‐追記‐
主人公の髪の色を銀からアッシュブロンドに変更しました。
相変わらずアホな自分が間違いと誤字を乱発した為、誤字と表現修正しました。ついでに短編を追加してみたので、今回の誤字と相変わらず間違えた壁の名称の件は許して下さい! 何でもしますから!
静かな街に光が差し込み、先程までは聞こえていなかった小鳥の鳴き声が響き始める。今日もまた一日が始まると鳥達が告げ、ほぼ同時に一軒の家の部屋に光が入った。
その部屋は殺風景……とは言えず、立体機動装置の専門書が整然と本棚に並べられ、机の上では何か書き物をしていたと思われるノートとペンが無造作に置かれている。ヤギの柄が愛らしいコップなど、女性の部屋と言っても過言ではない見た目の部屋だ。だが勿論それだけではない。部屋の反対側には砥ぎ石や立体機動装置専用の整備用具一式、ナイフや調査兵団が使用するマントなど物騒な物が置かれていた。
そしてそれらの持ち主……部屋のベッドで幸せそうな寝息を立てていた人物は、入ってきた日が自分の顔にかかった瞬間、ガバリ! と大きな音を立てて起き上がった。アッシュブロンドの髪が陽光を反射し、キラキラと輝く女性……ルーデ=リッヒは窓の外を見てニッ、と笑みを浮かべた。
「今日も晴天、素晴らしい!」
先程まで寝ていたとは思えない、さわやかな声を上げてベッドから立ち上がる。が、そこからは歩かずにぴょんぴょんと跳ねて移動するという奇異な行動を見せた。それものそのはず、女性の右足は膝よりも少し下が存在しないため体を支える事が出来ないのだ。
そのまま机の前にある椅子まで移動して腰を下ろすと、机の下からある物を取り出す。木と金属で作られたと思われる今の彼女の足……それを取り出すと手慣れた手つきで右足へと取り付けた。最後にベルトでギュッ、と縛ると満足げな表情を浮かべる。
そして立ち上がると、今度は先程の様な不安定さは見られず、健常者と変わらない様子で部屋の中を歩き始めた。タンスから服を取り出すと、その場で寝巻を脱ぎ出す。上着を脱いだ瞬間揺れた胸に、ルーデは不機嫌そうに顔を顰める。
「相変わらず、邪魔だな……」
毎朝毎晩、もしくは訓練後に呟く一言だが、女性は改めて溜息を吐くとタンスから布を取り出す。それをぐるぐると胸に巻き、「ふん!」、という乙女にあるまじき声を上げて力一杯に締めた。当然先程まで揺れていた胸は限界まで押しつけられ、ルーデは若干の痛みに顔を顰めつつ取り出した上着を着込む。ついでに下衣も変えて着替えを済ますと、扉を開けて外に出た。そして玄関先に来ていた男性……毎朝来る老人の配達人と顔を会わせた。
「おはよう!」
「おはよう、相変わらず早いもんですなぁ。私らはこれが仕事だからこんなに早いですが、あんたさんはこれからお勤めでしょうに……」
「なぁに、ご老体には毎朝新鮮なものを届けて頂き感謝しているのです。それに報いる為に己の手で受け取るのは当たり前でしょう」
「ははは、そう言って頂けたら嬉しいですな」
笑いつつ老人がバッグから配達物を取り出すと、ルーデに手渡す。ルーデはそれを満足げな表情で受け取ると、すぐにその場で蓋を開けて口をつける。喉を鳴らす音と共に中身がどんどん減っていき、全て飲み干すとルーデは空になった容器を老人へと返す。
「うむ! いつも通り美味い!」
「ヤギの乳をそんな風に言って飲む方は貴方くらいですよ」
人の良い笑みを浮かべながら空き瓶を回収する老人に対し、ルーデも笑みを浮かべて口を開く。
「何を言う、ヤギの乳は素晴らしい。私は生まれてから今まで、ヤギの乳を飲まなかった日など数えるほどしかないぞ。それだけヤギの乳と私との関係は深いのだ」
「お陰さまで私は助かっておりますよ」
そう言って空き瓶をバッグに戻し、老人は去って行った。それを見送り、ルーデも一度家の中に戻って今日の準備を整える。マントを除き、普段着とも言える兵団の服を身に纏い、ベルトをしっかりと締めた。そして手提げ鞄を手に持つと玄関の扉を開け放ち、駆け足で外へと飛び出した。まだ日の出からそれほど経っていない事もあってか外には人が少なく、そんな道をルーデは軽やかに進んでいく。やがて一軒の家の前に立つと、扉に付いているベルを鳴らした。
「はーい、どなた?」
「おはようございます奥方殿。ルーデです」
「あら、ルーデさん? ちょっと待って下さいね」
しばらくして聞こえてきた鈴の音の様な声に、ルーデは胸を張って返答する。返答があって、鍵の開ける音が響き、そして開かれた扉の先には金色の髪を三つ編みにして纏め、背には赤ん坊を背負った女性が笑顔を浮かべて立っていた。
「相変わらずお美しいですね」
「あらやだ。お世辞言っても何も出ないわよ」
「世辞ではないのですが……ガーデルマンはいますか?」
「あの人なら、今日は仕事が休みだからもう少し寝るって言って起きてきてないですねぇ……何か用事が?」
「うむ、今日は新しい訓練生が入ってくる日なので、見学ついでにめぼしい人材を見てこようと思っているのです。という訳でついでにガーデルマンも一緒に連れて行こうかと思いまして」
その言葉に、女性は気を悪くした様子もなく「あらあら」と言いながら口に手を当てて微笑みを浮かべた。
「そんな大事な行事があるなら、起こさなくっちゃ。少し待っていて下さいね」
「いつもすみません」
「いえいえ、ルーデさんにはあの人がお世話になってますから」
そう言いなが、女性は廊下の奥へと向かうと、階段から二階を覗きつつ「あなたー、ルーデさんが来てらっしゃるわよー」、と良く通る声で目的の人物を呼び出した。しばらくしてギシッギシッ、という階段を踏みしめる音と共に男……ルーデの副官であるガーデルマンが姿を現す。髪はボサボサで眠そうに目を擦っており、明らかに今まで寝ていたのだろう事は分かった。
そんなガーデルマンに対し、ルーデは不機嫌そうな表情を浮かべて口を開いた。
「何をしているガーデルマン! 本日は晴天、更に新たな訓練兵も入団する日だぞ! そんな日にだらしない恰好で出られると思っているのか!?」
「いや、隊長。俺は今日休み……っていうか、隊長も仕事がある日ではないと思うんですが……」
「あと何時だと思ってるんですか」、という言葉も小声で囁くが、そんな言葉でルーデが行動を改めるのであれば、ガーデルマンが苦労人と呼ばれる事はなかった。案の定ルーデは気にした様子もなくクワッ、と目を見開くとガーデルマンに詰め寄る。
「アホウ! 新たな仲間を迎えるのに、仕事もナニもあるか!」
「ですけど、キース教官が受け持っているんですよね……だったら俺達の仕事なんて何も……」
「えぇい、まどろっこしい!」
そう言って、ルーデがガーデルマンの首根っこをむんずと掴んだ。掴まれたガーデルマンは慌てて口を開く。
「おぉわ! 分かりましたよ、すぐに準備します! せめて着替えと朝食を食べさせて下さい!」
「ふむ、確かに朝食を摂らねば体に悪いし、何よりせっかく作ってくれた奥方に失礼だな。宜しいガーデルマン! 私はそこら辺をひとっ走りしてくるので、その間に準備を済ませて私を待て!」
「了解しました」
無茶苦茶な事を言われているのは理解しているが、それでも憎めない目の前の隊長をガーデルマンは苦笑を浮かべながら見つめる。ルーデはガーデルマンの了承の言葉を聞くと、すぐに振り向いて道に飛び出すと走って行った。
「全く、隊長にも困ったもんだ」
そう呟くガーデルマンを見て、女性はニコニコと微笑みながら着替えを手渡す。
「あなた、せっかくならルーデさんにも朝食を召し上がって頂けば宜しかったのに……」
「隊長なら朝起きた後にすぐ食べてると思う。毎日似たような行動してるから、多分間違いない」
「相変わらずルーデさんは面白い方ねぇ」
女性はそう呟きながらガーデルマンの食事をテーブル上に準備していく。普段と同じくパンと芋のスープを口にし、「美味いよ」とガーデルマンが呟くと、女性は軽く頬を染めて笑みを浮かべた。
「今日は何時くらいになります?」
「そんなに遅くはならないと思う。隊長はあんな暴虐無人に人の事誘ってるけど、休養と仕事の分別はついてる人だからね」
「分かりました。後これはお昼にどうぞ」
そう言って差し出された包みを受け取り、ガーデルマンは笑みを浮かべると女性の頬にキスをし、女性もそれに応えた。
「いってらっしゃい、あなた」
「あぁ、いってくるよ」
そう言って家から出るのと同時に、ルーデが脇道から姿を現した。汗一つ掻いていないが、目の前の女性がひとっ走りと言いながらも自身が汗だくになるレベルの走り込みをしているのだが、ガーデルマンは既に目の前の隊長に突っ込む事はしない。世の中にはルーデ、リヴァイといった人を超えた者がいる事を、身を以って理解しているからだ。
「うむ、ちょうどだな」
「相変わらず隊長は早いですね」
「大した事はないだろう。リヴァイと比べたら走り込みでは負けているからな」
(比べる対象がアレすぎます……)
胸を張って応えるルーデに対し、ガーデルマンは心の中でツッコミを入れた。そんなガーデルマンの心の内を知ってか知らずか、ルーデは笑みを浮かべると口を開く。
「それよりも訓練所へ行くぞ。一体どんな面子が入ってくるのか、洗礼から見ておきたいからな」
「キース教官のアレですか……アレ受けただけで辞める奴等もいますからね」
「逆に良いさ。むしろ己の限界を知り、兵士としての道を諦めるというのも勇気がいる選択だぞ? 決して馬鹿に出来る様な事ではない」
「……ですね」
ルーデの様に考える兵士は少なく、現在の風潮は開拓民になったら負け犬と同義に扱われる事の方が多い。かくいうガーデルマンも少しはその考えがあったと否定は出来なかった。決して開拓民を下にして見ている訳ではないが、それでも兵士としての誇りがあるからだ。ルーデの様に考える事の出来る方が異端なのである。
そんな事を考えていたが、突然首根っこを掴まれてズルズルと引きずられる。抗議の言葉を上げる前に、ルーデが満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「さぁ、ガーデルマン。休んでいる時間はないぞ! すぐに訓練所へ出撃だ!」
*
846年……人類は巨人に奪われた領土奪還の為、総人口の二割に及ぶ人類を投入し、領土奪還作戦を決行する。だがこれは、狭まった領土に対して賄いきれなくなった人類の数を減らすための作戦……要は口減らしを行う名目に過ぎないものであった。
この際、ウォール・マリア防衛の任に当たり、壁を破ったとされる鎧の巨人を目撃した調査兵団分隊長であるルーデ=リッヒは奪還作戦への参加を希望したが、防衛時に悪化した右足の傷が祟って参加を見送られていた。
いや、むしろ巨人と戦う事に於いてはリヴァイ兵長が頭角を現すまで、数少ない単独で巨人を仕留める事が出来る彼女を惜しんだ中央の決定によるものであった。この時、ルーデは治療室と銘打たれた牢獄で、血がにじむ程シーツを握りしめて涙を流す姿が部下達に目撃されている。
当然だが、奪還作戦は失敗。極僅かな生存者を除いて参加した人類は巨人達に食いつくされ、その犠牲を以って人類は明日を手に入れた。
奪還作戦後間もなく復帰したルーデは、装いも新たに編成された調査兵団へと合流。この時、中央への移籍を半ば強引に進められていたのだが、ルーデはこれを完全に突っぱねていた。無論問題になりかけたのだが、その後エルヴィン新団長を初めとする調査兵団の余りの戦果に、民衆の声が大きくなったため中央もおいそれとルーデを処罰出来なくなったのだ。
新たな戦術を構築し、可能な限り犠牲を抑えて長期間の調査を可能にしたエルヴィン団長。エルヴィンに見出されて頭角を現し、その戦闘力は一個師団に相当すると言われる人類の切り札リヴァイ兵長。そして、調査兵団在団期間に於いて両者を凌駕し、その戦闘力もリヴァイ兵長に勝るとも劣らずと呼ばれるルーデ=リッヒ団長補佐。この三者を含む調査兵団の目まぐるしい活躍によって、ほんの小さなものだが人類は希望を持つ事が出来ていた。
そして、運命の847年……希望と絶望を同じ鍋で煮込むような激動の年を迎える事となる。
*
ルーデとガーデルマンが訓練所建物の廊下の窓からそれ見ていた。そこには今年入団する新兵達が整列しており、時たま彼女等もよく知る教官の怒声が響き渡っている。
「キース教官殿は相変わらずだな。ここまで声が響くとは」
「隊長の声も大概ですけどね」
ガーデルマンからの辛辣なツッコミに、ルーデは「そうか?」と首を傾げて応える。戦闘中、及び訓練中のルーデの雄叫び、または団へ指揮する際の怒声は周辺に響き渡る程の音量なのだ。普段は騒がしいまでもお気楽で部下に優しい上官という事もあって、そのギャップに仰天するのが訓練兵団新兵の通過儀礼だ。
「まぁ、教官殿のアレはそいつが兵士としてやっていけるかというものを見る目的もあるからな。多少はビビらせるつもりでやっているからああなる。本来は部下の死などに心痛める方であったからな」
「ですね」
キースは二年前、ウォール・マリアが突破される時までは団長として調査兵団を指揮する立場にあった人物だ。ルーデもガーデルマン、またはエルヴィンもその時から所属しているので知っているが、キースはあれだけ厳しい半面、仲間の死に対して非常に敏感な優しすぎる人間だった。決して無能な人物ではなく、むしろ指揮能力はエルヴィンに勝るとも劣らない傑物だ。だが、いざという時は犠牲を覚悟しなければならない調査兵団には不向きな人間であると言えた。ルーデが入院中の奪還作戦後、その余りの犠牲に心を痛めて団長職を辞しているが、心性のものか髪は抜け落ち、前々から酷かった目の隈も深くなる一方である。
ルーデに対しても、入院しているルーデの病室に赴いてその場で土下座をしていた。当初は半ばで責任を投げ出したと非難するつもりであったが、キース本人の誠実さにルーデも折れるしかなかった。
キースが悪かった訳ではない。何より、あの作戦に参加出来なかった自分が誰かを責める等、余りにもおこがましい。そう考え、余りにも優しすぎた団長の辞職を、ルーデは非難も反対もする事はなかった。
「もう少し肩の力を抜かれると良いのだがな」
そう呟き、広場へと視線を戻す。そこでは小柄な金髪の少年がキースに罵声を浴びせられている。見た目は頼りなさげに見えるほど柔な少年だが、キースの言葉に恐れながらも怯むことなく受け答え出来ている所を見ると、かなり見込みがある。キースもそれを感じたのか、指示だけで済むのにわざわざ少年の頭を掴んで後ろを向けさせる。キースの不器用な愛情表現だ。
「中々見所がありそうな連中が集まっているじゃないか」
鍛えたい、と呟かれた言葉に、ガーデルマンがギョッと目を見開く。
「止めて下さい。そもそも、我々は訓練兵団に関与する権限を持っていませんよ」
「面倒だな。調査兵団と訓練兵団は統合して訓練参加出来る様にすればいいものを……」
貴方の訓練に付き合わせたら新兵が可哀想です、とは言わないでおく。ガーデルマンは妻もいる人間であるし、下手な所で上官の不評を買う必要はないのだから。
幾人かを飛ばしつつ、キースの罵声(という名の激励)は続く。そこで坊主頭の訓練兵の前に立ったキースだったが、突如その兵の頭を掴み上げて何かを口にしている。
「何かあったのでしょうか?」
「あの訓練兵が敬礼のやり方を間違えたな」
「……良く見えますね」
距離的には相当離れているのに、ガーデルマンの問いに即答した上官に対してガーデルマンは心の底から感嘆の言葉を述べる。流石偵察部隊よりも先に巨人を見つける事がある前衛指揮官なだけはあると感心していた。
「うーむ、しかし本当に惜しい……特にあの子なんてどうだ? 絶対に私やリヴァイと並ぶレベルになると思うのだが」
ルーデが指さす先には、スカーフを巻いた黒髪の少女が周囲の事など気にしないかの様に正面を見続けている姿があった。が、ガーデルマンには遠すぎて何となくあの子を指しているな……くらいしか分からない。
「今から仕込めば本当に良い兵士になる。あの子だけじゃなくて、今回の新兵達は本当に素材が良いぞ……」
「あの、隊長?」
ブツブツと呟く上官を見て、嫌な予感がしたガーデルマンが制止の声を上げようとするが、それよりも早くルーデが良い事を思いついた! と言わんばかりの笑顔を浮かべるとガーデルマンの首を掴んで引きずり始める。
「た、隊長!? 何を考えているのか何となく分かりますけど、ここは考え直し」
「これは名案だ! 悩んでいる暇はないぞガーデルマン! すぐにエルヴィンに連絡だ、そしてキース教官に許可取りだ! あ、ついでにあいつ等にも声かけておいてくれ!」
ルーデの言葉に対し、もう止める事が出来ないと感じたガーデルマンが深々と溜息を吐いた。こうなってはエルヴィン団長が何らかの権限を使って止めてくれる事を期待するしかないが、あの人の事だから恐らくは止めはしないだろう。これ幸いに訓練兵団とパイプを作り、且つ新人育成&あわよくば調査兵団に有力な新兵加入を考える筈だ(最終的には訓練兵の判断に任す人ではあるけど)。キース教官は少しは止めようとしてくれるだろうが、実際の現場での死亡率を下げる事が出来るのであればルーデの訓練を受け入れてしまうだろう。
ちなみにルーデが言ったあいつ等というのは、ルーデ直属の部下の事を指す。ガーデルマンを除くと残り4人存在しており、調査兵団として出向していない時は休みか本部で仕事している筈だ。気の毒にと思う反面、それに巻き込まれている筈である自分は、別に気にしていない事に気付いて苦笑するしかなかった。
*
その後サシャ=ブラウスの芋事件があり、翌日には兵団技能として必須である立体機動装置適正試験も、一人の訓練兵にトラブルが起こった事以外は特に何も起こる事無く平和であった。が、そんな訓練を進めている平和な日常の中で、一つだけ妙な出来事があったのだ。
「調査兵団の精鋭による実践形式の訓練!?」
訓練終了後、配布された資料を見たエレンが興奮気味に声を上げる。そんなエレンの様子を見ているミカサがほっこりとした表情を浮かべるが、そんな様子に気付かない様に務めつつ、アルミンが口を開いた。
「そうみたいだね。えっと、『今季訓練兵団は優秀な者が多く、その実力を大いに期待している。その為、調査兵団より精鋭が出向し、その実力を更に磨きたいものとする』……だって」
「優秀……今季は優秀……!」
エレンが心底嬉しそうに声を上げる。だがそれに水を差す様にミカサが口を開いた。
「でもエレン、ここ見て」
「ん、なになに……? 『ただし本来であれば訓練兵団が行うものに対し調査兵団が強引な手法で介入するのは良とは言えず、今回は訓練兵の過半数の合意が得られた場合のみとする』……?」
「要は訓練兵達の意見を取り入れて、行うか行わないかを決めるって事だね」
「何だよそれ。当然みんなやりたいっていうに決まってるじゃねぇか」
エレンが不満げにそう口を開くが、アルミンはそう思っていない。何故なら現状の訓練でも音を上げる者達が多い上に、この訓練が実施されれば更にきつくなる事は間違いないのだ。それに調査兵団を希望する人間はそう多いとは思えない。それらを踏まえて考えた場合、このアンケートも5割いけば良い方ではないだろうかと思う。
「エレン。エレンはこの訓練を受けたいの?」
「当然だ! 巨人どもを駆逐する為の技術を、実際にやってる人達から学ぶ事が出来るんだ……だったらどんな事でもやってやるさ!」
「分かった、私も協力する」
ミカサがそう告げて希望の欄に丸をつける。エレンも迷わず丸をつけると、アルミンへと視線を向けた。
「で、お前はどうするんだアルミン?」
それに対するアルミンの言葉は決まっている。
「当然、僕も希望するよ」
「大丈夫か? 別に俺達がやったからって、無理してアルミンまで希望する事ないんだぞ?」
「そう。アルミンは今の訓練でも辛そう。無理はしない方が良い」
エレンとミカサは別に他意があって言っている訳ではないが、それでも今の一言はアルミンの自尊心……いや、二人に置いていかれたくないという心を酷く傷つけられた。確かに訓練は辛い、けど……
(足手纏いなんて、死んでもごめんだ……!)
そう考えて希望の欄に印をつけた。流石にそこまでやってはエレンとミカサも口を挟む様子はない。
「ああ、楽しみだな……! 一体どんな訓練をさせてもらえるんだろ? 今は地味な訓練ばっかりだし、早く立体機動装置を使って訓練してみたいぜ」
「エレン、今やってる訓練も基礎体力をつける大事な訓練。だからそんな事言っては駄目」
「分かってるって。五月蠅いなぁ」
戒めるミカサにそう言うと、向かいのテーブルにいるジャンが物凄い表情を浮かべるが、別段誰も気にした様子はない。
そして訓練兵達はその要綱を読み込み、どんどん教官へと提出していく。全ての資料を回収し終え、教官達が集計して結果を後日訓練兵達へ伝える。
結果は、『調査兵団員を含めて実践形式訓練』の決定。即ち訓練の実施であった。
結果を見たエレンは飛び上がり、ミカサはそんな様子を見て悟りを開いたかの様な表情を浮かべ、アルミンは疑問符を頭に浮かべる。実はこの三人、ハナっから興味がなかった為要綱の最後に記述されていた文章を、見事なまでにスルーしていたのだ。
それは、この訓練に於いて上位成績を修めた者は、優先的に憲兵団への推薦を行うというエルヴィンの署名入り文章だったのだ。最初こそ乗り気でなかった訓練兵達も、憲兵団への優先的な推薦と聞けば黙っていられないだろう。多くの人間が、ここよりも安全かつ王のひざ元である内地に行く事を望んでいるのだから。
ちなみにこの推薦は嘘ではない。ルーデやエルヴィンなどはある程度憲兵段に顔が利くし、キースも元調査兵団とはいえ在団歴も長く、人との付き合いは多いのだ。数名程度であれば憲兵団に推薦する事は出来るのだ。
かくして、とうとう細かい説明が行われる当日……訓練兵達は初日と同じように並ばされ、その前には人が一人乗る様な台が置かれている。その横には全部で五人、調査兵団のマントを身につけた男性兵士三名、女性兵士二名が立っている。当初は彼等彼女等が教官になるのかと思いきや、説明によるともう少ししたら来る人物こそが今回の訓練担当であると告げていた。ちなみにエレンは並んでいる調査兵団の姿を見てテンションが上がり、妙にソワソワとしている。ミカサはそんなエレンを見て(ry
やがて、一頭の馬が走ってくるのが見えて訓練兵達が気を引き締める。が、それを見たキースは疲れた様に溜息を吐き、並んでいる調査兵団員達は苦笑してそれを見る。やがて調査兵団のマントをはためかせ、女性が台の近くで馬を下りる。
その姿を確認し瞬間、訓練兵達が浮かべる表情は様々だった。彼女を知っている者達は驚きの表情を浮かべ、名前しか知らなかった者は愛くるしい見た目に喜び、正体を知っている調査兵団員達は哀れな訓練兵達を優しい瞳で見つめる。
そして、エレンとミカサは驚愕に目を見開く以外の事が出来ない。特にエレンは呼吸が止まる程の衝撃を受け、あんぐりと口を開いて間抜けな顔を晒していた。普段冷静なミカサを誰もが見て分かる程驚いており、それを偶然目撃したジャンが頬を紅く染める。
そして……台の上に立ち、目の前に整列する訓練兵達を一度眺めると、女性……ルーデ=ルッヒ団長補佐はにっこりと微笑んで口を開いた。
「諸君、初めまして! 今回の訓練を担当させてもらう、ルーデ=リッヒ団長補佐である!」
<ヤギの耳に念仏>
「さぁ、次はお前達にとって初めての立体機動装置の訓練に入る! 各員は装備の確認した後に中庭に集合せよ! モタモタするんじゃない!」
教官の怒声に近い声に、訓練兵達は戦々恐々としながら自分の装備を用意していく。そんな様子を見つつ、教官は更に声を張り上げた。
「遅いぞ! もっと早く準備するんだ! それと先程昼食を摂ったが……立体機動装置の初回訓練時はそれはみっともない醜態を晒す者が非常に多い。貴様達もそんな風にならなければ良いな!」
その言葉を聞き、昼食を多めに摂っていた者達は顔を青ざめさせた。普段生意気な訓練兵達も、自分がそんな醜態を晒すと考えては平静ではいられないか、と教官は軽く笑みを浮かべる。
「準備を終えた者から順に中庭へ入れ! モタモタモするんじゃ」
ゴキュッ、ゴキュッ
不意に耳に入った謎の音に、教官……いや、部屋の中に居た人間全てがとある一点へと視線を向けた。そこにいたのはアッシュブロンドの髪を纏め、立体機動装置を装備し終えた少女がいる。そして少女……先日訓練兵団に入団したルーデ=リッヒは、腰に手を当てながら何かを飲んでいた。というか、この特徴的な臭いは間違いなく、ヤギの乳である事は間違いない。
「オイ……貴様は何をやっている?」
ゴキュゥッ
最後の一口を飲み終えたのか、ルーデが声をかけてきた教官に振り向く。が、すぐに周囲へとキョロキョロ視線を移し始めた。それを見た教官のこめかみに青筋が浮かびあがり、他の訓練兵達が悲鳴を上げる。
「貴様だ! 貴様に言ってるんだ! 何者なんだ貴様は!」
詰め寄ってきた教官を見て、ようやく自分が言われている事に気がついたのか、ルーデは落ち着いた様子でコップを机の上に置くと、敬礼の姿勢をとった。
「ウォール・マリア、一般居住区出身。ルーデ=ルッヒです」
「ルーデ=リッヒ……貴様が先程まで飲んでいた物は何だ?」
「ヤギの乳であります。今朝に出された物が残されており、食堂の方から分けて頂きました」
ヤギの乳は癖があり、それを嫌って残す者がいる。それを処分するのも勿体ないと感じた食堂担当者が物欲しそうにしていたルーデへくれた物だが、まさか渡した人間も立体機動装置の訓練前に一気飲みするとは思ってもいなかっただろう。
「ルーデ、貴様……何故だ。何故、今ヤギの乳を飲み出した」
「この暑い日ですし、訓練後には悪くなっていると思ったので、今飲むべきだと判断しました」
「イヤ……分からないな。何故貴様はそれを飲んだ……!?」
「……?」
頭上と表情に大量の疑問符を浮かべ、ルーデが困惑した様な表情を浮かべる。
「それは、「何故、人はヤギの乳を飲むのか?」という話でありましょうか?」
そのルーデの言葉に、周辺全ての空気が凍りつく。教官も冷やりとした汗を垂らし、誰かが生唾を飲み込む音が響いた。そんな中でルーデだけは先程飲んだヤギの乳の美味さに機嫌が良さ気である。
「私は先程説明したな? 立体機動装置の前に食事や水分を摂ると、悲惨な目に遭うぞ?」
「……立体機動装置とは、食事の後は絶対に使わなくても良いものなのでしょうか?」
その言葉に教官が目を見開く。
「いつどの時でも兵士として戦う覚悟を持ち、心臓を捧げたのであれば食事の後でも出撃する機会はあると考えます。そして教官殿は訓練の合間の休憩時間に、食事や水分を摂る事を禁止としてはいませんでした。ならば私のとった行動は問題がない筈では?」
そう言って、年の割には豊満な胸を張って主張する。それを聞いた教官は溜息を吐くと、同情する様な視線をルーデに向けた。
「辛いぞ」
「経験値とはなるでしょう」
笑みを浮かべたルーデに対し、教官も自然と笑みを浮かべた。
ちなみにこの後、ルーデはその見た目とこの出来事から「乳女」と影で蔑まれる事になるが、すぐに実力で見て分かる実力でそれらを黙らせたのは言うまでもない。
ルーデ「では諸君、 死 ぬ が よ い 」
という訳で続きです。次の話までは訓練兵団での仕事(?)話になると思うので、巨人の出番はないかもです。
ルーデ自身は朝起きてヤギの乳飲んで飯食って訓練し、昼食食って訓練し、晩飯食ってヤギの乳飲んだら勉強して日記書いて寝る。という様なサイクルを繰り返す人間となっています。
そして簡単に餌に釣られてしまった訓練兵団の未来や如何に。次回もゆっくり書くので、のんびり待って頂けたら幸いです。
・団長補佐とは
「分隊長以上の役職に就こうとしないルーデに対し、無理矢理決められた役割。普段は前衛で指揮を行う前線指揮官であるが、団長であるエルヴィンの不在、もしくは喪失があった場合に兵団を纏めて帰還させる役割。名前は立派だが、普段の役割は少ないうえに要は臨時指揮官と同義である」