSNSにアップして喜んでいる学生連中と何もかわりない。
「アイドルごっこだ」
現代はモータスの自己顕示欲を刺激していく。そして早く有名になりたいという強迫観念に負けて奇行を行う。
「最近は一般人でも注目を浴びるケースが多い」
ネットの発達により、絵に自信のある人間はお絵かき投稿サイトに自分の作品を投稿できる。
文に自信がある人間は、小説投稿サイトに掲載できる。双方、人気が出た作品は立派な『商品』になるケースもある。
さらに『歌ってみた』や『踊ってみた』。果てはゲームを実況すると文字通りアイドル並の人気を得ることも出来る。
当然、スクールアイドルもまた同じくして、だ。
つまり、俺もいつか。俺ならば。俺でも。
そんな考え方はより自己顕示欲を刺激する。
モータスが爆発したのは、そこに異常なるまでの『力』が加わったからだ。理性を吹き飛ばすほどの力が。
そして、狂気と殺意。嫉妬や憧れを超える感情、それは『傲慢』だ。
自分がもっと上の人間だと錯覚する想いが暴走を加速させていく。
「アイドルごっこか……」
タイガは窓ガラスに映った自分の顔を見て嘲笑する。
傷や痣が見え、背中は今もヒリヒリ、ズキズキ。
「それで人が死んでるんだ。シャレになってねぇよな」
タイガは窓を見て呟いた。
「まあ、つっても? オレもネットで暴れてた事はあるからな。あの発言でもしかしたら自殺してるヤツもいるかもしれねぇ」
「お前のやった事はクズそのものだが、それで死ぬならば『自殺』にはかわりない」
ボーダーラインがある。
自分で自分を殺す。だから自殺。
しかしモータスは違う。モータスには圧倒的な殺意があり、殺すために動き、そしてなんの罪もない人を殺している。
そう、殺人だ。
ヒイロは眉を顰め、包帯を巻いた手でメガネを整える。
「我李奈の話によれば、昨日で6人死んだらしい。さらに大量の猫の死骸も見つかったそうだ」
モータスは既に8人は殺していると言った。そこに6人がプラスされるのだ。
「もはやテロだな。あの野郎、完全に調子乗ってやがる」
「思い通りになる力を手に入れたんだ。ヤツとしては神様気分だろう」
下卑た笑い声が簡単に想像できる。
絶対に捕まらないとタカを括ってるんだ。全ての存在が自分よりも下だと思っている。
ミューズの為に人を殺すといっているが、そんなワケは無い。モータスはミューズのためにと言うのをスパイスにして、より殺しを楽しんでいる。
いや、もしかして本当にミューズのためになると思っているのかもしれない。なにせ自分の行う行動は間違っていないと思っているのだから。
楽しくはしゃぐモータス、意味が分からずに『引く』周り。
同じではないか。SNSや動画サイトで過激な行動をしている人間と視聴者との温度差と。
「だが『人間』はそういう愚かさを好む部分もある」
故にもしもモータスの行動が明るみにでれば、残念ながらモータス信者が生まれそうなのは事実だった。
だからこそ、その前に――。
「俺はヤツを許さない。必ずこの手で潰す」
ヒイロは眉間にシワを寄せて虚空を睨んでいた。
医者を目指すヒイロだからこそ、思うところもあるのだろう。
一方、そこでバスが止まった。開くドア。タイガは笑いながら立ち上がると、ヒラヒラと手を振る。
「よせよ。ヒデェ顔だぜ。会・長・さん」
人さし指と中指をクイクイ曲げてヒイロを煽るタイガ。
「おい、どこに行く? 学校はまだだぞ」
「わーってるよ、んな事ァ。休むんだよ」
「は? 何故だ」
「気分がのらねぇ」
「ふざける――」
バスから出て行くタイガ。そこでドアが閉まり、バスが走り出す。
ヒイロはため息をついて、窓の外を見る。
何故だが、気に入らないタイプの人間ばかりが目についた。
「んなッ!!」
一方学校では既ににこが部室でパソコンを弄っていた。
今日はアライズのライブがある日だ。そして翌日にはミューズのライブも控えている。
このライブは本戦へ至る重要なポイントを得る為の『キーライブ』である。全てのスクールアイドルがキーライブには全力を注ぎ、多くのポイントを獲得しようと奮起するのだ。
幸いミューズは近頃仕事が増えてきた。
ちょっとした有名人にも注目されたり、呟かれたりしているので、ファンもそれだけ増えてくる。
正直、にこは本戦をトップでなくとも確実に通過できる自信があった。
それだけ大衆の目に触れているし、コメントも賑わっているなど、確固たる自信と実感もある。
では何故トップは自信がないのか。それは簡単な話、ミューズよりももっと注目されて応援されているグループを知っているからだ。
アライズ。スクールアイドルをやっている者でこの名を知らぬ者はいないと断言してもいいグループだ。
UTX学院にある巨大モニタには頻繁にライブの映像が映し出されているが、いつも人がいるほどである。
スクールアイドルになった人間も多くはアライズに憧れてと言う事もあり、もはや神格化されていると言っても過言では無い。
その、アライズが――、ラブライブを降りると言うニュースが出たのだ。
「な、なんでよ!」
にこは目を見開いて詳細を調べるためにタイピングを。
カタカタカタカタカチカチカチ。にこの心音に、タイピング音がシンクロする。
するとアライズのページにメッセージ動画があった。
『私達を応援してくれているファンの方達に申し訳ないと――』
前置きを飛ばすにこ。
アライズは大きな原因が三つ重なった為だと説明していた。
まずリーダーであるツバサの祖母の具合が悪く。いつ危険な状況になるか分からないこと。
祖母にはとても良くしてもらい、万が一の場合は絶対に傍にいてあげたいので、ライブやその他パフォーマンスで拘束時間が設けられるラブライブと重なるのはよろしくないとの事。
さらにメンバーの一人である
同じくメンバーで
度重なるアクシデント。
一つのエンターテイメントとしてのパフォーマンスが十分に出来ないと判断。ゆえに、ラブライブは棄権するとの事だった。
もちろんコレは全て嘘だ。本当はクロトがアライズに事の経緯を話しただけにしか過ぎない。
モータスはアライズがラブライブを棄権しなければ一日に10人殺害すると宣言した。
アイドル世界において今日日、殺害予告とは悲しいかな、『あるある』と言ってもいい。
しかしモータスのそれはレベルが違う。
まず狙われるのはアイドルではなく一般人、それも実績がある。
爆弾を仕掛けたと電話が入ればどれだけ嘘に近くともしっかりと検査するように、クロトもアライズに棄権してくれないかと持ちかけたのだ。
すると答えは即答だった。悩む素振りもなく、ツバサたちは首を縦に振ったのだ。
なぜか? 決まっている。人の命が掛かっているからだ。
まあ尤も、他のスクールアイドル達がその理由を知る由もない。
ファンも、解散ではなく、あくまでもラブライブを降りると言うだけなので、そこまで不満の声は上がらなかった。
とは言え衝撃は中々である。にこは早速メンバーを集め、その話題を取り上げる。
「アライズも人間ですからね。事情があるのは仕方ありません」
「でもちょっぴり残念だねっ! アライズと戦えるの、わくわくしてたのに」
海未とことりの言葉が全てだった。
仕方ない。そしてどちらかと言えばトップが消えると言うのはありがたい話だ。
上を目指しやすくなり、ましてやアライズは優勝候補。と言うよりも今のところは一強と言われていた。
それがいなくなったのは、他のスクールアイドルにチャンスが回るという事だ。
しかし逆に何か大きな目標を失った事で、言いようの無い喪失感もあると言うか。
なんだか拍子抜けしてしまった。胸にぽっかりと穴が開いたような。
「まあ海未の言うとおり、こうなったら仕方ないわね。それに私達にとって一番大事なことは、打倒アライズよりもお客さんに最ッ高のパフォーマンスを見せることよ」
頷く一同。
その為には何としても心を掴むパフォーマンスを考えなければ。
「海未、真姫、新曲はどう?」
「す、すみません。それがまだ……」
「コッチも、ゴメン。なんかもうちょっとなんだけど……」
実は新曲を随分前から作っていたが、何か今までと違って浮かんでこない。
最初はパッと思いついたのだが、そこからがモヤモヤしていると言うか。
衣装は間に合ったし、メロディも歌詞も8割は決まっているので、ダンスもある程度形になっているのだが、100%ではない。
もちろん、100%でないものを披露する事はできない。
「私達のライブは明日の5時だから……、まあ微妙な時間ね」
明日は休日なので、完成させるとしたら今日か明日の午前中までか。
「間に合わなかったときのために何かもう一つくらい……ッ、うーん!」
腕を組んで唸るにこ。
すると穂乃果が珍しく真剣な表情で手を上げた。
「みんな、一つ考えがあるんだけど……」
「う、うんっ」
ゴクリと喉を鳴らすことり達。
すると穂乃果は目を細めながら呟く。
「漫才とか――、どうかな?」
「………」
は?
リ`・ヮ・)「はいどうもー!」
>ω</「どうもー!」
リ`・ヮ・)「穂乃果です!」
>ω</「リンです!」
リ`・ヮ・)「二人合わせて!」
リ`・ヮ・) >ω</「真姫ちゃんでーすッッ!」
リ`・ヮ・)「って、なんでやねんっ!」
>ω</「きゃー! 叩かれちゃったにゃ!」
リ`・ヮ・)「どうして真姫ちゃんなのー?」
>ω</「なんとなくにゃー!」
リ`・ヮ・)「そっかー! なんとなくかぁ!」
>ω</「うんうん、なんとなくにゃー!」
リ`・ヮ・)「じゃあまあいいやぁ! えへへへ!」
>ω</「えへへへへ!」
リ`・ヮ・)「ねえねえ凛ちゃん。この前ね、お店の手伝いしてたんだー」
>ω</「うんうん!」
リ`・ヮ・)「そしたらね!」
>ω</「うんうん!」
リ`・ヮ・)「えーっと! うーんと!」
>ω</「うんうん!」
リ`・ヮ・)「忘れちゃったぁ!」
>ω</「忘れちゃったのかにゃー! 仕方ないよ、凛もたまに慌ててると忘れ物するし!」
リ`・ヮ・)「ありがとう! 優しいね凛ちゃん!」
>ω</「なーんでやねーん!」
「ボケ同士で組むなァアアアアアアアッッ!!」
矢澤選手怒りのダイブ。
穂乃果と凛を巻き込み倒れていく。
「なんで同色同士で組んでるのよ! 漫才はボケとツッコミがいないと成り立たないでしょ!」
とは言え、悪い考えでは無いかもしれない。
「他に、他には誰かできそうなのいないの!?」
と、言うわけで。
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「はい。ウチ、東條希」
(‘ヘ‘ ζ「なんで私がこんな事……、意味わかんない!」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「まあまあ、真姫ちゃんは昔、何になりたかったん?」
(‘ヘ‘ ζ「別に? 覚えてないわよ」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「女の子の夢って言うと、ケーキ屋さんとか?」
(‘ヘ‘ ζ「覚えてないって言ってるでしょ? そういう希は――」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「分かるやろ……?」
(‘ヘ‘ ζ「え?」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「本当は分かってるんや。けれど、本心を仮面で隠す。ペルソナやね」
(‘ヘ‘ ζ「………」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「ウチ等の前では、脱いでもええんやないかな? その仮面」
(‘ヘ‘ ζ「……どうして? どうして分かるの?」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「カードがウチに、そう告げるんや」
(‘ヘ‘ ζ「叶わないわね、希には」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「フフッ、今はまだウチだけの物にしとくね」
(‘ヘ‘ ζ「ええ、いつか、皆にも言うわ」
╭*(๑˘ᴗ˘๑)*╮「それがええね。楽しみにしておくわ」
ちゃんちゃん。
「向いてねぇええええええぇえ! こいつ等マジ……ッ! あぁぁ! 何見せられてんのよ私はァアアア!!」
矢澤選手怒りの咆哮を上げてタックル。
「んぼほっ!」
しかし希の胸に弾かれるとそのまま後方に吹き飛び、仰向けに倒れる。
なんだコレ。なんなんだコレ。一人は達観して察しやがるし、もう一人は全てを拒絶した上に気づけば懐柔されて話が終わっていた。
なんだこれ? どこにボケとツッコミがあったんだ? 何を見せられていたんだ。
「だぁあ! もうッ! 全然ダメじゃない! こうなったら私がお手本を見せてあげるわよ!」
「で、できるのですか?」
「当然でしょ! 絵里、私と組なさい!」
「えッ! 私!?」
「そうよ、適当に話を合わせるだけでいいから!」
にこは絵里を部屋の端に連れて行くと、ゴニョゴニュとネタ合わせを。
「え? いいの? 怒られるわよ!」
「大丈夫よ! 平気平気! ほら、やるわよ!」
前に出るにこと絵里。
J(*‘ヮ‘*)し「はいどうもー!
宇宙一プリティでダイヤよりもエレガンスで
プラチナよりもファビュラスな、にこにーでぇす!」
J( ・`д・´)「って自己評価高すぎでしょ!
正直そこまでよ! は、はいどうも! 絢瀬絵里でーす!」
J(*‘ヮ‘*)し「ねえ絵里! この前ね、私街で牛を見たの!」
J( ・`д・´)「えッ! 牛? 牛ってあの牛?」
J(*‘ヮ‘*)し「そう! モーモーの牛さん! びっくりしちゃったわよ!」
J( ・`д・´)「牧場から逃げ出してきたのかしら?」
J(*‘ヮ‘*)し「うん、私も最初はそう思ったんだけどね! その牛さん服を着てたの!」
J( ・`д・´)「へぇ、珍しいわね」
J(*‘ヮ‘*)し「そう、良く見たらおさげで、タロットカード出してるし――」
J( ・`д・´)「ってそれ希やないかーい!」
その瞬間だった。シュォオンッ! と、音が響き、一枚のタロットカードが絵里とにこの間を通り抜けた。
僅かに耳を掠ったカードの絵柄は死神。そして通り抜けたカードは完全に壁に突き刺ささっているではないか。
「――ヵ」
青ざめ、汗を浮かべてへたり込む絵里とにこ。
その前に巨大な影が迫ってきていた。目を光らせ、タロットカードを構えているのは当然、東條希さんである。
「えりち……、にこっち……?」
「ち、ちがッ! 希! 私は、にこに唆されて!」
「待って待って待って! 笑いとは時に非情なまでの弄りを――」
「弄るという事は、弄られる覚悟があっての事やんな……」
「えッ!? いや、ちょ、ま――ッ」
「アルティメットわしわしマックスゥウウウウウウウッッ!!」
「「ワシワシィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!」」
数分後、もみくちゃにされた絵里とにこは倒れて動かなくなっている。
一方で大きなため息をつく海未。なんなんだこの一連の流れは。時間を掛けた割りに何一つ得るものが無かったぞ。
「ですがラブライブは、ライブの演出も自分達で決める事ができます。間にちょっとした寸劇を挟むチームは少なくないみたいですね」
アイドルとアーティストの違いはやはりキャラクターでは無いだろうか。
であるならば、歌やダンスはもちろん大事だが、キャラクターを前面に出していく事もまた一つの作戦だろう。
そう言った意味では漫才やコントは決して悪いものではなかった。まあもちろん、今のような物を披露すればせっかく積み上げてきた人気も一瞬で消え去るだろうが。
「漫才はちょっとねぇ。モノマネとかいいんじゃないかなぁ?」
「あ! 前にメンバー同士のマネやったもんね!」
「うん、意外と楽しかったよねぇ」
「それいいね! 皆でことりちゃんのマネしてみよーよ!」
「………」
え?
「やあ、みんなおはよう」
軽くノック。そして部室に姿を見せたのはヒイロだ。
学校に到着したヒイロは、早速写真部として何かミューズの手伝いが出来ないかと部室に顔を見せたのだ。
見せたのだが――。
(・8・)ホワット!?
(・8・)ホノケチェン
(・8・)ッチガイマァス
(・8・)ガンバレガンバレ
(・8・)フェエエェエエエェ
(・8・)ドゥナタディスカァ
(・8・)フムフム
(・8・)ソリディハンゴキゲンヨォ
(・8・)ツケチャウゾ
(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー(・8・)ヨキニハカラエェミナノシュー
「たッ、助け――ッ! うあああああああああああああ!!」
「あッ! か、会長! ちがッ、違うんですこれは! かい――ッ、会長ぉおおぉお!!」
皆、脳がトロけそうなボイスで意味不明な事を呟いている物だから何も知らない人間には、どう見ても怪しげな儀式にしか見えない。
呪殺されるとでも思ったのか、悲鳴を上げて部室を出て行くヒイロ。
海未が追いかけに走ったことで、部屋には静寂が。
「………」
にこが天を仰ぎながらポツリと呟く。
「なに、やってたんだろ」
「………」
皆、汗を浮かべて固まるだけだった。
「つまり、誰かに教えられたわけじゃないって事か」
「ああ、なんて言えばいいんだろう? とにかく、本能が教えてくれたって言うのか……」
自販機の前にある休憩所コーナー。
丁度胸の辺りに飲み物を置くテーブルがあり、みなコーヒーやジュースを立ち飲みして時間を潰している。
今は午前中のため、病院には多くの人がやって来ているが、受付や診察待ちの人間がほとんどで、休憩所にはタイガと宇佐美重雄の姿しかなかった。
そう、宇佐美重雄。以前リボルに変身していた男である。
タイガは彼に話を聞きに来ていた。当然、質問内容はガシャット暴走についてだ。何がどうなって暴走するまでになるのか。その答えは今の通りである。
脳に直接語りかけるように、お前は『現実でこの力を使える』のだと説明された。そしていざ使ってみれば――、である。
つまり誰に説明されたでもなく、現実で使えるようになった事が理解できたのだ。
「意味が分からん」
まさに、バグか。
正直、収穫はまるで無かった。そもそも重雄ですらわけも分からないままに暴走の力に身を委ねたのだ。
「あの時の事は、本当に申し訳なかった」
「またかよ。もう良いって。んな事を責めに来たんじゃねーだよコッチは」
冷静さを取り戻した重雄はなるほど良い父親だった。今も新しい仕事を見つけて、僅かな時間を見つけてはこうして奈々に会いに来ている。
ガシャットは心の闇に呼応するようにして力を与えるようだ。ある意味、モータスも気の毒な男なのかもしれない。力さえなければ諦めもついた。妥協もできた筈なのに。
尤も、もはや戻れない場所まで来ている。タイガは何度か頷くと、空になった紙コップを握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
「もういい。帰るわ」
「その前に、もし良かったら奈々に会って行ってくれないか? この前くれたぬいぐるみ、とても喜んでたよ。君に直接会ってお礼が言いたいってずっと言ってる」
タイガはよく奈々にプレゼントを贈っていた。
ぬいぐるみ、人形、CD。
「ただの在庫処分だよ。妹のが……、余ってるんだ。もういらないから、欲しいならやる。それだけだ」
「いつもすまないね。今は玩具を買う余裕も無くて。本当に喜んでるよ」
「今はどうしてるんだ? 奈々は」
「点字を勉強してるよ。これからは、そっちの生活に慣れないと」
「……だな」
「あと――」
重雄の話に、意外そうな表情を浮べたタイガ。
その話を聞き終わると、ヒラヒラと手を振って重雄に背を向けた。
「やっぱ今日は帰るわ。奈々によろしく言っておいてくれ」
「そうか。それは残念だ」
「悪いな。今日はちょっと気分が乗らないんだ」
奈々は目が見えない。
上辺だけの笑顔じゃ、触れあえないから。
そんな中、エムの様子を見てみよう。
少し時間は戻る。穂乃果と一緒に登校したエムは、図書室でゲームをしていた。
ヨッシーくんが受付の席に座っている横で、エムは床に座って画面を食い入る様に見つめている。
「………」
エムがプレイしていたのはレースゲームだった。
前方にバイクに跨ったキャラクターが見える。それを追いかけるエムのキャラクター。
さすが難易度ベリーハードなだけはある。先程から必死に背中を追いかけているが、全然追いつけない。
「――ッ」
幻想妄想。
ゲームが得意。プライド。コンピュータにすら負ける?
焦り、焦燥が幻覚を生む。キャラクターがモータスとエグゼイドに見えた。そしてそのままモータスがゴールイン。
画面いっぱいに2位の文字が。そしてそれは敗北の証拠。
「―――」
エムは目の前にあったゴミ箱を力いっぱいに蹴り飛ばす。
その音に思わずヨッシー君はビクッと肩を震わせた。
「びっくりしたー!」
「ごッ、ごめん」
「ちょっと勘弁してよぉ。どうしたの、大元帥が物に当たるなんて珍しいね」
「少しイライラしてて……」
モータスに勝てる自信はあった。
いや、勝たなければならなかった。しかし結果は負けだ。それにコチラは四人いて。
なにより、殺人鬼に負けたのが一番悔しかった。
「ほらぁ、やっぱり民度低いから。大元帥も汚染されてチンパンの仲間入りに――」
そこで目を丸くするヨッシーくん。てっきりエムはいつものゲームをしていると思ったが、実際は全く違うレースゲームじゃないか。
「どうしたの? プロ目指すんなら、なるべく他のヤツはやらないほうがいいよ?」
「あぁ、うん。そうだよね。ごめん。ちょっと……、気分転換に」
「あぁ、分かるよ。うん。分かる分かる。チンパンに負けたんだね。やっぱり人間じゃないヤツに負けるって悔しいよね。あ、バナナ食べる? チンパンに勝つにはまずおサルの気持ちを――」
「ごめんッ、早退する」
「え?」
「気分が、ちょっと……。ヨッシー君先生に言っておいて……」
「う、うん。お大事に」
エムはカバンを持つとフラフラと図書室を、学校を出て行った。
気分が優れない。気分を変えたい。エムはその一心で、帰り道、ゲームセンターに寄った。
平日の午前中と言う事もあって、いつもよりは客は少ない。メダルゲームではお爺さんが缶コーヒー片手になにやらずっと熱中してプレイしている。
エムはアーケードコーナーに入ると、いつものゲームに100円を入れる。
「………」
ベリーハードでプレイ。
しかしもはやエムにとってこのあたりは敵ではない。他の事を考えられる余裕はあった。
余裕があってしまった。
「……ッ」
ふと手が止まる。
被弾していくエムのロボット。歯を食いしばると、チャレンジャーの文字が。
どうやら向かいの筐体に誰かが座ったらしい。なにやらギャーギャーと騒ぎ声が聞こえる。所謂『民度』が低いとされている理由が来たのだ。
だが別に珍しい話じゃない。エムは表情を変えずバトルをスタートさせる。ルールは一対一、エムが一番得意のルールだ。
「………」
もはやこの界隈にエムの敵になる人間など数えるほどしかいない。
当然今回も同じだ。向かいの相手ではエムの相手にはならなかった。もちろんそれは、普段どおりならば。
「………」
ふと、思い出す言葉。
『偽善者ぶるのは止めようぜ? この力はお前らと同じだろうに!』
「………」
『そう、そうさ! 俺の力はお前らと同質だろうがァ!』
「……ッ」
『いずれお前らもコッチに来るんだ』
被弾した。コンボを食らった。盛り上がる向こう側。エムは小さく舌打ちをして受身を取る。
いけない、油断している。こんな雑魚に何を戸惑っているのか。こんな相手に負けるわけが無い。
コッチは大会で優勝したんだぞ、お前らとはレベルが――
フラッシュバックする。
昨日、あの日、モータスの背を追いかける中で、エムは、エグゼイドは思った。
待てよ、おい、待てよ。待てよ。逃げるのか。人を殺したんだろう? なのに逃げるのか?
待てよ。おい、待てったら。待てよ。おいッ、モータス――ッ、お前――ッッ!
『殺すぞ』
「………」
殺意を抱いた。
ガシャットが暴走する原因が負の感情にあるのなら、今のエグゼイドは……。
「!」
体力ゲージが赤くなる。
負ける? ふざけるな。なんでこんな雑魚に。なんでこんな弱そうなヤツに。
なんでこんな頭の悪そうなヤツに負けないといけないんだよ。こっちはずっとこのゲームをやって来たんだ。お前らとはレベルが違うんだよ。
そろそろ本気を出すか。エムは冷静に展開を考える。
このゲームは一見すればド派手なアクションだが、こういうタイプのゲームは読み合いが常に発生している。
相手の行動を常に先読みする事が勝利への――
「………」
一瞬、本当にそれは一瞬だった。
エムは、本気でこう思った。
『なんで俺が考えないといけないんだ』
戦いに勝つのに考える事など必要か?
だって自分には――
『マイティアクションエーックス!』
幻聴。
絶対的な『力』が聴こえた。相手に勝つのにゲームを用いる必要なんて無い。
「あ」
エムのロボットが粉々に爆発した。
いつも表示される『WIN』ではなく、画面いっぱいに『LOSE』の文字が浮かび上がる。
「クソがッ!」
叫び、立ち上がるエム。
するとより一層大きな笑い声が聞こえた。
「怒んなって、ゴメンゴメン」
ガラの悪そうな男がニヤニヤと笑いながらエムの肩を掴む。
「離せよ――」
「は?」
エムは、イライラしていた。
「殺すぞ」
そこで、冷静になる。
「……あ」
エムは青ざめ、頭を下げた。
「ごッ、ごめんなさい……」
五分後。エムは気だるそうな表情でゲームセンターを出た。
「厄日だ」
赤く腫れた頬を撫でる。
結局殴られ蹴られ、金を取られた。昨日の戦いもあって体中が痛い。
これはいかん。エムはトボトボと道を歩く。そんな中、ふと過ぎる想い。エムは携帯を取り出すと、一人の男に連絡を入れた。
『もしもし?』
「あ、ちょっと今から会いたいんだけど、いいかな?」
そこから20分経った後だ。
エムがとあるマンションの一室、そのインターホンを鳴らしたのは。
事前にメールを送っておいたため、居留守を使われる事は無かった。
扉を開けて出てきたのは、キリヤだった。
「ご両親はお仕事?」
「はい。引越しでお金使ったから。お母さんもパートで」
「そっか」
リビングに通されたエムは、キリヤが淹れたコーヒーを受け取る事に。
キリヤも今日は学校を休んでいたようだ。とは言え、塞ぎこむのもイヤだと思っていたのか、エムが会いたいと言うと、すぐにオーケーしてくれた。
「どうしたんですか? 石神先輩、ほっぺ、腫れてる」
「ちょっとおサルに殴られてね。別にたいした事ないよ」
「?」(動物園でバイトとかしてるのかな……?)
おサルって殴るんだ。怖いなぁ。キリヤが震えていると、エムが本題に入った。
「なんで学校休んだの?」
「え? あ……、それは――」
「ああ、ごめん。別に責めてるわけじゃないんだ。現におれもほら、早退したし」
ヒイロからメールが来た。どうやら適合者の中で学校に行ったのはヒイロだけのようだ。
メールには呪い殺されるかもしれないから後は任せたなどと意味不明な内容が書いてあるが、まあココは無視しておこう。
「もしかしたらさ、同じ理由かもしれないって、思って」
「え?」
「さっきさ、ゲーセン行って来たんだ。おれ、ゲームが大好きだからね」
どうしたら相手に勝てるのか。どうすれば勝利を収める事ができるのか。それを自らの手で作り上げるのが面白いし、快感だ。
しかし、今日、先程のゲームはあまり面白くなかった。
「なんでだろうね。同じゲームなのに」
「ど、どうしてでしょう?」
「多分、勝利への欲求とかがさ、薄かったからじゃないかな。相手に勝ちたいって思えなかったんだ」
エムは、懐からガシャットを取り出してテーブルに置いた。
「だってそうだろ? コイツがあれば、おれは少なくも人間に負けるわけないんだから」
「!」
ゲームで戦う必要なんてない。相手が何人いようが、ガシャコンブレイカーで一発でも殴れば相手は終わりだろう。
今はもうリアルファイトの方が圧倒的に強いんだ。わざわざ先読みしてジャンケンを持ちかけるようなゲームなんて馬鹿らしいじゃないか、なんて。
「おれはきっと、ゲームが好きって言うより、勝つ事が好きだったのかもしれないね」
それがゲームだったから、エムはそうしてきただけだ。
スポーツじゃ勝てる自信はない。勉強だって――、数学は嫌いだ。
でもゲームは違う。練習が苦じゃない。だって強いって分かってる。才能があるって思ってる。現に、勝てる。
これが同じゲームでも、パズルや音ゲーだったら手は伸びない。才能がないと思ってる。練習しても、所謂『ガチ勢』には勝てないと分かっているから。
「ボクも……」
「?」
「ボクも、分かりますよ。石神先輩の気持ち」
「……そっか。あはは、なんかさ、そう言ってくれそうだから、ココに来たんだよね」
キリヤは夢を見たという。
昔、酷い事をしていたやつを追いかけていた。皆怖がってる。それが心地よかった。
少しずつ追いかけて、最後は踏み潰す。足を轢いて動けなくして、体を通って、バキバキとした感触が気持ちよかった。
なぜ? 決まってる。『勝った』から。
でも前に鏡があった。それを見たとき、その高揚感は全て恐怖と絶望に変わった。
だって、そこには血まみれのバイクがあった。凶器になったレーザーが映っていたから。
「こんな事なら、弱いままでよかった」
呪うだけで終わっていれば、まだ気持ちは楽だった。
いつでも殺せる。殺しても逃げられる自信がある。そんな想いを抱くくらいなら、いっそ、いっそ……。
「人間は完璧じゃない」
当たり前の事だ。
だがそれを今、身にしみて感じる。モータスの行動を許せないと思う一方で、モータスに限りなく近づいている自分を知っている。
「でも超えるか超えないかは凄く大きいと思う。弱さを共有できて、共感できて、良かった」
エムはコーヒーを飲み干すと、キリヤの肩を優しく叩く。
どうやら帰るようだ。
「今日はゆっくりしよう。テレビでも見てお菓子を食べるんだ。そうすれば、明日には少し和らいでる」
「はい……」
「じゃあ、また明日。ミューズのライブで会おう」
「はい」
そう言ってエムは出て行った。
確かに、少し安心した。殺意を抱いてしまったのは自分だけじゃなかったんだ。
キリヤは安堵のため息を漏らすと、自室に戻り、テレビをつける。
お昼前なので、簡単なニュース番組が画面に映った。
「―――」
驚愕の表情を浮かべ、キリヤは固まる。
信じられなかった。目を疑った。そのまましばらく目を見開き、ニュースが終わるまで呼吸すら忘れたように固まった。
そしてお昼の情報番組が始まり、しばらくした後、キリヤは制服に着替えてマンションを飛び出した。
「ハァ! ハァ!」
走る。ひたすらに走る。
既に歩くのと変わらないスピードになっていてもキリヤは走った。
「ハァ! ハァッ!」
アナウンサーが読み上げたのは交通事故のニュースだ。
内容はアクセルとブレーキを間違えた車が歩道に突っ込み、次々に人を轢いた後、屋台のトラックにぶつかって爆発炎上したと言う内容だった。
関わった人間が皆死亡と言う凄惨な事故。それが淡々と告げられたのだ。
その中で、表示された犠牲者の名前。そこにキリヤの知り合いがあった。
そう、文江である。
「グッ! ハァ! ハァ……!」
学校に着いた時はフラフラだった。
学校は既に昼休み。キリヤが教室に着くと、そこに探していた人の姿はない。
心の中にある嫌なザワめきを感じながら、キリヤは焦りを、恐怖を表情に乗せて学校をさ迷った。
そして、『彼女』を見つけたのは部室の前だった。既に何らかの方法で情報を得たのだろう。
凛は――、星空凛は号泣していた。
「ッ」
心臓が潰されるような痛みが走った。
凛は花陽と真姫に支えられ、慰められながら歩いていく。
キリヤは、反射的に逃げた。
背中に冷たいものが走る。吐き気がした。
全身を掻き毟りながら叫びたかった。いつも笑顔だった凛の、泣いている表情を見るのは初めてだった。
ボロボロと涙が零れ、キリヤはそれをただ見ているだけしかできない。
純粋に――、ただ切に、悔しい。悔しくて堪らない。
「おはよう」
「!」
キリヤが振り返ると、そこにはヒイロの姿があった。
「仕方ない事だと言うのは――、残酷か?」
「いえッ、そういう物だと……、思いますから」
生徒会室に移動した二人。ヒイロは立って窓の外を見ていた。雨は上がっているが、曇天である事にはかわりない。
一方でキリヤは椅子に座り俯いている。不幸な事故だった、誰かが選ばれるかは運命だったといわざるを得ない。
しかしもっと早く自分達が――、そんな思いは腐るほど湧いてくる。
特にキリヤは震えて動けなかった、モータスの殺意を前に戦う事ができなかった。あげく、足を引っ張るような事をして。
もちろんそれはヒイロも同じだ。モータスを取り逃がした事は、あらたな『
「星空くんの知り合いが巻き込まれたらしいな」
「はい。文江さんって言って、ラーメンの屋台をやってました。ボクにも……、おまけしてくれて――ッ」
手の甲に涙が落ちる。
優しい人だった。なのにこんな事に巻き込まれるなんて、あんまりだと。
何よりも脳には凛の泣いている姿が焼き付いている。いつも笑顔だった凛、そんな彼女が好きだった。
そんな彼女に元気と希望をもらっていた。なのにそんな彼女が今、泣いている。そして自分は何をしていいのかも分からない。
虚無感、喪失感、心がガリガリと削られていく様だ。
「羽水先輩。ボク、分からなくて」
「?」
「アイドルが人を幸せにしてくれるなら――」
笑顔の凛が好きならば、笑顔になれない凛は、キリヤを幸せにできない。
「アイドルは、誰が幸せにしてくれるんでしょうか……?」
「……そうだな。難しい質問だ」
ヒイロにも分からない。
だが、分かろうとする事はできる。
「幸いと、俺達は声を掛けられる場所に立っている。星空君たちの仮面も、今は限りなく薄い」
ヒイロはキリヤの肩に手を置いた。
「今日は星空くんと一緒に帰るといい。練習は休むように俺から言っておくよ」
「は、はい」
「ただし。くれぐれも、モータスには気をつけろ」
「はい……!」
明日にミューズのライブが控えているワケではあるが、さすがに皆、凛の心中を察したのだろう。練習を休む事には何も言わなかった。
そして凛も落ち着いたのだろう。午後からの授業からは特に涙を見せる事はなかった。
とは言え目は赤くなっており、いつもの笑顔はなく、シュンと肩を落としている。
キリヤと凛は並んで歩き、帰路についていた。はじめは何を言っていいか分からず沈黙していたが、思い出すのはヒイロの言葉だ。
『俺達は声を掛けられる』
「げ、元気出して、凛ちゃん」
「うん。ありがと……」
当たり前の言葉では当たり前の言葉しか返ってこない。
なんだか上辺だけのように聴こえ、なんとも軽いやり取りになってしまった。
雲を掴む様な感覚である。励ましたいのに、出てくるのは月並みな言葉だ。
さらに言えば、些細な事で失言になってしまう可能性もある。慎重に言葉を選ばなければならないが、気の利いた言葉はまるで出てこない。
「い、い、一年の間に交通事故で亡くなる人は2000人くらいいるらしいんだ」
「そうなんだ……」
「う――ッ、あ……!」
違う。違う違う!
こんな事を言いたいワケじゃないのに。激しい自己嫌悪がキリヤに襲い掛かる。
とは言えさすがに凛も気を遣わせていると察してくれたのか。ニコリと笑顔を浮かべた。
「ありがとニャ。気遣ってくれて。優しいね、キリヤくん」
「……ッ」
違う。これが辛いんだ。
キリヤは心が引き裂かれそうだった。全てをさらけ出して欲しいのに。
本当の凛を励ましたいのに、凛に仮面を被せてしまった。クラスメイトの凛ではなく、スクールアイドルの凛を呼び出してしまった。
(違う、これじゃあ救われるのはボクだけだ。ボクは……、ボクは――)
キミを救いたいのに。
そんな思いが届いたのか、凛は一つ、キリヤにワガママを告げる。
「キリヤくん。ちょっと付き合ってほしい場所があるんだ」
了解するキリヤ。二人がそうやって訪れたのは、文江がよく屋台を出していた場所だった。
トラックがあって、テーブルを置いて、おいしいラーメンがあって。
けれどもうそれは過去だ。永遠の過去。
「もう二度と、食べられないんだね」
文江の代で終わる事はもともと決まっていた事だ。しかしその終わり方がまさかこんな形になるなんて。
凛は感傷に浸るようにずっと立ち尽くしていた。その隣でキリヤは俯いている。
凛は文江が普通の事故に巻き込まれて亡くなったと思っているのだろう。
しかし実際は違う。快楽を求める身勝手なモータスに殺されたのだ。
そしてそのモータスと同じ
なんなんだ、なんなんだ一体。しばらく無言で二人は立ち尽くす。凛は思い出を視ており、キリヤは罪を視ている。
「!」
すると人の気配を感じた。
まさか、モータス!? ゾッとしながらキリヤが振り返ると、そこには中学生くらいの少女が立っていた。
「ッ?」
「!」
きりっとした目の気の強そうな少女だった。
凛とキリヤは、その少女と目が合う。すると少女は驚いたような表情を浮べていたが、直後目を細めて、睨むようにして凛に近づいてきた。
「星空凛」
「え? そ、そうだけど」
「きみは?」
キリヤが問いかけると、少女はグッと拳を握り締めた。
そして搾り出すように声を出す。
「ワタシ、
「えッ、牧原って――」
文江と同じ苗字だ。と言う事は――。愛華の正体を察するのは簡単だった。
「文江は、ワタシのお婆ちゃん」
「あ……」
頭を下げる凛とキリヤ。
「リン、文江おばあちゃんのラーメンが凄く好きでいつも――」
「知ってる」
「えッ?」
「いつも話してた。凛ちゃん凛ちゃん凛ちゃん。バカみたいに」
そこでキリヤは確信した。
愛華は明らかに凛を睨んでいた。
「あの日もそうだった。凛ちゃんがお腹をすかせてるかもしれないって」
普段ならば店を出さない時間に店を出していた。凛のため、凛のため。
その結果、文江は死んだ。
「分かる? アンタのために、お祖母ちゃんは屋台を出したの」
「……ッ?」
「アンタのせいでお祖母ちゃんが死んだんだよッ!!」
「!!」
愛華は凛に掴みかかった。
驚きとショックで打ちのめされたのか、凛は目を見開いて固まるだけ。
キリヤも同じように怯んでいる。だがその中で、なんと愛華は笑みを浮かべた。
「ぷはッ! あはは!」
「!?」
「冗談だよ、冗談! そんな事――、思ってないから!」
「え……あ――」
「本当は感謝してるんだよね」
「は?」
「だから、感謝してるの。お祖母ちゃんが死んでさ、いくらか入ってきたんだよね、ウチ」
ニヤニヤ笑いながら愛華は説明する。
正直、文江の事は嫌いだった。そんな中、文江が死んで、お金が入ってきた。これは嬉しい誤算だ。嫌いな人が死んで、お金が手に入る。
「新しいカバン買っちゃった! だからさ、気にしないでいいよ! あははっ!」
「―――」
今度は、凛が拳を握り締める番だった。
「どうして?」
「?」
「どうしてお祖母ちゃんが亡くなったのに、そんな酷いこと言えるの?」
「………」
一瞬真顔になる愛華だが、すぐに呆れた様に笑う。
「なにマジになってんのよ」
とにかく凛には感謝している。愛華は凛の肩を軽く叩いた。
「じゃ、今度ライブあるんでしょ? せいぜい頑張ってね、フフフ。見に行っちゃおうかな、なんて」
それだけを言って愛華は凛達に背を向けて歩いていく。
凛はそれをジッと見ていた。そして途中から完全に愛華を睨んでいた。悔しげな表情で、目の端に涙を浮べて。
文江を馬鹿にされたような言い方が気に入らないのだろう。本当に怒っているようだった。
また、キリヤの心が痛くなる。笑顔の凛だけがキリヤの凛だった。今の凛を、キリヤは知らない。
すると、ポツリと頬に水滴。
曇天の空から少しずつ雨が落ちていく。
「………」
天気予報は雨。凛とキリヤは持ってきていた傘を広げる。
キリヤは安物のビニール傘。凛は黄色い傘。キリヤは透明のビニール越しから凛を見る。傘で体が隠れているため、凛がどんな表情を浮べているのかは分からない。
「――ねえ、キリヤ君」
声が震えていた。
かつてないほどの怒りが凛を取り巻いていた。
『せいぜい頑張ってね』
文江の笑顔が思い出される。いないんだ、もういないのに、なんなんだ愛華の言い方は。
「リンは……、嫌いな人のために頑張らないといけないの?」
「えッ?」
声が震えている。トーンも低い。
凛は目を細め、虚空を睨んでいた。もしもあの言葉をそのまま取るなら、今度のライブに愛華が来るかもしれない。
だったら凛は嫌いな人間に笑顔を向けて、嫌いな人間を楽しませるために歌って、馬鹿にされたような目を向けられていると分かっていても踊って、そして嫌いな人を喜ばせるためにアイドルをやらなければならないのか。
それがスイッチとなる。凛の中にあった些細な疑問が爆発するように溢れていった。
「ある事ない事で叩かれて。それでビクビクして。好きなこともできなくなって。それでも皆の前では笑って。いつか笑顔は嘘になって。嘘をついて――ッ」
キリヤから凛の表情は見えない。
傘が隠しているから。けれども分かった、声で分かってしまった。
凛は、泣いているんだ。
「そんな事をしてまで……! アイドルやらなくちゃいけないのかな?」
凛はしゃくりを出しながら、ますます声を震わせていく。
「ひっく……! ぐすッ!」
「―――」
「もう――ッ! 分からないよ……!」
キリヤにも分からない。
当然だ。キリヤはアイドルじゃない。アイドルである凛に分からない事が、キリヤに分かるワケがない。けれども問われた以上、何か答えないといけない。
少なくとも、キリヤは本心を告げる。
「好きにすれば良いと思うよ。り、凛ちゃんの人生は凛ちゃんのものだから、辛いなら、辞めても……いいと――、思う」
本当にこんな事が言いたいのか?
もはや、キリヤ自身分からなかった。
「……ごめんね」
凛はそう言った。
違う、欲しかったのは――『ありがとう』なのに。
悲しかった。だがその時分かった。凛の助けになる人間は、凛の苦しみを理解できる人間であると。
理解した。キリヤは凛のファンであるが故、ずっと凛を見てきたつもりだった。
だけど今、少なくとも全然知らない凛を二回は見た。悲しくて泣いている姿、誰かを怒って、嫌っている姿。
人間には喜怒哀楽がある。この表情を浮べるのは当然の事だ。
けれども、それを理解していなかった。
やはり、どれだけアイドルを理解したつもりであったとしても結局画面を通してみているだけにしか過ぎなかったんだ。
キリヤはエムに連絡を取る。
エムを介して、穂乃果に連絡を取るためだ。
凛が困っている。
それを告げれば、ミューズのメンバーは練習終わりに全員集まってくれた。
ファミリーレストランに集合した穂乃果たちは、凛を囲んで座り、今までの話を聞いた。
「なるほどねぇ」
ジュコオオォォォ! っと音を立ててメロンソーダを啜るにこ。
気持ちは分かる。と言うよりも、ようやく来たかと言う問題である。
やはりアイドルたるもの、その問題にいつかブチ当たるだろうと思っていた。
特にスクールアイドルは学生も両立しなければならない。学園と言うのは小さな社会だ。多くの衝突や嫉妬だ、いろいろ絡んでくる。当然そこに好き嫌いは出てくるだろう。
じゃあどうするのか。もちろん大切なのはそこである。
「ライブやるわよ、ライブ」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「声を重ねるな! なによ! そのコイツ何言ってんだみたいな目は!」
「いやッ、ですがどうしてそうなるのですか、にこ」
「決まってるじゃない。そんなのこれから沢山あるからよ。慣れちゃえばいいのよ、慣れちゃえば」
「んもう、にこっち。簡単に言いすぎや!」
「もともと簡単じゃないわよスクールアイドルは」
「あぅう」
その言葉で凛は肩を竦める。
「簡単だと思われたら困る。そうでしょ? 凛」
「それは、うん」
「アンタが何を思ったのかは知らない。けれど、スクールアイドルだって甘くない。これから先続けていくならもっとムカツク奴のために歌わないといけないかもしれない」
それでも笑顔で歌う。笑顔で踊る。
それができないなら、その嘘をつけないなら、今すぐスクールアイドルは辞めた方がいい。にこはキッパリとそう言いきった。
「厳しい言い方ね」
「当然でしょ。真実よ」
絵里の言葉ににこは即答である。
「それに私は、凛にはそれができるって思ってるから」
「え?」
顔を上げる凛。
照れくさいのか、にこは顔を逸らしてジュースを啜る。
「ツンデレ?」
「ぶほっ! 誰が!」
「穂乃果ちゃんはどう思う?」
ことりの言葉にハッとする穂乃果。
食べようとしていたアイスのスプーンを置くと、ウウゥムと唸り声をあげる。
「なんだろ? 別にいいんじゃないかな? 嫌な人がいたら知らんぷりしても」
「はぁあ!?」
「だってわたし達は9人いるんだもん! 凛ちゃんが嫌な人には、わたし達が笑顔を向けてあげればいいんだよ」
酷い事をする人は酷い。イヤな気分になるのは仕方ない。だったら、他の人間がカバーすればいい。それが9人いる意味ではないだろうか?
穂乃果はなんだか軽い調子でそう言った。
「時間が経てば、許せるかもだしね」
「ダメに決まってるでしょ! 握手会とかあったらどうすんの!?」
「握手会なんてしてないじゃん」
「グッ! 将来的の話!」
「そしたら凛ちゃんにはちょっと我慢してもらって。終わったら、わたし達が全力で慰める!」
もしくはその時に嘘をつけるように練習する。
今はそれでいいと穂乃果は笑った。
「わたしは凛ちゃんの味方だからさ。凛ちゃんが楽な方がいいと思うよ!」
「穂乃果ちゃん……!」
表情を明るくする凛。対してにこはムスッとしており、少し納得がいっていない様だった。
「まあ凛は親しい人を亡くしたばかりだから。無理をし続けて負担が掛かるのはよくないわね」
絵里も腕を組んで唸った。
凛の取り得はやはり元気だ。ストレスをためて、その長所が消えるのは良くない。
「完璧じゃないとダメだとか言ってたくせに」
「し、心配してるのよ!」
赤くなる絵里。
最悪、8人でもライブはできなくはない。凛が辛いようならば休ませるのもアリかもしれないと。
「でもやっぱりダメ!」
腕でバツを作るにこ。
もちろん凛の気持ちは分かる。けれどやはり100%だ。
「あんた達はネットあんまり見てないから知らないでしょうけど! スクールアイドルに投げられる一番多いアンチコメントって何か知ってる?」
「ピンクのツインテールがあざとい」
「はわわー! にこはコレが素なんですぅ。らぶにこーって、希ッッッ!!」
「冗談や。続けて……」
ニコはジュコーっと全てのメロンソーダを飲み干し、ポテトをムシャムシャ食らいながら吼える。
「学芸会よ! 学ッ芸ッ会! 文化祭で披露してろとか言われた日にはブチ切れそうになるわよ!」
だからこそ本気で行く。二度とそんな口が聞けないように最高のパフォーマンスを見せ付けてやる。
「プロよりもプロらしく! それがスクールアイドルの宿命よ!」
にこは誰よりも『にこ』の事を知っている。ミューズを愛している。だからそんな事は絶対に言わせない。
「私は自己顕示欲が高いの! チョモランマ級よ! プライド傲慢ガチ勢なの! この世の全てのアンチどもを矢澤信者にしないと気が済まないの!」
けれど信じている。それが向上心になる。100%なら、その姿を見て、きっと誰かが何かを感じてくれるかもしれない。
辛くとも笑う。イヤでも楽しませる。それがアイドルだからだ。その姿を見て、たとえ仮面でも、幻想でも、虚像でも、偶像でも――。
辛い人が笑ってくれるかもしれない。喜んでくれるかもしれない。そこに賭ける。
「アイドルってのは、そういうモンでしょ」
それにこの世は嫌な奴だけじゃない。
黒を見すぎて白を見忘れるなんて愚かだとにこは付け足した。
「う、うぅん。なんか凄い。にこちゃんアイドルみたいにゃあ……!」
「アイドルよ! す、スクールだけど! ッて言うかアンタもでしょ!」
複雑そうにしながらも、にこに圧されたのか凛は曖昧に頷いた。
「二人はどう思う?」
穂乃果は同じ一年生である真姫と花陽に問いかける。
真姫は興味なさげに髪を弄りながら、アイスコーヒーを手にする。
「別に? どっちでもいいんじゃない。決めるのは全部凛でしょ?」
「それはそ――」
「でも、これだけは覚えておいて。私はまだ凛とミューズを続けたいの」
「ッ、真姫ちゃん……!」
恥ずかしそうに顔を逸らす真姫。花陽もしっかりと頷いて自分の思いを伝えた。
「凛ちゃんは今まで私を沢山元気付けてくれたから。私にできる事があったら何でもいってねっ!」
正直、花陽としても何をどうしていいかなんて答えは思いつかない。なぜならばコレは数学では無いからだ。答えは用意されていない。
しかしとにかく、自分の想いをハッキリ伝える事が大切だ。そうすれば相手にも分かってもらえるだろう、と。
「とにかく、次のライブは出て欲しいな」
そこで決めればいいと花陽は言う。
あーだこーだと考えていてもいざ実際に体験してみないと何とも言えないじゃないか。
ジェットコースターは怖いけど、乗ってみたら案外悪くないという話は腐るほど聞いた。
だから凛も一度ライブをもう一度体験してみて、その上でイヤならイヤと言う方向にもう一度考えてみればいい。
「ね? クヨクヨしてるのは、凛ちゃんらしくないよ?」
「かよちん……」
そこで、凛はにんまりと笑う。
「そうだね。うん、リンらしくないね!」
ハッキリ言おう。同じ台詞をキリヤが言っても凛には全く響かなかっただろう。
しかし凛の素顔を知っている花陽が言うのだ。凛の心に響く物は圧倒的に大きい。
「かよちん! 真姫ちゃん! ありがとう! リンってば愛されてるにゃー!」
「ちょ、ちょっと! どうしたのよいきなり!」
「えへへ! 元気になったね凛ちゃん!」
凛は花陽と真姫の肩を抱いてニヤニヤ笑い始める。
全てが極端な話ではない。クヨクヨ悩んでも、こうして気の許せる友達と会ってポテトをつまみながらドリンクバーで好きなものを飲めば元気いっぱいだ。
「ごめんね皆。リン、みんなとライブやりたい!」
「そうそう、それでいいのよ! よしッ! じゃあ何か注文しましょ! 私パスタ食べたい!」
「じゃあ凛はハンバーグ! かよちんは?」
「ごはん!」
「ねえケーキ食べていい!?」
「穂乃果! 夜も良い時間ですからあまり甘いものは控えたほうが――」
「……ところで海未ちゃん。歌詞はできたの?」
「穂乃果、チョコレートケーキとかおいしそうですよ?」
「負けちゃダメだよ海未ちゃんっ!」
「でも実際ちょっとヤバイわよね。真姫も全然できてないんでしょ?」
「今日は海未ちゃんのお家に泊まるわ。多分徹夜になるかも」
「お泊り!? いいなぁ、わたしも泊まりたい!」
「穂乃果ちゃんがいたら作業にならないでしょ!」
「ひどい! 応援するよ! とっても温かい目で見守るよ」
「よ、よけい邪魔になりそうね」
周りの迷惑になら無い様に声のボリュームを抑えつつ盛り上がる9人。
凛はその中で、笑顔でメニューを見ていた。
翌日。
学校の屋上でエムはボウっとしながら校庭を見ていた。へたり込み、柵の隙間から下を見ている。
そこではライブのセットを作るミューズメンバーや、ボランティアで集まった生徒達がおり、キリヤも山岸やヨッシーくんと一緒に客席などを用意していた。
ライブが始まるまではまだまだある。そして結局、新曲は出来なかったのか。音楽室では海未と真姫が死に物狂いで追い込みをかけている。
みんな頑張っている。そんな中でエムは大きなため息をついていた。
「ゲームが全ッ然、楽しくない」
エムのテンションはもはやマイナスをはるかに超えていく。
あれから少し時間をおいてもう一度ゲームをしてみたが、結果は同じだった。
どうしてこんな事にマジになっているのだろうと心が冷め切っている。
わざわざカチャカチャ手元を動かさなくても相手に勝ちたいなら変身してワンパンで終わりなワケで。
それは現実世界もそう。なんだか頑張るのが馬鹿らしい。
気にいらない人間は簡単にぶち殺せるし、警察レベルじゃ捕まらないんだから忍耐なんてさようなら。
働く事も馬鹿らしいし、適当にカツアゲくり返せば楽に暮らせるわけで。
だがもちろんそんな事は絶対にしてはいけない。
何を考えているんだという自己嫌悪が凄まじい。ましてやいざ本当に出来るのかと言われれば絶対にノーだろう。
石神エムと言う男は悪人になれるだけの度胸は無い。けれども考えてしまうのは事実だった。
人間は黒も白も内包している生き物だ。ましてや勝負の世界に生きようとしているエムならば尚更よこしまな考えが過ぎるのは仕方ない。
そしてそれはエムだけじゃない。屋上ではタイガが気だるそうに寝転び、空を見上げている。
「もしもよ、これから先、調子乗ってる野郎とかに喧嘩売られたらどうするよぉー……」
例えば働きます。嫌な上司とか、嫌な客とかいたらどうする?
無理だ。たとえ自分に非があったとしてもブチ殺したくなる。タイガはアンニュイな表情で言い切った。
「モータスの野郎。糞みたいなこと言いやがって……」
意識するなと言うほうが無理だろう。
もちろん、モータスのように生きたいと言うワケじゃないが、どうしても力を持っていると言うのは意識してしまう。
残念ながら今の日本はストレス社会だ。上下関係だの、クレーマーだの、なにやら生きにくい。
当然そこには抑制がある。だから人は自己顕示欲を発揮するのだ。
俺は俺だ。俺はココにいる。まさに『俺』ここにあり! そんな思いがどんどん膨れ上がっていく社会形態。
こんな言葉を聞いた事は無いだろうか?
最近の若いもんは我慢ができない。すぐ諦める。忍耐力が無い。
つまりこの現代では『堪える』こと、『妥協』すること、『辛抱』することが評価される。
それを仕方ないと割り切れる『抑止力』が今のエムたちには無い。
それは壊れた。壊された。モータスによって。
「ハァ」
ため息をついてガシャットを見つめるエム。
簡単に言えば、宝くじで10億円当たりました。その上で時給700円のスーパーレジのバイトができるか? と、言う話である。
それはなかなかできる物じゃないはずだ。なぜならば今までは仕方ない、お金は必要だ、そんな考えがあったから耐えられたところもある筈。
なのに、大金がポンと入れば絶対に今まで我慢できた事ができなくなるはず。
俺は金があるんだ。こんな事を我慢する必要は無いんだ。
そんな考えがよぎり、すぐに辞めてしまうだろう。今のエムたちは完全にそれである。
俺は何をしているんだ?
俺は何がしたいんだ?
何のために頑張るんだ? 何のために努力するんだ?
頑張った先に何があるんだろうか。何もかも、簡単に壊せるのに。
「欝だ……」
エムは手すりにへばりつき下の様子を見ている。
「ダルい」
タイガは寝転びながら空を見ている。
「………」
そしてヒイロは、屋上の隅で座り込み、缶コーヒーをチビチビ飲んでいた。
どうやら彼もまたエムとタイガと同じ『状態』らしい。そうなってはいけないと思えば思うほど、深みに嵌っていくようだ。
世界には、それだけ目につく『汚れ』が多すぎるのが問題なのかもしれないが。
「………」
エムはボウっとしながら下を見ている。
キリヤと山岸がまた何か重そうなものを運んでいる。
「や、や、や!」
首を振って立ち上がるエム。
「ダメだダメだ! みんな頑張ってるのに! 何やってんだ、おれは!」
エムは全身を叱咤させると屋上を出て行こうと歩き出す。
「ちょっと下、手伝ってきます」
それを聞いてヒイロもため息をついて立ち上がる。
「俺も……、何かするか」
「………」
トボトボと出て行くヒイロ。
しかしタイガはピクリとも動かない。五分経ってまだ不動。十分経ったもまだ不動。
十五分経ってやっと寝返り一つ。そこでタイガの意識が遠くなった。眠れば少しは誤魔化せ――
「サボリ」
「!」
眠っていたのか、眠る前に声を掛けられたのかは分からない。
けれど確かに分かっている事は一つ。それは隣に矢澤にこがいたと言う事だ。
「写真部って今、何する部活なんだっけ?」
「ミューズを支援する部活……」
「その部長がサボってどうするんのよ。訴えるわよ。コッチには理事長の娘がいるんだからね」
「マジかよ。詰んだ……」
やる気の無いタイガの声に、にこはため息を。
そして持っていたカバンを放り投げると、それを枕として、にこもタイガの横に寝転んだ。
頭と頭を隣り合わせにして、足はそれぞれ逆の方向にしている。
つまり頭と頭は隣にはなっているものの、タイガは足を南の方向、時計で言うならば6時に伸ばしており、にこは12時の方向、北に足裏を向けている。
「なにしてんのよ、アンタ」
「……なにしてんのかねぇ」
タイガは目を閉じて唸る。
「何やってんだろうな。何があるんだろうな」
「……悩んでんの?」
「もちろん。オレは日々苦悩してるのさ」
「ダサ」
「おい」
「何に悩んでんのよ。矢澤さんが相談に乗ってあげようか?」
「無理だな」
「なんでよ」
「何に悩んでるのか分からんから」
「アンタってアホなの?」
「………」
唸るタイガ。
何に頑張ればいいのか。何のために戦えばいいのか。その先に何があると言うのか。
生きる価値は、抗う価値は、戦う価値は。
正義の――、価値は?
「なにやればいーんだ。どこがゴールなんだー」
唸るタイガ。
「たとえばよ、アイドルに貢ぐ奴って何がゴールなんだろな」
「ッ? なによいきなり」
「テレビでいるじゃん。オッサンがCD大量に買ってるの。あれ何のために買ってんだ?」
「握手券とか、アイドルを応援したりするためでしょ?」
「それって何がゴールなんだ? あわよくば付き合えるとか思ってんのか? なんなら一発ヤレるとか――」
「フンッ!」
「う゛ッッ!!」
にこの裏拳が腹部にめり込み、タイガは体を丸めて辺りを転がる。
「最低」
「………」(人を殴るのは最低じゃないのか)
「まあ、でも、中にはそういう考えの人もいるでしょうね」
「安心しろ、腐ってもお前にはそういうファンはつかねぇよ。東條や絢瀬ならまだしも、ウンコみたいな帽子かぶって隣の席の客のファストフード貪るキチ●イみたいなお前にはつかない。体もまな板みたいなくせにアレなんだっけ? キューティーパンサー? あん時のお前の水着、ギャグかと思ったぜ」
「………」
「嘘、うん。嘘、ごめん。全部ウソ! だからカバン落とそうとするのやめろ! おい! おいって!! ぎゃああああああああああ!!」
放心したように倒れたタイガの隣に、にこは再び寝転ぶ。
「最低」
「………」(人の腹にカバンを落とすのは最低じゃ――)
「好きなのよ」
「?」
「そういう人は、応援してる子が、好きなの。だから買うのよ」
グループが少しでも有名になれるように。人気がないと落ち込まないように。
もっと沢山の光を浴びれるように。
「それに、そういう自分も好きなんでしょ。良いと思うわ。趣味にお金を使うのは悪い事じゃないもの」
「……理解できねぇ。オレには、そこまで人を好きになった事はねぇからな」
「だから私を好きになりなさいって言ったでしょ。アンタのお小遣いの7割を矢澤グッズの購入にあてなさい。投資よ投資、スポンサーになってにこー?」
「最低だなお前」
「アンタに言われちゃおしまいだわ」
タイガとにこは笑う。
「ま、その内アンタはこの矢澤様なしじゃ生きていけない体になるから、覚悟しときなさい」
「矢澤」
「ん?」
「好きだ。付き合ってくれ」
「………」
にこは無言で、表情一つ変える事なく、ジットリとした目でタイガを睨む。
「死んでもイヤ」
「ひどい」
「欠片も気持ち入ってないから。そもそもアンタ、私みたいなのタイプじゃないでしょ」
「よく分かったな。オレのタイプはツイッターで死にたいって言いながら自撮り上げて、週2くらいでリスカの報告してくるスイーツメンヘラだから。あ、でも美人じゃなかったら却下な」
「気持ちわる」
「おい酷すぎだろ。人の好みを否定するなよ」
あと一つ。
「ツインテールの女だけは、一生恋愛対象にはならねぇなぁ」
「………」
にこは一瞬沈黙するが、すぐに唇を吊り上げる。
「私、一生ツインテールで生きるわ」
「それは残念だ!」
「そもそもアンタのクソみたいな性格じゃ、一生彼女なんてできないわよ。いや、そもそも社会に出ても誰も相手にしてくれないわ。一人ぼっちで死んでいくのよ」
「………」(え? 普通に酷くない?)
「だからもしも……、私が遠い未来、結婚して子供を作ったら、ベビーシッターとして雇ってあげるわ」
「ざけんなよ。介護の間違いだろ。お前みたいな狂人を好きになる男なんているかよ」
声を出して笑うタイガとにこ。
「いるわよ。まだ少しだけど、にこにーグッズは売れてるんだから。ファンが好きになってくれるなら、いつか、普通の人だって……」
「ファンはにこにこにー! とかアホみたいな事してるお前しか知らねぇんだろ?」
「知ってるわよ。もうバレてる。私の仮面は透けてるもの」
「………」
そこで、ふと、話題を変える。
「奈々のところに、まだ行ってるんだってな」
「ええ、まあね。って言うかアンタもでしょ?」
「……いつまで続けるんだ?」
「気の済むまでよ」
にこは立ち上がるとカバンを持って屋上の入り口に向けて歩き出す。
「じゃあね、私はもう行くわ」
「なんだったんだよ……」
「少しは元気になったでしょ?」
「!」
「やっぱアンタとは、こういう下らない話をするに限るわ」
そう言ってにこは出て行った。
タイガは体を起こすと、しばらく何かを考え込むように沈黙する。
(まさか、気を遣われるとは……)
そして、確かに、楽しいと思った。
楽しいと、思えたんだ。
「………」
風が吹く。タイガの髪を撫でた。
屋上の手すりに、小さな少女が座っていた。後姿だけで、顔は見えない。
にこ? 違う。共通点は、ツインテールだけ。
「弱いね、あなたは」
にこの声だった。
「私はもう、殺したはずでしょ?」
少女の胸には、大きな穴が開いていた。
穴の向こうに、空が映る。
「悪い。格好悪いな、オレは……」
「いいよ。知ってるから。だから、これが、本当の本当に最期」
少女の体が粒子化をはじめる。
「優しいお兄ちゃんが好きだよ。だから迷わないで。お願いだから、私のために正しく生きて」
そこで、少女は完全に消滅した。
「はい、これでいいんでしょ?」
最期の言葉に、タイガは頷いた。
そしてニヤリと笑い、立ち上がる。
「ああ。じゃあな!」
タイガは屋上を後にした。
「あ、すまない。ココにはいないものかと」
「いえッ、気にしないでください。少し集中したくて」
生徒会室に入ったヒイロは、そこで海未と顔を合わせた。
先程まで真姫と一緒にいたらしいが、真姫がピアノを弾くので海未はコチラにやって来たというわけだ。
「会長こそ、どうしたんですか?」
「少し、一人になりたくて……」
「あ、すみません。すぐにココを――」
「いや、いい。俺が他のところに行くよ」
「あの――ッ」
ふと、海未は顔を上げる。
「私でよろしければ、相談に乗りますよ?」
「え?」
「会長も何かお悩みになるんですね。少し、意外でした」
「………」
何も出て行くのがスマートな対応なのだろうが、どうにもそう言う気分にはならなかった。
それに、正直に言えば誰かに聞いて欲しいところがある。だからヒイロは部屋を出て行かず、窓際に立つ。
「下らない話だ。幻滅させるかもしれないが、聞いてくれるか」
「はい」
「なに、別に難しい話じゃないんだ。ただ少し――、息が詰まる」
平然としていたつもりだが、ヒイロもまたその内にモータス思考の影響を受けている一人であった。
ガシャットが現実で使える。ただそれだけの事実が、ヒイロの中のアンテナを鋭くさせる。
受信するのは悪意の電波だ。素行の悪そうな者が目につく、ガラの悪い者がより目に入る。
そうやって思うのはただ一つ、『理解不能』であると言う理由からくる『掃除欲』だ。
掃除。掃除――、もちろんそれはお部屋を綺麗にしましょうという掃除ではない。
社会を綺麗にしたいという願望だ。いや、偉そうな事を言っているが要は気に入らない奴を力で排除するか、脅して無理やり更生させたいと言うただの強い支配欲。
つまるところ、ネットで神になって世界を思い通りにしたいと掲示板で書き込んでいる子供と何も変わらない。
変わらない? 本当に? 自分には力がある。
なにも神になれるとまでは思っていないが、少なくとも周りくらいは管理できる自信があった。
ヒイロが定めたルールに生きろと言う。従わない者はブレイブの力で裁く。
それでも愚行を働くものは、腕の一本でも切り落としてやれば絶対に言う事を聞くようになる。
そんな馬鹿な事を考える自分に自己嫌悪する。とは言えそんな事をそのまま海未には言えない。
だから端的に、かいつまんで説明を行う。素行の悪い者が目につくようになり、それが気になって仕方ないと。
「悪意が膨れていくのが……、分かる――ッ」
確実にエスカレートしていくのは分かっている。
その果てにいるのがモータスだ。しかし押してはいけないスイッチほど押したくなるのが人間だ。
ヒイロの考えも、考えたくないと思うほど、加速していく。
「その内に見るもの全てを消し去りたくなるんじゃないかと、怖くなる……!」
首を振るヒイロ。何を馬鹿な事を言っているんだ。そんな気分だ。
しかし、海未は真面目に聞いてくれているようだ。何度か頷くと、これまた真剣な表情でヒイロを見る。
「会長は正義感の強い方なんですね」
「……そうなんだろうか? それも、今となっては分からない」
自分の行いを大義名分にして他人を叩きたいだけなのか。
真面目にやっている自分は、真面目にやっていない者を批難する権利がある。殺してもいいと思う権利がある。
フム、分からない。
「真面目に生きる事は絶対に間違っていません。だから会長は胸を張ってもいいと思いますけど……」
「しかし――」
ヒイロはメガネを外して目を押さえる。
そう思う先になにがある? 例えば真面目な人間だけを残したいと思うヒイロの考え。
質の悪い人間を排除した先に、ヒイロは何を求める? よく分からない。
他者への関心、自分以外の人間に向ける感情の質が分からない。
ヒイロが現在、医者を目指しているのは人を救いたいと言う思いではない。
他にやりたい事がないから。目指せるだけの力があると思っているから。親が医者だからだ。
ふと思い出す。キリヤは文江が死んで泣いていた。
正直、凄いと思った。ヒイロはとてもじゃないが涙はでない。
モータスが多くの人を殺しているのを知って、怒りこそあるが悲しみは無い。
なぜならば死んでいるのは知らない人間ばかりだからだ。キリヤは文江と関わったというが、少し会話を交わしただけだろう?
ヒイロは同じ体験をしたとしても、文江のためには泣けないだろう。
冷たい人間なのか自分は? ネジが外れているのか?
であるなら、モータスと同じなのか? ヒイロは苦悩する。
「答えはあるんでしょうか……?」
「え?」
海未は、そう言った。
それはヒイロも分かっている。分かっているが、海未とは少しニュアンスが違った。
「以前、会長とこんなお話をしましたよね」
何故アイドルであるのか、アイドルであろうとするのか。
アランブラ戦で海未は自分の答えを、『アイドルをやりたいから』と言う風に締めくくった。
穂乃果やことり、そして皆とミューズを続けるのは楽しいし、やりがいがある。かつての自分では考えられない事だが。
「みんなには怒られてしまうかもしれませんが、正直、今のこの状況も心のどこかで楽しんでいる自分がいます」
悪戯っぽく海未は笑った。
曲が出来ずに追い詰められているのも創作に熱を出す人間ぽくていいじゃないか。
昨日は真姫と一緒に夜中まで曲作りに励んだが、大変だったものの、真姫とはより仲良くなれた気がする。
もちろん曲が出来ていないからみんなには申し訳ないが、なんだかこう、楽しさもあるのだ。
「こんな不真面目な部分が私にあったなんて、自分でも驚きです」
少なくとも、スクールアイドルをやっていなければ知らなかっただろう。
そして自分にファンができるなんて、そんな事も同じだ。
「本当に、良かったと思っています」
真面目な海未が好きだと皆が言ってくれるなら、真面目に生きるのは苦じゃなくなる。
だってそれが好きだと、つまり憧れを持ってくれるのだから。
スクールアイドルは悪くない。知らない自分にも会えるし、今までの自分も好きになれる。
「会長は最近、よく石神くんと一緒にいますよね」
「ああ、彼とは幼馴染だったか」
「はい。石神くんはゲームが上手いんです。それによく話をしてくれます。私は詳しくないのでよく分からないのですが――」
一つ、良く覚えているものがある。
一度クリアしたゲームでも、新しい裏技が発見されることがあるのだと。中には10年以上経って見つかったものもある。
また、別のゲームじゃいろいろなルートを選択してクリアするものがあるらしい。それを踏まえて、海未は思った。
「私達の人生は、終わりのないゲームのようなものではないでしょうか」
無限の選択肢がある。自分の知らない可能性がある。それは自分が見つけるかもしれないし、他人が見つけてくれるかもしれない。
そこに答えはない。答えがないのが人生だからだ。とは言え、答えを探す行為は無駄とは思わない。
自分なりの答えはあると思っている。自分を律する思いに変わると思っているからだ。
「私は会長のそういう真面目なところ、好きですよ」
「!」
「尊敬します」
「そう、か……、ありがとう」
「い、いえ」
海未は少し恥ずかしくなったのか、真姫のところに戻ると言い、荷物を纏める。
「会長の尊敬する方を思い浮かべてみては?」
去り際に、海未は一つアドバイスを。
海未は穂乃果を思い浮かべ、アイドルであることを望んだ昔がある。
「会長の憧れた方は、会長が嫌がる生き方をする人でしたか?」
そんなワケは無い。だからこそ憧れたのだ。
「きっとその人が、会長の答えを持っているはずです」
「そうか。すまないな。余計な心配をかけた。午後のライブ、頑張ってくれ」
「ありがとうございます。良い歌詞が浮かんできました」
海未はそう言うと部屋を出て行った。
「尊敬――、か」
今までどれだけの人間を尊敬してきただろうか?
その時、ふと、ブレイブの姿が思い浮かんだ。そういえば子供の時にはちゃんとああ言う特撮ヒーローに憧れたりはしていたか。
それに――、そうか、たった今話したではないか。キリヤを凄いと思ったと。
「なるほどな」
海未が座っていたところを見るヒイロ。
「彼女は"凄い"な……」
そこで固まるヒイロ。
ほら、今も。
「なるほど。複雑な様で、分かりやすい」
ヒイロは頷き、メガネを整えると、勢い良く立ち上がって部屋の外に出て行った。
「ねえキリヤくん!」
凛に声を掛けられたのは、丁度客席の準備が終わったところだった。
なんでも、昨日相談に乗ってもらったお礼に、メンバーにジュースをご馳走したいとか。
しかし一人で持っていくのは大変だから、キリヤに手伝って欲しいとの事だった。
断る理由はない。
近くにいたヨッシーくんや、山岸もどうぞどうぞとキリヤを促す。
並んで歩く二人。近くにコンビニがあるので、品揃えのいい其方を選んだ。学校を出て、コンビニを目指して二人は肩を並べる。
「あそこはね、みんなが好きなジュースが全部売ってるんだ」
「そうなんだ。きっとみんな喜んでくれるよ」
「うん! ありがと!」
ふと、凛は空を見上げる。
今日は晴れている。ライブ日和だ。
「キリヤくんの言うとおり、みんなに相談したら気分が楽になったよぉ」
「………」
「本当に――、キリヤくんのおかげにゃあ」
「………」
「ッ? キリヤくん?」
話しかけても反応がないものだから、気になったのか凛は隣を見る。
するとそこにキリヤの姿はない。
「あれ?」
背後を見る。すると、キリヤが倒れているのが見えた。
そして、その背を踏みつけているのは背広のスーツを着た真面目そうな男性だった。
しかし手にはバチバチと音を立てるスタンロッドが。これを押し付けてキリヤを気絶させたのだろう。
その男。フェイク&アンサー。
みなさんご存知。紛れもないリアル。
それ即ち――ッ!
「なんで糞雑魚って、すぐ死んでしまうん?(炎上)」
SETSUKO is Rock 'n' Roll。
センキュ……
「狂ってる? 頭沸いてる? オーケー! アイムアモリピーモータスッ!」
それは全て褒め言葉。
恐れよ、震えよ、嫌悪せよ!
だってそれが出来るのは、僕だけだから。
センキュ……
「き、キリヤくん……?」
ワケが分からない。震える凛。
一方で男、山田太郎は背広を脱いで下にきていたジャケットとジーンズを露にする。
そしてカバンの中に入っていたトゲトゲの肩パッドを装着。さらにはカツラを脱ぎ捨て、スプレーとワックスで赤い髪をモヒカンにする。
「甘いんだよ。悪意はどこにでも潜んでいるぜ。カメレオンみたいに擬態してるけどな」『ヴィラン・モータス!』
山田太郎はモータスに変身すると、凛に向かって歩いていく。
その時、足がつかまれた。
「あん?」
「凛ちゃん――ッ、逃げて……!」
「なんですぐ負けてしまうん?(ネットでは何気ない発言が他人の気分を害してしまう可能性があります、十分に気をつけましょう)」
「ぐあぁあぁあ!」
モータスは再びスタンロッドをキリヤに押し当てる。
「死んでしまえよ(直球)」
ガシャットを持つ隙は与えない。
その前にモータスはキリヤを気絶させた。そしてゆっくりと凛に向かって歩いていく。
「姫! お迎えに上がりましたぞ(時に紳士)!」
「え? え……ッ?」
「地獄に連れてってやるよ。ククク、クハハハハ……!!」
少し時間を巻き戻す。
エムは何か手伝える事はないかを聞いて周り、雑用をこなしていた。
しかし相変わらず心はココにあらずと言った様子だ。ずっとモヤモヤが取り巻いていると言うのか。
その内、中庭のベンチに座って何をするでもなく、ただ俯いていた。
俺の目的はなんだ? 分からない。完全に心のスイッチがオフになったようだ。
「ハア……!」
大きなため息をつく。
すると、両肩に手が置かれた。
「え?」
「どーしたの!? 元気ないね!」
「穂乃果ちゃん……!」
高坂穂乃果がココに来たのは偶然ではない。
原因はエムの友達のヨッシー君だ。元気がないから、少し話しを聞いてあげてほしいとの連絡をもらった。
いや、しかしその連絡が無くとも穂乃果はエムに声を掛けていただろう。なにせ今回のエムの落ち込みようは穂乃果でも分かりやすいと思うものだったからだ。
なにせ今までエムは積極的にミューズの活動を手伝ってくれた。それが突然沈んだ表情で距離を置くようになったのだもの。
「悩んでる? 話せるなら、聞くよ」
「うーん、でも――」
「悩むって事は話せるって言う答えもあるんだよね。なら決まり!」
穂乃果はピョンとベンチの上に乗ると、そのまま前に降りて腰を下ろす。
エムの隣に座ると、ニコニコと笑みを浮かべてエミを見つめた。
こうなるとどうしようもない、エムは頭を書いて、小さく頷いた。
「あぁ、じゃあ、お願いしようかな」
「はい、任せなさい! さささ! どうぞどうぞ」
「いやッ、別に。ただ、ちょっと、ね」
ガシャットの事は言えないので、そこから来る倦怠感を話した。
何をしても楽しくない。ゲームをしても楽しくない。勝つ喜びがなくなったようだ。
プロを目指す原動力である闘争心が消えてしまった。
「うーん。スランプってヤツなのかな?」
腕を組んで真剣に考える穂乃果。
「簡単に言えばそうなのかな。穂乃果ちゃんはあるの? そういうの」
「スクールアイドルのスランプって言うのがどんなのか分かんないから何とも言えないけど、ちょっと迷ったりする事はあるよ!」
「穂乃果ちゃんでも迷ったりするんだね……」
「……え? ディスられてる?」
「えッ! いや! まさか!」
首を大きく振って誤解だと。
前にも思ったが、やはり皆影ではいろいろ考えているのだ。
「怒った! ちょっと待ってて!」
穂乃果は頬を膨らませると、一旦エムの前から姿を消した。
バタバタとあわただしくブーメランの様に帰還すると、自分のカバンを持ってくる。
「エムくん、今日もゲーム持ってきてるでしょ? って言うかいつも内ポケットに入れてるよね」
「う゛ッッ!」
バレている。
エムは制服の内ポケットからはみ出るゲームケースを見せる。
「やろ!」
「え!?」
穂乃果は自分のカバンから、同じ携帯ゲーム機を取り出した。
「マジで?」
「マジマジ!」
実を言うと、エムがあまりにも楽しそうにゲームをやるものだから、穂乃果も同じゲームを買ってみたのだ。
穂乃果の自室にはマンガが散乱していることから分かるように、『こういうジャンル』には実は詳しかったりする。
現に既にネットで知識を得ていたのか、初心者の動きではなかった。ステップによる隙を消したり、キャンセルのタイミング、立ち回りのイロハを少しは学んでいるようだった。
まあとは言え、所詮は付け焼刃。エムの相手ではない。瞬殺が打倒だろう。
もちろんそれは今までのエムならばの話。今の彼に闘争心は無い。勝つ意味をなくした場合、他に理由は出来る。
(負けてやるか)
接待プレイ。あくまでもバレないようにしてエムは体力が赤ゲージになるまで負けてあげる。
もちろんずっとプレイしていた人間が初心者に負けるのはありえないので、最後はカッチリ勝っておく。
そんな、流れ作業。
「………」
穂乃果は眉を顰め、ジットリとエムを睨みつける。
「な、なに?」
「手加減」
「あぁ、ごめん。そうだよね、ちょっとはハンデとかつけるべきだ」
「違うよ」
「え?」
「手加減しすぎ! エム君、全然楽しそうじゃないよ!」
今まで何度か大会を見させてもらった。
その時のエムはキラキラしていたのを覚えている。
でも今のエムは、全然楽しそうじゃない。全然笑わない。穂乃果はゲームをしまうと、首をかしげた。
「どうしてこうなちゃったのかとか、心当たりとかある?」
「それは――」
さすがに、モータスの事は言えない。
「分からないんだ。なんか、ある時、ふとなんでこんな事やってんだろ、みたいに考えちゃって」
「なんで、してたの?」
「え?」
「ちょっと気になっちゃった」
当たり前の疑問。
なんでエムはゲームをしていたのか。するようになったのか。
プロを目指すのは、当然それなりの理由があるからだ。
「それは、勝てると思ったから――」
本当に?
本当にそれだけ?
だったらもっと突き詰めよう。なぜ『ゲーム』なのか。
「………」
頭を抑えるエム。
なんでだっけ?
なんでだ? なんで。なんで……?
『ねえ、将来の夢とかある?』
『んー、わかんない!』
『ぼくはあるよ!』
幼いときの記憶がフラッシュバックする。
そうだ、あの会話は今も強く覚えている。あの時、エムは既にプロゲーマーの存在を理解していた。つまり、もっと、前に……。
記憶を、呼び覚ます。あれは、もっと、前。
諸君らは、知っているだろうか。
子供の――、『こども』の世界におけるヒエラルキー、序列がどうやって決まるかは凄く単純なものなのだ。
そう、かけっこが早いかどうかである。ドッジボールがうまいかどうかである。エムは物心ついたときから穂乃果が好きだった。
そして男と言うのは悲しい生き物で、好きになった相手には格好つけたいのだ。そして当時、エムが一番得意だったのがお絵かきだ。
「へぇ、エムくん。お絵かき上手だねぇ」
穂乃果からそういわれたとき、エムは最高に嬉しかった。
そう、最高ッに嬉しかったのだ!
だが、しかし!
「わぁ! ●●くん、とっても早いねぇーっ!」
エムは心がバキバキに砕かれた。
最早名前も覚えていない●●くんはたった10メートルも無いかけっこでエムを圧倒し、穂乃果達の歓声を受けていたのだ。
そうだ。エムは真っ白になりながらフラフラと帰ったのを思い出した。
その次の日だ。ヨッシーくんがスーパーファミコンを買ったというので皆で遊びに行った。
そうだ、そうだ! そこで初めてゲームをやったのだ。
あの幼いエムたちは理解していただろうか? 間違いなく、エムは天才だった。
まるで『本能』が体を動かしたように、手がコントローラを動かした。すいすい障害物を避けてゴールへ進んでいくキャラクター。
そしてヨッシーくんが『こんなの無理だ』『できっこない!』『つくった人は頭がおかしいんだ!』『もうできない!』『もうだめだ!』『もうおしまいだ!』『僕には才能がないんだ!』『生まれてきてごめんなさい!』『おばか!』そう言いながらさじを投げたステージをエムは余裕でクリアしてみせた。
「エムくんッッッ!! すっごいねッッッ!!」
穂乃果は、まるでエムを神様を見るような目で見た。
そうだ、そうだ! そうなんだ! なぜこんな事を忘れていたのか。エムは全身に電流が走ったように立ち上がる。
あの時の穂乃果の笑顔。キラキラした目。あれは間違いなく――。
『憧れ』
そうだ、憧れの眼差しだった。
そしてそれが嬉しくて、家に帰ったらおやつのケーキを食べながら母親に熱弁した。
あった事を夢中で話した。そしたらエムの母は嬉しそうな表情でこういったんだ。
「エムは、ゲームが上手いのね。才能があるのかも」
そうだ、褒められたんだ。
認められたんだ。賞賛されたんだ。あの時、エムは確かに―ー。
確かに、アイドルだったのだ。
「……!」
突き動かされたように、エムは自分が優勝した大会の動画を見る。
そこにはいくつものコメントがあり、その中の一つが目にとまった。
『いいなぁ、俺もこんな風に上手くなりたいなぁ』
それは――、紛れもない。
憧れ。
「……穂乃果ちゃん」
「え?」
「ゲームが上手いおれは、どう――、だった?」
「そりゃあ――」
穂乃果はにっこりと笑って答えた。
「かっこいいよぉ!」
「……はは」
「?」
「ハハハハッ! ハハハハハハ!!」
同じではないか。モータスと。
これもまた自己顕示欲。だが、しかし、それでも――ッ!
「!!」
そこで感じる力のベール。
茶色いエネルギーはノイズを纏ったもの。それがカーテンのように空間を通過する。
間違いない。ヴィランだ。そして今考えられるのは――。
「ごめんッ! ちょっと、用事思い出した!」
「え? え!?」
地面を蹴るエム。
しかし去り際にしっかりと穂乃果に手を振る。
「ありがとう穂乃果ちゃん! なんか、全部良くなった!」
「え? え、うん。なら良かった!」
エムは、ヒイロは、タイガは合流する。
そして気配を追って校門に向かうが、その前にゲームエリアは消失する。
「逃げたか!」
「いやッ、アイツの性格上何もしないなんてありえない!」
「みんな、我李奈さんが立ってる!」
黒いスーツは良く目立つ。
我李奈たちはエムを見つけると、ダブレットを持ったまま合流する。
「我李奈さん、モータスは!?」
「逃げました。そして事は深刻ですわ」
「?」
「さきほど、モータスのサイトにアップされた動画です。生放送になっています」
そこに映っていたのは気絶している凛だった。
目の色が変わるエムたち。モータスは鎖で縛った凛を抱えながらバイクを走らせていた。
そして追従するモータスドローンについているカメラを指差す。
「Rock ‘n’ Roll」
モータスたくさん考えました。
いっぱいいっぱい殺しました。けれど、モータスは全然有名になりません。
なんで? 決まってます。モータスがやってる事は、別に特別じゃなかったんです。
今もきっとどこかでデスゲーム。生きるって事は将来死ぬ事だ。死ぬって事は、殺されるかもしれないって事だ。
人殺しなんて、山ほどいる。
「俺にしかできない殺し。あるよな?」
センキュ……。
モータスは凛を見る。
今まで殺してきたのは名前もない人々ばかりだ。それじゃあ世界は盛り上がらない。
時代を築く一つの柱を破壊してこそ、後世に名が残るのではないだろうか。そしてこれは優しさである。
人間は時代と共に劣化していく生き物であるとモータスは考えていた。ならばまだ女神と称される時代に消える事は幸せなのでは?
イエス、Rock ‘n’ Roll
「星空凛を殺す。それが俺の、Rock 'n' Rollだ」
適当。しかし、それがモータスの力を『進化』させた。
震える。力の脈動にモータスは歓喜している。ガシャットはさらなるバグを纏い、ワンランク上の悪意を叶えるためにレベルアップする。
「ヒャッハ! モータスゲームを始めるぜぇ!」
ルールは簡単。レースゲームと何もかわりない。
ゴールに縛った凛を転がしておく。はい、それだけ。モータスが先にたどり着けばモータスヴァイパーのタイヤが凛を押しつぶし、凛はさようなら。
エグゼイド達が先にたどり着けば、凛を助ける事ができる。
「クハハハ! お前らが俺に勝てば、凛ちゃんは助かるぜぇー?」
棒。圧倒的な棒読み。そんな事は欠片も思っていないと言った様子だ。
それはそうだ。モータスは自分が勝つと確信している。負けるわけがないゲームを仕掛けるのは、それだけの優越感を味わいたいからだ。
「安心しな。俺もクリエイターだ。ゲームが始まるまでは、星空凛には一切の危害は加えない」
確かに見たところ、凛に怪我はない。
それはそうだ。積み木を崩す時は、高く高く積み上げたほうが気持ちがいい。
凛もそうだ。純白である凛を一撃で粉々に粉砕する。壊れた物を壊しても快感はやって来ないだろう?
「フフフッ! 時間は17時。指定された場所に来い。じゃないと、凛ちゃん粉々よー!」
そう言って、モータスは場所を告げると走り去った。
映像を切る我李奈。メガネを整え、小さなため息を。
「申し訳ありません。山田太郎はどうやら変装していたようで。一応学校の周りにスタッフは配置していたのですが……」
「いや、おれたちも考えが浅かった」
モータスの性格上、攻めて来る時は最初からヴィラン体でくると思っていたのに。
「大変な事になりましたね。丁度ライブの時間と重なるし、どこに捕らえられているかはゲームが開始されるまで教えられないでしょう」
一応アポロンのスタッフを総動員して凛を探させるというが、期待はしない方がいいだろう。
「………」
エムはヒイロとタイガを見る。
珍しい。アイコンタクトが成立したようだ。三人は同時に頷いた。
「えッ! 凛が!?」
「はい。コチラのミスです。申し訳ありません」
部室に集まるミューズのメンバー。
そしてその前には我李奈が立っていた。
トラブルが発生した。その説明は淡々と、事実と虚像を織り交ぜて行われる。
アポロンTVはまだドッキリの企画を捨ててはいなかった。ガシャットシステムはゲーム会社と提携して開発した商品のプロトタイプであり。その実験も兼ねていたのだから、と。
しかし企画を運営する中で、ドッキリの仕掛け人が予定していた日にちを勘違いして、凛を連れ去ってしまった。そんな理由をつくってみる。
「そんなっ! 凛ちゃんは大丈夫なんですか!?」
花陽が不安そうに問いかける。
「安心してください。ガシャットに人を傷つける作用はありません。あくまでもドッキリですので」
と言う、嘘。
「じゃあ今すぐ事情を説明して凛ちゃんを帰してもらえばええんちゃうかな?」
「そこなんです。実は仕掛け人の男性が随分とヒートアップしてしまいまして、連絡がつかないのですよ」
「なによそれ! でも凛がいる場所くらいは分かるでしょ?」
「仕掛け人であるモータスが意図的に情報を遮断しております」
「は? え? ど、どういう事? 本当に凛は大丈夫なの?」
訝しげな表情を浮べるにこ。我李奈側がどういうテンションなのかが全く分からない。
ミスなのか、それとも『事件』なのか。後者となると話は全く変わってくる。
「ミスであり、事故ですわ。もちろん警察が動くような事はありません」
我李奈はお茶を濁しつつ、なるべくミューズたちに不信感を与えないように説明した。
そして――。
「みんな、安心してくれ!」
「!」
声がした。一同が振り返ると、扉に詰まっている大きなシルエットが見えた。
「あれっ!? あれ、おかしいな……!? おん!? 通れぬぇ!」
ダメだ。扉を大きく開いてもう一度。
すると大きなシルエットは部室に入ることができた。
「エグゼイドくん!?」
穂乃果が一番初めに声を上げる。
そう、現われたのはエグゼイド、レベルワン。
「凛ちゃんはおれ達が必ず助けるから! ミューズの皆は心配しないでくれ!」
腰に手をあてて胸を張るエグゼイド。
可愛らしい姿が一同の不安を取り除き、冷静さを取り戻させる。
(もしかしてコレも例のドッキリ?)
顎に手を当てるにこ。
できれば本戦行きが掛かったライブくらいは、茶々を入れないで欲しかったが、もうこうなるとどうしようもない。
もう既にこの流れもアポロン側の演出なんだろうと思う。
まあ、いやらしい話ではあるが、現在のミューズの投票率を考えると本戦行きは確定。
アポロンの力を借りるのは少々ズルい気もするが、考えてみれば専用のステージや巨大なモニタでアピール活動をしているアライズをはじめとして、他の学校でも外部から大きな支援を受けている者は少なくはない。たとえば有名アイドルの妹が活動していたり、社長である親のお金でPV作ったり云々……。
(仕方ない、乗るか)
もしもこれがドッキリであると考えた場合、カメラが既に入っている可能性は否めない。
いや、そもそもエグゼイドが部室に入ってきている時点で撮影はされているだろう。何も無いのにマスコットを出動させる意味が無いからだ。
ならば考えられる最悪のケースは、これを見るだろうお客にグダグダ感を与えてしまう事だ。
凛がいなくなるのはミューズとしては最悪なことだが、一番は見る者を楽しませること。
それはスクールアイドルとしての使命である。ならば凛がいないトラブルが本当であったとしても、ドッキリであったとしても、やる事は一つか。
それに警察が動いたという情報も無いので、程度は知れるだろうとの安心感もあった。
だからこそ、矢澤は動く。
「はぅわッ!」
「!?」
崩れ落ちるにこ。
「にこ……、不安です。凛ちゃんがとっても心配ぃ」
(誰?)
汗を浮かべる絵里。
しかしそれとは別に話は進んでいく。エグゼイドは大きく頷くと、ピースサインを浮べた。
「任せろエグ! 凛ちゃんは、必ず元気な姿でみんなの所に帰してやるゼイド!」
誰? エグゼイドは唐突なキャラ付けをしてみるが、なんだか恥ずかしくなって一同から目を逸らす。
「と、とにかく、皆は気にしないで! それで、できればおれ達や凛ちゃんを応援してくれよな!」
「応援……」
復唱するのは真姫。
エグゼイドのシルエットが何か真姫に創作的な刺激を与えたのだろう。
「なんかッ、降りてきたかも! メロディ!」
真姫はそう言うと音楽室に向かって走る。
「よし、みんなも行くわよ。ライブまでは時間無いんだから練習練習!」
「え? あ、ちょっとにこちゃん!?」
他のメンバーもとにかくどういう事か分からないので、にこに促されるままに部室を出て行く。
最後に、一番最後尾の穂乃果がふり返る。戸惑いながらも輝く瞳でエグゼイドを見る。
「あのッ、凛ちゃんの事、お願いします……!」
「ああ、任せてくれエグ! ばっちりだマイ!」
キャラ迷走中。
しかし穂乃果はその様子がおかしかったのか、小さく吹き出して部屋を出て行った。
「……助かりましたわ。エグゼイド」
「いや、いいんだ」
ミューズに説明すると言った我李奈。
エグゼイドが乱入したのは、エムのアドリブである。
「レベルワンは、こういう役目だろ?」
可愛らしく、間抜けなピエロ。そんなキャラクターが凛を任せろと言うんだ。
まさかその裏にどす黒い殺意が蠢いているなんて誰も思わない。警察や自衛隊が凛を大丈夫と言っても誰も信じない。
だって貴方達がいる以上、大きな事件が起きている証拠だから。しかしレベルワンなら――、と言うわけだ。
「いい仮面だ」
「全く……、その通りです」
「それに、本当に心配ない。全部ウソになる」
「?」
ステージに立つアイドルと同じさ。
「お客さんはその上に立つアイドルだけを知ればいい。ステージの裏で何が起こっているかなんて、知らなくてもいい」
そんな事を、エグゼイドは言ってみたり。
「!」
キリヤが目を覚ましたとき、そこは学校の保健室だった。
「………」
記憶がある。理解した。キリヤは自分が負けたのだと。
凛はどうなったんだろう? 最悪のイメージが頭を過ぎる。
しかし枕元に現状を説明した置手紙があった。キリヤはそこに目を通し、全てを知る。
「………」
キリヤの手は震えていた。
怖い、恐怖だ。凛を救いたいとは思うが――
『Rock ‘n’ Roll』
人間は理解できないものを前にするととたんに臆病になる。
既にキリヤの心は折れていた。仕方ないじゃないか。ボクは普通の人間よりも弱いんだ。
そんなボクが殺人鬼になんて勝てっこない。頑張ったんだ。十分じゃないか。
凛ちゃんも、きっと誰かが助けてくれる。お願いだ、そうだ、祈ろう。弱いボクは、祈ろう。
そんな言い訳が一瞬で脳を埋め尽くした。
でも、それの何が悪い。何がいけないんだ。
(何が……)
キリヤはベッドから這い出ると、保健室を出ようと決める。
帰るんだ。こんな負け犬の落ちこぼれにミューズを見る資格はない。
このまま家に帰ってポケットの中にあるガシャットをアポロン社に返して普通の弱い自分に戻るんだ。
それでいい、それしかない。それしか、できない。
「………」
『だからッ、リンもそういう人を励ませるようにがんばります! リンがみんなを応援するにゃー!』
いつかの記憶がフラッシュバックする。
「………」
『本当? ありがとにゃー!』
ポケットのなかにあるガシャットを壊しそうになるほど握り締める。
「………」
『そんな事をしてまで……! アイドルやらなくちゃいけないのかな?』
「――ぐッ!」
声をかみ殺す。
しかしダメだった。ボロボロボロ、拭っても拭っても涙が溢れてくる。
「うあぁぁああぁぁあぁぁぁあ」
扉に背を向け、キリヤは床にへたり込んだ。
いや、へばりついたと言っても過言では無い。
堪らなく惨めだった。なにもできない、いつもそうだったが、これほど辛い時は初めてだった。
凛が好きだった、ミューズが好きだった、助けたかった、いや違う。そんな仰々しい理由じゃない。もっと簡単な。とても簡単な理由だった。
凛に、笑っていて欲しかった。
凛の笑顔に助けられたんだ。何気ない言葉に救われたんだ。
だから自分もそうでありたかった。なのに、なのに、ああ、ああ、なんだこれは。
なんでこんなに、弱いんだ。
弱いままで良かったと思ったこともある。
その結果がこれならば、あまりにも滑稽だ。なにもできない。
好きな人を笑顔にすることも、自分の存在も律する事ができない。なんて馬鹿らしい。なんて、なんて。
「あぁあぁあぁぁぁ」
泣き叫ぶ声が保健室に響く。
「イヤだ――ッ! 嫌だ! 嫌だ嫌だッッ!!」
無力に泣き叫ぶ。
「どうしてボクはこんなに弱いんだ!」
爆走バイクのガシャットがフラッシュバックする。
「人を殺す力を手に入れたのに、ボクは弱いままじゃないか!」
何もしていない。何も出来ない。何にもなれない。
存在の価値がない。
「どうしてボクは人を殺すだけの力を持っているのに、大切な人ひとり笑顔に出来ないんだ――ッッ!」
弱いから。
「うぅぅう! うぁぁあぁああ!」
ボロボロと涙が溢れていく。
「ちくしょう……! ちくしょうッ! クソぉお……!」
怖い、怖い、怖い、怖い。
「嫌だ――ッ! こんなのッッ!」
その時だった。
「ああ、嫌だよな」
「!」
「まだ終わってない。まだ終わってないよな?」
キリヤは体を起こし、涙を尚流しながらふり返る。
すると、そこに、手を伸ばしたエムが立っていた。
「ここで終わるなんて、クソエンドも程がある。なあ? そう思うだろ?」
「石神先輩……! うぅ、ぐすっ!」
「悔しいよな、ムカつくよな。でもそう思えるだけまだマシだろ」
ハートが高鳴っている。
悔しさを覚えるのは、好きな物をかけて負けたからだ。
「戦う事は怖いけど、大丈夫、おれ達は殺意になんて負けないさ」
なぜか? 決まっている。
殺意を凌駕する。大切なモノを知っているからだ。
少なくともエムは知っている。ヒイロは知っている。タイガは知っている。
そしてエムは、それはキリヤにもあると確信している。
「それに、このまま終われるのか? おれはゴメンだよ。やられっぱなしじゃ、ムカついてゲームも楽しめない」
「……ボクは」
「ん?」
「ボクも、終わりたくない゛ッ!」
キリヤは涙を必死に拭う。
「変わりたいッ! 弱いままなんて――ッ! イヤだッッ!」
「ああ。だったら、行こう!」
キリヤは強く頷くと、エムの手を力強く取った。
だから、今、四人の男達は指定された廃工場の前に立っていた。
「ヒャハァアア! ロックンッ! ロォオオルゥウッ!」
「下らないゲームはもう終わりだ! 山田太郎! いやッ、モータス!」
激しく睨みつけるエム。
そのモータスは両手を広げ、自分の存在をアピールしてみせる。
「いいぜ! 来いよ! 俺を殺してみろマスクドライバー! もっと殺意を高め合おうぜ!」
指を鳴らすモータス。
すると背後にモニタが出現。そこには鎖に縛られて倒れている凛が見えた。
「ッ!」
凛は気絶しているようで、モータスが言ったとおり傷一つついていない。今は。
「音乃木坂の教会だ。そこで凛ちゃんはオネンネさ。早くプチプチ潰してあげてぇえぇ!」
そこまでのレース。
さらにモータスの力は作用する。教会の周りに結界が張られており、一般人は入れないようになっている。
この結界を解除するには、ゴールエリアにたどり着かなくてはいけない。なに、難しい話ではない。とにかく先にゴールにたどり着いた方が勝ちなのだ。
「まあ? 糞雑魚でビビリのお前らじゃ俺様には勝てねぇだろうけどなッ! ハハハ!」
「やってみるか? くたばるのはテメェの方だぜ」『バン! バン! シューティング!』
「俺の進化について来れるか、モータス!」『タドルクエスト!』
「星空凛は、ノーダメージでクリアしてやるぜ!」『マイティアクションエーックス!』
「ボクは――、変わるんだ!」『爆走バイク!』
モータスから見て右からエム、キリヤ、タイガ、ヒイロの並びでガシャットを一勢に起動させる。
背後に広がる四つのタイトル画面。レンガブロックが、宝箱が、ドラム缶が、トロフィーが拡散していく。
そして同じくして、ミューズのライブが始まった。アリアドネがその音声を拾っていく・
『ごめんなさい! 凛ちゃんがちょっと体調を崩しちゃって、今日は8人で歌います!』
穂乃果の声が聞こえる。
思う。モータスとエグゼイド達の力は確かに同一のものだ。
しかしそんな事は何も不思議な事ではないのだ。凛はラーメンが好きだ、チャーシューも大好きだ。
チャーシューを切るためには包丁を使う。そして世の中には包丁を使って人を殺す者がいる。
様々な道具の元となる木材を切るためのチェーンソーも、ホラー映画ではお約束の凶器、恐怖の象徴だ。
『ミューズは9人で一つだから、本当はちょっと寂しいけど』
鉛筆は、相手に気持ちを伝えるラブレターを書くこともできるし、相手の目を突き刺せば立派な凶器となる。世界は、そんな物で溢れている。
『同じくらい、見にきてくれるファンの人たちも大切だから!』
手は、相手の首を絞める事ができる。相手を殴る凶器になる。
しかし、悲しんでいる誰かの為に、差し出す事ができるのだ。
それを行うのは――、尊敬、そして愛だ。
海未はヒイロに、尊敬する人間を思い浮かべろといった。
そうだ、当たり前だ、その人間達が人を傷つけようとするものか。だからこそ好きになる。尊敬していたんだ。
それは今のミューズも同じだ。エムたちの想いは同じである。ガシャットを持っていたとしても、自分達は穂乃果よりも遥かに弱い。
穂乃果たちは人を楽しませようと努力している。
ライブ前に、にこが口にした言葉を聞いて欲しい。
『するわよ。ライブ。それが私達の戦いよ』
凛がいないのは気になる。
しかしわざわざ見に来てくれた人たちにその不安が伝わってはいけない。
だから笑顔の仮面をつける。全力で歌い、踊るのだ。
だから客席が埋まる。
だから多くの人がケミカルライトを持つ。
何も知らない山岸やヨッシーくんは凛を心配しつつも、それでも始まろうとしているライブに心を躍らせている。
そんな感動を、人を傷つけようとするモータスが与えられるわけが無い。
この世界は、傷つけるより感動させるほうがはるかに難しいし、苦しい。
それでも日々、そちらの道を目指そうとする。それこそがアイドルの――、いや、人間の目指すべき姿ではないのか。
『それじゃあまず一曲目は、新曲です!』
エムはガシャットを持つ右手を振るうようにして斜め左に上げる。
『なんだかパッと浮かんだらしくって。応援ソングになってます!』
ヒイロはガシャットを左手に持ち、左上から右下に振るい、そのまま左横にガシャットを持っていく。
『いっぱい大変な事がありますよね! だから少しでも元気がでるように! 歌います!』
タイガはこめかみに当てていたガシャットを口元に持っていくと、銃口から出る煙を吹き消すようにして、そのままクルクルと銃のように回す。
『聞いてください! B.A.T.T.L.E G.A.M.E』
キリヤは右手にガシャットを持ち、そのまま右手を右の腰で落とす。
その上に左手をかざし、ガシャットを右から左へ持ち変える。
そしてゆっくりと左手を振るい、ガシャットを逆手に持つ様にして左方法へ伸ばしていく。そして比例するように右腕は真正面へ伸ばしていく。
「決着をつけるぞ! モータス!!」
人を傷つけるためにアイドルになる人間なんてのはいるわけが無い。
結果的に――、と言うのであれば仕方ないが、皆できる事ならば憧れる存在でありたいと思うはずだ。
結果として、そう振舞う事が誰かの心に何かを与える事になる。希望を与える存在へとなれる。
だからこそ、アイドルはアイドルたりえるのだ。
エムは、ヒイロは、タイガは、キリヤは、ガシャットを装填する。
「変身ッ!」『ガシャット!』
そして、だからこそ。
「変身!」『ガシャット!』
強く言おう!
「変身」『ガシャット!』
男達よ! もちろん女子も。
そして人間よ! 果ては全ての者よ――!
「変ッ身!」『ガシャット!』
全人類よ!
アイドルであれ――!!
『レッツゲーム! メッチャゲーム! ムッチャゲーム! ワッチャネーム!?』
回転するキャラクターアイコン。
エムは左手でノックするようにアイコンを左に弾いた。
『アイム ア エグゼイド!』
ヒイロは右手を右に伸ばしてアイコンを選択する。
『アイム ア ブレイブ!』
タイガは親指を立てて人さし指と中指を伸ばす事で、手で銃を作り、真後ろにあるアイコンを撃つようにする。
すると実際に選択されたと認識され、アイコンが弾け跳んだ。
『アイム ア スナイプ!』
そしてキリヤは――
「先輩ッ、よろしくおねがいします!」
背筋を伸ばして思い切り頭を下げた。
お辞儀である。ほぼ90度曲げた腰、そして振るわれた頭が前方にあるレーザーのアイコンを弾き飛ばす。
『アイム ア レーザー!』
だがここで首を振るエグゼイド。
実はココに来る前に一つ提案をしておいた。以前ミューズの中で先輩後輩の上下関係を禁止したと話を聞いた。では、それをやってみようではないかと。
タイガの訴えでキリヤだけになったが。
「行くぜ! キリヤ君!」『ガッチャーン! レベルアーップ!』
「は……! う、うんッ!」
一勢に倒すレバー。既に我李奈がロックを解除してくれている。
ミューズ達の歌声をアリアドネが拾い、エム達の脳内に響き渡らせる。その応援歌を受けて、にぎやかな音声がモータスの耳を貫く。
『マイティジャンプ!』『マイティキック!』
『マイティマイティアクション! エーックス!』
『タドルメグル・タドルメグル・タドルクエストォー!』
『ババンバン! バンババン! バンバンシューティング!」
『バクソウ!』『ドクソウ!』
『ゲキソウ!』『ボウソウ!』
『爆走バァイク!』
装甲が弾け飛び、レベルワンの大きな顔が背中の装備に変わる。
ふり返るマスクドライバーたち。一方でモータスが立ちはだかる。
「気にいらねぇ! 気にいらねぇな! お前ら、俺に勝つつもりでいやがる!」
「当たり前だ! お前の下らないお遊びは、今日で終わりにしてやるぜ!」
「ざけてんじゃねぇよクソがァ!」
モータスヴァイパーに飛び乗ると、カウントダウンが始まる。
『3』
「石神先輩ッ! 乗ってください!」
「ああ、期待してるぜ! キリヤくん!」
『2』
エグゼイドもまた跳躍でレーザーのシートに座る。
レーザーは自分の意思で走ることができるが、『セーフスタビライザー』と言う装置により一定のスピードを超えることができない。
いや、できるにはできるが、そうするとバランスを制御できずに転倒してしまうのだ。
だが搭乗者がいれば別である。エグゼイドが乗ると、頭部にある『シグナリアクトスパイク』がエグゼイドの脳内にバイクの運転方法を流し込んでいく。
『1』
スピンターンでエグゼイド達に背を向けるモータス。前は工場だが、どうやら構わないらしい。
一方でアクセルを吹かすエグゼイド。低いエンジン音と、ビリビリとした震動を感じる。
なるほど、まるでキリヤの心がエンジンと連結しているようだ。マフラーから白い煙が噴き出す。まるで牛が突撃する前に地面を蹴って砂煙を起こすように。
『GO!』
開始の合図が。
『ゲィムスタァート!』
「ヒャッハー! 風に、オレは風になるぜぇえええッッ!!」
「――ッ!」
レースゲームのお約束は、スタートダッシュ。
レーザーのマフラーから火が吹き出て、前輪を浮かしたままロケットスタートを決める。凄まじい抵抗感だ。思わず体が吹き飛ばされそうになる。
しかしすぐにその恐怖はなくなった。『レーザーシート』、搭乗者に合わせて形状や硬さを自動調整でき、さらにはホールド機能も備わっている。
「大丈夫。思い切りぶっ飛ばして!」
「ああ、助かる!」
その時、エグゼイドとモータスの肩が並んだ。
「―――!」
息を呑むモータス。
次の瞬間、二人は工場の壁をぶち破って外に出て行く。
「ナメてんじゃねぇぞクソガキがァアアア!!(素)」
モータスは叫び、アクセルグリップを捻る。
一位モータス、二位エグゼイド&レーザー。
しかしその差は僅かであった。
「分かるだろモータス! ナメてると、負けるぜ? お前!」
「ぐッッ!!」
背中が声を受け止める。モータスは息を呑んだ。
そのまま二人は消えていく。
ブレイブは銀色のボタンを押してマップを表示させた。そして凛が捕らえられているだろう教会を指差す。
「ここだな」
「でもゴールしねぇと入れねーんだろ?」
「ああ。だから俺達がやる事は二つだ」
まず一つ、今からブロックや宝箱の中から『召集』のエナジーアイテムを集めること。
召集は指定した相手の場所にワープが出来るというものだ。
あと一つは――、後々に。
「ヒャッハァアアア!!」
モータスは叫び、スピードを上げる。
一方でアクセルグリップを捻り、エグゼイドも背中を追った。
住宅街から小学校に伸びる通学路。まずはその直線である。
片側一車線の道を、双方猛スピードで駆け抜ける。通学路とは言え、元々人通りは少ない道だ。
しかし当然ゼロではない。モータスは道の端を歩く主婦を見つけると、嬉々とした様子でラインを取る。当然歩行者との同一ライン。
「殺さなきゃ!(屑)」
なんの事はなく轢き殺す。
――筈だった。
「ウォオオオオオオオオオ!!」
レーザーが叫ぶ。すると体が発光し、モータスの前方にいた主婦が消え去った。
「なッ!?」
モータスはガシャットの力を現実に適応させていた。
つまり現実世界にて、モータスを具現させていた。しかし本来は違う。
ガシャットを使用すればゲームエリア、つまり現実世界に告示したゲーム世界を展開し、使用者とその周りの人間は其方に移行する形となる。
レーザーが今行ったのは自身のゲームエリアにモータスを引きずり込んだのだ。
つまり現実世界ではなく仮想世界にモータスを引きずり込んだ。そして主婦を『除外』したのだ。
詳しく説明しよう。
現実世界が『A』で、ガシャットを使用する事で生まれる仮想世界を『B』とする。
今までヴィランに襲われた穂乃果たちや山岸は、Aの世界からBに引きずり込まれた。
しかし今、レーザーは主婦を引きずりこまずBの世界でモータスと戦いつつ、主婦はAの世界に残したのだ。
「なんて事するの!?(驚愕)」
「うるせぇ、黙ってろ!」
もちろんリボル戦のように、レーザーのゲームエリアが破壊されれば、再びモータスがAの世界に干渉できるようになる。その条件は距離だ。ゲームエリアはガシャット使用者を中心として円形に広がる。要するにドームで覆われているようなものだ。その限界点、つまり壁にモータスが到着すれば恐らくゲームエリアの壁は破壊されてしまうだろう。
そうならないためにも、モータスを常にドーム内に留めておく。つまり一定の距離を保つ必要があるのだ。
この状態でその条件が破られるのは、モータスに距離を離されたとき、簡単に言えば、レースにおいて大幅な距離をとられた時だ。
だからこそレーザーは死んでもモータスに食い下がらなければならない。モータスを現実世界へ出さないために。
(――怖い)
できるのか? 震える。スピードが落ちそうになる。
しかしその時、グンとスピードが上がった。
逆だ、なぜ? 決まっている。エグゼイドがそうしたからだ。
「大丈夫だ。おれがついてる」
「ッ! 石神先輩!」
「一緒に戦おう。ミューズのため、みんな達のため、おれ達のために」
「は、はい!」
みんなが楽しいほうが良いに決まっている。
大丈夫。殺意になんて負けはしない。負けてはいけない。だからエグゼイドたちはスピードを上げた。
「教会に行くには次の曲がり角を右に!」
「ああ、分かった!」
レーザーの『シグナリアクトスパイク』が目的地までの最短距離を割り出してくれる。
しかしモータスも分かっているのか、しっかりと右に曲がっていく。だがココで一つの差がつく。
大きく回ったモータスと、ハンドルを切ってインをついたエグゼイド。すると次の瞬間、再びモータスとエグゼイドの肩が並ぶ。
「アイドルが失敗する大きな要素がある」
「!」
「天狗になる事だよ」
実力の過信。次の瞬間、エグゼイドがモータスの前に出た。
「やめてぇえええええええええええええッッ!!」
上ずった叫びと共にモータスはチェーンを取り出すと、それをエグゼイドの首に巻きつける。
「んグッ!」
しまった。失念していた。
そうだ、当たり前だ。レースとは言えど、あくまでもそういう『テイ』なだけ。その根本は通常時と何もかわりない。
「ファアアアアック!」
モータスが腕を振るうと、シートのホールド機能を引き剥がし、エグゼイドをレーザーから引き離す。そしてそのまま後方へと投げ飛ばした。
「やばい!」
地面に直撃する。とは言え、受身を取る時間はない。
エグゼイドが痛みに供えて覚悟を決めると――
「石神先輩ッ!!」
エグゼイドの墜落地点にレーザーが猛スピードで回りこんだ。そしてシートでエグゼイドを受け止める。
「ッ、ありがとう! キリヤくん!」
「うん! 大丈夫! ボクが絶対に受け止めるからッ! だから――ッッ!」
「ああ、任せろ! あんな奴、またすぐ追い抜いてやるッ!」
すぐに加速。しかし投げ飛ばされた事でモータスとは距離ができてしまう。
向こうもそれが分かっているのか、パイプから次々と爆弾を発射してきた。
「大丈夫! 任せて……!」
レーザーは一度大きく深呼吸を行う。
それに気づいたのかエグゼイドは車体を優しく叩いた。
「期待してるぜ」
「うんッ!」
励まされた事でリラックスしたのか、レーザーは目を光らせると、襲い掛かる爆弾を次々に回避していく。
通常のバイクではできない動きもレーザーの意思で可能となるのだ。
左右に素早く動いて爆弾を回避、時に前輪だけを浮かしたり、後輪だけを浮かしたり、真横にピョンと飛んだり、或いはエグゼイドを乗せたまま一回転したり。
とは言え、レーザーはプレッシャーと戦っている状態。
それは精神を削り、集中力を倍に消費させていく。一方で次々に迫る小型爆弾。
ついにはレーザーのムーブの隙をついて、爆弾が眼前に迫った。
(も、もうダメだッ!)
目を閉じるレーザー。
しかしその時、意図していない動きが起こる。
体が大きく左に移動する感覚。右の耳が爆音を拾った。
しかし痛みは無い。レーザーが不思議に思って目を開けると、また前から爆弾が飛んでくるのが見えた。
「ウラァア!」『ガシャコンブレイカー!』
爆弾がハンマーで真横に吹っ飛ばされる。
そうだ、レーザーを左に移動させて爆弾を回避したのも、目の前にある爆弾を吹きとばしたのも搭乗者であるエグゼイドである。
「言っただろ、おれがついてるって!」
「!」
「今のおれ達は二人で一つ! 助け合っていこう! な、相棒!」
「うんッ! うんッ! ごめんね、石神先輩ッ」
「謝る必要なんてないさ! キリヤくんがあれだけの爆弾を回避してくれたから、残りはおれが対処できたんだ!」
「――ッ、臆病なだけだよ! 逃げるのは、慣れてるッ、から!」
「でもそのおかげで、助かったのは事実さ!」
思う。
「人に優しくしろ、正しく生きろ、悪い事はするな。耳が腐るほど聞かされてきた言葉だ」
モータスを睨む。
「でもおれ達はそれができない! なぜかわかるか!」
エムとて、ゲームセンターで絡まれた時は喧嘩になった事もある。
勝てると分かれば、過剰に殴った事もある。そういう点ではモータスと何も変わらない。恥ずべき行為だった。今、思う。
「弱いからだ! アホだからだよ!」
でもキリヤはそうじゃなかった。
弱さを内包する形となったが、決して反撃はしなかった。
「キリヤくん、お前は強い! この世界の、誰よりもッ!!」
それを弱さと言うのなら、エムが強さに変えようではないか。
少なくとも今、モータスを倒すだけの力にしようではないか。
「キミの考えが回避になるなら、おれは攻撃を持つ!」
補いあうんだ。それは現実世界だってそうだろ?
ミューズも同じさ。9人がそれぞれの欠点を埋めあい、魅力を高めているんだ。
キリヤだって凛だけのソロだったらファンになっているかどうか分からない。だって凛は花陽がいたからコンプレックスを超えたんだ。
ヒイロが好きな海未だってそう。
例えばエムが好きな穂乃果がいるから真面目な面が強く印象に残るのだし、穂乃果だって真面目な海未がいるから気楽で自由な面が強調される。
「だからキミは全力でキミであれ! 胸を張ってキリヤでいるんだ!」
変わりたいなら変わればいい。変わろうと努力すれば良い。変われずとも、誰かが助けてくれる。
「おれ達には仲間がいる。それが殺意を超えていくんだ!」
「ッ、ありがとう! うん! そうだね!」
レーザーはエグゼイドにトロフィーを壊すように言う。
言われた通り斬撃でトロフィーを破壊するエグゼイド。
すると『?』マークが書かれたエナジーアイテムがエグゼイドに吸い込まれ、ルーレットが始まる。
すると最終的に、赤い球体がエグゼイドの手に。
「な、なんだこれ!」
「レーザーボール・レッドだよ! 相手に投げると、追尾して攻撃してくれるんだ!」
「なるほどぉ……!」(マリ●カート……?)
しかし良い事を聞いた。エグゼイドは早速大きく振りかぶって。
「くたばれ!」
ボールを投擲。すると意思を持つようにしてボールはモータスのもとへ。
「あん?」
背後をふり返るモータス。赤いエネルギー体が近づいてくる。しかし鼻で笑う。
「こんなクソボール、当たるわけ――」
大きく右にハンドルを切る。
しかし直後、ボールもグインと右に曲がった。
「え?」
そして、直撃。
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
爆発。モータスヴァイパーが煙を上げて、スピードが一気に減速した。
「チャンスだよ!」
「ああ、ぶち抜く!」
姿勢を低くして一気に加速するエグゼイド。
僅かな坂がそこにあり、勢いをつけてレーザーは車体を跳ね上げる。
ウォオン! と音がして、空に舞い上がるレーザー。そのままスピードを上げたまま、二人はモータスを抜き去った。
「―――」
世界がスローモーションになる。
影を見つけ、ゆっくりと顔を上げるモータス。するとエグゼイドが自分を見下しているのが見えた。
大きな音がする。レーザーが着地した音だ。そこで世界は元の時間を取り戻す。エグゼイドは振り返りヒラヒラと手を振った。
「じゃあな」
「――ッ」
ブチリと、モータスの中で何かが切れる音がした。
「ッざけんじゃねェェエエエエェッッッ!!」
モータスヴァイパーが爆音を上げる。
さらに両手に持ったチェーンを最大に伸ばし、左右前方にあった電信柱に括りつけると、引き寄せるようにして車体を強引に前に引き出す。
そしてエグゼイドの隣に並んだ。モータスは焦っていた。正直、自分のワンマンステージになる予定だった。
追いつけず悔しがるマスクドライバー達のリアクションを楽しみながら、純白無垢の凛を押しつぶす。そのショーを楽しむ予定だった。
しかし今、頭の片隅にあるのは『敗北』の二文字。
あるのか、ありえるのか?
負ける――、可能性が!
「オラァ!」
「グッ!」
モータスヴァイパーを左に移動してレーザに当てて弾いた。火花が散り、レーザーは左へ押し出される。
だがしかし、ここでレーザーの目が光る。
「うああぁああ!」
負けない。負けたくないという意思。レーザーの体が右に移動する。
分かっている。大丈夫。分かっているさ。エグゼイドもその意思を読み取り、ハンドルを大きく右に切った。
車体が一気に右へ移動し、モータスヴァイパーにぶつかる。
「うごぉッ!」
右へ吹き飛び、怯むモータス。
だが火は消えない。モータスは再び左へ。そしてレーザーは再び右へ。
ぶつかり合う両者。火花を散らし、再び吹き飛ぶ。だが三度急接近。弾き合い、ぶつかり合い、弾き合い、ぶつかり合い、そして最終的には密着した状態となる。
「ォオオオオオオオオオオオオ!」
ガリガリと削りあう二つのバイク。
せめぎ合いの激しさに常に火花がシャワーのように吹き出している。
一方で搭乗者もまた叫び声をあげた。
「ウラァア! オラァア、シネシネシネえッェエ!!」
「フッ! ハッ! ハァアア!」
バイクの上で殴りあうモータスとエグゼイド。
モータスは左に拳を伸ばし、エグゼイドは右に拳を伸ばす。
「グッ!」「がはッ!」
エグゼイドの拳がモータスの胴に入った。
モータスの拳がエグゼイドの頬に入った。
しかしだからどうしたといわんばかりに、二人は殴り合いを続ける。そして一瞬の隙を見て、エグゼイドがモータスの拳を絡め取った。
「ウゼェ! ウザすぎるぜクソ共! このパーフェクトな存在のモータス様を不愉快にさせるんじゃねぇよォオ!」
「まだそんな事言ってるのかよ馬鹿が!」
「なにぃ!?」
「お前は神でも創造主でもない! ただの弱い人間ッ! いや――」
激しく、エグゼイドはモータスを睨みつける。
「ただの人殺しだ!!」
「ッ!」
「人の未来を奪っておいて何がエンターテイナーだ! 何がスターだよ!」
「違う! 俺は選ばれた存在だ! 神を超えた唯一無二の男!」
「ガシャットと言う偶像に縋ってるだけだろ! いい加減に夢から覚めろ!」
「モータスは俺の力だ! モータスは俺だ!」
手が離れる。再び殴り合い、バイクをぶつけ合う両者。
「何が悪いっていうんだ! 超人的な力を持つなら、それを振るうのは当然の事だろ!」
モータスは叫ぶ。素晴らしい力だ!
完璧な力だ!
人間を超えた力だ!
だから人間より偉い! そう思うのは当然の事だろうて。
「だったらなんで……」
「あ?」
その時、レーザーが口を開く。
「超人的な力を持ったお前が人を泣かせて、なんの力もない凛ちゃん達が人を笑顔に出来るんだ!」
「なに……ッ!」
「あなたは……! 最低だ! それに弱い!」
「!」
「スターを語るなら、あなたは下の下だ! 山田太郎!」
「カ――ッ! ガァアア!」
吼えるモータス。
さらにエグゼイドが追撃を。
「お前のガシャットをぶっ壊してやる。夢から覚める時間だぜ、山田太郎!」
「その名で呼ぶんじゃねぇエエエッ! イ゛エ゛ス! アイムアモリピィイイモォータスゥェア!」
カーブ。
そして前方は大通り。通っていく車に運転手の姿は無い。レーザーの力で行き来する車は障害物として残るが、搭乗者は排除されているのだ。
前方の信号は赤。しかしモータスはスピードを緩めない。であるならば、エグゼイドも。
そしてご丁寧にクラクションの音が響く。その存在を知らしめる大型トラック。
丁度このままスピードを落とさないのならエグゼイドたちの前方にやってくるだろう。
しかし、それでもエグゼイドはアクセルグリップを捻る。
モータスはアクセルグリップを捻る。
「ヒャッハアアア! Rock ‘n’ Rollッッ!」
「ハァアア!」
アクションは同時だった。
しかし細部は全く違う。
モータスはそのまま赤信号を突っ切り、トラックへ突っ込んだ。
荷台を粉々に破壊しながら前方へ走る。一方でエグゼイドはシートを蹴って跳躍、そしてレーザーは車体を倒してまるでスライディングをするように地面を滑ってトラックの下を通る。
エグゼイドとモータス、トラックをやり過ごしたのは変わらない。
しかし順位が変動する。再びレーザーのシートの上に着地したエグゼイドは、モータスを背後に捉える。
「んがぁあ!?」
驚愕の表情を浮べるモータス。
全身でトラックにぶつかった事により、モータスヴァイパーは衝撃で減速したのだ。
一方でトラックの上を跳躍で通過したエグゼイド、車体の下を通るレーザー。
もちろんレーザーも少しはトラックを破壊したが、抵抗は少なく済んだ。その僅かな差が順位を決める。
さらにエグゼイドはトロフィーを蹴り、アイテムをゲット。ルーレットが始まり、その手にバナナが出現する。
「完全にマリオカートだこれ!」
「バナナトラップです。地面に置くことで相手を妨害できるよ!」
「マジ……?」
にわかには信じられないが、エグゼイドは言われた通りバナナを投げ捨てる。
「あ? なんだこりゃ! 馬鹿にしてんのか(正論)!!」
こんなもんで止められるわけ無いだろうと、あえてモータスはバナナを踏む。
するとバナナを踏んだ瞬間、真下の地面を突き破ってバナナ型のエネルギースピアーが出現。
要するに地面から突如『巨大なバナナ』が生えてきたと考えてもらえばいい。
バナナの槍はモータスヴァイパーを突き上げると、バランスを崩してモータスを引き剥がす。
「ぐあぁあああ!!」
「やったね! 石神先輩!」
「あ、ああ」(なんか思ってたのと違う……)
しかし空中に放り出されたモータスはチェーンを伸ばしてバイクをキャッチすると、手元まで引き寄せて搭乗。
そのまま地面に着地すると、再び猛スピードでエグゼイドに迫る。
両者は車が行きかう道路を構わず突っ走る。接触すると減速してしまう。エグゼイドは車の間をぬうようにして移動。
時にサイドミラーをハンドルでふっ飛ばしながらも前に突き進む。
一方でモータスも強引に車の群れを突き抜ける。
「ヒャッハァ! ふぉお! ロックンロールッ!」
キックフリップのようにバイクを回転させ、飛び上がる。
車の上を通過し、他の車体に乗り上げながら強引に前に進むモータス。
「やっぱこの力最高ッしょ! お前ら殺して凛ちゃん殺して! もっともっとおかわりや!」
「……その先に何があるんだ?」
「あ?」
「自己顕示欲が求める暴走の先に、アンタの幸せはあるのか?」
「!」
急カーブ。両者は火花を散らしてドリフトを行う。
「穂乃果ちゃん達はステージの上で輝いて、本当に楽しそうだ」
そして何より観客も楽しそうに笑っている。
今、ライブがどうなっているのかは分からないが、今までの彼女達を想えば光景は容易に想像がつく。
だからこそ、彼女達はスクールアイドルなのだ。
マイクを観客に向ければ歌の続きを歌ってくれる。
しかしモータスはどうだ? 応えてくれる人間はいるのか?
人を傷つけ、殺し続け、そのうちきっと応えてくれる人まで殺してしまう。それでもモータスは笑い続ける。自分が一番だと吼え続ける。
「痛すぎるぜ、お前」
「!!」
アイドルの真似事をするなら、綺麗なものだけ真似ていれば良かったものを。
しかしある意味、モータスも被害者なのかもしれない。異常な力がなければ狂わなかったのかもしれない。
せめてもっと違う方法で自己顕示欲を満たそうとするのかもしれない。
大切な人に振り向いてもらうために、好きな事を作れるかもしれなかったのに。
「だから、終わらせてやるよ。アンタの幻想は、今日でおしまいだ」
「……やめろ! やめろッッ!!」
目の前に遮断機が見える。
カンカンカンカンと音が鳴っている。赤いシグナル。しかしエグゼイドもモータスも全く怯まない。ギュッと目を閉じるレーザー。
風が吹いた。あと1秒。いや、0.1秒でも遅れていたら電車に轢き飛ばされていただろう。しかし両者は肩を並べたまま遮断機を吹き飛ばして前進していく。
カーブを曲がる。すると前方に大きな橋が見えた。
「俺はモータスッ!」
全ての殺意を集中させる。
ぶっ壊してやるよ、全部。そう、全部だ。
希望も夢も、光も、明日も。信じろ、愛せ! 俺は――ッ! ココにいる!
それッ! 即ち――!
Rock ‘n’ Roll
世界に、センキュ……!
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
肩のパイプから炎が吹き出る。
まるでロケットの様に加速するモータス。風を切裂き、エグゼイドを大きく突き放す。
「なッ!」
「アイツ、まだあんなスピードを!」
「へへへ! ヒャハハハ! 俺様の全力よォオ!」
どうやら負担も大きいらしい。さらに勢いが強すぎて曲がれないようだ。
しかしこの橋は大きな川に架かっているため、長い直線になっている。
さらに周りには他の車もなく、加速するポイントとしては完璧だった。
「グッ! くそぉ!」
全力を出すエグゼイドとレーザーだが、それでも距離は縮まらない。いやむしろ余計に離されていくように感じる。
さらに橋から教会が見えた。その前にあるゴールもまた同じく。
つまりここが勝負の決め所なのだ。にも関わらず、まわりにはアイテムをゲットできそうなトロフィーもない。
「くそぉ……!」
それでもレーザーは全力でスピードを上げようとする。離されても離されても、諦めたくはなかったからだ。
「グぅうッ!」
もちろんエグゼイドも同じく。
しかしそこで耳を貫くモータスの下卑た笑い声。
「ヒャハハハハハハ! どうやら俺の勝ちみたいだなァア!!」
「グゥウウ! くっそぉぉ!」
ダメだ。堪えろ。しかし、もうどうやってもダメだ。
レーザーの目から涙が零れていく。一方でそれを確認してモータスは完全にご満悦である。
高速移動を解除すると、シートの上に立って中指をおっ立てながらはしゃいでいる。
「ウェイウェイウェイ! 雑魚オツオツオツぅ!」
「くっそぉぉおお!」
「ギャハハハ! 雑魚は俺様のケツでも眺めながらチンタラ走ってな! その間に凛ちゃん粉砕してやるからよ!」
「………」
「お! お! ピンクの奴! 悔しくて何も言えねぇか!? 仮面の下は涙目ってかぁ!」
「……フッ」
「………」
は?
「なに笑ってんだテメェ」
「勝つからさ」
エグゼイドは大きく右にハンドルを切った。
「え?」
思わずブレーキをかけそうになるレーザー。
だって、右にはもう柵しかない。それでもエグゼイドは右に移動する。
「勝ちたいんだろ!」
「!」
エグゼイドが叫ぶ。
「おれを――ッ! おれ達を信じろ!!」
「……ッ、うん!!」
レーザーは身を任せ、加速する。
直後、エグゼイドたちは柵を突き破り、空に飛び出した。
道は無い。先もない。あるのはただ真下に広がる川。
「ギャハハハハハハハハ! だっせぇ! 勝負放棄かよ!」
「いやッ! 違う!」
「アァ!?」
エグゼイドは――、勝つ気なのだ。
だから、レーザーは信じる。エグゼイドを、いや、石神エムを信じた。
「ウイニングランを決めるのは!」「ボク達だッッ!」
そして、エグゼイドは叫ぶ。
「会長ォオオオオオオオオオ!!」
だれにとぶ?
→エグゼイド
ブレイブ
スナイプ
レーザー
【B】
その時、光が迸った。
「俺に任せろッッ!!」
そして飛び出したのは、マスクドライバーブレイブ、レベルツー!
「!!」
水色に輝く剣を構え、ブレイブは川へ落下。
「絶対零度の刃よ! 凍気よ駆けろォオオ!!」
ブレイブが川へ剣をつけた瞬間、川が文字通り氷に覆われる。
さらにブレイブを中心にして広がる冷気、その中でまるで龍のように伸びていく氷があった。
それは川に架かる氷の橋。そこへエグゼイドとレーザーは着地する。
「な、なにぃいいいいぃぃ!!」
そして橋の先にあったのは、教会である。
教会は、川沿いに立てられていたのだ。
「レースゲームでまず何を覚えてないといけないか、アンタ、知ってるか?」
「――ッ!」
「ショートカットがあるかどうかだよ!」
通信装置アリアドネ。エグゼイドはレース中にひそかにブレイブと連絡を取っていた。そしてこの川の事を知ったのである。
橋を通って道を進むよりも、川に氷の橋を作って進むほうが近道になると知ったエグゼイド達は、今、そのショートカットに挑む。
「黙っててごめんねキリヤくん。敵を騙すにはまず味方って言うだろ?」
途中で狙いがバレれるのは避けたかった。
現に今、モータスはレーザーのリアクションで完全に勝ったと油断したではないか。
一方ではしゃぐモータスを見て心の中で笑っていたエグゼイド。
「どう? 演技上手かった? いいアイドルになれるかもな、おれ」
「石神先輩……!」
氷の橋を猛スピードで進むエグゼイドたち。
「さあ、勝つぞ! キリヤくん!」
「うん! 絶対に!!」
「ッやばぃ!」
モータスから余裕が完全に消えた。
だがまだ負けたわけじゃない。急旋回するとモータスも柵を突き破って跳躍。炎を吹かしてなんとか氷の上に着地した。
氷の橋は直線だ。ここでまたロケットのように加速すれば勝てる。
モータスもまたニヤリと笑みを浮かべる。
「ロックンロォオオォォォッッル!!」
爆発的加速。
勝った。モータスは確信す――
「おっほ!」
声が出た。背中に衝撃。
「!?!?!?!?!?」
衝撃、ぶれるハンドル。
衝撃、衝撃、モータスヴァイパーから火花が散る。
「な、なんだ!?」
正解は橋の上。
「♪」
大きなアーチの上に伏せているはマスクドライバー・スナイプレベルツー。
アリアドネが拾うミューズの歌を鼻歌で奏でながら、スコープの中を覗く。
心を落ち着け、そして引き金を引く。
「あばばば!」
すると遠く離れたモータスが悲鳴を上げた。
モータスヴァイパーがふら付き、減速していく。
「さて」『ガッシューン……!』
ガシャットを振るい、ガシャコンマグナムに装填。
「――消えろ」『ガシャット!』
『キメワザ!』『バンバン! クリティカルフィニッシュ!』
【BANGBANG・CRITICAL FINISH!】
スコープを覗くスナイプ。
ピピピピピピと音が鳴り、対象を完全にロックすると、スナイプは引き金を引いた。
カラフルなエネルギーが一瞬でモータスヴァイパーを撃ち抜き、爆散させる。
「ごべぇああぁああ!!」
手足をバタつかせて氷の上を滑るモータス。
呻きながら立ち上がり、周囲を確認する。だが気づく。既に小さくなっているエグゼイドの背。
「クソッッ!」
モータスヴァイパーを出現させ、飛び乗ろうと試みる。
だがスナイプが怯ませたおかげで、その差は大きく開いていた。
「させるものか! 甘いんだよ、お前――ッ!」
ブレイブは赤く燃える剣を凍りにつき立てる。
すると激しい熱波が巻き起こり、氷は一瞬で蒸発していく。
「フッ!」
飛び上がるブレイブ。
橋の上に着地し、スナイプもアーチから飛び降りてブレイブの隣に着地する。
一方で悲鳴を上げながら水没するモータス。そして、エグゼイドたちは既に氷の橋を渡りきっていた。
「アンタがその手で凶器を持つとき、おれ達は、誰かの手を取る選択をした」
目の前にあるのはチェッカーフラッグが靡くゴールゾーン。
「それが、この結果さ」
ゴールを通過するエグゼイドとレーザー。
すると教会を覆っていた。ノイズが取り払われ、ガチャリと鍵が開く音がした。
「石神先輩……ッ!」
「!」
ブレーキをかけるレーザー。急停止だ。
「ッ、どうした?」
「行ってください」
「え?」
「凛ちゃんを、助けてあげて……!」
「でもっ」
「ボクにはまだ、やるべき事があるから!」
頭を動かすレーザー。それは背後に見える橋を指している。
そうか、そうだな、まだ終わっていないのだ。エグゼイドは頷いた。
「いいのか?」
少し、よこしまな考えがよぎる。
いいのか? とは、つまり、『凛を助ける』という役目をもらっていいのか? そういう事だ。
好きな女の子を助けたいというのは、男ならば誰でも思うことだ。
ましてや凛と言う特殊な立場ならば尚更、印象を残しておきたいと思うものだろう?
しかしレーザーは即答した。
「ボクはッ、凛ちゃんが無事ならなんでもいいんだ! だから――、お願い!」
「……分かった!」
エグゼイドは強く頷くと、教会に走る。
一方でレーザーは踵を返し、走り去る。
「ハァア!」
エグゼイドは教会の扉を蹴破ると、大聖堂に入った。
するとステンドグラスの下に、凛が倒れているのが見えた。
「我李奈さん! 教会に入った! 凛ちゃんもいます!」
『分かりました。我々も近くに待機しているので、すぐに向かいます』
「!」
だが大きな羽音が聞こえる。
現われたのはモータスドローンだ。エグゼイドを侵入者と認識したのか、装備されている機関銃をぶっ放してくる。
しかし既にエグゼイドは跳躍。銃弾を飛び越え、モータスドローンを踏み潰す。
「失せろ!」
粉々に粉砕されるモータスドローン。
エグゼイドはそのまま凛に向か――
「………」
立ち止まる。
「………」『ガッチョーン』
エグゼイドはレベルワンになると、凛に駆け寄った。
「こんにゃろ!」
鎖を引きちぎる。
そしてバック。バック。バック。
後退後退後退。そして大きく息をすい、叫んだ。
「大丈夫ッ! 凛ちゃん!?」
「う――……うぅん」
目を開ける凛。ぼんやりとしながら顔を横に向ける。
「今助けに行くよ!」
ドタドタと走るエグゼイド。すると足がもつれたのか、大きく転んでしまった。
「あばちッ!」
「え? え? え!?」
なんだ? ギョッと目を見開く凛。
しかしエグゼイドだと分かると、すぐに立ち上がって駆け寄る。
「大丈夫エグゼイドくん!」
「こ、転んじゃったよぉ!」
わざとである。
だがエムの予想通り、その間抜けで弱弱しい姿が凛の心をくすぐったのか、凛は思わずプッと吹き出した。
見る限り凛に怪我はない。鎖も痕には残っていないようで、安心だ。
「よし! 元気だね凛ちゃん! 悪い奴はおれ達が倒したから! もう大丈夫だ!」
「あ、そう言えばリンどうなって……」
そこで凛は今までの事を思い出す。
しかし目の前にはエグゼイドがレベルワンで立っている。なんだかファンシーな感じだ。はて? と言う事は――。
「あの、これもしかして噂のドッキリですか?」
思わず小声で聞いてしまう。
するとエグゼイドは激しく頷いた。
「………」
固まる凛。情報を整理しているようだ。
すると何かを決めたのか、両手を広げてエグゼイドを抱きしめる。
「にゃー! リン怖かったニャー! エグゼイドくんッ! 助けてくれてありがとニャー!」
若干棒読みだが、それはこれからに期待である。
一方凛に抱きしめられてどうしていいか分からずに立ち尽くすエグゼイド。とりあえず、伝えたい事だけは伝えておこう。
「一番頑張ったのは、レーザーくんだよ」
「え?」
「レーザーくんが頑張ったからおれはココにいるんだ。レーザーくんは、凛ちゃんが……」
エグゼイドは首を振る。
「一年生をとっても応援してるからね!」
「……うんっ! 今度お礼言っとくね!」
そこで手を叩く音が聞こえた。
エグゼイドと凛が反射的に視線を移すと、そこには大聖堂に入ってくる我李奈が見えた。
「カットです! ご苦労さまでした、マスクドライバーエグゼイド。そして星空様」
「我李奈さん……! あのッ、リン、どうなって――!」
「先程の通り、アポロンTVのドッキリです。星空様も途中で察したでしょう? ただまあ、それを口にするのはどうかと思いましたが」
「あ、ごめんなさい」
赤くなって俯く凛。
しかしハッとしたように顔を上げる。
「そうだ! ライブは!?」
「……ごめんなさい。もう始まっています」
「そ、そんな!」
「本当に申し訳ありません。他のミューズメンバーにもうまく情報が伝わらないまま、今回のドッキリショーになってしまいました。ただ――」
我李奈は言葉を続ける。つけるだけの嘘をついて誤魔化す。
「なぜ星空様を選んだと思いますか?」
「え?」
「聞きました。少し、スクールアイドルの活動についてネガティブな意見を持っていると」
「あ……、いや、そういうつもりじゃ」
「ですので、丁度いいかと思いまして」
「ちょうどいい?」
我李奈はインカムを起動させてメッセージのやり取りを行う。
「ええ、例のアナウンスをお願いします」
そしてタブレットを起動させる。
映し出されるのは学校の校庭。つまり、ミューズのライブである。
すると放送が流れる。
『なんと今! 凛ちゃんがこのライブを見ているそうです!』
するとまさにその瞬間、とても大きな歓声が上がった。
「!」
驚く凛。さらに放送は続く。
『凛ちゃんが元気になるように、みんな! メッセージを送りましょう!!』
すると皆が黄色いケミカルライトをふるって口々に応援メッセージを叫んでいく。
『凛ちゃーん! がんばれー!』『好きだー!』『凛ちゃん元気になってー!』『凛ちゃん心配してるよ!』『星空様ーッッ!』『リーン! リーン! リーン!』『みんな待ってるからね!』『凛ちゃん大好きにゃー!』
少女も少年も、中にはオッサンも。皆向けられたカメラに手を振ってメッセージを叫んでいる。
言葉が重なりすぎてほとんどが何を言っているのか分からないが、逆に言えばそれだけの声援がそこにあった。
「これッ、みんなリンに!?」
「ええ、もちろん」
そこでエグゼイドは大きく頷いた。
「凛ちゃんは、みんなに愛されてるんだね」
「……! リンが、みんなに!」
凛の頬が紅潮していき、目にも強い光が宿っていく。
するとその時、凛は、画面の向こうにいる愛華を見つける。
「………」
愛華は何かを叫んでいるように見えた。
けれどもその声は全く聞き取れない。表情もなんだか良く分からない。怒っているようにも見えるし、笑っているようにも見える。
ただ一つだけ確かな事は、愛華は凛をイメージさせる黄色いケミカルライトを振っていたということだ。
「!」
エグゼイドはきっと、その時の凛の表情を忘れる事はないだろう。
凛は唇を吊り上げていた。しかしその表情はなんとも切なげで、悲しげで、苦悩があった。
しかし確かな喜びもあった。だからこそ笑っているのだ。呆れたような顔で、泣きそうになりながら眉毛を八の字にして、それでも嬉しそうに笑っていた。
「ねえ、我李奈さん」
「はい?」
「リン、ココに行きたい」
「………」
メガネを整え、頷く我李奈。
タブレットを操作すると、エグゼイドの前に一つのエナジーアイテムが現われる。
「ワープです。ワープビーコンと呼ばれるアイテムを設置する事で、そこに瞬間移動する事ができますわ」
「「………」」
エグゼイド、凛、共に沈黙。
「つまり?」
「ライブ会場にビーコンを設置していますわ。エグゼイド、アイテムを取ってください」
「よいしょ」
アイテムを取るとエグゼイドが発光。さらに脳内にワープ先の候補が転送される。
「あ、あった。ライブ会場」
「では星空様、エグゼイドに触れてください」
「うん? うん」
エグゼイドにしがみつく凛。
するとエグゼイド達の体が文字通り消え去る。
次に景色がハッキリと映ったのは、学校の屋上だった。
「すっごい! どういう技術!?」
「す、すごい技術」
アホな会話を行いつつ、ハッキリとわかる事、それは凛は学校に戻ってこれたと言うワケだ。
屋上に設置されているワープビーコンの装置、さらにその周りにはアポロンスタッフが待機しており、凛を見つけると早速更衣室へ案内していく。
そして五分ほどで大歓声が聞こえてきた。エグゼイドが校庭を確認すると、凛が可愛い衣装を着てみんなに手を振っていた。
「みんなーッ! 遅れてごめんーッ!」
相当急いだのだろう。息を切らしながら汗を浮かべて凛はステージに立つ。
「でもありがとう! みんなのおかげで、元気いっぱいッにゃー!」
そう言った凛は本当に太陽のような笑顔だった。
穂乃果たちも凛とハイタッチしており、会話を行っている。その内容は聞こえないが、それでもいい。エグゼイド達が知る必要は無い。
きっと大丈夫? だとか、いける? そんな内容だろう。だから、必要ない。
すぐに位置取るフォーメーション。
歌とダンスの始まりだ。凛は嬉しそうに手をふり、観客は嬉しそうに手を振り返す。
まさにそれは、『両想い』と言うに相応しい。
そしてエグゼイドはアリアドネを起動する。
「会長――」
時間は巻き戻る。
ブレイブとスナイプは川に沈んでいくモータスを見ていた。
しかし次の瞬間、水面から鎖が飛び出して橋を掴む。そして鎖を引き寄せ、水しぶきをあげながら飛来するのはイエス、モリピーモータス。
「絶対に殺すッ! ブチ切れたぜクソガキ共がァアアァア!」
「!」
橋上に受身をとったモータス。そのまま怒りに体を震わせ走り出す。
まずは右手のストレートをブレイブに仕掛けた。しかしブレイブは冷静に左へ体を逸らす事でそれを回避。
そしてすぐに襲い掛る左手のフックを、ブレイブは盾で受け止めた。
「もう諦めろ! お前の負けだ! 山田太郎!」
「黙れッ! モータスヴァイパー!」
バク宙でバックステップを行うと、着地地点にバイクを出現させる。
「Rock ‘n’ Roll!」
ロケットスタート。
ブレイブとスナイプは左右に転がりバイクを回避。しかしモータスはすぐに急旋回を行うと、再び急加速して二人に襲い掛かる。
怒りで冷静さを欠いていると思いきや、そうではなく、ブレイブの斬撃やスナイプの銃弾を的確に回避するのは前回と同じ。
ブレイブはなんとかして切りかかろうとするが、バイクのスピードには適わない。剣をすり抜けるようにして、モータスはチェーンを振るう。
「くッ!」
前回と同じならばブレイブとスナイプに勝てる可能性はない。
だがしかし、今は、前とは違うのだ。
「羽水先輩! 鋼先輩!」
声が、エンジン音が聞こえる。
ブレイブとスナイプがその方向を見ると、猛スピードで駆けつけるレーザーの姿が見えた。
「ボクに乗って!」
「ッ! よし、頼むぞ!」
一旦剣を消滅させ、地面を蹴るブレイブ。空中で一回転し、そのままレーザーのシートに着地する。
すぐに脳内を駆け巡る運転方法。ブレイブはグッとハンドルを握ると、コチラに突進してくるモータスへ向かう。
「く、くそぉ! ロックンロール!」
「今すぐ貴様を黙らせてやる!」『ガシャコンソード』
右手でハンドルを持ち、左手に氷の剣を逆手に持つ。
そしてレーザーを操作し、モータスとすれ違い様にその身を切裂いた。
「ぐぎゃ! つ、冷てぇ!」【HIT!】
「スナイプ!」
「ああ、頼むぜ後輩君!」
レーザーはスピンターン。
さらにその勢いのままブレイブはシートを蹴って空中に舞い上がり、レーザーから離脱する。
一方で代わりにレーザーに乗るのはスナイプ。そのまま急発進し、ガシャコンマグナムを連射しながら前に進む。
「ガガガガガガ!!」【HIT!】【HIT!】【HIT!】【HIT!】
減速した事で通常弾でもダメージが通る。
そしてそのまま加速していく中、レーザーは後輪を浮かせた。同時にシートを蹴るスナイプ。
空中に舞い上がり、銃口を真下にいるモータスに向けて連射する。
一方で怯んでいるモータスの背後に突撃するレーザー。
凄まじい衝撃にモータスもシートから打ち上げられ、前方に吹き飛んだ。
横転するモータスヴァイパー。さらにレーザーへブレイブが飛び乗る。
「ぉおおぉ! おぉぉごおご!」【HIT!】【HIT!】
立ち上がったモータスに迫る剣。
通り抜ける。斬る。旋回する。通り抜ける。斬る。その連続である。
そして怯んだモータスを見てレーザーから降りるブレイブ。続いてスナイプが飛び乗る。
「ハァアアアアアアア!!」
モータスの周りをグルグルと回りながらスナイプは銃弾を撃ち込んでいく。
さらにココでブレイブはアリアドネでエグゼイドからのメッセージを受け取った。
「ああ、来い! エムくん!」
ストックしておいた召集のアイテムを使うブレイブ。
すると光が迸り、ブレイブの隣にエグゼイドが出現する。
「どうですか会長!」
「見ての通りだ。キリヤくんの力は本当に助かる。今までは届かなかった刃も、今は面白いようにモータスに届く」
「そりゃよかった」
「それより、星空くんは?」
「ええ、大丈夫です。元気いっぱいで皆に合流しました」
「よし、ならば後は奴を倒すだけだ」
「オッケー、了解ですよ会長」『ジャ・キーン!』
その時、高速旋回中のスナイプの声。
「おい早くしろ! コッチはもう吐きそうなんだよ!!」
「任せろ部長! 今、終わらせてやる!」
走り出すエグゼイドとブレイブ。銃弾に怯み、フラつくモータスへピンクと緋色の刃が襲い掛かる。
「おぉぉぉおぉぉッッ!!」
次々に浮かび上がる【HIT!】のエフェクト。
最後にエグゼイドとブレイブは踏み込み、渾身の突きを繰り出した。
「グアァアアアアア!!」
吹き飛び、モータスは地面を転がっていく。
「う、嘘だ! 俺が――ッ! こんなッ! 嘘だァ!」
思い切り地面を殴る。
するとモータスの耳を貫く音声。
『マイティ! クリティカルフィニッシュ!』
「!」
ヤバイ! 立ち上がるモータス。
すると、衝撃。
「ガッッ! ゴオォォォォッッ!!」
深く突き刺さる刃。カラフルに発光する刃を押し当てるエグゼイド。
「夢から覚める時間だぜ!」
さらに音声。
『タドル! クリティカルフィニッシュ!』
「ぐぎゃぁああ!!」
体に深く進入していく熱い刃を感じる。
それを突き入れるのはブレイブだ。
「貴様が自分で言ったんだ。俺達は、同じ力だと!」
この世界においても神は一人ではない。
間違った神を沈めるのも、また同じくして神であるように、モータスは特別な存在などではないのだ。ここに同じ力を持った人間が、他に四人いる様にして。
『バンバン! クリティカルフィニッシュ!』
「チェックメイトだ! モータス!」
腹部にライフルモードの銃口を突き刺すスナイプ。
めり込んだ銃口、そして引き金をひく。ゼロ距離射撃。
ガシャコンブレイカーとガシャコンソードが突き刺さったまま、モータスは銃弾に押し出されていく。
「ゴボボボボッ!!」
そして、朦朧とする意識の中、上から跳んでくるバイクが見えた。
『爆走! クリティカルストライク!』
エグゼイドにガシャットをセットしてもらっていたレーザーは、マフラーから炎をジェットのように噴射して、光を纏いながらモータスへ突進していく。
「ひゃ! ヒャァアア!」
モータスは叫びながら踵を返し、間抜けな姿で逃げていく。
前のめりになる体。しかし間に合わない。
「ウォオオオオオオオオオオオ!!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!」
レーザーは雄たけびをあげてモータスへ直撃。
【MIGHTY・CRITICAL FINISH!!】
【TADDLE・CRITICAL FINISH!!】
【BANGBANG・CRITICAL FINISH!】
【BAKUSOU・CRITICAL STRIKE!!】
大爆発が起こり、モータスの体が木っ端微塵に吹き飛び、山田太郎がさらけ出される。
「ベイベェ……!」
焦げつき、ボロボロになって煙を上げながら倒れる山田太郎。
その隣に、粉々になったガシャットが落ちた。
【GAME CLEAR!!】
軽快な音が鳴り響き、エグゼイド達は変身を解除する。
動いたのはタイガだ。倒れる山田の襟首を掴むと、強引に引き起こす。
「おいテメェ! タダで済むと思ってンじゃねーだろうな!」
「ひ、ひぃぃ!」
拳を構えるタイガ。
しかし、その手をヒイロが掴んだ。
「やめろ」
「!」
「コイツのした事は確かに許せん。しかし、なんのために法がある。コイツの裁きは俺達がやるべきではない」
「……チッ!」
腕を振るい、タイガはそっぽを向いた。
無言のエム。確かにヒイロの言う事は分かるが、山田のした事を考えると一発くらい殴ってもいいんじゃないかと思ってしまう。
いや、そういう乱暴な発想がいけないのか。ううぅむ。
まあ、ヒイロの言う事が正しいのか……。
(やっぱり、会長は人間ができてるなぁ)
すると笑い始める山田太郎。
「ひひひ! ヒャハハ! お、お、俺は必ず蘇るぞ! ははぁ、アイルビィバァァック」
「………」
「俺は凄いんだ……! 次はミューズ全員殺してやる! 全員轢きまくってグチャグチャにしてやる」
「………」
「お、お、お前らは誰が好きなんだ? ソイツらから殺してやりゅぅ。穂乃果ちんか? 海――」
そこまでだった。山田の右頬に、拳が抉りこんだのだ。
強く、深く、めり込んだ拳。それを打ったのは――、羽水ヒイロ、その人である。
「死ね、外道」
「………」(えぇぇ)
山田はフラフラとよろけ、そしてタイガに受け止められる。
「オラァ!!」
「ごぶゆぅ!」
左頬に突き刺さるタイガの拳。
その勢いで回転しながら、山田は地面に膝をついた。
「フンッッ!!」
「ゴホッッ!!」
なんだかんだエムも思い切りアームハンマー。
振り下ろした拳が山田の頭を打ち、地面に向かせる。
そして――
「………」
その少年は、歯を食いしばり。
「ハァアア!」
「ぎょごぼごばおごあばぁぁあぁあ!!」
キリヤは、思い切り山田の顔面を蹴り上げた。
歯や血を噴出しながら山田は大の字に倒れる。
「センキュ……」
白目をむいて気絶する山田。
男達は無言でアイコンタクトを取り、なにも言わぬまま四人同時にサムズアップを。
やってしまった。やらかしてしまった。台無しだ。
「俺達もまだまだだな」
「まあ、悪い事したら、げんこつされるし?」
「オレ達はみさえかよ。それより後輩くん、なかなかいい蹴りしてたぜ」
「ありがとう。なんか……、うん、フィーリング、みたいな」
そう言って男達は歩き去る。
背後では駆けつけた警察に山田が連行されていくのが見えた。
エム達が校庭に駆けつけた時には、ライブは最後の曲の大サビだった。
もうほぼ終わりだが、エムたちは肩を組んでケミカルライトを振るう。
すると穂乃果が、海未が、にこが、凛が、こちらを見て手を振ってくれたような気がした。
そう、気がした。それでいい。それで良いんだ。
別に、全てを知っているわけじゃない。けれど、それでもいいんだ。
もちろんそれはアイドル達も。
凛は知らないだろう。愛華がなぜ凛達がいた場所にやって来ていたのかを。
凛は知らないだろう。愛華は文江の事が大好きだった事を。
だから死んだと聞いてボロボロと泣きじゃくったし。思い出に縋るためにあそこにやって来た事を。
凛は知らないだろう。愛華がミューズの大ファンだった事を。
いつも文江が言っていたんだ。だから凛を好きになった。
けれど凛のせいで死んだと思ってしまうことも事実。だから複雑な心のまま、凛のせいだと叫んでしまった。
凛は知らないだろう。だから愛華は必死にフォローした。
素直になれない年頃だ。用意した言い訳は、愛華の心に突き刺さる痛みを齎した。
けれどそれでも凛に申し訳ないと思ったから、口にした。
それを凛は知らないだろう。
凛は知らないだろう。
愛華が凛に向けた応援メッセージは『ごめんなさい』だという事に。
だって凛には聞こえなかった。凛に唇を読む力もない。
それでも、凛は愛華に笑顔を向けた。手を振った。
あの曲はこんなメッセージがあるんだ。あの娘はボクにこう言ってくれているんだ。知らないだろう。けれど、それでもいい。
コッチを見てくれた、かもしれない。コッチにメッセージをくれた、かもしれない。
それでいい。それでいいんだ。
それが、希望になる。
「みんな! 今日はありがとーッ!!」
もう一度穂乃果はお礼を叫ぶ。客は歓声で答える。
あなたの努力は素晴らしい。あなたの人間性は素晴らしい。
あなたは素晴らしい。穂乃果たちはみな満足そうに笑っていた。気持ち良さそうに笑っていた。
そしてファンはそこから希望をもらう。
少しでもあなたに近づけますように。あなたに好かれますように。あなたを好きになれますように。
「ボク、やっぱり思うんだ。凛ちゃんの『あの笑顔』が好きだって」
キリヤはポツリと呟いた。
「でも今日で分かったよ。あの笑顔は、ココじゃないと見れないね」
凛は最高の笑顔を浮かべていた。
ステージの上で。
「だからボクは一生応援するよ、凛ちゃんを、『ファン』として!」
つまり、画面の向こうでいい。そういう事だった。
凛の行動を
「んな事言っちゃってぇ、正体バラせば星空に惚れられてたかもしれねぇのに」
からかうように言うタイガ。
キリヤは首を振る。
「凛ちゃんの笑顔は、みんなのものさ」
キリヤは、『ミューズの星空凛』が好きだともう一度口にした。
それは究極のライク。少し胸は痛いけれど、すぐに希望が癒してくれる。
そういう物だろう?
「……そっか。すごいな」
エムも複雑そうに笑う。
するとタイガがキリヤの肩を叩いた。
「よっし、これが終わったらラーメンでも食いにいくか。奢ってやるよ」
「ほんとう? じゃあボク、チャーシュー麺が良い!」
「おお、いいぜ。チャーシュー麺にチャーシューをトッピングしてやるよ」
「そうか、ありがとう部長」「ありがとうタイガ」
「消えろハイエナ共! テメェらは自分の金で食え!!」
何も分からなくても良い。何も知らなくても良い。
太陽は、手が届かないほど高くにあるから皆を照らせるのだから。
だからせめて、太陽がいつも輝けるように、てるてる坊主をつくるくらいでいい。
手を振ってステージから消えていくミューズ達は、いつまでも笑顔だった。
彼女達に少しでも思いが伝わるように、エムたちは笑顔でケミカルライトを振り続けた。
「およ?」
違和感を覚える。
山田太郎は車が止まったのを感じた。
顔を上げると、あれま不思議、周りにいた刑事はおらず、そもそも運転手すらいない状況。
「え? お?」
手錠が消えている。
ドアも開く。
これはつまり――
Rock ‘n’ Roll?
「イエァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
モリピーモータス完 全 復 活 !!
「やはり俺は神だったようだな!!」
パトカーを飛び出して山田は笑いながら走る。
すると、声が聞こえた。
「胡蝶の夢って、知ってる?」
「!」
顔を上げると、ビルの上に緑色のドラゴンのような化け物が見えた。
「ヴィラン……?」
「アンタ、ちょっと、調子に乗りすぎたね」
その名はグラファイト。
屋上から飛び降りると、竜の牙と思わしき武器を構えてゆっくりと歩いていく。
「夢から覚めるには、どうすればいいか知ってるか?」
「な、なんだお前、俺に何を――」
「頬を抓るんだ。つまり――」
痛みを与えるんだよ。
「ハァ! ハァ!!」
涙目になり、山田は走っていた。
腕は千切れ、皮膚ははがれ、骨は折れ、山田は絶望を浮かべて走る。
「自分が弱い人間だと分かっただろ」
チェーンソーの音が聞こえる。
前から、黒いエグゼイドが歩いてくるのが見えた。
振り返る山田。後ろからはグラファイトが歩いてくる。
「ひッ! ひぃぃ! ゆ――ッ、許してくれ!!」
「何人殺した? お前」
指で数えるが、ダメだ、数え切れない。
「人が人の命を奪う事は、あってはいけないんだよ」
黒いエグゼイドは足を進める。
「命は尊い。人は、守られるべきだ」
そして、山田の前に立つと、バグヴァイザーを振り上げた。
「お前はもう、世界にとって不要なバグだ」
「ひ、ひぃぃいいッッ!」
「消えろ、永遠にな」
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
震える刃が、振り下ろされた。
山田太郎さん。残念ですが、さようなら。
【……See you Next game】
【次回予告】
次回、マスクドライバーエグゼイドは!
【最終章突入!】
「サンタなんているわけねぇだろカス」
「オラオラオラァア!」
「おい誰ださっきからケツばっかり叩いてくるヤツッッ!!」
「ブレイブだブレ」「レーザーですザー」
「我輩はスナイプ大魔王でおじゃる」
(なにやってんだおれ達は……)
【崩れ行くボーダーライン】
「あなたが――ッ! 王子様だったの!?」
「穂乃果ちゃん……! おれは――ッ! キミの事が!!」
「そう、そうだよ、おれがエグゼイドなんだ!!」
【ついに明かされるエグゼドライバーの秘密とは!】
「なん……、だよ、これ」
「つまりキミ達は最初からゲームオーバーだったと言うワケさ」
「お前が――ッ、黒いエグゼイド……!?」
「あーあ、下手な真実なら、知らないほうが良かったのに」
【次回 第8話・アポロンの獏】